京町家を旅館にする難案件
お聴きの皆様、おはこんばんちは。現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。 先日、結構長い配信で、私が来年オメドに起業しますっていう配信をしたところ、
たくさんの方から温かい祝福と応援のコメントをいただきまして、本当にありがとうございます。 めちゃくちゃ励みになります。
これでね、ちょっと私も頑張れるなというふうに思いました。 ただ一方ですね、そのように祝福していただいていたんですが、このね、ここのところ、すっごい、まあちょっと修羅場になってまして、もうちょっとね、あの、やばいっていう感じだったのを、やっと今日、その修羅場をね、乗り越えて、やっとちょっと一息、息つけるというところにたどり着けたんで、
ほっとして今、配信してるんですよね。 何があったかというとですね、あの例の今日待ち屋なんですけれども、何度もお話ししているように、今回の案件はですね、非常にちょっと難易度が高いんですね。
私が初めての体験だっていうことはもちろんですが、そもそも今、京都市、京都市に限らず今、大阪も東京も全国的にですね、民泊とか旅館っていうね、その外国人、訪日客を止めるこの事業に対して逆風が吹いているタイミングなんですよ。
おそらく来年になったらきゅーっとね、どこも厳しくなるはずなんです。もうそれはね、もう予測ができるんですね。今の行政の動きとかなんとなくで。
で、この中でね、なんとか今回私が、あの、依頼を受けて仕事をね、あの、まあ、めでたく受注したんですけれども、めちゃくちゃハードルが高いんですよ。
正直今回だからお客様は、その路地億にある京町や二軒長屋、これをね、両方とも購入して、これを旅館にしたいっていうのがあるんですね。
私はそれを改装するだけではなくて、その旅館業を取得することも、私の今回の任務なんです。で、これとても一人ではできないので、まあ、あの、私がその潜り込んでいる、この京町屋を再生し保存していこうという団体の中でね、知り合った、またこの京町屋を主に回収する仕事をしている建築士の方々とですね、
プロジェクトのメンバーになってもらって、共同プロジェクトという形で今やろうとしてるんですね。てか、やってるんですね。で、あの、何度もね、ぼやき配信みたいなのをずっとしてたんですけれど、
今日はもうちょっとぼやきではないんですけれど、ほっとひと息でもちょっと私の仕事の愚痴みたいな配信なんで、ちょっとそう思って聞いてください。で、こうやって、共同プロジェクトで非常に優秀な人たちが幸い入ってくれていて、私を含めて今4人でやってるんですけれど、
タキジという建築士のモデル
ただ、実動舞台としては、タキジと私が呼んでいる優秀な人間と、主にこの2人で実務やってるんですけれど、このタキジさんがですね、タキジっていう名前はね、ちなみに小林タキジから取ってるんですよね。
小林タキジ、皆さんご存知ですよね。蟹光泉というね、小説を書いたプロレタリア文学の作家の名前から取ってるんですけれど、なんとなくこの人、左翼青年っていうかね、左翼学生っぽい人だなぁと思って、学生じゃないんですよ、もう30代なんで。
良い大人なんですけれども、見た目も非常に今の30代って、すごく私が単に年を取っただけかもしれないんですが、でもとっても若いですよね、今の人ってね。
どう見ても、私には、バンカラのね、バンカラっていう言葉も古い言葉ですけど、京都の大学に通っているような学生さんみたいな感じなんですけど、非常に優秀な、前向きな、熱意のある青年なんです。
この人は、とっても左翼っぽいなって、勝手にイメージで言って、タキジっていう私のあだ名をね、今こうやって配信上は話してるんですけれど、関係性が深まれば深まるほど、思った通りの人間でして、もう曲がったことが大嫌い。
彼なりの理想と信念と正義感というものに燃えている人なんですよ。本当にね、私、ネーミング上手いわーと思って自我自賛なんですけれど、小林タキジのことはね、別にいいんですけれども、
ちょっと一応概略を言うと、小林タキジ自身は普通の、どっちかっていうとね、ブルジョアまでいかないんですけれど、そこそこ恵まれたうちの人間なんです。
ただ、当時のそういう、社会の不平等とか恵まれていない人とか、そういう肉体労働者、カニ交戦という小説は、カニの形した怪獣がですね、ビーンって言って、光の交戦で戦う、そういう話じゃもちろんなくてですね、
カニを捕獲する漁業の人たちの過酷な労働の実態を告発している小説なんですよね。これを書いた小林タキジは、結局このプロレタリア文学の代表的な作家で、
この人自身は労働者階級の出身じゃない人で、そこそこ額もあって、しかも確か銀行で働いたんですよね。ただ、非常に純粋な人なので、
そういう色々、社会の中には非常に不平等で恵まれない状況で苦しんでいる人たちがいるんだということを知って、私が好きなチェ・ゲバラみたいな感じですよね。チェ・ゲバラも自分自身は非常に恵まれた将来医者になることを目指していたブルジョア家庭の人だったんですけれど、
この人はアルゼンチン人なんですけれど、南米にたまたま旅行に行ったら、他のアルゼンチン以外のいろんな国に行くと貧しい人たちがいっぱいいて、こんなに恵まれていない人たちがたくさんいるんだということを知って、
流れ着いたキューバで、当時のカストロに出会って、カストロのキューバを独立させて、もっと自由な国にするんだという理念に惚れて、自分はキューバ人じゃないにもかかわらず、このキューバの解放同盟に参加して、独立の戦いに入っていくという、
そういう人生を送った人で、まさにこの小林滝氏もそのような人なんですよね。自分自身は恵まれていた、普通に銀行で働く、わりとアッパー層の人だったにもかかわらず、このような不平等に憤りを感じて小説家になり、プロレタリア文学を書いた結果、当時はどんどん軍国主義、戦争の前ですね。
だからどんどん軍国主義に染まっていって、言論弾圧や思想弾圧というものがどんどん厳しくなっているところで、この左翼活動に身を投じていき、結果公安警察に捕まって、リンチされて殺されたという悲劇の作家なんですよね。
わずかまだ当時20代で亡くなっているという作家で、この人っぽいなと思って滝氏っていうあだ名にしてるんですけれど、だんだん彼がどういう人間なのかということが分かってくると、本当に小林滝氏っぽいんですよね。
ある時ね、すごくとにかくよくやってくれるんです。優秀で。いろいろやってくれるんで、滝氏先生ありがとうって言って、冗談で先生って言ったんですよ。
彼も建築士なんでね。先生ありがとうって言って、冗談で言ったら、僕はね、自分のことを先生とか呼ぶ人とは仕事したくないんですっていきなり言われてですね。半分冗談なんですけども。
いやもうなんか反対性なんですよ。こういう人今もまだ30代でもいるんだと思ってね。とっても微笑ましいんですけども。なんかただ優秀なんですけれど、やりにくくってしょうがないんですよ。優遇が効かない。
そしてもうなんていうのかな。とにかくアカデミックの悪いところなんですけども、悪いところから全部見つけていくんですよ。この人たちってね。
そういえばね、全然関係ないんですけれども、これ私の完全に独断と偏見なんですけれど、左翼の人ってなんか白髪の人多いなぁと思って。白髪っていうかね、なんか細身ですらっと背が高くて、白髪の人が多いんですよ。
タキジはまだ若いんでね、白髪にはなってないんですけれども、なんかね脂身が少ない人多いなぁと思って。太ってたりでっぷりしてる左翼っていると思うんですよ。いると思うんですけど、あんまり目にしたことないなぁと思って。
左翼を見分ける一つのポイントがね、みんな痩せていて、スラッとしている。そして40以降になってね、中年以降になるとみんなね、ハゲるよりも白髪率高いんですよ。
なんかね、そういうのがあります。タキジはまだ若いんで別に白髪でもなんでもないんですけれど、なんかね、左翼臭しかしないんですよ。
京町家保存と行政規制の両立
知り合えば知り合えば先生って呼ぶ人とは仕事しないとか言い出すし、一緒に仕事してると、とにかくもうなんかこう、重箱の隅をつつくっていう、またこれも古い表現ですけども。
とにかく荒を見つけてくるんですよ。これカンナさん絶対これ跳ねられますよって、つまり行政でこれは通りませんっていうことを言ってくるんです。
でもこれは別に私が自由に設計してるわけじゃなくて、あくまでも顧客、私にとってのちゃんと依頼主がいて、依頼主の要望がこういう間取りにしたいと言ってるわけです。
で、明らかに絶対にこれは行政が違反としているところなんで、これはできませんよってことはもちろん先にお伝えしますけども、そうじゃない。
極めてグレーなことをやってるんです今。っていうのが、お分かりのようにね、今国としてはどんどんこういう締め付けを厳しくしているんですね。
なるべく民泊とか旅館を増やしたくないっていう思惑がある一方で、やはり古い家とか空き家とかっていうものをなんとかしなければいけないっていう問題も同時に抱えている。
かつ京都においてはですね、この景観、京都らしい景観を残さなければいけないっていう問題もあるわけです。
これにはちゃんと資本主義としてのメリットもあるんですよ。京都が京都らしくなくなったら、それは京都としてのブランド価値が減るっていうことじゃないですか。
これが近代的なビルがブワーって建ってる街並みになっては、京都としての魅力はなくなってしまう。
だから今の古い、この町がずらずらずらっと並んでいる街並みっていうのは、大事な京都の顔なわけです。
これを残すことは、世界中から京都に憧れて、京都が好きで訪ねてくる旅行客のためにも、ゼガ費でも残さなければいけないっていう思惑もあるわけです。
だからこの相反する考えが、攻めき合っているこのすれすれの真ん中のところをうまく落とすところを見つけていくっていう非常に重い任務を私は任されているわけです。
今この民泊業とか、建築関係及び、自分が持っている古い郷町屋とかを旅館にしたりゲストハウスにしたりしたいっていうオーナーの人たち、すべての人たちはここを今必死で手探りしながら、何とかこの事業を保っていこうとしているっていうことなんですよね。
私としては、私の仕事っていうのは、お客様の要望をなるべく具現化するっていうことが私の仕事なんです。
と同時にもちろん、建築基準法をちゃんとしっかり踏まえてですね、建築基準法を守るっていうことは、ひいては安全な住宅を住んでいる人に提供するっていうことになるし、一応国家資格を持っている人間としてそこはしっかりそこを遵守するっていうことが私たちの職務でもあるわけです。
ここを適当なことしちゃいかんのですよ、もちろん。もちろんそうなんですけども、もうそもそもがこの京都に限らずですよ、昭和25年以前に建てられた家っていうのは基本的に全部建築基準法には違反する違法建築っていうことになってしまうんですよね。
そこを今のガチガチに基礎を固めた耐震基準も、あとその断熱性能も兼ね備えた家っていうことは、実質的にはできないんですよ。それをしてしまったらもう完全に壊して新しく建て直した方が早いですし、
こと、この京町屋をはじめとした古い伝統的な家っていうのはそれだけで文化的価値、歴史的価値があるっていうことがあるんで、そこは建築基準法を免除してもらうっていうことのプロセスも踏まなきゃいけないという、とても言ってる私も何言ってるかわからないぐらい、
つまり矛盾する、相反する、いろんな考えを同時に成り立たせるっていうことが必要なんです。古い家を今の現代にも残すっていうこと自体がね、非常に矛盾することをやってるんで、そもそもが難しいわけなんですよ。
そんな中で少しでもお客様の要望を叶えてあげたいってなるとね、どうせこれ行政でこれ京町屋らしくないから、ここは元の京町屋らしさに戻さなきゃいけないよとか、そのようなことを言ってくるのはわかるんですよ。
でも一旦とにかく進めないことには、そもそもグレーなことやってるんだから、言いにくいんですけど、こういったところであんま大きな声で言うべきじゃないことかもしれないんですけど、正直グレーなんで、これ行政に持って行った時にも担当者によって言うことが違ったり、
あと窓口もね、いろんな窓口を経由しなきゃいけないんです。一括でちゃんとこういった京町屋を旅館にするっていうことのための窓口が一つにまとめられてはいないんです。統括されてないんです。
だから建築の方にも行かなきゃいけない。保健所にも行かなきゃいけないとか、いろいろいろいろいろ行かなきゃいけないんですね。言うこと全部違うんですよ。その中で落とし所を見つけていくっていう非常に難しいことをしていて、ただ彼らはもうその絶対これ跳ねる、ダメですよとかってバンバカバンバカ売ってくるんですよね。
ファクトチェックみたいなことは当然今AIとかもフル活用してるんで、そもそも引っかかりそうなところとかっていうのもAIに精査してもらったりとかしながら仕事を進めてるんですけど、さらにそこから彼らの経験値とか知識とかっていうものも入ってくるんで、
顧客との衝突とリーダーシップ
そもそもこれ絶対無理ですよみたいなことを先回りして言ってくるんですよ。それやりすぎた結果、お客様を怒らせてしまったんですよ。
これがね、つい先週の末、金曜日にお客様から怒りのご連絡をいただいてですね。
でもカンナさんね、ちょっと頼むわって言って、頼むわっていう言い方じゃないんですけど、すごく頑張ってくださってるのはわかるんだけれども、
いかんせん、瀧地および京町屋の建築士グループが融通が効かなさすぎるから、ちょっと困ると。私たちは1にも2もとにかく旅館の許可をもらうっていうことが一番なんで、
建築のチェックに関してはもちろんあなたたちにお任せするしかないんだけれども、とにかく無理難題を頼んでいることはわかっているんだけれども、
あの人たちのダメ出しをずっと延々と受けている状態だと一向に進んでいる気がしないと、もうちょっとカンナさんがリーダーシップを取ってくださいっていうことを非常に丁寧に遠回しに言われたんですよね。
うわーってすっごい反省して、そもそもが私にとっては全く未体験で知識もないですし、一応私も二級建築士という資格を持っているとは言っても、
そんなね、こういったことにめちゃめちゃ詳しくて、これはこれはとかってすぐ一目見るなり、パッと建築基準法の何条に触れるなとか、そんなことがわかるわけもなく、そもそもあまりにも広範囲に複雑に手続き、申請関係、行政とのやりとりとかが多すぎてですね、
私では到底突破できないんで、だからこそ彼らにちゃんと私はお支払いをしてですね、彼らにもこのプロジェクトに業務委託したわけですね。
で、ただね彼らと一緒にいると、もう前にもね、その愚痴廃止にしてるんですけれど、なんかね、このプロジェクトを潰す気なのかっていうぐらいダメ出ししてくるんですよ。
で、私もちょっと自分自身がこういった経験も知識もないっていう追い目っていうんですかね、あって彼らに強く出られると、そうなのかなって言ってちょっとね遠慮するっていうか、あのちょっと引いてしまってたんですよね。
で、そのね私のちょっと頼りないっていうか、リーダーとして不甲斐なさみたいなものがね、お客さんにやっぱり嗅ぎ取られてしまって、大変ね、ちょっとまあ京都の方たちなんで非常に上品に優しく、あのちょっと注意されたんですよね。
すっごい落ち込んで、この週末は。やべえ、どうしようと思って。でも彼らとしてもね、今頃きっと私にこの仕事をね、任せたことをね、後悔してるんじゃないかなと思って、ただもう契約もいただいてるんで、しかも今からね、新たにまた業者を見つけるのも彼らも大変なので、後戻りできないわけですよ。
だからこの頼りない寸借カンナに任せちゃって失敗したと思いながらも、まあでもこの人に頑張ってもらうしかも今となってはもう手遅れだからとにかく頑張れよって葉っぱかけてこられたってことだと思うんですよね。
これはまずいと。そして案に、京都の方々なんで非常に上品に言われてはいるんですけども、要は滝地が邪魔だっていう案にそれを言われてるも同然で、あの人ちょっとね、口うるさすぎると。
もうちょっとあの滝地さんは役に立つ人だってことはすごくわかるんで、ただ滝地さんにイニシャティブを取られちゃダメですよってこと言われてるわけです。
実はここに至るまでに私は個人的に、例えば窓回せるとか、あと京都で実際に京町屋の回収とかしている友達もいて、この人たちに内々にアドバイスとかもらってて、あんたがしっかりしなきゃダメよってこと言われてはいるんです。
わかっちゃいるんですけれど、何て言ったっても蟹交戦なんでね、強烈なんですよ。相手が公安警察だろうと立ち向かって行くような気質の人たちなんでね。
この人たちの荒ぶる馬をね、なだめすかして、ただ、こういう行政関係の書類を作らせたらね、本当に緻密な仕事をしてくれるわけです。非常に役に立つ人たちなんですよ。
こういう事務作業がとても苦手な私にとっては、これね、工事さえ始まってしまえば私の独壇場なんですよ。
だけど今この段階は、私にとってはもう全く門外観なんで、だからこそ彼らを雇ってるんですけど、私としては甘かったんですよね。
彼らに丸投げすれば完璧な書類作ってくれて、行政ともツーツーなんでね、うまくこれちゃんとやってくれると思って、ある種任せきってたんですね。
そしたら、あまりにも融通が効かなくて、次々と顧客の要望とかっていうのは、それ多分取らないとダメですよ、みたいなことをやりすぎて、客の不審感を持たれてしまったっていうことがあって、
これは完全に私のミスなんです。私が悪くて、これはまずいと。起動修正しなきゃいけない。でも滝路は必要です。私にね、必要です。
でも客が一番大事。どうしようっていうので、この週末はずっと悩みながら、一方で他の案件とかもいろいろ抱えながら、どうしようどうしようとか思ってね、ぼーっとなんかいろいろ考え事とかしたり、いろいろしてて、
ついにね、滝路にはうまくね、滝路さんと本当にあなたはよくやってくれていると、だけど私の立場としてはお客さんの要望が一番なんだと。
あなたの言ってることはおそらく1から10まで全部正しいと思いますって言ったんですね。そこでもう間髪入れずに、もちろんですよっていうところがやっぱり小林滝路なんですよね。
もう全く自分の考えに間違いはないってこと言い切るんですよ。でも分かってる分かってる。だけども、お客さんはもうこれでいきたいって言ってるから一旦通してみようよと。
これで行政からダメ出し来て、そっから軌道修正すればいいじゃないって。でも彼からすれば、どうせダメ出しが来るって分かってるのにミスミス、穴だらけのプランっていうかね、そういう申請で行っていいんですかって言うんですよ。
だから彼の合理主義と私の合理主義とは全く違うんですよね。この辺の仕事にどこに軸を置いてるかっていうことの違いとかが本当に面白くて、面白いって言ってる場合じゃないんですけど、
ただここ最近ね、岡田社長の会社行ってから、本当に霊災企業の悲しさなんですけれども、タキジと同じ年ぐらいの若手がね、いろいろいるわけです。一応うちの会社にもね。
でもなんていうのかな、自分の考えをそんな持ってる人ってあんまりいないですし、リスクは回避しますしね。言われたことしかやらないみたいな人が結構多かったんで、タキジはね、ガーって言ってくるんですよね。
もちろん彼と私は業務委託関係なんで対等ですよ。私の決して彼は部下ではありませんから、対等なんでガンガン言ってくるのは当たり前なんですけれど、とは言っても横にお客様っていうものがいるわけなんでね。結構ね、客に対してもガンガン言っていくんですよ。
今ここ数ヶ月彼らのようなタイプの人たちと一緒に仕事しているおかげで、これもね私が独立を決意する一つのね、背中を押してくれた部分もあって、こんなに商売系がない人たちでも一応彼らね、ちゃんと仕事が成り立ってるっぽいんですよ。
不思議で仕方ないんですけども、こんなに上から目線で、自分は正しいとか言い切って、客よりも上の立場からガーってこう、これ絶対こうですよとか、これ間違いですとか、これはどうですとかってバーンとか言って、なんとかこれで食っていけてるんだ、この人らと思って。
打ち合わせで信頼を回復
そしたら私でも大丈夫なんじゃないの?と思ったっていうのもあったりして、とにかくこの有象の効かない多岐寺にとにかく私はとにかく一回これで出してみようよって言って、なんとかね、書類全部出したんですよね、とにかくね。
それで、とにかく寸釈観音のこのプロジェクトチームは頼りにならないっていうふうに一旦顧客から思われてしまったんで、今後行政には全部私も投稿するって言って客に言われちゃったんですよ。今までは任せますって言ってくれたんですけども、全部ついてくるって言われちゃったんで、今日単に書類提出するだけなんで客に行ってもらう必要なかったんですけども、とにかく来たんですよね。
で、私は多岐寺にはちょっと角が立つから、今日は来なくていいって言って書類だけ作ってもらって、今日は客と私が行くって言ったんですけど、どうしても僕行きますと。
今どういう進捗状況なのかっていうことをきっちり僕が伝えますとかって言ってですね、私にそこも任せておけないっていう。私は客からも頼りないと思われてますし、多岐寺からも頼りないと思われてて。
まあでもそんなに言うんだったらと思って、一応お客様の方にもね、ちょっとすいませんってコールさえ多岐寺も同席するんですけど、ちょっとご容赦くださいって言ったら苦笑いで、まあいいですよって言って、今日一緒に3社で一席設けたんですよね。
でもヒヤヒヤドキドキだったんですけども、今節丁寧にね、多岐寺が全部、今どういうプロセスを踏んでいて、これが決して回り道じゃなくて、これはこれで必要なプロセスなんですと。
ただ、ちゃんとお客様が望んでいる旅館業を申請するということに関しては、第一優先でね、今もう進めているんでご安心くださいっていうことをね、多岐寺と私でちゃんとね、全部説明したらですね、
2時間半ぐらいの超長い打ち合わせだったんですけども、満面の笑みで、いやめっちゃやってくれてるじゃないですかって言って、ほっとしていただけたんで、もうやれやれで。
で、まあ機嫌よく打ち合わせ終わって、お客様と私でね、とりあえず多岐寺のいる事務所でやったんですよ。私多分ね、京都、実は話それるんですけど、またこれでいよいよ年末ぐらいからですね、
この京町屋の工事が始まったら、また私の京都ライフが始まるんですよ。で、もうあのちゃんと常夜堂の確保と、あと前回のね、2月に引き渡した物件の時は、いろんな仕事場、点々としてたんですね。
シェアオフィスとか、ブースのね、ところとかいろんなところで点々としながら仕事してたんですけれど、今回はこの多岐寺がいる建築事務所のオフィスを、ちょっと曲がりさせてもらおうっていうね、ことをしてもちろんお金払うんですけども、
で、まあそれやって、そして常夜堂の確保も同時に並行してやってて、それイコール、マドモアゼルなんですけどね、さすがに前回5ヶ月ぐらい居させてもらって、寝泊まりと、あとご飯付きだったんでね、今回はさすがにもう嫌気させてんじゃねえかなと思ったんですけど、
ちょっと遠回しに、いやマドモアゼル、いろいろね、どっかウィークリーマンションとかね、いろいろ探してるんだけど、なかなかちょっとね、条件が合わなかったりなくてさーなんて言って、遠回しに言って、でさーみたいな言ったら、はいはい、もういいよって言って、言ってくれて、いやーよかったーと思って、というわけでね、またマドモアゼルの家に時々ね、もちろん大阪にも家がありますから、
かわいい夫と犬もいますんで、大阪と京都の2拠点生活がまた始まるわけなんですけど、またマドモアゼルの家に収納半分はいて、そしてこの滝地がいるね、建築事務所の狭い一角を借りてね、デスクに自分のパソコン持ち込んで、ここで仕事もさせてもらうっていうね、場の確保はもうちゃんとやってるんですよ。
そんな感じでね、でも今日ほっとして、お客さんに機嫌よく帰ってもらって、滝地にありがとうと、書類はもう大半彼が仕上げてくれてるんでね、ありがとうって言って、本当にこれからもよろしくねって言って、お礼を言ってね、今日はとりあえず終わったんで、やれやれと、やれやれですよ。
人と一緒に仕事するっていうだけでも、最近ずっと私一人でやってたんで、人とやるっていうのも、しかもこういうね、仕事に対して情熱がある人、ちょっと危なっかしい部分はあるんですけども、でもなかなか将来が楽しみだなと思って、
ちょっとお客を怒らせたりとかしても、自分が悪いんでね、なんとなく滝地を悪者にしてしまった自分が悪いんで、でもなんか微笑ましいなと思ったりしてね、そんな彼と、彼の親分である左翼のコウルサイ建築家とかね、そういう諸々の人たちの協力を得ながら、いよいよこのプロジェクトが始動していくというこの話もね、
またまた、定期的にこれから発信していこうと思います。はい、というわけでね、やれやれというところで終わろうと思います。はい、おやすみなさい。ごきげんよう。