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耳と鼻を削がれて川のせせらぎの #683
2026-10-20 24:22

耳と鼻を削がれて川のせせらぎの #683

京都の鴨川で収録しています🏯
#京都
#京町家
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サマリー

京都・鴨川から、約150年の京町家を旅館に改修する案件について話す。増改築を解体して元の姿を出し、申請や間取りの検討を進める一方、京都と大阪の職人や文化をめぐる温度差に苛立ちを語る。鴨川近くの耳塚や、千利休と堺の茶室にも触れ、京都中心の歴史観への違和感を示す。後半は岸和田のだんじり事故を取り上げ、南大阪を「蛮族」と見る見方に反論し、岸和田が古い城下町で、祭りには武士文化や地域の結束が関係すると説明する。餃子の王将の事件については次回に回す。

京都の京町家改修と解体工事
お聴きの皆様、おはこんばんちは。 現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
今、私は京都鴨川のほとりで収録しています。 日曜日からですね、いよいよ京都入りしてまして、
本格的な工事はね、12月ぐらいから始まる予定なんですけども、 一旦ですね、約150年ぐらいの建物なんですよね。
150年の間に度重なるいろんな改修、増築を施しているわけですね。
それを一旦全部取り払って、古い姿を表に出すという解体作業になるんですよね。
これをまず今始まったんですね、月曜日から。
土曜日に伊藤陽介さんのオフ会があって、大変緊張していたんですけれども、
とてもいい会になって、その話は今度金曜日に伊藤さんとの対談でお話ししようかなと思います。
大変楽しく過ごし、初めて生伊藤陽介さんにお会いして感激の対面だったんですけれども、
そのあたりのことはまた次回の対談で話そうと思うんですが、
興奮が冷めあらぬうちにですね、翌日には京都に夜から入って、
いつもの窓モアゼルの家にまた泊めさせてもらいながら、解体工事が始まって連日ずっと立ち会っているんですよ。
今日は雨の予報だったんですけれど、
昨日の夜土砂降り、私が窓モアゼルの家に帰り着いた時からしとしとと雨が降りだして、
夜結構降っていたんですが、朝になったらパタッと止んでいてですね、
徹底的に晴れ女なんでね、絶対降らないわけなんですけれども、
また今日もめっちゃ晴れだしてるんですけれどね、
鴨川・耳塚から考える京都の歴史
その合間で休憩で外に出てきて、鴨川のほとりで収録を予約しています。
とにかくバタバタなんですけれど、鴨川は非常に京都の名所というかね、
京都の顔のような場所の一つですけれど、多くの血が流れた場所でもあって、
今私が出かけている現場のすぐそばにね、ミミ図鑑という場所があるんですよ。
ミミって音を聞くミミですね。
ミミ図鑑というのは、これはね、豊臣秀吉がですね、朝鮮出兵をしたわけですよね。
朝鮮半島に攻め込んだんですけれど、
その際に武士たちがね、いろんな朝鮮人を殺してですね、
その死体を持ち帰るわけにいかないじゃないですか、海渡ってね、朝鮮から日本に。
というわけで、鼻とか耳とか、そういう小さなパーツを切り取ってですね、
日本に持ち帰って、これだけ自分は手柄を立てたんだっていうね、
証として持ち帰ったっていうすごい黒歴史があるわけですよ。
その多くの犠牲になった朝鮮の人々のモニュメントなんですね。
ここはすべて韓国語というか朝鮮語で書かれています。
歴史が長いだけに、いろいろ血なまぐさい出来事とかね、
多くの人の血が流れている場所でもあるわけですよ。
美しい鴨川なんですけれども、ここもたくさんの人の死体やね、
血が流れた場所なんだと思いながらね、私はそれを眺めて、
今そこら中、今ね、観光シーズンなんですね、京都ね。
たくさんまた外国人が増えてるんですけれども、
相当今この橋の方で収録してるんですよね。
ここをね、豊臣秀吉が歩いていたかもしれないなっていう、
奈良街道っていうね、大きな通りがあるんですけど、
そこをね、歴史に思いを馳せたりなんかしていて、
私はね、いよいよ京都の案件が本格的に始まりつつある、
解体、内部解体し、そしてちゃんとこれが150年頃、
150年前ぐらいに建てられた京町屋であるっていうね、
認定もらったり諸々申請とかも並行して進めていて、
何とかですね、書類はすべて提出し、
受理してもらっているというところまでこぎつけているので、
あとはね、実際にじゃあここを旅館にするにあたり、
どのように間取りを作ったりね、していくかっていうことを
これから検討していくわけなんですよね。
京都と大阪の職人・文化をめぐる摩擦
ちょっといろいろいつも話してるんですけれど、
今回京町屋で、しかも旅館業もろもろ、
ちょっと一人ではね、大変だっていうんで、
専門家の方々にも少し入ってもらって、
一緒に作業してるんですけれど、
早くもね、結構イライラしていまして、
例えばなんですけどもね、
私に今回この案件を任せてくださったクライアントは、
もう喫水の京都人なんですよ。
もうずっと代々京都でアキナイをやっている人たちなんですね。
この人たちっていうのは驚くほど大阪と似てるんです。
ほとんど同じアキンドなんですよ。
なのでとても話が合うんですね。
もうとにかく合理的で、どっちが得か損なのか、
こうした方が話が早いんだったらいくらでも
融通利かすよというようなお客様なんですよね。
絶対ここはこうしてもらわないと困るとか、
ここは何が何でも京町屋らしくこうあって、
衣装的にこうしてほしいとかそういうの一切なくて、
それが安くて早くて、ちゃんとしたものであれば全然OKみたいな、
カンナさんにお任せしますみたいな、そういう方々なので、
クライアントとはとても良好な関係性を築けていてやりやすいんです。
ただこの申請にあたって個別で依頼した
左翼連中が超うざくて、
ちょっとごめんなさい、この鴨川のほとりでね、
美しい鴨川なんですけど、ここでたくさんの人が血を流したんだななんて思いながら、
見ている時点でね、相当私も今心が黒くなっているんだろうなと思って、
ちょっともうお聞き苦しいかもしれないですけども、
ちょっと聞き流していただけたらと思います。
何がイライラするかというのが、
今回お客さんはとても波長が合っているので、
別に京都の職人で固めなくても、むしろ大阪の職人さんの方が慣れていて、
良心的な費用でいい仕事をしてくれるということをご存知なんですよ。
ところが私が今回協力を仰いだ左翼連中というのが、
大阪を5段ぐらい下に見ているんですよ。
なんですけども、もともと京都の職人さんって非常に高い上に、
なかなか抑えることができないんですよ。
みんな忙しいというか、マイペースというか、
こういう私たちがやっているような仕事というのは、
もうケツが決まっているわけです。
ここまでに絶対終わらせなければいけないという中で、
腕のいい職人をガチッとこの期間は抑えることができるみたいなことが難しいんですね。
基本的には9割方、私のいつものなじみの仲良くしている職人さんたちで工事しますと。
ただ伝統的な、今回京マチアの認定とかもらったりして、
補助金も引っ張る予定なんでね。
表の衣装的な部分とか、構造的に難しい部分とかというのは、
慣れた熟練の京都の職人さんにお願いしようかなと思ったりしているんですよね。
あとは、サカンですね。
土壁とかを塗ったりするのも、私にも腕のいいサカン屋さんというのはいらっしゃるんですが、
今の素材に慣れているわけです。
今の素材というのは一見樹落とか土壁に見えるんですけれども、
中に樹脂素材が入っているんです。樹脂、プラスチックとかね。
そういった素材が入っていることによって、工事がしやすい材料になっているんですよ。
一方で土壁の本来の良さである通気性とか呼吸する壁というところは出なくなるわけですね。
風合いは楽しめるんですけれども、
本来の土壁というのは壁自体が呼吸しているんですよ。自然素材なんでね。
空気を吸って、湿度を調整したり、あと臭気、匂いとかも浄化してくれたり、
いろんな自然素材ならではの利点がたくさんある一方で、
今の職人さんにしてみたらめんどくさいわけですね。
本当の泥とか土とか、そこに藁とかを混ぜてね、本当の土壁を作るっていうと、
使う道具も微妙に違うんですよ。
同じ塗り壁にしてもね、今の素材、材料で作るのと、
本来の土壁を作るのとでは、道具、刃形とかね、
平たい板みたいなところに材料をベトッと、泥みたいな土とかを乗せて、
そこから刃形で塗っていったりすると、道具の種類も違うんですね。
今の若い職人さんって、道具自体持ってないんで、めんどくさがってやりたがらないんですよ。
そういった砂漢とか土壁にしたい部分とかは、京都の熟練した土壁とかに精通された人を使うかなと思ってるんですけど、
今回解体工事に入ってくれてるのは、いつもの私の大阪市内のヤンキー集団にお願いして、
昨日から4人でドタッと来てくれてるんですよね。
この左翼の人が来てて、すっごい上から目線なんですよ。
ここは残してください。ここは解体してもらって結構ですとかってね。
マッキーっていう太いマーカーペンっていうかサインペンありますね。
あれでもそこら中に印つけていくわけです。ここは解体していいよとか。
ここは残してくださいって言うと、マスキングテープ貼って印つけたりとかして支持するんですけれども、
超上から目線で、結構その時点で私もちょっと機嫌悪くなってて、リスペクトがないわけですよ。
ところがですね、いざ施工が始まってみると、私が連れてきた大阪の解体屋さんっていうのは非常に手際がいいわけです。非常に。
めちゃくちゃ上手ですし、信頼関係もあるんで、ああうんの呼吸でパパパパってやるわけですよ。
でも1時間もしないうちに、もうみるみる本来の京町屋の元々の姿がだんだん出てきてね。
結構私解体工事って好きなんですけどね。それ見てですね、この左翼がすごい手際が良くてすごいっすねって言って、
当たり前だろうと思って。もうね、バカにしてるんですよね。
あんまり名前は言いたくないですけど、たきじなんですけど、こいつまだ私よりね、私の息子って言ってもいいような年齢なんですけど、
すごい上から目線で、私にいろいろこういうものちゃんとカンナさん用意してくださいねとかって言って、
リストとかをね、グループラインでね、この左翼のグループで4人なんですけども、グループライン作ってるんですよ。
そこにいちいちね、そんなこと個別に言ってくればいいだろうと思うんですけど、わざわざこのグループの共有のところで、
私にいろいろ細かい指示をしてくるんですよ。こういうところに気をつけてくださいとかね。
こういったブルーシートとか、マスキングテープとか、養生テープとか、こういったものをちゃんと用意しておいてくださいみたいなことを言ってきて、
わかってるわと思って。切れかけ3秒前くらいなんですよね。今鴨川見てるんですけど、
これマウントですか?京都マウントですかね。すんげえイライラしてて、ちょっと関係ないんですけども、
千利休と堺、大阪南部へのまなざし
私、相変わらず京都のフリーメイソンに入ってるんですけど、ここでの修行の日々っていうのは相変わらず続いてるんですね。月2回くらいね。
あと漢字会っていうのにも入っちゃったんで、ここでの活動とかもあって、なんだかんだで仕事以外でね、月に2,3回はこの連中と付き合ってるわけなんですけども、
茶室でね、初心者の茶道体験みたいなことも今やってるんですよ。本当に京都の伝統、京町屋を学ぶんであれば、茶道、茶室、そういったことにちゃんと理解がないとダメだっていうね、
ここのフリーメイソンの理事長さんがね、そういったありがたい場を設けてくれてるんですけれど、いろいろ言ってるんですけど、こういったところでもね、すごい京都外の人間に対する差別意識っていうのがそこかしこに
出てくるから、まあまあイライラしてるんですけど、
でね、千利休っているじゃないですか、この茶道を始めた、そもそもの原点になってる人、あのね、ごめんなさい、話が前後してイライラしてすいません、あの茶室、ちゃんとした茶室が残ってるのってね、日本全国で京
都と、あとね、大阪の堺、大阪の堺だけなんですよ。
で、なぜかというと千利休が住んでたからなんですよ。堺に来て、そこで茶室作っとるわけですよ。だからこの日本全国ね、つつ裏裏、ちゃんとした茶室が歴史的に残ってるのは京都と、京都はそこかしこにありますよね、
でも大阪の堺にもあるんです。
ちゃんともう皆さん調べていただいたら出てきます。堺のどこどこ、千利休博物館とかもあるんです堺に。ふざけんなよと思って、私はもうこの堺とか岸和田とか、この大阪の南側に住んでるんですけども、大阪の中でも
ね、南北っていうのがあって、北と南があってね、
南側っていうのはちょっと野蛮っていうか未開の地みたいに思ってる人たちが一部にいて、行き通りを禁じ得ないんですよね、私は。そもそも小田信長が天下統一しているか、はたまた秀吉があのようにボケてね、おか
しくならなければ、大阪が間違いなく首都になっていたという場所なんですよね。
千利休がそういうみやびな文化も持ち込んでます。南蛮貿易も盛んにやってました。そういう場所をバカにしてるんですよね。大阪で今、高級住宅地と思われているのはどっちかというと北折部分なんですよね。北の部分
で、例えば豊中とか、水田とか、そういったところが今すごい高級住宅地でなっているのはこれね。
戦後に阪急電鉄がすごく実業化として成功して、ここを高級住宅地としてブランド化することに成功したことで、この辺りがいい住宅地だと思われているというだけなんですよ。本来歴史があるのはこの南なんですね。
本当にイライラしてて、関東からもバカにされ、関西圏にもかかわらず京都からもバカにされ、神戸からもね。神戸もこの阪急電鉄のおかげで神戸とか宝塚とかそういったところは全部高級な場所だというふうになってる
んですけど、これも歴史ないんですよ。
ただの田舎だったところが阪急電鉄の力で高級住宅地化することに成功したというだけの場所なんで、本来血なまぐさい歴史も含め文化とかがあったところっていうのは大阪の南なんですよね。
岸和田だんじりと南大阪の歴史
それで言うと、またこういう前段階のイライラ話でまたこんなに長く喋ってるんですけど、本当は今日は関西にまつわる今世間で騒がれている2つのニュースを取り上げようと思ってたんですよね。
1つは餃子の大正ですよ。餃子の大正で田中容疑者が無罪になったんですよね。この話は是非ともしたいのと、あと断じりです。断じりで被害というか、犠牲者が出たっていうことでもすっごいネットで大騒ぎになっててニ
ュースにも取り上げられて、いろいろ言ってて、YouTubeなんかでもいろいろ考察されてる方がいっぱいいるんですけれど、
いやいやいやいやちょっと待てと。南に住んでいる私からちょっと物申したいっていうのがあってですね、話したいんですが、まずちょっと時間がなくなってきてるんで、もう断じりの話だけしようと思います今日はね。
餃子の大正の話はちょっと次回にします。
断じりをですね、大阪の南の特に岸和田とか泉大津とか堺とかそういった場所で今回犠牲が出たんですよね。でもこれね、昔から毎年死者って出てるんですよ。
こういう今ね、SNSの時代になったので大騒ぎし、ちょうど断じりが倒れて下敷きになってるところとかリアルに映し出されたりとかしたこともあってね、今更大騒ぎになってるんだと思うんですけど、これ全然珍しい
ことじゃなくて、
この引き回しっていうのが全速力で断じりがっときて、急カーブを曲がりきるっていうのが、半年くらいかけてね、みんな訓練して、走り込みの訓練して、ある年齢になると若い男性たちがね、ずっと訓練して、この日に備
えてね、ずっと準備しているっていうものなんですよね。
断じりの歴史とかはあれこれ言う気はないんですけど、私がちょっとそれは違うって言いたかったのは、いろいろ考察系のね、YouTubeとか見ていて、そもそも血の気が多い人が大阪の南には多くて、
言葉は悪いけれども、ちょっと部族っぽい人たちがいるみたいなことを言ってるのを聞いて、いやいやいやいやちょっと待てよと思ったんですね。
岸和田ってね、歴史とした城下町なんですよ。岸和田城っていうお城もあるんです、実際ですけどね。
本当の大昔の岸和田城からはちょっと位置を移設はしてるんですけれども、たまたま岸和田は空襲にあってないんです。
なので古い城下町の建物とかって結構残ってて、それこそ町屋もたくさんあるんですね。秋内が盛んだった場所なので、京都みたいにブランド化してないんで、大阪町屋とか岸和田町屋っていう名前になりませんけど、たく
さん町屋も残ってるんですよ。
そういうすごく風情のある場所なんですね。別に未開の地の部族みたいな人がたくさん南部には住んでるんだとか、あとそういえば伊藤陽介さんも一度選挙の時に岸和田に行ったことがあって、いまだに会議室でタバコ吸
ってるような人たちがいっぱいいてびっくりしたとかって言ってましたけど、これは違うんですよ。
城下町だというね、これもしかもものすごく古いんですよ。1334年、そのぐらいの時代からある立派なお城で、ここは織田信長も秀吉もですね、岸和田城っていうのは結構活用してるんですね、政治的にね。
そういった場所でですよ。だから城下町なので、そういった潔気盛んな人たちが確かにいたところで別に未開の地の番族が住んでいる場所だということじゃなくて、もともと城下町であるがゆえに、潔気盛んっていうところ
は確かにそうで、お殿様のためなら命も帰り見ないっていうね、家臣がたくさん住んでる場所なんですよ。
だから祭りが出たんです。五穀豊穣の祭りと微妙に断じりは違うんですね。それこそ京都の祇園祭りなんかは五穀豊穣のための祭りですよね。断じりはね、こういう戦にしょっちゅう行って死ぬっていうことで、死っていう
ものを常に身近に感じている人たちがね、
血の気を抜くっていうんですかね、もうかーっと潔気盛んな人たちのガス抜きみたいな部分もあるんですよ。で、祭りっていうものが盛んになって、それがどんどん近代に近づくにつれて、より精鋭化されて、昔はね、
そんなひき回しでバーっと全速力で走ったりとかっていうことはなかったそうなんですけれども、明治時代以降ぐらいですかね、徐々にだんだんスピードを競うようになってきたというのがあって、
これは蛮族が南部にいっぱい生息しているっていうことではなくて、潔気盛んな武士たちがですね、こういった戦とかお殿様を勝たせようとかね、国内での戦いのためにですね、お互いの結束を高めるためとか、そういった
祭りなわけなんですよ。
私は決して断じりを特に好きでもありません、はっきり言って。別に特に伝統なんだから守るべきだとかも思わないんですけど、ただ間違った歴史認識で語るんじゃねえと思ってね。
南部を蛮族とか言われてる時点でもムッとしてて、この辺は戦国時代とかもバンバンに武将が行き来した立派な城下町だっていうことの認識を誰も考察してなかったんで、それどうしても言いたかったんですよね。
左翼はムカつくって。京都もね、私のお客さんみたいにいっぱい飽きんどがいて、この人たちと普通の会話ができるんですけど、何か勘違いしている学術的なね、アカデミックだから嫌いなんですよ。
鴨川綺麗だなっていうところで今日はここで終わって、餃子の王将の話はね、ちょっと何とか時間を見つけてまたお話しします。はい、それでは鴨川からお届けいたしました。ごきげんよう。
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