はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回はヤスパース第4回ということでやっていきたいと思います。
はい、お願いします。今回はですね、ヤスパースのより思想的なところをより深くやっていこうというところで、
前回までですね、結構、特に前回か、アーレントさんとヤスパーさんの対話というか、
所感のありといというのを通じて、お互いにある種、ただ慰め合うだけじゃなくて批判し合いながら、
お互いの思想を高めていったみたいな、そういうふうな関係性の話をしたと思うんですよね。
そちらもすごいです、みたいな話じゃなくてね、ちゃんと批判的な意見をぶつけながらみたいなね。
これがね、愛のこもった戦いとか、愛しながら戦いとかって言って、お兄さんも分かる愛だよね、みたいなことをちょっと言ってた気もするんですけど。
そういう表現から別としては、まあそうはね。
だった時に、これがいわゆる、やっぱり一人の人間がただただおしゃべりをするとか、情報交換するってことじゃなくて、
本当に自分の実存っていう言葉をね、第1回にも話したと思うんですけれども、
やっぱり客観化できないデータとかさ、そういうことで還元できない自分っていうものを、
ある種向き出しにしながら語っていくとか、関わり合っていく。
こういうことの大切さっていうものをエアスポーツはずっと大事にしてるわけなんですよね。
しかもね、この実存っていうのが、やっぱりね、カントとかそういうのとはちょっと違うというかね。
カントじゃないか、誰だっけ、サルトルか。
そうそう。言葉としては同じになっちゃってるんだけれども、ちょっと違うよって話も少しずつしながらっていう感じなんですけれども、
今回ですね、よりそれを社会というかドイツ、あるいはドイツを超えた国際社会全体につなげるものとしての石材論っていう本を取り上げようと思います。
石材論は責任の責任、罪なんですけど、
やっぱりヤスパーさんがですね、これ1946年ですね。
本当に終戦の翌年とかかな、大学で語ったものを本にしましたっていうような感じなんですけれども。
そうなんだ、氷の句みたいな感じなんだ。
そうそうそう。なのでこの本自体すごく、僕も読んだんだけ有名すかったんで、もし興味があればぜひ図書館とかで手に取ってみていただきたいなと思ったんですけれども、
これもう前々回お伝えすると、ヤスパーさんは戦時中は奥さんがユダヤ人みたいなところもあって、
結構迫害というか、大学から追いやられて仕事もできないみたいな状況だったようなところだったんですけれども、
逆にそういった状況は交互そうして、その終戦後、
ある種ヤスパーさんはある種潔白だみたいな、マティストの繋がりもないから大丈夫っていうところで、大学に戻るんですよね。
はいはいはい、だいぶ入れ替わるって話だよね。だから戦勝国というか側から見て安全な人たちがメジャーに踊り出たみたいな感じだよね。
そうそうそうそう。中のある種筆頭というかそういう人だったんですけれども、ヤスパーさんが大学において、
我々今ドイツってどういう状況なのかとか、何が必要なのかって、それはもちろん対話が必要って言いたいんだけれども、
それをどういうふうに実現していくのかっていう時に、
当然その対話って共通のテーブル、ドキドキのテーブルっていう例えをすると思うんですけれども、
お互いの具材がないとどこから話していいかとか、何をテーマにしていいかってのは分かんないじゃないですか。
なのでこのドイツっていう終戦後、ある種敗戦後かと考えた時に、やっぱりどういうところから対話っていうものを作っていくかっていうことを考えるわけなんですよね。
そういう時にやっぱりテーマになるのがこの罪っていう話で、戦争をある種ドイツ、ヒトラーっていうものが起こしたわけなんですけれども、
これをある種ドイツ国民がどう捉えるのかっていうところがすごく難しい状況だったんですよね。
ああ、そうなんだ。ほうほうほう。
うん。っていうところからちょっと今日話していきながら、そのヤスパーさんがどんなことを言ったのかとか、
あるいはそれがその後のドイツとか、その社会にどういうふうな影響を与えたのか、
あるいはヤスパーさん自身にこの本を出したことがどんな影響があったのかっていうところをお伝えしていこうと思ってますっていう感じなんですよね。
ほうほう、なるほどなるほど。
ちょっと早速いこうと思うんですけれども、まずね、ちょっと想像していただきたいんですけれども、
この1945年、敗戦後ですよね。正直ね、僕らもう全然戦争とかとはほど遠い世代になっちゃってると思うんだけれども、
日本を想像してもさ、日本の敗戦後の雰囲気とかって、どういうふうに教わったとかさ、
なんかおじいちゃんおばあちゃんから聞いたよとかってある?お兄さんって。
教わったか、いや具体的には聞いてないけど、なんかイメージだよね、イメージ。
イメージと結構脱力感じゃないけどさ、なんかはぁ終わったみたいな、終わったんかみたいな感じなのかな。
場所によるだろうけどね、日本でもね。
うんうん。もちろん多分その、いろいろあって、なんか僕がおばあちゃんから聞いた話だと、
岩手の田舎の方だと、食べるものはなんか困らないという、一応あったみたいな。
でもやっぱり住むところとか、そういった、一応安全ではあったけど、
でやっぱりこう、海外の人とかアメリカの人たちが来て、本当に生活が変わっちゃったよって話とかしてるのを覚えていて。
なんかうんうん、今年やってたな、そういう終戦後の無料化の展示会みたいなのを見に行ったわ、そういえば。
駐在軍が3000人ぐらいだったかな、確か来て、しかも家族で来るみたいな感じで。
そうなんだ、はいはい。
で、目星さ、街中の大きな家とか、建物は、もともといた人が出されて、接収されて、
ここには誰々さんが住みますよみたいな感じで、全部開け渡されちゃったというか、そういうのあったみたいなね、学校がパーティー会場というか、飲み屋みたいな感じになったりみたいな。
ああ、そこは知らなかったけど。
そういう資料と当時生きてた人とか、実際その接収された家に住んでた人のお子さんとかお孫さんとか、
だから壁に軍の人が描いたペイントが残ってる家があったりみたいな、そういうの見たな、そういえば。
意外と見てるじゃんって思ったけど。
そういう、もちろん敗戦国として、朝鮮国、アメリカもある種言いなりになるしかないというか、
やっぱり言われとおりにするしかないという状況があったわけなんですよね。
もちろんドイツもそのとおり同じような感じで、ある種、戦争中の空襲があったりとかさ、
家も身内もなくなってとか、生きるだけで精一杯みたいな話だったときに、
やっぱり自分たちもある種、何つってんの、被害者だみたいな、そういうふうな感覚もあったりするわけなんですよね。
これはすごく難しいんだけれども、やっぱり自分たちはある種反対していたとか、何つってんね。
何つってん、手を貸していたけれども、それは少しでもドイツが良くなるようにと思ってだったみたいな、そういうことがいろいろあるわけですよ、一人一人考えるとね。
まあね、なんとでも言えるというか、そんな厳しい状況だとね、何かには当たりたくなるっていうね。
そうそうそう。あとはその、敗戦後、終戦後の戦後処理という中で裁判とかを行われるわけなんですけれども、
これがニュルンベルク裁判というのかな、というものが、いわゆる戦勝国とか、いわゆるアメリカを中心とした連合国がある種裁判官というか、
そういった人たちで、何つの戦犯を裁くみたいな、そういうふうな場なわけなんですよね。
はいはいはい。
そうするとやっぱドイツ国民としても、何つがやっぱりね、戦争を起こしていって世界を混乱に起こしたというのはわかっているんだけれども、
やっぱりそれが全く違う国の人たちに裁かれる。やっぱりドイツの主権というものがあるし、やっぱり脅かされてるわけじゃないですか。
そうね。
っていうのはすごく屈辱というか、やっぱり受け入れがたいことだったりもするわけなんですよね。
で、仕方ないけどやっぱり受け入れがたいとか、こんなに苦しいのにさらに屈辱を味わなきゃいけないのかみたいな。
その中でヤスパウスがやっぱり、ドイツ人の罪とか、戦争に対する受け取り方とかっていうことを語るっていうことは、正直なんていうかな、もうちょっともう観念してくれた話もあるわけなんだよね。
まあそうだよね。今は聞きたくないみたいだね。
そうそうそう。でもあえてヤスパウスはやっぱり言っていくんですけれども、これ何かっていうと、いろんな外に向けたもの、外っていうのは海外、ドイツ以外の国に向けたものと、あとは内側のドイツに向けた
ものという2つがあるんだけれども、
外に向けたっていう話でいくと、やっぱりその勝者側、連合国軍側からすると、ある種そのドイツっていう国全体に対して、この戦争は一部の人じゃなくてドイツ民族全体の罪だみたいな、
そういう集団に責任をなすりつける、なすりつけるっていうか、帰属させるような、そういうふうな論っていうものを言う人たちもいるわけなんですよ。日本で言ったらもう日本が戦争して負けたらもう日本国民
全員が悪いみたいな話だよね。それはちょっと待ってって言いたくなるじゃん。
そうだね。 っていう時に、ヤスバンスはそれはまずきっぱりと拒否するんですよ。ドイツ国民全体が何か罪を犯したんだとか、ナッツドイツっていうものがやった罪を、ドイツ国民全員がやっぱり追
わなきゃいけないっていうのは間違っていると。
なぜかっていうと、やっぱり罪っていうのは常に個々の人間がしようものであって、民族とかなんか属性だよね。例えば男性の罪とか女性の罪とか言ってるときに、やっぱり男性全員が罪深いとか、罪人だとか
って結構それは暴論なわけじゃん。
まあ、そうね。 やっぱり属性を持って罪っていうものを帰属するのは良くないねと。
なので、いわゆる小選国側からドイツ全体が悪いっていうのは、これはもう知りづけましょう、ちゃんと否定しましょうっていうところから入っていくんだよね。
一方で、ドイツ人は悪くないって言っちゃうと、やっぱりさっき言ったような、何度でも言えるじゃんとかさ、本当は甘い汁捨ててたんじゃないの?みたいに言ったときに、そこの選挙もできなくなって、うやむ
いになっちゃう。
だから、何の罪かは別として、本来やっぱり何らかの罪を負った個人個人が、なぜか許されちゃうとか、そこがこぼれちゃう可能性もあるって話だよね。
そうそうそう。だし、やっぱこの罪って何かみたいな話をマルシアスパーさんは掘り下げていくわけなんですよね。掘り下げるというか、結構好奇形式なので、この4つの罪があるよって、この後話すんだけど、
っていう感じで割と結構わかりやすく説明をしてくれるんですよと。
で、この4つの罪っていうものがある中で、これは例えば個人個人で、ドイツ人にはドイツ全体ってものではないよとか、逆にこっちの罪はある種ドイツ人全員が負うものかもねみたいな、そういうことを分けな
がら考えて整理していくんですよ。
っていうところをやることで、ある種ヤスパーとしては、今度は内側だよね。ドイツ人の側にある、いや我々も被害者だとか、我々は別に罪を持っていないとか、あいつらが勝手にやったことだから自分は関係
ないみたいな、ある種そういう無責任態度っていうものを言いましめようとするっていうのをやるわけなんですよ。
なるほど、たぶん逆の人もいただろうしねっていう感じするよね。 そう、逆っていうのは?
人によってはさ、これはドイツ全体の罪なのである、ごめんなさいみたいなさ。 ドイツ人の中にもってことね。
そうそう、ドイツ人で自分は大した別に、なんならナチシスに別に評判を入れてないんだけど、こんなことが起こったのはもうドイツ人としての恥だみたいな、ごめんなさいみたいなのもありえるよね。
それがやっぱり、今回で実存とか自分自身が分け出てくるものを考えていくのがあったときに、ただ単純にポーズでやってるのか、本当に心の底から、これは本当にドイツ全体の罪で自分も一部だなと思ってるのか
ってやっぱり大きな差があるわけなんですよね。
はいはいはい。 というときに、その罪の意識みたいなものがどこから出てきているのか、これを考えましょうねっていうふうな話をしていきますと。
ちょっとこの4つの罪の話をしつつ、そこはさらっとしながら話していくんだけれども、4つの罪っていうのが、ちょっと今並べて話すんだけど、1つが刑法上の罪、いわゆる刑罰ですね。
2つ目が政治上の罪、3つ目が道徳上の罪、最後4つ目が刑事上学的な罪、この4つに分けるんですよ。それぞれどういうことかっていうと、1つ目の刑法上の罪はいわゆる法律違反ですよね。
そういう意味でいうと、例えば人を殺してはいけないという法律があるときに、それをしたとすると、例えば戦時中であってもそれはやっぱり良くないというか、ちゃんと照らし合わせて裁かれるべき、そう
するとそれは裁判所で裁かれるので、
さっき言った通り、いわゆる裁判官みたいな人がいて、その個人がそこに引き立てられて、一個一個の罪っていうものをちゃんと判断されていく。そういったものは刑法上の罪ですね。
これでいうと、いわゆる同一国民全員が刑法上の罪があるとは当然言えないという話になります。
2点目の政治上の罪でいくと、これはやっぱり政治なので、夏政権の成立を許したとか、その夏政権下である種生活を享受していた人たちというところには、やっぱり政治上の罪っていうものが一定考えられるでしょう。
ただこれは裁判とかじゃなくて、いわゆる歴史とか、あるいは戦勝国側、これが裁くんだと。
さっき言った、なんで戦勝国に勝手に主権を踏みいじられて、ドイツの人たちが裁判でやられるんだみたいなこととか、あるいはさっき何か言ってくれた、森岡も家とか接種されて、追い出されたりするわけじゃ
ん。
という時に、やっぱりなんで我々がこんな苦しい思いをしなきゃいけないんだって思ったとしても、それはもうやっぱり日本っていう国がそういった戦争を起こして負けて、ある種統治下に入った以上は、それはもうしょう
がないと。
それはちゃんと受け入れましょうねっていうのが政治上の罪っていう話なんだよね。
なるほど。さっきその、例えば政党というか、そういう政権の成立を許すってとこはいいけど、その統治下で生活をしていた、享受した人たちってなると、結局いわゆる国民全員みたいになるの?
そうだね。ここはやっぱり統一国民全体っていうふうになるね。
なるほど。じゃあそこに投票した人だけとかじゃなくて、ある意味政党の裁判をもって、成立した政権のもとで暮らす国民っていう、やっぱ全員になっちゃうんだね、ここはね。
そうだね。ある種、ヤスパンスはドイツ国民全体の罪ではないとか、そういうことがなかったと言いたいんじゃなくて、裏の2つで言うと刑法上の罪は当たらないけれども、政治上の罪はやっぱり追わねばなら
ないみたいな、そういうふうな区分けをしてくるんですよね。
で、3つ目からがさらにややこしくなってきて、この道徳上の罪ってやつなんだけれども、これ例えば前回のアーレントの時にもやったような、命令だから例えばユダヤ人のそういったホロコースとかに協力
してましたとか、あるいはみんながやったから自分もやらざるを得ませんでしたっていうもの。
これって、ある種、一見すると仕方ないように見えるんだけれども、やっぱり自分の思考とか良心、自分のまさに倫理観っていうものを無視して、あるいは停止させてやってしまったとか流れてしまった。
っていうことは、個人個人の過ちがあるので、そこに対しては、ある種、罪っていうものがちゃんと発生しますねと。これを裁くのは、結局は個人の良心、あとは他者との誠実な対話なんだっていうふうに言うん
ですよ。
つまり人から言われて、お前、あの時なんであんなことしたんだよって言われてもこれはダメで、やっぱり自分があんなことしなければよかったとか、逆になんで何もしなかったんだろうっていうふうに苦悩を
すること。
この苦悩っていうのは、やっぱりちゃんと自分自身の良心を磨き上げるとか、やっぱり今後同じようなことが起きないように自分っていうものをより前進させる、そういうふうなものとして使われるべきだって
いうことをオヤスパーさんは考えていて。
だからこそ、自分自身のやったことかあればやらなかったこと、大切な自覚っていうものが大事なんだっていう話を、この道徳上の罪っていう流れでしていくんだよね。
なるほど。
自分は助けられてしまったのかとか、やっぱりそういうふうな良心の過剰みたいなものをまさに感じることって、あると思うんですけど大きな事故とかの時に生き延びてしまった人がさ、なんで自分なんだみたい
な、むしろ自分が死んで他の人が生き残ればよかったのにとかっていうケースってあると思うんだけれども、これは良い悪いとかを超えてしまってるんですよね。
まあ確かに。
もっと大きなものを繋がって、やっぱりそれに向き合わないといけないとか、そうすることでしか罪って直視できないよみたいな。そういうことを考えるんですよね。
はいはいはいはい。
うんうんうん。
で、そうすると何が起きるかっていうと、ある種、さっき兄貴言ったさ、これは自分だけじゃなくてもうドイツ全体の罪なんだ、ドイツは罪深いんだっていう人がいた時に、この4つのどれなんですかと。
はいはいはい。
本当にそれってドイツ国民全体が覆うものなんですかとか、逆にあなたが言ってるその罪の重さっていうのはどういうレイヤーで言ってるんですかっていうことが成り立つようになるわけなんだよね。
おおー、なるほど、確かに。
うん。そう。っていうものが、あれさっき言ったテーブル、このドイツのその敗戦国としての罪というか、その責任の捉え方っていうのをする時に、これをベースに話してみませんかっていうことを丸一つ提
案するというか。
うんうんうん。
投げかけるっていうところが、ヤスパースがまずはこの本の最初っていうか、中盤くらいまでやろうとしたことですっていう感じなんだよね。
はいはい、なるほどね。これは、この4つっていうのは、もうヤスパースが頑張って考えて、もうこれかなみたいな、そういうふうな分け方って感じだよね、これに関しては。
そうだね、うん。それはすごく論章するっていうよりは、4つあるよみたいな感じで伝えていって、これをベースに考えてみようかみたいな。話がこの石材論っていうような本ですね。
確かにこの前提ないと、確かにヤスパースがどれだけ罪について語っても伝わらないってことが起こりそうだもんね、確かに。
そうそうそう、やっぱり結局何の話をしてるのかっていうふうになっちゃうからね。
うん、変な反論だったりとかね、あと予期せぬ同意みたいなね、そうだそうだみたいなことも起こっちゃうかもっていうことね。
そうそうそう。
なのでこういった対話のベースになる概念とか考え方っていうものを出してくれましたよ。
うん。
で、これはやっぱり面白いというか、ヤスパースさんがさすがだなと思うのが、例えば今回第二次世界大戦、1945年の話をしているんですけれども、
ドイツが負けたみたいな話をしていくと、第一次世界大戦もあるわけですよね。
うん。
20世紀初頭にもそういった戦争があって、その時にもドイツはいわゆる、こうやって賠償金とかめちゃめちゃ課せられてさ、
よく教科書とかですごい札束持って、札束で遊んでる子供の写真とかよく見ると思うんですけど、やっぱりああいった状況もありましたねと。
で、それでいくと、ある時その、何だろうな、その当時とじゃあ今回ってもう同じかみたいな話があるんだけれども、
結構ヤスパーさん明確に、実はこの第二次世界大戦の敗戦っていうものは、これは歴史上の戦争とやっぱり全然違うんだっていうことを言うんですよ。
うーん。
だからこそそのドイツ人の罪とか、国家全体の責任とかっていうものを考えなきゃいけないって話なんだけれども、
うん。
これ何かっていうと、その第一次世界大戦みたいな話、これヤスパーさんの考えなんだけれども、
ここでいくと、いわゆるこれっていうのは古典的なというか、両の争いなので、ある国家間の戦争としては、何だろうな、過去からあるし続く、
よくあるって言ったらあれだけれども、まあそういったものですねと。そうすると、このあるし敗戦っていうものは基本的に政治的とか軍事的な領域で留まるんだよね。
そうだね。
うん。なので、その賠償するとか条約を結ぶとか、それで政権されるとしても、別に何かさっき言ったような道徳とか刑事上的な、そもそもこの戦争を起こすことが悪だみたいな話っていうところは、そんな
に、
もちろん無くはないんだけれども、そこに行く前にちゃんと政治的なところで処理できるわけなんですよ。ある程度ね。
で、今回のナッツドイツの第一次世界大戦っていうものは、やっぱりその国家の戦い、ドイツってものはフランスとかイギリスと戦争しましたってことじゃなくて、
ナッツドイツっていう国家において、大量の虐殺であったりとか、ユダヤ人だけじゃなくてドイツ人もそうなんだけれども、でも起きたっていうときに、それをある種他の国も止められなかった。
ナッツドイツっていうものが政権が出たときに、なんかそういうヤバそうじゃなってことはありながらも、問題ならないようにフランスとかもその政権と同盟を組むとか、ナッツドイツがやることを黙認するみたいな動きが
あったわけなんですね。
なので、これってドイツだけじゃなくて、国際社会全体のナッツというものある種止められずに、どんどん悪化させてしまったというか、そういったことがありましたというときに、やっぱりこれは国同士の戦いじゃなく
て、本当に人間性そのもの。
あと前回言った、道徳に対する罪みたいな話。人道か。人道に対する罪みたいな話だとすると、これはもう政治の領域でやっぱり解決できない問題なんだっていうふうに、やっぱり捉えるんですよ。
おー、そうなんだ。ほうほうほう。
こういった部分で、ただ自分の思いつきとか、こうしたいってことじゃなくて、歴史のこととか、やっぱり哲学的な流れ。カウントとかもちろん出てくるんだけれども、そういうことも踏まえて考えていくっていうのが、や
っぱりヤスバースが哲学者として、当時のドイツにある種突きつけたというか、向き合ってほしいっていうふうに伝えたってことなんですよね。
はいはいはいはい。
今みたいな話を聞いた時に、罪とか責任とかって、普段そんな考えないと思うんだけれども、こういった区分けがあると考えやすくなりそうだなって考え方ってあるかな?
まあ、やっぱり意味づけの問題だよね。今の話でいうと、第一次世界大戦でやってたのは戦争だったよねっていう話。
で、次の第二次世界大戦も戦争っていうふうに名付けちゃったから、この戦争ってちょっと違くない?みたいな話になってるわけで。果たしてこれは戦争だったんでしょうか?みたいなさ。
はいはいはい。
そういう話に、そういう視点をくれるかなっていう感じだよね。戦争だって言うと、今までと違うから、ここが違くてあれが違くて、勝った国が負けた国に何していいんだっけ?条約ってなんだっけ?みたいな話になる
けど、
これが戦争じゃなくて、非合法な犯罪組織によるなんとか行為みたいな、犯罪行為みたいな、今回は罪の話だからさ、犯罪ってそもそも何やりになるけど、脅威な行為みたいなさ、わかんないけど。
そうすると、いろんな国をまたがった時に、何が起こったかっていうのが見えてくるというか、ただ難しいけどね。逆に本来的には戦争を戦争と言わない問題もあるじゃん。
やってることは戦争なのに紛争だったり、衝突みたいなさ、そういう言い換えもダメだと良くないとは思うけど、それに近いのかな?逆バージョンというかね。戦争じゃないのに戦争って言っちゃったやつみたいな。
そういうふうにも捉えられるんだなっていうね。
なんか、うちらがあまりね、戦争に対して手触り感がないから、今世界では実際あるけど、戦争とかそういう言葉一つで片付けちゃいけなかったりとか、誰かがそう言ってるからこれは戦争なんだとか、これはただの犯罪行
為なんだみたいな。そういうのもちょっと危ないんだろうなっていうのを思ったね。
でも、すごく意味づけの違いって話は本当そうだなと思ってて、やっぱ僕らってさ、歴史で学ぼうとするときに、第一次世界大戦があって、どこがどこが組んで勝った負けたとかさ、第二次世界大戦もこういう日独日独同
盟があって、うんうんとかでさ、
やっぱりこう、事実としては学ぶけれども、そこにまさにどんな意味づけがあってとかさ、どういうふうな視点で参戦してとかさ、その戦争をやってとかって、やっぱり全然わかんないじゃないですか。
いやー、そうだよね。だってさっきの日独日だってさ、それぞれの国がどのぐらいの割合でさ、古典的な戦争的な感じと、そうじゃない戦争がやってたかとかわかんないもんね。
そうそうそう。ね。なんかあったときに、今回ドイツの話だけれども、日本の話を読んでても、さっきね森岡の話ちょっとしたけれども、例えば他のどこだったかな、ちょっとわかんない、もう少し関東圏だったと思う
けど、やっぱり敗戦が濃厚だったときに、これでもうちょっと日本はマシになるかなみたいに言ってる民衆の人もいたみたいな。
あー、なるほど。
そうそうそう。もうこれ、日本はどうしようもないから、むしろアメリカとか入ってきてくれた方が良くなるんじゃね、みたいなことを言ってたみたいな話が残ったりするみたいなね。
うんうんうん。
もちろんね、それが全てではないけれども、当時の人たちがどう生きてたのかとか、どう考えていたのかみたいなことって、やっぱりなかなか僕らわからないし。
で、ヤスパーさんに言わせると、やっぱりこういうことは二度と起こしちゃいけないっていう、やっぱりヤスパーのドイツ人としてのとか、学者としてのとか、あるいは人間としてのそういった知名感というか、そういった
ものは根底にあるわけなんだよね。
はいはいはい。
だからこそ、やっぱりそういった夏ドイツを生んだドイツ国民っていうものをきちんと理解しなきゃいけなかったし、そういったものがドイツだけじゃなくて、地球上で二度と起きないようにするには何が必要なのか
とか、
それがさっき言ったような愛しながらの戦いとか対話なんだけれども、その対話をするために何が必要なのかっていうことを突き詰めていく中で、こういった罪っていうものもちゃんと分解して考えていって、
これは個人には当てはまるけどこれは当てはまらないとか、そういうことを考えていく必要があったっていうような話なんですよね。
そういう意味では、やっぱり僕ら戦争はまさに手触り感というかね、生きて生まれてきた中で日本が戦争に巻き込まれたことっていうのはないかな。
僕90年生まれ、ギリギリあれか、湾岸戦争が89年とかだったかな。多分そういう時代ではあるんだけれども、やっぱり過去の話として、全然危険した時期から捨てていいって話じゃないとは思ってるんですよ。
私、実学的な観点で言うと、さっき関東の名前ちょっと出したんですけれども、やっぱり関東とかもドイツの人じゃないですか。
大陸合理論とか、イギリス経験論とかだった時に、関東は統合しました。人間というものは確立。みんながこうすべきだっていうところを自分も構造しましょうとか。
あとは永遠平和のためにみたいな感じで、やっぱり国際社会の平和っていうものを考えて国連の基礎をやりましたとか、そういう話をちょっとした記憶もあるんですけれども。
話をしていくんですけれども、これはね、やっぱり現実難しいなと思うのは、やっぱりこういった話をして本も出るんですけれども、ドイツ社会としては当然これはね、受け入れがたいわけなんですよね。
受け入れがたいというか、一般の民衆からすると、何学者先生が言ってんだみたいな話なわけですよ。
こっちはもうね、生活もさ、立ち行かなくて、身内の力も立ち直れなくて苦しいみたいな。
せめて、やっぱりこう慰め的じゃないけれども、あいつらが悪いとか、自分悪くないとか言ってさ、自分の心を守りたいっていう気持ちは、まあ分かるんでもないじゃないですか。
いやー、まあそうだろうね。ちょっと極端かもしれないけど、例えば日本で言うと広島とか長崎とかで、1946年にお前らも悪かったんだみたいな。自分たちの罪を自覚せよみたいなことを言っちゃっていいの?みたい
なね。
言っちゃっていいというか、それそのまま受け入れられる?みたいなね。
多分無理だし、僕も多分そんなに言うなよみたいな。そんなこと言っても誰も聞く意味もたないよみたいな感じだと思うんですよ。
実際当時のドイツもやっぱりそうだったみたいで、やっぱりその民衆からすると、全然反発とか、本当に非難の手紙とかがどんどん届くらしいんだよね。
まあそうだよね、確かに。本当はヤスパースもね、たぶん辛い時間を過ごしてるから当事者なんだけど、当事者意識卑屈に言われそうだね。この学者風情が、みたいな言われそう。
っていうのがあったときに、当然ヤスパースもそれは想定してるわけなんだけれども、やっぱり拒絶というか受け入れられないっていうことが起きるわけなんですね。
さらにヤスパースにとって苦しいというかきつかったのが、ヤスパースは生きてる大学とか政治の場なんだけれども、
戦後数年、1年経っちゃうと、当時ナツセに協力していた人たちっていうものが現場にどんどん戻ってくるらしいんですよ。
つまりこの人はナツセにどんだけ協力してたのかとか、それに対してどう思ってるのかってことがなく、ちょっと仕事上の話なのか、一旦みそぎが済んだみたいな話なのかわからないんだけれども、
どんどんどんどん大学とか政治の場に戻ってくるわけなんですよ。そうすると、やっぱりヤスパースは対話をして、内省をして、ある種自分を鍛え直して、ちゃんと生きていこうなっていう話をしたかったのに、
そんなことは一切どこ吹く風で、普通に仕事に戻ってるみたいな実情っていうのを真ん中にするわけなんですよね。
だからもう空気感として、だれだれ先生あの時は一体何を考えてたんですかみたいな、今どう考えてるんですかみたいな話が全くできないで、普通に次の講義どうしようみたいな話をしてるってことだよね。
そうそうそうそう。怖いね。
っていうのがあった時に、やっぱり怖いじゃんヤスパースからするとさ、何考えてんだこいつらみたいな。
ヤスパースしてるんだとホラーだね、これはね。
本当に本音も見えないし、反省もして、まあ別に反省することが第一よりは内省だよね。
自分に向き合ってあの時やった、まさに自分自身の道徳とかさ、そういったものに向き合いながら、やっぱり今後こう生きていくというものがあればいいんだけれども、そういったものがないままに、
ただ単々と社会が続いていく感覚っていうのがあって、
ヤスパースはですね、そういった流れがあった中で、1948年のこの石材論を書いた2年後に、ドイツ国籍を放棄してスイスに移るんですよ。
ここでスイスなんだ。
バーゼ大学に移ってもドイツっていう、やっぱり自分の母国っていうものをある種捨てるというか見限るというか、そういうことをやっぱり決断するんですよね。
だから、本当にヤスパースから見て、新たな日常に戻ってきた人たちが内省してるんだか考えてるんだかわからないじゃなくて、
こいつらマジで考えてないって多分思っちゃったみたいな感じだろうかな。
そうだね。私個人個人の話もそうだけど、やっぱり全体を見たときに、やっぱりそういったときに自分でそれをちゃんと引き受ける、その罪名を引き受けるとか、
そこから出発ってなんて難しいんだってことやっぱり気づくんだよね、ヤスパーさん。
ヤスパーさんぐらいである種高尚な人で選べばそれができたのかもしれないけれども。
ある種やっぱり、大衆って言ったらあれだけれども、僕らも含めた普通の人はやっぱりそれは難しすぎる。
そうだね。何だろう、これ確かに言い悪いっていうよりはちょっと想像すると、
やっぱり内省するとか反省するとかっていうよりは、自分と関係のない自然災害みたいなぐらいの。
だから何だろう、多分みんな反発する人は、ヤスパーさんに反発した人は、ヤスパーさんに当事者意識ないって、
お前は僕たちの苦しみを分かってないからそんなことが言えるんだみたいな、言ったかもしれないけど、
だから一番当事者意識がないのは実はそういった大衆というか、人たちだった。だから何だろう、反省するも何もないみたいな、そもそも。
なんで反省しないんだとか、あの時のことをちゃんと考えないんだとかって、ヤスパーさんから見ると思うけど、
何を内省すれば、何を反省すればみたいなぐらい行き違ってる可能性があるよね。
そうだね、確かにね。それこそやっぱり地震とか台風だとした時にさ、
なぜ自分たちがその地震の被害を受けたかを内省せようとはやっぱりならないというか、その瞬間はならないじゃん。
ならない。
その後に避難したしないとか、災害地域だって分かっていたのに対策をしなかったってことへの反省はあるかもしれないけれども、
なんで地震が起きてるのかってことに対する反省って多分無理だと思うんだよね。
そうだよね、それに対する自分たちの罪みたいなものと同じぐらいの感覚で、そこに対して自分たちの罪だったりとか、
その関わりは無い一方的なただただ被害者流されたことみたいな感覚なら分かるかな?
確かにね。
そうなるのも。
確かに。でもやっぱりエスパーさんはそこに対して、いやいやそれは政治的な罪っていうものがあってねっていう、
それをちゃんと自分たちごととして捉えようとか、これは内省できるものだよっていうふうにちゃんと気づいてほしいみたいな、
多分もっと手前があったんだろうね、そういう。
そうだよね、なんか土俵揃わなかったんだね。
中尾さん、テーブルの方がちょっと狭かったんだろうな。
いやーなんかこれはちょっと地理ネタなんだけどさ、ちょうどこの回を撮ってるときにアメリカの中間選挙がちょうど終わったぐらいのタイミングなんですよ。
結構僕も興味を持って見てたんだけれども、
トランプさんの支持者が今回は反トランプに回ったみたいなインタビューが載ってたんだけれども、
その人の言葉で載ってたのが、当時トランプさんが大統領になるときは自分は戦争もしないし国を良くするって言ってなったんだと。
人を分けてみたら、イランのところに戦争もするし、ガソリンも高くなって生活も苦しいし、完全に騙されてたんだみたいな。
なので俺はトランプじゃない方に投票するんだよみたいなことを言っていて、
やっぱりこの騙されたみたいな話ってまさにだよなって思ったんだよね。
自分は悪くないとか、自分は悪いとか悪いっていうことをそもそも思えない。
なぜなら政治とか大統領なんてものは自分とはかけ離れた世界で、
本当に災害みたいなもんだよね、誰が大統領になるかなんて。分かんない。
でも、だからこそ自分とは関係ないところで自分の運命が翻弄されてるぐらいの感覚だと思うんだけど、
でも本来政治ってそうじゃないはずっていう、やっぱり安川さん側で言うと捉え方があって。
でもやっぱりそれってすごく難しいというか、なんだろうな。
やっぱり個人個人が政治とどう関わるかってすごく語りにくいテーマだと思うんだよね。
そうだね。だからそういう大統領を選ぶみたいな仕組みであってもだよね。
そうそうそう。だから見たときに、やっぱり今回安川さんの話って全然繋がるなというか、
むしろこのテーマって、これが出たのが1946年だから、それこそちょうど80年経っても全然新鮮なテーマというか、
ベルの前にテーマだなっていうふうに思ったんだよね。
そうだよね。そういう人たちに自分の罪だよね。
じゃあ戦争が始まりました。ガソリン代が高くなりました。に対する自分の罪を考えろって安川さんが言ったとすると、
ふざけんなって多分怒るもんね。多分ね。
そうなんだよね。まさに俺も被害者だじゃない。
確かにね、言う通りその手前のテーブルだよね。
そもそもこの罪の分類をして引き受けましょうってことじゃなくて、そもそも罪を引き受ける必要があるかないかすら考えない、我々。
そう、どれだけその投擲者性があるんですかっていうところの自覚だよね。
そこにギャップというか断絶がある中で安川さんはバーズル大学、スイスに移って、そこでその後半というかその戦後の人生を送っていくんですよって話なんですけれども、
今回ですね、一旦転がりにして、次回が一応安川さんの最終回としているんですけれども、