まずそこで、人悩みする。そこのところですでに。なんかこう意味不明な話だっていう感じしかしない。
ヘゲルとかもそうですけどね、そういう言い方を考えてみれば。だから好きかどうかは別としても、とりあえずすごさがわかるがないんですよね。
とりあえずよくわかんないっていうのが、僕なんかの場合は出てきて、山崎さんが曲書論に感動したっていう。
わかっていたかどうかともかく感動した。こういうのが僕には欠けてるんですよね。
曲書論に全く関心しなかったんですよ。私は。第1であろうと第2であろうとですね。
異動S、異動?違う。異動エゴ、スーパーエゴか。あるいは、意識、無意識、全意識、無意識ですね。
今はわかりますよ。ですが、フロイトの本を最初に読んだ時に、何ら感動はしなかったっていう記憶はあるんですよ。大学生時代ね。
読め読め言うから読むわけですよ。そして意味がわからんと。
精神分析入門っていうフロイトの、全く絶対ここから手を出すであろうっていうタイトルの本も、全く入門になってない。後から考えてみると。
なぜあれに入門という名前をつけちゃうんだっていうぐらい入門になってない。
そういう意味ではこの精神分析案内はめちゃくちゃ入門になってます。ただ、そうは言っても非常に独特です。
一応ですね、10章立てなんですけど、デイ1からデイ10になっていて、デイにしてあるところも非常にこう、ある意味何かとっつきやすさを目指してるなって感じがするんですね。
前書きを浜内さんが書き、後書きを山崎さんが書いてるという、形式も非常に、あと何ていうのかな、ビジネス書ライクなんですよ。
草原社さん素晴らしいと思うんですけど、だからビジネス書コーナーに置かれるかというとまたそれは別の話なんですが、ビジネス書ライクになっていて、これはしかも固くないんですよね。
柔らかいんですよ。絵も柔らかいけど、本はそもそも柔らかいんですよ。この辺は非常に素晴らしいと思いますね。
客注もおしゃれな感じになって、おしゃれな感じに客注がなってるというだけでも専門書じゃないなって感じがしていいと思うんですよね。
ただこれがここで終わると、この一冊だけで終わると、終わるのかな?続くのかな?わかんないですよね。
でもこの一冊だけで終わると、それでもすごいと思うんですけれども、もうちょっとやっぱり出てほしいよねってのがあります。
例えばほぼアンナフロイトは出てこない、この本にはですね。
これあの、それこそ浜内さんのYouTube動画で山崎さんとの対談をまとめた本なんですよ。これをシーズン1って言うんですよ。確かそう言ってたんだよな。
シーズン1なんですよ。大阪京都心の発達研究所用っていう葉っぱの羽でやってるんですよ、YouTubeで。
すごいこの試み自体がすごいと思うんですよね。それを本にするというのはもう最高なのがシーズン1ですね。
シーズン1を本にしたわけです。全10回。シーズン2があるわけ。これが本になるのかっていうことをまず。
シーズン2は筒井涼太という方ですね。これは多分精神分析の方ですよね、当然ね。当然か知りませんけど。
でシーズン3、シーズン4、シーズン5と。シーズン5カミングスーンになってて絵がないんですよ。これもいいですよね。
カミングスーンが本に出ちゃうみたいな。YouTubeのですからね。時代だし野心的だなと思います。
このシーズン5とかシーズンどこまで続くのかわかりませんが、全部本になってその本読めばわかると思う。
だいたいわかると思う。やっている人のようにわかるとか受けた人のようにわかるってことにはならないかもしれないけれども、わからないということにはならないと思うんですよね。
これ時々野球で考えるんですよ。野球で考えることばっかりですけど、野球やんなくったって野球見ている人が野球わかってないことにはならないと思うんですよね。
やったほうがわかりますよ。僕はやってたんで中東部ぐらいまで草野球もやってたし。やったほうがわかるけど、やんなくってもわかるんですよ。
ちなみにテニスもそうです。テニスも見てるだけでわかります。相撲とかそうじゃないですか。
取らなくったって、別に相撲なんて子供の時やったかもしれないけど、やんなくったってわかるじゃないですか。ずっと見てれば。
というわかり方。それは相撲取りのようにわかるはずないんだけど、そういう問題じゃない。相撲はいい線いってるかもしれませんね。
部屋に入っちゃうし、生活が相撲化していくじゃないですか。お相撲さんって。
お相撲さんになるということと精神分析家になるということは、たぶん藤山直樹さんあたりに言わせると近いんですよ。
お相撲さんなんていうのかな。要するに入門せず、席取りにもならず、お相撲さんにはなれないでしょっていう可能性なんですよね。
なれないんですよ。だから私は精神分析家にはなれないんだけど、だからわからないってことにはならないと思うんですよね。
相撲は取れるじゃないですか。お相撲さんにならなくったって。
アマチュアでもすっげー相撲ばっかり取ってれば、やっぱり普通の人には全然強くなると思うんですよ。
でもそれはお相撲さん、席取りとは違うよねって、そうなんですよそれは。絶対に。
そういうあり方があり得るんではないかなというふうに思って、今3ヶ月チャレンジは私そういうことを一生懸命考えて、考えながらこの精神分析案内。
これね、Day1からいきなりそういう曝露的な話が出てきてすごいんですけど、山崎さんは精神分析家なのかみたいな話があるんですよ。
普通に考えればそんな問いは立たないわけですけど、これは山崎さんが席取りなのかみたいな話なんですよ。
大学で相撲部入ってましたけど席取りなんでしょうかみたいな。
だけどこれは、この内容を語るのにそこを問題にしなければならないかというと、僕はそうは思わないんですよね、やっぱり。
そこは問題じゃないだろうって感じが読んでるとします。
だっていわゆる精神分析家の書いた本より圧倒的にこっちのほうがわかりやすいし、やっぱりですね、相撲の面白さや醍醐味について席取りが書くのがベストかというとそんなことはないと僕は思いますね。
席取りが書くのはベストじゃないだろうってはっきり言っても、めったに書いてないけど相撲の話なんて本では。
つまり見ればわかるってやつだからなんですよね。
わかることとできることとやることはそれぞれ違うと思いますね。
ということで、要するに何が言いたいかというとこの本をおすすめしているわけです。
私関係者じゃないんで、この本がどんなに売れても全く何の少なくとも金銭的メリットは一切ないです。
もうないにもほどがあるぐらいないです。
残念ながらこの種の専門書が売れるということはビジネス書が売れるということとは話が違うんで、
例えばこれがすごい売れたから波及効果的に私の本が売れるということは起こらないんで、すごく残念ながらね。
そういうことが起こるべきだって僕は思ってるんだけど、起きっこないってことはわかってるから、
何種のかな、本屋って同じ場所ですけれども、やっぱり本屋には違う世界が共存してるんですよ。
本屋さんの中には様々な世界があるんですよね。
それは本屋さん巡ってる人はよくご存知ですけど、出版業界側から見ると一層その違う世界ぶりが現れてきて、
そうそうそこは一見交わってるようですし、交わらせようっていう努力もあるんだけど、
結構その努力が人に批判されたりして、そもそもさほど上手くいってるわけではないんですよね。
なんであれが批判されるのかがわからんのですけどね。
やっぱりその純金コンプレックスみたいなものは、これは精神分析的な話なんだけど、関係ないですよね。
世の中どこにでもあって、これは特別であってほしいみたいなものが特別でなくなればなくなるほど批判の対象になる。
ただ、そこには特別であることがブランドであるっていう意味もあるから、
つまりそれがあるから本が売れるっていう側面があるから、一概にそういう気持ちを否定もできないし、ややこしいんですよ。
とてもややこしい話だと思います。
ちなみに少年ジャンプが最盛期で650万部行った少年ジャンプは習慣ですからね。
今なんと100万部来たらしいんですよ。
で、先日産経新聞がついに東北方面での販売は休止にしたと。
いやもう神本当に来たなっていう、撤退が来たなって、完全に撤退感が出て。
だってジャンプが100万部行かないなんて。
しかも電子コミックは今圧倒的絶好調ですからね。
過去にない売り上げを飛ばしまくっているんで、
もうなんか本当にこれから神をさらに出す私は一体何をやるんだろうねっていう、
あの手この手は打ってるんですけどね。
本当にですね、この撤退戦の中で戦うということの、
私の人生がこういう傾向があるなと、別に好きでやってるわけじゃないですよ。
流星を誇ってるところでやりたいんだけど、何故かそうなっちゃうんですよね。
時代遅れなのか、そんなに遅れてるか自分って思うと、
なんてよくわかんなくなってくるんですけど、
この精神分析案内もそういうよくわからないところに、
ある種の人から見ればですね、位置づけにありますが、
私はこれが、私は引き決めで見てるからなんですけど、
これが皮切りに、この世界が流星を誇っていくんだっていう風に、
どこかで下心もあるからこういうことをやってるわけですよ。
めちゃくちゃ山崎さんは売れるように必ずなるみたいな、
遠原海斗に匹敵するようになると。
山崎さんに言わせると、そうじゃなくてってことになるんだけど、
そういうタイプとかもいろいろあると思うんですけどね。
しかし何が起きるかはわかんないのが、
出版業界のまた面白いところなんで、
本当に何か不可解なことが起きるんで、
石郎さんはですね、石郎さん出てくるんですよね。
準備のないミラクルは信じないらしいですけど、
僕はむしろミラクルなんて準備と関係なく起きるもんだぐらいに思っているんで、
その幕中地みたいな人生ですから、フリーランスってのは、
そういう風にですね、やっぱりこう、競馬も万馬券は絶対買っておくわけですよ。
万馬券ばかり買ってるとすぐ死んじゃうから、
少なくともホームレスになりかねないから、そんなことはしませんけど、
万馬券は買っておくべきだと、
この世界に生きていて、銀行家のように銀行員みたいに生きてて、
銀行員の方がいいに決まってるじゃないですか。
銀行レスみたいな競馬を馬券買い続けるぐらいならね。
私はそういう生き方したくないんで、
そんなんだったら、絶対向いてないし無理だと思うんだけど、
それだったら会社員になりますよね。
戸田サドルさんが言ってましたけど、
そりゃ会社員の方が賢いですよ。
はっきり言って、私のような生き方は頭の悪い生き方だと思いますよ。
だけど、頭の悪い生き方をせっかくやってるんだから、
万馬券は買っておくべきだし、
やっぱりどっかで大化けしそうな株を買うべきなんですよ。
仕込むべきなんだと。
それは僕の勝手なべき論ですけれども。
自分は絶対そうしたいとは思ってますね。
銀行レスにしか賭けないぐらいなら銀行マンになるべきですよね。
っていう昭和の言葉で言えばね。
そう思うんですね、私はね。
銀行レスには賭けますよね。
そりゃね、銀行レスだって賭けますけど、
やっぱり万馬券を買う。
大概外れるにしてもですね、買う。
話がすっとんで全く関係なく、
自由連想で、自由連想ではあるな。
精神分析的でもなければ、
本の紹介にもなっていないので話を戻しますと、
デイワンからデイテンまであると。
この本について言いたいことはね、山ほどあるんですよ。
レバーでチーズ出て生活環境が一定の過酷さがあれば、
倒すようになるかもしれないけど、微妙だなと思うんですよね。
それは報酬がその行動を促さないということはありえないから、
促すんだけど、我々にとって報酬ってのは自明じゃないし、
ゲージの中にこれ見よがしにレバーがあるように、しかもそれしかないような、
そういう生活環境で生きてる人なんていないから。
だから、ダスクシュートを毎日やるなどというのはですね、
果たして報酬系で維持できるという、少なくともそんな保障があるとは、
私には全然納得できないわけですよ。
いや、本当はそうなるかもしれない。
ただ、私には納得できないわけですよ。
私はあれを報酬で続けてるわけじゃないんで。
報酬もありますけど、報酬で続けてるわけではない。
音が出るとか色々あるんですけど、音基本的に私カットしてますからね。
小音でやってますから。音関係ないんで。
リマインダーとかも僕にはなくても全然続けられるんで。
そういう問題じゃないな。
でもどういう問題かと言われると、実はわかってないんですよ、私には。
なんでダスクシュートが続くのかが究極的にはよくわかんない。
だからマテ・ブランコとかまで引っ張り出してきちゃうわけですよね。
わかってないからですよね。
ただ、やりたいと強く思う時と、やりたくないと思う時と、
つまり、いわゆる本当の私が本当に望んでるものはない。私の中では。
そんなものは私にはあるような感じがしない。
朝はもっと寝てたいと本気で思ってますし、
夜はもうちょっと起きていたいと本気で思ってますから。
本当にたったこれだけのシンプルなことにも真逆になってますから。
それは人格的な矛盾とか分裂とかいうものを取り出してくる必要すらないような気がする。
満腹時には血糖値上がってる時には少なくともベイクドチーズケーキは食べたくないですし、
で、空腹時は逆になりますよね。
それが普通じゃないですか。
別にそこに人格的うんぬんを持ち出す必要すらないような感じがするんですよ。
っていうことが、少なくともデイ点までくれば書いてあります。
で、私はそういう観点をこのライブハックなりタスクシュートなりに持ち込んでいかないと、
決してこんな問題すら、こんな問題すらですよね。
非常に表面的に解けそうな問題すら解けなくなってしまう。
そして結局は何かが良いとされている何か、良い方向に向かって、
ただ邁進するための自分をマシン化していくみたいな話にならざるを得なくなっていく気がするんですよ。
タスクシュートで記録を取るのは良いよっていう。
私こういう話をするのは非常に立場的に微妙ですが、
良いよっていう、良い方向に行くのは良いことだっていう断言明報みたいな、
そういうことになっちゃうと思うんですよね。