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時間を無駄にする苦しみを終わらせる
2026-08-10 36:27

時間を無駄にする苦しみを終わらせる

時間に投影同一化している。
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感想

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00:05
おはようございます。佐々木正悟の自由連想をお送りします。 8月10日月曜日7時57分です。
はい、えーとですね。 まあ、ちょっと先のことになるんですが、9月26日の土曜日、
山崎隆さんをゲストにお迎えしてですね。 えーと、
前回の続編、何だったっけ。 野の医者ですね。野の医者が専門家に
心理カウンセリングの話を聞くと、言ったことをテーマに、2時間か3時間ぐらいのトークを予定しておりますので、
オンライン、オフライン、ハイブリッドで行きたいと思っております。 場所としては神戸町か渋谷あたりを考えておりますので、よろしければ
日にち明けといていただければと思います。 あの、急いで告知しようと思っているんですけど、まだ手が回っていないので、申し訳ないんですけどね。
急ぎ手を回していきたいと思っておりますので、よろしければご参加いただければと思います。
今日はこの話に少し関連した話をしたいんですが、私、タスクシュート協会理事というのをやっておりまして、
そのタスクシュート協会には理念、つまり時間的豊かさの追求といった理念があるわけだが、
私はですね、これを聞くと、時間的豊かさとは?ってなって、3日ぐらい考え込むんですよ。
で、端から見ると、それってサボってるようにしか見えないわけですよね。理事なのに。
なんだけど、時間、そもそも時間的って何だろう?って考えて、3日ぐらいは悩める方なんだ。
豊かさとは?って考えているうちに、また3日ぐらい経つんですよ。その間にいろんなことを考えちゃうわけですけども、
そもそもそれってニュートン的な時間だよね、とか、そういういらんことを考えちゃうんですよ。
これね、もう辞めればいいのにっていうのを、とっくに諦めたんですね。
私、これ多分4歳とかの頃から続いてしまっていて、辞めようがないんですよね。
辞めればいいのにっていうぐらいで辞められるなら、中学受験の時絶対辞めてたし、
中高の週刊期末の時も絶対辞めてたと思うんですよ。
だって怒られるんで。しかも大学入試の時は、これが元で浪人してるんで、辞めてるに決まってるわけですよ。
辞めれるもんな。辞められないまま50年近く、結構50年生きてきたんですよね。
辞められないんですよ、もう、そんなことは。どれほどこれが私の人生にデメリットをもたらそうと思うのか。
だから製品分析とかを、週4日、10年ぐらい受ければ辞められる気がするんだけど、
03:02
その時にはもう僕65とかになってるんですよ。果たしてタスク修道教会やってるのかぐらいの勢いなわけですよ。
だから、そんなこと考えても無駄だなと。というか逆、無駄なことを考えてるのは俺だなと。
そういう人間に理事をやらせてるんだから、しょうがないんだよみたいな感じに今なってるわけですね。
で、時間的豊かさの追求というフレーズはまだ考え中なわけですが、
タスク修道というのがですね、やっぱり私は何で有効なのかをある意味考えているうちに精神分析に行き渡ったわけですね。
これについていつも思うんだけど、2つ重要なキーワードが2つで、たちまち精神分析が出てきちゃうんだけど、
1つは投影なんです。
で、やっぱり投影っていうのは言うなら自分の心の中にあるもので、私はすぐこれを我々は見失う。
これは欲動論だから、概小論ちょっと半分落としてるようなところがあるかもしれないけれども、
やっぱり私たちは誰それさんが好きになれないってなった時に、絶対に悪い父親か、悪い自分のですよ。
自分の悪い父親か、もうちょっと簡単にというか、非常に分析入門というか初心者的に言うならば、
悪い父親というよりは父親の嫌なところとか母親の嫌なところを人に投影しているその人に、
そういう人に近い人だぐらいに思って対応しちゃってるっていう話なんです。
でもこれを我々は忘れるんですよ。私もしょっちゅう忘れます。
こんなことを年中喋っておきながら、妻と喧嘩してる時は妻が悪いとなっちゃうんですよ。
母の悪い嫌なところを妻に投影しているんだなんて、その瞬間忘れてるんですよ。
間違いなくそういうことはやってるんだけど、相手もやってるんですよ。
自分のお父さんの嫌だったところを私に投影している。
だから例えば私の髪の毛がなくなるとか抜けるとかいうことに非常に激怒するわけですよ。
お父さんの髪の毛なかったからね。この間お会いしたらほぼ全く。だいぶ前からなかったんですよ。
なんかバースが客に会って、髪の毛ある?びっくりみたいなこと言ってましたけど、
先日Xで話題になってましたけどね、アンディ・バース、今抜きの人はご存知ないですよね。
すごい人だったんですけどね。まあそのすごいバッターだったんですよ。
セリフで2年連続参加音を取った人、もうなんか長島とか大依頼的な世界じゃないですかね。
よくわかんないけど。そういう人がカケフさんの髪の毛を見てびっくりしたらしいんですけど、
まあそういうね、今どうでもいい話をしましたが、こういうふうに人間の頭というのは連想が早いんで、やっちゃうんですよ、どうしても。
誰それさんの嫌なところを相手に見ておきながら、その人はそういう人なんだと思い込んで対応しちゃうと。
06:05
しゃーないんですよ、それはもう。変えられない、やめられないんですよ、完全にはね。
これが投影ですね。これをなんでタスクシューターに必要かっていうのは後ほどちょっと簡単にお話しますけど、
まあそういう話を山崎さんとのイベントでもお話しして、それを皮切りにですね、私はやっぱりタスクシューターには精神分析の知見は必要だよと。
精神分析を語ると、この話もしなきゃいけないんだ、こうして時間がなくなっていくんですよね。
最近ね、山崎さんの、変ですからね、諸者ないんで、別にそこまで絶対的責任があるか、そもそもそれで責任の話かって話なんだけど、僕からすると、
精神分析は楽しいっていう本が、本というか雑誌だね、ムックみたいなやつが、今月末ぐらいに出るの、8月末ぐらいに出るんですけど、
なんかね、ぼやってるんですよね、Xで。いや、若干、心理業界ってめんどくせえなって思うんですけど、連想心理っていうの。
なんか、昔僕はあそこに憧れてたんだけど、自分そこにいなくてよかったわって、どの業界も同じですよ、別にね。
ライフハックだったらそういうことないのかっていうと、全然バリバリあるんで、人のことは言えないんですけど、
本当、ビジネス業界だろうと、作家界隈だろうと、何だろうと、あのばっかりなんだけどね、しょうがないんですよ、そういうもんなんですけども、
人間の、人間のやることはそういうことなんだなって思っておくのが、基地だなって思ってるんですけど、
それはそれとして、なんで精神無力は楽しいというタイトルごときでそんなにぼやるのか、市民、市市民的にはさっぱり理解できないんだけど、
楽しいって言葉がやっぱり引っかかるんでしょうね、精神無力は楽しいのかみたいな。
松木さんの本とか読むと精神無力は苦しい以外の何物でもなさそうなんで、楽しいっていうのがフィットしないとか、
人によっては高い自制権みたいだって、どういうことかというと、日本を豊かにとか言ってるけども、
全然豊かにならないのに無理やり豊か言ってるみたいな、そういうニュアンスで楽しくもなんでもないものを無理やり楽しくしているんだみたいな、
一部の界隈の連中がっていうノリなんですね。
いやー、よくわかんないなって思うんですけど、高い自制権全然関係ないと思うんだけどね、私はね。
スローガンですからね、あっちはね。
しかも別に豊かにとかいうスローガンは、しゃあないじゃないですか。
優しくとかでもいいのかもしれないけど、そっちにしたってどうせ何か絶対飛んでくると思うし、
日本をなんか可愛くとか、なんでもいいんですけど、
そういうこと言ってるのがダメなのかもしれないけど、スローガンだからね。
理念ってそういうふうに僕の頭の中で繋がっていくわけなんですけども、
結局、精神分析を語るべきだって僕は思ってるんですよ。
ライフハッカーにせよ、ダスクシューターにせよ、語るべきだって、先日近い話したじゃないですか。
09:01
語ること自体が彼らに、我らでいいですね。
彼らには癒しになるんだからっていうのが、お前が勝手にそう思ってるだけだと言われればそうですが、
つまり、別に野球やってなくても野球について語ることはできるし、
お相撲さんなんか、全然お相撲さんでもなんでもないけど、お相撲について語ることはみんなやってるし、
だってやってるじゃないですか、日本代表の。やってますよ、カフェとかに行くともう若者たちが、
いや、あれやっぱりスリートップだからいけないんだよとか、ほぼ監督状態。みんなやってるじゃないですか。
その中でサッカーすげえやってる人もいるんでしょうけど、全くやってない人もいると思うんですよね。
いいじゃないですか、別にそんなの。
精神分析はなんで精神分析を実践していなければわからない。そんなのはわからないですよ。
つまり、ヨーロッパでサッカーやったことがない人がヨーロッパでサッカーをやるっていうのはどういうことかって絶対わからないと思うんだけど、
そんなの関係ないと思うんですよね、語るだけならば。
私はまさに語るだけのムーブメントを、3ヶ月チャレンジは語るだけではありませんが、
その外部活動としては、つまりほとんどボランティア活動としては、語ることを熱心に言ってるわけですよ。
語ればいい。何なら別に学ばなくてもいいから語ろうぐらいになる。
だからそうすると誤解が広がるとかね。誤解は広がりますって、そりゃあね。
だって野球なんて誤解の塊みたいなところはあるんで、そういうもんだと思うんですよね。
で、語るとなると、どういうものとして語るかって話になるわけですね。
私はあれは密室で行う人生相談だと思っているんですよ。
だから軽とかしやすいと言われればそうかもしれないし、
だから何やってるのかわかんないし、効果測定もしづらいし、非常に困ったことであるってことになるんだけど、
人生相談は密室でお答えにたいじゃないですか。
人によっては人生相談をSNS公開上でできるかもしれないけど、なかなかそれはね、一般的には無理がある。
人に聞かれたくない話をできるからこそ意味があるのであって、
YouTubeで人生相談を公開する、グロリアと3人のカムセラーみたいな、
ああいうのはすごい野心的だし、非常に有益な試みだと思いますが、
グロリアさんがすごいんだよあれはって思っちゃいますよ。
決してロイヤーズとかエリスとか本当もむしろエリス偉いなと思った、あれを公開できるメンタリティは立派だと思うんですよね。
あれはって人生相談としては非常にヤバいものを僕なんか感じちゃいます。
12:01
CBTNの悪口じゃないと思うんですよ、僕はあれは。
やっぱあれはエリスの特殊性を感じるんですよね。
あれ見てもカウンセリングはしょっちゅう正規・非正規問題ってあるけど、そんなに企画化できるものかなって思うんですよね。
だってあれは論理良好だと思われては困りますっていう人絶対いると思うんだけど、でもあれ創始者ですからねっていう感じが。
ロイヤーズが一番納得感のあるカウンセリングらしいカウンセラーだなっていう感じがする。
それはでもたまたまロジアスカそうなのであって、ロジアスカ派の人が全員アーカっていうと、私は疑わしいんじゃないかなと思うんですよ。
だから企画化ってすごいカウンセリングはやっぱり1対1で密室でやるから、グロビアさんはそれを公開していらっしゃいましたけど、密室でやるから俗人性が高いものだと思いますよね。
この最終分析を語るにあたってはですね、やっぱりどういうものとして語るのかというのがどうしても出てきちゃうと思うんですよ。
楽しいものとして語るのか苦しいものとして語るのかストイックなものとして語るのか。
私は密室で行う人生相談であるものとして語る。
そこに来て初めて、どんなにタスクシュートの相談一般で質問を受け付けます、何でもどうぞとか言っていても出てこない。
出してこれない。あるいは出すことを思いつきもしない。だからこの辺から全意識と無意識みたいな話が欲しくなるわけなんですよ。
やっぱり密室になると初めてポッと上がってくる。無意識からポッと上がってくる何か。
それがその人を困らせていたものであって。
それはタスクシュートのベーシック講座とかあるわけですけど、ビギナー講座とかこれから作るんですけど、
そういったものをいくら受けてもその人がその時に意識できない問題でその人は困っていると。
私はだから思うんですよ。もちろん時間的な居高さを追求するなのかもしれないしそうなんでしょうけど、
私からするとそれは同じことを言ってるのかもしれませんが、時間的不適応を何とかするなんですよ。
時間的適応を目指すみたいな感じなんですね。
別に時間的適応を目指したくないからっていう人は私はタスクシュートは究極的には関係ないんじゃないかなって思わなくても、
時間的不適応っていうのは時間のことで困ってます。
多くの人が言ってるのは時間が足りません。
これはやっぱり私は時間的不適応、時間に関する不適応だと思います。
だから話飛ぶようなんですが、今J.Matsuzakiがやってる方向性は単筆あると思うんだけど、
時間に関わるありとあらゆるツールで表現できる機能は全て包含すべきであるって思うんです。
15:01
時間管理ツールってもの。タスクシュートだけが私の考えではそれなりに根拠あるんですよ。
唯一これを可能にするツールだと思っているんですよ。珍しく今日はタスクシュートの話になってますね。
やったねって感じが何をやってるんだかわかんないんだけどね。
つまり時間的不適応を克服しようとするならば、時間には様々な側面がありますから。
今から何十何分後の電車に乗りたいんだよっていう時間との戦いもあれば、
3ヶ月後が締め切りの原稿を仕上げなきゃならないんだよっていう時間との戦いもあるんですよ。
あるいは今こんなに時間があるのにできることが限られていてすごいモヤモヤするんだけどっていう考え方もあるし、
早く寝なきゃいけないのにYouTubeをいつまでも見ちゃうっていう時間との関わりの課題もあるわけですよ。
もちろんその反対側には今すぐ起きなきゃならないんだけど眠くて眠くて仕方がない。
時間の使い方がおかしいっていう考え方もあるし、朝食抜くしかないっていう時間の使い方の課題もあるんですよ。
課題だとするならばね。
このように様々な時間の側面があって不適応で悩んでる人はとにかくこの何かがうまくいってなくて、
これは本来的に人間には備わってない。
このことがまずなかなか納得されないこともあるんだけど、人間に時間にあってありませんから。
時間って時計見ないとわかんないじゃないですか。
時間が大体何時かっていうのはでもそれがわかるんだって。
結局時計の記憶、時計見た記憶があるからであって。
朝の明るさを見ただけじゃ今何時かなんてわかんないですよ。
だから我々には時間や時間を知覚する機能はないんですよ。
脳はそんなの持ってないんですよ。
だから時間に不適応であるというのは当たり前の話なんだけど、
我々の時代ではそれを許されてない。
社会人としてきちっとやっていくにはかなり時間的不適応って問題で、
人は苦しむので。
だから時間的不適応をサポートするツールというものが各種開発されているんだが、
それらのものはですね、これこそが時間の問題なんだよっていう、
その開発者の直感に基づいているために、
どうしても一部断片的な対応しか、一部なんていうのかな、
一部特定の限定された分野への対応になっちゃうんですよ。
例えばポモ泥テクニックが、別に批判してるわけじゃないんだけど、
いい例なんですよ。
あれはある種の状況で集中できないという時間との格闘には向いてるんですよ。
でも基本それだけなんですよ。
だからあれをあら、例えば25分のポモ泥で夜寝る時間を早くするために
今から25分集中してYouTubeを見るとかいう使い方は多分には向いてない。
それをしてもうまくいかないと思うんですよね。
朝起きられないんです。
18:00
だからあと25分見よう。
多分遅刻すると思うんですよ、そんなことやってたら。
このあるリズムを作るというのが、厳局された条件では機能するんですけど、
それは時間のある特定の一部分にも現実を切り取っているんですね。
時間は様々な顔をしているので、
そのすべてとは言わないまでも、かなり広範囲なものをそこに集めてくる必要があるんですよ。
原理的にタスクシュートにはそれが可能なんだけど、
タスクシュートの考え方しかそれを可能にしないと私は思う。
それを先週から大橋裕夫さん公安長のね、
彼は考えていたわけではないはずなんだけど、
でも彼は非常に時間について真剣に考え抜いた人なんで、
多分かなり早い段階から、おそらく学生時代から。
だから彼はあれを直感的にこういうものでなきゃいけないっていうふうに考えつけたんでしょうね、と思いますね。
それを今J松崎さんがこの原理を持っているんだからタスクシュートは、
あとは時間に関するあらゆる側面をこう見たいとかああ見たいとかいうのを
可能な限りに一つのツールに取り込んでいこうというふうにしているわけです。
そうすると言うまでもなくツールは被害化して、
それ自体が批判の的になるんだけど、
それはしょうがないんですよ。それは巨大なシステムになるに決まっているからね。
でもそれは巨大なシステムになったから動きが鈍流になるとかいうことは多分あんま起きないんですよ。
なぜならば時間のニュートン的な時間なんですけど、
我々が意識している過去、現在、未来というこの時間軸の
現実には今何時何分で何ができる時間であるということを表現するだけに特化したタスクシュートという原理を
あとは様々な面に合わせて表現を変えてあげるだけで、
例えばこれをポモドロ的に使うならばこういうふうに見せる。
これを一日のプランニング、ほぼ日手帳が得意そうなちょっとオシャレな感じのデザインにしたければこういう表現にしてあげる。
今すぐ寝る、寝て起きるということの関係であればこういうふうにしてあげるという表現を変えるというのは
コンピューターのデータベースですよね、得意とするところなので非常にある意味
種々様々な形を現に取れているわけですよね。
それをApple Watchに載せる、iPhoneに載せると自在にできるわけですよ。
だから非常にそういう意味では身にかなった方法論だろうと。
ただそれは時間的適応を目指すという話なんです。
それは私からすると時間的不適応に悩んでいる人、特にそれが病的に出ちゃってる人
それはどうしてそうなるかというと必ず時間がないという言葉になって現れるはずなんだけどそれは
ですよね、時間がない、早く行かないと電車に乗り遅れるという言い方もできるし、時間がない、早く寝ないと明日起きられないとも言えるし、
21:02
時間がない、今すぐ起きなきゃというふうにも言えるし、時間がない、このままだと来月の原稿出ないとも言えるんですよ。
そのすべてが同じような不適応に目指していると。
その不適応というのは私は東映同一課と言うべきだと思うんですね。
東映同一課っていうのはですね、さっき言った嫌な父親の一面とか嫌な母親の一面を現実の誰かさんに投影すると、だんだんだんだんその相手が嫌なお父さんそっくりの振る舞いをし始めると。
それはオカルトじゃんって思われるんでしょうけど、これは僕は消去法であってオカルトでは全然ないと思うんですよ。
よくあるあの例はちょっと僕はそうですね、この時間がないでもいいんですよ。
時間がないにはまさにこれがあるんです。
時間がないという人は必ずそう思うんだけど、時間に関するトラウマを持っている。
トラウマっていうのはですね、東映同一課の温床なんですよ。
そうだな、例えば運動さない頃ね、幼稚園か保育園で先生がもう酷かったです。
なんか棒で殴りまくって耳ずばれできましたみたいな。
こう言ってるとなんでそんな異常だって思うかもしれないけど、私普通にありましたからね。
で私はめっちゃやんちゃな子だったとかじゃないですから、先生に嫌われがちな子ではありましたが、特に保育園の先生には嫌われがちな子ではありましたが。
でこういう風になって、私は幸いそうはならなかったんだけど、先生というものにトラウマを持つとするじゃないですか。
心的外傷を帯びると。
そうするとこの世に優しい先生はいないっていう信念を、子供はこれをご信念と呼んでもいいですが、持っちゃうわけですよ。
で心の底にはその理不尽なことですぐ引っ叩いたり、お前はもうこの幼稚園から出て行けみたいな、そんなこと言う権利は保育園の先生とかにはないんだけど。
そうすると優先生はいっぱいいたわけでね、出て行け、もうお前この幼稚園の子じゃないからね、みたいな。
でなんか園の外とかに引っ張り出されて、ずっと門の前で泣いていないと入れてもらえないと、そういうことが起きたわけですけど。
まあそれはもう泣く儀式だなこれはと、当時すら僕は思いながら泣いてた。
でそういう泣き方だと甘いんで泣き方が入れてもらえなくなるんですよ。
しょうがないから必死に泣くみたいな、もうなんか何やってるのかよくわかんなくなってくるんだけど。
まあそういうことがあったとするじゃないですか。
もうとにかく先生、特にこうまあ昔は幼稚園の先生はほとんどの先生が女の先生だったんで、
女の先生はほんと優しい人いないわっていうご信念を持ってしまうわけですよ。
で小学校1年生になって、まあ実際小木内先生ってね、すごい優しそうな先生だと思うけど、
まあこういうご信念を持っているとするじゃないですか。
いやこの女の先生は女の先生だし、絶対耳ずばれだわみたいに確信しているのは僕がするとしますよね。
24:07
そうするとこう、なんか佐紀くん何とか何とかとか言われてもものすごく疑ってかかってるから、
いやこの人もこれで俺を罠にはめようとしてるんだ。
そういうふうに小学生ってすごい思いがちな時ありますから、そういうふうに思うわけですよ。
何を聞いてもそう聞こえるわけですよね、ある意味では。
ひどい目にあってるから。
でこのご信念を投影、これは投影というしかないと思う。
この状況に投影するんですよね。
あの幼稚園のあの時そっくりだこの状況はと。
最初はあいつも猫舐で声で近づいてきて俺をひっぱたいたんだとそういうふうに考えて、
いやもうほんと恐ろしいからと思っていたりするとですね、
例えばなんか1時間目の授業が始まってるんだけど急にトイレに行きたくなってくるということが起きるわけです。
まあそのこと多々ありますよね。
だけどあの先生親切ぶってるけれどもここでトイレに行かせてくださいと言うと、
いやなんで休み時間に行ってなかったんだと言ってきっとひっぱたくに違いないと。
まあひっぱたかれとけばいいんだけど、なんかそれが恐ろしくておもらししてめっちゃ怒られると。
ほらやっぱりこの先生、あの最初はいい顔してるけど怖いじゃん。
これ投影同一科なんですよ。オカルトではないんですよ。
漢詩の信念を持っている人にしてみると、現実は最初からそういうものなんですよ。
あとはその状態をどうやって証明すればいいかってことにしかならないので、
証明されてない間は全てその事実は無視される。だから僕はこれを消去法と呼んでるんですけど。
それは今優しくしているふりをしている。今は親切にしているふりをしている。
今トイレに許可してくれたのはたまたのこの先生の機嫌が良かったから。
何か理由をつければ消去できている。
そして自分にとってガーンと来るような、つまり前にあったトラウマの状況そっくりのことが起きた時、
ほらやっぱり俺は正しかった。この証明の仕方は非常におかしいんだけど、
証明になってないんですけれども、結局これで証明できちゃうんですよ。
その人の誤信念というやつをね。誤信念という言葉は、
政治分析じゃなかったような気が今してるんですけどね。
これを私は誤信念と読みべきではないと思うんですよね。実際にはね。
今分かりやすくするというのが狙いだったからそういう言葉を使いましたけど、
理論は確か定義的仮説って、定義された仮説っておかしいですよね。
仮説が定義されるって何なのよって。でもこれは誤信念と似てるんですよ。
この世の女性の先生は全て腹黒くて厳しい。本当は理不尽だ。
っていうこれを仮説ですよね。というのを定義してますよね。
そういう風に思っている。マイナスKと言ってもいいんですけれども、
とにかくそういう、私でもこれトラウマに根差すものだから、
その人に責任とか罪はないと思うんですよね。
トラウマに根差しているというのは、やっぱり現実に問題があったから
27:00
そういうことが起きているんであって、生まれながらにして私だって
女の先生はひどいみたいに、ゼロ歳の時からそう思ってました。
そういうわけではないんだから。
そういうカントが言うところの、生まれる前からの概念として
そう思っているわけじゃないんですよ。
やっぱりそれは途中で植え付けられた信念なわけですね。
それは投影する対象になるわけですよ。
そういう自分にひどい目に合わせた心の中にいる悪いおっぱいですよね。
結局のところ。
というものの代表として、
いたんですよ昔の人たちがね、本当にね。
名前は出しませんけど。
明日の名前は、まあいいや。
だから名前フルネームで覚えちゃってるからね。
で、まあそれはいいとして、
そういうことがあって、時間がないと思っている人っていうのは
時間がなくなっていくんですよ。
これはビオンの論文の中にも出てくるぐらいなんですけど、
時間がない時間がない時間がない時間がないって言い続けてるわけですよ。
その人時間無駄にしてるじゃないですか。
私は時間を無駄にしている。
本当時間無駄にしてるんだよ私はって
ずっと言ってるっていうのは時間が無駄じゃないですか。
これさっきのご信念そっくりのことが起きてるわけですよね。
一見したところ分かりづらいですけどね。
で、大事なのは
時間を無駄にしていると思うと時間を無駄にするっていう言い方では
分かりにくすぎて、そうじゃなくて
時間を無駄にしていると思っている人は
常時時間を無駄にし続けている。
さっきの私のと同じで
女性の先生はひどいことをしてくるという
私の信念、信念を持っている私にしてみると
すでにそのことが起きてるんですよ。すでに。
だから証明する事実は一個でいいんですよ。
本当に1年に1回そういうことが起きればもう十分なんだよ。
で、ずっとそう思ってるから
私はそういう世界に生きているんですよ。
東映同意使ってのはそういう側面があるわけです。
そういう側面があるというか、私はそういうものだと理解している。
だから時間を無駄にしている人は時間を無駄にしているんですよ。
その人の時間の使い方が無駄かどうかではなくて
その人は時間を無駄にしているという信念を元に
時間の自分の使い方を
自覚して感じ取っているから
どんな使い方をしていてもそれは無駄なんですよ。
例えば今歯を磨いている。
それはご飯食べたばっかりだし
これから出かけるから極めて妥当じゃないですか。
いやでも待て、これはこの間
勝間さんが紹介していたなんとかブローの
歯磨きを使えばもっと効率的に
磨けたのではないだろうかって考えるわけですよ。
この安物の100円で買ってきた
そういうので俺は歯を磨いているから
いずれ虫歯になって、いずれ歯医者に行って
時間を多大に使わなければならなくなるんだからやっぱり時間を無駄にしているんだ。
歯を磨いている時もそう思うわけですよ。
もちろんいつも合理的な行動をとっているとは
30:01
その人にとってはね。
そういう人にとってその人は決して合理的な行動はとれないわけなんですね。
これが私はその人その人その人の
現代の人に極めて多くの
時間的不適応を生み出していると思います。
今やっていることよりももっと上手い方法がある。
ライフハッカーらしいじゃないですか。
でもそれは今やっている自分の方法は
本来取るべきやり方に採用して
比較的ダメなやり方であるっていう
そういう結論を生み出しているわけです。
だから私の時間の使い方は無駄がある
っていうことになってるわけですよ。
タスクシュートはこれを
かなりの部分解消できると私は信じているんですが
そういうことを説明するために
いろんなことを今までも認知的不協和とかマデブランコとか
いろんなことを言ってきたわけですよ。
全部僕はそれなりに妥当性はあったと思っているんだけど
だから報酬刑とかじゃないと僕は思うんですよね。
それよりも大事なのは
この自分は時間的不適応であるという信念を
タスクシュートが丸ごと引き受けてくれるところにあるんだと。
だからいいんだとにかく
そんなこともう忘れちまえっていうことなんですよ。
ある意味ではね。
どんな使い方をしているかなんて一旦忘れちゃいなよと。
代わりにタスクシュートが
改善の素材を取っておいてやるからって
こういう感じなんですよ。
とにかく時間とにかくどういう使い方であれ
無駄かもしれないけどどんな使い方であれ
使ってるわけでしょ。
あとで改善できるって言うんだったら
とりあえずここに書いときゃいいじゃんっていうことなんですよ。
例えば今すぐ間に合わせたいと思ったらどうしなきゃいけないのか
とりあえず支度しなきゃいけない。
だから支度しときなよと。
あなたの支度の仕方はここに書いといてやるから。
この感じが
そのなんていうのかな
投影同一化と時間不安というものに対して
ある種の
エクスポーズを入れる感じですね。
だから中間休止なんですよ。
一旦それは置いておこうみたいな。
だけれどもこれ諦めようだと
誰も諦めないわけですよね結局。
時間の使い方は無駄でもしょうがないじゃんっていうのはダメなんですよ。
例えば間に合わないかもしれないけど
とりあえずやってみなよとやらないわけですよ。
でも間に合わないかもしれないけどとりあえずやってみなよ
そのやってみたところがどうであったかを
後で検証できるようにしておくから
って検証しなくてもいいわけですよ。
全部の原理
これは使えるっていうのがタスクシュートなんですよね。
何をやっていてもいいから
それを一旦ここに預けておいてほしいと。
それを後で好きなように料理すればいいんじゃないかと。
いろんな分析の仕方
33:00
棒グラフで出したければ棒グラフで
1日の見方を見たければ1日の
知りたければ3ヶ月の分析
とってあるんだからどういう風にでも後で
それを検証することができるよねと。
そうすることで投影同一化を時間に関するですね。
俺の時間の使い方は無駄だっていうこの投影を
上手くいけばやめることができるかもしれない。
もっと上手い方法があるかもしれないけど
それにしたってこの方法とその方法がどっちが上手い方法かを
検証することは必要ですよね。
検証するためには今どういう自分の時間の使い方をしたかを
ここに書いておけば後で検証しやすいですよね。
だからそれを今一旦やってみましょう。
これをやっていくうちに
時間に対する無駄だという投影が
やむんですよ。
だってそれは記録を残せるという有効活用性が出てきたから
もっといい使い方があるかもしれないが
無駄でないということにはなる。
だから私の時間の使い方は無駄である。
これは何にもならないということがここで終わるわけです。
蓄積されますしね記録はね。
だから何にもならなくはないわけですよ。
記録に残り蓄積はされるということが残る。
大事なのは
CBTとか他のライフハックとかPDCAではそうじゃないかもしれないけど
大事なのはもうできるってことであって
をしなければならないってことではない。
記録を活かすこともできるのであって
記録を活かすことによって改善できるではない。
そうしたらその使い方は無駄だってことになっちゃう。
この記録自分の
気ままな使い方を丸ごと
ただ写真を撮るように撮るっていうことそれ自体は
これ以上改善の余地はないわけですよ。
行為は改善の余地はあったかもしれないけれども
こう使ったという事実そのものは
ただ残るわけだよ。でもそれが大事。
そうすることであなたの
投影同一化が成立しないという形を
ここに作り上げることができるわけ。
そしてそれはいつなりとも
永遠にやり続けることができるし
後でそれを何とかしたいというならば
その素材にすることもいつなりとも可能になるわけ。
こうして今までのやり方と生活を
全く変えることなく
その生活の意味付けだけは大幅に変更することができる
っていうのが時間的不適応に対する
私のタスクシュートってものの回答だなという風に
思うわけですよね。
この考え方を理解するためには
私は精神分析について少なくともいくらかのことは
概ねこれは対象関係論でしたけど
学ぶ必要があってだからそれについて
少なくともまず語る必要が大抵でも
あるんではないだろうかという風に考えるから
みんなそれについて語りましょうと
本を読みましょうと。好きな本でいいし
読まなくてもいいんだけど
何なら山崎孝明さんが最近出してきた精神分析案内を読むとか
36:03
あるいは山崎さんと濱内さんの対話を
聞いてみるとかいうことをするというのが
皆さんにとって
一番
心の安定に役立つものなんじゃないかなという風に
私は思うんですよね。
36:27

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