精神科の知識を学べる番組、歴史から学ぶ精神科ラジオ。
この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で、現在、会業員のマリモと。
その姉で、障害を持つの方の就労支援事業所を経営していて、
運営しているサッカークラブのサポーターから、
選手の缶バッジに加えて、私の缶バッジも作ってほしいと要望されたサクラがお送りします。
職場での病気をどうするか、産業保険の歴史の話です。
はい、ありがとうございます。
はい、お願いします。
今回はですね、産業精神保険の話の中での、ちょっと理論を一つだけご紹介したいなと思うんですよ。
はい。
人と環境の適合理論と言います。
なんのこっちゃってことなんですけれども。
人と環境、そこで働く人と仕事の環境がうまく適合できるかどうかっていうことって大切ですよねって言ってる理論なんですけれども。
それは難しい。
それはそうですよねって話なんですけど。
その話っていうのが、大体1960年から80年にかけて確立される一つの職業の理論があるんですけど。
これをちょっと説明しようかなと。
この理論によってですね、後々というか、現在まで通じるようないろんな理論が出てきているみたいなので。
そんなに難しい話でもないので、説明だけして。
どういう影響ができるかどうかっていうことも考えたいなと思うんですけど。
この人と環境の適合理論ですけれども。
これどんなのかっていうと、仕事のストレスっていうのは仕事が厳しいからだけでもないし、あるいは本人が弱いからっていうだけでもなくて。
この本人と環境の間に不適合が起こった時に生じますよということを言うた理論です。
それはそうやねっていうことなんですけれども。
1960年代から80年代にかけて、メシカン大学の社会調査研究所のジョン・フレンチさん、ロバート・カプランさん、バリソンさんらによって。
フレンチさんらによって確立された、職業性ストレスを説明する理論として体系化しました。
同じ職場で働いてても、個人差によってストレスと言われば違いますよって当然の話なんですけれども。
例えば1日に100の仕事量を要求される職場があったとしよう。
この100の仕事ができる能力とか経験とか時間のある人にとってのストレスっていうのと、ある人によっては5乗しかできないって言ってる。
それが限界だと感じてる人のストレスっていうのはやっぱり違いますよね。それはそうやねっていうことね。
またプラス、同じ能力と同じ給与と同じ人間関係であっても、その人の考え方が異なると。
考え方が異なるっていうのは、つまりもっと自分がトップに出たい、もっとやりたいって感じてる人と、
あるいはもっと細かい指示を指導者からしてほしいと、上司からしてほしいという、それの方が安心するっていう人もいてると思うので。
そういう人であれば、同じ能力同じ環境であっても、やっぱり職場環境から受ける満足度って異なりますよねっていう話ですよ。
そうですよね。その通りだと思います。
その方の能力も違うし、考え方も違うと、ストレスの度合いが違いますよねっていうだけのことなんですけれども。
それを理論としてやったわけですよ。数式とかも出てるんですけれども。それはそうかなっていうことなんですけどね。
そもそもこの理論が成立した背景っていうのは、1960年代から80年代で、戦後発展してた時代ですよね。
冷戦真っ只中ぐらいの感じなのかな。僕たちが生まれたぐらいの話ですよ。
日本でいうところの高度成長が起こってて、アメリカでは高度成長が一段落してるけれども、でも巨大な企業とかができてるような時代で。
会社が大きくなってきたら、やっぱりいろんな問題が出てくるわけよ。
それこそストレス問題っていうのが大企業とかでは出てくるし、管理者と従業員の関係というか、上司が誰にするかどうかとか、職業分担とか。
あるいはコンピューターとかもこの頃は導入され始めたこともあって。
そういう人間関係っていうのがちょっと問題ですよねっていうのが、アメリカでも注目されるようになってきたということだよね。
そういうのもあって、この理論っていうのが出てきたと言われています。
この理論の独創的な点っていうのは、現実と本人の認識っていうこの2つを分けたっていうところなんですよ。
何かっていうと、まずさ、働くっていうのは、その人が働く、本人が働くわけじゃないですか。
本人と環境っていう、職場の環境っていう、中と外っていうのがあるわけよね。
自分っていうのと、自分というか本人っていうの、働く人っていうのと、職場の環境っていうのがあると。
それはあんねんけども、実際のその方自体の能力とかその人自体と、実際の職場の環境っていうのもあんねんけど、
それだけじゃなくて、主観的なものっていうのがあるよ。
主観的なものっていうのは、その人自身が自分がこうしたいとかこうやと思ってるっていうのもあって、
つまり自分自身、自分っていうのはこういうことをしたいんですよ。
これだけの能力がありますよっていうことを自分で感じているところと、
あるいは職場に関して言うても、実際の職場の環境だけじゃなくて、職場っていうのは自分に何を求めてるんやとか、
あるいは私はこの職場にこんなことをしてほしいと思ってるっていう、自分の主観の部分っていうのがあるよっていうことを分けたんですよね。
はいはいはい。
つまり実際のその人の素質だけじゃなくて、その人がどう自分のことを思ってるかっていうところを別に考えたわけですね。
で、職場の実際の職場と、その人が職場をどう考えてるかっていうことも分けたってわけだよね。
この4つに分けたっていうところが、ちょっと独創的だったわけですよ。
だから今までやったら、このその人の素質とその人の環境、周囲の環境っていうのが合うか合わんかっていうだけの話だったと思ってたけれども、
実はそれだけじゃなくて、自分がどう思ってるかっていうことによって結構ずれるよねっていうことも、この理論では言えるということだよね。
例えば、
この職場の中でストレスを感じるっていう人が出てきたときに、どこでストレスを感じてるかっていうことをちょっと考えとかなあかんよねって言われてて、
会社で短時間で多くの仕事量を要求されてると感じてて、
しかも自分にとって十分な支援をしてくれてないと、十分な時間も与えられてないと。
しかも僕自身っていうのは、完璧に仕事をしたいと思ってるっていう、こういう不満とかを持ってる人がおったとした場合、
どういう不適合がこの中で起こってたかっていうと、
実際の客観的な場面で、
要求される仕事量と、自分自身の能力っていうのが合ってないっていうのが、まず一個あるのと、
あと、この自分が完璧に仕事をしたいっていう要求が、職場では満たされてないっていうですね、そこも不適合があるってね。
これが同時に起こってるっていうことがあるんですよね。
だから、この人の不満を解消するのにあたって、単に仕事量を少なくすればいいっていうことだけじゃあかんわけですよね。
その方の意見というか、主観を満たすというか、それを満たさんないとどうするか、みたいなことも考えとかんとあかんということで、
単に仕事量を減らすということだけじゃ足らんよねっていうことも、この理論では言えたってことですね。
というこの主観の理論、主観の方面というのも、ちょっと注意しましょうということを言ったということですよ。
だから、この仕事場での適応とかを見るときっていうのは、この4つの適応場面っていうのが大切と言われてて、この理論ではね。
まず、第一に、現実にその人と環境とが適応してるか。その人の能力と仕事が要求されてるっていうことが適応してるかっていうことと、
まずこれが、この実際のとこですよね。仕事のリアルな部分でどうかっていうことと。
二つ目というのは、この本人の自分の中で、本人がしたいと思ってる仕事をしているか。
主観の中での自分と、主観の中での職場っていうのが、ぴったり一致してるかどうかっていうことと。
で、またちょっとずれる可能性があるっていうのが、主観が自分に向かって、自分の能力とか要求とかを、
実際の自分の客観的なものとどこまで正確に把握してるかっていう、ここのずれもあるんですよね。
自分はもっとできると思ってたけれども、でも実はそんなにできへんっていう人もあるわけじゃないですか。その逆もあるんやけど。
そうした人の場合っていうのは、また思わぬずれを招くこともあるんだよね。
また、この職場への思いっていうのも、実際この職場っていうのは、これぐらいのことしかできへんねんけれども、
自分としては職場っていうのは、こういうような職場であってほしいっていう思いがずれることもあるんですよね。
っていう、この4つのずれっていうのを、ちょっと気にしないといけないよっていうことが言ってて。
特に大切なのが、この主観の部分ですよね。
つまり、自己評価が正確にその方がしてるのかどうか。
実際の能力よりも高く見積もっているのか、低く見積もっているのか。
とか、あるいは疲れてるのに、まだまだ働けると思ったりとか。
あるいは自分っていうのは、こんなふうにしたいと思っているにもかかわらず、それに自分は気づけていないとかね。
無意識の部分があったりとかってしたりとか。
あるいは、この職場環境の認識っていうのも、上司が適切には言ってくれないもので、自分の役割を誤解しがちな人だったりとか。
実際は、この職場っていうのは、もうちょっと自分にいろんな支援をしてくれるにもかかわらず、それをうまく認識できてなかった。
職場って何もしてくれへん。ここの職場って何も教えてくれへんとかって思っちゃってるっていうこともあったりしたり。
あるいは、この職場が求めてない完璧さを自分が要求してたりとか。
そこまでしなくていいのにっていうこととかね。
あるいは逆に、組織の方が実際の危険を隠してたりとかってする場合もあったりするので。
その辺の職場環境の問題と、自己認識の正確さっていう、この2つの対応が結構大切なんかなって言われてるね。
職場環境の問題とか、その方、働いてる人の考え方をどんなふうに見分けていくかっていうことが大切なんかなっていうことですね。
こういうのがあった場合、こうだとした場合にですね。
うまいこと言ってるときは、こういう話っていうのは問題なくて、だいたい問題が起こったときですよ。
問題が起こったときにどうしていくかっていうことですね。
大きくこの理論で言うと、2つ種類があって。
客観的な不適合を変える方法。つまり客観的な部分をいじるっていう方向と、
あるいはその方の主観を変えていくっていう方向。
どっちかを変える必要があるよって言われてて。
客観的な部分を変えるっていうのは、環境を変える。
仕事量を変え出したりとか、人員配置をしたりとか、人員を増やしたりとか、支援をしたりとか、
役割を明確にしたりとか、あるいはもう辞めるとかっていうようなことで環境を変えるっていうやり方と、
客観的な方でもうちょっと言うと、自分の能力を変える。
人を変えるっていうか、訓練したりとか、技術を身につけたりとか、体力を回復させたりとか、
時間管理能力を高めたりとか、目的とか優先順位を変更したりとかっていう、
人の方のやり方を変えるっていうやり方もあると言われてる。
まあでもどちらも大変やけどねってこれ思うけどね、書いてはおるものの。
簡単にはなかなか難しいよね。
環境を変えるのも人を変えるのも大変やけれども、まあ確かにやり方としては、案としてはある。
もう一個の方向としてあるのは、この主観的な方法、主観的を変えるということで、
現実を変えずに認識を変える。つまり問題を過小評価する。そこまで考えなくていいじゃないとか、
自分の欲求を抑える。この程度は当然だと考える。危険や疲労を否認する。
達成できなかった問題の重要性を下げる。
まあこういう認識を変化させると一時的に不安は軽減されるけれども、
でも疲労とか危険な環境が否認されれば、かえって危険なことにならんとも限らんから、
もちろん注意は必要ではあるんやけれども、この認識を変えるっていうやり方も、
あるっちゃあると、ある程度の効果はある場合もあるし、みたいなことやね。
っていうことが、この理論では言えるかなって言われてますね。
この主観的な不適合を変えるっていう指導は、実は僕は結構言うてるね。
多くの患者さんに答えようとはあかんけども。
いやでも私も日々これ自分で使ってる気がする。自分自身に。
どんなことを言うんですか?
自分自身によ。問題そんなに大したことないって思わせる自分に。
大丈夫大丈夫、この程度は全然大丈夫みたいに考える。
僕は患者さんにいつも言うてるのは、目的の重要度を下げるっていう方向で、
割と言うてる人が多いかな。
つまり、あなたの給料分だけでいいんじゃないですか?っていう。
そんなに頑張って死ぬことしなくていいんじゃないですか?とかっていう。
もうちょっと合格点を下げ張ったらいいのにって、簡単なことで言うたらね。
もちろんそれのマイナスでもあろうかなと思うけど、その方の成長をあんまりとかって、
やっていくことはあろうかなと思うんやけれども、多くの場合疲れてる人が僕らの場合は多いので。
この合格点を下げましょうよ、みたいなことを言うことが多いけどね。
ダメ人間ももしかしたら作ってるのかもわかんないんやけれど。
でも、そこって大切なんかなとかって。
割とこのクリニックとかに来る人には言うことが多いかなっていうところですかね。
うちの母ちゃんがよく言うてたんですよ、僕に。
そんなに頑張って仕事しんでいいって。
言ってましたね。
給料泥棒でええぜってずっと言ってた。
そんなん言ってたんや。
僕も結構真面目に仕事する方やったからやと思うんやけど。
でも、楽しんでる範囲やったもんね。
そうそう。そういうのもあってね、やってんけど。
そういうのをいつも思い出しててやけども、中にね、合わん人もあるし、みんながみんな合ってるわけじゃないんやけど、
中に頑張りすぎてる人の場合には、いい人もあるなと思ったりまして。
そうだね。
とはいえね、客観的な方向を変えた方がええっていう人もあるから、そんなに難しいところやね。
そうですよね。
この辺の理論とかっていうのは、現状の今の職場でも役に立ってるかなっていうか、みんな自然と身についてるかなっていうところではあるんですけどね。
でも、この理論にも批判されることがあって、
例えば、この適合ってこの理論では言ってるんですけど、能力と要求とつり合わせることが結構大切ですよって言われてるんですけど、
でも、この要求と能力がつり合ってる場合でも、この10の能力と10の要求でつり合ってるっていう場合と、2の要求と2の能力でつり合ってるっていう場合は、ちょっと意味合いがこそなるので。
確かに。
だから、どっちがいいよって言いにくいところもあるから。
しかも、この適合っていうか、つり合ってるのがいつもいいっていうわけでもないから、
例えば、職場も本人も低い目標しか持てないような職場っていうのは、やっぱりダメだし。
危険よね。
あるいは、逆に本人も組織も過重労働を当然と考えているようだと、やっぱり危険だし。
そうですね。
そのところっていうのは、やっぱり考えないといけませんねって言われてるし。
この理論で一番言われてるのが、主観に偏りすぎと。
どうしても本人の主観に偏りすぎてしまうと、いろんな問題があるんちゃうかって言われてて。
最近、ストレスチェックとかそういうので、主観の問題って割と多いんですけど、主観ってやっぱり偏るんですよね。
主観自体が偏ってる場合があるから。
いろんな客観的な仕様も含めて、強化した方がいいよとかって言われてはいますね。
とはいえ、この人環境適合理論っていうのは、割と現在の職場にもあってるし、
ここからいろんな現代的な職場の理論っていうのが派生してるみたいなんですけど、
一応これが今のベースになっている考え方なんかなっていうところですね。
これはあるなと思って。
おー、ありますか。
うん、あるある。仕事がすごくできるんだけど、本人の希望は定時、定時出勤、定時退社が希望ですと。
でも、がっつり休憩時間も規則通り取って、残業は一切したくないですっていう方いるのね。
これは、暗黙の方の欲求が最優先なんで、了解です、定時退社でOKよ、みたいにはなるんだけど、
環境の欲求としたら、もうちょっとできるのにもったいないって、もっと資格も取れるのにっていうところだったりとか、
そういうのはずれるなーっていうのはありますね。
本人は望めへんでね、そこをね。
そうそうそうそう、望まないっていう人がいてたり。
逆に、いや無理やってって思うんですけど、すごい欲求が高い人もいるし、
いや自分めちゃくちゃ仕事できるって勘違いしてる人もいるし、これもずれですよね。
だから、もっと他の仕事もさせてくれとかいろいろ言ってくるけど、
いやいや今目の前にある仕事まだできてないからっていうのは、あるなー焦ってるなーみたいな。
利用者さんに多いですけどね。
その絵を聞いたのは何かっていうと、ちょっと話飛ぶんですけど、
この産業保険の話って勉強してて思ったのは、産業が変わることによってこういう課題って変わってると思うんですよ。
工場なのか会社なのかによって全然違うし、社会状況によって変わってくるなと思ってて。
確かに。
今後、例えばAIとか、そういうさ、よりこれからの社会って変わってくるじゃないですか、
またさ、こういうのって大きく変わるなって僕は思ってて。
今の労働環境っていうのも、結構変わってくると当然思うんですよ。
どう変わるかはよくわかれへんけれども、たぶん言えるのは、AIとかが入ってきて、
つまり僕ら人間よりも賢いものが入ってきて、人間を働かせるかどうなるかわかれへんけれども、
っていう状況になるかなって思うんです。
僕らはきっと使ってると思ってるけど、使われるってことになるんかなって思うんやけれど。
それって、つまり障害者福祉とかと同じなんちゃうかなっていう気がしてて。
IQで言うと全然おかしい話だけど、仮にIQをさ、
知的症とかを持ってらっしゃる方って、IQで言うと100ないじゃないですか。
60とか50とかの方が多いじゃない。
僕たちのIQが100だとして、100の人が50とか60とかの方を、
どんなふうに働くのがいいかみたいな、どういうのが課題かみたいなことをやってるのが今やと思うんですよ。
今後、AIとかは桁が違って、1000とか10000とかのIQを持ってるAIが出てきて、
100そこそこの人間をたぶん働かせるっていう会社になってくると、社会になってくると思うんやんか。
そのときに出てくる課題っていうのが、たぶん、わかんないけど、想像やけど、
障害者の雇用とかで出てきてる問題っていうのが、同じようになるんちゃうかなという気もしててさ。
うん。それはあると思います。
正直さ、障害者の労働の問題って、あんまり注目されてない領域やんか、
そんなにきっちり理論もないし、
でもこういうのっていうのは、今後のこの領域ではとっても大切になってくるというか、
そこでの認識っていうのが大切になってくんちゃうかなという気がしてて。
つまり、今後僕らが働く中で、うまく働くキーになるということが、
その労働、障害者の方が働く中にきっと隠れてるんちゃうかなという気がしてて。
それが何かは、僕はわかれへんけどね。
もっともっとだから、今、IQ150とか180とかある人たちが、今の100の人と同じ立場にきっとなっていくっていうことでしょ?
違う違う違う。
まだ違う?
いやいや、その人じゃないのよ。
働かせるのは、僕らは一労働者になるわけよ。
だから、1000とか10000とかっていうAIの方が人間を働かせる中で、人間がいろいろ困ることが出てくると。
で、その課題っていうのは、僕らがこの先困ってくる、社会の中で困ってくるっていうことは、今、障害者の方が困ってるっていうことと類似系になってくるので、
障害者の方々が困ってるっていう内容と、この先AIで働かされる僕らが困るっていうことっていうのは、似たようなことになってくるんちゃうかなと思うんですよ。
AIから見たときね。
AIから見たときね。
で、大きく違うのは、AIはもうできなかったらできないで、たぶん切り捨てるじゃない?
そこはさ、切り捨てるかどうかは、またそのAIが考えてくれることだから。
逆に、今の障害者さんの立場、うちの利用者さんの立場になって考えたときに、すごく困ってる感は、たぶんないように思うんですよ。
私らがAIに使われるときが来たとしても、すごく使われ、できないって言って困るんじゃなくて、
うまく自分にできることに、自分のできる範囲で動くというか、今の利用者さんもそうやから、とても快適にお仕事してるし、
だから、そんなに変わらんのかなって、今思ったりはしてたんやけど。
あー、なるほど、なるほど。
気づくか気づかないかだけの、その立場が、自分がAIにいてたときは、自分がAIの立場になったら、今の自分は今の利用者さんと同じようなっていう考えになるかもしれないけど、
自分が今の利用者さんの立場になったときには、意外と快適かもって思ってます。
そうそうそう。いやいや、多くの方は快適なんやと思うよ、職場ってさ。
でも、その中で困る人があるわけやんか。そこの問題やんね。
そこになるかならんかやな。
多くの人は、別にパラハも受けないし、不適応で休むことはないんやけど、やっぱり中にそういう人が出てくるのよね。その中にっていう問題ですよ。
中にな。前の時にも話したけど、これゼロになる問題ではないやろうから、誰かはいいけど、誰かはしんどいみたいなのは必ず起こってくるから、そこにじゃあどうしますかっていうのを考えるのは忘れず続けるしかないよね。
変わる。本当にいいようにすごく変わるし、っていうのは想像できるんやけど、
その歪みが出てくるっていうのは、なんとなく本能的にきっと何かがあるんだろうなっていうだけで、具体的には今わかれへんから、どんどんどんどんこうみんなAIを取り入れて、仕事も効率化するしね。
今まで自分ではできなかったことが、今サクサクできるようになってきてるから、便利を本当にありがたいなと思って教授はしてるけど、
きっとね、何かはいいことばっかりじゃなくて、光と影が一対やから、なんかあるんだろうなとは思うけど、今んとこわからないな。
いや、本当にいろいろ変わるはずなので。
パソコンが出てきたときもそうやったもんね。
まあね、廃れるものもあれば、もっと注目されることにもなってくるし、そこをどうするか。
まあそこに追いついていかざるを得んからな、僕らが生きてるということは。仕事してるってことはそういうことやからな。
そうそう。否定をせずに、ついていけるところまでは行ってみたいなと思ってるんやけど。便利は便利です、実際。
AI、何に使ってるんですか?
今まで自分では組めなかった、統計取ったりとか、数字化したりとかしてるんですよ。
障害福祉のほうでも、昔からも出席率だったりとか、統計を取ると、1年間のその方のサイクルが見えてくるんですよね。
季節が弱いのかとか、この行事があったときにこうなるんだとか、っていうのが、結構数字は見せてくれるので、
なんとなくその感覚の仕事じゃないっていうのが、昔から取り入れてるんですけど、
それがもう、自分でプログラム組めたりとか、こんなのどうしたら、どんなの入れたらいい?みたいなのが、
ちゃんとGPTがサクサクサクって作ってくれて、貼り付ければいっぺんにできるとか。
なるほど。そうか、プログラミングやってあるわけなんですね。
プログラミングは言うたらすぐ作ってくれるシステムできるなっていうのと、
あとサッカーでもそうやね、選手の予定管理とか、うちは社会人なので、仕事がみんなバラバラになるんですよ。
で、イベント入れるときに、だいたいどんなタイミングで入れたら一番出席率上がるかなとか、
この子がどういうリズムで生活してるなとかっていうのが、意外とわかりやすくなりました。
そういうのに使ってますね。
なるほどね。
確かにそういうのって、得意そうやもんね、AIとかやったらね。
便利やな、あとここから事業を展開していくのにどうしたらいいっていう、壁打ちとか。
そうなんや。
こういうことしたらどういうリスクがあるって言ったとき、リスクバーってこう出してくれたりとか。
だから、修行の先生に聞かないと帰ってこなかった話が、もう今、AIで返してくれたりとか。
確かに。
壁打ちで、ちゃんとね、ラストはその修行の先生に聞かなきゃいかんけど、壁打ちでやってる分にはすごく便利です。
なるほど、なるほど。
で、周りの先生は使ってませんか?
使ってるよ、使ってる。
ですよね。
このポッドキャスト作るのを、ほぼお願いしてる。
それだけじゃあかんけど、役立たせて、資料とか集めるのを、それでお願いしてるのも多いし。
実際そうやな、ポッドキャストの概要欄作ったりとかっていうのは、ほぼAIで丸投げしてる感じかな。
私ね、すごく気を使う方、お取引先の方とかで、
手紙ね。
そのとき、構成をしてもらってます。
僕も手紙は全部AIを通じてるよ。
そうだよ。
書きたいことをずらずらと並べて、できるだけ日本語として、できたらしい部分にしてって書いたら、きっちり事後の挨拶向けてやってくれるから。
それめっちゃありがたいよね。
ありがたい。
メールもめっちゃ簡単に書けるようになってるな。
実はもうレアな話で、昨日お家の利用者さんとお話してて、
うわーよかったなって、これはいい話なんやけど、
今まで自分でスマホの設定とかができなかった。
窓口へ行ってお店のお姉さんにしてもらったりしてたのが、
もうAIを使ってどうしたらいいか全部指示があって、その通りにしたら自分で設定ができたって喜んでたのね。
すごいね。
AIに聞いて、それをそのまま実行できるっていうのがすごいやんって言って、
自信になるんですよね。
自分でできたっていうのが。
AIさまざまやねって言って。
ちょうど昨日その話したなと思って。
そうそう、AIはほんますごいよ。
今どきいろんなソフト分からへんなったときに、これどうしたらいいんって教えてくれるもんね。
このソフトいいよって言ってくれるもんね。
使い方分かれへんときとかってあるじゃないですか。
ありますあります。
新しいコンピューター買ったんですよ、この前。
古いのがあれあって。
設定の仕方、Googleのフォント入れへんんだけどどうしたらいいとかっていうのを教えてもらったし。
すごいよね。
ありがたかった。
古いパソコンを捨てるときに初期化せんのはあかんねんけど、
それがうまいこと初期化できなくて、そのやり方も教えてもらったな。
なるほど。
これめっちゃ助かりましたよ。
コンピューターのこととか、そういうマニュアル系のことめっちゃすごいもんね。
そうそうそう。
ほんとに知らない情報全部知ってくれてるからね。
そうそう。