精神科の知識を学べる番組 歴史から学ぶ精神科ラジオ
この番組では、精神科医療を作った人々、現在のトピックスを精神科医が解説します。
精神科専門医30年、医学博士で、現在、海洋医のマリモと
その姉で、障害を持ちの方の就労支援事業所を経営していて、
今期から、他の法人・他法人の就労支援事業所の経営コンサルタントをしている桜がお送りします。
職場での病気をどうするか。産業保険の歴史の話です。
はい、ありがとうございます。
はい。
前回は、産業保険の一般的な流れというか、
最終、精神保険の話って難しいよね、ということで終わったと思うんですけど。
そうですね。はい。
この、精神保険の有名な実験があるので、
その実験の話を中心にしていこうかなって思います。
はい。
それですね、放送研究っていうのがあるんですよ。
うん。
放送効果っていうのが、わりと僕らの業界では有名な話があるんですけどね。
へー。
放送効果っていうのは、いわゆるプラセボ効果の一部というか、
プラセボ効果っていろんなものでできてるんですけど、
偽薬を飲んでも効くって感じるっていうやつやね。
あー、なるほど。
あれが出てくる効果の一つと言われてて、
それは放送効果は何かって言われてるかっていうと、
この治療を受ける者が、信頼する治療者に期待されてるって感じることで、
その行動の変化を起こすとかっていうことで、
結果的に病気が良くなったというふうに感じるような現象のことを言います。
はい。
つまり僕らのところで言うと、うつ病の治療をしに来てて、
信頼している先生がうつの症状を毎週聞いてくれると、
それを報告していると、自然とうつの症状が軽くなってくるという主観的な気持ちがあるんですけれども、
それは放送効果と言われてて、いわゆるプラセボ効果の一部かなって言われてるんですけどね。
その放送効果っていうのが言われてるんですけれども、
それの研究ですわ。放送研究っていうのもリアルに勉強しようかなと思うんですけど、
これ、産業精神保険の話につながるかなと思うので、
ちょっとお話ししたいなと思うんですけど、
放送研究で有名な先生っていうのが、エルトン・メイオーっていう社会学者、心理学者なんですけれども、
この方が放送研究に関わりました。
放送研究っていうのは、1920年から30年代に、
アメリカのウェスタン・エレクトリック社の放送工場が研究に加わったっていうことで、
放送研究と言われてます。
放送工場ね。
工場なんですね。
1920年から30年だから、第一次世界大戦が終わって、
アメリカがめっちゃ好景気だった頃ですよ。
日本で言うと、この大正デモクラシーの時代ですね。
その時代のアメリカの電気工場の話です。
はい。
この工場っていうのは、結構でかくて、巨大工場って言われてて、
数千人働いてたって言われてる工場みたいです。
大きいですね。
大きいです。
シカゴ近郊のイリノイ州、セシロにあったウェスタン・エレクトリック社の巨大工場で、
ここの工場は、電話機器のメーカーで、電話交換器とかケーブルとか、
いろんなリレーする機械とかっていうのを作ってて、
近代的な工場で治療施設とか、つまり病院もあったりとか、
食堂もあったり、スポーツ活動ができたり、福利厚生ができたりとか、
その当時から従業員の教育だったりとか、年金とか給付制度を備えているような、
今で言うところの大企業ですよね、の工場だったみたいですね。
そこのところで、やった研究なんですけど、
何の研究をしたかって言うと、
初めはですね、学者も関わってるんですけれども、機器業も経営者も加わってるんですよ。
照明とか休憩時間とか賃金とかと生産性の関係を調べて、
最も生産性が上がるのはどうすればいいかっていうことを知りたかったわけですね。
そっちね。
放送効果の一番有名なのは、
明かりを明るくしたら生産性が上がるんじゃないかって考えられたんですね。
やってみたところ、明るくしたって暗くしたって、
上がるよってことが分かって、
なんでやってことを言うと、これは誰かが注目してるってことが分かったから、
効果が、生産性が上がるんだっていうふうに結論付けたわけですね。
だからこの放送効果って言葉が出てきたんですけれど、
これが放送効果が出てきた理由なんですけど、
でもよくですね、この放送研究の方を見てみると、
そんな単純な話でもなかったっていうことが分かります。
へー。
後々伝わったのは、この放送効果としてしか伝わらなかったんですけど、
この放送研究でよく見ると、それだけじゃなくてっていうことが分かって、
例えば、上司との関係とか、仲間との感覚とか、
あるいは、公式じゃない、非公式の集団規範っていうのがあるなっていうことが分かったりとか、
多くのですね、この集団の心理的な側面っていうのが、
この研究に関わって煽ってたよっていうことが分かったので、
ちょっとこれを少し紐解いていきたいなと思います。
その研究をした人はエルトン・メイヨーさんで、
オーストラリアのアデレード生まれの心理学者、社会学者です。
クインズランド大学で勉強してて、
第一次大戦後は戦争神経症の変身についても研究したみたいです。
メイヨーさんっていうのは、現状の認識として、
工業化で伝統的な社会が失われて、人々は孤立していって、
代わりに職場が人の所属感というか、承認というか、安定を与えることになってくるよね。
職場の人間関係っていうのが地域社会に変わって成立してくるよねっていうふうに考えていました。
昭和の時代もそんなふうに考えてた人多かったと思うんですけど、
メイヨーさんっていうのは、第一次大戦後からそんなことを考えてたってことですよね。
工場のことなどを研究している中で、放送研究にぶち当たるということなんですけども。
放送研究が始まった時はメイヨーさんは関わってなかったんですけれども、
放送研究っていうのは、第一次研究から第6次まで6回くらい研究を行います。
だいたい9年くらいかけてね、1924年から1932年まで8年間かな。
ダラダラダラと怒られるけれども、6回くらい大きな研究を続けていくことになります。
6つ見たら大変なので、3つだけ見たいと思うんですけれども、
まず有名な研究が第一研究の照明実験ですね。
明るいか暗いかね。
そうそう。照明を明るくすれば労働者の研究が増えるのかっていうことを調べたかったっていうことで、
工場の複数部門で照明を変えて生産量を測定しました。
そうすると、照明を明るくすると生産性は上がったんだけれども、
暗くしても生産性が上がりました。
それだけじゃなくて、なんと対照群、つまり明るくも暗くもしてないけれども生産性が上がった。
ようやく月明かりほど暗くして生産性が下がったっていうことがわかったんですよね。
したがって、照明が生産性を上げるのが問題じゃなくて、
実験対象として注目されたことが原因だと、
後年単純化して考えられることになりました。
研究者はこの時、もちろん注目されてるっていうことは大切だったんだけども、
それだけじゃなくて、実験者から受けた指示の内容によっても変わったし、
その時の機構というか施設というか、
受給料とか監督の方法とか、作業の経験とか賃金の内容によっても変わったし、
労働者同士の協力によっても変わってたっていうことで、
そんな単純に注目されたから変わったっていうんじゃなくて、
いろんな要因で変わったっていうことがあったよっていうことが、
第一研究ではなんとなくあったみたい。
だから単に明るいくらいだけの話じゃなくて、
もっと人間的な社会的な要因っていうのが、
この生産性に関係してくるんちゃうかなっていうことで、
第一次第でわかるんですよ。