問いですね。
これさ、ちょっとある人と話してた時に、問いが大事ってもう所有のものやから、
え、問いって大事なんですか?っていう人なんておれへん。という話をしてて。
問いがこんだけ大事って言われてるのに、
職場とか実際に仕事してる人たちが、問いがめっちゃ大事だからって言って、
いい問いを毎日出し合いながらミーティングしてるような様子っていうのはあんまり見ないっていう話をしてて。
はいはい。
実際に問いが大事と分かっていながら、日常生活でその問いをどんな風に活用したりとか実際に実行したりとかしてんのかっていうのは、
君らは結構やっぱり問い大事って言うやん。
どんな時に発動させてる、無意識なのか意識的なのか、そこも含めてちょっと聞いてみたいなと思ってましたね。
なんかさ、問いが大事って言うけど、結構さ、僕らが言うビジネスパーソン文脈で言う問いが大事って、かなり想定範囲が限定されてるというか、
あくまで、例えばビジネスの事業経営の文脈で、より想像性を高めるような問いとか、
パフォーマンスを高めるための問いっていう用途で、問いが大事、良い問いとは何かみたいなことって結構語られがち。
だけど、なんか、もっと広く、良い問いって何みたいな、それこそ問いからさ、始まっていくと、
そのさっきの文脈で言うと、こここういう風な問いが大事、こういう風に視点を向ける問いが良い問いですとかっていう、いろんな本は出てるが、
広く一般で良い問いって何かって言うとさ、文脈と目的に合ってる問いです、以上みたいな感じでもあって、
例えばさ、めっちゃ妨な例でいくとさ、目の前で友達とかパートナーが怪我しちゃいましたみたいな時にさ、何て聞く?
いやもう、聞くやんな、まず大丈夫か?から始まって。
だよね。それが多分一番ベストの問いやん。でもなんかその、イエス・ノーで答えられる問いは良い問いじゃありませんみたいなさ、言説がちょっとあったりするやん。
だからオープンクエスチョンでさ、怪我って何だろうね?とかさ、あとはもうちょっと現実的にさ、何したらいい?俺、もうおかしいやん。
ああ、その時にな。
オープンクエスチョンではあるが、大丈夫?イエス・ノーやん。
だからその状況にいかにフィットしてるか、場が求めているかみたいなものが、一番大事なその尺度のはずだと思うんだよね。
なるほど。
だから問いの目的って結構色々あるよね、そういう意味では。
関係を築くための問いとかさ、発想を深めるための問いとかさ、アウトプットを促進するための問いもあるし、その目の前にいる人との関係性を促進するための問いもあるし、
ナンシー・デュアルテっていうさ、コミュニケーション専門家アメリカのが言ってる聞き方のいくつかのパターンが大事で、リーダーはこれを理解してこなきゃいけないっていう話があって、
セットの法則みたいなSAIDの頭文字を取ってセットの法則とか言って、リーダーがそのメンバーに対して質問なり聞くときって、この4つを意図的に選ばなきゃいけないっていうサポートするのか、アドバンスするのか、イマースするのか、ディスアンするのかって英語だからちょっと分かりづらいんですけど、
要はめちゃくちゃ賞賛承認してあげる聞き方サポートの聞き方か、アドバンスって物事を前進させるためにいろんな質問してあげるのか、イマースっていうのはもう本当にその人の気持ちに寄り添って一緒に共感してあげるような問い、質問するのか、最後はディスアンっていろいろ選択肢を整理してあげるとか、見えてないリスクを一緒に見てあげるための問い、質問みたいな。
だからその状況を察知するっていうのが一番大事なのかもね、問いが云々よりは。
そっか、だから文脈、状況をちゃんと場を読めるかどうかがまず一番最初にあって、その後に適切な問いっていうものが何なのかっていうのは、その場を読んで、その時のベストな目的があるから、そこを埋めるための問いっていう順番ね。
そう、だからそこで初めてそのテクニック、問いのテクニックが来るんだと思うんだよね。
でもそういうのを毎回、日常こう歩いてたりとか仕事してる時に、文脈、これからどうなるかっていう、何らかのシーンを想定してその文脈とか場を読んで、その時の目的を考えた時にこういう問いがいいかなみたいなのを日々考えるみたいなのが習慣化されてるっていう感じ?
そうね。でもあんまりこう状況に適合的になっていくと良い問いができないみたいなシーンもあるやん、やっぱり。そもそも聞けるみたいなのが結構大事な局面とかがあるやん。
多分それが同じ組織で同質化したグループだとやりづらいから、我々みたいなファシリテーターとかコーチがいるっていう第三者として、新鮮な視点で問いを投げかけられるかみたいなのが結構求められる。
うんうんうん。そうやな、何か分からないことを分からないってもう一回聞いてくれて全体がガーッと深まったりとか、全体がこう、何ていうか前進することもあったりするもんな。
そう。だから僕らの見地から割と語られるのってそういう種類の問い。当たり前のように流れてきそうなところをストップかけていかに立ち止まって考え直せるかみたいな問いは結構多いというか、そういうものが良い問いとされるシーンって多いよね。
うん。なんかそう思う。結構そもそもその参加してる人とか場に考えないといけないと思ってる人たちの中にもう既に結構答えがあったりとかしてて。
うん。で、なんか本当にゼロから何か編み出すというよりかはもうみんな自分の中にあって、ただなかなかこう議論が前進していかない時にそもそもこれってどう捉えてるんですかとか、今まで喋ってる内容自体ってどういうことですかってめっちゃ外側の僕たちがシンプルに投げるだけでなんか一気に前進したりとか、
自分たちの内側にあるものをちゃんと交換し始めることが答えだったりとかするから。
そうだね。
そこら辺の、なんかもう既に持っているんじゃないかっていう前提を持っていることが、なんかこういう問いを投げかける時の結構大事な部分だったりもするかなと。
あー確かにね。そうね。問いを投げかけることが大事っていうことの前提に既に当事者の中に答えがあるはずで、そこに対してやっぱり差し伸べるというか救い上げたいから問いが生まれてるみたいなのはあるよね。
で、なんか具体で言うとさ、そのファシリテーションとかやってる時に意識してる問いのポイントとかってあったりする?
意識してる問いのポイント。
あ、でもなんかすごい単純やけど、空気語というか、よく出てくるワードなんだけど、これおそらく人によって使ってる意味違うよなみたいなものって結構あったりするから、
例えばブランドとか、バリューとか、なんか俺たちらしさとかっていうらしさをその中身は言わずともみんなそこを所有のものとしてずっと議論していったりとかある時に、
今聞いてたらしさって改めて言葉で説明するとどういうことですかっていうのを聞いたりとか、
そういうよく出てくる品質ワードだけど、人によって全然捉え方の意味違うやんみたいなところを避けて喋ってる感じがあって、
そういう時とかはそれを聞き直したりとかっていうのは結構介入。
で、それを喋り始めるといろんなものが一気に噛み合ってくるみたいなことがよくあるから、
それは結構意識してるかな。
なるほどね。
気になるのは何か問い投げかけるときにファシリテーション、いろんなオーダー、どの会議とかどういうワークショップをファシリティとするかによると思うんだけど、何かあったりするの?
大前提、自分の中に答え、あんまり仮説さえも持たないようにしているときの方が、問いとしての質は高まって場が深まる感覚はある。
こう言わせたいとか、こっちの方がいいじゃんとか、こう気づいてほしいみたいな思惑があると、あんまりそれに対する応答も深まっていかないというか、自由に飛んでいかない感覚があるから、それは前提にある。
中で、めっちゃテクニック的に意識してるのとかで言うと、やっぱり具体と抽象をしっかり行き来させるとか、
教官って大事ですよねみたいなことを言ってるマネージャーがいたとして、どういう場面で具体的に大事なんですかとか、どういう場面で必要ないと思いますかとか、
場面とシーンにグッと引き寄せて考えてもらうとか、あるいはずっと自分のエピソードばっかり話をしている人がいたとしたら、
つまりどういうことなんですかとか、どういう状況だとそれが起きやすいんですかとか、抽象度を上げてあげるみたいな、それで他の人たちがそこにリレーとして自分の話でつなげて考えられるみたいなのがあったりするし、
具体と抽象はすごいあるし、前提疑うみたいな問いも、前提疑うというか、前提客観視してもらうみたいなのがすごく、
僕だからいろんな組織に入り込んで、その組織の問題をいろんな人に議論してもらう、中のファシリテーションとかホワイトボードを使いながらやったりすることが多いけど、
それなんでなんですかとか、なんでそうなっているんですかとか、よくあるのが失敗がみんな失敗したくないからですよみたいなことを言っていくと、
なんで失敗できないんですかみたいなすごい、全く僕の中に答えがないから、ただただ知りたい、前提疑っていく、客観視していくみたいなのとかは、外部者だからこそできるみたいな。
今のと近いけど、時間軸みたいなのも結構あるなと思って、なんでそれが大事ってみんな合意できてるのに、この問題が残り続けてるのかとか、
そこに何があるのかっていう問いかけだったりとか、今この状況はなんとなくしゃーないかっていう風にみんな思ってるところ、これが5年間また続くと思った時にみんなどんな気持ちになりますかとか、
それでも本当に良いって思える今の状態なんでしたっけみたいな、視点を動かすような問いとかも意識するかな。
あとはちょっと分かりにくい問いを改めて一文渡す時とかには置いたりする。
それは何がそうさせてるんですかとかっていうのとかは、何でですかって聞かれてるのとちょっとニュアンスも違って、
あなたの何が今の状況を生み出してるんですかって言われたら、俺の何がこの状況を生み出してるってむずいなみたいな。
でもやっぱりちょっと分からなくさせるぐらいが改めて自分のことを考えたりとか、その対象と自分の結びつきを考え始めたりとかするかな。
その物事の本質に迫っていきやすくなるような問いとかあるよね。
そういうふかかけにいくみたいなのもあったりとか。
あと昨日さ、まさに直木とファシリテーションしてたけど、オンラインだったけどねそれは。
その中で面白かったのは、愛矛盾するものをいかに結節させていくかみたいな観点で問われると、
クリエイティビティ、今までなかった発想、アウフレイベン的に起こっていくみたいなのはあるなと思って。
その人の例とかでいくと、やっぱり自分のプレゼンスを高めたいみたいな欲求がある。
それはそこで関連して言ったらどれだけ努力できるかとかゴリゴリ作業していけるか仕事していけるかみたいな観点と、
でも楽したいっていう自分の欲求もあって、これは完全に矛盾してるし相反してるみたいな。
それをどうやって両立させるのかみたいなことを問い深めていくと、
意外とそれは矛盾せず、使い分けられるし、バランスを取るやり方があるんじゃないかっていう第三の道みたいなのが見えてくる瞬間があったりするから。
あえて矛盾してることをどっちか決めずに、どっちも両立するために何ができるかみたいなのは、
ビジネスのシーンとか個人の探求とかリーダーシップの文脈ではすごく多かったりもするよね。
そういうのも一応問いに入ってくるのね。
逆に大事なこといっぱいありすぎてっていう中で、一つ一番しっくりくるものを選ぶとしたら、
それは自分の何がそれを選ばしてるのかみたいな風に、一個しぼらしにあえていった時にまた湧いてくるものみたいな、
そういう問いかけの仕方とかもあるなと。やってるなと思ったね。
確かに。
純度を高めたりとか、度合いを極端にダイヤル回してみるみたいなのは確かにあるかもね。
抽象度を高めて話すとさ。
何が一番大事だったかとか、何が一番許せないのかとか、最もとか一番とか、
そういう風に曲に振っていくと、自分が本当は大事にしているものとか、そのコアの部分が見えやすくなるみたいなのはあるよね。
だから問いって面白いなと思うのは、実はとか、前から思ってたとか、一言つけるだけで全然深まり方が違うやん。
実は思ってたけど、本当、言葉にならない大事にしたいものは何ですかとかって、
それだけで全然自分の見つめ方とかベクトルの深まり方が違うから、結構やっぱパワフルなやろうなと思うし、
これをやっぱもう、構造的に問いをどんなシーンでも繰り出せるようになっていくみたいなのはビジネス文脈の中でも、
重要だ大事だっていう風になって、本がたくさん出るっていうのはほんまその通りやなと思うし。
そうね。
なんかちょっと今思ったけどさ、今AIの文明語で一応話してたじゃん。
そうやな。
かけるAIでいうとさ、問いを投げるの多分AI側だと、
僕らがAIに色々聞く時って情報を引き出したい時とか整理したい時とかっていう、あるいは比較したい時とかってデータ集めたい時とかってあると思うんだけど、
今みたいな最後で話してたような問いって、いわゆるコーチングファシリテーションビジネス文脈で必要な問いでいうと、
別にAIに聞くシーンってあんまり思いつかなくて、むしろAIから問われる。
AIコーチみたいなのが結構今普及し始めてるとかって聞くけど、多分聞くのは得意だよね、AI。
この種の問いを投げかけてくれって言うと山ほど投げてくるよね。
すごい。
なんか違うのかね、それって。それはもはやAIにやってもらった方が精度が高いんだろうか。
いやもう精度だけで言うと高い可能性あるんじゃない?だってもう膨大な経験を加わしてるわけでしょ。
うん。
あとはでもなんか、タイミングとか間合いとか誰に言われるかみたいなところはなんか体験として、結局精度が高いのと実際に向こうが体験するのはまた、コーチング受ける側が体験するのはまた違うからさ。
うん。
すごい精度高いけど、なんか動かなかったらコーチングの意味はないわけで。
そうなんだよね。
そこの、なんか間合いとかタイミングとかどの場所で言われるかみたいなのももしかしてあるのかなとか、そこら辺はあるかもしれないけど。
ある。極論さ、例えばある部署の人たちが20人ぐらいで、この部署の問題を解決しようみたいなので集まったとして、
順々にさ、AIに、でっかいスクリーンでAIのさ、このメッセージ投影しながら、まずはこの問いを考えてくださいみたいな、こうAIから投げかけられてさ、全員でこう対話していくみたいな。
終わりました、こんな答え出ました、じゃあ次はこの問いですみたいな。流れていく場作りがあり得るのかっていうと、
まだちょっと想像しがたいのがあって、
それはやっぱその問いを投げる人のさ、まとってる空気感とか、エトスだよね本当にそれこそ。
エトスが電波してるから考えようってなったりとか、確かにその問い重要だねっていうなんとなくの感覚で没入を誘ったりとか、
っていうことなんだろうね。そのファシリテーターがもしかしたらAIで事前に仕込んだ問いかもしれないけど。
けどね、うん。
だからそこは、川が流れてるだろうって今のところ僕たちは思ってるけど、もしかしたら、
もうそのAIが例えば何人、スティーブ・ジョブズとかオードリー・ターンとかさ、なんかそういう人の、今回あの画面スクリーン映ってるの、
あの頭の中ですって言われたらさ。
確かにヒューマノイドが生まれてくると全然違ってくる可能性は。
今日はオードリー・ターンにファシリテーションお願いしてるんでって言って出てきて、その画面でさ、
問いをどんどん投げられていって、しゃべった内容も全部テキスト化したのを食わした。
じゃあもうそこから出てきた。
それもある。
こっちの方が確からしいよねっていう風になる世界は全然今でも考えられるから、
ここら辺がどんな風に動いていくのかっていうのは見物というか、面白いなと思いますが、
今回はAIと問いの立て方について。
最後の方だけちょっとAIに触れられたって感じだけど、
問いっていうものもなかなか深みがあるので、まだまだいけそうな感じですが。
はい、なんかあれですね。
問いって結局文脈にどれだけ応じているかでそのよしよしが決まってくるよねっていう。
前提としてやっぱどれだけその状況認識力とか文脈理解力みたいなものを鍛えられるかっていうのが
良いというのを前提としてありますねみたいな話と。
でもビジネスの文脈でいくと、今今日話してきたようないくつかの観点があって、
それを意識しながら言葉を置いていくとか順番考えるみたいなのはありそうですねっていう。
でもそれはもしかしたらもうAIスラッシュヒューマノイドにどんどん持っていかれるかもねみたいなのは。
人間の感じ方がどっちに価値があるっていう風に動くかっていうのは見物って感じ。
もっと言うと多分そういう発想もヒューマノイドにはもしかしたら取っていかれるかもねみたいなのも
多分僕らの世代だから思えるところで、もっとしたの完全にAIとコミュニケーション。
AIと問いと答えの応答をし続けてきている。
本当にAIネイティブからするとどうでもよくなる可能性は全然あるよね。
オードリー・タンだろうがスティーブ・ジョブズだろうが何でもいいですみたいな感覚で育つ子たちももしかしたらいるかもなーみたいなのはちょっと思いました。
はい、ということでここまでお聞きいただきありがとうございました。
この番組はSpotifyやApple Podcasts、Learner's LearnerのYouTubeチャンネルなど各種プラットフォームから毎週配信しています。
ぜひ番組のフォローをお願いします。
それでは次回もよろしくお願いします。ありがとうございました。
ありがとうございました。