はい、前回でAIと哲学編終了ということで、今回は雑談回やっていきたいと思います。
はい。4回ぐらいだと、やっぱり差がちょっと短いなって感じするよね。
まあまあまあ、短い。そうはね。
あと、その哲学っていうのは入ってたけれども、思ったより固くなかったというか。
なんか、この部分に関してアリストテレスはこういう、この部分に関してはデカールトンがこういう話をしているのじゃ、みたいな話になるのかと思ったけど、
もうちょっとカジュアルな感じで聞きやすかったかな。
ああ、よかったよかった。今回はあえてそういった、論文とかではカントがこうやっててとか、カントがめちゃめちゃ出てくるね。
あ、そうなんだ。論文とか読むとちゃんと、まあちゃんとというか、論文が論文たるためには、そういう引用みたいなものはちゃんとされてるんだ。
もちろんもちろん。
じゃああえてあえて削ったんだね。
そうね。ちょっとね、少しだけプラトン、アリストテレスだったかなとかの話とかはしたと思うけれども、
あえてちょっとここは外して、あくまでも今僕らが普通に生きているときにどんなことが考えられるかなとかっていうのをお話したつもりでもあるんですけれども、
AI、AIって今どこでも言ってるけどさ、すごいよねって思う。
一回何を言い出すかって話したんだけど、
自分で使っててもそうだし、やっぱり今僕キャリア支援の仕事とかしているから、
やっぱり個人の方からすると、AI時代に自分の仕事ってどうなるんですかって本当に切実な問題だったりするし、
特に広告周りの広告代理店の方とか、広告運用してる方とかって、
今AIで運用も最適化できますとか、バナーも作れちゃいますとか、
AIが作ったものをどう評価するかとか判断するかとかって普段人間がやるんだけれども、
あとやっぱ3年5年経ったらこれも、5年もないな、3年後くらいとかって自分がやる仕事って本当にあるのかねみたいな。
めちゃめちゃ現実的になってきてるなと思うし、
企業側も、何らかんだ企画の仕事とかだと、やっぱりAIをどれだけ使っているかとか、
それを社内でどれだけ振動させてくれるかとか、
そういうことを求人票には載ってないんだけれども、暗黙的やっぱ期待してるみたいな。
へー、そうなんだ。
うん。もちろんガッツリするところもあるけどね。
ガッツリこういう経験とかこういう仕様の仕組みがなきゃダメですとかってところもあるけど、
ほうほうほうほう。
そう、ってなってるので、
あくまでも僕がやってるお仕事がどっちかっていうとベンチャー企業とかIT系のお仕事が多いからっていうのもあるとは思うけど、
もうそういうふうに実際動いてるなっていうのをやっぱりマジマジと感じるかな。
はー、だからそのうち求人票のスキルのとこにさ、
ワードエクセルパワポとかじゃなくて、ちゃんとLLM使えることみたいな?
はいはいはい。
あ、もう全然あるよそういうの。
え、もう載ってんの?
載ってる載ってる。当たり前になってるよ。
うんうんうん。
ちゃんとひとつのスキルとして、もう一般的になってんの?
なってるなってる。全然なってる。
へー。あ、すごいね。
そう、でこれ面白いのはやっぱりAI格差だと思うんだけれども、
会社によっては会社のお金で例えばAI使っていいよとかさ、
セキュリティ的にも安全なものだから大丈夫だよっていうふうな会社にいると、
それこそAIのスキル身につきやすいけど、
うちはAIダメでお金出せませんって言ってさ、個人でやってる人とかだと、
はいはいはい。
どう頑張っても限界があるじゃないですか、仕事で使うって言っても。
限界、どういう部分でな?
やっぱり、例えば個人で使ってる人って自分の仕事の、
例えば計画書を作りましょうとか、壁打ちやりましょうとかできるけれども、
AIを使ってチームの業務を改善しましょうとか、
会社全体の生産性を上げましょうとかってことってやりにくいわけよ。
やりにづらいね。
そうそうそう。
でも会社でAIを使えますよとかお金も払えますよとかっていうところだと、
むしろそれがどんどんできるから、
仕事においてAIを試すっていうチャンスがそもそも多いんだよね。
そうだね、AIに学習させる情報の量が全然違うもんね。
そう、違うし、使うことへのハードルとかリスクとかっても全然違うので、
それが見えない格差になっちゃってるなっていう感覚もあって。
それは会社とか組織レベルでの話?
それは特に転職っていう場面でなんだけれども、
例えばあなたはAIどういうふうに使ってましたかっていうときに、
自分はちゃんとGPTでアイドル利用してこういう企画書を作って、
こういう施策を進めましたっていう人と、
自分は会社のこういう仕組みがあったのをAI化して、
こういうアプリを自分で作って、
全社に展開させて、
そうそう、こんだけの成果を出しましたっていうので、
それって本人の能力の違いじゃなくて、環境の違いじゃん。
なるほど、だから個人で言うと、
例えば会議に出た後に、
自分が契約してる自分のAIにこういう風なプロンプトを入れて、
議事録をすぐ作るように効率化して活用してますっていう人と、
組織で使ってる人は会議にマイクから、
その音声が自動でAIに取り込まれるようになっていて、
それも自動で文字起こしして、
それのチェックまでできて、
だからもう終わった瞬間に全員に後は自動で、
メールなり社内チャットで議事録がいくようになっていて、
それに関する間違いをさらに入力すると、
その回転いても自動でリアルタイムに回転されますみたいな、
そういう仕組みが作りましたっていう、
レベルでっていうか、
いう風な違いみたいなのが出てきちゃうんだ。
普通にね。
普通に働いてて。
見えないように。
それはやっぱり自分のせいじゃないし、
環境のせいだし、
だけど、いざ転職とか、
いざどうやってAI使ってましたか仕事へって言われた時の、
質がやっぱり変わってきちゃうっていう、
恐ろしいことが今起きてるんだよね。
怖いね、そっか。
それが確かに個人の能力とかじゃなくて、
環境に左右されるっていうのは結構怖いね。
そうそうそう。
しかも僕はそうやっていろんな人とこうやって、
横断的に話してるから見えてるけど、
やっぱり気づかないじゃん。
自分はこの会社でAIめちゃめちゃ使っているとか、
自分はAIを最先端に使っている人間だっていう自認と、
世の中のレベルがずれてしまってる可能性が既にある。
それはわかんないよね、普通に。
わかんない。
横断そこについて内静的というかさ、
見てないと批判的じゃないと。
これもいろんな議論があって、
そんなこと言ってるのって半年、1年ぐらいの話で、
要は1年後にはそんなことをぶち抜くぐらい、
AIが賢くなってるから、
今この瞬間のちょっとしたギャップなんて、
もう無意味だよっていう話もあるんだよね。
今どんなに上手に使いこなしてるとかっていうのは、
正直どうでもいいよっていうね。
そうそうそうそう。
そんな差なんてちっぽけなくらい、
AIの方がすごくなるから。
だからもう、要はわかんないわけだよね。
どのぐらいのことが起きるのか。
確かに今の私の、
AIスキルは十分なんでしょうかっていう質問が、
どれだけわからないことかっていうね。
そうそうそうそう。
っていうふうな話があるので、
やっぱり、
一方ではね、もちろんこれはニュースが言われるけどさ、
白志望を持っているバリバリのITの人が、
電気技師の、
これアメリカとかだけど、
電気技師の資格を取って電柱の工事をするようになって、
めちゃめちゃ心穏やかですみたいな。
はいはいはい。
体は大変だし、夏暑い、冬寒いは大変だけど、
自分の仕事が一定その続く、なくなる期間が、
少なくとも5年10年はないっていうところの安心感がありますみたいな。
やっぱりそういうブルーカラーっていう言葉としては良くないけれども、
やっぱりそういうフィジカルな部分だよね。
やっぱり現実として、
そもそもやっぱりもっと大事な領域ってあるじゃんっていう話に、
きちんとお金が支払われるとか、
その仕事が見直されている。
っていうこともあるから、
そういうことも含めて、
働くとか生きるとか仕事をする、
まぁ一緒だな、
でもそういう生活をしていくって、
突き詰めると難しくなっちゃうし、
でも前回ってやっぱり突き詰めないで、
別にAIがなんとかしてくれるっしょっていう風に言いにくいし、
難しい時代だなって感じですよね。
そうね、先が読めないみたいなとこは確かにだいぶあるよね。
とはいえ、この2026年の4月現在でいうと、
前回さ、本願ぼこりというかさ、
どのくらいAIを信じ切ることができるか、
逆に言うと、ちゃんとコントロールだったりとか制御したり、
もしくはちゃんとこっちが判断しなきゃいけないよね、
みたいな部分ってまだあるよねみたいな話あったと思うんだけど、
現状だと、
例えば何でもいいけど、
AIが出してくる答えとか回答みたいなものであると思うんだけど、
それに対する満足度というか、
どのくらいのレベルだなっていうのはあったりする?
ハヤトの中で。
僕自身の感覚でいくと、
すげえ納得感あるなっていうのが多くて。
納得感ね。
使ってるのは、いわゆる普通の、
普通のChat GPTとかGeminiとか、
Geminiとかクロード、
Gemini、クロード、パープレキシティ、
ジェーンスパーク時々使う、
ノートブックよりも使うかなぐらいの感じで、
クロードだとクロードコードで、
これできないかなっていうのを、
アプリとか作れないかとかやっているぐらいの人間ですけど。
いわゆる普通にあれどう?とか聞いた時の、
その回答の精度みたいな話、
どう捉えてるかみたいな。
私、
もちろん仕事で使うってのはもちろんだけれども、
日常的な時でも、
ほんとちょうど一昨日ぐらいにあったんだけど、
初めて目眩が起きたんですよ。
仕事しててグニャーンってなったら、
目眩って目が回るとかと違うんだみたいな。
本当にグニャーンってなって、
自分が置いとたまるような感覚になったんだけど、
汗も出るし、吐き気もするし、
なんだこれみたいな。
大丈夫?
大丈夫ですか?
大丈夫、大丈夫。
今は落ち着いたんだけど、
で、
とにかくヤバいってなって横になって、
奥さんが家にいたから、
こういう状況とかって横になるわとかって、
奥さんが色調べてくれて、
朝に久々にコーヒーを飲んだのよ。
胃が荒れるからコーヒー、
夜くらいは避けてたんだけど、
で、カフェのコーヒーを飲んで、
コーヒーやっぱ美味しいなとかって思ったのと、
最近サプリとかをちょっと飲んでて、
疲れたときに疲れが取れるよみたいな。
そこに無水カフェインとかが入ってるの。
つまりカフェインの過剰接種じゃないみたいな話があったときに、
ここだけなら僕の認識でもあるんだけど、
それは例えば朝食べたこれと、
2時間後くらいに血糖値が下がったときにカフェインが働いて、
ドーパリミンが出てとか、
うんぬんかんぬいとか全部教えてくれて、
結局飴を舐めるのがいいですよって。
糖をうまく取るとか、
で、ゆっくりするのがいいよとかってことを
ちょっと1時間全部出してくれて、
奥さんが飴を渡してくれたのね。
っていうときに、
これはやっぱりAIがないと無理だなって思ったの。
そうだね。
なぜ自分、
やっぱり検索では分からない。
突然目眩がして吐き気もしますときに、
そういうのがありすぎるじゃん。
そうだね。
そこに対して朝コーヒーを久々に飲みましたとか、
今時間は10時くらいですとか、
いろんな情報を知ったときに、
それだったらこれかもねって返っていくときの、
じゃあそうなんだって思う感覚。
もちろんAIの中には、
これは医療用ではないので気をつけてくださいとかって
出てくるじゃん今って。
うん、書いてる書いてる。
そうそう。
だから全部鵜呑みにはしちゃいけないんだけれども、
でもやっぱりそうなんだ。
逆にその後、
僕もいろいろやり取りして、
じゃあ朝ご飯どうしたらいいですかとか、
僕、
大体ずっと朝はフルグラで、
昼はベースブロッドって生活をしてるんですよ。
そうすると、
全然それで2年3年くらいやってるから完璧と思ってるんだけど、
AIに言わせるとタンパク質足りねーよって言われて、
そしたら朝に豆腐を食べるぞいいよみたいな。
って言って今日から豆腐食べてるんだけど、
タンパク質がないとこうなるああなるとか、
睡眠も良くないとか、
血糖値下がりやすいとか、
満腹感がならないよとか、
いろんなことを教えてくれるから、
じゃあ豆腐でいいやと思って、豆腐食べようと思って、
さらに豆腐を毎日食べると良くないことありますかとか言うと、
それも返してくれるから、
海藻も一緒に食べましょうとか、
かつお節はいいですよとかってこと言われた時に、
もうそうしようって思った。
もう預けちゃったよね、そこがAIで。
なるほどなるほど。
面白いよね。
だから人によってさ、
自分の得意分野ってやっぱり、
あんまり思考リソースというか、
時間使いたくないところがあるから、
そこの取捨選択みたいなのはあるかもしれないよね、確かに。
ある。
あるし、やっぱ個別事業が絡むもの、
それこそ僕の朝ごはんの朝もそうだし、
例えばこの前それも役立ったのが、
最近家庭菜園でレタスを育ててるんだけど、
レタスが生えませんっていう時に、
レタス生えないとかって検索しても、
もう分かんないわけ、情報がありすぎて。
そうね。
そうそう、シチュエーションが違いすぎて、
その写真撮って、今こういう状況で、
こういう日当たりで、
こういうふうなとこでやってるとかっていう時に、
もしかしたら日照が足りないとか、
水はけが悪いとか、
これがどうだとかっていうことを読み取って、
やっぱ言ってくれるから、
その文脈によってやっぱ答えが変わるものとか、
いろんな解決策があり得るものとかは、
やっぱめちゃめちゃ便利だなって思ってしまうね。
はいはい、確かに。
自分が馴染みなさすぎる分野に、
その当たりをつけてくれるというか、
そういう使い方としては確かにすごい便利かもしれない。
確かに。
ごめん、今めっちゃバーって喋っちゃったけど、
兄貴とかそういうのを実際使ったりとか、
日々便利だなとか全然使えないなとかってあったりする?
本当ね。
確かにいろいろ使って、いろいろというか、
そういう日々のちょっとしたことから、
何か使ったはいるんだけども、
感じるのが、
ちょっといきなり具体的じゃなくて、
ハイトがすごい具体的な話いっぱいしてくれたから、
ちょっと抽象的な話をすると、
今のレベルだと、
自分の場合使うときって、
今ね、ChatGPTとGeminiと、
あとCopilotとCloudかな、とりあえずその辺かな、
に全く同じ質問入れてんの今。
面倒だけど。
なるほどね。
それぞれどう返してくれるのかなーみたいなの。
CopilotはChatGPTだからほぼ同じなんだけど。
はいはいはい。
で、
そうやってブレがないようにというか、
しながら、
いろんな質問を、
だから全部同じようなスレッドが立ってるんだけど。
へー、なるほどね。
それで感じるのが、
AIの答えっていうのが、
一定程度信用できる、
超便利な一般論って感じ。
あー、なるほどね。
だから、
それに従う、従わないは自分で決めるんだけど、
とにかく、
いろんな人の一般的な正解を出す能力がめっちゃ高いなっていう認識で付き合ってる。
はいはいはい。
あー、なるほどね。
だから、もちろんね、そこに対して自分の、
さっきね、ハイトが言ってた、自分の背景だよね。
自分の状況打ち込むと、
それに対して、
若干チューニングしてくれる感覚はあるんだけど、
そのチューニングした結果出してくれる答えもめちゃくちゃ一般論。
自分の背景を踏まえためちゃくちゃ一般論を出してくれるなみたいなイメージ。
さっきのハイトが言うと、
タンパク質が足りないですね。
ではその通りで、
じゃあ朝、豆腐を食べましょうみたいなのが、
果たしてタンパク質を朝とる上で、
豆腐がハイトにとって本当に最適なんでしょうかみたいなところっていうのは、
まだまだ検討の余地あるもんね。
あるある。
確かに大豆、動物性よりも植物性の方がいいかもしれないけれども、
もしかしたら朝だったらそのままプロテイン飲んだ方が早いかもしれないし、
あったね。
もしくはもう自分でサラダチキン作っておいて、
それを半分なり一枚なり食べるとかがいい。
もしくはハイトのご飯が朝も昼も小麦粉じゃんと。
ちょっとGI的にどうなのと。
もうちょっとGI低いやつでもいいんじゃないみたいな。
だからせめて朝か昼は米にしましょう。
米にもタンパク質入ってるよみたいな。
いろいろあると思うんだけど、
やっぱその一般論的なところ。
確かに豆腐食ったら絶対いいんだよみたいな。
そうだよ。
絶対いいんだよね。
ちょっと脂肪はあるけどみたいなね。
そういう意味で、
これ悪く言ってるわけじゃないんだけど、
逆に言うと一つ、自分の趣味でも仕事でも何でもいいから、
一個だけ今のAIよりも、
知ってるものというか深く語れそうなものを持っておくっていうのが、
今のAIのレベルだと、
自分が責任を持つとか自分が制御する。
AIに100%乗り取られないみたいなところでは重要かなって思ってる。
面白いね。
前回の話は、やっぱりAIぼこらないための話だよね。
そうそう。
AIぼこりにならないために何でもいいからね、本当に。
アリの生態とかでも何でもいいから。
とにかく一個かしのがあれば、
一個かしのがあれば、
大体この辺が限界なんだなっていうのがわかるから、
この辺まで行くと同じことしか言わないとか、
これ以上の閃きはないんだなみたいな。
いわゆる手針で言うと、
手のこの辺まではわかるんだとか、
この分野だったら歯の入り口ぐらいまでは提案してくれたけどちょっとずれてるなみたいな、
そういうのがわかるようなものが一個あると、
例えば別の分野のことを全く知らないところ。
ハヤトが言うとさっきの、豆腐でも何でもいいから食うよみたいなところは、
その違和感、どうやってちゃんとやってるのかなみたいな違和感みたいなものは当たりがつく気がして、
もしくはこのレベルになってくるとさすがに自分で調べたほうがいいかもねみたいな、
当たりがつけられるかなみたいな感覚で付き合ってるかな。
でも面白いし、やっぱり何だろうな、
ちゃんと警戒心というか、鵜呑みしないという感覚が強いんだろうね。
多分そうだね。ルールに縛られたくないみたいな天の弱精神があるのかもしれないし。
ただ一方でね、プレゼン資料作るとかさ、
仕事でノートブック入れる分にバーってぶち込んで出力させる分にはやっぱり精度高いなとは思うよね。
はいはい、まあそうだよね。
作業を大体するとかはそうだけど、
もちろん前回までの話、AIといっても今広いことになっているから、
やっぱりAIの会話をするってめちゃめちゃ難しい。
人によっても使い方もそうだし、使い方も違うし。
そこからAIとつなぐっていうテーマをやってよかったなって改めて思うのが、
その根底にある、そもそも何が問題になるんでしたっけ?
それこそね、アルゴリズム的事故とかもそうだし、
前回やった、やっぱり結局社会の話もそうなんだけど、
問われるのってやっぱりAIとの付き合い方とか、そこに自分がどういう風に預けるか預けないか。
この預ける預けないってことはまだ人間の側に多分主導権がある。
前回言ったような、本当にそれもAIがいい感じに転がしてくれるとするならば、それはもう分かんないけれども。
少なくともそれって僕ら、今ね、この生きてる人間の中では、
まだ、なんだろうな、その時代にならない。やっぱりこれから生まれてくることかはもう分かんないけど。
僕が生きてる時代では、まだやっぱりAIとの使い方は人間の方に多分決める主導権というか責任があるから、
そこをやっぱりちゃんと向き合うっていうことが大事だよねって言えた?
僕としてはすごく面白かったなって思うんだよね。
はいはい、まあそうだね。このAIの前にマルクスやったから余計さ、
じゃあ資本主義コントロールできますか?制御できますか?みたいな。
そうね。
だったり、じゃあ、ハヤトに言われたけどさ、
じゃあ資本主義から抜け出して、電気も何もないアナログな生活を送るのだって言ったとしても、
それは単なる資本主義のカウンターだから、それで資本主義に支配されてるよ、みたいな話、確かあったと思うんだけど。
そうね、あったあった。
AIもだから似たような感じになりそうだよね。
俺はAIを一切使わないんだ、みたいなさ。
のもおかしいし、みたいなね。
そうね。
俺は完全に制御してるんだとかさ、さっき言ったさ、なんか一つの得意分野というかさ、
あれば、ある程度AIの評断がわかるのだ、みたいなさ、
それも嘘、たぶん嘘だしさ、たぶん。
自分で一人でやっても嘘だからさ。
そうね。
そうそう。
やっぱりそこの、使い方とかもそうだし、
みんなの心乱の話はちょっと思うんですけれども、
やっぱり新しくて古い問いみたいなのって、どこにでも転がってるなと思って。
例えばね、自分がどこまで引き受けるかみたいな話って、
ちょっとまた別の話になっちゃうんですけど、
ローソーシスのソウジいるじゃないですか。
はいはいはい。
時々名前出すし、
僕が今、大学の先生と勉強させていただいてるときにソウジを読んでるんだけれども、
はいはいはい。
ちょうどね、この前ソウジの内編って一冊読み終わって、
一回読んだねっていう話をしたんだけれども、
ソウジくらいのときにもお話したんだけど、
一番好きな話があって、
あるしおさんっていう人が、
しそうさんっていうお友達の人。
そこにいたときに悲しい声が聞こえてきて、
しそうさん歌ってると。
要は、すごい貧乏で食べるものもないみたいな。
この口は何なんだろうみたいな。
まさかお父さんとかお母さんが、
自分の貧乏を望んで生んだわけでもないだろうし、
いわゆる天というか、
地獄でいるところの運命みたいなもんだよね。
そのまさに天っていうものが、
自分だけを貧乏にさせようっていう風な意思を持って、
自分をこの世に落としたわけでもなかろう。
そうすると、お父さんでもお母さんでもなく天でもないとすると、
自分のこの貧乏って何だろうな。
運命でしかないよねみたいな。
そういう風な話があるんですよ。
そういうときに、これ結構僕は好きなんだけどってとき、
あんゆきは結構、でも分かるけどなとかスライドしたんだけど、
どういうことかっていうと、
これっていうのが、前回のアミラ様とはまた違う意味での、
自分を超えたものとか、
人間の計らいを超えたものがあるっていう発想なんだよね。
そういうときに、運命をただ受け入れますかって、
要は貧乏な自分っていうものを受け入れてたら仕方ないから、
貧しいまま生きていきますっていうのもあるけど、
それはでも人間として、
それはそれでちょっと曲がったあり方じゃないかなって思うんだよね。
貧しいっていうのは苦しいし、
苦しいままでいる自分っていうものが、
やっぱり惨めな人かっていう気持ちって抑えるのもおかしいかな。
やっぱりそこにどう向き合いますかとか、
そういう自分、そうとしてはいけない自分っていう、
この自分の人生がどう生きますかっていう、
そういう風な話って、それはそうしなんてもう二千何百年前とかだから、
やっぱ時代からずっとあるんだなって思うんだよね。
なるほどね。はいはいはい。
今回のAIの話でいうと、
AIっていうものがあった時に、
ともいえ自分が自分として生きていくっていうことはもう変えられないわけだから、
そのAIっていう存在とか縁ができた中で、
自分っていう存在をどういう風に生かしていきますか。
そういう風なことっていうのはやっぱり常に根本的な問い通しがあるんだろうなって思うんだよね。
はいはい。この前聞いたからかもしんないけど、
ニーチャーっぽくもあるね。
そうなんだ。やっぱ実論主義とかはちょっと近い。
ニーチャーは実論主義よりもちょっと前だけど、
やっぱり世の中の価値って、世の中が全部ゼロになった。
あるいはそういう風にした時に、どういう人生を打ち立てていくかみたいな話だよね。
そうだよね。そういう状況で。
じゃあ自分はどうするみたいな話だからね。
ただ一個違うのは、ニーチャーはもう全部自分で作れる。
神が死んで、秩序もなくなったから、
全部打ち立てていけるっていう発想なんだけど。
ああ、そっか。感情ものもないみたいな感じだったよね、そういえば。
そうそうそうそう。それを全部作っていけるみたいな。
でもソウジはやっぱり、ソウジの思想だと、
やっぱ天っていう、ある種の天地人だときに、
人の世とは違うことわりっていうのがあって、
それが人の世のいろんなことを支配しているというか、
それから逃れられないっていう、やっぱりそういう絶対的な無力さというか。
もう運命決まってるみたいなところ。
そうそうそう。変えられないっていうところ。
まさに天命だよね。天の命っていうものがあって、
それはもう従わざるを得ないというか。
そうそうそう。
よくあるさ、それを背こうと思って頑張っても結局、
お釈迦様は手のひらの上みたいな。
そういうふうな発想があるんだよね。
なるほどなるほど。
そういうときに、やっぱり、
でもやっぱり、この人の世においては、
自分の中で自分らしく生きていきたいとか、
そういう天のいろんな栽培がある中でも、
それを理解しながら、いかに生きるかっていうのを考えるっていう。
これが、いわゆるソウジでいうところの、
真なる人、真人っていうより優れた人とかより、
目指すべき存在としての理想の在り方っていう感じなんだけど。
そうか、ソウジの中でも、
さっきの人のような、
俺貧乏だし、もう運命だし、みたいな、
人が取るべきスタンスみたいなものを語ってくれてるんだっていうか。
そうそうそう、語ってる。
その話を先生が言っていただいたら、なるほどと思ったんだけれども、
自分の人生苦しい貧乏でっていうときに、
誰のせいでもないとはいえ、
自分の運命であると受け入れることが、
たぶん真なる人への第一歩というか、
その運命を受け入れて、で、お前はどう生きるの?とか、
天に唾吐くとか、運命を呪うってことじゃなくて、
その天とか運命とかを受け入れた上で、
自分はどういうふうな生き方を選ぶのかとか、
その失敗でやっぱりどういうふうに生きていくのか、
ということがすごく大事なんだよね。
というふうな話をしてたんだよね。
あー、なるほどなるほど。
ちょっと違うかもしれないけれども、
確かに俺めっちゃ貧乏だし、もう運命決まってるし、みたいな、
もうダメだー、みたいなのは、
下手すると自分の運命だったりとか、今の状況みたいなものを、
過小評価してる可能性もあるんだね、もしかすると。
ちょっと過小評価を少し聞きたいな、どういうこと?
結構、多くの人生とか人における問題って、
自分を過大評価することの方が多いと思うんだよね。
あー、なるほどね。
要はその、自己評価がどんだけその、
自己評価と他者評価、周りからの評価が一致してるっていうのがすごく、
自分的にはこう、いいことというか、
楽しく生きるというか、
にはいいのかなと思ってるんだけど、
それが多分、結構、
自己評価の方が高いみたいなのが多い気がするんだけど、
あー、なるほどね。
多いより少ないのかわかんないから、いろんな人いるからね。
そのさっきの、しおさんどっち?
しそうさんかな、しそうさん。
しそうさんの場合は、ちょっと低すぎるのも問題で、
さっきのそうじじのように、そこを受け入れるっていうのは、
そこの自己評価だよね。
どんだけ貧しいとか、運命はそうなってそう、みたいな。
今のところはこうなってそう、みたいな。
どうせわかんないからね、運命は。
そこのフラットに、今自分こんだけ貧乏で、
このままいくと運命的にもヤバそうだなっていうのを、
ちょうどその、ちょうどよく理解する、
みたいなところの話をそうじはしてるのかな、みたいな。
だから、そのしそうさんが仮にめっちゃ貧乏なのに、
いや、俺全然いけるし、みたいな。
俺能力あるし、まだまだ全然資幹して、
これからめっちゃ稼ぐんだし、みたいなこと言ってると、
それはそれでヤバいし、みたいな。
どっちも同じで、ちゃんとフラットにやった上で、
フラットに次の一歩進みなさいよ、みたいな感じがしたっていうイメージかな。
本当にそうだね。だから僕が何度も雑談取り上げて、
兄貴が言ってくれたさ、その幅を知るとかさ、
自分の、そこにぴったり重なるっていうことができれば、
それってもう偉人というかさ、
すごい話し合いっていうのも前にあったと思うんだけども、
まさに宮城谷?
宮城谷正光さんの「安永だね」っていう小説の中で、
安永が話してた。
まさに読んでないですよ、読みたいなって。
普通読んでないんだけど。
やっぱりその、まさに言ってくれた通りで、
自分が貧乏である、みたいなことを思ったときに、
当然、辛い苦しい世の中にはなんであんなに幸福な人もいるのに、
許せん、みたいなことがあったとしても、
それがもう自分の幅だから仕方ないとか、
それが自分の幅であると理解することでしかやっぱり、
歩けない道だったりとか、
選べない選択肢がある。
それを認めるのはすごい苦しいし、辛いし、
なんで俺だけってなるんだけど、
でもこの思想さんは、
親でもない、天でもない、
結局は運命で自分で受け入れるしかないってところまで行って、
やっとそこから始まる物語なんだよ、みたいな。
そういうことなのかな、でもそれって苦しいよな、みたいな。
そんな簡単に言えないじゃん、だって。
苦しいよ、部活でさ、
俺こんな頑張ってんのにレギュラーになれんの?みたいな話だよね。
それ受け入れろっていうのは超尊敬するよね、
仮にそれを受け入れてる高校生とかいたら。
他人からさ、お前それが運命だとか言ったら、
殴っていいじゃん、たぶんそんなやつ。
殴っていい、それが本当に正しかったとして、
高校生までは殴っていいと思う。
人の心はないんかってなるじゃん。
ハイキューのミヤ兄弟みたいな話。
ハヤトが今ちょっと関西名前言ったから思っちゃったけど、
お前に人の心はないんかって言ってたよね、あのね、
オッサム側。
どうしちゃったか、今パッと言ってこないけど、
そういう兄弟双子のキャラクターがおりましてって、
そこから話されると絶対分かんないからさ。
これ言ってたら2時間ぐらい経っちゃうからね、
ハイキューとはみたいなね。
でも、そういうことも含めて、
やっぱりそこに気づかなきゃいけない瞬間とか、
逆にこれは貧乏だけじゃなくて、
逆に自分が家柄の土地に生まれて、
例えばすごい社会の養殖に就いたとしても、
それを本人が一回受け入れて、絶対そういう風な
瞬間とかなんかあるはずじゃないとか、
それがないと、結局はいわゆる七光りとかさ、
偽とかって言われちゃって、周りからもひげされたりする。
ひげじゃない、周りからも下げられたりする。
だし、自分がそれで卑屈になっても違うしねっていうね。
そうそうそうそう、結局自分の力じゃなくてね、
家柄とか親の力ですってなっててもやっぱおかしいことになっちゃうじゃん。
それはそれで自分の運命とかして受け入れて、
そういう自分として生まれたことをちゃんと向き合うとか。
ああ、浜岡本みたいなね。
ごめんわかんない、浜岡本さんはそうなの?
ダウンタウンの浜ちゃんの息子さんね。
ああ、なるほどね。やっぱ苦労してるのかね。
ミュージシャンとしてね、親の名前出さないで頑張ってたからね、みたいなね。
それも難しいもんね、その選択が。
それがめちゃくちゃ美談かもしれないし、
逆に親の名前を使ってもよかったかもしれないし、
本当わかんないみたいな。
わかんない、そう。
突っ込みみたいにね。
僕は芸能界打ちすぎてちょっと。
でもそうそう、そういうことはあるから、
別に貧乏であれ裕福であれ、一般の人であれ、
やっぱりそれはすごく難しい。
だから、あらためて想像を読んだときに、
すごく難しいことを言ってる本なんだなって思ったんだよね。
僕自身はやっぱり哲学を通じてとか思想を通じて、
人生を良くしたいと思っているんだけれども、
やっぱり人生を良くするっていうことに、
そういう自分の運命に向き合うとか、
自分の幅、あるいはノリだよね。
ノリを越えずとかいうときはノリもそうなんだけど、
それをちゃんと捉えて、ちゃんとそこに従っていきましょうなんて話は、
やっぱり、それが人生ですみたいな話じゃん。
そうなんだよね。
さっき小説の話でも言ったけど、
その人言うには1億人に1人しかできないらしいからね。
寸分も違わずその幅を知るのは1億人に1人らしいから。
だいたいずれてるんだよ。
そうだよね。
前回はシュンランの話をしたけど、
1億人に1人に自分がなれると思えないとすると、
アミダオ様が救ってくださるなら、
それにかけちゃいたいっていうか、
それも難しいんだけど、
そっちの方がいいんじゃないって思う気持ちは、
そりゃあ出てくるよね。
多いよね。
自分の幅を知れたら2000年以上長く残るんだよ。
そんぐらいの確率だってことだからね。
そうでしょ。
それは今の自分ができるとは到底思えないよね。
無理な話だよね。
そういう話があるので、
AIから話をしては遠くなった気がするけど、
AI時代だからこそ自分の幅を知る。
AIを使って、
もちろん便利なこととか、
生産されることに使うのもいいんだけれども、
僕自身はAIがあるから人生が豊かになったと思いたいし、
自分だけじゃなくて家族とか、
人にもAIをうまく使って、
付き合って人生を良くしたい。
そういう力があると思っているから、
その探求というか、
チャレンジっていうのは今後もやっていきたいなという話ではあるんですよね。
そうね。
今日ハヤトが縁って言ってたけどさ、
AIという縁がこの世に出た時に、
人間だったり社会だったりいろんなものの網目だよね。
これってイメージでいうと、
ケゴン教で話してた時のめっちゃすごい網目みたいな話に近い。
近い近い。
そこに新たなAIっていう玉というか、
めっちゃすごい網目の中にポンって生まれたから、
それとすべては繋がっているから、
すべてがそれに対して相対化というか、
ちょっとずつなり、
変わり具合は分からないけど、
必ずみんなが影響を受けるよねっていう話だもんね。
ホワイトヘッドも一緒で、
ホワイトヘッドは現実的存在っていう、
人間とかだけじゃなくて、
出来事とかいろんなものの一つの単位として、
世の中って生み出されてるんだっていう話をするんだけど、
AIっていうのは一個の現実的存在で、
僕らが変わった時に全体図が変わるとか、
次の世の中がどうなる、
それは社会ということだけじゃなくて、
自分のまさに次の一瞬先の未来、
どうなるかが変わるっていうぐらいの、
そういうふうな存在で、
他の存在もそうなんだよね。
一本咲いてる花でもいいし、
たまたま見た景色が自分の人生を変えるとかってことがあるわけじゃない?
そういう意味では、
存在としての重み付けっていうのは、
別にAIと一本の木とか花とかっていったら変わらないはずなんだけど、
あまりにも、
僕らの言葉とかってことも含めて、
コミュニケーションの密度が濃くなってしまうとか、
今、日常に入り込んでしまうとか思っていると、
自分よりも自分を理解してくれるんじゃないかっていう期待も不安もあるみたいな、
そういうふうないろんな文脈の中で、
重要度が高いと捉えてよかろうみたいな、
そういうふうな話かなと思う。
しかも日々変化するから、
その変化も含めてまたみんなに影響を与え合うから、
そういうふうな話になってくるもんね。
だからなかなか固定なんだな、
今はそこが固定できないよっていう話だったことはね。
うんうん。