はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。 よろしくお願いします。
よろしくお願いします。 このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の神野翔介です。 弟のハヤトです。よろしくお願いします。
今回から新しいテーマということで、【AIと哲学】ということでやっていきたいと思います。
これまでのショーペンハワーとかニーチェとかマルクスは結構濃いものが続いたし、
マルクスは長かったので、少し短めに、全部4回ぐらいかなって思ってるんですけど、
端末抜きなところも含めてやっていこうと思ってはいるんですけど、
例えばAIって、今世の中で2,3年前ぐらいから盛り上がってるテーマでもありますし、
ちょっと扱ってみてもいいんじゃないかなと思って持ってきたんですよね。
なるほどだし、あれだね。 ついにというか、滅多にない身近なテーマをきっかけにっていつもさ、
一応話してはいるんだけれども。
毎回一応ね。
果たして身近なのかねっていうのは、400回以上常にソルテッドラジオの絵の取りとして持ってたんだけれども、
久々に身近だね、これはね。
そうだね、ちゃんと自己矛盾しないやつですね、これは。
帰れに帰れなくなっちゃったっていうのがあるんだけれども。
帰ればいいんだろうけど、なんとなくね。
その人が第一回から言ってるからね。
今回はAIですよと。
なんでこれをやろうと思ったかみたいな話から少ししたいんですけれども、第一回として。
これ前回の雑話でもちょっと触れたんですけど、
最近買った本で、現代社会を生きるためのAA×哲学っていう本があったんですよ。
ほうほうほう。
これ、今年の2月に出た本で、著者が谷口忠博先生っていう、この方が京都大学の情報学研究科の教授の方。
もう一人が鈴木孝之先生っていう、この方は東西の総合文化研究科っていうところの教授の方。
あとは丸山隆一さんっていう、この方は個人事業主ですって書いてるんだけど。
いろんな方が。へー。
そうそうそう。
帯にね、京都大学の哲学研究科の谷口先生っていう方と、
こっちの方が有名かな、チーブ未来の庵野さんいらっしゃるじゃない。
あの方が帯にコメント書いてて、
AI時代にいい本ですよみたいなのが書いてあったんだよね。
面白そうと思って買ってみたんだけれども、
最初にネガティブはどこから言うと、
思ってた本じゃなかったんだよ。
それはあれだね、ハヤトの勝手な期待ね。
僕の思い込み。期待としては、
なるほど、ついにAIと哲学で新しい哲学とか、
現代的なものを取り上げて、
深めてる本が出たのかと思って買ったんだけれども、
届いてみたらすごい分厚い、小立てがすごい細かい本があって、
なんだこれはと思って後書き読んだら、
その方々の発想としては、大学の教科書で使えるねと。
要は、例えばAI×哲学みたいな。
学部向けにテキストを作るとしたら、
どんなことがいいかなみたいな。
これから入ってらっしゃるので、
結構内容的にも、AIの歴史的な流れ、
そもそもAIとは何かとか、
AIの歴史で、1950年はこうで、60年はこうでみたいな流れとか、
教師あり学習とか、教師なし学習ってなんだみたいな、
そういったところもあれば、
あとは、AIに関わる哲学と科学の流れで、
認知科学とか、あとは意識とは何か、
AIは意識を持てるのかとか、
あとはAIと社会、AI社会ってどうデザインするのとか、
そういうことを結構網羅的に書いてるみたいな本なんだよね。
めっちゃ面白そうじゃん。
そうそうそう、これはすごくいい本だなって。
だから最初期待とずれたって言ってたけどさ、
僕の勝手な期待の話で。
あれなのかな、科学哲学とか倫理とか、
そういう観点からの固い本を期待しちゃったみたいな感じなのかな、勝手に。
僕らはAIにまつわる最新の知見をまとめた哲学的な議論をまとめた本ですよ、
とか、著者の独自の視点が描かれた本ですよ、とか勝手に思っちゃってたんだよ。
なるほど、ほんと勝手だね。
勝手、そうそう。
だから、著者の方々は良い迷惑なんだけれども、
読んでみてすごいいいなと思ったのが、
やっぱりAIの領域って答えがまだないというか、
むしろ日々変化があるから、哲学的な発想はもちろんあるんだけれども、
結論がまだないんだよね。
こういう考え方もできるとか、こういうところに考える余地があるとか、
こういうところは課題だみたいなものがいろいろ書かれていて、
そこに対して、こういう案もあればこういう発想もあるけど、みたいな話なんだよね。
なるほど。
その時に、なんとなくAI時代の哲学が大事だとか、
哲学が大事かもしれないとかっていう話はあるけれども、
そもそもそのAI時代の何が問題なんだっけとか、
それこそ自分の仕事がなくなるかもとか、
AIまだ使い切れてない、乗り遅れるかもとかっていう話は、
それぞれ個別の事象としてあると思うんだけれども、
AI時代とかって言われた瞬間に、もうわかんなくなるじゃないですか。
そうだね。
なんだろう、この流れに乗り遅れたらぐらいの、
そういう感じでしか捉えられなくてもおかしくないよね。
おかしくない。おかしくないというか、僕はそうで、
やっぱり仕事では使っているつもりではあるんだけれども、
この仕事で使っていることと、
例えばこの本の時に、AI社会とかガバナンスとかである時に、
なんかもう全然ピンとこないわけよ。
誰か偉い人考えてくれるんだろうな、みたいな。
やっぱりそれってちょっともったいないというかさ、
せっかく哲学のラジオを知るし、
AIっていうものにどんな問いがまとわりついているのか、
みたいなことって知っておいて損はないよなと思って。
なるほど、なるほど。
いろいろその本を読んだり、この本を読んだりとか、
ネットで論文を調べたりとか、それこそAIとかにも聞いて、
何が論っていうのですかとかっていうのを整理をしちゃったら、
結構面白いっていうか、これ知っておいて損ないなみたいな話を思ったり。
哲学っていう観点から見た時に、
確かにこの問題ってなるほどねみたいなことがあったりしたので、
今日はちょっと自分が学んだことを皆さんにお届けするっていう、
レポート発表会みたいな。
ちょっとそういうふうな感じで今回、
AIと哲学っていうテーマでやりたいなって思ったんですよね。
そうなんだ。それでいうと哲学、
AIの部分は分かるというかさ、
AIと哲学っていうからには、哲学も絡めるの?
もう絡みまくりだよって。
そうなんだ。
それこそAIが意識を持つのかみたいな話って、
心の哲学みたいな、そもそも心とは意識とはみたいな話にもなるし、
あとはじゃあAIに責任があるのか。
例えばAIが何か、何だろうな、
ファルシネーションってエラーとか起こすじゃないですか。
正しくないことを正しそうに伝えるっていうときに、
それを信じて行動した人が何か何だろうな、
良くないことが起きたっていうときに、
それはAIのせいだと果たして言えるのかどうかみたいな、
責任問題とかって。
なるほど、使ったAIの会社を訴えられるのかみたいなね。
そうそう、そこに責任あるのかないのかとかって、
あるいは倫理の問題とかだとしたときに、
やっぱり参照するとアリストテレスとかカントなんだよね。
とかっていうのがあるので、
哲学っていうものと割と切っても切り離さないなとかって思うんですよね。
切っても切り離さないと言い過ぎから、
そういう立場から考えるときに見えてくるものがある、正しいかな。
もちろんAIって便利じゃんとか、
ちょっと可愛いからやめとこうとかっていう風に関わることもできるんだけれども、
もうちょっと哲学っぽい、
あくまでもっぽいになっちゃうんだけど、
こういう視点から見たときにはこんな取り方もできるんだとか、
こういう見方もできるようになって、
意外とそういう情報ってないかもなと思って。
なるほどね。
せっかく前回マルクスやったしっていうのは、
これもちょっと雑談で言ったけれども、
マルクスっていわゆる社会構造とか資本主義っていうものを家で例えたよみたいな、
マルクスは家で例えたわけじゃないんだけれども、
話をするときに1階部分に経済とか生産っていうものがあって、
2階部分に社会とか法律とかそういったものがあって、
それで資本主義の家を作ってたんだけど、
その家はダメだから共産主義の家を作ろうみたいな、
そういう例えで話したじゃないですか。
あったね。1階部分を入れ替えて、
そうすると自然と2階部分の国だったりとか、
法律とかシステムみたいな、
そんな変わるよねみたいな話だったね。
そうそう。
その発想とAIみたいなことを結びつけたときに、
AIって1回も変えるし2回も変えるんだよね。
つまりAIがあることによって僕らの仕事の仕方とか、
そもそも生産の在り方が変わりますねと。
さっき言ったみたいにAIに責任はあるのかないのかとか言うと、
今度はAIを使うことに対する法律とか、
社会の在り方が変わったりするじゃないですか。
つまり家の中がぐちゃぐちゃになるんだよね、AIがあると。
あー、ぐちゃぐちゃなんだ。
マルクスが言った1階が変わります、
それに応じて2階も変容していきますとは、
ちょっと違う変わり方っていうイメージなのかな、
ハエトの中だと。
これは前回雑談で言った、
1階と2階で要は、
マルクスは1階がまず土台で、それに応じて2階が変わるという順序だったけれども、
今の僕の世界観で言うと、1階も2階もお互い、
そもそもそういうふうに分かれているというよりも、
お互いの影響はどうやって変わっていくもの?
なるほど。
マルクスとは別に、
ハエトが1階、2階っていうものをどう捉えているかっていうイメージの話ね。
そうそう、イメージの話。
なるほど。
そうそう。
そういうふうな話がある中でいくと、
まさにAIは1階とか1階の生産にも影響するし、
2階の社会の在り方にも影響するしっていう、
家の中をはちゃめちゃにする、
新しく買ってきたフェレットみたいな感じなんだよね。
フェレット、家はめちゃめちゃにするかもわからないけど。
フェレット。
フェレットで買うの大変らしいんだよね。
そうなんだ。
そうそうそう。
なので、新しい人が来たときに家がちょっと変わったりするじゃん。
模様替えしなきゃとか、この子がやれるように整えなきゃとかっていうときに、
家がわちゃくちゃになりますと。
っていうときに、
っていうようなイメージでAIを捉えると、
結構面白いんじゃないかなって思ったんだよね。
なるほど。
そうそうそう。
だからそうなってくると、
これはまだ僕もどうなるかわかんないけど、
果たして今は資本主義っていう家の中の話をしてるけれども、
AIによって中身がじゃわちゃくちゃになった家って、
果たしてそもそも元々の家と同じなんでしたっけ、違うんでしたっけみたいな、
そういう話でもできるじゃない?
そうね。
っていうふうなことを思ったときに、
果たしてAIがその家の中にやってくると、
何が起きるんでしたっけとか、
そういうことを語ってみるのが面白いんじゃないかなって思ったんだよね。
いいねいいね。なるほど。確かに確かに。
じゃないと確かにアセリンみたいなものばっかり、
AIの使い方とかさ、
そういうのが多い気がするから。
そうそう。
そこのベースにもなるのが、
お届けできるといいなっていうふうに思っておりますよというところなんだけれども、
なので、普段は第1回だと、
マルクスってこういう人ですよとかおいたしとかを話すんだけれども、
いつもと違うので、
今回は、例えばこういう問いがあるよねみたいな観点と、
あとは、第2回、3回、4回でこういうことをお話ししようと思ってますよっていう、
ちょっと目次とかイントロ的なものっていうものをお伝えして、
大体こんな話していくんだなとか、
こういうイメージっていうのを皆さんと共有したいなというふうに思ってます。
というふうな感じなんですよね。
なるほど。面白そうだね。
そう思ってくれると嬉しいので、ちょっと今日は話していきますよと。
早速なんだけれども、やっぱりAIってなんだろうな、
いわゆるチャットGPTとかジェミニとかクロードみたいな、
最近よく流行っているいわゆる対話型のLLMとかいわゆるようなやつを指してます。
イメージとして指してます。
それの技術的な話とかは今回特にしないんだけれども、
例えばAIがすごいねとか言いつつも、
一方でよくストレスラジオでも言うけれども、
例えば過去の歴史の中でいくと、
それこそ産業革命みたいな感じで、
いろんな機械とか蒸気機関ができたりとかさ、
あとはインターネットができて世界が繋がりましたみたいな、
ワールドワイドウェブですみたいな話もあってさ、
やっぱりそういう技術とかが人間を変えるっていうことは、
歴史の中で繰り返されてきたわけですよね。
それとAIって違うんだっけ、同じなんだっけみたいな議論ってあると思うんですよね。
人間社会へのインパクト度合いみたいなね。
そうそう、インパクト度合いとか逆に言うと、
蒸気機関ができたときもその当時の人ってこのぐらい、
もう世界は終わりだとかさ、仕事がなくなるとかって言ってて、
結局今の僕らが言ってると変わんないじゃんみたいなさ。
はいはいはいはい。
ね、ことも思ったりしますよねと。
ただやっぱりね、1個決定的に違うんだっていうふうに言われているとか考えられているのが、
やっぱりこれまで起きたことってあくまでも人間の外部にあるものの拡張なんだよね。
例えば、産業革命で蒸気機関とかさ、
できたっていうときに、それっていわゆる人間の筋肉とか、
何だろうな、裾に働きかけるもの、いわゆる肉体労働だよね。
それをある種変えてしまいましたよねと。
なので、人間の力よりももちろんね、機械1個とか今で言ったらトラクターとかさ、
そんなものなんて人間ではもちろん立ち打ちできないんだけれども、
あくまでも人間の外部に与えていく影響の話です。
インターネットとかももちろん世界を変えてはいるんだけれども、
それもあくまでも通信手段とかコミュニケーションっていうものを変えていくっていう話でいくと、
外との繋がりっていうものをある種アップデートしてきましたねっていうふうな話なんだよね。
だから物理的に人間より重いものを持てますとか、
人間よりたくさんのものを1回に運べますみたいな話だったりとか、
あとインターネットはどっちかというとスピード的な話とかだよね。
距離とかスピードだね。
なるほどなるほど、その辺をクリアしてきたよねっていうね。
AIはって言ったときに、確かにじゃあAIも人間よりたくさんのものを考えられますよねとかさ、
たくさんの情報を処理できますよねっていうふうに捉えるとそんなに変わらないように見えるんだけれども、
実はAIがじゃあ何を本当に代替してるのかみたいな話でいくと、
いわゆる人間のこれまで内側にあると思われていたもの、
例えば思考するとか、何だろうな、それこそ何かを想像する。
もちろん想像性とは何かとかって話はあるんだけれども、
例えばAIが書いた小説が賞を取りましたとかさ、
AIの音楽が最近Spotifyのサートに載ってますとかさ、
これ雑談っぽいんだけれども、面白いニュースを最近見て知ってるかな、
AI作曲した曲をSpotifyでガンガン流して、
それで伸びた曲とか上手くいったジャンルみたいなものを、
人から人を当てて、実際のバンドメンバーがそれを演奏して、
そのライブがめっちゃ盛り上がったみたいな。
そういうニュースを見て、要は当然AIが作曲した方が早く王国つけるわけじゃない?
それで伸びる曲というかみんなが好きな曲っていうものを先に知っておいて、
その曲にフィットした歌い手さんとか演者さんとかバンドっていうものではめて、
人間がそのみんなが好きな曲を演奏するっていう、
そういう流れができたんだって話を見て、
これすごいなって思ったんだよね。
なるほど、面白いね。それはいろんな意味だよ。
みたいなこともあったときに、
やっぱり人間しかできないと思われていたものとか、
あるいは人間の変わりがあると思われてなかったものを、
もちろんAIってそもそも人工知能だからさ、
知能っていうものを代替するってなったときに、
これ本に書いてあったんだけれども、
AIっていうのは過去のどんなテクノロジー、
蒸気機関とかインターネットよりも人間の肌に近いものなんだ。
要は身体的にも人間となりやすいテクノロジーなんだって話が書いてあったんだよね。
そうなんだね、はいはいはい。
なので、あるやり方というか、
どのぐらい人間のやれることをよりうまくできますかって話でいくと、
蒸気機関であれ、インターネットであれ、AIであれ、変わんのように見えるんだけれども、
AIが人間の肌に近すぎるがゆえに、
そもそも人間がやるっていうことそのものを代替してしまうとか、
道具じゃなくても本当に人間になり変わってしまう。
そういうふうな存在として技術的にできてるんじゃないの、みたいな。
もっと言うと、やっぱり、
実際的に言うと人間とは何かっていうところまで染み込んでくるような、
そういうふうな技術がAIではないっていう話があったりするんだよね、というぐらいのところなんですよね。
はいはいはい、確かに確かに。
AIがあることで初めて、
より身近に人間が相対化される感覚。
なんかその感覚が、
短いなった感じはするよね。
そういうの思う?普段過ごしてる中でも。
思う思う。だから、哲学的に自分でさ、
人間とは何だ、自分は何だとかって、
考えない人、自分もそうなんだけど、
自分からそういう問いを持たなくても、
なんか考えさせられちゃうよね。
自分って何だろう、自分の仕事って何なんだろう、みたいな。
そうすると、やっぱり簡単にさ、
人間って何だろう、友達って何だろう、みたいなさ、
やっぱりこう、そういう問いを
突きつけてくる存在でもね、なんか。
っていうのを感じてるかな。
そうなんです。そういうところが違いっていう話もあるし、
今の兄貴の話、本当にすごいありがたいんだけれども、
次話そうと思ってたのが、いわゆる、
過去の何と違いますかっていう話なんだけれども、
ちょっと未来に目を向けたときに、
今でも一定浸透してきてるし、
よりじゃあ3年後、5年後、未来のことは分かんないけれども、
ちょっとじゃあAIっていうものが浸透して、
僕らの肌に馴染んできますってなったときに、
どんなことが起きるんでしょうねとかっていうことも、
当然考えてる人がいるわけなんだよね。
これはちょっとテーマ全体の中でも話していくんだけれども、
ある種ちょっとイメージしてもらえればと思って話すんだけれども、
例えばさ、AIを使って文章を書きましょうとかさ、
記号書を作りましょうとかっていうときに、
ある種、もちろん使い方としては、
やっぱり自分がどういうものを作りたいか、
アウトプットイメージがないといいものはできませんねっていうのはあるんだけれども、
一体ゼロからでもさ、なんかちょっと作ってとかさ、
なんか書いてとかっていうことはできたりするわけじゃない?
かなりそれっぽいものは作れるよね、もう。
そうそうそう。
だったときに、やっぱりある種、
AIのほうが主体になって、
人間とはそれをチェックするとか、
それを受け取るっていうふうな関係性になりやすくなりますと。
そうね。
それだけならいいんだけれども、
ここにAI側の学習っていう機能があるじゃないですか。
それはもちろんそもそものデータが増えるっていう話もあるし、
僕ら一人一人の行動とか思考を学習していきますねと。
つまり文章を書いたときにちょっとこれ嫌いとか、
こういうのが好きとかっていうときに、
じゃあその好きなものに寄せていこうとか、
嫌いなものは省いていこうっていうふうにやるし、
パーソナライズされていって、
どんどんどんどん快適なものになっていきますねと。
これって一見いいよねとかね、
自分の好きなものだけ見れて最高じゃんとかってなるんだけれども、
それによって何が起きるかって言われていると、
要は人間って本来であれば情報を取捨選択するとか、
自分に与えられたものが自分にとって心地いいか心地よくないかとか、
大事か大事ないかとかっていうことを識別する能力っていうものがあって、
それは磨かないとやっぱり、
使えなくなっていきますねっていうふうな発想があるんだよね。
わかる気がする。
つまり流れでイメージは湧くと思うんだけれども、
AIがそれを代替してしまいます。
要は本当は自分でこれは心地いいとか心地悪いとか、
好きか嫌いだっていうことを判断しなきゃいけないはずなのに、
AIが先回りしてやってくれて、
あなたはこれが好きだろうからこの情報を渡しますねとか、
こういうふうなことは心地いいだろうからこういうふうにしておきましたっていうふうに、
どんどんどんどん先回りされてしまいます。
これが今の瞬間ならいいかもしれないけれども、
当たり前になってしまったときに、
子どものうちからとか、あるいは5年10年、
要は自分でその判断をせずに心地いいものだけが与えられるっていうことを想像してほしいんだけれども、
そのときにおそらく人間の何か情報を吟味するとか、
自分の何か信念とか思いを作るとか語るとか、
そういうのってどんどんどんどん痩せ細っていきませんかねっていうぐらい話があるんだよね。
恐ろしい、はいはいはい。
恐ろしい感じがするでしょ。
するする。
これが100年後からしたら昔の人はそんな好き嫌いとか言ってたらしいよみたいな、
今だったら全部好きなものを渡してくれるのにねとかってなってる可能性もなくはないけれども、
少なくとも今僕らが生きてる人類的な発想からすると恐ろしい感じがしますよね。
イメージで言うとあれだよね。
生まれたときからめちゃくちゃ健康な赤ちゃんを、
全自動歩行機みたいなのに、
フリーザーが乗ってる、
ドラゴンボールのね。
ドラゴンボールのフリーザーが乗ってる、
ちっちゃい一人用の空中浮遊装置みたいなものに乗せて、
足を使わずに動けますみたいな風にすると、
足退化してっちゃうんじゃない?みたいな。
その赤ちゃんは歩けないだろうし、そもそも人間の足退化していかないみたいな感覚に近いのかな?
近いね。
だからそれが未来とかしたら人間は昔足で歩いてたらしいよ、不思議だねってなるかもしれないし、
それってどうなの?みたいな話が、
思考力とか、いわゆる情報処理っていう領域で起こりますって感じだね。
だからあれだよね、極論で言うと、
足とか手なら退化しましたで済むけれども、
いわゆる想像性とか思考力とか、
そういうとこ退化しちゃうって、これやばくない?みたいな視点もあるってことだね。
やばくない?とかどうなるかイメージできないの方が多分近いかな?
はいはいはい。
もちろん足とか体が退化するっていうことにおいても、
多分想像できない辛いこととか困ることあるとは思うんだけれども、
でもなんとなくイメージはできるじゃないですか。
でも人間が情報処理できなくなるとか、
自分の好きとか嫌いっていうことを判断できなくなる状態って、
もちろんね、多分研究とかしていけばあるのかもしれないけれども、
それと一般的な感覚で言うと、よくわかんない。
何が起きるのかとか何が悪いのか。
そういうところの問題が既に起き始めているというか、
そっちにもう片足どころか、わりと膝ぐらいまで突っ込んじゃってますよねって話なんだよね。
技術的にはもうそうだしねっていうね。
そうだし、例えば現実的にもあると思うんだけれども、
例えば人間関係で喧嘩しちゃったとか、取引先目をかけちゃったとかあったときに、
AIにちょっと謝罪文を書いてくださいとかってことできるわけじゃない?
そうだね。立派なの書いてくれるよね。
そうそうそう。自分の書くよりもいいものを書いてくれたりするじゃん。
それを送ったとしたときに、
でもさ、僕らの今の、もう古いかもしれないけど感覚で言うと、
そこの自分で言葉を作って書き直して、
これで伝わるかなとかどうかなっていう風に悩んでいることも、
意味がないわけではないはずじゃないですか。
まあまあまあまあ、そうね。
出来上がった言葉がAIに伝わるかどうかってこともそうだけど、
その中でやっぱり自分で本当に良くなかったなとか、
これで伝わらないかもしれないけど許してくれるかなとかっていう風なことが大事なはずである。
逆にこれって受け取った側もそうで、
なんかすごい良い謝罪文、良い謝罪文ってわからないけれども、
あ、来たなと。
でもちょっと返すと面倒くさいから、
AIになんか良い感じの許してあげるよって伝えてねって言って、
また尊大な返信文ができて、
それが届くみたいなことってもう全然あると思うんだよね。
そうね、お互い立派なやり取りができてるけどねみたいなね。
そうそう、表向きはね。
そうっていう時に、これってやっぱどうなんって話でいくと、
ここにアリス・テレスが出てくるんだけれども、
アリス・テレスの倫理化みたいなことを言うと、
やっぱり人間っていうものが、
思考力とか、あれてみたいな話したと思うんですけど、
やっぱりその卓越するような、
人間にはそういったものを考えるとか、
そういうふうに困難を乗り越えて成長するっていうふうな、
より良いものがあるんだから、
それをより伸ばしていくとか、
花開かせるとかっていうのもあるみたいなんだけれども、
そう、やっぱり人間の能力、種とかツボみたいな感じでまだ発揮されてないものを、
ちゃんと花として開くんだみたいな、
それが人間にとっての、いわゆる良いことだっていうふうな発想があるんだけれども、
その花を咲かせる機会っていうものが失われちゃうんじゃないですかねっていうふうな発想があるんだよね。
あー、なるほどね。はいはいはい。
つまりそういう嫉妬とか、
本当に良くないことをした、申し訳ないとかっていうふうな悩みっていうことが、
実はそういった成長とか、
そういうつぼみに栄養を与えていたことなんだけれども、
それを全部AIに丸投げできちゃいますよねと。
できちゃうというか、そういうふうにしちゃうように、
どんどん人間になっていくんじゃないですかねっていうふうな話。
なるほどなるほど。
うん。それが行き着くと結局が、
どんどんどんどんいろんな思考とか決断とか判断とかっていうものをAIにアウトソースできちゃうんで、
パーソナライズAIとかできちゃうと、
結局は自分というものじゃなくて、
自分の代わりにある反応早いAIが全部やってくれる。
うんうんうんうん。
そういう世界の時に何が起きるんでしょうねと。
っていうふうなところもやっぱり問題じゃないか。
なんていうふうに言われてるんだよね。
なるほどなるほど。
うん。はい。
なのでやっぱりそういった話って、
意外と言われれば確かにとか、
感覚わかるなんだけれども、
やっぱり正面から向き合うことって少ないかななんて思うので、
うんうんうん。
今回そういったものを取り上げて、
皆さんと一緒に、
なんだ、こういう問いがあるんだね。
答えというか結論はやっぱり正直ないので、
うんうんうんうん。
そういう問いがいろいろあるよねっていうことを見ていきたい。
っていうふうな話なんですよね。
おー。確かに確かに。
はい。
そうだね。
うん。
今日の最初も言ったけど、
どう使うかみたいなところはあるけれども、
うん。
ね、どう付き合うかというかね。
あーそうそうそう。
うん。その辺はこう、
そこそこ答えが出てないというか。
うん。
うん。
感じはするもんね。
ね。
そう、やっぱり面白いのはあって、
その本人もね、さっき言った、
AIかける哲学が本人も書いてあったんだけれども、
やっぱりこのAIの問題って、
やっぱりAIが早すぎる変化とか発展が。
おー、ほうほうほう。
そう、なので迷って考えなきゃいけないんだけれども、
その、
AIが一個バージョンアップとか新しいのが出ることによって、
無に起きす可能性もあるし。
うんうんうんうん。
でも全てが出揃ってから考えるのではもう遅すぎるみたいな。
そうね。
そう、かなり厄介なやっぱり問題らしいんだよね。
なるほどなるほど。はいはい。
だから前提その、
だからこっちが考える、
例えばそのAIと倫理みたいなものだったりとかを考える前提条件が
すぐ覆える可能性があるからみたいな話だね。
あーそうそうそう。
そうなんですそう。
でも考えるのに訳にはいかないみたいな感じもあるので、
なんかその営み自体ともかなり哲学チップじゃないですか。
その答えがそもそもないとか、
考えたことが無駄になるかもしれないけど考える必要があるみたいな。
そういうスタンスもすごく大事だなと思ったんで、
今回はみんなと一緒にどんな問いがあるのか、
みたいなことを考えたいと思ってますって感じなんだけれども、
ちょっとね、今後の流れを見通しさせておくと、
ギクですね、あと3回分ぐらいでお伝えしたいことを思ってるんだけれども、
一個はさっき言った存在論みたいな、要は人間とはとか、
さっきヤンキーくん言ったよね、
AIが出るとやっぱりそういうの突きつけたいって言ったけれども、
そこでやっぱり何が起きてるのかとか、
なんでそういうふうな話になるのかとか、
そもそもAI時代の自分の考え方ってどういうふうになりそうなのかとか、
っていう存在論とか、自分とはみたいな、人間とはみたいな、
そういう話を一個やりたいなと思っているのと、
その次は認識論っていうのはあれなんだけれども、
知識とか知るとは何かみたいな話。
さっき言ったハルシネーションみたいなね、
AIが嘘をつくとかっていう時に、
なんていうのかな、
情報としての価値はあるのかとか、
知識としての価値はあるのかみたいな、
結構そういうことも言えたりするんですよね。
なので、AIが作り出したもの、情報とか、
言葉みたいなものにどう向き合うのかみたいな話、
っていうところが一個大事だというふうに思っています。
最後は倫理だね。
さっき言ったAI、責任は取れるのかとか、
そもそも持てるのか、責任の主体になれるのかみたいな話。
っていうふうなAIっていうものだけじゃなくて、
それとそこに例えば社会とか、
仕組み的なものって分けて考えられないので、
そういうところで視野を広げたときに何が見えてくるんでしょうね。
そういったことを第2回、3回、4回とお届けしていく中で、
なんとなくAIを手伝うという切り口を見たときには、
こんなことが言えるんだねとか、
こんな問いが見えてくるんだなっていうものを
皆さんと共有できたら嬉しいなと思っています。
というふうな感じなんですよね。
おー、いいね。
AIってすごいポジティブ、前向きな側面もめちゃくちゃ多いけれども、
やっぱりこの漠然とした不安、どう変わってくんだろうとか、
どう人間、自分周りの関係性というかね、
変えていっちゃうんだろうみたいな、
漠然とした不安みたいなものもたぶん付きまとってる気がするから、
その漠然とした不安部分を少し改造であげるというか、
あげつつ、じゃあ自分はどう付き合っていこうかなみたいな、
そこはAIじゃなくて自分で考えてもいいかなって思うからね。
そうだね。
AIにもちょっと聞いてね、そういう時代に私はどうしたらいいでしょうって聞けるけれどもね。
そうそうそうそう。
そういう意味でも面白そうだなって思うね。
確かに言われてみてそうかもなと思った。
やっぱりキャリア相談とかしててもさ、やっぱり皆さん不安なわけですよ。
AI時代に自分のスキルって通用するのかなとかさ、
やっぱりそういう話題あるんだ。
あるある。あるというか、定職相談を前提してそういった不安が多いというのはあるんだけれども、
こっちもさ、もう分かんないわけよ。
3年後、AIはどうなっていて、誰の仕事がなくなりますかとか伸びてますかとかって正直分かんないから、
もちろんね、こういうとこに行くとあなたのキャリア良くなると思いますよとかってアドバイスは個別ではできるんだけれども、
漠然と、どの業界でどんな仕事をしたらいいですかっていうのは正直もう分かんないわけよね。
その他に、確かに今言ってくれたような、そもそも漠然とした不安、仕事はとか社会はとか自分はどうなるんだろうっていうところに、
なんとなくもうなんだろうな、前提情報というか土台になるようなものがあるともっと考えやすくなるよねとか、
もっと冷静に見るようになるとかってあると思うんで、そういったことも交えてお届けできると、
なんかよりいいのかなとか役立つのかなとかちょっと今聞いてて思いましたね。
はいはい、分かりました。
次回ですね、早速そのAIと哲学の具体的な中身ですね、見ていきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。