9月14日、“くいしんぼうの日”に食の神様に愛されすぎて爆誕した私が、ただただ食への愛とおさまらない食い意地を発散させてます。
変でごめんー!だけどみんなと食欲わかちあいたい!ほんとポッドキャスト感謝!これなかったら私の食欲の発散場所なかったよ!!!!!ありがた祭り!
音声とか聞きにくめなところ多いですがまだ成長段階なので🤱やさしくみまもってね🦷
食べ物に愛を伝え、食への情熱を仕事に、、、という野望をこめてお届けします。職業食いしん坊として生きてくぞ〜。ちなみに本業はわーいでのんきなクリエイター「もしもし五島列島」です。よろしくね(圧)
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番組の魅力・推薦
【バレンタインのチョコ話】ごまさえあればいいと思ってるアスパラガス(人気のなさゆえにシェアできないお菓子)をヤンヤンつけぼーのパンダは絶対見下してる
最近調子に乗ってることの代表エピソード。夜のコンビニでヤンヤンつけボーを買い、パソコンの前に座る。無職はドラックストアでプライベートブランドのスナック菓子買っとけって話なのに。ヤンヤンつけボーは、絶妙な「労働」だ。労働を体験ありがとう!と思わせてくれる絶妙バランスのお菓子。ねるねるねるねや知育菓子のような過剰な作業ではない。これは労働。特にハンバーガーとか寿司作るやつ。過労。ただ、ディップして、カラースプレーを纏わせる。その計算された分量配分に、私たちは知らず知らずのうちに計画性を学んできた。ヤンヤンつけボー子そ真の知育菓子。しかし、その影で泣いている存在を忘れてはならない。「アスパラガス」という名の棒ビスケットだ。スティック状で湿気ず、黒ごまという、一粒でも入れたら健康フードにしてくれる魔法の免罪符ーど(メンザイフード)まで持っているのに、お菓子会では誰の手も伸びない。私は今までに合計1,000人の前で「アスパラガス好き」を公言してきたが、共感を得たことは一度もない。一袋を一人で消化するために、唾液でふやかして離乳食のように食べるという悲しい消費の仕方に辿り着いた。夏は特に辛いの。アスパラガスが私のことを一気に砂漠に連れて行く。最近のアスパラガスの「mini」展開は、そんな孤独な愛好家たちが、シェアを諦めたことへの敗北宣言のようにも見える。ゴミ袋の中から、ヤンヤンつけボーのパッケージに大きく描かれているやんちゃ系パンダがこちらを覗いている。絶対にアスパラガスのことを馬鹿にしてるな・・・という顔で。一人で食べ終えた後に残る、潰せないカップの嵩張り。じゃがりこはあんなに簡単なのに。カップの高さと厚みからやっぱり、パッケージのパンダの世間を舐めてる感が否めない。そりゃパンダはいいよね。生まれてくるだけで愛され確定人生なんだから。ヤンヤンつけボーを調子に乗って一人で食べた私に「これは本来、誰かと分かち合うべきものだったのではないか」という、小さな後悔を突きつけてくるパンダ。パックンチョコという名の「世界代表パティシエ」最近、お菓子とぜーんぜん真剣に向き合ってない。個包装のお菓子を、袋しか見ずに、パソコンに視線を当てたまま、口に入れている。そんな慢心した私を震えさせるのが、パックンチョコだ。あの小さな一粒に描かれたアートを、無視せずにはいられない。美術館の鑑賞。もしあれがディズニーランドの中で売られていたなら、間違いなく10倍の値段がついているはずだ。本当に。プリンセスの複雑な髪の毛のうねり、ツヤまで・・・。ドレスの網目、スティッチの毛並み……。プリント技術だと分かっていても、そこには「世界代表パティシエ選手権」の決勝戦のような、緻密な執念が宿っている。多くのキャラクター菓子が、見た目だけで満足して味を疎かにする中、パックンチョコは味のクオリティすら一切の妥協を許さない。パティシエが宿ってる。一粒一粒を美術館の絵画のように鑑賞し、技術に想いを馳せる。ヤンヤンつけボーのフィーバータイム(最後にチョコをたっぷりと贅沢に乗せる瞬間)が、幼少期よりそこまで興奮しなくなったけど、パックンチョコの芸術への感動はいまだに変わりない大きな感動だ。お菓子の袋ばかりを見て、中身と対話することを忘れた大人たちへ。今こそ、パックンチョコの緻密なアートを凝視し、ヤンヤンつけボーのカラースプレーを一粒も零さないよう集中するべきだ。そこには、効率化された現代が忘れてしまった「一瞬への情熱と熱狂」が詰まっているのだから。ワールドカップですね。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
コーンスープを食べたら必然と朝になっちゃうので情報消さなきゃ(+富の象徴、パイ包みスープ +青春の象徴、ケンタのバーベル)
テレビで「コーンスープの世界」が始まった瞬間、私は反射的にスイッチを切った。今これを観てしまえば、私の脳は夜を朝だと勘違いし、眠れなくなる。メディアの奴隷にはなりたくない。そう抗いながらも、結局はコーンスープへの愛を語らずにはいられない!!!黄色といえば、コーンスープの黄色を思い浮かべちゃうのが日本人。クノールの洗脳!!私にとって、コーンスープの頂点は「クノール」である。安価なプライベートブランドでは決して到達できない、あの絶対的な安心感。そして、その進化系として君臨するのが「パイ包みスープ」という、気軽に「好き」とは呼べない皇族のような存在だ。子どもの頃、ご機嫌な日曜日にイオンで買ってもらう伊藤ハムから出てるチルド惣菜のパイ包みスープは、豊かさの象徴だった。弟はパイの部分しか食べないという、底辺庶民にあるまじき貴族的な暴挙に出ていたが、私はそれを友人に話せばスナイパーに狙われるのではないかと本気で怯えていた。かつての私は、パイのサクサクを壊さぬよう別々に食べていた。しかし、ある時出会った「パイ包みの師匠」が教えてくれたのだ。パイは一目散に、地獄に落とすかのごとくスープの深淵へと沈めるべきだと。バターたっぷりのパイがスープを吸って、災害用おしぼりのように膨れ上がった瞬間、手間と原価が口の中で最大化される。それは、効率やマナーを超えた、食い意地という名の「実利」にたどり着いた瞬間だった。世の中には、どうしても解せない「色のバグ」がある。お気に入りで買ってる豆腐のパッケージについて。木綿が「青」で絹が「緑」。絶対的に逆でしょ!!!!!!スーパーという「文字の読めない戦場」では、色感覚だけで手を伸ばし、何度目かの敗北を喫する。これはもはや、企業へのお問い合わせを出すレベルのミステリーだ。絶対に逆だからねー。すみません、こんなことにケチつけてるから、私は友達と家でケンタッキーを食べるという青春を逃してしまったんだろうなと思っています。ケンタッキーの「バーレル」という、青春を形にしたバスケットに憧れ続けている。ネイルサロンのお姉さんが語る「スタッフでケンタのバーレルを予約している」というキラキラした予定。私はその輪に入り、彼女たちが食べ残すであろう骨付きチキン(おしゃれな人たちは手羽先とか骨付き肉とか、焼き魚食べるの下手そうという偏見)を、骨まで噛み砕いて平らげる「骨折職人」になりたかった。いつか、クリスマスにコーンスープを飲みながら、チキンを予約する。そして当日、スキップしながらチキンのバケツをとりに行って、パイ包みスープをチンしながら、ピザはウーバーに運んでもらうような豊かで贅沢なクリスマスが訪れますように。とサンタに願おう。そして再来年あたり叶えてもらおう。と思いながら、パイ包みスープのホームページを眺める。大きなヨーグルト。ブルーベリージャムの。公式はこれを朝に食べて欲しかったのか・・・。やっぱり、公式というものは世間とずれがある。いつも。シャウエッセンも公式がいくら「ボイルがいいよ」といっても私たちは切れ目入れて永遠カリカリに焼き続けるからね。そして結局、夜にコーンスープの映像を見て、食べたくならないように必死に我慢した。視界を狭く、しかし、お湯を少なめにしたコーンスープペーストをパンに塗り、周りをマヨで囲ってチーズのっける映像の衝撃は忘れられない。天気がいい真夏のひまわり畑やん。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
底こそ魂!雪国ブーツのような餃子とカステラの底
日本の夜は、王将の煙によって守られてるし、見えなくぼんやり、不景気も忘れさせてくれる。疲れ果てた仕事帰りの人々が、隣の店がスカスカであろうとも我先にと列をなすのは、あの赤いテーブルとニンニクの匂いにしか救えない「脳の飢え」と餃子の王将でしか満たされない不思議な栄養分と、赤の机の刺激を目に入れたいからだ。ディズニーの行列設計すら超える王将の凄みは、並んでいる間に強制的に「仕事の話」をさせることにある。お酒が入る前のシラフの会議、これこそが日本経済を回す隠れた原動力なのだ。そして、その頂点に君臨するのが、あの「底」である。王将の餃子の底は、分厚さや焼き加減の問題ではない。あれは、北海道の雪道を歩くための重厚なスノーブーツのような、肉だねのすべてを受け止める「覚悟」の現れだ。数時間経っても、テイクアウトの箱の中でも、決して中身を裏切らない。ちなみに、そもそも、お持ち帰りのパックではなく「箱」ってところもこだわりで素晴らしい。結婚式の引き出物のような立派な箱、これに餃子入れていいの?といつも思う。もし私が王将の偉い人と結婚できたなら、まず真っ先に、あのスノーブーツのような「底面インソール」だけをくり抜いて、水を並々と注いだピッチャーを横に、バリバリと食べ続けたい。「底」のかすかなジャリジャリに歯を喜ばせる、食教授としての最高の贅沢なのだ。【カステラ執刀医の密かな報酬!ざらめ団子!!】長崎県民にとって、『底フード』といえば、カステラ。カステラは単なる菓子ではない。それは「ザラメ」という宝石をいかにして掠め取るかという、静かなるオーディション会場だ。小学校の時のプールの宝探し。私は子どもの頃から、スポンジ部分はあくまで「ザラメ」という本体を輝かせるための前座、あるいは言い訳に過ぎないと考えていた。大人になった今、私は「カステラを切る」という重労働を買って出る。牛乳パックほどもある巨大な塊を、手がベタベタになるのも厭わず切り分けるのは、ひとえに執刀医だけに与えられる「紙フィルムの利権」のためだ。スプーンではなく、フォークの一直線のエッジを使い、紙フィルムに残ったザラメの残像と茶色のカスを執念深くこそげ取る。それをラップでギュッと固めたとき、手元には「遊びすぎて乾いた泥団子」のような、醜くも愛おしい至宝が現れる。食べ物の魂は、すべてその「底」に沈殿している。ザラメを奥歯の溝(十字架の真ん中)で粉砕し、忠誠を誓う^^牛乳で流し込む瞬間の全能感。この「底」に詰まった権威と覚悟を研究し続けることこそが、肉まん顔から脱却し、いつか「王将の偉い人」へと近づく唯一の道なのかもしれない。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
焼肉の締めには、ケチャップすぎるオムライスでさっぱりしよう
私はずっと、焼肉に対して怒ってきた。「なぜ高い金を払って、客である私が肉を焼くという重労働を担わなければならないのか」と。ホールスタッフの大学生活エンジョイ一軍!!みたいなバイトたちの暇そうな手つきとだるそうな顔を睨み、アルバイト代を請求したい気分でトングを握る。それが私の焼肉観だった。しかし、島にあるディープな焼肉屋は、そんな私の「怒り製造機」としての牙を、いとも容易く抜いてしまった。そこは、花びらの枚数が異常に多い謎の昭和食器や、絶対灰皿だろっていう器、サーフボードを握りつぶしたような形の皿が並ぶ昭和から時が止まった不思議な空間。焼肉屋なのに、注文を受けてから皮を包む餃子があり、注文を受けてから野菜を切り始める野菜炒めもあって、みじん切りから始まるケチャップべちょべちょのオムライスがある。このサイドメニューの本気の手間暇を昭和のスケスケレースカーテンから、厨房の中が丸見えなので、実際に目に見ることができる。この姿を見ているから、「むしろ私に焼肉を妬かせてくだせえ!!!」という気持ちになる。というか、肉をキッチンにまで取りにすらいってしまう。肉は生に下すだけだからこの時間があるんだろ・・?と思わせない肉の旨さ。これね、昭和ばーちゃんフィルターかかってなくても、全力で上手いと思える美味しさ。東京で食べたら1500円の肉が2万とれるはず。本当に。大袈裟じゃなく。美味しいと、柔らかい、旨みがあるが全て崩されず両立されている。最近の肉はとろける=美味しいという評価軸になってるでしょ。それだとわたあめでいいじゃん。もっと肉の旨み感じたい!!!肉の繊維が挟まってもいいんだよ!フロス使おう!それだけ丁寧に歯を磨いていったとしても歯医者さんに毎回言われるでしょ。「フロス使ってくださいね」って。だから、フロス使おう。肉を食べよう。繊維を歯の隙間に入れよう。作業が落ち着くと、厨房から出てきてカウンターに立って、店のおばあちゃんがみかんを「皮ごとバキッと割って」食べながらテレビ見たり、調理したり。その姿を見て、私はハッとした。忙しい合間にみかんがカピカピにならないよう、食べる分だけ都度剥く。それは、かつての「生きることに必死だった時代」の合理的な知恵だ。のんきに白い筋を取っている現代の私たちの豊かさを、そのみかんの剥き方が教えてくれる。当たり前のように、みかんをズルむき状態にしてから食べてる豊かさ。令和だ。私は生きるのが遅い。大学生になれば自然にバーベキューをして彼氏ができると思っていたけれど、そんなのは自分で動かなければ手に入らないものだと今更気づく。でも、いいのだ。その分遅れて青春がやってくる。老後の楽しみわっしょい。80歳になったとき、私は海でバーベキューをしているだろう。バチェラーに出てくるようなプールサイドでスイカジュース飲んでるだろう。人よりだいぶ遅足の私の人生は、きっと老後に一番のピークがくる。パンチを繰り返す焼肉のお供に、おでんの優しさが欲しい。タンパク質を食べてるというのに、タンパク質が欲しくなるのでゆで卵はマスト。おでんの時だけは半熟が許されない、古風な卵スタイル。焼肉の脂をおでんの出汁で流し込み、古風な薄黄身が溶け出し少し濁った汁を啜る。その後に焼肉のタレご飯。結局濃い味で蓋をする。焼肉は、店を出てからも終わらなすぎるのがいいところであり、悪いところ。服に染み付いた煙の匂いを嗅ぎながら「洗濯物が増えたな」と呟くお風呂上がりに、その真のクライマックスはやってくる。焼肉を食べた後のおならは、焼肉のタレの匂いがするのは純粋にハッピー。おならをしてむしろ深呼吸するのは焼肉の後だけ。しゃぶしゃぶのごまポンや、居酒屋の刺身醤油では決してこうはいかない。焼肉のタレだけが、体内の「特別な裏口」を通る権利を得ているのではないか。やっぱり、焼肉のたれは調味料の王者なんだろうね。まるで甲子園のシード権を手に入れたエリート選手のように、焼肉のタレは消化という過酷なトーナメントを悠々と勝ち抜き、純粋な香りを保ったまま「お土産」として外の世界へ放たれる。おならをするたびに「今日のタレは甘かったな」と今日という日をリフレクションできる。こんなに幸せな排出物が他にあるだろうか。焼肉のダクトと焼肉後のオナラのタレの香りは同じ。食後、血糖値が上がって頭が働かなくなる私は、ただのゲップのお披露目会のようなラジオを恐れていた。でも、幸せなときに幸せだと言うことが、参列者を無視した結婚式のようだとしても、この「タレの匂い」という豊かさと、大好きな焼肉屋のおばあちゃんのみかんの剥き方は脳裏に刻まなきゃ。ケチャップが濃すぎるオムライスのケチャップは口に含んで溜めておいて、帰りのカラオケで頼んだポテトにつけたらいい。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
1500円だけど、5000円の朝食に挑む。気合いゆえ、初めから汗だく喉カラカラ
寝れなかった。そりゃ寝れないだろう。寝ない方が正しい。5000円の朝食をいただける貴重な機会をいただいた。私は「5,000円の朝食」に挑む前夜、5000円とは、朝食を100円のドデカデニッシュで済ませていた私にとって、1ヶ月のランチ代より高い。これを1食の食事と捉えられず、大きな体験のような感じで、テーマパークに行くわくわくというより、5000円を堪能しなければという試合前のような緊張感。朝5時、いや4時。前夜からの焦燥感を引きずりまくったまま、私は「5,000円の朝食」という未知の戦場へ向かっていた。普段の朝食が100円のデニッシュで完結する私にとって、それは一食の食事というより、もはや一種の「儀式」だった。寝不足と緊張で胃は縮み上がり、都会の迷路でフルマラソン並みの猛ダッシュを強いられた私の顔は、会場に着く頃にはホカホカの「肉まん」と化していた。そんな私を一瞬で察知し、下駄で颯爽と案内してくれた着物のお姉様のプロフェッショナリズム。そして、目の前に現れた「永遠に飲めない水」。巨大な氷が鼻を塞ぎ、水が「すいません、通ります」と遠慮がちに隙間を縫ってくる。この不自由さこそが、一流の証なのか。メインが選べる朝食。メニューについてはテスト前夜の如く深く読み込んできたので、ノールックで注文できる。メインが、「鮭の漬け焼き」、「だし巻き卵」、「納豆・豆腐」の3種類から選べる。ここで納豆・豆腐を選べる人に足を向けて眠れないだろう。多くの人が選ぶであろう鮭の麹漬け焼きをメインに選ぶ。魚の焼き汁一滴たりとも落とさない勢いで食べる。一口目はコブダイのような頭からCMのように贅沢に!一口目にしかできない特権。二口目は皮をピラーっと剥がし、パリパリの食感をポッピングシャワーのように楽しむ。そして最後は、クリオネのごとき脂の乗った尻尾のジュルジュルをボーナスとしていただく。周りの「身分の違う」人々が、和紙に包まれた極上の梅干しを平然と残していく中で、私はその「老人と新生児のほっぺたを合わせたような」美しさに、島に住む家族の顔を重ねていた。こんなにうるうるな梅干しは見たことない。このうるうる感のまま、丁寧に、和紙を汚さないようにポケットに入れて持ち帰りたい衝動を、かろうじて「今のこの贅沢を味わい尽くすことが次への一歩だ」という、成長した食い意地魂で抑え込む。結局、緊張で肩肘はって食事をしたため、食べたものが全て消費されて、食後なはずなのに、お腹が空きすぎた私は、帰りに160円の菓子パンを買い食いするしてしまい、情けないなと思ったものの、多分口も脳も体も、この5000円の大きな衝撃について行けなかったから、この延伸感が欲しくて私は菓子パンを食べたんだと思う。私は人生において、温泉卵は「丸飲み」してきた。黄身を1滴たりとも無駄にしたくない、その一心だった。しかし、5,000円の朝食という静謐な空間で、私は初めて温泉卵を「割る」という贅沢を知った。黄身の中に箸を入れて、とろっととろける美しいオレンジ色。今までは半透明のフィルムに覆われた姿しか見えてなかった黄身との初対面。ヤッホー!お前、そんなにトロッとしていたのか〜出てきてくれてありがとうね。そうだ。こうやって、口に入る瞬間に割ってあげなければ、この美しい太陽は見えなかった。私の胃の中に爪楊枝を持って待っている人はいないのだ。私がわたしの箸で割ってあげなきゃ行けない。定食の中の小鉢にある、牛すきのタレをハンモックのように肉で受け止め、口の中で「自家製温玉牛丼」を完成させる。5000円の定食となれば、普段表に出まくって存在の主張が激しい「牛肉」ですら、深くて、しかも底面より上の面の方が丸の半径が狭い隠れん坊スタイルの器。牛肉を隠すのか。しかも、ミニトマト入りの牛肉。最近ミニトマトもイチゴレベルで高級なのに。そのほかにも、昆布、筍、煮物2種、そして温泉卵に、パリパリの海苔、うるうるの梅干し、ご飯のお供が多すぎて、ご飯が全く足りないという朝食のバグ。そもそもお櫃ご飯なんだから、ご飯のお供はいらない。キッラキラのご飯は汚さずそのままのツヤで口の中に入れてあげたい。お櫃から掬い上げる白飯の輝き。それらを目の端に焼き付けながら、私は「場所代」や「サービス代」に込められた、目に見えない価値を噛み締めていた。TVのショップチャンネルで宝石が映される時、キラキラ〜の加工が入るけど、それが実際にこのご飯に見えた。夏の豪華花火の付属品にある3Dメガネのよう。この体験をして気づいたのは、値段が上がるほど、お腹も心も満足するものと思っていたけど、そうじゃない。むしろ、余白をくれるのが、この値段がゆえなのかも!だから、私が食後お腹を満たすために菓子パンを食べたのは正常である。朝は忙しくて空を見上げる時間や、息を吸う時間はないと思っていたが、こんな高い場所で景色を見ながら、豊かなサービスを受ける。わちゃわちゃしない「朝」ってあるんだ!もちろん、スタッフの方のゆとりと余裕もすごい。締めのカフェタイムの時、8人中6人がカフェオレを頼んだ。カフェオレ担当の人がカフェオレを持ってきてすぐに全部こぼしてしまった。スタッフの人はそれでも落ち着いていた。まるで自分がこぼしていないように。私の方が飛び跳ねて、なんか悪いことしたなと思ってドキドキしちゃったよ。しかも、カフェオレだよ。牛乳大変じゃん。こぼして、「申し訳ありません」をとっても落ち着いていい、その後近辺の人に汚れてないかの確認。私だったらすぐに隠蔽工作を始めるだろう。まずしなければいけない優先順位をしっかり把握している。朝の落ち着きと、ゆとりこそがお金持ちの余裕なんだと思った。お金持ちとは余白のある人・・・・!!!そういや私はなかった。ドデカデニッシュばかり食べた結果かもしれない。デニッシュというのはパンの中で珍しく発酵とかじゃなくて層を重ねていくもの。密度が高い。もっとここでふんわりしたパンを食べてた方がよかったのかもしれない。確かに、中学生のころは「ハイジの白パン」しか食べなかった時があったけど、この時の方が豊かだったな。心も白で澄んでたし、ふわふわ軽くて、肌も綺麗だった。なかなかない体験で、刺激が多く、自分との違いがゆえ、色々反省してしまい、落ち込んでしまった。かなり落ち込んだ。歩くスピードも遅すぎる。動けない。落ち込みが止まらないので、こういう日はカキフライに救ってもらおう。私のお守り。カキフライ!!!そう決めた途端、小躍り。やっぱり、どれだけ落ち込んでも、一日の終わりをカキフライで締めることで最高の一日になる!私のゆとりはカキフライが作ってくれる。タルタルやソースを最初からかけず、まずはそのまま。後からソースを追いかけさせる、それがカキフライへの礼儀。情けない私カキフライの茶色い衣の中にカニ味噌のようなボーナス!やっぱりついてる。カキフライは私を見守ってくれている。お腹も心もいっぱいということは何にも入る隙間がないのと同じ。せっかくのサービスも感じられない。だからたくさん吸収しよう!満たそう!ではなくて、常にゆとりを持っておこう。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
日曜のスーパーがRPGすぎてゲーム系弱いので困る
この世で一番好きな言葉は、「本日ご来店のお客様だけの特別価格。チラシには載ってません」絶対にこの商品をどんなものよりもすごい勢いで買うし、たとえチラシに載ってたとしても、許せる自信がある。この言葉だけは無条件で信じる。手に取る。カゴに入れる。帰ってから「本当にチラシに載ってなかったかな?」と確認することは、絶対にしない。なんか載ってそうな気がするからかも。とりあえず、見て得することは何にもないので、やらなくていいことは徹底的にやらない。人の荒探しが得意な私が、これをしない。つまりこれはもう、価格の話ではなく気分の話。セールのことは、振り返らない。疑った瞬間に、負ける。こういう売り文句は日曜日に多い。で、本題。日曜日のスーパーが疲れすぎる。通せんぼ祭り。悪い方は100%私なこと、わかってる。無職の私が平日のガラガラな時間に行けばいい。なのに日曜日に行ってしまい、勝手に疲れ、勝手にイライラしている。日曜日のスーパーには家族連れがいる。子どもはいい。むしろ可愛い。お菓子コーナーで大の字になって「これが欲しい!!!!」と泣き叫ぶ姿を見ると、羨ましくなる。私はもう、できない。年齢的にも、サイズ的にも。でも私は、やってきた。ゲーセンでも、カード売り場でも、お菓子コーナーでも。公共の場で許される迷惑は、だいたいフルコンプリートしている。だから今は、ただ「いいな」と思うだけで済んでいる。子どものうちにしかできないことは、ちゃんとやっておいた方がいい。大声で泣くことも、床に寝転がることも、大人になったら一生できないのだから。日曜日のスーパーには、もう一つの名物がある。世の中のお父さんである。なぜか分からないが、お父さんは必ず邪魔な場所に立つ。道のど真ん中。値札が見えない位置。私が進みたい進路の、ちょうど正面。おそらく理由はこうだ。お母さんは夕飯のことを考えていて、スーパーの地図が頭に入っている。お父さんは、ついてきているだけ。結果、私は通れない。私はスーパーを、スケートリンクだと思っている。シュッ、シュッ、と滑るように買い物をしたいのに、RPGでしか見たことのない「ぶつからないと通してくれない生物」が出現する。そんな私が日曜に行ってしまう、心から愛しているスーパーがある。フードパワーセンター ダイキョービッグバリュー。名前が強い。そして毎回、「本当にビッグだな、バリューだな」と思わせてくる。店員さんは感じがよく、恵方巻きの前には「私のおすすめ:卵巻き(限定30本だから気をつけて)」と大きなメモ。最高。クリスマスにはチキンを推し、季節ごとに被り物をし、日曜朝一には振る舞いまである。しかも振る舞いが本気。全ざいには豆がちゃんと入っている。豚汁には肉がある。ネギは後入れ。今日は、鶏そばだった。そばだけでもいいのに、なぜ鶏まで入れてくれるの。本当ビッグバリューなんだね。ありがとう。しかし、私にとって日曜の朝は12時から始まるので、起きた頃には何故か朝一が終わっている。しかも、日曜日は世の中のお父さんたちがスーパーに来るせいで、来客が増えすぎて早く振る舞いがなくなる。余計に私が起きる頃にはすっからかん。このイライラをおさめてくれるのが、出口にある、麦茶。庶民のために。庶民という存在は麦茶が大好きだからね。昔は100円うどん屋があり、今は釜焼きピザがある。いびつな形で、ちゃんと美味しい。綺麗な丸の形のピザは信用しないぞ〜!!!!!お惣菜は受賞しまくりなのに、ハズレがない。それが一番すごい。ビッグバリューみたいに、生きたい名前の重さを背負って、油断せず、ちゃんと人に向き合って商売をする。私は、ビッグバリューみたいな人になりたい。だから今日も文句を言いながら昼過ぎに日曜に行き、たくさんの敵と戦い、買い物をする。そして、振る舞い分の大きな空っぽ鍋を見て歯を食いしばる。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
カレーパンマンのカレー黄色すぎない?そんなことよりバタコさんの労働問題
アンパンマンを観るたびに、ずっと思っていたことがある。カレーパンマンのカレー、黄色すぎない?子どもの頃は給食のカレーが基準だったから、なんとなく受け入れていたし、甘口だから黄色いんだろうな、くらいに思っていた。星の王子さまカレーとか、アンパンマンのパウチのカレーとか、あの常温で持ち運べるやつ。おにぎりと一緒に持っていけば、レンジなしでカレーが食べられるあれの色だから。というか、これら本当に革命すぎ。「子供用」という製品で軽視されてるけど、だいぶ助かりまくってる。レトルトカレーたちも見習って!!!これのおかげで豊かで身軽な弁当生活送れました。感謝。でも大人になって、改めて考えるとやっぱり黄色い。というか、服黄色だもんね。顔はさ、カレーパンだとしたら茶色すぎるよね。焦げすぎてる。そしてパン粉どこいった。カレーパンマンだから、カレーパンってパン粉ついてないとカレーパンって名乗っちゃいけないんだけど。カレーパンマンが口から出すカレーについて。茶色の概念がない。黄土色ですらなく、ほぼ黄色。大人になったからこその結論。ターメリックを多く使ってるんだろうなって思った。あとさ、カレーパンマンは口からカレーを噴射するけど、ドロドロの日本式カレーだったら、あんなに勢いよく飛ばない。つまり、あれはサラサラ系。もしかするとカレーですらなくて、南インドのダルスープ(インドでいう味噌汁みたいな存在のやつ。カレーの一種でもあるんだけど)なのではないか。しかも不思議なのは、カレーパンマンがカレーをアニメの中で提供する時、だいたいご飯の方が分量が多い!!!!なんでー!と思ったけどやっぱり自分は普段パンだから、ご飯に飢えててついご飯多くなっちゃうし、そもそもアンパンマンの世界の人たち、パン食だからこういう時に米多くしてあげよ〜の優しさなのか、自分のカレーに自信がないのか、米が物価高だけど優しいから大盛りにしてくれてるとか。だけど、カレーパンに置いて、ルーってパンに比べて少ないじゃん、そもそも包まれているし。私は、カレーが、カレーライスの方を見慣れすぎて、カレールウとご飯の割合は7:3でカレーが多い方が当たり前と思っていたけど、これは自分の中の決めつけであって、カレーパンにおけるルウをご飯にのせるとなると控えめでいいのか〜。カレーライスにおけるカレーと、カレーパンのために作ったカレーは粘度が違うもんね!!けどさ、それにしても、カレーパンマンならもっとカレーを前面に押し出してアピールしたらいいのに、マジでご飯の方をメインに差し出してるし、スプーンも雑に添えてる。カレーに浸っててめっちゃ嫌。おもてなしかけてる。カレーパンマンってデリカシーなさそうだもんね(偏見)だけど、考えていくうちに気づいた。カレーパンマンはカレーが好きなんじゃない。カレーを“背負ってる”。カレーが好きすぎて、脱サラしてカレー屋始めたというタイプではなく、家業引き継ぎパターンだと思う。彼は自分の中から無限にカレーが湧くわけじゃない。バタコさんが補充してくれる。つまりカレーは仕事で、宿命で、役割だ。私はお菓子屋をやっていたからわかる。元々、お菓子は食べる方はそんなに好きではなく、作るのだけが好きで始めたから、特に作りすぎると余計に全くケーキなどを食べたくなくなる。カレーパンマンもそうだと思う。元々好きでもない料理ジャンルに毎日触れすぎて、あんまりもうカレーみたくないんだろうね。私は作ってない時間とか、お風呂の時間とかはお菓子から離れられるけど、カレーパンマンは常にカレーと一緒だし、吹き出すから、常にカレーを口に含んでるんだよね?そりゃ嫌だわ〜。そしてさ、食べてるどころか、自分から吐き出してるんだから、その感覚でカレーと向き合ってたらそりゃ嫌になる。というかさ、カレーパンマンのカレー、ばたこさんが作っとるやん。掘り下げていくと、アンパンマン世界の真の料理担当は完全にバタコさんだった。パン生地以外の全て作らされてる。アンパンマンのあんこを炊いたのも、カレーパンマンのカレーを作ったのも彼女。(かき混ぜたりするのが多いから、チーズも結構混ぜるの手伝ってくれてる。)(自動で混ぜる機械買ってあげよう。パン捏ねの機会はあるっぽいから、それの先っぽ変えて、鍋も自動でかき混ぜようよ。特にあんことかほんと大変だよ。)ジャムおじさんはパンしか作らない。パン屋の手をしすぎてるからもうこれだけで十分なんだけどね。パンダのシャンシャンがいるだけで十分〜みたいな感覚。パン屋の手を持って生まれて、パン屋になってくれてマジ感謝〜美味しいパンを焼く人の手って、本当にわかるよね。実生活でも。手だけ見てわかる。パン屋さんの手図鑑あったら欲しい。作りたい。そもそも、アンパンマンがここまで気軽にパンをいろんな人にあげれる豊かさがあるのは完全にジャムおじさんとバタコさんのおかげなんだよ。それなのに、称えられるのはいつもアンパンマン。でも、見えないところで支える人がいなければ、あの世界は回らない。そういう存在に気づける人間になりたいと、最近よく思う。というか、アンパンマンの住人たちは結構みんな感謝述べてる「いつも」ありがとう。と、ジャムおじさんやバタコさんに言ってるのを聞いたことある。何回も。だからみんな陰の立役者のことを知っていて目立つ部分や形式的な感謝で終わらず、深い感謝で繋がってるからあんなお気楽世界が続いて、毎日天気も晴れてるんだろうな〜。太陽のグラデーションが素晴らしいんだよね。アンパンマンの世界。とにかくアンパンマン大好きなので、チャーハン王子の回を観て、追加で思ったこと言いたい。お調子者っぽい声色のチャーハン王子。みんなにチャーハン振る舞う時に盛大に失敗。正直、自分で王子って名乗っちゃうやつは失敗してくれーと思ってたけど。王子っていうのは人から呼ばれるものであって、自分では言わないからね。人に振る舞う時ほど、料理はうまくいかないのは痛くわかる。気合を入れすぎると、失敗する。どうでもいい日の夕飯ほど、なぜか美味しくできる。本気で評価してほしい相手に出す一皿ほど、空回りする。だから私は、店も人も、一回で判断したくない。でも、食べられる回数も、胃袋も、人生も限られている。結局、一回で判断せざるを得ない現実がある。気合を入れすぎると失敗する現象。料理だけじゃなく、人生全部そうなのかもしれない。でも、じゃあ「適当」が正解かというと、それも違う。見栄を張らずに、落ち着いて日常を生きて目の前に人に提供する優しい気持ちが料理やあらゆるサービスに必要なことなんだと思う。やっぱりいい世界。アンパンマン。アンパンマンがあんぱんちぎるのもいつも適当だから、絶対大きさの差とか、中心部分の人あんこ多くていいなあとかここまで配るなら薄皮あんぱんスタイルにしたらいいのにーとかなるはずなのに、誰も言わない。自分が持ってるものを惜しみなく与えることとそこへの感謝で世界が回ってて、バタコさんみたいに本当に忙しい人が、忙しいアピールや、慰めてアピールを一切せずに基本は呑気キャラでみんなを支えてるのが本当に素晴らしい。バタバタしちゃうのはお前らのせいだぞ!って思っちゃいそうなのに、それをキャラとして演じ切ってくれてるし、チーズも、忠犬ハチ公みたいなスタンスなのがいい。犬だから可愛がられるのあたり前〜と思ってるシェアハウスにいるタイプの犬とは全く違う。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://lit.link/kuiizi
お願いだから肉じゃがは煮崩れまくっててほしい
肉じゃがは、崩れれていれば崩れているほどいい。じゃがいもは形を失い、煮汁と一体化し、もはや粕汁、濁り酒みたいになってるくらいが理想。玉ねぎは箸ですくえないほどトロトロで、人参は流石に煮崩れは外部の力がないと難しいので、縁がふわふわしている感じ、肉はトロトロまたはカチカチ、肉かすも煮汁に溶けまくる(日高屋の野菜炒めみたいに)。糸こんにゃくをすくえば、まわりにじゃがいもの粒と玉ねぎの残骸がまとわりついてくる。あれがいい。だから私は、人生で唯一行った料理教室の初回体験を、いまだに忘れられない。体験メニューは体験オブ体験の肉じゃがだった。そこでは「煮崩れないこと」が美徳とされ、じゃがいもは角切り、油でコーティングされ、ピッシリと形を保っていた。丁寧に作られた、あまりにも整った肉じゃが。火は通っているはずなのに、口に入れるとシャーっと音がする。包丁を食べているような錯覚。飲み込むと痛ささえ感じる。煮汁も、醤油・みりん・砂糖がそれぞれ別行動をしていて、全然手をつないでいない。馴染んでない。とても気まずい飲み会みたいになってる。現場も実際にそうだったから、この空気感を感じて調味料たちがこんな風になってたんだろうね。「これは肉じゃがじゃない」と泣きそうになりながらも、エプロンを着ること、手を洗うこと、計量すること、みんなで作って一息つきながら食べること、その空間自体はとても素敵だとも思っていた。料理って素敵!愛おしい!めんどくさいものじゃないし、手際良くする必要もない!でも、私が再び料理教室に行くことはなかった。今日、祖母が持ってきてくれた肉じゃがは、最高だった。煮崩れまくり、じゃがいもは煮汁に溶け、家だから視線気にせず、汁を冷めたご飯にかけてジュルジュル言わせながらスプーンで味噌汁ご飯のように食べる。料理教室日はみんなの視線が逸れたタイミングで急いでツヤツヤのご飯にかけて煮汁を飲み干したことを思い出していた。肉じゃがの肉は、関東は豚、関西は牛だと言う。「ケンミンショー」はすぐ県民性で分けたがるけれど、私の家にはその前に「選択肢が豚しかない」という現実があった。牛か豚かで語れるのは、それだけで豊かなことだ。ぎゅうもあるんだ・・・!と知った時の絶望と現実。漫画ならトーンだいぶつけられてる。牛肉の肉じゃがは、きっとすき焼きみたいで、ちょっとリッチで、卵を落としても美味しいんだろう。でも私にとって肉じゃがは、ぐちゃぐちゃで、混ざり合っていて、豚の白い油があって、境界線が溶けているものだ。きれいに作られた料理が、美味しくて、必ずしも正解じゃない!煮崩れは褒め言葉である。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓ ↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
デパ地下閉店5分前に異世界転生その後の電車宴会
要約↓昨日、電車に乗っていたら、優先席で宴会を始めている人たちがいた。女性二人と男性一人。縦長の大きな缶ビールを手に、仕事の雑談をしている。周りの視線なんてお構いなしで、完全に下町居酒屋モード。私はそれを見ながら、「どう考えても家で飲んだ方がいいのに」とずっと思っていた。だって、家まで我慢して走って帰れば、カロリーも消費できるし、歩きやすいし、何より家でプシュッと開けた方が絶対おいしい。電車で見られながら飲むビールより、帰ってからの一杯の方が気持ちいいに決まっている。とはいえ、走ったせいで泡が大爆発したらどうするんだろう、とも思う。年末に、スパークリングの濁り日本酒を開けた瞬間に大噴火した事件を見たことがある。床も服もベトベト、掃除も大変。でもあれはあれでちょっと楽しかった。掃除のために年末年始始めてこたつから出るし。動けるし、年末のいい運動にもなる。だから結局、家で飲めばいいのに、とやっぱり思う。……と、そんなことを考えながら、私もそのとき手にコロッケを持っていた。神戸コロッケのレンコンコロッケ。デパ地下の中で唯一、庶民に優しい心を開いてくれているあのコロッケ屋さんである。私はデパ地下の攻略法を知っている。閉店5分前になると、どこからともなく「半額ポップ」が異世界転生みたいに現れるのだ。あれはきっと、5分前まではこの世に存在していない。その戦場で私は、新発売のレンコンコロッケを手に入れた。普通のコロッケの倍の値段だけど、段をつけて生まれたての赤ちゃんみたいに奉られて飾られていたら、買ってしまうに決まっている。本当は電車の中ですぐ食べたかった。でも宴会している人たちを見てしまった手前、なんとなく我慢した。幸い乗り換え後は人も少なくなり、そこでひっそり食べた。(というか、マナー違反すみません)疲れた顔の人たちの中で食べる冷たいコロッケは、「生きてるなあ」という実感をくれた。でも終盤になると気づく。これ、普通のコロッケの中に角切りレンコンが少し入っているだけじゃないか。それだけで私は倍の値段を払っている。なのに全然怒っていない。コロッケという食べ物は不思議だ。明太子ロッケ、梅大葉コロッケ、ジャガバターコロッケ――“何かひとつ入った瞬間に値段が倍になる”のに、誰も文句を言わない。牛丼だったら、キムチが入っただけで倍になったら絶対に許さないのに、コロッケだけはなぜか許されている。さらにそのレンコンコロッケには、粉チーズとパセリがふりかけられていた。この二つは本当にすごい。粉チーズとパセリがかかるだけで、食べ物は三倍おしゃれに見える。私はそれに完全に騙されて買った。一生懸命チーズとパセリの部分だけ味わおうとしたけれど、結局よくわからなかった。コロッケといえば、私は北海道物産展が大好きだ。人生の半分くらいは北海道物産展に支えられて生きてきたと言ってもいい。ただ、ひとつだけ言いたい。北海道のコロッケは、すぐジャガイモを信じなくなる。北海道なのに!!!!!北海道が信じなくてどーする。バター味だの、カレー味だの、海苔味だの。「いやいや、北海道こそジャガイモそのままで勝負してよ」といつも思う。ジャガイモはそれだけで十分おいしいのに、すぐ何かを足したがる。……と思いつつ、結局それらも全部おいしいから悔しい。そう考えると、コロッケという食べ物は本当に罪深い。ちょっと具を足すだけで価値を倍にし、粉チーズとパセリでさらに格上げし、電車の中で食べても幸せをくれる。そして私は今日もまた、半額ポップに誘われて、新しいコロッケに騙されに行くのだと思う。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
アメリカンドッグがフランクフルトで、フランクフルトがアメリカンドッグっぽいよね
たぶん要約↓小学生の頃、お祭りのメニュー表が雑すぎてアメリカンドッグとフランクフルトの違いが分からず、本当は衣つきのアメリカンドッグが食べたいのに間違えてフランクフルトを頼んでしまうことが多かった。フランクフルトを持ってる同世代を見ると「この子も間違えたんだ…」と勝手に共感していた。大人になった今は、ソーセージ系への愛(シャウエッセンはボイルよりカリカリ焼き派)を語りつつ、アメリカンドッグの“店による差”は工場差じゃなく揚げ具合・放置時間・設備の差だろうと思っている。アメリカンドッグは日本全国一社提供なはずなので(多分&確実)あとアメリカン『ドック』と『ドッグ』どっちだったけ〜〜〜と、と毎回思って調べるときに「犬と同じだよ!」ということは覚えているものの、だから!!!犬がカタカナでドックだっけ、ドッグたっけってなって結局どっちか分からずじまい。低学歴おつ。そして一時期流行った「アメリカンドッグの下のカリカリが一番うまい」論には反発。あれは本当は“好き”というのはただの言い訳で、貧困の意地で食べてる部分で、それを正当化したいだけの言い訳である。カリカリ部分だけを商品化したドンキは“全て間違ってる”と感じた。いつかカリカリ部分を捨てられるくらい余裕のある大人になりたい、あそこの部分に目も向けず、ポイっと捨てれる人になりてえ。さらに、食べ物は串に刺さってるだけでうまそうに見える(焼き鳥・唐揚げ串など)それは、鶏肉系はとにかく自己主張させてあげよう!という子育て論がゆえに!串刺しがおいしく見えるんだろうね〜〜〜冷たいカップデリ唐揚げを買ってしまうのは、透明容器が唐揚げの“自己主張”を保っていて魅力的に見えるからだと気づいた。最後に、コンビニのアメリカンドッグでもらえるパウチのケチャップが全然足りない&食べ歩きで扱いづらいので、もっと使いやすい仕組みにしてほしいです。ケチャップ持参でコンビニ行かせてください。そして店員さん、ケチャップ乗っけるの手伝ってください。ここから世界平和生まれると思う!ああ!!!!アメリカンドッグに砂糖まぶすの最高においしいよね!というのと、アメリカンドッグにマスタード必須になったら大人になった証拠っていうの忘れてたのでお見知り置きください!!!【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
安くておいしいもの または、 素朴でシンプルでおいしいもの を食べて「こういうのでいいんだよ」ってさえいえばいいと思ってる人にならないぞ!って思ってたけどなっちゃった。悲しい
要約になってない要約↓私はずっと「孤独のグルメ」が大好きだけれど、あえて聖地巡礼はしないようにしている。行ったら絶対に“五郎さんごっこ”をしてしまう自分が想像できて、恥ずかしいから。そうなってる痛い人たちをたくさん見てきたし。安くておいしいもの または、 素朴でシンプルでおいしいもの を食べて「こういうのでいいんだよ」ってさえいえばいいと思ってる人。むしろ、この言葉を言いたいからそういうものを食べにいく人。レビューや口コミに頼らず、自分の直感と運だけでお店を選べる人になりたい。でも実際は、食べログやGoogleマップを血まなこで見てしまい、知り合いのおすすめよりも見知らぬ人のレビューを信じてしまう自分が本当に情けない。だから永遠飲み会やお茶会などにも誘われにくい人種のままなんだと思う。永遠一人語り人生。結局痛い孤独のグルメ像は自分が一番なってる。理想は「気になった店にパッと入れる人」になること。そのためには“比較しないこと”が大事だと気づいた。これは人生においてもそうですよね。最近たどり着いたのは、「お腹に聞くのではなく、気分でごはんを選ぶ」という方法。そして、一旦口の中に漬物か梅干しを入れながら考える方法。お腹は空いていると何でも食べたくなるから判断が鈍る。そして疲れていても鈍る。焼肉のたれしか飲みたくなくなる。でも気分に合わせて選ぶと失敗しにくい。その象徴が「大戸屋」と「松屋」の体験。・背伸びしたインターン説明会でボロボロに疲れた日は、大戸屋の温かい定食が心に染みた。・ひどく怒られた日は、松屋の牛丼がいちばん正解だった。 丼ものは情報量が少なくて、心が疲れているときにちょうどいい。逆に落ち込んだ日にデパ地下のキラキラ惣菜を食べると、情報量が多すぎて余計にしんどくなる。というか、いくと疲れる。だから元気な日は華やかな食事、落ち込んだ日はシンプルな丼もの。これが自分なりの食選びの正解だとわかった。最後にNetflixで陸上アニメ「100M」を観て、漫画「アシガール」を読んだあと、ネパール料理のスパイスを大量摂取したら、なぜか自分の足が速くなった気がした。今回は、スパイスを食べると猛烈に足が速くなるという話でした。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
成城石井のポテサラは成城石井アピが強かったです。
【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS要約になってない要約↓成城石井のポテトサラダは、一口食べてみて、成城石井を感じすぎた。あまりにも世の中が「成城石井のポテトサラダ」を褒めちぎるので、ちゃんと向き合ってみることにした。しかも、自由が丘の成城石井という強い4文字の組み合わせ!!!!!!イートインスペースで、ポテトサラダだけを大量に食べる。真摯に向き合うよ。そもそも成城石井にイートインなんてあるのか、という話なのだけれど、自由が丘店にはちゃんとある。しかも結構広い。仕切りもあって、外から見えにくい。「自由が丘の成城石井で夜に一人ポテサラをむさぼる人」として世間に晒されない優しい設計になっていて、そこはとてもよかった。壁にはワインの写真が飾られていて、なんとなく上品な空気。私は成城石井のカタログを読みながら、成城石井の割り箸で、成城石井のポテトサラダを食べる。成城石井に包囲された時間だった。成城石井バー!そして、肝心のポテトサラダ。ひと口食べて思った。おしゃれすぎる。これはもう、ポテトサラダというより「成城石井」だった。ポテトサラダにおいて一番大切なのは、素朴さだと思っている。主張しないこと。家庭料理としての控えめさ。けれどこのポテサラは、「私は成城石井発の洗練されたポテトサラダです」と名刺を配り歩いているような味だった。原因はたぶん、セロリと薄いマヨネーズ。セロリと粒マスタードという存在は、食べ物を一瞬で海外旅行させてしまう力を持っている。おしゃれサラダなら大歓迎だけれど、シンプルを売りにするポテサラに入ると、どうしても出しゃばりすぎる。昔のレビューを調べてみたら、以前はもっと家庭的で、きゅうり・にんじん・玉ねぎ中心の、ほくほく系だったらしい。今はなめらかで洗練された路線に変わっていて、なんだか少し遠い存在になってしまっていた。とはいえ、成城石井そのものはやっぱり好きだ。おしゃれで楽しくて、つい寄りたくなるお店なのは間違いない。ただ、このポテトサラダは私の中の“ポテサラ像”とは少し違っただけで。それで改めて思った。ポテトサラダにはいろんな世界がある。家庭で作る素朴なポテサラ。お弁当にちょこんと入っている業務用の“嘘ポテサラ”。居酒屋でこだわって作られている本気のポテサラ。そして成城石井みたいに、どこまでもおしゃれに走るポテサラ。その違いをまとめた「ポテトサラダの家系図」みたいな本を、いつか本気で作りたいと思っている。ちなみに最近の発見は、ポテトサラダは春巻きにするとめちゃくちゃおいしいということ。けどやっぱり、成城石井は全ての惣菜において成城石井アピ強くいてくれ!!!!そのほうが消費しがいがあるー!!!!!
あったかいのがおいしいという最終結論
最近、「食べ物はあたたかいほど美味しい」という当たり前だけど大事な真理に気づいた。私はサラダバーが大好きで、店選びも“サラダバーがあるかどうか”で決めるくらい。でもいつも満足しきれずに帰ることが多かった。それは結局、サラダが“冷たい食べ物”だからだと気づいた。冷蔵庫から出した揚げ物やお弁当をそのまま食べたり、冷凍食品を温めずに食べたりしていたけれど、ほんの1分我慢して温めるだけで驚くほど美味しくなる。野菜も生より湯がいたほうが甘くておいしいし、ブロッコリーや白菜もクタクタにするほど美味しい。表示時間や見た目の色合いより、“しっかり温めること”が大事だと実感した。アイスは冷たいけど美味しいと思っていたのは、冷たさで舌と脳がパニックになって騙されているだけ。本当はあらゆる食べ物は温かいほうが美味しいはずだと気づく。さらに“温かい”ことのメリットは、あまり美味しくない食べ物でも美味しく感じさせてくれること。安いコンビニのハンバーガーも、冷たいとただのパサパサなのに、熱々にするとちゃんと美味しくなる。寿司の練習で酢飯を大量に食べていたときも、冷たいのが当たり前だと思っていた酢飯を温めてみたら驚くほど美味しかった。刺身ですら、体調次第では温めたほうが食べやすく美味しい。だから結論。コンビニで「温めますか?」と聞かれたら、基本は“温めた方がいい”。むしろ店員さんに「絶対温めてください」と念押ししてほしいくらい。世の中の食べ物は、だいたい温めたほうが正義。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
お土産の正解はゴンチャ!ケンタッキーは人間としての体調が最高の時にしかいけない&サーティーワンは持ち運べるプリ機
【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS長い要約↓お土産の最適解はゴンチャ!私は普段、島に住んでいる。ときどき東京に行って、また飛行機で島に帰る。飛行機の中用の本を持参したり、映画ダウンロードするのに、ついつい、人が持ってるお土産袋に目がいく。リュックの中のお土産品も透視できたらいいのに、とすら思ってる。この前、隣に座っていた人が「ゴンチャ」を二つ持っていた。あのタピオカドリンクのゴンチャである。女子高生にとってのアンパンマンみたいな存在の、ゴンチャ様。ユン様みたいな、本当に。普通のコーヒーショップの飲み物は、カップの上にプラスチックのフタがついている。でもタピオカ屋さんのカップは違う。上をシールでぺたっと密閉する。あの機械が私は大好きで、必要ないのに毎回アマゾンで価格検索してしまうくらい憧れている。タピオカも飲まないけど、欲しいな〜そのおかげで、ぶん回してもこぼれない。その人は、透明な袋にゴンチャを二つ入れていた。降りるときに気づいて、「あ、ゴンチャだ」と思った瞬間、思わず抱きしめたくなった。お土産にゴンチャを選ぶ――。日々、お土産選びに悩み、苦しみ、たくさん時間をかけて結局間違ってしまう私にお土産の正解を教えてくれた。ひよこだとか、めんべいだとか、いろいろあるけれど、本当のお土産ってきっとこういうことだと思う。その土地でしか手に入らない生物、流行もの、心が求めているもの、定型分の「ありがとう」じゃなくて「やった〜〜〜〜〜!」という言葉が出るものこそ、お土産なんだと思う!!!!そして、それをちょっとめんどくさくても、丁寧に持って帰ってきてくれること。それがお土産!!!島にはチェーン店がほとんどない。マクドナルドも、ケンタッキーも、ミスタードーナツも遠い存在だ。だからお土産はだいたいそのどれかになる。カルディのお菓子や鍋つゆもめちゃくちゃ嬉しい。島の人たちは、お土産に騙されていない。「名物っぽい箱菓子」よりも、普段味わえない「都会の日常そのもの」を持って帰ってきてくれる方がよっぽど嬉しいのを知っている。地元のスーパーにもタピオカは売っている。でも、ゴンチャのカップで飲むタピオカはやっぱり違う。たとえ中身が同じでも、あのロゴがあるだけで全然違う。女子高生が身近にいない私は、スタバをお土産にしてみたいと考えた。しかし、ふたが外れやすいので難しい。スタバ思い出。私は夜行バスに乗ることが多いのだけど、ある日ちょっと背伸びしてスタバの抹茶ラテを買って乗り込んだ。「スタバの大きいやつを持ってる自分」を演出したかったのだ。ところが隣に座った登山客みたいな人がリュックをガンッと置いた瞬間、私の抹茶ラテは見事に倒れた。床にビチャー。夜行バスという存在は徹底的にコストカットしてくれて私たちに異動を提供してくれているので、雑巾なんてない。みんなの汗拭きシートを総動員して拭き取る地獄。私は一口も飲めないまま喉カラカラで夜を過ごした。けど、抹茶は良かったかも。日本人のこころ。その香りと共に〜、密閉旅。その日以来、「カップの飲み物は持ち運ぶべきではない」という教訓を得た。身分に合わないことをするな、とも思った。それでもスタバへの憧れは消えなくて、今では空のスタバカップをわざわざ持って帰り、家でティーバッグのお茶を入れて“スタバごっこ”をしている。私にとっての最高贅沢時間。なんだかんだ、私が島の家族たちへのお土産でよく買うのはパンだ。島にはおいしいパン屋が少ないから、デパ地下のパンはとにかくありがたい。あと、パンの袋を閉じてくれる、あのデパ地下シールと紙袋。これら全て含めてお土産!この前はプルプルのフレンチトーストを大事に持って帰ってきたのに、トランクを閉めるときに自分の手で挟んで潰してしまった。持ち運びで潰れたならまだ許せるのに、自分でトドメを刺したときの絶望は大きい。お土産界の王者は、やっぱりサーティワンのアソートパックだと思う。あれを持ってきてくれる人は、どんなおじさんでも一瞬でヒーローになれる。怖かった親戚のおじさんも、サーティワンを抱えて現れた瞬間だけは神様に見えた。キムタクに見えた。いいお土産さえ持っていればカッコ良くもなれる。特にサーティーワンくらいキラキラしてるものは持ち運べるプリ機(プリントシール機)だと思う。ドライアイスまでセットでついてくるあのエンタメ性。これは、でんじろう先生のサイエンスショーのチケット付きと考えていい!わーい。あれ以上の土産はなかなかない。そしてケンタッキー。山盛りで買ってきてくれるのは嬉しいけれど、子どもの胃にですら、ケンタッキーは重い。ケンタッキーという場所は人間が一番元気な時に行く場所だからね。最近全然行ってないわ。脱毛でいったキラキラのお姉さんが、ここのサロンメンバーとクリスマスにケンタッキー予約してるんです。とキラキラの笑顔で言ってきた日の脱毛は、普段痛みに鈍感な私が初めて脱毛痛いと思った瞬間だった。消費できないほどもらった時に登場するのが「ケンタッキーカレー」だ。余ったチキンをカレーにする―これが本当においしい。余らずとも作りたいくらいおいしい。出来たてが一番おいしいカレーなんて他にない。公式でレシピ化してほしいくらいだ。ただ、ケンタッキーには一つだけ言いたいことがある。部位の振り分けが不平等すぎる。お金のない学生にはなぜか小さくてひもじい部位が回ってくる。国会で「学生には大きい部位を優先する法律」を作ってほしいくらいだ。そんなふうに、私は今日もお土産のことを真剣に考えている。高級菓子よりも、都会の日常の一コマ。ひよこよりも、ゴンチャ。島に住んでいるからこそ、そういう“本当のお土産”の価値がよくわかる。次に飛行機で帰るとき、私も誰かにゴンチャを二つ買って帰ろうかな、と思っている。
ふりかけと、トイレットペーパーだけはケチらない〜金持ちのトイレは天国〜
※なんか、最近のやつ、音声変ですみませんでした今回の内容↓ • 「百均に行けば人生の全て解決する」説に共感。何回行っても楽しいし、レイアウト覚えられず店員さんに聞きがち。 • ただし自分は“安物買いの銭失い”体質で、クーポンのために不要な買い物もしがち。これはもう宿命。 • そんな私でも「ケチらない」と決めたのが トイレットペーパー と ふりかけ。 • トイレットペーパーは安いと結局たくさん使うし、ふわふわの幸福度が高い。お金持ちの家のトイレは天国。 • ふりかけは安い“のりたま風”を買うと味が全然違う。のりたまの決め手は「緑の粒」。 • 結婚式でキャビアが残されてるのを見て、「粒の旨み」について考え、最終的に のりたま&永谷園のお茶漬けの“緑の粒”が最強 という結論に。 • お茶漬けの素は半分で足りるのに、半端が残りがち。大袋タイプは逆に使わなくなる謎もある。 • 旅館や朝食バイキングのふりかけ・納豆・海苔は、なぜか普段より魅力的で、つい騙されて取りすぎる。 • モテる先輩がデートで「シンプル納豆焼き」を頼んでいて痺れた。納豆焼きは風味が生地に広がって最高。 • お好み焼き屋バイトあるある:鰹節と青のりが飛びまくって運ぶのが大変。 • 結論:「私たちはもっと“緑の粒”に感謝した方がいい」。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓せているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
スナックでも、魂の食の話がしてえんだよ!
スナックで働きながら、ひたすら食の話をして生きています。無口なおじさんとも、会話が止まったら「何食べてきたんですか?」で乗り切る。高級焼肉より、リアルな日常メシが知りたい派です。ラッキーなご縁で銀座のスナックに拾われ、角煮とかぼちゃサラダと寿司に育てられました。刺身派だった私が、握りたての寿司に出会って寿司信者に。気づいたら寿司修行まで始めてました。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
令和のマダムシンコ計画!煩悩レイヤーカステラザラメケーキ!
マダムシンコになるどうしても、すみません。どうしても私は「第二のマダムシンコ」になりたいんです。だって、自分の名前でバームクーヘンを開発して、バームクーヘンだけで豪邸を建てて、豹柄を持ち歩く人が増えて、もらった人も喜んで、贈りたくなる。パッケージだけで「あれだよね!」ともなる!!!551蓬莱もそう!!わーい!ってなる!!そして、お菓子って消えるものだから、定期的に買ってもらえるし、とにかく自分の名前がいろんなところでいわれまくってるのよすぎ!!そこまで行くのは大変だと分かってるけど、到達したら最高すぎる。私がマダムシンコを最初にもらったのは大阪の人からでした。正直、それまで私はバームクーヘンのことを「むせる、喉乾かし系の食べ物」だと思っていました。クリームないし、重いし、甘いかどうかもよく分からないし、ふわふわでもないし。バームクーヘンって何?みたいな。でもマダムシンコは、パッケージから違った。バームクーヘンってだいたい白い箱なのに、あれだけカラフルでテンション上がる。しかも上に砂糖がかかってる。もう、甘いものに甘いものをかける「アイシング」って、正義じゃないですか。スイーツは甘すぎて困ること、基本ない。これは私、アイシングクッキーのカフェを4年間やって気づいたんですけど、甘さの限度ってないんですよね。塩は単体で食べないけど、砂糖は固めれば単体でいける。和菓子にも砂糖を固めただけのお菓子があるし、砂糖って昔は貴重だから、形にして贈り物にしてたわけで。砂糖を「そのまま渡す」より、「形にして気持ちを込める」。職人さんたちの言葉って、重みが違うなと思う。でも一方で、私はキラキラにも憧れる。AIとか投資とかでバコバコ成功して、渋谷とか銀座の高層ビルで、短い会議して、長い机と高級ゲーミングチェアで打ち合わせして、日光浴びすぎて日焼けしたぜ、とか言いたい。最悪な憧れなんだけど、憧れは憧れ。そこで私は「マダムシンコみたいになりたいなら、まずバームクーヘンを理解しよう」と思って、バームクーヘンについて考え始めたんです。正直、食べると喉が乾くし、牛乳が足りない。でも作ってるところを見るのは最高に楽しい。クラブハリエとか、デパ地下で焼いてるのを見せてくれるじゃないですか。あれ、100円払ってもいいくらい、ずっと見てられる。治一郎のしっとりバームだけは、牛乳なしでも食べられるくらいしっとりで、うちのおばあちゃんも「治一郎だけは好き」って言う。おばあちゃんってすぐむせるし、昔のお菓子がパサパサだった時代を生きてるから、しっとり信仰が強いんですよね。台湾カステラが好きなのも分かる。あと、バームクーヘンって「手土産としてコスパよく豪華に見える」最強枠でもある。クッキーとかフィナンシェって小さくて高いから、価値が分かる人じゃないと「なんでこんな小さいの?」ってなる。だからクッキーをくれる人は「食通として認められてる」感じがするけど、バームクーヘンをもらうと「でかいのが嬉しい人と思われた?」ってちょっと思っちゃう自分もいる。ごめんなさい。でもバームクーヘンって、本当は縁起物でもあるんですよね。年輪=幸せが重なる、続く、とか言って結婚式の引き出物になったりする。言葉としては浅いのに、なぜか納得させられちゃう力がある。そして、作るのがめちゃくちゃ大変。薄く塗って焼いて重ねて、赤ちゃん見守るみたいにずっと見てなきゃいけない。昔のオーブンは性能が今ほどじゃないから、分厚く焼くと上だけ焦げて中が生になる。だから地道に重ねるしかなかった。そういう「努力の層」がある。さらにバームクーヘンの強みは、崩れないこと。クッキーや繊細なお菓子って、崩れた瞬間終わる。見た目売りのものって、少し崩れると台無しになる。でもバームクーヘンは振り回しても崩れない。しかも重い。重いって、もらった瞬間うれしい。新幹線で持ってきてくれた重みって、愛じゃないですか。そこで私、長崎県民として思ったんです。カステラの一番下の、焦げ茶の部分。あそこにザラメが入ってて、ガリッと食べるのが最高に幸せじゃないですか。上の焦げ茶にはザラメがないのに、下だけにある。じゃあ、あの「ザラメのある底」だけを何層にも重ねたらどうだろうって。ザラメは甘いし、重いし、崩れない。しかも昭和っぽくて古臭いのもいい。全部茶色でシンプルなのも、目が疲れてる現代人にやさしい。形は丸がいい。四角いお菓子ってちょっと冷たい顔してる。レモンケーキを見習ってほしい。丸いとあったかい。そして形状は、水筒みたいな筒。500mlの水筒くらいのサイズで、スプリンクルの容器みたいにフタを開け閉めできるパッケージにする。そうすれば少しずつ食べられるし、閉じられるし、リュックの水筒ポケットに入る。持ち運び最強。いくら振り回してもOK。さらに、バームクーヘンって「切る問題」があるじゃないですか。切るの面倒だし、最初に切る人のプレッシャーが重い。何等分にするか悩むし、「年輪眺めたい派」も出てくる。新人がかわいそう。だけどこの筒なら、包丁いらないし、皿もいらない。上から取って食べればいい。最初に誰が食べたかもバレない。元の長さが分からないから。デスクにも置きやすい。邪魔にならない。つまり私は、「カステラの底、今こそ逆襲」みたいな、ザラメを積層した新しい手土産を作りたいんです。ただ「ザラメレイヤーケーキ」って名前がダサい。もっとかっこいい名前が必要。マダムシンコみたいに自分の名前を使うか、フランス語やイタリア語にするか。いっそ「煩悩」でもいい。「煩悩砂糖まみれタワー」みたいな。よし、企画書を作ります。【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。みてね!https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
全てのご褒美はビックボーイへ。
なんか、AI自動編集でノイズと無音消去してもらってるのですが、『ホテルビュッフェ』のちいさいユとツはいらないと認識されちゃっててへんなかんじになっています。たしかに、本場ではブフェとか、バフェとかブッフェとかいうらしく、ビュッフェ通のひとたちがそう言ってるのをよく見たり聞いたりするのをこっそりばかにして楽しんでいたばちが当たったのかなぁ。Googleレビューとかでビュッフェをわざわざかっこいい言葉に変えてるひとがすきだったんだけどなごめんなさいちなみに内容やりたいこと・行きたい場所は先に予定を入れないと人生終わる、と思ってる私。行きたいホテルビュッフェをGoogleマップにブックマークしすぎて、ピンが多すぎて地図が見えてないせいでいろんな待ち合わせに遅れています。毎シーズン「ご褒美にホテルビュッフェ予約!」ってカレンダーに入れるのに、直前になると「元取れるかな…」「キラキラ空間こわ…」「緊張で胃が固まって食べれん…」ってビビってキャンセルし、結局いつものビッグボーイに避難。これを3シーズン連続でやってる。ちなみに昔は「好きな店に就職すれば幸せ」と思ってて、ビッグボーイ愛を面接で語りすぎたら「それ、客として好きなだけですよね」で終了。正論すぎて泣いた。でも愛は消えない。そんなビッグボーイの好きポイントは、 • とにかく安い • ランチが10:00〜17:00と長すぎ • しかもその後も居させてくれる空気 • サラダバーは水だから永遠食べれる • さらにカレー・スープ・デザートまで揃ってる私の最強アレンジは、ターメリックライス×さらさらカレーにコーヒーゼリーのホイップを乗せて“コク増し”する技。(チェーン店のホイップって、なぜか異様にうまい)コーンスープも「嘘の甘さ」で最高なので、サラダバーのコーンを限界まで追加してクルトンを“カリカリ派”と“ベチョベチョ派”に分けて楽しむ。最後に気づいた。ビッグボーイの季節メニューって、季節がズレてる。でもうちの祖母も、クリスマス前に正月飾り出したり、雛祭り前に雛人形しまったりする。祖母曰く「誰よりも早く出して、誰よりも早くしまえばいい」。つまり――ビッグボーイの暦=祖母の暦。だから私はビッグボーイが実家みたいに落ち着くのかもしれない。でも今年の冬こそは、ビッグボーイに帰りつつも、ちゃんとホテルビュッフェの女になる。(予定を入れて、逃げない)【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
2025の美味しいものを振り返って今年に活かそうと思ったけど結局目の前にあるものを最適なタイミングで食べとけ永遠!食べまくるぞー!おー!そしてアボカドがなによりもうまいという結論。
けっきょく、アボカドが世界一うまいよねっていう全ての結論!ほぼ同率TOP3 1. いとこ特製ソルロンタン(知らない料理なのにバチクソうまい愛) 2. うなぎ混ぜ込みご飯(もちもち米が勝つ。量足りず2口で消滅) 3. ペルー料理のセビーチェ(酸っぱうまい、白身魚分厚い、とうもろこしカリカリ衝撃) • 4位級の表彰枠:はま寿司の柿の寿司(高いけど最高) • 今年の傾向として、記憶に残るのは「味」より 食感。 • ふわふわ=雲系(ハモ、フカヒレ、メレンゲ、とろろ焼き、など) • もちもちご飯(赤飯、おこわ、混ぜ込み系) • 北海道のスーパー惣菜が強い(おこわ・ポテサラ・白身フライが本物)でも海鮮は 五島が最強と言いたい。 • 甘いものは普段そこまでだけど、生フレンチクルーラー系は一気食いするほど中毒級。 • 印象に残った発見: • かぼちゃムース=サラダとスープの“中間”という新ジャンルを教えてくれた • 刻み長芋=すりおろし不要!噛めてうまい。人生も食材も“無理にすらなくていい” • エジプト料理ビュッフェは情報量多すぎて脳がバグったけど、油たっぷりの激熱スープがうますぎて記憶に刻まれた(口内マリオ地獄) • 今年の食品部門MVP:黒豆納豆(納豆は安い派なのに、これは課金したい)最終結論 • おいしい記憶=食感 • 出来たては正義 • アボカドは世界一うまい可能性 • 美味しいものは「飲み物」って言いたくなる(止まらん)【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。^_^みてね!https://l.instagram.com/?u=https%3A%2F%2Flit.link%2Fkuiizi&e=AT3XSFafeOvCYz-Qrs2YZVSzaeTnwEMBOgkeC95oI-CnVLmvnk71aqxhJDN4sl3o0BcDpUnJIM0b_GCLR3YqBToaVq13H6ahdt7eI7Bd_MXgSsHMnZQg-nhRT2SJ_rgRR4_KKBBPBsrS
新年から怖い弁当の話
『お弁当のなかがわ』さんのお弁当の日は、まず、眺める時間を3分以上ください!「オードブル=臭い揚げ物の最終果ての地」だと思ってた私が、五島の中川お弁当屋さんに土下座する回。法事で食べた2,500円弁当が、Wii Fitのボード級にデカくて、開けた瞬間まず3分見つめる(美術館方式)。高級弁当にありがちな“柄の容器でごまかす”“天ぷらと漬物で面積稼ぐ”“薄すぎ三段弁当”全部やらないのが中川さん。冷めても臭くない唐揚げ(ブラックペッパー粒で殴ってくる)、べっちょりしないカツ、刀みたいに美しい煮物、でっかいフルーツ、厚すぎるアルミカップ。さらにチラシ寿司が「甘さに逃げない」のに、レンコン・錦糸卵・柴漬け・紅しょうがで最後まで飽きない。しかもオードブル頼むたびに、なぜかいなり・巻き寿司・赤飯まで付いてくる(ご飯過多の祝福)。いなりは皮が薄くて口どけ最高、卵焼きはSwitchのリモコンくらいデカいのに、カニカマの位置が毎回ミリ単位で同じで怖い。美味しすぎて怖い、“こわ弁当”。年末年始、五島に集合して中川オードブル食べようぜ。ついでに刺身職人の叔父の刺盛りもいこうぜ。(底辺ポッドキャスターの妄想は止まらない)【食い意地ラジオについて】9/14 、くいしんぼうの日に生まれた私は日々食べ物や食事の時間を抱きしめて過ごしています。食に対して毎日真剣に、全力で、血眼で向き合った結果、食事を睨むくらい食い意地が止まらなくなってしまい、1日中食のことしか考えられなくなってしまいました。そしてなんでも食べるようになってしまいました。食いしん坊がただ自由に暑苦しく、うざったく、食への愛と食い意地を爆発させているラジオです。自我強くてごめん。食い意地ラジオみてね↓
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