-
-
スピーカー 1
そういうことを話しつつ、今日話したいことは、出先の話。
あれっすよ。肩書きの話もしたいけどさ。
僕もふくしまくんも出力方法というか、建築以外の出力方法を持っているので、持つことになったので、
建築家って言ってるけど、そのこと本業とは別のことみたいな。
って僕最初は思ってたんやけど、なんかちょっとそれもここまで来ると違うんじゃないかって思い始めていて。
スピーカー 2
というのは。
スピーカー 1
建築とか写真とかポッドキャスト、人もそうやけど、そういうのを自体は媒体であって、それが目的じゃないかなって思い始めてる最近。
なんかそんな気がしてならんみたいな気がしてて。
分かるかな、その。
作りたいのは、なんていうの、家じゃなくて、作りたいのはその状況、そういう環境を作りたいって思って家作りをしてる。
で、それってクライアントに対してもそうやし、なんか自分に対しても自分がいろんなことをしてて、ポッドキャストをしてたり、アーティストインレジデンスしてたりするけど、
それって自分が作りたい自分の状況のための出先があるんじゃないかっていうことを思って、どうですかって。
スピーカー 2
いいですね。
スピーカー 1
いや、なんていうの、なんでしてるんやろうなーってふわっと思ってたんよ。
面白そうで始めて、面白そうで動いてるんやけどさ、ポッドキャストもそうやし、
けど、この前ジンの話をして、なんかジンを作ることが目的なんかなって、なんでジン作るんやっけみたいなことを考え始めたときに、
作りたいのはジンじゃなくて、ジンはその手段、媒体であって、その先のはずやよなって思ったんですよ。
スピーカー 2
はいはいはい、そうですね。
スピーカー 1
そうなの。
スピーカー 2
でもわかりますよ。だから、例えばジンやと、どういうあれがあると思いますか、その先に見えるものっていうか、
ジンは手段やとして、その目的っていうのかな、それを使ってどうなったらいいなって考えてたりします。
それ話してないですよね、たぶん。
話してない。
スピーカー 1
僕が、ふくしまくんがこのポッドキャストを話してて気づいたこと、答えじゃなくてもいいんやけど、
散らかってても散らかってるのもいいよねとか、そういうところに暮らしててるよねとか、
そういうことをポッドキャスト以外の媒体を使って形にしておきたいっていうのはある?その価値観の表明として。
ポッドキャスト自体は話しっぱなしのところがあるから、もう一回70何回して散らかしたものを整理して、
何に自分たちは引っかかっているのかとか、そうやなって思ったものが何やったんかをまとめる作業をしたいなとは思う?
もうなんか、主極の…主極?主極?
オデル?
スピーカー 2
分かる分かるね。その先に何が来るのか。
スピーカー 1
主極…
スピーカー 2
主極の何ですか?
スピーカー 1
主極の30線みたいなさ、自分たちのこのポッドキャストに出た磨きがかかってないもの。
だけど、大事やなって思っていることをもう一回並べたいっていうことかなって。
スピーカー 2
ほんま、ポッドキャストで雑談というか、こうやって普通に喋っていると、ただただ積み上がっていくっていうか、むちゃくちゃ出来上がっていくみたいな感覚があるんですけど、
それを改めて見直して、どこに何があって、どういうことを考えているかっていうのを統計…系統立てて?何でや、系統立ててか。
スピーカー 2
それこそ編集するみたいな。その手段としてその陣があるっていうのはすごくいい気がしますよね。
スピーカー 1
一つ一つさ、やることにそういう、なんか自分がありたい、それをまとめた状態で自分がこれが大事っていうのを認識したいとか、していたいとか、
普段、なんかこうありたいと思う状況のためにいろんな出先があるのかなって思う?
たとえば建築だけしてて文章書きませんってなったら、建築のことを説明とか建築見てそこから感じてくださいって、
それで伝わればもちろんいいと思うし、言葉なんていらん素敵さももちろんあると思うけど、
出先を変えることでできることがかなり変わるんじゃないかなっていうのは思っています。
スピーカー 2
それはむちゃくちゃあると思いますね。やっぱり建築は五感で感じるものって僕はすごい思ってるから、
体で感じてなんぼって思うけど、今の時代それを第三者に伝えるときに必ずしも物理的な動かないものやから、空間って。
だからそれをいろんな人に感じてほしいって思うと難しいので、
それを別の媒体とか言葉だとか、声だとか写真だとか、いろんなものの力を借りてそれを断片的にでも伝えるというか、
届けるみたいなことは大事というか、その手段によって得意不得意が必ずあるから、それはごもっともやと思います。
スピーカー 1
よし、終わり。今日はじゃあここまで。
スピーカー 2
早っ。すごい。
スピーカー 1
17分早かった。嘘嘘。もうちょっと膨らましたい。
思っててどうかなと思っててさ、
スピーカー 1
もうちょっとちゃんと、今回言えなくても、自分が建築写真を上げる違和感みたいなのはもうちょっとはっきりさせたいし。
僕が家完成して自分の家を上げることに対しては全然抵抗なさそうな気がするんよ。
暮らし、暮らしになったら。
手を過去の物件みたいな感じで、それをまた引っ張り出してきて上げ続けることに対して、このムーブはしっくり来るんだろうかって気はしてる?
スピーカー 2
過去のやつを引っ張り出してくるとかっていうのは、あんまり僕もしてなくて、常に今というかね、現在地みたいなもので、SNS自体はいるつもりではいるんですよ。
だから、過去作を予約投稿とかして、定期的にずっと上がってるような状態にするとか、そういうことはやっぱりあんまりしたくなくて、今感じてることとか、今やってることとかだけをとりあえずポンポンポンポン置いておくみたいな、人に見える場所に。
で、自分自身はどんどん忘れていくみたいな、そういう感覚があるのかもしれない。
スピーカー 1
そう思うとさ、建築写真との付き合い方みたいな、ちょっと変わりそうな気がしてて、その瞬間はいいけどさ、その先に建築写真が使い道がないというかさ、
建築写真としての意味合いが弱なってる気がしてて、
それが例えば家族写真とかとしての建築写真みたいなのやったら、思い出としていい気がするんやけど、建築のための建築写真みたいな感じやん、言うたら。
そこにやったから一応記録にとっとこみたいな、意外に見出せるものがない気がしてしまってきてる。
言葉ってさ、強いやん。ポッドキャストでも思うけど、素材としての価値ってすごい残ると思うよ。
しゃべった時の音源もあるし、これが素材になって人にするとか文章を書くとかもできるし、その言葉自体が思考の集積というか、また引っ張り出しやすいものというか、何度も自分に戻ってくるような感じがしてて、
出先としてすごく何度も役に立つ気がするんよな。一緒に並べてどっちがいいとかじゃないとはもちろん思うんやけど、
スピーカー 2
建築は少なくとも自分のために作ってるもんじゃないから、自建築っていうか住宅はそこに住む人とその周りに住む人との関係が永遠と続いていくものやから、
どっかで建築家自身、僕自身との関係っていうのは何かこう立つ必要もあるというか、何て言うの、そのための建築写真みたいな。私の作ろうとしたものはここまでみたいなさ。
スピーカー 1
ここまでとは言わんけど、それこそ家族写真みたいな感じですね。小学校入学しましたパシャーって撮ってるようなんとか、そういう感覚はありますかね。その瞬間その時点の状態を残してあげるっていうのは全然いいこととは思う。
スピーカー 2
なんか世に出すものとしてそれが使いやすい使いにくいはあると思うんすよ。それを見た人がどう感じるか、あげみさん自身が伝えたいことに対してその写真を使うことが相応しいかどうかっていうのはまた別じゃないですか。記録があるっていうこと自体はすごくいいこととは思うんすよ。
スピーカー 1
それは思う。それは思うし、それに尽きるってしまうような気もする。例えばさ、娘の写真とかさ、たまに夜みんなで見返してさ、何回見ても最高みたいになる。なるなるなる。写真ってこういうもんなんやみたいなさ。何回見てもいい。
なんか旅行行った写真とかみんなで見たりとか、1歳の誕生日の写真見たりして、何回でも見られるし、一生楽しめるやんこれって思うねん。
だから、それと一緒にしたらあかんかもやけど、建築写真とか、写真ってそうやったらもっとええなって思う。
スピーカー 1
この話、一旦ここまでというかちょっと飛ぶかもしれへんねんけど、ここ最近の収録であの、忖度してるなって思って自分が。
スピーカー 2
またそのフェーズに入ったんですか。一時気にせんくなったとか言ってましたけど。
スピーカー 1
なんかちょっとブレーキ踏みながら喋ってるような気がしてて、喋っててもう一歩踏み込むというか、もっと近づくみたいなことができひんかったなって。
あの収録終わってから思って、話したしな、ふくしまくんとも。切れ味のない、自分が切れてない感じがする。
なんかこう、えいっ、えいっみたいな感じでこう、しないで切ろうとしてるみたいな。
スピーカー 1
もうちょっとなんか自分のこう思ってることとか感じてることをもっとこう言うて、恥ずかしかったりするとかもあるけど、
ようにしていきたいなって思った。
スピーカー 2
その方が気楽でいいと思うんすけどね。なんかやっぱりこう思われたいからとか、こういう他人視点というかね、他者視点か。
自分でコントロールできあんもんを気にしても大変ですよ。終わりがなくて。
スピーカー 1
なんでここから僕、墓穴を掘りまくる回が続く可能性がありますっていう。
なんか僕がいらんこと言ってふくしまくんがいいことを言うて終わるっていうパターンが続くんじゃないかなと思って。
いやなんかその違和感とか、ちゃんと感じたことをごまかさんようにしたいなって思う。
それをなんか外に出しておくっていうのはほんまに大事な気がします。
スピーカー 2
その現時点の今のその違和感を感じたとか。ほんまに1週間後とか忘れてたりしますし。
チャットGPTとかね、AIとやりとりしてて助かるというか、ありがたいなって思うのはそれこそ自分がボソボソこう出したことを、
全然違う文脈の質問した時にひも付けてこう答えてくれたりするんですよ。
確かに前にこういうことも言ってたしねみたいな、こういうやりたいって言ってたことに繋がっていくんじゃないとか、確かにって思うんですよ。
その覚えてもらってるのもあくまでも自分の感情とか感覚とか言葉やったりして、それを今の自分の言葉とひも付けてくれるからすごくありがたい。
そうやってちゃんと過去のものにするっていうか、一つ一つを。それはなんか大事やな。
スピーカー 1
ちゃんとやっていこう、ちゃんとやろう感じで。じゃないとなんかその人にしたって刺さっていかんと思うね。
ふわっとしたこと書いてても、なって思うね。なんか書き始めてたり文章してて、ゆるいのいいよねみたいな感じのいらんね。
そのゆるいなりにゆるくなったとしても、ゆるいなりの必死さを書いていきたいなって思う。
以上です。終わります。おやすみなさい。
スピーカー 2
早っ。
でも最初に言ってましたけど、ジーンを作ることでどういうことを成し遂げたいかみたいな、どうありたいかみたいな。
それはちゃんと考えなあかんですね。言われて気づきましたけど。
スピーカー 1
出して終わりじゃなくてね。
それが目的になったらね、つまらんから。
スピーカー 1
もう一本撮るんで切ります。
スピーカー 2
わかりました。
スピーカー 1
急いでる。
はい、じゃあ今夜はこんなところです。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
また次の夜にお会いしましょう。
スピーカー 2
お会いしましょう。
スピーカー 1
おやすみなさい。
おやすみなさい。