そんな海外に援助物資として送っていったらいいんじゃないかっていうね、
そんなリスナーさんの意見がありまして、脱脂粉乳のことを考えてくださっているアドバイスかなと思いますんで、
こちらの質問、本当に送れるのかというところとかですね、
あとは日本の戦後にアメリカから脱脂粉乳を買って、日本の子供たちに給食制度で飲ませていたとか、飲んでいたっていうことから、
これで国の国際協力もできるし、日本のこともいいし、そちらの国もいいし、いいじゃないかっていう意見があったんですけど、
ちょっとここら辺を調べてお答えしていこうかなと思いますんで、
今日も10分15分くらいの配信していこうと思いますので、牛乳を飲みながら最後まで聞いていただけたらと思います。よろしくお願いします。
はい、ということで、じゃあ今日もですね、皆さんと一緒に牛乳で乾杯していこうかなと思いますけども、
リスナーさんの質問にもありましたように、脱脂粉乳の積み上がりが本当に危機的状況でですね、
で、とあるニュースではですね、生産調整になるんじゃないかどうかみたいな話がちょっと出てきてたりしますね、ちょっと怖いですね、嫌ですね、はい、
あのまた年末にあの牛の頭数減らしたら補助金みたいなね、ちょっと本当に意味がわからない、はい、またやるのかあれをと思ってますけども、
はい、ぜひこういうことならない、皆さんよく考えてみてください。牛乳が売れなくて、牛乳が高くて買われない、で、高かくて買われないって思ってますけど、
その落農家の生産を落とすために今度また皆さんの税金が使われるっていう、意味わかんないですから本当に、冷静になってもうこれ何回もお話ししますけども、はい、
高齢になってきてますね、ちょっと皆さんね、ちょっとあの応援していただけたら嬉しいです。牛乳とね、あとはヨーグルトとか、はい、脱脂粉乳が使われている商品、しっかり食べていただけたら嬉しいですよ、はい、
では今日も皆さんがね、牛乳を準備している間にちょっとお知らせをしたいなと思います。川上牧場ノートというですね、ブログとか記事を書いたりするアプリをやっております。
毎日配信しているこの音声配信を文字起こしして再構成したものをノートの記事として毎日上げておりますので、ぜひ皆さんね、アカウント登録してログインして読んでいただけたらと思います。
で、このノートの記事が面白いなとか、もっとよりよく知りたいと思われる方はですね、メンバーシップというものもね、準備しておりますので、ぜひこちらの方も登録していただけたら嬉しいですね。
皆さんの応援ご支援がですね、川上牧場の原動力となりますけども、はい、ぜひこちらよろしくお願いします。
あとは川上牧場のインスタグラムの方ですね、インスタグラムの方でやっております、ハッシュタグ未来の牛乳と称しまして、皆さんのこんな牛乳あったらいいな、こんな牛乳製品食べてみたいなというものをですね、デジタルアートにして販売しております。
こちらのデジタルアートの売上は川上が子供食堂に牛乳を支援したりだとか、小中高の食育活動に参加した際の活動費に当てさせていただこうと思っておりますので、ぜひ皆さんご支援よろしくお願いします。
皆さんのご支援が子供たちの未来の牛乳を作っていくというそんな特別なデジタルアート体験となっておりますので、ぜひこちらもよろしくお願いします。
皆さんの発想、アイディアでいいかなと思うんですけども、これ色々国際の問題色々ありまして、そこら辺をまとめてきましたのでお答えしていこうかなと思いますし、
アメリカから脱脂粉乳を買ったみたいな歴史、皆さん歴史の授業とかね、戦後の授業とかで習ったかなと思います。
ここら辺もですね、詳しいね、調べてきましたんで、そこも含まれてお答えしていこうかなと思いますんで、まとめてきたものをね、ちょっと読んでいこうかなと思います。
今日は戦後の日本はアメリカから脱脂粉乳の援助を受けていた。だったら今日本で余っている脱脂粉乳を栄養不足の国へ送ったらどうなのか。
日本の落脳にもプラスになりますし、援助を受ける国にもプラスになる。ODAとしてやればウィンウィンなんじゃないかというアイディアですね。
面白いな、素晴らしい考えだと思いますけども、調べていくとですね、単純に余っているから海外へ送ればいいということでもないということをね、こういうのが見えてきました。
今日はですね、戦後の脱脂粉乳の歴史から現在の日本の乳製品問題、そして食料援助とは何のためにあるのかまで考えていこうかなと思います。
まず最初に戦後の日本は本当に脱脂粉乳をもらっていたのかというところからお話ししていきます。
まずはここは事実です。戦後の日本は深刻な食料不足にありました。
文部科学省の学校給食誌から見ると1947年、昭和22年の秋にはアメリカから援助された脱脂粉乳が学校給食へ配給されています。
1949年にはユニセフが寄贈した脱脂粉乳も学校給食に使われていました。
そして1950年になるとアメリカ政府から送られた小麦を使ってパンやミルク、おかずという完全給食が広がっていきます。
なので今の日本人にとって脱脂粉乳って昔の給食で飲んだあまりおいしくなかったものというイメージが強かったりしますけれども、
当時の子供たちの栄養を支えたものすごく重要な食料だったわけです。
続いて、ただ小麦はいらない、脱脂粉乳をくださいではなかったというところをお話していきます。
ここはちょっといただいたコメントから少しだけ修正したいところなんですけれども、
1950年代の日米交渉公文書から調べた研究があります。
それを見るとアメリカ側は当初、学校給食向けに脱脂粉乳の贈与を提案していました。
ところが日本政府は脱脂粉乳だけではなく小麦も援助してほしいと交渉しています。
1955年には日本側が小麦と脱脂粉乳の両方の贈与を要請し、特に小麦についてもアメリカ側に認めさせています。
これが国際食料援助で現地市場を壊してはいけないというルールがあるということですね。
大きな理由です。
FAOも援助は現地の食料生産や市場への悪影響を最小化し、自立を妨げないように設計するべきだとしています。
続いて日本の楽能家を助けて海外の楽能家を潰したら意味がないということですね。
ここが一番このテーマでお話したいところですけども。
最初は日本の楽能家、援助を受ける人、日本政府、この3者が得するなら三方良しだと思うかもしれません。
でもですね、4人目に現地の農家がいるということです。
日本の楽能を守るために海外の楽能家の仕事を壊してしまったら、それは本当のウィンウィンとは言えないですよね。
だからだし粉乳援助そのものが悪いという話ではありません。
必要な場所ならすごく役に立つと思います。
でも誰にどのくらいどんな形で渡すかまで設計する必要があるということですね。
じゃあ本当にどうしたらいいのかと思うんですよね。
単純に日本の余っただし粉乳をコンテナに積んで送りますということはね、簡単なんですけどいろいろ問題があるということです。
例えばWFPなどと組んで、まず現地の栄養状態と市場を調べます。
その上でだし粉乳は必要な地域にだけ使って、学校給食だったり難民キャンプだったり災害の時だったり、
現地で乳製品が十分作れない場所があったりとか、そういう時にですね、援助するのがいいかなというところですね。
あるいは現地の穀物や豆と組み合わせてですね、栄養強化食品として使う。
こういう仕組みならですね、かなり可能性はあるんじゃないかなと思います。
実際日本も、日本は現在もWFPを通じた食料援助を行っています。
2026年度にはパレスチナ、ギニア、イエメンなどへWFPの食料援助が実施されています。
なので既存の仕組みと日本の乳製品問題をうまく接続できないか、これは検討する価値のある提案かなと思います。
そしてもう一つコメントに、日本の自家で送料込み丸々億元相当の援助をしましたというアイデアがありましたけれども、
これもですね、少し考え方を変えていきたいなというところですね。
援助の価値はですね、日本でいくらしたかではなく、現地で何人の栄養改善につながったかで見る方がいいかなと思います。
100億円分送ったけど現地では必要とされなかったとかね、大量に余ってしまったとか、地元の農業を壊したとか、
そういうのはですね、金額が大きくても成功とは言えません。
逆に10億円でも現地調達と組み合わせて必要な子供に届いて地域の農家にもお金が回った、そちらの方が価値のある援助になるかなというところですね。
はい、ということで今日質問いただきましたスタンドFMネームSeiさんの質問にお答えしてきましたけれども、
日本で余っている脱脂粉乳を栄養不足の国へODAで送ったらウィンウィンじゃないですかというコメントから考えてみましたけど、
まず歴史的には戦後の日本がアメリカやユニセフから脱脂粉乳の援助を受け、学校給食で多くの子供たちを支えた。これは事実ですね。
そして今日本では逆に脱脂粉乳の需要低迷という問題があります。
だったら今度は日本が必要としている国へ返していく。これはねこの発想自体はものすごくいいんです。
でもですね、今日一番覚えて帰ってほしいのはですね、援助は余っているものを送ることではないということですね。
相手が必要としているものを必要としている方法で届ける。
その結果として日本で余っている脱脂粉乳を活用できるならそれはすごくいいんですけども、決して忘れてはいけないのは4人目ですね。
日本の落納家、援助を受ける人、日本政府、そして援助先の落納家ですね。
この4者ができるだけ一緒に良くなる仕組みを作るということですね。
それを本当にウィンウィンウィンウィンとなることですね。
日本で余ったものを海外に送るのではなく、日本が昔もらった栄養をですね、今度は相手国の農業まで育つ形で返していく。
そこまでできたら戦後の脱脂粉乳から始まった話としてかなりいい、続きのお話としていいんじゃないかなと思います。
はい、ということで今日の質問にお答えしてきました。ありがとうございます。
なかなか需要と供給とか国際情勢というのは本当に難しいところがあります。
これを身近にしてもらうとね、例えば地震とか災害とかが起こった時にですね、
センバズルがめちゃめちゃ送られてくるとか、あとはいらない日用品がめっちゃ送られてくるとか、
多分向こうは善意でやってくれたんだと思います。
ですけど、それがね、本当に現地の人たちをちょっと困らせる要因もなったりしますんで、
ここら辺はですね、本当にちょっと考えないといけないかなというところですね。
なんかいいのないですかね、本当にね。
で、あとは日本のやっぱり乳製品って他の国と比べると生産減価が高いんですよね。
輸入品の餌を使って輸入品の燃料とかね、ガソリンとかオイルとかそういうものを使ってたりするので、
やっぱり国際競争で値段するとめっちゃ高いんですよ。
そういうところでも援助として日本がやれるのは、日本の脱資分野を送るより、
他の国の余っているやつを日本が援助してお金出すみたいな価値にする方が間接的にはいいのかなというところにあったりします。
なかなか難しいところなんですよね、ここら辺ね。
でもリスナーさんが一生懸命考えていただいて、どうやったら解決できるかなという考えは本当にありがたいなと思いますので、
少しずつ皆さんこうやって牛乳を飲むだけじゃなくて、アクションにつなげていただけたら嬉しいなと思うところでございます。
ということで今日はこれで終わっていこうと思いますけれども、
川上牧場のKindleMall、楽能未経験者のために遺伝回路と腫瘍石鹸編こちら発売しております。
Kindleの方で購入できますので、ぜひ読んでいただけたらと思います。