母と次女の時差ボケ座談会ただいま人生編集中。このポッドキャストは、最近大阪のテレビ局を引退したばかりの堀内敦子と、ニューヨークで映画制作を学んでいる娘の堀内春花とが、1万キロの距離を超えて自由な会話を
繰り広げる番組です。
さて、今回の話題は?
お父さんがちょっと来て、向こうへ戻ってったわ。あ、収録始まっちゃったって言って。
お父さん、最近何してるの?
お父さん、最近ギター弾いてるよ。あと先生もしてる。
何も変わらへん。
それは変わらないよ。
何も変わらない。緊急報告って何も変わらへん。
いや、でもさ、いい時代になったよ。あのブルックリンって映画であったじゃん。
シアシャローなの。
そうそう、2週間くらいかかるやつ。
アイルランドからブルックリンに飛べするのに?
そう、ブルックリンって映画でだから、彼女がアイルランドから行って、で、帰るのに2週間かな。船旅で。
あれ、舞台1900何十年くらいだろう。
いくらやろうね。調べてみようか、ブルックリン。あれはでもいい映画だったな。
時代は1951年。戦争が終わってすぐだな。
ブルックリン区に移民したアイルランドの若い女性の物語であるって。
そうだね、それぐらいだろうな、確かに。
だから飛行機は存在はするんだけど、そんな…
お手軽なものじゃないんだね。
全然お手軽な。要するに戦争は終わってたけど、そんな簡単に乗れるようなものではなくて、みたいな。
で、行くんだったら船旅しかなくて、2週間しかなくて、手紙もだから2週間経たないと来なくて、みたいな。大変だよ、そんなんだったら。
あの映画ね、たぶん14歳くらいの時に初めて見て。
うん。
当時はいい映画だなって思ったのを覚えてるし、シアシャ・ローナーは昔から大好きだし、
一人の女性の成長の物語だから、
新しい土地で新しい人生を始めるその甘酸っぱさと苦さとみたいな、そういう。
なんか全部詰まってる映画で。で、移民のね、初めてその移民する。家族の中で移民としてニューヨークに来る人間の話でもあるから。
うんうんうん。
ね、すごい甘酸っぱいお話だったんだけど、でもそれを21人の時に再び見た覚えがあって。
うん。
あの、日本で夏休み過ごして、ほんであのブルックリンにアナの飛行機で帰ってくる時に、
その飛行機のね、あの映画のコレクションの中にブルックリンがあって。
あーいいね。
久しぶりだからもう1回見たんだよね。で、それが2回目の視聴で、やっぱり1回目と2回目で全然体験違うんだよね。
私にとっては。そのブルックリンにもうすでに住んでる時に2回目見たから。
だからそのシアシャローナンがね、初めてあの入国審査のあの門を通る時のなんかこううぶな感じとか。
うん。
なんかこうアメリカ人っぽくあの振る舞おうとしてみたりとか。
うん。
する感じ。で、2回目の入国審査はやっぱりこう慣れてるから。
うん。
そこでなんか違いが出てきたりとか、なんかそういう細かい描写がね、すっごくよくわかるというか。
ほんでブルックリンに住み始めて、最初はこうカルチャーの違いになんか戸惑うし、でシティガールじゃないから本人も。
だけどそのシティガールのカルチャーを学んでいきながら成長していく様子とか見てると、なんかわーってなんか自分がすごい重なるというかあれを見てるとね。
そうだよね。
だから2回目見た時はね、わーって思ったよね。
まさにね、なんか行ったり来たりして始めたところだからね。
そうそうそう。あのまさに入国審査通る数時間前に見たわけであの映画を。
うん。
そうだよな、こんな感じだよなって。
あんた何のためにこの国に来たのって聞かれるあの感じとかね。
昔からこの感覚って変わらないんだなって。
新しい土地で新しい土地の文化を学ぼうとする苦い感じとか変わらない。
今度ニューヨーク行くことがあるとしたら行きたいなと思っているのがその入国管理のね、その船でみんなが行き着く、あの映画の中にも出てきた島。
何島だったっけな、エリス島?
なんかあのそんなところがあって、でそこにいろんな歴史のものが置いてあるはずで、いろんな映画によく出てくるんだけど。
それをちょっと見に行きたいなと思ってね。
いいね。
簡単にこうやってオンラインでね、しゃべれるっていうこと自体が、お母さんの世代でももう信じられないのよ。
なぜかっていうと、お母さんも昔だから自分がアメリカの人と連絡を取りたいなと思って、ロスの人とそれからニューヨークの人と、一体今何時だっけっていうのが、
インターネットがまだそんなに発達してない時代なので、本当電話線で繋いでようやくみたいな感じだったから。
で、そうすると、えっと今ニューヨークは日本から何時間引いてどうたらこうたらで、えっと確かこれぐらいのはずみたいな。
え、じゃあ夜中じゃん、じゃあダメだよね、今連絡できないよね。じゃあ家帰って夜中の2時ぐらいに電話したらちょうどいいぐらいかなみたいな。
そんなこと考えて、え、でも連絡早く取りたいからじゃあファックス入れよう、ファックス入れようみたいな。
ファックス。
そんなものがあった。
あれはね、もう本当に電話一本でボーンってこう電話できない時に本当助かるものだったんだよ。あれがないとどうにもならなかった。
今で言うテキストメッセージみたいな感じなのか。違うよね全然、勝手が。
本当に。
あ、でも小学校の時になんかファックスで連絡してた記憶なくはないよね。
そうなんだよ。
私が小学生くらいの時だよね。まだ続いてる。
うちにあったからね、置いてたからファックス入り。
その学校にね、今日お休みしますみたいなのファックスで送らなかったっけ。
送った。
そんな時代があった。
買ってくれって言われたからね。
選挙とかの特番を昔よくやってたんだけど、担当して。
その時に、本当ついこの間までファックス入りだよ、全部。
それもこんなでっかいロール紙でバーって送られてくるのを延々受け続けるの。
もう想像がつかないと思うけど、でもそれが一番確実だったんだよ。
だからそれを見ながらデータをね、こうだこうだって言って手打ちしてもらうみたいな。意味がわからないだろうけど。
今全部あれじゃない?LINEじゃない?
LINE、途中でそれがテキストメッセージになり、そうね、LINEみたいなことでやってるのかもしれないわね、今はね。
いやだって小学校でさ、学校の先生にお休みしますっていうのLINEとかじゃないの?
そうなんだ。
知らない、何も知らない。私子育て世代でも何でもないし。
最近のお母さんたちがどうやってるのか知らないけどね。
でもね、なんかで一番これはアホくさいなと思ったのは、電話連絡ってあったじゃん。
覚えていない。
今日はなんとかですって先生から、クラスのAさんか学級委員長の家かPTAの委員長なりに電話がかかってくると、それをこうAさんからBさん、BさんからCさん、CさんからDさんって電話をずっとするんだよ。
なんか遠い記憶にそんな図を見た記憶がある。
そう、そういう図が最初に配られて、それで先生からの連絡事項です。
明日はこうこうこうなのでこうしてくださいみたいな。
全部メールでCCしたらいいじゃん。
だからメールがない時代だ。
あとそれからみんながみんな携帯持ってたわけじゃないよねっていう時代と、家に電話だけはあるよねっていう時代。
なるほど。
個人情報とかそんなものは誰も何も考えてない時代だ。
一斉送信がないのか。
そう、で、メールというものがみんな持ったらしいということになった時に、これがまたアホくさいんだけどAさんからBさんをやろうとしてるっていう話があって。
会社で一斉送信のメールを作ってた担当者だったから会社で。
なんでそんなアホなことすんのよって一斉にやったらいいやみたいな。
面白いのがさ、今ちょうどアシスタントディレクターの仕事の内容っていう本を読んでて。
まだ10%か14%くらいしか読んでないんだけど。
やっぱりアシスタントディレクターっていう仕事もさ、すごい大きな組織をオーガナイズする役じゃん。
特にハリウッド映画においては。
で、この本も長編映画をアシスタントディレクトする立場から、仕事内容を説明してくれているので。
私みたいなね、インディープロジェクトとかスチューデントプロジェクトレベルではやらないような仕事も全部書かれてあるんだけど。
最近はエレクトロニックで全部できるから便利だけどって、もういやみったらしく過去のことを喋っててさ。
そんなに手で書くの嫌だったの?みたいな感じで。
多分お母さんとかは、その手で書いてた時代からデジタルに移るその過中にいた人だと思うんだけど。
そのトランジションはどうだったんだろうって思って。
手で書くのが苦手じゃない方だったけども、逆に手で書いてるのが苦手な人のものを読み取るっていう意味のわからない仕事があったよな。
字ってみんな綺麗じゃないんだよ。
特に綺麗な人は綺麗だけど汚い人って小型文字みたいになるの。
わかる?くさび型文字みたいになったりするの。
もう意味がわからないんだよ。
これなんて書いてあるのか。これがまたちゃんと読み込める人っていうのが世の中にはいてさ。
これはこう書いてあります。なんでわかんの?みたいな。
それが初見でアナウンサーさんの前にボンって持ち出されてきて、それをアナウンサーさんは顔色も変えず読むっていうのを見た時、プロだみたいな。
すごい。
そんな伝統芸能いる?今。
困るよね。
困るよ。なんかのたくったみたいな字とか、本当にとんがっちゃって何書いてるかよくわかんない字とか。
細い彫刻書く人いるじゃん。作る人いるじゃん。
モデリアニじゃない?
モデリアニじゃないよくある縦に。
アーモンドアイの人。
アーモンドアイかな?違う。
わかる。
すごい細い彫刻作る人。後でまた調べておいておくけど、あれみたいな字なんだよ。縦にキューンみたいな。
なんで?
なんでバランスいい字が書きにくいのかよくわからないんだけどね。そういう感じなの。
でもさ、テクノロジーが進化するにあたってさ、逆に一周回って手書きの方が楽に感じることない?
それはね、本当あるよ。お母さん手書き早いのね、とっても。今日本語教員の勉強してるじゃない。
その聞き取りみたいなことをしなきゃいけない瞬間があってさ、その時って言ってることばーっと手で書くときに自分で書くの早くてよかったなというか。
で、言ってることをその場で何もないところでばーっと入れていかなきゃいけないっていうので、書くの得意でよかったなみたいな感じのね。
相手があんまり気にしてないところでパソコンもなしで相手が言ってることばーっとなんかメモできるんだよ。
で、それはいろんな場所で役に立つというかね。
だってあの私のね、あのワークベスティー、スクールベスティーの子が、カメラ専攻志望の子でさ、カメラ専攻ってことでもないけど、でもカメラ志望なのね。
で、その彼女がまあショットリスト作ったりとか、あとはそのカメラのポジションとキャラクターのポジションをあの俯瞰図で書くもの。
あれをこうダイアグラムって英語で言ったりとか、あとは他名前なんだ。
名前忘れたけど、まあダイアグラムとかって言うんだけど、俯瞰図をね。でその俯瞰図を作るアプリっていうのがあるのよ。
ソフトウェアがあって、だからその部屋っていうものをiPadでこうやって書いて直線で、でそこに赤い丸とか青い丸とかを人間として置くのよ。
でその丸のところに鼻のね、向きがチョンってこう三角でついてるから、どのキャラクターがどっち向いてるかとか分かったりして。
ほんでこのカメラはここにあって、このカメラをこうやって動かしてっていうのを全部こうデモンストレーションできるようになってるアプリなのね。
だからこう絵が描けない人にはうってつけみたいな感じのアプリなんだけど、でもなんかもうそれを使ってあの10分間のショートフィルムのあのダイアグラム全部作りあってん。
すべてのカメラポジションとすべてのキャストのポジションを全部それで作りあって、ほんでそれをシェアされるクルーメンバーに撮ったらすごいわかりやすいし、色も綺麗に分かれてるし。
でアニメーションにもなるから、このカメラがこっちに動いてあっちに動いてっていうのが実際に動いてくれるからその図の中で。
すごいわかりやすくて便利だったんだけど、でもその後彼女が全部その仕事をやった後にまた別のプロジェクトがあって、その別のクラスプロジェクトで私がiPadかそれかなんかまあペライチの紙出して2人でガーって
ここにカメラ置いてここにカメラ置いててペンと紙で書いたんだよ。
じゃーって。そしたら彼女がうわー、なんか早いっていうのよ。iPadでやるよりも早いっていうの。だからアナログの捨てたもんじゃないよって。
面白いね。あんたの世代ででもアナログにそんなに。だけどデジタルは使える人じゃない?本来は。
だけどそこでアナログを割と信奉してるように思えるからそこが面白いなと思って。
ちょうどいい具合があると思うんだよね。iPadってすごくいい部分にあると思ってて。何でかっていうと、アップルペンで書けるじゃん。
だけどデジタルのクリアさとクラウドにアップする簡単さとみたいなのが全部備わってるから、デジタルとアナログのいいとこ取りをできるのがiPadだと思うのね。
だから個人的にはそういうドローイングアプリを使って、絵を描くように何かスケジューリングを描いたりとかするのが好き、私は。
あのようだから、iPadってアナログとデジタルの間の架け橋みたいなことができる道具だよね。
あなた羨ましいのは、図が描ける。
そやね。
それってね意外とできないんだよみんな。
こんなところでこのスキルが役に立つなんて思ってなかったよね。
いやあんなにお絵かき好きだったここが、そのお絵かきがそんなところで役に立つとはねって感じよね。
そう絵コンテもなんていうの、みんなさ絵が描けないからって言って、そういう絵コンテ制作アプリみたいなものを使ったりするんだけど。
すべてアプリなんだな。
だからマネキンみたいなものをさ3D上のプログラムの中でここに置いてみたいな。
ここに車があってここに木があってみたいな。
そういう空間的にこう物体を配置しててカメラをここに置いてこのレンズで撮ったらこういうショットサイズになるよねみたいなものを見せてくれるアプリがあってそういうのでショットリスト作る人もいるんだけど。
でもめっちゃわかりにくいの。だってただのマネキンだから女子なのか男子なのかもわかんないし年齢もわかんないし表情もわかんないし。
時間かかるしな作るのにどうせ。
必要な物体を置くだけだからそれ以外の物体大事なもの何もないのよ。
だから人間と机とかしかなかったりするからそうするとそれ以外にどういうムードなのかとか思い浮かびづらいのね見てると。
であとはこうそのアプリを使わない人たちは過去の映画とか過去のドラマとかから撮ってきたスクリーンショットをレファレンスとして出したりするんだけど。
でも個人的にあんまり好きじゃなくてだって全然場所もキャラクターも違うショットがずらーって並んでるだけだとなんていうの想像しづらいのよ何が起こってるか。
だって全然コンテクストが違う映像がたくさん並んでるだけだから。
だから絵コンテだと本当何が起こってるかパッと見やすいし。
で簡単だし。
もちろん集中力もいるし時間かからないことは全然ないのよ。
時間はかかる。
だけどそれが出来上がった時にクルーにパッて見せて彼らが理解するスピードを考えると価値がある。そこに時間をかけるのは。
っていう風に自分は思う。
結構何枚ぐらい何分のものに何枚ぐらい書くの?
まあ1ページに何個もあるかわかんないけど。
見てみようか。今iPad。
iPad死んでるわ。
いいよいいよ。
バッテリーがない。
昔ドラマやってる人が言ってたのが、脚本1ページか何かがちょうど1分かな。
なんかそんなこと言ってて。でへーってそういう風に割と数値化できるんだなと思って。
だから60分の1時間の番組を作るんだったら60枚ぐらいなんかなと思って聞いてた記憶があって。
へーって思ってね。
目安はあると思うよ。だってスクリプトだって1ページの脚本が1分になるっていう計算で。
で私も数日前に授業の一環で、教授の目の前で俳優を監督するっていう課題があって。
その中で4ページの脚本を教授の前で監督して、それを昨日ちゃちゃっと軽く編集してみたら3分50秒になったからね。
ああやっぱりそうなんだね。
ぴったり。
ほんまやね。
すごいな。
それうまくいったの?
面白かったよ。
今シェアして。
いいね。
こんな感じよ。
これは例の。
私が前学期監督したSweat It Outは5分未満だったんだけど。
あれも不気味で面白かった。
3ページだね。
3ページ。
でもだから3ページと言いながらだからその1ページの中に16枚ぐらいは書いてあるじゃん。
そうかな。
そんな感じだよね。
一応脚本はもともと5ページで、ストーリーボードの1ページあたり21だから、21×42たす13?
55ページくらい?
じゃあ55コマくらいを書くんだ。
ちゃんと作った絵通りになってるね。1個1個。
ほんと。そのショットショットで。
こんだけショット撮りますよっていうイメージでしょこれって。
でもね気づいたのが絵コンテから始めるとショット数が多くなる。多分絵コンテから始めない人より。
ああそうなんだ。
なんでかわかんないけど。
動きがなくなるからかな。
どうだろうね。
手持ちは減るやん。どうやったって。
っていうか多分、頭の中で描く空間と実際に見る空間って必ずしも同じじゃないし。
であと自分が頭の中で勝手に描く俳優はこうするだろうっていう決断と、俳優が実際にその場で下す決断、こういうふうに自分は動くって下す決断が必ずしも同じとは限らないので。
そういう意味で現場に現れて初めて出てくる変化っていうのがたくさんあるから。
そんな感じ。
それは良いことなの?
何が?
要するにその変化がそこで起きることは良いことっていうか。
うん全然良いことだと思う。むしろ監督も完璧を目指しちゃいけないので。
だって俳優は生き物だから。人間って何ていうの?
違うから面白いんでね。
そう思い描いた通り動くわけじゃないし。で監督以上に俳優の方が良いアイディアを持ってることもあるので。
なので自分よりも俳優の方が良いものを持ってるなって思ったらそれを採用するのが監督の仕事だから。機械じゃないからね俳優は。
全くだよね。
その人のバイブスがあるだろうしな。
正解を求めようとするとそのシーンは死んじゃうので。物語は死んじゃうので。
全く違うけど長めの長尺の10分なら10分とか5分なら5分って取材に行く前にある程度いっぱい調べ物をした上で大体こんなストーリーにしていこうっていうのを組み立てた最後を考えていくんだけど。
でも行った先で思わぬ出会いがあったりちょっと驚くようなことがあったり意外な絵をカメラマンが撮ってくれたりなんか行ってみて初めて全然違うことがわかるっていうか。
だからその行く前に予定項って言って予定原稿を作っていくんだけど。で行ってみてその帰ってきていや全然違ってたやんって言って組み替えていくと面白いものになるっていう感じでね。
予定に合わせて完璧にしようとするとそれって俳優さんは自分の意識を自分に向けてしまっているじゃん。
でそうするとフェイクになっちゃうんだよ。現実世界で人間が生きている時って誰も自分自身にばっかり何ていうの注意を向けてないよね。
人に喋ってる時って人に伝えたいことがあるとかなんか人に何か説得したいことがあるとか相手に何かを伝えることに人間は常に集中しているので
俳優さんが俳優さんにも相手に何か伝えることに集中してもらわなきゃいけないわけだよ。だから俳優が自分のパフォーマンスとか自分の見た目とかそういうことに集中し始めるとそれってお客さんとって分かるのよ。
俳優今フェイクな演技してるなって。それは俳優がやっぱりその物語の真実のところまで感情が行ってないからじゃん。
その俳優さんがその自分の感情に正直になるためにはその俳優さんは自分の目の前にいるシーンパートナーにフォーカスを当てなきゃいけないから。
ってことは俳優さんはその相手に対してリアクションしなきゃいけないわけ。演技をしてるんじゃなくて自分の目の前にあるものに本気でリアクションしなきゃいけないわけ。
ってなるとそれって完璧なパフォーマンスっていうのを目指せるものじゃないんだよ。
その現場で初めて起こることだから。だからね、それが面白いね。
そう考えると俳優さんってエモーショナルな動きを毎回しなきゃいけない仕事だよね。
だから俳優たちってこうディーバだって言われるんだよ。俳優の人たちってこうちょっとツンツンしてるとかさ。
そういうイメージあるじゃん。ディーバだってイメージあるじゃん。
それって何でかっていうと常に仕事柄、自分の感情にイージーにアクセスできる状態にないといけないわけじゃん。
だから普段演技してない時でも感情っていうものがすごいこう表面に近いところに常にある人たちだから、
怒る時はふわっと怒れるし、泣きたい時はすぐ泣けるし、その普通の世界で生きてる俳優じゃない人間たちって自分の感情を押し殺すように教育されてるでしょ。
特に日本人なんてそうだと思うけど、自分の本音を見せないように見せないようにこう奥に奥に閉じ込めるように大人っていうのはトレーニングされてるものじゃん。
俳優たちっていうのはむしろその押し込むトレーニングを抑えて逆に、なるべくそれをむき出しにするトレーニングをしてる人たちだから、
だから世の中一般の大人たち以上にその感情っていうのが表面レベルに近いところにあるのよ。
だから怒る時は怒るし泣く時は泣くし、そういう意味で俳優たちはディーバだっていうふうに一般人からは思われてしまう。
しんどい商売だなと思ってね。すごい憧れるけどすごく素敵だなと思うけど、
でもカメラの前でとはいえ擬似体験をするわけじゃん。いろんな感情的なシーンの。
泣くシーンでもそうだし怒るシーンでもそうだけど、本気である程度まで本気までいかないとリアリティが出てこないでしょ。
だからそれをこうやるっていうことに終わったとめっちゃ疲れるやろうなと思って。
むしろ楽しいと思うよ。
オープンできるから楽しいのかな。
これまたアリストテレスに戻ってくるけど。
最近ねおなじみの。
これまたアリストテレスに戻ってくるけど、劇っていうものは現実世界のイミテーションであって、そのイミテーションの世界の中でいろんな感情を探求することによって人間は語る思想を覚えるわけじゃん。
って考えるとやで。人生の中でさ、なんか経験ない、あの時こうやって言ってやればよかったみたいな。
でそれを追体験できるわけだよ演技の中で。
で特に私日本人として自分の本音とか感情っていうものを抑えて抑えて抑えて抑えてっていう風に育ってきたと思うのね。
特に日本人だから。
だけどその授業の中でクラスメイトのために何かこう演技しなきゃいけない機会とかあってさ。
でその時にね、こう感情をむき出しにしなきゃいけないわけじゃん。
その時にね、逆になんかこうリベレーリングだって感じたの。
リベレーリングってどういう意味?
開放的。
なんかこう、今までこうずーっと自分の奥底に抑えてた感情を、ここで抑えなくていいんだって感じになってそこを振ってこう話した瞬間に、なんかすごい開放的に感じたのよ。
普段言いたいけど言えない感情とかってたくさんあるじゃん人間って。
だから別に俳優って感情を作り出す仕事じゃなくて、自分の中に眠ってる感情を呼び起こす仕事だから。
だからこう普段抑えつけてるものを開放してるようなものであって。
それって逆に開放的なんだよね。やってる側からするとたまに。
演技とは違うんだけど、アサーティブネスっていうこと、アサーティブなコミュニケーションについてをやってる市民団体みたいなものがあってね。
要は人ってやっぱり我慢してしまうので、我慢せずに、いつも悩んでる。この人がいつもこれ嫌なこと言ってくるよな、どうしたらいいんだろうなとか、あの時はあふに言えばよかったなとか。
人間って思ってることと、だけど実際に表明してることが。
いつもこの人から嫌なこと言われるんだけど、私ついついえーって言いながらにこにこ笑って、後じさりしながらそことりすぎる。そんな自分が嫌でしょうがないみたいなことってあるじゃない。
だからそういう時に相手に、その人がやってることが、相手っていうのはとにかく変わらない。性格は変わらない。
だけど人には行動は変えられる。ピンポイントである一箇所だけを変えてくださいっていうふうに頼むと、人は意外と受け入れてくれるものだ。
だからそれはあなたは、すごく何々しながらではなくて、相手に座ってちゃんと目を見て喋ってみましょう。
ただし1点だけ。要するにだから10も20も出してはいけない。1個だけ。相手にこれだけは頼むっていうふうに言ってごらん。
そうすると物事は変わってくるよっていうことを、みんなこうロールプレイでやるのね。
でそれは、例えば夫婦の間でいつも喧嘩が起きるんだよねとか、なんかいつも嫌なこと言うんだよねとか、あるいは家族で親と子でずっと嫌なこと言われててみたいな。
でそのロールプレイを本当にした時にさ、驚くような感情の触れがあって、お母さん泣いちゃったことあってさ。
言いたくて言えなかったこと、家族に対して言いたくて言えなかったことっていうのを、相手の全く関係ないね。
同じように来た参加者も縁になって喋ってる、その隣に座った人が全然関係ないおばさんだったりするわけだけど、そのおばさんに対して、
私はこういうふうにしてほしかったのって言ったら、向こうがこちらの家族の気持ちになって、全くスクリプトのないプレイをしてくれるわけよ。
ちょっと話聞いてほしいんだけど、そこ座ってくれる?って言って、向こうが、うん、なーに?って。
あらかじめ私のことをなんて呼ぶかっていうのをお互いに示して合わせてあるからね。
じゃあ、あなたどうしてこういうふうになったの?で、私いつもこういうふうになんとかって言うけど、それはやめてほしいんだよねって言ったら、
どうして?って言われて、いや、だからこういうことでちょっと嫌なの?って、うん、わかったって言うだけなんだよ。
本当それだけなんだけど、全く姿形も年齢も違う相手が、その時の相手に見えてくるのね。
で、それによってこう感情がドーッとね、解き放たれるんだよ。
それがカタルシスよ、アリストテルスが言った。
びっくりしたよ、本当。終わった後ドーッて涙出てね、びっくりした。
で、そっから、ああそうかって人は変わらない、だけど行動は変えられるっていうふうに思って、
現実社会でのね、人とのやりとりの中で、こう相手に何かうーんって思うところがあるとしたら、その人のその嫌だと思っている行動の一つだけを言う。
これはやめてほしいって。
それも何かしながらじゃなくて、本当にじっくりと座って、5分でいいから話聞いてくれる?って言って、
それをやるようにして割といろんな人間関係うまくいくようになってね。
だからあの劇ってどこから始まってるかっていうと、現実の真似事から始まっていて、
子供の時からみんなおままごとってするじゃん。
するね。
で、おままごとってその大人の真似なんだよ。で、劇ってそこの延長線上にあるのよ。
頭の中で自分が大人だったらどうするか考えてるじゃん。
で、アリストテレスはそうやって、本来なら煮え切らない感情を劇の中で追体験することによって、
人間はカタルシスを覚えてすっきりして、だから人間は劇っていうものを鑑賞することによって、
よりいい社会を作ることができるっていうのがアリストテレスの考え方なのね。
なんかそういえば思い出したけど、子供の時に一番面白かったのってなんとかごっこだったな。
お人形さんでもいいし、あるいは自分たちが何かにフンしてでもいいけど、
今日はなんとかになる。今日は誰々がなんとかやる。
今日は私がお父さんになる、お母さんになる、あるいはお姫様になる、王子様になるでもいいし。
なんか本当、映画の中のワンシーンでもいいし、なんでもいいけど、
そのイマジネーション同い年のね、5歳なら5歳同士とか、3歳なら3歳同士でやってた時が一番楽しくてね。
ただの押し入れがもう全然違うところになるみたいな。
子供の時からやっているのであれば、大人だって本来ならできるはずなんだよ。
大人は押さえる方を学んでしまっただけであって、そのストッパーさえ外せば誰だって俳優になれるのよ。
俳優っていうのは無から感情を作り出す仕事ではなくて、自分の中の感情を掘り起こして表面化させる仕事だから。
世の中で感情がない人間なんていないじゃん。イロンマスクみたいな機械みたいな人じゃない限りね。
だけど、本当に人間としての経験を歩んでいる人たちであれば、みんな感情っていうもの、いろんな感情を経験してきているはずなので、それを呼び起こすことは誰にだって可能なはずなのよ。
って考えると、俳優を演技するのってそう考えると怖くないのよ、もう。
自分を解き放つ仕事だと思えばいいということね。
だから、これを無から感情を作り始める仕事だって思ってしまうと、そのパーフェクトを目指しちゃうじゃん。
そうじゃなくて、俳優さんたちが自分たちの昔の経験とかから感情を呼び起こすのをお手伝いする仕事だって思ったら、パーフェクトにしようがないじゃん。パーフェクトなんてものがないから。
そうじゃなくて、信憑性があるかどうかを判断するだけであってね。俳優さんがフェイクな演技をしてるか、それとも本気でセリフを言ってるかっていうのを見分けなきゃいけないわけだよ。
それが仕事なの。パーフェクトなところに持っていくことが仕事じゃないのよ。
だから私も今回のクラスのプレゼンテーションで選んだシーンっていうのが、The Father。
アンソニー・ホップキンスとオリビア・コールマンが父と母を演じてる2020年の映画で、アンソニー・ホップキンスがアンソニーっていう役を演じてて、認知症があって。
彼が自分の家でテレビ見てるときに、オリビア・コールマン演じるアンが、娘が部屋にやってきて、お父さんに私パリに行くのっていうシーンがあってね。
そのシーンをプレゼンしたんだけど、そのシーンの中で彼女が何を言うかっていうと、私好きな人に出会って、彼と移住するから、あなた一人になるよっていうことを告白するシーンなのよ。
で、お父さんにとったらさ、お前がいなくなったら僕はどうなるんだって。もがくのよ、お父さんは。わがまま言うのよ。僕は介護士なんかに来てほしくない。
だって自分の家でしょ。自分の家に他人がいるのは嫌だみたいなことをごねるのよ。だけど娘にとったら、いやでも私の幸せを獲得するためには、あなたと一緒にいるわけにはいかないんだっていうことを認知症のお父さん
に説明しなきゃいけないシーンなのよ。
で、私がいなくなったら、あなたどうする気よみたいなこと言うんだけど。で、そのシーンの再現だよね。そのシーンを映画通りに真似するのが仕事じゃなくて、そのシーンの脚本だけを読んで、それで監督としてね、自分
だったらどう監督するかっていうのを分析して、
で、俳優さんたち二人雇って、教室に来てもらって先生の前でその俳優を監督するっていう宿題だったのね。
ほんで、その撮影始めたときに、その女優さんの方が、そのシーンの後半でフェイクに演技してるなって思ったの。
お父さん私がいなくなったら大変だよみたいな、どうする気よみたいなこと言うときに、なんかちょっと大きく演技してるなって思ったの。
でも監督としてその女優さんに、あなた大きく演技してるからトーンダウンしてって言っちゃダメなのよ。
それはダメなの。だけどそうじゃなくて、私がその俳優さんに言ったのは、二つ言ったのよ。この会話は今まで何回起こったと思うって聞いたの。
で、そしたら女優さんが2回くらいかなっていうの。で、私が次のバージョンではこれが10回目のつもりでやってごらんって言ったの。
で、そうすると、もうちょっとトーンダウンしてくれるのよ。だからトーンダウンしろって言ったらさ、理由わかんないじゃん。何のためにトーンダウンしなきゃいけないのか。
そうじゃなくて、スペシフィックな理由を与えなきゃいけないのよ、こういう監督するときって。
これ10回目の手だったらどういうトーンで話す。
あなた何回言ってもわかんないよねっていうその諦めも入るよね。
言ってもわかんないかもしれないけどさっていう気持ちがどっか入るよね。
で、それでもまだちょっと強すぎたのよ。私としては娘がこの家から出てくるっていう現実に対してお父さんからの視点と娘からの視点って全然違うと思うのね。
お父さんからしたら僕は一人になる、これから自分はどうして組んだ残りの人生っていう不安しかないじゃん。
彼は娘の将来なんて考えてないんだよ、自分の将来で頭いっぱいだから。
だけど娘にとったら好きな人と一緒に新しいところに行って、お父さんは母が子が何をしようが介護士がいるから生きていけるじゃんって娘は思ってるわけだよ。
だからその同じ現実に対して捉え方が全く違う2人っていうのが同じ部屋にいるから面白いんだよこのシーンは。
だから娘がこの事実を大事に捉えてしまったら面白みが欠けるのよ。
だから彼女にもうちょっとトーンダウンして欲しくて、その最初のノートを彼女にあげた後もまだちょっと大げさだったから、その次に彼女に言ったのが、
あなたがこの家から出て行った後、
そしたら彼女がハッて気付いた顔して、
大丈夫だと思うって言ったの。
だって介護士いるじゃんみたいな。
それでその女優さんが、
最初の自分にちょっと嘘ついてたってこと?
前のテイクでは自分にちょっと最後の方嘘ついてた気がするかもって言ったの。
でしょ?だって自分が出てたところで介護士さ、野党お金とか余裕あるでしょ?
じゃあお父さん絶対大丈夫だよ君が出てって思って。
じゃあその手入れ次のテイクをやってみようって言って。
そしたらすごく良くなって。
好きな人に出会ったのって言う時も、
あなたがパリに行った時の楽しい人生って思い浮かべて言ってみたとかさ。
そういう風にちょっとずつちょっとずつノートを上げていって、
最後の方も本当に何も言うことなくなってたのよ、私も監督として。
なるほど。
面白いエクササイズだったし、
私もね、もうちょっとこうやって言えばよかったなみたいなところたくさんあるんだけど、
でも本当に、俳優さんがフェイクにセリフ言ってるなっていうのをちゃんと見極めなきゃいけない、監督として。
で、俳優さんが上手いかどうかとか経験あるかないかって関係なくって、
たとえ良い俳優でも、そうやってフェイクなセリフの言う方をしてしまうことはあるし、
たとえ経験がない俳優でも、監督からいいアドバイスをもらえば、そのシーンの真実を見つけることはできるし、感情的なね。
だから本当に監督次第でそこっていくらでも調整が可能な部分がある。
それってオーディションかなんかで来てもらった人?あるいは募集して?
うーんとね、うちの学校では1学期に1,2回くらいアクターズショーケースってものがあって、
大学院生と一緒に何かプロジェクトに携わることに興味がある俳優たちが10人とか15人くらい集まって、
モノローグっていうものをうちらの前で披露するっていう会があって、イベントとして。
そのイベントに参加した人たちには、参加した俳優の連絡先のリストみたいなのが渡されるのね。
それで気になった人とかにマークしておけば、いずれそういう宿題があったときにそういう人たちに連絡して、
この前イベントでこういうモノローグやってたよね、あなたみたいな。
今度宿題でこういうのがあるんだけど参加するの興味ある?みたいなこと言って。
で来てもらうんだ。
でシューティングもするんだよね、そこで。お父さん役もいるんだよね。
そうそう、お父さん役も娘役もそこにいて。
前学期、去年の1年生の頃の授業ではその俳優の演技をアドバイスすることにすごくフォーカスを置いてたんだけど、
今年今2年生なので、2年目はその俳優の演技をしながらその俳優の演技をどういうふうにカメラでキャプチャーするか撮るかっていうところにもフォーカスを置いてるから、
だからじゃあどこにカメラを置くっていうこともカメラマンとコミュニケーションを取りながら俳優の指導もするっていう練習を今学期はしてる。
でそれをこうまあだからシューティングして撮って収録してでこのショットとこのショットを今つないでっていうのがようやくできたところ。
そうね一応の編集の授業ではないから編集は別にしてもしなくてもいいらしいんだけど、でも参加した俳優たちに何か配ってあげたいよね。
持って帰ってほしいから。
そうだよね。
特にリールって言って自分が今まであのやった演技を1分とか2分にまとめてポートフォリオとしてどっかにアップロードしたい俳優たちも世の中は多いから、
だから無料でね学生のために働いてもらってる以上こういう映像を返してあげることによって彼らのためにも将来なるだろうから。
みんな無料でやってくれたんだこれ全部。
これ無料無料。
でこの人たちはプロの俳優さんなの?
その女優さんは多分組合とか入ってるような女優さんだと思うよ。
じゃあ本当のすごい人なのね。
でおじいさん役をやった人は?
彼は最近までテクノロジーとかIT系の仕事をやっててでも引退して、引退した後はスチューデントフィルムとかインディフィルムとかやりたいことをやってる感じ。
いいねそういうリタイアメントいいな。
そういうリタイアメントもあるんだねみたいな。
そんなリタイアメント楽しそうじゃない?ちょっとなんかそれを憧れるな。
いやお母さんあのみかんやまプロダクション入ろうかなと思ったことあって。
何それ?
みかんやまプロダクションってね、あのほらいろんなCMとかで関西のおばちゃんが出てくるやん。
あんただおたのこおたのみたいなおばちゃんが出てくる。
あの関西のティピカルおばちゃんの買い物カゴ下げて髪の毛こんな感じでみたいな。
おばちゃんを出すためのプロダクション。
でそこに登録したらこういろんなちょい役が回ってくるっていう。
それ面白くない?ちょっとなんか登録してみようかなみたいな。
楽しいと思う。
そういろんなどうでもいいことをちょっとやってみたいなと思ってて。
学生にそうやってディレクションしてもらえるのすごい楽しいと思うんだよ。
自分が監督してて発見することもたくさんあるけど、
自分のクラスメイトがプレゼンしてるときに発見することもたくさんあって。
私のルームメイトのお兄ちゃんがクラスメイトなんだけど。
なんて狭い世界。
彼が同じ授業をとってて、彼がプレゼンしてたときにやってたシーンっていうのが、
3人の男が自分たちのベストフレンドの葬式の後にバーに飲みに行ってるシーン。
葬式の後にバーに行ってる感じね。
3人の男子が自分たちのベストフレンドのお葬式に行って、
その帰り際にバーに立ち寄って、いい奴だったよなみたいなことを言ってるシーン。
男子って女子みたいに感情むき出しにしないじゃん。
だから、
本当にあいつはこんな早く行っちまってさ、変な奴でさ、みたいな気を紛らわしながら喋ってる感じ、3人とも。
3人とも悲しみ方が違ったりするじゃん、人によって。
バカげたことを喋ることによって悲しさを紛らわしてるやつと、悲しみにただただ浸ってるやつと、みたいな。
その3色が面白いんだけど、そのシーン。
一番気を紛らわそうとして喋ってる役の俳優が、先生の目からしてフェイクっぽかったのよ。教授の目からしてね。
その時に教授が監督やってた彼をちょっと横に呼んで、コショコショって、こういうふうに次ディレクションしろって言ったのが、
この、なんて言うんだろう。
まるで喋るのやめたら自分が崩れ落ちてしまいそうな感じ、みたいなことね。
教授の目からして、彼喋ってるスピードが遅かったんだって。
でも、監督として、もうちょっと早く喋ってっていうのは簡単だよ。だけど、それって、俳優にとって何の助けにもならないの。
なんで早く喋らなきゃいけないかわかんないから。
喋り続けてないと自分がまるで崩れちゃいそうな気がして、怖くて喋ってる男みたいに演じてってことね。
喋るのをやめた途端に今すぐ泣くレベルで喋れってことよ。
喋り続けたらお前は泣かないだろうって。
だけど喋るのを止めた瞬間に泣くかもしれないっていうレベルで喋れって言ったら、
人って無理にでも早くバーって喋るじゃん。感覚的に。
だから、それを聞いた時にね、教授だなって思ったよね。
うまいね。なるほどね。想像つくよね。
感覚レベルでわかるじゃん。
これって、監督としても自分が何を求めてるかっていうのを言葉化できるようにならなきゃいけないわけだよ。
早く喋ってほしいって監督が思ったとして、絶対理由があるはずなんだよ、なんでかっていうの。
その理由を言葉化できるようにならなきゃいけないのが監督の仕事でもあるから。
すごいね、やっぱりそこにちょっと詩的なセンスがあるじゃん。
そうなの。
それが必要なの?大変だね。
だから、監督ってすごく人間味がないとできない仕事だと思ってて。
本当にそうだよね。
カメラマンとかはね、テクノロジーの影に隠れることができるんだよ。
だけど、監督ってそういうテクノロジーの影に隠れようと思ったら隠れれるんだけど、でも俳優っていうのはそのテクノロジーの影に隠れることができない唯一のポジションなのよ。
だって音声さんは音声の機械の裏で隠れられるし、プロデューサーたちはパソコンの裏に隠れられるし。
全てのクルーは隠れる機械があるんだよ。何か働いてる振りができるのよ。
だけど、俳優さんたちだけが唯一すごくむき出し。
生身だよね。
そう、生身でむき出しの世界にいるのね。
で、その彼らに大丈夫って気にかけてあげる仕事を唯一するのが監督なのよ。
そのカメラマンには全員が話しかけに行くけど、誰が俳優に話しかけに行くって言ったら監督しかいないのよ。
だから監督と俳優っていうのは本当に家族とまでは行かなくていいけど、でも人間と人間としてお互いを扱わなきゃいけないものであって。
それってすごい詩的なところに作品を持っていくためには必要不可欠な関係性というか。
相手の感情を呼び起こすためには、その感情を呼び起こせるだけの言葉を持たなきゃいけないってことだよね。
で、コミュニケーション大事で、誰か言ってたか忘れたけど、監督が俳優とベストフレンドにならなきゃいけないわけじゃないよ。
そうじゃなくて監督っていうのは空気を読む仕事だって誰かが言ってて。
大変やな。それは難しい。
監督として俳優に何かアドバイスをあげたときに、俳優が混乱してるなって思うことあるんだよ。
で、そしたらうまくいってないってことじゃん。じゃあ別の方法を試さなきゃいけないわけだよ。
とか、俳優たちが疲れてるなって思ったら、その疲れをほぐすためにはどうすればいいかなとかさ。空気を読む仕事なんだよね。
ピタッとくる言葉とかピタッとくるイマジネーションをコミュニケーションでその人に渡してあげなきゃいけないっていうことだよね、きっと。伝えてあげないといけない。
すべての俳優が働き方違ったりするから、監督と俳優が一対一の関係を設定して気づかなきゃいけないっていうふうに考えると、そうすると監督が同じ俳優を何回も何回も起用するのが正当化できるよね。理解できる。
だからコミュニケーションが成立する相手なんでしょ、お互いにね。そういう意味では。
で、クリストファー・ノーランとかってさ、多分外交的か内交的かって言ったらきっと内交的じゃん。
そうだと思うね。
なんかこう、世の中すべての人とうまくいくような性格じゃなさそうじゃん。
うん、キャラには見えないね。
だから彼が同じ俳優何回も何回も何回も何回も何回も使うのはそこなんだと思うよ。
なるほどね。いつもこの人出てくるよねって人いるよね。
グレタ・ガーウィグとかもさ、ティモシー・シャラメとシェア・シャローナンよく起用するじゃん。
彼女も多分すごいいい人だと思うし、いろんな俳優と仲良くなれる人だと思うけど、でもやっぱりこう性格的にちょっとオークウォードな感じの人じゃん。
いろいろ苦労してる感じがね、若い頃の作品にあったね。
そうそう、なんかこうコミュショーであるのがなんか彼女のデフォルトみたいなとこ多分あるじゃん。
うん。
だからそういう人が同じ俳優何回も何回も何回も使うっていうのは確かに仕事柄理解できる。
コミュショーだと本人が思ってるほどにはコミュショーじゃない気がするけどコミュショーだと本人は思ってるって感じだよね。
そうね。
そこが面白い。
だからこの子だったらうまくいく。この子とはケミストリーがあるって思うとその人を何回も起用したくなるんじゃないかな。
シアシャローナンに始まりシアシャローナンに戻ってきたな。
そうやな。
シアシャローナンの旦那が007のあれになったら面白いね。
もう007はね、なんかもう好きにしてって感じだよね。なんかもうこんだけ続いて。
まあ続くもんは続いていいと思うのよ。
そうね。
問題はそのフランチャイズにばっかり戻ってくるハリウッドであってオリジナルにももっとチャンスをくれって感じね。
オリジナル作品で面白いものもどんどん世の中に排出されつつ、そういうフランチャイズも面白いのがどんどん排出されるのが理想だよね。
なんか聞いたらなんか007は一体、ジェームスボンドは一体何を仕事してるんだ女と寝る以外にって。
I don't know.
彼が本当に何かをこう止めたり盗み出したり何かこうやってるのってイメージ残ってるの1個でもあるかみたいな話があって。
んー確かになみたいな。
なんかよくわかんないじゃん。なんか女の人とよくイチャイチャしてるのはわかるけど、それ仕事に何か関係あるみたいな。
でも面白いのはそのマスキュリニティっていうものの捉えられ方が変わりつつある現代で、それでもなおそのタキシードを着たスパイっていうものをどう描くかだよね。
本当にね。
MI6っていうものがね本当にあるのかっていう問題もあるしな。あるんだろうけど。
ちょうど授業でディスカッションになったトピックで、それぞれの監督が自分の声っていうものを持ってるじゃない。
自分たちのスタイルっていうものを持ってる。
そのインディーで成功してた監督がそういうフランチャイズ映画にある時起用された瞬間につまんなくなったりする。
だからそのインディーズのシステムとそのスタジオシステムの中で監督たちがうまくいったりうまくいかなかったりするのは何なんだろうみたいなディスカッションになって。
でも多分先生の結論としてはインディーズの自由があった時代はみんなその自分の声っていうもの自分のスタイルっていうものをちゃんと大事にして確立してやってたけど。
でもフランチャイズってその自分の声以上に大きなフォーマットがあるわけじゃん。
もう既に確立されたスタイルっていうものがそこにくっついてきてしまう。
その中で自分のスタイルをねじ込めようとして成功する人とうまくいかない人に分かれてくるからインディーズでうまくいってた人がフランチャイズでこけるみたいなことが起こるみたいなね。
あれあのこうあんたの大学の先輩でほらあれのマーベルの監督もやってる人いるじゃん。ジョン、シェフの監督の人。
ジョン・ファブロー。え、彼ブロックリンカレッジ行ったの?
彼ブロックリンカレッジじゃなくてキュニーじゃなかった?
クイーンズカレッジじゃないかな彼。
そうだね。あのキュニーの先輩ということでね。
彼なんかはだけど雇われ監督がすごくうまいよね。
そうね。まあ彼の場合は早い時からマーベルにいたってのがあると思うよ。その、やっぱこうアイアンマンとかなんかそこら辺でマーベル映画って確立されてったじゃん。
確立されていくときかな。
そうそう彼はその声を作って、なんかマーベルのその声っていうものを作ってた人の一人だと思うのよ。
そうだね。
だけど問題は黒絵じゃんみたいなさ。
そうね。
インディーズ映画で大成功してた彼女がある日突然。
雇われたけど。
インディーズって言うんじゃダメかな。あのなんていうかもうちょっとこう、もうちょっと自由があった彼女が。
文芸的なものをね作ってきた人が。
そうある日突然そのフランチャイズのエターナルズやった瞬間になんかみんなが好きじゃなかった。でもね個人的にエターナルズそんなになんかこうダメ出しされるほど。
エターナルズってどんなやつだったっけ。
エターナルズってジェンマちゃんっていうあの中国系イギリス女優が主人公で。
でなんていうんだろうこう。
まあ神話に出てくる神様たちが不死身でいまだに現代に至るまで生きてて。
で一般人みたいな格好をしてフリをして生きてるんだけど。
でもやっぱりその地球の破滅の危機になった時にみんなで集まってアベンジャーズみたいにチームを組んで。
でそれがエターナルズって呼ばれるチームで。
でその敵と戦って敵を倒すっていうのがエターナルズだったの。
でも面白くなかったの面白かったの。
私普通に好きだったんだけど。
でも世の中みんな結構辛辣でエターナルズに対して。
でなんかこうなんでだろうなと思うけど。
なんて言われてたのいまいち面白くないの。
えなんかこうどういう。えでもなんかみんななんでそんな嫌いなのかわかんない。
何が理由なのか自分はよくわからないんだけど。
見てないからなんとも言えないけど。
そうなんだ。
でもむしろ私的に思うのは。
クロエジャオじゃなかったらアジア人女性を主人公にするかなとかさ。
まあねそれはね確かにね。
そこが気に食わなかったのか周りは。
わかんない。
そこがあれやな。
多分ねマーベル史上初めてのあのベッドシーンがあるのかな。
そこによる。
なるほど。
いやでもベッドじゃないんだけど。
屋外なんだけど。
なるほど。
あのほらあのクロエジャオってナチュラルライトが好きな人だと思うね。
そうね。
あの夜明け型のグラデーションがある空が好きじゃん。
アカデミー賞取った時もその映画だよね。
そうノマドランドにもそういうショットあるでしょ。
そうやったね。
なんとなく彼女のシグネチャーショットなんだよ。
なるほどだから屋外か。
なるほどね。
だから神様でしょ。
言うたら主人公たちって。
神話に出てくる。
そうあのイカロスと主人公の名前忘れたけど主人公も神様でその主人公の恋人がイカロスなのよ。
だから空飛ぶのよ。
でその2人のシーンがあって屋外で。
イカロスってあれ神様なのか?
あれ落ちちゃうんじゃなかったっけ?
知らない。
えイカロス?
でも空飛ぶんだよ。
分からんな。
後で確認しときます。
適当。
適当やな。記憶全部適当。
今んとこ一生懸命そうやっていろんな課題をやってるってことね本当に。
母さんはあと1週間もしたらお勉強だというか試験だ。
試験があってめっちゃだから勉強のノートが溜まってるよ。
いやもうだから問題集を端から端までやってもう1回やってみたいなこと繰り返してるわ。
つまんない。
早く外出た。
つまんないの?
いろいろ発見もあるんだけどね。
ついでにいろんなゆる言語学ラジオ見たり、言語系の外国人の日本語ペラッペラな人たちのトークしてる。
日本ってこんなとこが変だよね面白いよねとか日本語って難しいよねみたいなこと喋ってるの見たりとかいろんなことしてるけど、
基本的には今のところちょっと家の中でグダグダしてます。
じゃあそんなとこかな。
はい。
はい。
はなねー。
ばいばい。
ばひばひ。