Ep.1 アメリカと日本のストーリーテリング
2026-06-28 51:08

Ep.1 アメリカと日本のストーリーテリング

映えある第一回めのエピソード。

次女は、NY市立大学の大学院でフィルムについて勉強しています。その次女が日本に帰省しているとき、まずは試しに母娘で録音してみました。これまで個人的に(日本語を忘れないために)ずっと母娘で続けてきたオンラインの会話を、こうしてちょっとずつ記録していこうかな、と思います。日米の物語作りの違い、デートカルチャーの違い、最近勉強したこと、昨今のニュースなど、気の赴くままに喋ります。

母のほうも最近会社を引退したこともあり、これから一つのレクリエーションとしてやっていきます。娘を引きずり込みながら、楽しんでいくぞー。

感想

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サマリー

このエピソードでは、NYで映画を学ぶ娘と、最近会社を引退した母親が、日米のストーリーテリングや価値観の違いについて語り合います。娘は留学中に日本語を忘れないため、また母親は会社引退後の新たな趣味として、定期的なオンライン会話をポッドキャストとして記録することにしました。アメリカでの映像制作やストーリーテリングにおける価値観、そしてそれが世代や地域によってどう異なるのかを探求します。 会話は、言語の壁や表現の違い、そして「寂しさ」の捉え方といった個人的な話題から、男性と女性のメンタルの違いや社会的な役割に関する考察へと展開します。さらに、アメリカのポッドキャスト産業の現状や、ストーリーテリングにおける「欠点」や「変化」の重要性、そして「スペシフィックネス(特異性)」が普遍的なメッセージを生むという考え方について深く掘り下げます。最後に、個人的な体験や感覚が物語の核となり、それを表現する術を持つことがアーティストであるという哲学が語られます。

ポッドキャスト開始の動機と今後のテーマ
イエイ! それでは開始しましょう。
でも何話したらいいかわかんないな。テーマ決めなかったな。
何も決めてないね。
そっちはちゃんと入ってんの?
入ってるよ。
あ、ほんと。こっちも入ってます。
ちゃんとウェブフォームが行ったり来たりしてるのが見えるから。
あー、それって、あ、ほんとだ。見える見える。
そう。
まあ、あの、何て言うかな。
母さんが会社を引退した後のレクリエーションになればいいなと思って。
そうね。何を話していきたいかについて話したらいいんじゃない?
今後、ポッドキャストを始めることによって。
一番やりたいなと思ってるのは、まあ普段普通にフェイスタイムしてる時に、
何て言うかな。価値観の話とかよくあるやん。
それからもう一つは、アメリカの、まあそうだね。これも価値観だな。アメリカの価値観。
それから、映像を作る上での、あるいはストーリーテリングをする上での価値観みたいなことやってるじゃん。
それがその世代によって、あるいはその場所によって、それからそのセオリーがあってみたいな、そういう話がめちゃくちゃ面白いので。
そうね。もう5年間も留学してるから、なんかこう、近況報告的な、生きてるよっていう生存確認的な感じで、
あの、1週間に1回くらい、お母さんにフェイスタイムをするっていう風にしてて。
で、あとは末っ子だからっていうのもあるけど、今はね、お父さんが単身婦人から帰ってきて、あの、もう2人一緒に暮らしてるけど、
でも、自分が初めて留学したとき、お母さん一人ぼっちやったから、言ったら。
気遣ってたの、あれは。
気遣ってたっていうか、寂しいかなと思って、なんか1週間に1回くらいは喋る。
で、あと自分自身も、その、英語でずっと、英語付けで留学してるから、
1週間に1回くらいは日本語で喋っとかないと、日本語を忘れるっていうのもあるし、
っていうので、なんかそういう複数の理由があって、お母さんに1週間に1回はフェイスタイムするっていう、そういう習慣があって、
なんか土日とかね、仕事あるとやっぱりその、時差もあるから、電話しづらいけど、
週末だったら、仕事ないから、お家いるだろうってことで電話するんだけど。
で、それでね、よく喋る家族だから、そのままポッドキャストにしてしまえという、そういう。
え、正直どっちが楽なの?日本語で喋ってんのと英語で喋ってんのと。
今はね、もうね、1ヶ月日本に夏休みでいるから、日本語の方が楽になってきてるかなって感じるけど、
アメリカにいる時は検索する時も無意識的に英語だったりするけど、今はなんかこう何かわからない時に検索したら、日本語だから、今は、今週は。
もうほとんど、あちらに行ってる間は、アメリカに行ってる間は、こう、くもなく英語が出るというか、英語で読み書きをするイメージなのかな。
そうね、でもやっぱりこう書くってなると、まだちょっとガチャガチャっとしたところはあるし、喋ってても文法のミスをしてるのは自分気づきながら喋ってるし。
そうなの?
うん、そんな感じだよ。
まあでも気づいてんだったらいいんじゃないの?
そうね。
だって日本語で、だってさ、そのら抜き言葉で喋ってるな私って分かりながらやる時あるじゃない。
そうそうそうそう。
なんかここで、なんとかにーって言わなきゃいけないのに、えって言ってたりすることもあるでしょ。
で、あとは、学んでることがやっぱり映像制作だから、その映像制作の専門用語とかは日本語よりも英語の方が分かるかもしれないし。
だからね、撮影監督の授業の教科書とかを英語で読むのは多分できるんだよね。
それを学んだの英語だから。だけどそれを逆に日本語でそれを本読めって言われたら、ちょっと専門用語に戸惑うかもしれないし。
自分がそれを受け取った情報を受け取った場所とかそのシチュエーションとかいろいろそのそれ以外の要するに、内容以外のね、いろんなことっていうのがその全部自分の記憶とひも付いてるから、それが離れちゃうと、なんか一瞬こうどうやって引き出すんだったっけなみたいな感じになることあるよね。
この前も言ったけど、出力とエクスポートが結びつかないとか、上書きとオーバーライトが結びつかないとか、コンピューター用語も英語に慣れてしまうとそっち寄りになってしまうというか。
母親の孤独感とルームシェアの理想
さっきなんかこう一人でお母さんがいるのがちょっと寂しいんじゃないかと思ったって話があってさ。で、確かに寂しいんだけど、なんて言うかな、いい寂しさって言うの?決してこうマイナスな寂しさじゃないんだよ。
え、でもさすがにこうべったり一緒にいられたら嫌なタイプだと思うんだけど。お互いが?みんな?うん、まあね。え、でも1ヶ月2ヶ月全く連絡ないのも嫌じゃない?
嫌っていうかその心配にはなるかもね。でも頼りがないのはいい頼りというか。で、あとは自分にとって本当の意味でのその一人暮らしって相当久しぶりっていうか。で、母さん的にはよかなり楽しかったのよ。この家の中でさ。
本来4人が暮らしてた家でよ。あのたった一人でこうどこもかしこも。あの風呂に入ってもトイレ入ってもっていうかなんかここ要するに開けっぱなしでも誰も気にしないぐらいの感じあるじゃない。楽しちゃ楽よね。そうなの。で、そのいつ食べてもいい。で、いつ寝ても誰も何も思わない。確かに。
何をこう作ってもいい。あの栄養を気にするのもあたし。気にしないのもあたし。え、だからね。うん。正直言って。で、ルームメイトを持ってる状況って何がいいってその気楽さがあるんで自分の部屋と。で、いつ何を作ってもいいわけです。料理だって自分のためにしかやらないわけで。ルームメイトのために料理することなんて本当イベントごとがあるときだけなのよ。うん。
ってなるとその気楽さがあるわけよ。うん。でもなんていうの。なんかちょっと寂しくなったらねえねえなんか一緒にテレビ見ようよって言える相手もいるのよ。うん。だからちょうどよくって。だから人間生活のあの究極の形ってルームシェアだと思う。
男性と女性のメンタルの違いと逃げ場
これって男性もそうなんだろうか。それはわからない。いやなんかね今だから読んでる本が男はなぜ救われないのかっていう本を読んでてあの男性はだからその要するにこう学校ちゃんと卒業するためのプログラムとかそういうのをやると救われるのは女ばっかなんだって。
とかなんかこうあのビジネスにおいてとかなんとかにおいてって誰かをとにかく引き上げようなんとかその最後までこう卒業まで持っていこうみたいな仕事においても何にしてもねあのやるとプログラムにちゃんと乗っかってくるのはもう女性だけ女性がバイアいるんだって。
で例えばだからよく知ってるように留学する人も女2対男1なんだって。確かに周り留学してる子女子の方が多いわ。どうやってもそうなるんだって。
でそのもちろんその留学というスキームに乗っかりやすい例えば文学や芸術屋っていうところをやってるのが女の人が多いからじゃないのかって話もあるけどとはいえたとえあの科学系のことだったりしても数学系のことだったりしてもその何かこう上まで乗っけていこうなんとかこう彼らを何とかしようみたいなことをやるとそのスキームに乗っかってちゃんと成果が現れるのは女性だけって。
みたいなのがあってね。でこうなんていうか最近本当思うのはあのメンタル強いんじゃないかなっていう気もするんだよ。
そうね。
多分ね。いや男の人がメンタル弱いのかっていうわけではなくて。
いや逃げ場が女子の方があると思うよ。
逃げ場って。
メンタル的にあのなんていうかな女子の方がそういう感情について話すのに慣れてるからでゴシップに慣れてるし。
ゴシップに慣れてることがいいことなの?
うんあのなんていうかその非ゴシップって何かって言ったら非オフィシャルな話であってそのゴシップっていうのはなぜ女のものだとされるかっていうとそれはなんていうのそのオフィシャルな発言として扱ってもらえる機会が女性の方が少ないからであって。
何か文句を言った時に男性の場合はそれが大きな問題として公表されてパブリックな発言として取り扱われる確率が女性より高いけど。
でも女性の場合はどんな真剣なことを言ったってそれがオフィシャルな発言として取られる機会が男性よりも少ないから。
だから女性の話は全部ゴシップっていうカテゴリーに含まれる確率が高いからなんかゴシップっていうのはなんか女性のものっていう扱い方をされるっていうそういう考え方があって。
今やそれがだからその雑談っていう扱いになってるよね。
でもね。
ポッドキャストって。
雑談の嵐だよな。
アメリカのポッドキャスト産業と男性ホスト
ポッドキャスト今アメリカポッドキャストが飽和状態にあると言われるくらいあのポッドキャスト産業がすごく栄えてるんですね。
日本はまだなんか未開拓な部分がちょっとあるありつつもアメリカってもう誰も彼もがポッドキャストやってるのよ。
私の親友のカリーナもカメラマンとして働いてるけど彼女の収入源の大部分がポッドキャストなわけですよ。
そうなの?
そうなの。
彼女は何を語ってるの?
違う彼女が語ってるんじゃなくていろんなセレブとかがポッドキャストやってるののカメラマンを彼女はやってるのよ。
ポッドキャストと言いながらだからこう映像付きでちゃんとやってるってポッドキャストって音だけって思っちゃうもんね。
いやアメリカの場合はそれをポッドキャストのプラットフォームで配信しスポティファイで配信しアップルで配信しYouTubeで配信しとか
映像と音両方で配信することが多いのね。
で結構需要あるんだよ両方とも。
だからその映像の需要がポッドキャストあるからそういうのでカメラマンとして彼女は働いてるんだよ。
でアメリカの場合ポッドキャストをやってるのは毎回男だっていう話があってね。
ポッドキャストやってるのが男?
そうそうポッドキャストの司会とか圧倒的に男性人が多くて。
で超女嫌いな味噌汁だらけの男たちとかがほんとこうやってマイク持ってよくわかんないなんかアホなことばっか喋ってる番組超たくさんあるんだよ。
それって聞き手いるの?
いるんだよね。
いるんだ。
いやそれがねこう若い子たちの間でねすごい悪影響になったりしていることは問題になったりするくらい。
だから女はおしゃべりだって言うけどポッドキャストホストやってるの男の方が圧倒的に多いじゃねーかっていうのはアメリカ人の文句なんで最近。
何を彼らは語っているの?味噌汁にを語っているの?
なんかこう女はキッチンに戻れみたいな。
キッチンに戻れ?キッチンいますよ。キッチンでめっちゃ料理作ってるよ。さっきも昼ご飯作ったし。
そうそうそうそういう感じの。
キッチンはね、キッチンはみんな行けばいいんですよ。キッチン戻る。キッチンだけだっていうのはねつまんないからあかんけど、キッチンはクリエイティビティの嵐だよ。
でもね、なんかしゃべりたいのって男子じゃん。
まあね。
なんかこう、カリナともよく話すんだけど、そのカメラの機材について語ってる人、なんかそういうのレビューを書いてる人とかレビューを語ってる人をyoutubeとかで探しても出てくるのはみんな男性人だもんね。
このカメラのここが良くてこれが良くてこれがなんかこう長所短所でって語ってるのは全員男性だよ。
女性のそういうなんかギア系youtuber見たことない。
でもいるじゃん。大西さん、Mac系のことについて語ってる女性の人で、BTSも好きでみたいな。
いたね。
今もいますよ。
いるね。
彼女とかよくだから見て聞いたりもしてるけど、面白いっていうか。でも珍しいっちゃ珍しいよね。
珍しい。あの英語圏でなんかこう新しく出てきたねソニーのねなんかカメラとかの名前を打って、youtubeで検索してレビューとかって書いて出てくるのって全部男性だよ。
やったら?
ギアへの興味とストーリーテリングの核心
いやーめんどくさい。なんかねギアにねそんなに興味ないの。
あーまあねだってギアってあのいつもだからお母さんも好きだけどギアはそのそれを使って何ができるかじゃない?結局は。
そのどう使うかももちろん大事なんだけどそのそれを使った上でじゃあこういう表現ができたよねっていうのが一番大事で。
せやねん。
あんたもこれ買えばよかったね。
そうだね。
買いに行く?
いいよ別に。
荷物増えるだけで。
そうだね。あっち帰って買うしかないわな。
スタンドをね母だけが持っていて私が持っていないという状況だから。
そう梅田のヨドバシカメラであの親子でポッドキャストやるとまでは言わなかったけどちょっとなんかそういうことやりたいんでみたいな話をしたら
あの店員さんが勧めてくれたこの何て言うんだろうアーム?スタンドアームみたいなやつ勧められて2000円ぐらいのやつだったんだけど。
そうだから私はこう手に持ってるからたまにあの手で持ってる音がガサガサガサみたいな。
これさマイクもだからあのジェミニに聞いたりこうあのお店で聞いたりして買ったけど何が気になるって音が良すぎて自分の鼻息が聞こえる。
なので息するときちょっと離れてる。
そうねまあポジションの問題もかもしれない。
そうかじゃあちょっと下下げるかちょっと失礼。
そうね。
いやこうなんか飲み込んでもごっくんって音が入るんじゃないかってくらいよく入ってる感じがする。
そうね。
そうだよね。
なんかいい距離感があるんだろうけど。
たぶんね。
あとはこう編集でそういうの綺麗にするとかね。
編集したかったらね。
私か。
私たぶん。
そんな暇ない。
来学期始まったら編集してる暇ないと思う。
大学院の課題とプロダクションバジェット
来学期はどんなことするんですか。
来学期はまあ今1年生の終わりなんだけど。
大学院のね。
大学院の1年生が終わって来学期からあと1、2ヶ月2ヶ月かあと2ヶ月で2年生になるんだけど。
PW4って言ってあの。
PW4ってなんだ。
なんでPW4って言うんだろう。
しろんだな。
あの。
え、なんでPW4なんだ。
それは2年生ってこと?
いや聞いたほうがいいなたぶん。
そのプログラムの中の初めて監督したものをPW1って呼ぶはずなんだよ確か。
1学期目だから。
2学期目にやった作品をPW2って呼ぶんだよ。
で3学期目に。
3学期目が次ね。
3学期目に撮影してで4学期目に編集する作品があって。
それをPW4って呼ぶんだよね。
3がどこ行ったのかがわからない。
なんだけどまあ。
それはどこへ行った。
1学期目はなんだ何をやったんだ。
MOSって言ってセリフがないものを5分作れっていうのがお題だった。
2学期目は他人が書いた脚本を監督しろっていうのがお題だった。
で3学期目は10分間のものを書いて撮れという。
で4学期目はそれを編集しろと。
10分間のもの今までって何分だったの大体。
5分。
5分じゃあ倍になるんだ。
そうだからレベル的に言うとその正規学部だった頃の卒業制作くらいの規模のものになると思う。
じゃあ結構大変だね。
結構大変だから一応学校から機材は借りれるんだけど、
であと学校から1人ずつ2000ドル出るんだよね。
プロダクションバジェットとして。
留学費の中から結局活用されることになるっていうことだと思うけどね。
言うても大学院学費高いので。
その中からちょっとくれるくらいの感じに。
その分が高いんですよっていうそういう感じなんだろうけどね。
2000ドル内でだから作れるなら作れよ。
だけど卒業制作を短編作ってもいいし3年目はね。
で卒業制作を短編やらない人は長編の脚本書いてもいいんだよ。
でもう長編の脚本書くって決めてる人は、
この2年目の映画でもうちょっと規模の大きいことやりたいかもしれないから、
そういう人は2000ドル超えてもいいよって。
クラファンとかやってもいいよって。
そういう意味ね。こういうのを作りたいからお願いしますみたいなことが言えるように。
なるほどね。
物語のネタ元とコンプレックスの活用
なんかやっぱりこう、でもずっと作っていくとすると何らかの情報を入れるなり、
自分のにとってのこうネタの泉みたいなものが必要になってくるよねきっと。
そんなことないの?
物語を書いてるってこと?
そうそうそう。
そうね。それは本当にそう。
やっぱりこう脚本書くときに自分を書きたいことがあって脚本の教室に初めて行ったわけじゃなくて、
何を書いたらいいか全くわからない状態で正規学部のときに脚本の授業を初めてとって、
そっから先生から浴びさせるようにこんないろんなテクニックを学んで、
面白いなーってずっと思ってたんだけど、
でも何を書きたいかっていうのは教えてくれないじゃん。
最後。
どう書くかを教えてくれる。
学校って文法を教えてくれるけど、エッセイの内容を教えてくれないでしょ。
だからそれと同じで脚本の書き方を学んだけど何を書きたいかっていうのを見つけるのはすごく大変で。
そういう意味ではね、いつも思うんだけど、
なんかこうコンプレックスがありますとかすごくひけ目がありますとか、
なんかそのこの点について弱みがありますとか、
なんか何かに割りない思いをしてるとか怒ってますとか、
なんかそういうあんまりその素直に生ききれない何かを抱えてる人の方がネタは持ってるんじゃないかなって気はするよね。
そうね、なんかそういう人がネタ持ってるっていうのと、
あとはキャラクターにそれを与えるのが大事とは、
一応ハリウッドでは言われる、あの欠点を持ってる主人公を作れとはよく言う。
だってそのすごく美男美女ですごく差別されたこともなくて、
めっちゃ勉強できてめっちゃ足早くてみたいなそんな人から物語ってなかなか生まれてこないっていうか。
私たち人間誰しも完璧な人間なんていないから、
だから完璧じゃない欠点がある主人公を見ると共感するよねって好きになるよね。
なんかそれに愛着湧くよねっていうのがやっぱりハリウッドの脚本論の中にはあって、
だから主人公が曲を学ぶ話っていう風にまず決めて、
ほんでじゃあ何の曲を学ぶのか。
じゃあこの曲を学ぶためにはこういう欠点があるはずだよね、この主人公にはみたいな。
それはちょっとプロットから逆算した形にはなっちゃうんだけど。
あんまり良くないんだけどね。
でもハリウッドの場合、いつも話を聞いてて思うのは、
主人公が何かを乗り越えていって初めて物語が進んでいくっていうか、
乗り越えた上に状況を変えていくっていうかね。
それがないとハリウッド的には成立しないのかなっていう感じがするよね。
そうね。
物語における変化と悲劇
そうね、なんかうちの教授がよく言うのは、物語とは何か、主人公が変化する話だって。
でもさ、変化しない話もいっぱいあるよね。
で、その変化が変化しなきゃいけない時に、変化しないものが悲劇だって。
あー、なるほど。
それか、変化があまりにも遅すぎたのが悲劇になる。
今ね、耳なしほういちが一瞬頭にふって浮かんだのよ。耳なしほういちの話知ってる?
なんとなく。昔アニメで見たかなくらいの感じ。
要はだから、幽霊が出てくるから、その時にそこにいる時は、だから全部体中にお経を書いて、そこで待ってなさいって言って、
で、ほういちさんがこうやって待ってたら、そしたら武者が出てきて、幽霊の武者が出てきて、あれ、昨日まで居てた、ここのお坊さんが居てないなみたいな感じで、
でも耳だけ書き忘れて、耳をダシッて切られて、ストーリー終わるんだよ、あれ確か。
怖い。
あれもだからホラーなんだよね、日本のジャパニーズホラーで。
で、あれはだから主人公ほういちさんでも結局成長してないやんって思ったけど、成長しないからこそ悲劇なんだよね。
そうそうそうそう。
なるほどね。
先生はキャラクターが変わる、キャラクターが変わるか、キャラクターが他人を変えるかって先生は言うね。
そのどっちかしかないと。
で、私はそこに付け足したいのは、主人公が変わるか、主人公が他人を変えるか、お客さんが変わるかの3択だと思う。物語って。
で、主人公が変わらなくても、観客が主人公を見る目が変わる物語もあるし、そういうのも好きなんだよね。
「Nothing lasts forever」というテーマ
あったの作った、こう、The Visit。
卒業制作。
あれなんかはでも、主人公も周りの人間も特に成長するわけではないよね。
成長はしてないね。
うん、でも悲劇でもないよね。
悲劇でもない、でも成長ではないよね、なんていうか。
気づきは得てるかもしれないけど、でも面白いじゃん。いわゆるストーリーテリングのそのセオリーにはのっとってないよなって思って。そこが面白い。
そうね、なんかこう、無理矢理当てはめることはできると思うんだよ。そういうなんかこう型みたいなものをね。
あの、なんとかねじ曲げたりすればよ。
でも、でも、そういうなんか典型的なストーリー構成に従おうと思って作ったものではないよね、決して。
いやでもそれがいいのかもしれないっていうか。
むしろそのお客さんに何を知ってほしい、そのポイント、趣旨は何なのってことやねん。
うん、で、趣旨はあれは何なの。
えっと、Nothing lasts forever でしょ、っていう。
Nothing lasts forever。
全て。
何も、なんか一生続くものはこの世にないよね、諸行無常や諸行無常。
とてもアジアティックやな。
いやだから、こう、あの脚本を書いた時に、
ね、なんであの脚本を書いたのかっていうと、その、ローマの休日とか、あとは、beforesunset、before sunrise とか、
そういうのをこうリストアップしてて、なんで好きなんだろう、私この作品たちって思った時に、
その、いずれはバイバイしなきゃいけないってわかってる人間二人が、
そうとはわかっていても、今日一日を過ごす話じゃん、一緒に。
で、なんでお別れになるってわかってんのに、人間はここで一緒に遊ぶのかっていうと、
やっぱり終わるってわかってるからこそ、今遊ぶんじゃん、逆に言うと。
なるほど。
なんか死ぬってわかってるから、みんな今頑張ろうとするわけじゃん。
それと同じで、終わりがないと、人生って、なんていうの、ありがたみがないと思うんだよね。
そうね。
だから、その主人公たちは、あ、僕とこの子はお別れする運命だけど、
でも、今日一日っていう限られた時間があるんだから、一緒に楽しく過ごそうよっていう、そういうことじゃん。
っていうのをお客さんに感じてもらいたかったっていう。
あれだって、実際、これぐらいの歳になると思うのは、その一晩一緒に遊んだことは間違いないんだけど、
決して、一生ずっと遊び続ける友達って実はそんなにいないんだよね。
何かの拍子にまた会うこともあるけど、でも大体、大学時代の時の友達なんて何十年会ってないくらい何人もいて、そうなんだよ。
だからその、なんか生きてる中で、何を大事と自分が思ってるかとか、何を美しいと思ってるか、その人間関係の中で。
で、人とはこういう時はこうあるべきだとか、人とはこういう時にこうあってほしいっていう、自分の願望を何かワンセンテンスでいいから書いてみる。
で、じゃあそれを体現する物語って何だろうって考えていくと構造が見えてきたりするんだよ。
じゃあキャラクター主要人物2人必要だよね。じゃあ片方は普通に自分の世界にいる人間で、もう片方はこの世を去らないといけない人間だとしよう。
じゃあどういう界隈の人間だろう。そういうふうに物語ができていくんだよ。そういう質問を自分に投げかけていくと。
手塚治虫に学ぶ創作プロセス
で、手塚治虫の漫画の書き方っていう本にもあったけど、1ページか2ページ目くらいに書いてあるのがね、画用紙を用意しろと。手塚治虫が。
で、その画用紙に自分の欲望願望何でも汚くても綺麗でもいいからとりあえず書いてけっていうね。
なんかあの綺麗な女優と結婚したいとかね。そんなんでいいのよ。
え、文字でいいの?
文字で最初こうグワーって書いてけって。で、そこから何かこう物語を見つけろって。
で、その自分の何かそういう欲望とか汚い欲望でも何でもいいからそれをバカにするような絵であったりをまずコマを書いて何か書いてみろと。
自分の欲望をバカにするような?
自分の欲望とか自分の知ってる人とか何かこう自分の何ていうの自分に対する不満とか何か自分を嘲笑うようなキャラクターでもいいから
何か自分を体現して自分を嘲笑うようなキャラクターでもいいからそういうのをとりあえず書いてみろと。絵にして。
で、そこからどんどん次々って書いていけと。
絵記法でも機能法でもいいからラストから考えてもいいし最初から考えてもいいからとりあえず書けっていうのが彼の何かそういう理論。
面白いね。あんたがだからこうまあいろんな意味で参考にしたり師としてあのやってる人って。
なんていうか手塚治虫だったり筒井康隆だったり。筒井康隆のこの間だからエッセイ90歳になってどうたらっていうやつを読んだけどやっぱりあの人もあの全然変わらないんだよ。
芯になってる部分がね。面白い。
さあね。
ニューヨークの本屋と読書体験
筒井康隆の本とかってあっちで読んでるの?
一応数冊揃えてるよ。
数冊持ってってる?
あ、そうなんだ。あっちで買ったの?持ってったの?
いや多分日本で買ったの持ってってるんだと思う。何かしらインスピレーションが欲しいときに開けてるけど。
キンドルとかは読んでんの?
キンドルは持ってない。
あ、そう?
でもいろいろオンラインでデジタルなものを入手してダウンロードしているよ。
ほんと。まあ本当にあといい本屋もいっぱいあるじゃん。
うん。木の国屋とかもあるからね。ニューヨーク。
ニューヨークって木の国あるの?
あるよ。
どこに?
グライアントパークの近く。タイムズスクエアから歩いて行けるような距離にある。
いいね。そうなんだ。本屋がさ、すごく素敵じゃない?
ニューヨーク昔歩いたときに本当に、バーンズ&ノーブルかな?今もうないの?
あるあるある。ドリューそこで働いてるよ。
あ、そうなんだ。
ルームメイトの。
バーンズ&ノーブル、なんかそれこそこうね、5番街をテクテクテクテクずーっとなんかしてて歩いてる途中にバーンズ&ノーブルを見つけてポンって入って。
アメリカ中にバーンズ&ノーブルいっぱいあって。
で、ニューヨークの中で、たぶんニューヨークシティで一番大きいのがあの、14thストリートにある、ユニオンスクエアにあるんだけど、ユニオンスクエアっていう公園のとこにあって。
いまだに人気、なんか4階か5階くらいあるんだよ。
え、本屋が4階か5階あるの?
うん。
すごいね。
すごいすごい。
大きいね。
大きい大きい。
縦に。いいなー。
なんかほんと図書館かよみたいな感じでみんな座ってなんか読み込んでたりするんだよ。
買わないよ。
図書館かよみたいな。
でもそういう空気感がいいよね。
そうそうそう、自由だからそういうところ。
いやあの、今夢見てんだよ。だから、4月5月くらいの時に、語学留学、要するにこう、留学ビザじゃなく行ける、語学留学的なことで、ニューヨークのはずれの方行くとか、あるいはカナダ行くとかね。
母親の創作インスピレーションと視聴率
いいねカナダ。
で、それが終わったら、今度は来年の秋くらいにフランスの片田舎でこれまた語学留学をする。ちょっと夢なんだよね。
うんうん。
仕事終わったらやりたいってずっと思い続けてて。
うん。
だから、それこそ今度の4月5月くらいに来ちゃった。って言いながら、何かお勉強始めるかもしれない。
逆に、お母さんも書く人ではあるじゃん。インスピレーションはどこから受ける?これについて書こうみたいな。
自分は、自分自身が実際に現場にいた頃は、自分のネタ元は大体、生活とか、自分が好きな本とか、あるいはこのジェンダーだったり、年代だったり、そういうところの中の。
で、会社、面白いところで40代男性が中心なんだよ。大体。40代の男性が中心となって作られているものの視聴率が上がらない。なんでだろう?ってよく言われてて。
で、私がいつも心の中でも、当たり前よ。見てるのは40代男性じゃねえよ。って思ってたんだよ。ちょうどそのニュースやってるのが、6時から7時の間のニュース枠だったり、3時のちっちゃなニュース枠だったり、あるいはそれ以外のちっちゃな番組枠だったり、
テレビ見てる中で一番多い年代層っていうのは、本当に家庭で料理してる女性、専業主婦とか多かったわけだよね。その人たちが気にするであろう、あるいは気になるであろう、生活の中で感じるであろう、いろんなことに紐づいていくような話は、やっぱり専業主婦じゃないけど、母さんには絶対あるよねって思ってて。
だから、母さん自身が無って思ったことをネタとして引っ張ってきて物を作ると、だいたい視聴率がいい。その代わり、いわゆるハードなネタっていうのが全然ないので、母さんは視聴率はいいけど、なんかの賞を取ったことがほぼないっていう感じで。
でも全てにおいて、いつも気をつけているのは、この話は私の立場から見てどう見えるか。そしてそれが見てる人にどういうふうに関係するのか。生活上ね、何に関係するのか。
見てる人の命と財産と生活にどういう影響を及ぼす可能性がある、恐れがあるものなのかっていうことを正しく見せていくことを気をつけてた。
先生が、これまた去年じゃないな。前学期撮ってた脚本の先生が言ってたのは、スペシフィックネスにユニバーサルなものがあるっていうんだよ。その、何かとってもピンポイントなものこそ人に伝わる。
全くその通りだと。
今書いてる脚本も移民の話だったりするわけよ。日本人の移民としての話ってなった時に、その日本の話だけど、でもあなたはすごくあなたこそがわかるトピック、これっちゅうトピックを選んだわけで、このスペシフィックネスにみんなわかるものがある。
だから、これを来学期作るのかどうか迷ってるんだったら作った方がいいと思うよって先生は言ってくれたのね。
わかるわかる。要はね、ローカルはグローバルなんだよ。
見てる側が、これ自分の話だって思うかどうかなんだよね。きっと。そこにあると思うんだよ。
人がね、感じる感情って割とこう、もちろん特殊性もあるけど、普遍性のつながってくるのでね、そういうのをちょっとやってみるっていうのがいい。
AI時代のアナログ写真のロマン
今朝かな、堀がインスタグラムでリポストした投稿があるんだけど、見たかわかんないけど。
ポラロイドが今広告をいろんなところに出してて、それが結構アンチAIで話題を呼んでるのね。
それもあからさまにAIでできないって言ってるわけじゃなくて、AIじゃなくてアナログだからできることってあるよねっていうそういうメッセージをね、広告で出してて。
堀がこうインスタグラムパッて開けて出てきたのが、
AI cannot generate sand between your toes っていうフレーズで、AIはあなたの指の間に挟まった砂を生成はできないっていうセンテンスなのね。
で、その広告の中に出てくるのは、ビーチでハグしてる恋人同士のポラロイド写真なのよ。
素敵だなって思って。美しいなって思ったのよ。広告としてうわーって思ったの。見た瞬間に。
あのビーチに行って、足の指の間に砂が入るじゃん。で、あの感覚ってわかるじゃん。海行く人間にとっては。
で、あの夏の恋人と一緒にビーチに行くあの感覚をこのワンセンテンスで言い寄ったわけだよ。
わかる。なんか、その感覚って、どんだけAIが頑張っても入る隙間がないというか、その思い出っていうところにね。
だからこそアナログのその写真を残す。なんかそのAIで作った画像とかじゃなくて、アナログでその瞬間にパシャって撮ってウィーンって出てくるあの写真を残す、なんかそのロマンよ。
素晴らしいなと思って。
やっぱりこう物語を語る時のスタートラインは、何らかのその自分が持ってる個人的な感覚とか体験とか、あのちょっとしたこうん?って思ったこととか、そこがスタートラインで、そこからでいろんな人のね、もちろん取材はいるかもしれないよ。
で、取材をした上で、自分の感じたそれを言わんとするそのエッセンスとして、あのストーリーに持っていくっていうのが、あのやっぱり一番いいのかなというふうに思うっていうね。
記者の気づきと「見つける」アート
だから、お母さんの先輩の女性の記者の人も言ってたのは、そのやっぱり一つの中にその記者自身の気づきがいると。
それは誰にも奪えないそのエッセンスで、その気づきをやっぱり特集だったら特集とかね、5分とか10分とかいうもの、あるいは1時間の番組、ドキュメンタリーもそうだけど、そういうものをこう入れていくこと。
あとは、あの光がパーンって最初から当たってないものに光を当てる。そこが大事だよねっていう言い方をしてたな。
何だっけな、Discover the Undiscoveredかな。
そうね。
そんな感じのことを誰かが言ってた気がする。見つかってない人を見つけろって。
お母さんの会社で、だからすごいドキュメンタリストだったけど、あっという間に会社を退社された後、亡くなっちゃった有名な人がいるんだけど、男性でね。
その人なんかもやっぱり、人が見つけてないもの、人が光当ててないものに光を当てろみたいなことを言ってはったって聞いて、直接は教えられたわけじゃないんだけど、本当そういうものを見つけていくってことと、そこの中に入れるナレーションは、これしかないってものがあるんだよって。
いや、そんなことわかりますか?とか思ったけど、話聞いた時に。もうここにはこれ、この言葉しかないって。
あのね、彫刻家がよくさ、木の中に仏像があるとか言うじゃん。仏像を作るんじゃなくて、仏像はもともと眠ってて、それを浮き上がらせてるだけだみたいなこと言う彫刻家いるじゃん。
意味わかんないなって思うじゃん、最初は。それ聞いた時。でもね、わかるのがね、アートって作るってことじゃなくて、アートって見つけるところから始まるんだなっていうのは最近よく思ってて。
絵アートなんて作れないよ、私アーティストじゃないもんって言う人世の中多いんだけど、単純にね、アートに何か感じたことを変換するその作業がないだけであって、みんなアートに変換するに値するその価値のある経験っていうのは人間誰しもしてると思うのね。
何かこう美しいと思う、誰かと笑ってる、誰かと泣いてる、なんかそういういろんな経験みんなしてると思うんだけど、アーティストは単純にそれを別のメディアに変換する術を知っているだけであって。
道があるのね。
そうそう、そのチャンネルがあるだけで。誰しもがその最初の見つけるっていうことをやってんだよ。
あーって思ってるんだよね。
父親の過去と「無口」の理由
なんかこう親とかから話聞いて、あー面白い話だなとかさ、なんか友達の話聞いて、あーなんか友達面白い人生送ってるなとかさ。
子供育ててる時にだからその一番気をつけたのは、あーって思える材料になるものをその辺に散らばしとけって、そう思ったんだよね。
で、ただまあそれもあんまり意図的にやったわけじゃなくて、自分が好きなものが山盛りあったからなんだけどね。
それをこう見ているうちにまあ好きになるだろうみたいな。
あの新聞撮ってたのもそうだけど、お母さんを対して新聞撮りながら読んでないけどさ。
でも、あのまあ書いてありゃなんかうんって思う時もあるでしょうし。
いやお父さんがさ、鎌倉から引っ越して、ほんであのその後ね、鎌倉が恋しくて恋しくて仕方がなかったみたいな話もあるじゃん。
ほんでなんか線路見ながらこの線路ずっと行ったら鎌倉なのかなって思ったって言うじゃん。
あれかわいそうだよね。
で、そういう話お父さんからは聞かないんだよ。
なんでだろうね。なんでそういうの娘に言わないんだろうね。
でも母親からは聞くわけだよ。
メディアにより密接だから、言葉っていうメディアに母親の方が多分密接だから。
だからお父さんだってそういうなんかこう、アートに変換し得るような経験はしてるわけだよ。誰だって。
そうだね。
お父さんも含め、普段無口のお父さんも含め。
そんなね、世間一般の男性から比べてもそう無口な方ってわけでもないんだよ。
でも言わんとしてることは、アーティストっていうのは変換術を知ってるだけで誰でもアーティストになれるっていうのが堀のフィロソフィーで。
そういう本がまたあるんだけどね。2、3ページだけ読んで進んでないんだよな。
いやだからその、で、なんていうかな、美術館もお母さんが好きだからしょっちゅう行ってて子供がちっちゃいからなかなか行けないよとか思って、
とりあえずベビーカーに乗っけたまま、いいやって言った。で、それであの怖い絵がいっぱいあって、宗教画みたいな。それであんたらが泣いたっていうそういうのがあって、それが割と原体験だったりするんじゃない?
うん。
覚えてる?
なんとなく。
そうなんだ。だからそういうのがね、ちょっとずつ蓄積して自分で好きなものを見つけていくっていうのがいいかなって。お父さんが言ったのはあれ。
この過去川に住んでたから、だから鎌倉から引っ越して過去川行って、それ両方走ってるのが東海道線っていうJRの東海道線っていうのがあって、東海道線の線路を見ながらこれをずっとねたどっていけば鎌倉に行けんのかなとずっと思ってた。
かわいそう。
かわいちょう。お父さんかわいちょうなんだよ。
そうそう。それが中二だよ。
いやー切ないね。
「オリーブコーヒー」に学ぶスペシフィックネス
いやー切ないよね。で、しかもだから何が一番かわいそうだったかっていうと、えーなんていうのかな。こう、鎌倉って言ってみたことあるからもうフリーダムじゃん。なんとなく海があって。
そうね。
こうその横絵の伝が走っててみたいな。で、その空気感の中からいきなり過去川行って、そのまあ言ったら重工業の都市ですわ。で、別にそのそれは悪くないんだけど、そこからあのこう、当時の兵庫県下の中学はみんな丸坊主だったんだよ。
うん。
であの、お前ら脱ごうって言ってあの、俺らに反抗したら内心つけへんぞみたいなことを言われても嫌になっちゃったのね。
うん。
今だったら大問題だよ。
うん。
ほんとに。でもまあそういう時代だったんだよね。母さんも似たような感じだったから。
やだねー。
いやいやだよ。いわゆるだから拘束というものがあって、スカートの長さが決められ、みたいなね、その髪の毛の色決められ、それからパーマかけちゃダメって言われ、何やったっていいじゃん、別にね。
でもその、物語におけるスペシフィックネスの話に戻るけど、なんかね、オリーブコーヒーっていう映画があって、あの、カルアーツっていう、これまたアート系の名門校があるんだけどカリフォルニアに、カリフォルニアアート学校みたいな、カルアーツって呼ばれてるのよ、略して。
そこのアニメ学部が多分素晴らしくて、毎年卒業政策がなんかね、春に公開されるのよ、YouTube上で。だからカルアーツティシスって書くとYouTubeにたくさん出てくるんだよ。
で、その中の複数見てて、一個オリーブコーヒーっていう、これまたYouTube上でヒットしてる短編アニメがあってさ、どういう話かっていうと、あの、人間がこう、待ってね、生まれ変われる世界なのよ。
だから言ったら、自分の人生終わる頃に、もう一回クローンみたいな形で再生できるのよ、人間が。だけど、前世の記憶はないのよ。
だからこう、人間が結婚して子供が生まれるっていうのではなく、もうすでにいる人間が死んで、また赤ちゃんからやり戻すっていうのを繰り返すっていうビジネスが始まって、数十年経った世界なのよ。
え、えっと、でも時代は変わっていくよね、どんどん。
まあね、でもそういう、なんていうの、プログラムが始まった初めての世代の話なのよ。で、あの、もうね、このおじいさんは、だからもうその、生々で生きてるわけじゃない最後の世代なわけだよ。
で、そのおじいさんがね、こうヘアカットとかしてもらって、それでヘアカットしてるおじいさんもさ、あの、いや僕ももう手がねえみたいな、もうそろそろ僕もあの、新しく再生しようと思うんだよね、みたいなこと言うんだよね。
で、そうか、残念だねとか言いながら、主人公のおじいさんはなんか近くのコーヒー屋さん行くんだけど、そこのコーヒー屋さん入ってったら、新人の若い女の子がさ、働いててさ、で、その新人の若い女の子に、あの、オリーブコーヒー頂戴って言うのよ。で、その女の子、オリーブコーヒーって顔すんのよ。
で、彼がコーヒーの中にオリーブ一滴入れるのが美味しいんだよって言う。で、その女の子がさ、変な顔するからさ。で、あの、そのおじいさん、主人公のおじいさんは、あの、なんか、なんで僕がそんな変な飲み物飲むのか気になるのかい?って言うのね。
で、それで、うん、気になるって言うから、じゃあ昔話してあげるよって言って、あの、彼がどういう風に昔の彼女と出会ったかっていう話をしてくのね。で、その彼女が、そのコーヒーにオリーブを入れるっていう、そういうことをやってた。で、それでこう、その人と結婚して、で、結果的に彼女は年をとって、亡くなっちゃうのに倒れちゃって。
で、そのアニメを見ててだんだんわかるのが、その回想シーン見ててわかるのが、この店員さんの女の子は、そのおばあさんが再生した女の子だってことがわかる。
で、おじいさんは、まあそのコーヒー屋さん後にしてね。で、それで女の子は、変な人?みたいな感じで言ってるんだけど、その店長は、あのおじいさんいつもここに来て、あの席に座るんだよねって。いつもあのオリーブコーヒー頼むんだよねっていう、そういう短編でね。
で、見てて何が素晴らしいって思ったかって、そのオリーブコーヒーっていうそのスペシフィックさよ。誰も、他の誰もやらないじゃん。どんな味なのかなとかさ、変な味なんじゃないかなとかさ。
でもその子につながってるわけだよね。 そうそうそう。なんかその女性の唯一無二さが、そのオリーブコーヒーそのものになんか現れてるっていうか、彼女以外いないっていう。やっぱそのスペシフィックさの素晴らしさだよね。これもまた物語の中の。
彼はもう生き返るつもりはないんだろうか。 そこの彼の意思についてはあんまり触れてなかった気がする。でもおじいさんもう歳とってんだからさっさと再生すればいいのにって若者は思ってたりするんだよね。
でもおじいさんにはその気がないというか。 なるほど。いや面白い映画はこれからもどんどん出てくるからね。見たいものが。急に具合が悪くなるもん、本当に見たいけど。ちょっと見に行くチャンスが今のところないけど、またちょっと見たいなと思っている。
番組の締めくくり
もう50分も回っている。じゃあこのぐらいにしとこうかな。OK。はい、この番組は、なんだっけタイトル。時差ボケ座談会。そうや。タイトルだけ一応言います。ただいま人生編集中。母と次女の時差ボケ座談会。はい。おしまい。おしまい。ありがとうございました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
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