イエイ! それでは開始しましょう。
でも何話したらいいかわかんないな。テーマ決めなかったな。
何も決めてないね。
そっちはちゃんと入ってんの?
入ってるよ。
あ、ほんと。こっちも入ってます。
ちゃんとウェブフォームが行ったり来たりしてるのが見えるから。
あー、それって、あ、ほんとだ。見える見える。
そう。
まあ、あの、何て言うかな。
母さんが会社を引退した後のレクリエーションになればいいなと思って。
そうね。何を話していきたいかについて話したらいいんじゃない?
今後、ポッドキャストを始めることによって。
一番やりたいなと思ってるのは、まあ普段普通にフェイスタイムしてる時に、
何て言うかな。価値観の話とかよくあるやん。
それからもう一つは、アメリカの、まあそうだね。これも価値観だな。アメリカの価値観。
それから、映像を作る上での、あるいはストーリーテリングをする上での価値観みたいなことやってるじゃん。
それがその世代によって、あるいはその場所によって、それからそのセオリーがあってみたいな、そういう話がめちゃくちゃ面白いので。
そうね。もう5年間も留学してるから、なんかこう、近況報告的な、生きてるよっていう生存確認的な感じで、
あの、1週間に1回くらい、お母さんにフェイスタイムをするっていう風にしてて。
で、あとは末っ子だからっていうのもあるけど、今はね、お父さんが単身婦人から帰ってきて、あの、もう2人一緒に暮らしてるけど、
でも、自分が初めて留学したとき、お母さん一人ぼっちやったから、言ったら。
気遣ってたの?あれは。
気遣ってたっていうか、寂しいかなと思って、なんか1週間に1回くらいは喋る。
で、あと自分自身も、その、英語でずっと、英語漬けで留学してるから、
1週間に1回くらいは日本語で喋っとかないと、日本語を忘れるっていうのもあるし、
っていうので、なんかそういう複数の理由があって、お母さんに1週間に1回はFaceTimeするっていう、そういう習慣があって、
なんか土日とかね、仕事あるとやっぱりその、時差もあるから、電話しづらいけど、
週末だったら、仕事ないから、お家いるだろうってことで電話するんだけど。
で、それでね、よく喋る家族だから、そのままポッドキャストにしてしまえという、そういう。
え、正直どっちが楽なの?日本語で喋ってんのと英語で喋ってんのと。
今はね、もうね、1ヶ月日本に夏休みでいるから、日本語の方が楽になってきてるかなって感じるけど、
アメリカにいる時は検索する時も無意識的に英語だったりするけど、今はなんかこう何かわからない時に検索したら、日本語だから、今は、今週は。
もうほとんど、あちらに行ってる間は、アメリカに行ってる間は、こう、苦もなく英語が出るというか、英語で読み書きをするイメージなのかな。
そうね、でもやっぱりこう書くってなると、まだちょっとガチャガチャっとしたところはあるし、喋ってても文法のミスをしてるのは自分気づきながら喋ってるし。
そうなの?
うん、そんな感じだよ。
まあでも気づいてんだったらいいんじゃないの?
そうね。
だって日本語で、だってさ、そのら抜き言葉で喋ってるな私って分かりながらやる時あるじゃない。
そうそうそうそう。
なんかここで、なんとか「に」って言わなきゃいけないのに、「へ」って言ってたりすることもあるでしょ。
で、あとは、学んでることがやっぱり映像制作だから、その映像制作の専門用語とかは日本語よりも英語の方が分かるかもしれないし。
だからね、撮影監督の授業の教科書とかを英語で読むのは多分できるんだよね。
それを学んだの英語だから。だけどそれを逆に日本語でそれを本読めって言われたら、ちょっと専門用語に戸惑うかもしれないし。
自分がそれを受け取った情報を受け取った場所とかそのシチュエーションとかいろいろそのそれ以外の要するに、内容以外のね、いろんなことっていうのがその全部自分の記憶とひも付いてるから、それが離れちゃうと、なんか一瞬こうどうやって引き出すんだったっけなみたいな感じになることあるよね。
この前も言ったけど、「出力」と「エクスポート」が結びつかないとか、「上書き」と「オーバーライト」が結びつかないとか、コンピューター用語も英語に慣れてしまうとそっち寄りになってしまうというか。
ポッドキャスト今アメリカポッドキャストが飽和状態にあると言われるくらいあのポッドキャスト産業がすごく栄えてるんですね。
日本はまだなんか未開拓な部分がちょっとあるありつつもアメリカってもう誰も彼もがポッドキャストやってるのよ。
私の親友のカリーナもカメラマンとして働いてるけど彼女の収入源の大部分がポッドキャストなわけですよ。
そうなの?
そうなの。
彼女は何を語ってるの?
違う、彼女が語ってるんじゃなくて、いろんなセレブとかがポッドキャストやってるののカメラマンを彼女はやってるのよ。
ポッドキャストと言いながらだからこう映像付きでちゃんとやってるってポッドキャストって音だけって思っちゃうもんね。
いやアメリカの場合はそれをポッドキャストのプラットフォームで配信しスポティファイで配信しアップルで配信しYouTubeで配信しとか
映像と音両方で配信することが多いのね。
で結構需要あるんだよ両方とも。
だからその映像の需要がポッドキャストあるからそういうのでカメラマンとして彼女は働いてるんだよ。
でアメリカの場合ポッドキャストをやってるのは毎回男だっていう話があってね。
ポッドキャストやってるのが男?
そうそうポッドキャストの司会とか圧倒的に男性人が多くて。
で超女嫌いなミソジニーだらけの男たちとかがほんとこうやってマイク持ってよくわかんないなんかアホなことばっか喋ってる番組超たくさんあるんだよ。
それって聞き手いるの?
いるんだよね。
いるんだ。
いやそれがねこう若い子たちの間でねすごい悪影響になったりしていることは問題になったりするくらい。
だから女はおしゃべりだって言うけどポッドキャストホストやってるの男の方が圧倒的に多いじゃねーかっていうのはアメリカ人の文句なんで最近。
何を彼らは語っているの?ミソジニーを語っているの?
なんかこう女はキッチンに戻れみたいな。
キッチンに戻れ?キッチンいますよ。キッチンでめっちゃ料理作ってるよ。さっきも昼ご飯作ったし。
そうそうそうそういう感じの。
キッチンはね、キッチンはみんな行けばいいんですよ。キッチン戻る。キッチンだけだっていうのはねつまんないからあかんけど、キッチンはクリエイティビティの嵐だよ。
でもね、なんかしゃべりたいのって男子じゃん。
まあね。
なんかこう、カリーナともよく話すんだけど、そのカメラの機材について語ってる人、なんかそういうのレビューを書いてる人とかレビューを語ってる人をyoutubeとかで探しても出てくるのはみんな男性陣だもんね。
このカメラのここが良くてこれが良くてこれがなんかこう長所短所でって語ってるのは全員男性だよ。
女性のそういうなんかギア系youtuber見たことない。
でもいるじゃん。大石(由花)さん、Mac系のことについて語ってる女性の人で、BTSも好きでみたいな。
いたね。
今もいますよ。
いるね。
彼女とかよくだから見て聞いたりもしてるけど、面白いっていうか。でも珍しいっちゃ珍しいよね。
珍しい。あの英語圏でなんかこう新しく出てきたねソニーのねなんかカメラとかの名前を打って、youtubeで検索してレビューとかって書いて出てくるのって全部男性だよ。
やったら?
なんかやっぱりこう、でもずっと作っていくとすると何らかの情報を入れるなり、
自分のにとってのこうネタの泉みたいなものが必要になってくるよねきっと。
そんなことないの?
物語を書いてるってこと?
そうそうそう。
そうね。それは本当にそう。
やっぱりこう脚本書くときに自分を書きたいことがあって脚本の教室に初めて行ったわけじゃなくて、
何を書いたらいいか全くわからない状態で正規学部のときに脚本の授業を初めてとって、
そっから先生から浴びさせるようにこんないろんなテクニックを学んで、
面白いなーってずっと思ってたんだけど、
でも何を書きたいかっていうのは教えてくれないじゃん。
最後。
どう書くかを教えてくれる。
学校って文法を教えてくれるけど、エッセイの内容を教えてくれないでしょ。
だからそれと同じで脚本の書き方を学んだけど何を書きたいかっていうのを見つけるのはすごく大変で。
そういう意味ではね、いつも思うんだけど、
なんかこうコンプレックスがありますとかすごくひけ目がありますとか、
なんかそのこの点について弱みがありますとか、
なんか何かに割りない思いをしてるとか怒ってますとか、
なんかそういうあんまりその素直に生ききれない何かを抱えてる人の方がネタは持ってるんじゃないかなって気はするよね。
そうね、なんかそういう人がネタ持ってるっていうのと、
あとはキャラクターにそれを与えるのが大事とは、
一応ハリウッドでは言われる、あの欠点を持ってる主人公を作れとはよく言う。
だってそのすごく美男美女ですごく差別されたこともなくて、
めっちゃ勉強できてめっちゃ足早くてみたいなそんな人から物語ってなかなか生まれてこないっていうか。
私たち人間誰しも完璧な人間なんていないから、
だから完璧じゃない欠点がある主人公を見ると共感するよねって好きになるよね。
なんかそれに愛着湧くよねっていうのがやっぱりハリウッドの脚本論の中にはあって、
だから主人公が曲を学ぶ話っていう風にまず決めて、
ほんでじゃあ何の曲を学ぶのか。
じゃあこの曲を学ぶためにはこういう欠点があるはずだよね、この主人公にはみたいな。
それはちょっとプロットから逆算した形にはなっちゃうんだけど。
あんまり良くないんだけどね。
でもハリウッドの場合、いつも話を聞いてて思うのは、
主人公が何かを乗り越えていって初めて物語が進んでいくっていうか、
乗り越えた上に状況を変えていくっていうかね。
それがないとハリウッド的には成立しないのかなっていう感じがするよね。
そうね。
アンタの作った、こう、『The Visit』(ニューヨーク市立大学フィルムスタディの卒業制作のショートフィルム)。
卒業制作。
あれなんかはでも、主人公も周りの人間も特に成長するわけではないよね。
成長はしてないね。
うん、でも悲劇でもないよね。
悲劇でもない、でも成長ではないよね、なんていうか。
気づきは得てるかもしれないけど、でも面白いじゃん。いわゆるストーリーテリングのそのセオリーにはのっとってないよなって思って。そこが面白い。
そうね、なんかこう、無理矢理当てはめることはできると思うんだよ。そういうなんかこう型みたいなものをね。
あの、なんとかねじ曲げたりすればよ。
でも、でも、そういうなんか典型的なストーリー構成に従おうと思って作ったものではないよね、決して。
いやでもそれがいいのかもしれないっていうか。
むしろそのお客さんに何を知ってほしい、そのポイント、趣旨は何なのってことやねん。
うん、で、趣旨はあれは何なの。
えっと、Nothing lasts forever でしょ、っていう。
Nothing lasts forever。
全て。
何も、なんか一生続くものはこの世にないよね、諸行無常や諸行無常。
とてもアジアティックやな。
いやだから、こう、あの脚本を書いた時に、
ね、なんであの脚本を書いたのかっていうと、その、『ローマの休日』とか、あとは、『before sunset, before sunrise』 とか、
そういうのをこうリストアップしてて、なんで好きなんだろう、私この作品たちって思った時に、
その、いずれはバイバイしなきゃいけないってわかってる人間二人が、
そうとはわかっていても、今日一日を過ごす話じゃん、一緒に。
で、なんでお別れになるってわかってんのに、人間はここで一緒に遊ぶのかっていうと、
やっぱり終わるってわかってるからこそ、今遊ぶんじゃん、逆に言うと。
なるほど。
なんか死ぬってわかってるから、みんな今頑張ろうとするわけじゃん。
それと同じで、終わりがないと、人生って、なんていうの、ありがたみがないと思うんだよね。
そうね。
だから、その主人公たちは、あ、僕とこの子はお別れする運命だけど、
でも、今日一日っていう限られた時間があるんだから、一緒に楽しく過ごそうよっていう、そういうことじゃん。
っていうのをお客さんに感じてもらいたかったっていう。
あれだって、実際、これぐらいの歳になると思うのは、その一晩一緒に遊んだことは間違いないんだけど、
決して、一生ずっと遊び続ける友達って実はそんなにいないんだよね。
何かの拍子にまた会うこともあるけど、でも大体、大学時代の時の友達なんて何十年会ってないくらい何人もいて、そうなんだよ。
だからその、なんか生きてる中で、何を大事と自分が思ってるかとか、何を美しいと思ってるか、その人間関係の中で。
で、人とはこういう時はこうあるべきだとか、人とはこういう時にこうあってほしいっていう、自分の願望を何かワンセンテンスでいいから書いてみる。
で、じゃあそれを体現する物語って何だろうって考えていくと構造が見えてきたりするんだよ。
じゃあキャラクター主要人物2人必要だよね。じゃあ片方は普通に自分の世界にいる人間で、もう片方はこの世を去らないといけない人間だとしよう。
じゃあどういう界隈の人間だろう。そういうふうに物語ができていくんだよ。そういう質問を自分に投げかけていくと。
いやー切ないよね。で、しかもだから何が一番かわいそうだったかっていうと、えーなんていうのかな。こう、鎌倉って行ってみたことあるから、もう、フリーダムじゃん。なんとなく海があって。
そうね。
こうその横を江ノ電が走ってて、みたいな。で、その空気感の中からいきなり加古川へ行って、そのまあ言ったら重工業の都市ですわ。で、別にその、それは悪くないんだけど、そこからあのこう、当時の兵庫県下の中学はみんな丸坊主だったんだよ。
うん。
であの、「お前らのぉー!」って言って。「俺らに反抗したら内申(書の点数)つけへんぞー!」みたいなことを(先生に)言われて、もう嫌になっちゃったのね。
うん。
今だったら大問題だよ。
うん。
ほんとに。でもまあそういう時代だったんだよね。母さんも似たような感じだったから。
やだねー。
いやいやだよ。いわゆるだから拘束というものがあって、スカートの長さが決められ、みたいなね、その髪の毛の色決められ、それからパーマかけちゃダメって言われ、何やったっていいじゃん、別にね。
でもその、物語におけるスペシフィックネスの話に戻るけど、なんかね、オリーブコーヒーっていう映画があって、あの、カルアーツっていう、これまたアート系の名門校があるんだけどカリフォルニアに、カリフォルニアアート学校みたいな、カルアーツって呼ばれてるのよ、略して。
そこのアニメ学部が多分素晴らしくて、毎年卒業政策がなんかね、春に公開されるのよ、YouTube上で。だからカルアーツティシスって書くとYouTubeにたくさん出てくるんだよ。
で、その中の複数見てて、一個オリーブコーヒーっていう、これまたYouTube上でヒットしてる短編アニメがあってさ、どういう話かっていうと、あの、人間がこう、待ってね、生まれ変われる世界なのよ。
だから言ったら、自分の人生終わる頃に、もう一回クローンみたいな形で再生できるのよ、人間が。だけど、前世の記憶はないのよ。
だからこう、人間が結婚して子供が生まれるっていうのではなく、もうすでにいる人間が死んで、また赤ちゃんからやり戻すっていうのを繰り返すっていうビジネスが始まって、数十年経った世界なのよ。
え、えっと、でも時代は変わっていくよね、どんどん。
まあね、でもそういう、なんていうの、プログラムが始まった初めての世代の話なのよ。で、あの、もうね、このおじいさんは、だからもうその、生々で生きてるわけじゃない最後の世代なわけだよ。
で、そのおじいさんがね、こうヘアカットとかしてもらって、それでヘアカットしてるおじいさんもさ、あの、いや僕ももう手がねえみたいな、もうそろそろ僕もあの、新しく再生しようと思うんだよね、みたいなこと言うんだよね。
で、そうか、残念だねとか言いながら、主人公のおじいさんはなんか近くのコーヒー屋さん行くんだけど、そこのコーヒー屋さん入ってったら、新人の若い女の子がさ、働いててさ、で、その新人の若い女の子に、あの、オリーブコーヒー頂戴って言うのよ。で、その女の子、オリーブコーヒーって顔すんのよ。
で、彼がコーヒーの中にオリーブ一滴入れるのが美味しいんだよって言う。で、その女の子がさ、変な顔するからさ。で、あの、そのおじいさん、主人公のおじいさんは、あの、なんか、なんで僕がそんな変な飲み物飲むのか気になるのかい?って言うのね。
で、それで、うん、気になるって言うから、じゃあ昔話してあげるよって言って、あの、彼がどういう風に昔の彼女と出会ったかっていう話をしてくのね。で、その彼女が、そのコーヒーにオリーブを入れるっていう、そういうことをやってた。で、それでこう、その人と結婚して、で、結果的に彼女は年をとって、亡くなっちゃうのに倒れちゃって。
で、そのアニメを見ててだんだんわかるのが、その回想シーン見ててわかるのが、この店員さんの女の子は、そのおばあさんが再生した女の子だってことがわかる。
で、おじいさんは、まあそのコーヒー屋さん後にしてね。で、それで女の子は、変な人?みたいな感じで言ってるんだけど、その店長は、あのおじいさんいつもここに来て、あの席に座るんだよねって。いつもあのオリーブコーヒー頼むんだよねっていう、そういう短編でね。
で、見てて何が素晴らしいって思ったかって、そのオリーブコーヒーっていうそのスペシフィックさよ。誰も、他の誰もやらないじゃん。どんな味なのかなとかさ、変な味なんじゃないかなとかさ。
でもその子につながってるわけだよね。 そうそうそう。なんかその女性の唯一無二さが、そのオリーブコーヒーそのものになんか現れてるっていうか、彼女以外いないっていう。やっぱそのスペシフィックさの素晴らしさだよね。これもまた物語の中の。
彼はもう生き返るつもりはないんだろうか。 そこの彼の意思についてはあんまり触れてなかった気がする。でもおじいさんもう歳とってんだからさっさと再生すればいいのにって若者は思ってたりするんだよね。
でもおじいさんにはその気がないというか。 なるほど。いや面白い映画はこれからもどんどん出てくるからね。見たいものが。急に具合が悪くなるもん、本当に見たいけど。ちょっと見に行くチャンスが今のところないけど、またちょっと見たいなと思っている。