00:00
はい、では始まりです。
はい、始まりです。
じゃあ、母と娘の時差ボケ座談会か、母と次女のか、母と次女の時差ボケ座談会。
人生編集中。
だね。
第2回です。
第2回です。
何を話そうかと思ってたんだけど、お互いに最近何を味わったか。
最近鑑賞したメディア、やっぱり堀もお母さんもメディアの勉強というか、メディアのお仕事をしている人間なので、
メディアって言ってもすごく範囲は広いと思うから、読んだ本は最近ありますか?とか、なんか最近見てるドラマはありますか?映画はありますか?
なんか美術館行きましたか?っていう意味で、ここ過去1,2週間の間に何を吸収しましたか?っていう。
そうだね。じゃあ母さんから言っていい?
どうぞ。
母さんが最近味わったものは、アンドリュー・ワイエスの美術展が東京都美術館でやってたのかな。すごく良かった。
作品もともと大好きで何回も見に行ったり、あるいはニューヨークでも見たし、いろんな、だけどあんだけ作品がいっぱい集まってて、結構本当に味わい深くて良かった。
あの人の絵って、なんかちょっと乾いてる感じがするんだよね。
クリスティーナの世界とか描いた人やね。
そう、なんかこう、海風がこう渡ってくる感じがして。
ペンシルベニア州の人だっけ?
そうかな、なんかペンシルベニア、もうちょっとメイン州とかあっちの方の絵も描いてるみたいなんだよね。
もともとペンシルベニアの人なのかな。
画集見たらペンシルベニアとメイン州、なんかそこら辺。だからニューヨークの下とかニューヨークの上とか、東海岸の人間なのね、彼もね。
そもそも東海岸の人で、クリスティーナとクリスティーナの弟さんがだから暮らしている農場があって、そこの中に本当に、クリスティーナ自身は足がどんどん動かなくなっていく病気の中で暮らしているっていう中で、
それを支える弟さんと本当に、あれ確か先に弟さんが亡くなって、次にクリスティーナが亡くなった、逆か。
クリスティーナモデルになってるのは、あれはアンドリュー・ワイスの奥さんなの?
違う、クリスティーナはね、もう完全に何の関係もない、何かで出会って、彼女たちの生活とか、ちょっとね、多分アンドリュー・ワイスはある意味、若干滅びの美学みたいなところを感じたんじゃないだろうか。
出会いのね、そのどう言っても、なかなかこうなんていうか、ここから行き先どうにもならなくない?でもそれでも生活を何とか成り立たせていこうとする誇り高さみたいなものに対して、ものすごく興味を惹かれてというか魅力を感じて、描き続けたんだろうなっていう感じがした。
03:24
いや、あの絵ってやっぱ物語性がすごくあるというか、近代のアメリカのアーティストって特にそうなんだけど、多分アメリカンイラストレーションの影響もあるのかわかんないけど、一枚で物語を語る絵がアメリカンイラストレーションとか、アメリカの近代の美術は多いと思うから、だからクリスティーナの世界とかも、一枚の絵が美しいっていう以上に、そこに秘められた物語に人は惹かれる部分があると思うから、
そういう意味でアメリカのアーティスト、全般的に好きというか。
で、ホリの学校の同級生って、ホリの1年後に卒業した子かな?が多分、1年後か2年後かわかんないけど、同じ学校にいた女の子で、クリスティーナの世界を題材に短編映画卒業制作作った女の子がいたわ。
どんなストーリーなの?
ストーリーは見てないんだけど。
撮影している様子の映像とか写真だけ、ソーシャルメディア、SNSで見ただけで、映画そのものとか脚本は拝見してないんだけど、でも彼女本人がクリスティーナ役を演じて、動かない足で階段を降りていく様子みたいな、そういうのを撮影している感じがあったね。
あの絵をだから、画集をそもそも買ってきて、おじいちゃんに見せたんだよ。そしたらやっぱり魅力的だなって思ったみたいで、特にクリスティーナの世界の絵を見せたのかな。
そしたら非常に、おじいちゃん自身もね、そんなに簡単に今動ける状態にはないってこともあって、非常に動かされたみたいよ、すごく。
そう、なんか、普通に足が動く人にとっては大したことない距離じゃん。彼女のいる場所からその家まで。
だけど、足が動かないんだこの人はって分かった途端に、その距離がすごく遠い距離に見えるから、そういう意味でなんかその絶望感っていう、その彼女の気持ちっていうのを感じる絵じゃん。そこが素晴らしいんだよね。
感情がちゃんとあるんだよね。彼女のあの顔は描かれてないのに、あそこにこう、その遠さがちゃんと、物理的心理的な遠さがね、あるのがいい。
で、そこにはちゃんとね風が描いてあるんだよ。風が渡る風が動く、あのこう見えるというかね。
なんかこうヨーロピアな感じがしないじゃん。YSもそうだし、エドワードホッパーもそうだし。
06:03
何なんだろうね、あのなんかこうアメリカ人の乾いた感じ。そう、あの感じ。ヨーロッパってどっかになんかまだジメッとした感じがある。
メルヘンな感じ。メルヘン?メルヘンなのかな。
まだなんかロマンチックな感じがあるというか、ヨーロッパ絵画は。
まあアメリカイラストレーションもね、ロマンチックなのはロマンチックなんだけど、私ライエンデッカーとか好きで。いいよね、ライエンデッカーも。
あの人もでも、あの湿り気はないよね。
え、でも湿り気?何を持って湿り気?
もちろんロマンチスズンとかカレナリーのね、あの美しさもすごくあるし。すごく素敵。
彼の絵画、タキシードとか、なんかこうモガみたいな感じ、モダンガールみたいな感じ。美しいんだよ。
素晴らしく美しいよね。
アメリカの画家、いろいろあっち行って見たりもしてるわけでしょ?
まあね、一応あのウィッニーミュージアムとかモマとかは好きだけど、でもなんかね、モマのなんか東京版みたいなのがある。え、それがなんだっけ?
またできたの?あ、ていうかあるんだ、もともと。
もう多分日本語では知ってるだけかもしれないけど、英語にしたらこれまたなんかモマみたいな、そんな感じの名前のね。
まあ多分国立近代美術館みたいな、そんな感じのやつを多分英語にするとモマみたいな感じのスペルになるんだよね、多分。
なるほど。
どこか忘れたけど。
じゃあ、あなたの場合は何がありますか?最近見たもの。
最近セベランスとか、最近いろいろ見てて。夏休みの時間あるのを利用して。
で、あとインスピレーションはね、自分の脚本のためのインスピレーションを集めくらいの感覚で、とりあえず気になるものは何でも吸収しようとしてるんだけど。
セベランスっていうあのアップルのドラマを見てて。
で、これはどういうドラマかっていうと、主人公のマークっていう男の人がいるんだけど、会社に行くと会社に入った途端から記憶が分離する世界だよね。
だから、家にいる時の自分と会社にいる時の自分で記憶が入れ替わるわけですよ。
だから、その家にいる自分は会社の中で何が起こってるかわからないし、会社にいる自分はその会社から出た世界を知らない。
そうすることによって企業機密とかが守られるっていうね、そういう世界なんだけど。
なんかその、やっぱコープレットウォールドってよく英語で言うけど、その企業で働く、なんか企業でその機械の一部になって働いてるような気になる人間ってこの世の中まあまあいるじゃない。
なんかそのいびつさみたいなものをSFとして描いたようなアップルの作品で。
09:04
主人公何歳ぐらいの人なの?
主人公35くらいじゃないかな。
35くらいの男性?
男性なんだけど、新人として入ってきた女の子がめちゃくちゃ抵抗するのよ。
だっていきなり目が覚めて、いきなりそういうオフィスにいるわけだよね自分。
気がついたら。で、私今どこにいるの?って。
それで上司から君名前は?って言われたら、名前わかんない。
君のなんか家族とかどこにいるかわかる?わかんない。
なんで私自分の人生の記憶が一切ないの?
この部屋に来るまでの記憶がないの?新人の女の子として。
初めて入ってくるから。
いきなりオフィスで目が覚めるんだよ。
え?って。
で、あなたはここの新入社員ですよって言われるの。
で、働きなさいっていきなり。
ここから働きなさいって言われるんだけど、
どんなに頑張ってそこから抜け出そうとしても、
なんか辞職届出そうとしても全部却下される。
で、そのエレベーター降りるときに、そのエレベーターの中に何か装置があって、
そのエレベーターで降りてくと記憶が元に戻ったりする。
だから、で、外の世界の記憶がないから。
ってことはその会社の中にいるバージョンの自分はずっと会社に閉じ込められてるわけじゃん。
外の世界を知らないまま。
だからこの女の子は本当に逃げよう逃げよう逃げようって頑張るんだけど、
他はみんな逃げるなって言うじゃん。
で、逃げようとしたらお仕置きのシステムもあるし。
うわ怖い。
怖いのよ。
で、彼女がね、諦めないの。
なんか自殺未遂をしようとしてまで抜け出そうとするのね。
で、それでだんだんだんだんね、みんなね、
いや確かにおかしくないかってなんとなく気づいていく感じがあって。
全体が?
全体的にね。
そこにいる人たちはみんなその状態なの?
みんなその状態で、で、この部署、主人公のいる部署っていうのは4人組の部署なのね。
だからこの4人、最初は3人、その女の子じゃないその残りの3人はいや無駄な抵抗はよせよって思ってるんだけど、
この子がずっと頑張り続けて、なんとなく、いやでもそうだよねって。
何かおかしいよね。
なんで彼らは僕たちに外の世界を知ってほしくないんだろうみたいな感じで、
ちょっとね、だんだん動かされてきてるみたいな。
今俺エピソード8なんだけど。
全部でいくつあるの?
たぶんエピソード9か10か、1シーズンごとにあって、
今2シーズンまで出てんのかな。
3シーズン目が来るのかどうかは知らないんだけど、今シーズン1のエピソード8くらいで、
今ちょっとずつみんなが彼女によって変わってきてる感じ。
で、そういうドラマを見てますっていう、SFの怖いドラマを見てますっていう。
面白いです、おすすめですっていう。
どこへ着地していくんだろうね。
いやー、でもこれね、こういうミステリー系って、今は面白いよ。シーズン1、2は面白いと思うんだけど。
12:07
ネタバレしてきた頃とかね、状況がわかってくるとだんだん。
これフランチャイズとして続けるの難しくない?って見てて思って。
リミテッドシリーズみたいに、1シーズン、2シーズンで完結するならいいんだけど、こうやってミステリーものじゃん言うたら。
世界に何があるの?上司は一体何を考えてるの?っていうことをどんどんどんどん解き明かしていくタイプの。
もちろんホラーなんだけど、ミステリー要素もあるから。
でもミステリーって解き明かしちゃったらさ、それ以上ないじゃん。
だからどう展開していくんだろうなって思って見てます。
マトリックス。マトリックスだって、おーってなるのって、いきなり背中のバシャンと抜いて、本人がドロドロの中から立ち上がって。
今までいた世界は全て違ったのか?ってなった時に初めてわかるものじゃない?
そこには戻れないじゃん。あれって非科学逆勢って言うかさ。
ストーリーがそっちの方へ流れてって、わかった瞬間に今までの普通のこういうね、世の中があって会社に行って何してこれしてっていう、
ちょっとストレスもあってみたいな、ニューヨークの街歩いててみたいな、そういう類ののは全部嘘やったんやっていうのがわかった瞬間からいろいろ変わっていく。
だからマトリックスってさ、2と3、たぶん見たこと自分あると思うんだけど、
2、3見た時にね、がっかりした記憶があるんだよね。
あの瞬間が一番の見せ場なんだもん。
一番が一番いいのよ。
そりゃそうだよ。だってあの瞬間見たのに、えーっていう。
今まで見えてた普通の、あの映画がなんで面白いかっていうと、
あの瞬間に今いる自分の見えてるこの世の中もひょっとしてああじゃないのかっていう疑いが生じるから面白い。
で、あと恋愛のくだりが、なんていうのかな。
本当に1だと、あの主人公とヒロインが最後一緒に任務をね、達成していって、でその先にちょっとチュッてするくらいだったでしょ。
だからちょうどよかったのよ。
でも、2か3かでは、なんかずっとベタベタしてんの。
なんかもういいってみたいな感じで、なんか子供心に思った記憶があって。
なんか別にもういいってみたいな、物語前に進めてるわけでもなんでもないしさ、その2人の恋愛模様。
なんか別にいいよって思って見てた記憶がある。
そこはいいから早く次行こうよみたいな感じになる。
別にそこに興味ないんだよなみたいな。
これがね、恋愛の駆け引きがあるならいいよ。
何かちょっと乗り越えなきゃいけない、何かそういう壁がね、2人であるとかならいいんだけど。
そうじゃなくて単純にもう、なんていうの、そういうのなくのっぺりと。
として役に立ってないわけね。
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子供心に見ててそう思った記憶、今見たら違う意見なのかもしれないけど、でもそれを見た子供の時は、なんかちゃうなって思った。
でも、SFとかああいう、まあホラーもそうだしって、面白いよね。
なんかありえない設定の中に真実を紛れ込ませるみたいなところあるじゃん。
それがやっぱりストーリーテリングをやる上で面白いというか、やりやすい部分があるんじゃないかなと思ってね。
そうね、スーパーナチュラルなジャンル、ホラー、SF、ファンタジー、そこらへん、スーパーヒーローものって、やっぱりその世の中を封死する力があると思ってて。
そうね、それはそう思う本当に。
封死する力もあるし、あと撮る側からすると、普通の風景を使ってちょっと設定をいじることによって、ものすごいセットを組まなくても、
普通の生活の中の映像を撮ってても、なんかこう、え?っていうようなギョッとするようなものを紛れ込ませるような物語にすることができるじゃない。
もちろん、マトリックスぐらい手間のかかった撮影をしてると、そこはものすごいいろんなことをやらなきゃいけないんだけど、
その、え?っていう風になるまでのところは普通の室内だったりするわけじゃん。全部。で、この薬飲むか、青いのがいいか、赤いのがいいかみたいなところもさ、普通の部屋でいいわけで、別に。
その話の続きで、他にも見たものがあるんだけど、今東京、関東圏に今いて、で、この前お仕事が半日で終わった日があって、その帰り道に、どうせ東京にいるんだから、なんかどっか行こうと思って行った先が、アートセンターバグっていうところなのかな。
東京駅、新幹線とかの東京駅の近くにあるようなところだと思うんだけど、バグってBUGってアルファベットで書くんだけど、なんか目の前にカフェがあって、そのカフェの奥に行くと、上映室がある。
で、そこで1週間、日本の映像作家さん、日本だけじゃないのかな、なんか中国人の映像作家の名前もあったと思うんだけど、なんかまあそういう若い映像作家の人たちの作品を1日中上映するっていうのを1週間やってる場所があって、
そこで石原海さんっていう映像作家の人のロンドンの大学院の卒業制作か何かを上映してて、それがまたファンタジー要素のある短編映画で面白くって。
どんなストーリーだったの?
で、ストーリーとしては、まあ多分その世界自体がちょっとファンタジーなのね。あの熊本で撮影したって言ってあったんだけど、あのとある町で雷が最も多く落ちる町?世界か日本かで。
18:05
で、そこであの、なんかね女の子がいて、まあまあなんて言ったらいいかな。その町では雷に撃たれて生き延びた人間だけが踊り子になれる。踊り子になってその地下にあるクラブのメンバーになれるっていう世界線なんだけど、この主人公の女の子は踊り子になりたいがために雷に撃たれたいのよ。
で、そのクラブにたまに行っては、踊り子になりたいんです。踊らせてくださいって言いに来る女の子なんだ。
で、ね、こうみんなが踊ってる間、彼女は一人どっか隠れて自分で頑張って踊ったりしてるんだけど、どんだけ頑張ったってね、雷が落ちて生き延びるなんてそんな運でしかないから、ただの運なんだよ、最後は。
だから、もうそれをずっと選ばれし者になりたいけどなれない女の子の話で、なんかね、よかった。なんかこの世の中だってさ、そうじゃん。選ばれし者と選ばれない子たちがいるじゃん。
よりリッチな親の元に生まれてくる子たちもいれば、より白人社会に生まれてくる子どもたちもいれば、有色人種として生まれてくる子たち、トランスジェンダーとして生まれてくる子たち、よりお金がない親のところに生まれてくる子どもたちって、やっぱりこうみんなスタートラインが違う状態で生まれてきちゃうじゃん。
どんだけ平等にしようとしても。だから、それで選ばれし者になりたいけど選ばれない自分っていうものに対するなんかこう葛藤みたいなものが18分描いてくれたわけで、なんかね、ファンタジーなんだけど、なんかリアルの世界に通ずるものがあるよなって思いながら見てて。
面白いなって思うのが、岡田さんテレビ局いたでしょ。そうすると採用で、アナウンサー採用っていうのもあって、その採用の時にカメラテストみたいなものがあるのね。それで採用してる側の人の声を本当は端的に聞いたことがあって、その時にカメラテストをした瞬間に、この子しかいないってわかる瞬間があるんだって。恐ろしいでしょ。
もうそれがね、すごい怖いなって。なんかちょっとこう、わりとチャラい感じで感じてた子が、ちょっと遅れてきたんだけど、すいませんでしたって言って、来るじゃない。で、マイクが置いてあります。マイクがあって、そこにカメラで押さえています。
はい、じゃあ自分の自己紹介してくださいとか、そこにあるニュース読んでくださいみたいなことをやると、カメラに入ってそのフレームインしてきた段階からカメラマンもあーって感じになるし、横で見てる人事の担当者はあー、この子しかいないなーっていう感じになるんだって。それを聞いた瞬間に、はーなるほどねみたいな。
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お母さんもアナウンサー試験受けたことあるけど、最後全然ダメでポーンって落ちたけど、やっぱりいるんだよ。毎回試験でいっぱいいろんなところ受けると、一般職やアナウンサー職やいろんなので受けて、最後はだいたい同じメンツがだいたい揃ってた記憶があるんだけど、それでもアナウンサー試験になるとね、パッと見た瞬間に、わー鼻あるなーっていう子がいるんだよね。
男子は、男性はどうなのかちょっとわからないけど、パッと人の目を引くっていうか、見ていたくなる人っていうのが世の中に湧いて、そこが非常に残酷な世界だなって後になって思ったっていうね。多分俳優さんだってそうなんじゃないの?
俳優さんって難しいよね。だってなんかこう、監督のディレクションによってガラッと変わる俳優さんもいるわけで、なんかこう嘘くさい演技してるなーって思っても、監督として自分が何かこう的確なディレクションを与えることによって、ガラッと変わることもある世界だから、俳優っていうのは。
で、俳優ってのは何か、フリをするのが上手な人が俳優になるんじゃなくて、その人間なら誰しもいろんな感情を感じるわけじゃん。その自分が過去に感じたことがある感情を見つける能力があるかどうかだから、俳優さんって言ったら。で、それをこう照れなくちゃんと表現できるかどうかっていうだけだから、その照れる要素を取り除いてあげて、監督として。
で、その人がその自分のね本当に過去に感じたことがある感情を見つけるののお手伝いを監督はしなきゃいけないわけであって、決してそのフリをするのが上手な人を見つけなきゃいけないわけじゃないから、だからね、誰しもが俳優になるポテンシャルはあると思うんだよね。
だけどそこをどう表面化させてあげれるか。もちろん華っていうものがね人によってあるんだけど、でも俳優としての才能って本当にその時々だし、であと、ケリー・ワシントンっていう女優さんがポッドキャスターで言ってたんだけど、トム・ハンクスに与える役とトム・クルーズに与える役は同じじゃないでしょ。
でも、この役はトム・ハンクスよりもトム・クルーズにあげようっていう決断になったとして、でもそれはトム・ハンクスの方がトム・クルーズより劣ってるっていうことではないじゃない。だからそれは、なんか別に役を落とされたからってパーソナルに取るんじゃなくて、私には適してなかっただけだって思えばいいっていう、そういう話はしてた。
だけど、そう考えると、感情を呼び起こすっていう意味で言うと、ネガティブな感情もいっぱいあるじゃない。
あるね。
そうすると、それを呼び起こさなきゃいけないとすると因果な商売じゃない?これってなかなか。
あの、英語で劇ってプレイって言うじゃん。だからその、一応遊び場っていうか架空の世界だっていう共通認識をみんな持つんだよね。
24:15
だからその、なんて言うかな。で、それって映画を見てる側も同じだと思うんだけど、その戦争映画を見て、当事者の苦しみを理解するのに、戦争に行く必要はないじゃん。
ないね。
戦争に行かなくても、その戦争映画、当事者が作った、当事者の目線からの映画を見て共感はできるでしょ。で、泣けるでしょ。
それと同じくらいのプレッシャーなんじゃないかなって思うのよ。俳優さんが感じてる痛みって、その痛みを負ってる人の役を演じることによって、俳優さんが負う痛みって観客が負う痛みくらいのレベルだと思うのね。
それ以上になっては本当はいかんのだよね。
で、見てる側として、その戦争体験者のトラウマである映画を見たからって、本当にうちらのトラウマになるわけじゃないでしょ。
もちろん、そういう人たちの気持ちはその2時間の間感じるよ。で、その気持ちを覚えてはいるよ。
だけど、トラウマを受けた人がトラウマの映画を作ったからって、それが観客のトラウマになることはないでしょ。
で、それはなんでかって言うと、これは映画だ。これはあくまで創作物だっていう共同認識があるわけで。
だからこう、守られた世界の中で、私たちはロールプレイングをしてるわけですよ。
だからその守られたその世界をプレイって呼ぶわけです。
だからそれが舞台なわけだよ。っていう考え方を自分はしてて。
必ずしもリアルを追い求めなきゃいけないものではないってことね。
私もね、その俳優にそのトラウマ的な感情を呼び起こさせるのって倫理的にどうなんだろうって話をちょっとポロってキッチンで2位としたことがあるんだね。
2位は、実際に俳優やってた。プロとして俳優やってお金もらってた経験があるから。
私は俳優の立場に立った経験がもうゼロに等しいんだけど、
私のルームメイトの2位はその経験がしっかりある人だから、
2位にどう思うって聞いた時に、やっぱり演劇とかっていうのは、
これは演劇であるっていう、そういう守られた共通認識の下で成り立っているものだから、
だからそれでいいんだって。
最近だから話題になるのが、メソッド演技法みたいな言葉もあるよね。
メソッド演技法って、要は何だってちょっと説明してもらっていい?
メソッドアクティングは、私の理解の範疇で言うと、
舞台の上、カメラの前ではないところまで役を持ってきて、
27:04
その役になりきって生活してまで、その役っていうものを自分の一部にしてしまうこと。
例えば、誰がメソッドアクティングしたかな?
ヒースレジャーがジョーカーを演じた時に、
例えば、カメラが回ってない時でもジョーカーの声で喋り続けるとか、
あとは、ジャレット・レトンもね、結構ね、
そういうのをやることで有名なんだけど、それがどうなんだって話はあるんだけど、
意地悪な役だからって、同じキャストに意地悪するとかね。
それはちょっとどうなのかなって思うんだけど、
あんまりネガティブなものばっかりじゃないんだけど、
でもそうだね、カメラが回ってないところとか、舞台の外にまでその役を持ってきて、
そのキャラクターになりきるようなのがメソッドアクティングっていう風に知られてるけど、
でも多分、ちゃんとした、それを発案した人の本を読んだりしたら、
もうちょっと違う定義があるのかもしれない。
プラダを着た悪魔の1の時にメリル・ストリープは、
ちょっとメソッド的なやり方をしたと言われてて、
本人はそれもあって、アンハサウェイとか、
あのあたりと全然喋らなかったんだってね。
本人も後になって実際喋ってたのは、
あの時、要するに自分のトレーラーの中にいて、
みんなが外でキャイキャイやってるのを見て、いいなって、
私何してるのかしらって思った。
だから今回の2の時はそうせずにみんなのとこに入ってったっていう話があって。
で、メソッドアクティングができるのは男だけだっていう風に言ったのが、
エミリー・ブラウンとか誰かかな。
わかんないけど。
なんかこう、家帰ってご飯食べさせなきゃいけない子供がいる時に、
キャラクターを家に持って帰る余裕が私にはないって言った女優がどっかにいたな。
おっしゃる通り。
要はね、入り込めるっていう話を聞いたのが、
入り込んで生活にまで影響するって聞いた時に、
それ子供いたらどうするのかなって思った覚えなんだよ。
演技ってどっかちょっとスピリチュアルなところあると思うんだよ。職業上ね。
だからその自分のその内面的なところに手探りでワーっていくような作業ではあるからこそ、
すごくこう難しい、そういう意味では難しい仕事だと思うし、
で、人によってメソッドは違うと思うからね。
だって私だって脚本書く時ってその世界に入り込まなきゃいけないわけで、
音楽がかかってるところでも書ける人もいるし、
音楽がかかってないところじゃないと書けない人もいるし、
人によってそこは方法は違うから、これが正しい、これが正しくないっていうのはないと思うんだけど、
30:05
だからその他者に悪影響を及ぼさないくらいの範囲でメソッドアクティングが一番だっていう人がいるなら、
それをやったらいいと思うんだけど、
でも、そうだよね、そこ何が正しいのかは、
私自身俳優じゃないからこういう立場にはないと思うんだけど、
だけど、この前クリステン・スチュワートがなんかこう、
インタビュー、これまたポッドキャストみたいなのでいろいろと喋ってたのが結構話題になってて、
俳優たるものを何て言うか、何て言うんだろう、
ストイックに頑張る姿をアピールする俳優ってどうなんて話をしてて、
クリステン・スチュワートが。
俳優演技をするって、
映像業界のヒエラルキーの中ではとてもサブミッシブなものだって言ってて、
何でかって言うと、与えられた役を演じてるわけじゃん。
サブミッシブってどういう意味?
重々的?
重属的みたいな?
重属的?
ドミナントとサブミッシブって言うじゃん。
ドミナントって言うと、
支配的?
支配的。その逆だから、
重属的?
重属的、サブミッシブ。
演技っていうのはもう究極にサブミッシブな役割なんだけど、
それを男性は多分認めたがらない。
自分がドミナントの方であるという風になりたいっていう。
だからこれで、僕はホテルに1週間こもってご飯も食べず役の演技作りしたんだみたいなこと言ったらさ、
そのサブミッシブさを、
なんかこうちょっと、
歪曲できるじゃん。
歪象化できる。
歪象化できるじゃん。
だから、なんか多分、そういうことを彼女は言わんとしてたの。
彼女、なんかね、自分がふわっと感じてることをふわっと言葉にしてたから、
彼女の中でも言葉が出来上がってない状態で喋ってはいたんだけど、
多分彼女がその時に言わんとしてたことは、そういうことだと思う。
映像って、最終的には脚本を作った人というか、最終的には監督のものになると思ってて、
そういう意味で言うと、その中に出てくる一つの材料としての俳優っていうのがいるんじゃないかな。
著作権上でもそうじゃない?実際問題として。
そう考えると、そこについての支配権みたいなものが、俳優さんにはかなり少ない可能性が高くて、
もちろんそれがそのドル箱になるんだけどね、すごいビッグネームが出てくれれば。
とはいえ、最終的に作品として出来上がってきたものの持ち主は誰なんだってことになったら、
それは監督だったりするのかなっていうふうに思ってて。
ティモシー・シャラメがマーティ・スプリーム出演最近したけど、
多分ね、まあツイッターで見た情報だからどこまで本当かわかんないんだけど、
33:03
その、もうドがめっちゃ入った眼鏡をしばらくかけて、
視力がもうダメになるまでそれつけてたみたいなことをポロって言ったのかな、彼が。
そのなんていうかな、そのオスカー・ホシサに、
俺こんなにストイックに頑張ったんだぜって言う彼の姿に、ネット民はダサくないって思ってたっていう事実があって。
何ていうか本当に上手い人って、もうワンクリップ見たら上手いってわかるじゃん。
それを俺はこんだけストイックに頑張ったんだぜってアピールしなきゃいけないあなたたちのそれは何なのっていうのはちょっとどっかあって。
で、もちろん俳優さんが素晴らしければ本当にそれだけで素晴らしくなる映画ってたくさんあるんだよ。
今日見た映像で、マット・デイモンがインタビュー答えてて、
多分ね、オデッセイのあれでプレミアで色々とインタビュー答えてる時期だと思うんだけど、
グッドウィルハンティングのラストのシーンのロビン・ウィリアムズのアドリブの話してて、ネタバレなんだけど、
グッドウィルハンティングラスト、ウィルが彼女を追いかけて出てくるじゃん。
その出てくる時に何か置き手紙みたいなものを先生に置いていくんだよね。
で、先生がその手紙をね、パッて開いて、何かメッセージが書いてあるんだよね。
何て書いてあるのか忘れたけど。でもそのメッセージを見て、それにリアクションするロビン・ウィリアムズのテイクを、
何テイクしたの?Qテイクか何かやったのかな。そのQテイク目か何かが、
He's on my line, son of a bitch.っていうセリフがあるんだけど、
それはロビン・ウィリアムズのアドリブだったっていう話があって。
それ最後何ていう意味だったっけ?
え、なんか、
He's on my line.
え?
Son of a bitch. He's on my line.
だから多分その手紙に書いてあったセリフが、
あいつ俺のセリフを盗みやがった。バカ野郎。っていうそういう、コンテクストあんま覚えてないんだけど、
でもそういうショットがあるのよ。映画の中に。
で、それは脚本にあったわけじゃなくて、ロビン・ウィリアムズがアドリブでやったんだっていうそういう話をしてたのね。
で、その俳優によって作品の質がグワって上がることは確実にあるので、
なので俳優さんの力っていうのはすごく大きいんだけど、
でもそれと同時に、俳優以外の人たちの力も全部合わさって映画って作られてるわけであって、
俳優はそのたくさんのクルーやキャストの一コマでしかないっていうことも認識しておかなきゃいけなくって。
ラウンドテーブルっていうのがね、毎年オスカーの時期になるとあるんだけど。
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なんかみんなが集まって喋るやつね。
で、それでティルダ・スウィントンが1,2年前に言ってたのが、
なんか彼女が主演だった映画の編集マンに、あなたが一番好きなショットはどれって聞いたんだって。
ティルダ・スウィントンが編集マンに聞いたのね。
ティルダ・スウィントンが主演だった映画の編集マンにティルダ・スウィントンが聞いたの。
で、その編集マンが選んだショットがあって、これって。
で、それでなんでって聞いたら、光が綺麗だからって言ったんだって。
光が。
ショットサイズがとか、照明がいいとか言ったんだって。
で、それがすごくハンブリング・エクスペリエンスだった。
なんかその、ハンブリングって日本語でなんて言うの。
気まずい。
気まずいっていうか、自分のエゴをふわって抑えるような、そういう経験だった。
なんでかって言うと。
あたしを見てたわけじゃないんだなって。
そうそう。
この人、もう多分、長編映画とかになると数十時間、フッテージあると思うんだけど、その中でこれって選んだ。
この数十時間の何個もカット、テイクがある中で、これって選んだのが、照明が好きだからって。
そこがいいって言うね。
私、そんな大事じゃないよねってその瞬間思ったっていう話をしてて。
面白いね。
そうそう。
今、ラストショットだから、さっきのベン・アフレックがラストのシーンあったじゃん。
グッドウィルハンティング。
そうそう。
今だから、最後のロビン・ウィリアムスのシーンもあったけど、ベン・アフレックが最後にドアを開けように行って、呼びに行って。
いないんだよね。
あれがいいんだよね。
いないんだよ。
あれがいいんだよ。
あれはいいシーンだよ。
あのシーンがね、もう忘れがたいね。
今、マット・デーモンとベン・アフレックのこと、最近よく考えるんだけど、
なんでかって言うと、ちょうどここ、過去数ヶ月の間、アメリカで話題になってる、オブセッションっていう映画と、The Back Roomsっていう映画があって、
オブセッションは自主映画かな。若い人たちが30代くらいから30代未満の人たちが集まって作った自主映画で、
多分、75Kドルの予算。
それは日本語にすると。
違うな、75Kドルの予算で作って、今、創業収入がね、Sinnersっていう、財人たちっていう、マイケル・B・ジョーダンが出た映画を超えたんだよ。
超えたの?
創業収入が。
すごいね。
39:00
いわゆる本当のハリウッド映画を超えたってことや。
そうそう。大ヒットした。
で、今、監督26歳くらいなんだよ。若い金髪の兄ちゃんと、無名俳優たちで作った自主映画が、こんだけ大ヒットしたっていうのがまず一つ。ホラー映画なんだけど。っていうのがまず一つ。
で、あと、The Back Roomsっていう映画を監督しているのが、監督した当時は多分19か20なんだよ、彼。で、最近21になったんだよ。これまた金髪の兄ちゃんで。
若いな、21?
彼はどういうふうにキャリアをスタートさせたかっていうと、たぶんそのBack Roomsっていう、ネットで話題になった写真があって、薄い黄色の部屋。ただ何もない部屋みたいな写真があって、ちょっと奇妙だって、ネットで話題になったのかな。
で、それにインスパイアされて、彼は3D…違うな、CGを作るソフトウェアあるじゃん、有名なやつ。名前が出てこない?
フォトショップ?
違う違う違う。最近、コロナ禍でもみんながよく使ってたようなソフトウェアなんだけど、CGをより簡単に作れるソフトウェアで、いろいろと映像を作って、ショートフィルムを作って、それをネットに出したんだよ、彼が若い時に。
で、それがこう、バイラルになって、大ヒットして、そっから彼はドラマ、ショートドラマとか何とか作って、YouTubeでどんどんどんどん公開してって、で、たぶん19くらいの時に、A24から声がかかって、それを長編映画化したのが最近出てきたの。
で、それもヒットしてんの?
これもヒットしてて、消えてる異常4とか出てて。
かっこいい。
で、あとヒロインがね、The Worst Person in the Worldで主演だった彼女で、だからそういう一流俳優たちを揃えて、ホラー映画長編作っちゃったのよ。
19、20歳はそこらで?
20歳はそこらで。で、公開した時はまだ20歳だったの。最近、ほんと、たぶん数週間前に21になった。やっとお酒飲めるようになったの、彼。
若いな。
だから、この若い、何て言うかな、そのディズニーやら、フールやら、パラマウントやら、このどんどんどんどん独占状態とか過占状態が。
広がるね、どんどん。
どんどん強くなってる世の中で、ネポベイビーズって呼ばれる恵まれた人たちしか業界に入れなくなってんじゃないかってみんなが懸念してる中で、そういう若い子たちが作ったものがパパーンて大ヒットしたっていうことにみんなちょっと希望を感じてて、世の中、アメリカのその業界ではね。
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で、こう、面白いのが2つともホラーなんだよね。バックルームズも、あとその何?なんだっけ?オブセッションも両方ともホラーなんだよ。
で、ホラーって人生経験浅くても大きくても作るの楽しいジャンルだと思うんだよ。
そうだね、さっきのね話にもつながるけど。
そうそう。
低予算で作れる。
そう、恐怖って人生いつでもあるじゃん。
必ずね、味わうものだから。
で、恐怖って描きやすいし、共感しやすいと思うんだけど、逆にその人生リッチな人しか言えないセリフとかもあると思うんだけど、そういう意味でグッドウィルハンティングに戻ってくるけど、グッドウィルハンティングをマットデーモンが書いたのあれ、ハーバードにいたときに19か20くらいで書いてるんだよね。
すごいな。
で、マットデーモン自身は多分劇出身なんだよ。
そうか。
だから、劇の脚本の書き方とか読み方は知ってるけど、映画の脚本の書き方を知らなかったから、友達のベアフレックに助けてもらって、スクリーンプレイっていう風に脚本化したんだよね。
で、そこからハーベ・ワインスタインの目に止まり。
ワインスタインか。
あれ、いろんなプロデューサーがいて、ハーベ・ワインスタインの目に最終的に。
あれワインスタインなんだよ。
あれワインスタインなんだよ、残念ながら。
最低やな。
でもね、有名な話で、あれ元々脚本の中に、いらないオーラルセックスのシーンを入れてたのね。
で、なんでそんなことしたかっていうと、プロデューサーがちゃんと読んでるか確認するために、絶対必要ないそういうシーンを入れてたんだって。
で、ハーベ・ワインスタインがこのシーンは消せって言った。
で、そういうことで、そういう意味でちゃんと読んでるなってなって、彼に多分お願いして、結果的にロビン・ウィリアムスが入ってきて、みたいな風になってた。
で、それで彼らが多分25か25になる前くらいに、彼らは脚本賞、アカデミー賞で受賞してるのよ。
いいよな。
だからそう考えると、二重やそこらの、もちろんハーバード大の優等生だと思うんだけど、
二重やそこらの若者二人が、あんななんか人生にリッチなものを本当に書いたんか。
それとも、なんかロビン・ウィリアムスがそこでいろいろこう、どんどんどんどん創飾していったのか。
何なんだろう、なんかすごいなって思って、どっちにしろすごい。
いや、よくできた脚本だと思うし、脚本賞を取って、もちろん当然だとあの時思ったし、
でも20代、20のそんな初めだったの?
あれ20代前半で二人書いてる。
すごいね。
アカデミー賞取ってんだよね。
いや、あの当時なんかで読んだのは、二人ともだからその俳優として全然出る場所がないから、
俺らで書こうぜって言って書いたっていう話は読んで、へーと思ったんだけど。
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でも脚本売った時、これで僕たち人生安泰って思ったけど、その売ったお金、脚本売って得たお金はもう多分1年もしないうちに消えちゃったみたいな。
何に使ったんや。
いやでも本当に、これで人生絶好調って思ったらそうでもなかった、クリエイターとしてね。
そこはやっぱ大変なこともあったみたいな、そういう話はしてたよ。
いや、ベイアフレックの誰かとくっついたは別れたっていう話の時はいつも読みながら、
ジェニファーロペス?
いや、そうだね。
ダ・ブロンクスのクイーンね。
いや、ジェニファーバーナは好きなんだけどね。
ジェニファー、そうやね、確かにその前のジェニファーバックとバックで言ってるね。
ジェニファーとジェニファーみたいな。
ジェニファー、ジェニファー、ジェニファーで言ってる。
ジェニファーロペスも嫌いじゃないんだよ。
まあね。
ただなんかよくわかんないよね。
で、その話と、あの脚本を書いた人々のワノブゼムちゃん。
で、最後のあの演技なんかも素晴らしかったしさ。
でも面白いのが、2人とも脚本家として成功した後に、その後もう俳優としてずっと言ってるよね。
その後別に監督として大ヒットしたものって。
アルゴ。
ああ、アルゴ、そうやな。
アルゴよかったやん。
アルゴあるベイアフやな。
ベイアフのアルゴも、あの人さ、俳優として見るとよ、お母さんでほっぺたから下がイマイチやなといつも思ってて、好みじゃないなってね、観察的にはよ。
ところがさ、あれってあごひげもじゃもじゃじゃん。
すごくかっこよくてさ、あれもね、ポイント高い理由なのよ、あの映画の。
あの人はね、口秘を生やすべきだ。
そこ?
違うか。
あ、でもそうか。何か言おうとしたけど忘れた。
でもあの映画もほんとよくできてて、あの、なんていうかな、アルゴは、それこそスターウォーズみたいな世界を撮ろうと思って、
ここへ来ましたって言って、イランだったっけな、イラクだったか。そこへわざわざ行って、そこで大使館員に逃げ込んだ人たちを頑張って、違う、要するに映画業者だというふうに偽って連れて帰るって話じゃん。
うんうん。
あれすごくよくできてんなと思って。現実の実話だって聞いたときにはね。
すごいよ。
いやすごいよね、ほんと最後飛行機が飛び立つみたいな、っていう感じの。
そう、でも、でも俳優の、俳優の気持ちがわかる監督って超強いとは思う?
なるほどね。
うん。
英語、そういう俳優をやってみることに興味はないの?
ない。
ない?
そんな、俳優の気持ちをわかる興味はたくさんある。だけど俳優になるっていう興味はなくて。
でもね、授業で、ディレクティング・アクターズっていう授業を大学院の1年生で必ずね、受けなきゃいけないんだけど、それは素晴らしくて。
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で、キンバーリー・ディルト先生に教えていただいているんだけど、その先生に読んでっていうふうに言われた教科書で、これまたディレクティング・アクターズか、ディレクティング・アクターか、なんかそんな感じの、ディレクティング・アクターズ?
なんかそんな感じのね、タイトルの本があって、この本は比較的、教科書としては新しいんだけど、だけどあまりにもいい本であるがために、とても現代的だし女性が書いてるから、そのマッチョな感じがなくて、素晴らしくて、最近業界で多分これはバイブル化しつつあるなって感じてて。
それ日本語になってんのかな?
日本語になってんのかな?でも結構新しい本だからどうなのかわかんないんだけど。
キンバリー、何?
キンバリー・デルツ先生はそれうちの教授で。
先生で。書いた?書かれてるのは?
書いたのはね、なんか。
え?
なんて本だっけ?たぶん、私の携帯の中にpdfがあるんだけど。
もうないやん。
んーとね、そのin the blink of an eyeがさ、
えっと、脚本?違うわ。編集する人にとってはバイブルじゃん。
うん、今やね。
で、ディレクティング・アクターズは、ジュディス・ウェステン。
ジュディス・ウェステンさんが書いたディレクティング・アクターズっていう本があって、これがね、素晴らしいの。
俳優さんをどうディレクトするかみたいな?
そう、俳優さんをディレクトするメソッドをすごくわかりやすく説明してくれてて。
ブックマークス?違うな。モクジュアルかな?
最もそうだなって思った部分はどこなの?
え?え、でもやっぱりその、さっきも言ったように、俳優っていうのは、別にフェイクする、フリをする仕事じゃなくて、
その自分の中の真実を見つける仕事だっていうのに一番感銘を受けたかな。
俳優はね、こう、若い頃やってみたいなって思ったんだよね。
これチャプター1が、Result Direction and Quick Fixesっていうタイトルなんだけど、結果を元にディレクトするなっていうのが第一章なの。
どういう意味かっていうと、楽しそうに演技してってこれ実はNGなのよ。言っちゃダメなの。
言っちゃダメ。
それって結果でしょ?楽しいって感じるのは結果だから。そうじゃなくて、動詞で演技っていうのは指導しなきゃいけない。
じゃあどういうの?
だから、今あなたはこのセリフを言うことによって目の前にいる人を誘惑しようとしていますとか。
動詞でしょ?誘惑するって動詞でしょ?今あなたはこの人に対して怒ってますとか。
わかる?怒ってるように見せてって言っちゃうと、俳優ってその自分の意識が自分に言っちゃうじゃん。
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そうじゃない?人って話してる時って、私だってさ、人前に立って話す時って自分のこと気にしてたら下手になるじゃん。
だけど、人前に話す時、この人たちに私は伝えたいことがあるって思うと、誠実に物を言えるじゃん。
それと同じで、演技もその俳優さんの意識をその人たち自身に向けちゃいけないんだよ。
だから、俳優さんが自分のシーンパートナー、自分の相手に何を語ろうとしてるのか。
どういう効果を相手に与えようとしてるのかっていうところに意識を向けさせてあげなきゃいけないから。
だから今あなたはこの人を叱らないとダメだよとか、今あなたはこの人からこういう情報を得ようとしてるとか。
あなたは秘密があって、この相手にその秘密をバレないように情報をね、入手しなきゃいけないよとか。
みんなミッションがあるんだよ。そのセリフや行動にすべて。
だからそれを指導しなきゃいけないわけで、泣いてくださいとか悲しい顔をしてください、ハッピーになってくださいは絶対ダメだっていう話をしてる。
今からあなたは何をしようとしている、状況はこうだ、という説明をせなきゃいけないっていうことなんだね。
そう、だから形容詞じゃなくて動詞を使わなきゃいけない。俳優の指導をするとき。
楽しそうにじゃなくて、こういうことでこういうふうなことを働きかけは今からあなたがするんだよ、この人たちにっていうことを言ってあげるってことね。
楽しそうにとかそういうのはダメだけど、でも、たとえ話はいいんだよ。
お母さんが子供に話しかけるとき、先生みたいに話しかけてとか、セラピストになった気持ちで子供に話しかけてみてとか、そういうたとえ話はいいんだよ。
誰になったつもりで話してみて、それはいい。
俳優さんの仕事、それをだからディレクティングすることも授業に出てくるわけだ。
そう、だから脚本をね、ペライチ先生にパッて渡されて、ビートチェイン、ビートっていうとコンテクストが変わる話だよね。
一つのシーンの中でも、今ここのセリフでこの二人の力関係変わったなとか、そういう流れが変わる瞬間ってあるじゃん。
その流れが変わったなって思うところに線を引いてけと。
それをだから一つのシーンをブロックに分けていくんだよね。
そのブロックそれぞれの中で、じゃあこのブロックではこのキャラクターAとキャラクターBがいるけど、キャラクターAはキャラクターBに対して何をしようとしてるのか。
その動詞は何。これは怒ってるのか。誘惑しようとしてるのか。なだめようとしてるのか。
その動詞をね、そのブロックごとにね、考えていくの。
それを今度はキャラクターBの方にもやっていく。
そうすることによって、リハーサルとか行く前に、俳優さんにどういうディレクションをするかっていうのを予習するのよ。
そういう方法を学校で勉強できる。
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要はだから脚本がまずあって、それに対するそのそれぞれの感情の発露のイメージを監督側がちゃんと持っておいて、現場に行かなきゃいけないってことね。
そう、だから監督としてそれぞれのキャラクターが一体どういう意図でどういう行動をして、どういうセリフを言ってるかっていうのを理解してセットに臨めて。
で、分からないなら分からなくていいから、その代わり、俳優さんと一緒に一緒にフィギュアラウトしていこうね、一緒に答えを見つけ出していこうねっていう姿勢を持つこと。
迷ってるから分かんないじゃダメじゃん。
迷ってて分からないけど、もしかしたらあなたの中に答えがあるかもしれないし、一緒に答えを見つけられるかもしれないから、対話しながらそこを見つけていこうねっていう姿勢を持つことが監督は大事で。
だからそういう話もね、15週間にわたってね、みっちりやるんだよ。
いいね、そんな授業受けてみたことがない。受けたことがっていうか、ないない。全ての現場においてそういう授業やったなんていう話を誰にも聞いたことがないよ。
でもこの本読むだけでもかなり吸収できるから、英語読める人はもうぜひディレクティングアクターの本を入手してほしいと思うし、日本語版出てるのであればぜひ読んでみてほしいし、いい本だよ。
これ全てのフィルムメーカーにとって役に立ちそうだよね。それは多分俳優さんにとっても役に立つんじゃないの?
要はどういうふうに考えて、作り手の一人だから、そういう意味で言うとこういう作り方をしていくしかないんだなっていうか、そういうのがわかってくるっていうか、お互いにね。
そうそう。で、そのなんていうか、俳優さん同士でお互いちょっとサプライズし合わなきゃいけないわけで、そのシーンの中でね。
サプライズ。
だって私とお母さんが例えばこうやって喋ってるとき、お母さんが次に何言うかなんて私知らないでしょ。で、アクティング・リアクティングっていうように、演じるっていうのはリアクションすることだ。相手に対して。
っていう考え方があるので、こう、俳優もある程度のミステリーを持ってなきゃいけないのよ。お互いから。だから、俳優は自分のキャラクターに集中しなきゃいけなくって、相手のキャラクターの意図まで知らなくていいわけだよ。
だから、監督とキャラクターA、監督とキャラクターBの間で、それぞれね、秘密をある程度保たなきゃいけないよね。だから、こう、キャラクターAにキャラクターBを誘惑しに行ってっていうとき、そういうディレクションをキャラクターAに与えてるってキャラクターBに教える必要ないじゃん。
だから、それでキャラクターBが戸惑うかもしれないじゃん。で、その戸惑うその様子はジェニュインでしょ。とても誠実なものでしょ。だから、それをカメラに収めたいなって監督が思ってるかもしれないから、そこはちゃんと合意のもとにね、それをちゃんとやるんだけど。
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だからね、その、俳優が他の俳優をディレクトしてもダメなんだよ。だから監督が俳優をそれぞれディレクティングしなきゃいけないわけで、だからこの本を読むことによって俳優さんも、あ、自分はその俳優と監督の関係を、なんかこう、割って入っちゃダメなんだってことも多分この本を読んだらわかるんじゃないかなと思う。
面白いね。なるほどな。
最近、ちょっと話題になってる佐藤さんと、それから橋本愛さんのこともあって、今の話は、それに対する答えになるとは思わないけれども、必ずしも。だけど、一個ヒントになるなと思って話を聞いてたっていうか、いろんな意味でね。
場所を、場を作っていって、その中でどういう風にして演技していくかとか、どういう場を作ってそれで映像を作っていくかっていうことについて、みんなが考えなきゃいけない部分が多分あるんだなっていうのもよくわかったな。
そうね。で、まあ橋本愛さんと佐藤さんの話聞いてる限り、なんか顎に触れたことそのものが問題っていうよりも、その後のそれぞれの行動の方が問題視されてるんじゃないかなっていう風には思うけどね。
なんかその、パワハラ的な部分どうなんだとか、その若い人でお目の前にしても怒鳴るのはどうなんだとか、その楽屋まで押しかけるのはどうなんだとか、パワハラがどっちかというと問題視されてるような気はするけど、自分は被害者側に立ってる。常に。
どっちにしても、言ってそれをだから現場でうまく処理できんかったんかなというのは、いちテレビの人間だった人間としては、もちろんね、どっちもいろいろ言いたいことがあると思うんだけど、最終的には現場である以上にいろんなこと起きるのよ。
で、先輩面をして若手の子に楽屋を仕掛けてそれを指導する役割はない先輩に。後輩にお前は役者向いてねって言いに行く権限というか、そういうそれをやるのは演技コーチか監督、それ言ってどうなんだと思うんだけど。
だけど言うとしたら、あなたは俳優としての志が足りませんよって彼女に言いに行ける立場なのは、監督か演技コーチか社長かそれくらいだよね。それは共演者が言う立場ではない。
それはだから、相手が自分より目下だってわかってるから言っちゃうことなのであって、これが本当に立場上だね。ベテラン女優さんだったらどうだったのかとか、いろんなことが言えるわけで、そう考えるとこれは非常に不幸な結末になってるなっていう感じがするよね。
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いやだからそこ上下関係あって俺が上だじゃなくて、誰が上だろうが誰が下だろうが。てかまあそもそも年の差ある二人を夫婦役にした理由は何とは思うんだけどね。
面白いのが、日本帰ってきてテレビパッてつけたら、あれの予告編最終話が放送する直前にホリーさんが帰ってきて。
最初からなんかちょっとどうなのこれって言ってたね。この設定自体がわからないって。
あれが問題になる前に私テレビパッてつけた瞬間に夫婦別姓でかっていうそのタイトルを見て、それでえ、待ってよちょっと待って。誰が夫婦って思った。
親子じゃなくてみたいな。
テレビに出てくるの完全にメインが橋本愛とあの誰さんだっけ佐藤さんじゃん。だからその時点でえ、これ夫婦役なの?夫婦っていう設定なの?ってその瞬間ひょっと思ったんだよ。
で、それ年の差にする意味って何?なんか夫婦別姓ってところに着目してるのかなと思いつつ、その年の差はどこから来てるんだろうって思ってた矢先になんかこういろいろ問題になったから。
で、それであの書いてるのが秋元康さんだって。
いろいろねあのこういろいろキーワードあるんだよ。だからそれで秋元康さんであり富士テレビであり。
でそれで夫婦別姓ってなるとそのずっと長い間ジェンダーのこととかやってきたあの弁護士の皆さんだったりとか法学者とかねいろんな人たちからすると夫婦別姓ってタイトルにつくからには夫婦別姓についてのね結構深い考えがあった上でそれについての何らかのね問題提起なり答えは出ないまでも何らかの問題提起があるような。
で、秋元康さんという人もジェンダーについて非常になんかのいろんなものを読んで意見もちょっと出したりとかして。
まああの知られてる人なんだよ。
なのにそれに対しての答えになるような脚本はどこにもなくて。
あのちょっとやっぱりこうアイキャッチングみたいなところが夫婦別姓というところに求められただけだったのかなあというそこがあのそもそも夫婦別姓というタイトルがついてるけれどあのその夫婦別姓には誰も踏み込んでないっていうちょっと悲しいところはあるよね。
のんちゃんもねはしもとあいちゃんもねあのあまちゃんコンビ2人ともいろいろとなんか事務所がどうのこうのとかいろいろ問題があって大変だと思うんだけどでも真面目な人たちだからこそこういろいろとこういう逆境なんかもう話題になっちゃうってところはあると思うんだけど
たぶん自分も彼女らの立場にいたら自分のためにこう世の中から批判されても立ち上がるような人間だろうと思うから自分自身もそのなんか世の中一般からしたら思想が強いって言われちゃうのかもしれないんだけど
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でもそれは自分をもって自分が正しいと思うことをきっと発言してきている人だとこれまでの彼女の発言の仕方を見ててそういうふうに思うのでなので彼女の事務所であったりとかがちゃんと世の中からのバッシングから彼女を守ってくれてるといいなっていうふうには思う
もう一個映画見たんだよ最近見たのが急に具合が悪くなる
あれもあれはね女性2人のある意味シスターフード的な感じの日普通の女性たちプラス長塚強造っていうね長塚強造ってあのほら厚姫のお父さんの役やった人だよ
わかる?あの降りてこいって
厚姫見たのがずいぶん昔
そうねあなた子供だったよね
私まだたぶん小学生くらいちゃんか厚姫見てたの
そうねあのお父さん役よ顔出てこない?
いや何がびっくりしたって長塚強造がフランス語喋ってるよってのがまずびっくりしたんだけど
あらすじはタイトルはしょっちゅう見るんだけどあらすじは
あのまああるフランスの介護施設の所長である女性とそれから長塚強造が俳優で舞台俳優なんだよね
でそれでそのちょっと前衛的な舞台をフランスでやってる日本語でなぜか
でその舞台をたまたまめっちゃ仕事熱心な介護職の所長をやってる
主人公の女性がやってきて見て
でそのその舞台は長塚強造自身の一人喋りなんだけど
その一人喋りのところに長塚強造の孫が自閉症の孫がいて
その自閉症の孫がまったく予定不調和でガンガン入ってきてはちょっとなんかセットをいじったり
わーってひっくり返ったりするっていうのも含めた舞台になってる
っていうのを見てその優しさというかある意味の
誰でもインクルードする世界というのを見た主人公Aが
でその舞台を作ったのが主人公B
でそれがあの日本人女性なんだよね
でその
1:06:02
でこの人自身日本人女性の方は
体が非常にも非常に良くない状態でっていうことからスターストーリーがどんどん回っていく
で何が良かったかっていうとものすごい3時間何分もあるような映画なんだけど
長いんだよ
だけど非常に日本語とフランス語ちゃんぽんの中で語られている中で
2人こうなっているかな
異質なものを受け入れる
誰も誰も彼もが別に決してスタンダードではない
普通ではない
普通なんてものはこの世の中にはないんじゃないかなっていう割とそういう認識で話が進んでいくっていうことで
でしかも2人がガンガンずっと話し合ってるんだよね
でそれがね悪くないっていうか優しい世界だなっていう
女性2人がずっと語り合ってるっていう意味でね
ただずっと語り合ってる介護の施設のどこのっていうとなんかすごいつまんないイメージがあるかもしれないけどなぜか3時間が早いんだ
不思議なんだよ
非常にこうおすすめっていうかね
ホリーもそれで思い出したけどそのアートセンターバグで見たもう1個印象的に残っている映像があって
なんていうユニットだったかな
なんかねタイトルは声枯れるまでなんだよ
ちょっとだけ誰だったかな
俳優さん?
キュンチョメっていうアーティストユニットがあって男女のね
で声枯れるまでっていう30分か1時間かの映画を上映してあって
内容としてはその日本に住むトランスジェンダーの人とノンバイナリーの人
Xジェンダーって映画の中では呼んでたんだけど
の人3人のところに多分お家かどっかにお邪魔して
その人たちはその自分のセクシュアルアイデンティティ
ジェンダーアイデンティティが違うなって思った時に名前を変えた人たちなのね
でその新しい名前は何ですかっていうのを聞いて
じゃあ昔の名前は何ですか
その名前を変えた時親御さんの反応はどうでしたか
親御さんにはカミングアウトしてますかとか
なんかそういうアイデンティティに関する質問をしていくのね
でまあそれと同時に彼らが芝生とかで遊んでるような映像も
Bロールとして入ってくるんだけど
その最初の人のインタビューが終わった最後にもう画面が真っ黒になって
その真っ黒な画面で監督さんたちが声枯れるまで
あなたの名前を叫んでくださいみたいなことを叫ぶんだよ
1:09:00
そしたらこれまでインタビュー受けてたその人が
私の名前は何とかですって叫ぶ
それは僕の名前は何とかですって叫ぶ
あなたの声が枯れるまで僕の声が枯れるまで
私の名前は何とかですって叫び続ける
本当に監督さんもそのインタビューされてる当事者も
本当に声が枯れるまでずっと叫び続ける
でその間映像何も出てこないのよ
でね泣けるの
その彼らの声のひたむきさがね泣けるのよ
ほんでそれが終わった後に今度は次の人のインタビューが始まって
でその人のインタビューが終わったらまたその人が同じことやる
また真っ黒の画面の中で僕の名前は何とかです
私の名前は何とかですって叫び続ける
本当に声が枯れるまでね
んでもうね泣けるのよ
素晴らしくてあいいもの見たなって思った
やっぱりだからそのね急に具合悪くなるもそうだけど
全く異質な他者への需要みたいなものなんだよね
でなんかね異質で当然なんだよ
フランスと日本で全然その考え方から
言葉から習慣から全部違うけど
それでもまあ受け入れ合えるし
であとおじいさんと孫その俳優のおじいさんとそれから自閉症の孫も受け入れ合ってるし
なんていうか抑えつけようとするとその認知症になってるおばあさんでもおじいさんでも
急に暴れたりする
だけどそれは相手の視線の中に入ってきて
相手の世界に入って相手の時間軸の中に
こう介護する側がね入っていくことによって認知症の人も落ち着いていくんだということを実例みたいな感じでどんどん出していきながらね
あの話が展開していくのね
だからそういう意味で言うと
自分がスタンダードだ相手は異質なんだってやってしまうことっていうのはもう本当に何の解決にもならなくて
お互いにどっか変よね
でもそういうもんだよねって言う
そこで受け入れる
であの自分はこういう人間なんですと
いうことを言い続けるしかないのかなって
今回のこの映像を上映会で見てて思ったのは
自分は学校でその編集のテクニックであったりとか物語の書き方のテクニックであったり
技術的なところもたくさん学んでるんだけど
やっぱり一番大事なのはストーリー
エモーションであって
だって編集のスタイルとか
あの
なんていうかな
その撮影のスタイルも別に凝ったものではなかったのよ
1:12:01
本当にカメラポンポンって置いてマイクちゃんとしたものねポンポンって置いて
それでこう音楽も何もなしに
Bロールもそんな凝ったものではなく
ほんと芝生に行ってちょっと芝生で遊んでるの撮ってるだけなのよ
すごくシンプルに見えるの
もちろんその撮影や色々こだわったところは本人たちあると思うんだけど
でもパッと見とてもシンプルなものなのね
でうちらってこうどうやってこう映像を多様化させようとか
いろんなことを考えるけど
でもやっぱり心に来るのってそのストーリー
それぞれの人間のストーリーであって
なんかこうその技術にこだわることへの
なんかアホらしさみたいな物語がないと意味ないじゃんみたいな
それを感じて今回
なんか大事なとこってここだよなって見てて
思わされたの
要は真が何かっていうね伝えたい真が何であるかっていうことさえ
とにかく見えているのであれば
技術とかそこにつけるいろんな装飾的なものとか
あるいは何かそういうのは後からでもついてくるものであるので
まずは真を作るってことだよね
はい以上ではい
母と次女の時差ボケ座談会ただいま人生編集中かな
そういうことで今回はここまでかな
はいありがとうございました