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【気づき】70点で合格を出す思考の練習。すると予「私、満点じゃん!」と思えた話
2026-09-30 16:41

【気づき】70点で合格を出す思考の練習。すると予「私、満点じゃん!」と思えた話

今回は、昨日ふと訪れた「心境の大変化と大きな気づき」についての話です。

昔から完璧主義。100%の結果を得られない時には、

  • もっと頑張れたんじゃないか?
  • あのときもっと考えていれば
  • なんでできないのだろう

そんなふうに自分を責めることが多くありました。

そんな時知った「いい子症候群」。そしてその改善法。100%ではなく70%で合格を出す練習をすること。長い間使い続けていた私を苦しめる思考グセではなく、これからはラク〜に生きられるような新しい思考グセを練習することにしました。

その新しい視点で一日を振り返ってみると、

「あれ?私できてるじゃん!」という意外な感想と発見がありました。

 

#じぶんをあそぶ #いい子症候群 #完璧主義 #自分を褒める #思考癖 #HSP #過敏体質 #LISTEN 

 

 

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サマリー

まさ丸は、周囲の期待に応えようとして自分の意見や望みが分からなくなる「威嚇症候群」の説明に、自分も当てはまると気づいた経験を話す。100%を求める完璧主義で、理想に届かない結果を責め続け、心身を消耗させてきたため、「70%で合格を出す練習」という考え方に救われたという。実際に一日を振り返ると、クッキー作りや無理をしない外出、急な夕食作りなど、自分を大切にする選択やできたことに気づき、「自分は十分頑張っている」と初めて認められた。理想の100点は社会や親など他人の価値観から作られた可能性があり、今後は自分を楽にする思考を練習していくと語る。

周囲の期待と完璧主義への気づき
こんにちは、まさ丸です。
今日は、昨日あった心境の変化とか、気づきとか、そういうお話をしていこうと思います。
私、最近、自分の人生のシリーズ化っていうか、その連載をやってるんですけど、その第1話の方で話したことともちょっとかぶるんですけど、
最近、威嚇症候群っていう言葉を知りまして、これ多分本当に最近出てきた言葉なんじゃないかなって、私は知らないだけかも、知らなかっただけかもしれないですけど、
そういう言葉を知って、そのことが説明されているサイトとかを見てたんですね。
これは子供の頃とか、周りの期待とか、親とかね、そういう人たちの期待に応える、要望に応えるっていうことを優先してしまったり、
自分自身のことがよくわからない、何を求めているかわからないとか、自分の意見がわからないとか、そんな風になっちゃうこと、病気じゃないらしいので、状態というか、そういうことらしいんですけど、
周りから見るとね、いい子だったり優等生とかで、何も問題ないように見えても、本人は苦しかったり、生きづらいってずっと思ってたり、自分のことがわからないから、どう進んでいけばいいかも多分わからないし、
そういう状態のことなんですけど、まさにそれが私で、昔のね、そのサイトをですね、紹介されてたサイトの、じゃあどうやってこの苦しさをから抜けていったらいいかの紹介で、
一つに、100%で合格、100%できて合格じゃなくて、70%で合格を出せるように練習するっていうのがあったんですね。
それ読んで、確かに私は完璧主義で、自分自身に常に100%を求めてるなって気がついたんですね。
私自身だけじゃなくて、例えば状況とかもなんですよ。何かをした後の結果とかもね、私の中の理想っていうものがあって、その理想的な100%の理想の結果が得られないと、やっぱりすごいストレスを感じたり、もやもやしたり、
それを何とか100%に近づけるために、すごく躍起になって動いて、心とか体が消耗する、疲弊してしまう。私は持病があるので、特に体にものすごいダメージがあるんですね。
にもかかわらず、昔からこの考え方をずっと続けてきてた。そういったことに気がつきました。人生を送っていく上で、常に100%のものが結果が得られるとか、自分自身が100%のクオリティで生活できるとか、そういったことってないじゃないですか。
私自身も絶対これまでなかったんですよ。だけど、その表面上はその100%を諦めたとして、頭では諦めたとしても、やっぱりずっともやもやしてたり、もっと頑張れたんじゃないかなとか、もっと考えればよかったとか、結局は後悔したり、ずっと自分を責めてる状態だったんですね。
このもやもやした状態が続くなら、じゃあこのもやもやを消した方が自分の心と体のためになるんじゃないかと思って、それでさらにまた頑張ったりとかしてたんですが、私の場合すごくもうこれだけ体がストップをかけてるので、
70%で合格を出す練習
なんかこのまま進んでったら絶対もっと大変なことになりそうだし、何よりもう苦しいから、無意識のうちとか潜在意識とかのレベルでは、もうこの考えやめたい、この思考癖やめたいって多分思ってたと思います。
なので、この70%で合格を出してもいい、その練習をする、この練習をするっていう書き方もすごくいいなって思ったんですけど、その完璧主義をやめるとか、完璧主義を手放すとか、100%を求めないとかじゃなくて、
70%でOKを出せる、合格で出せる練習をするっていうこの書き方だと、今までのそのやってきた、自分を苦しめてきた観念というか信念とかって結局は思考癖なんだよっていうことですよね。
その思考をずっとずっともう子供の頃からとか使い慣れてきてる。だからごくごく当たり前にナチュラルに使っちゃう。また使う。今回もまた次も使う。それを積み重ねてきただけ。
なので、新しいこの70%でいいんだよって、もっとリラックスしていいよとか、もうこのぐらいで大丈夫、安全だよっていう思考癖を新たに練習をしていけばいいんだって思えて、すごくこう思った時に、なんか心がふって軽くなったんですね。
軽くなったし嬉しくなりました。この私は感情をセンサーに使ってるので、このふって軽いとか自分自身が嬉しい喜びを感じるっていうのは私の中ではOKサイン。そっちの道で合ってるよっていうサインだなってまず感じますからね。自分自身でそう思って。
一日を振り返って自分の頑張りを認める
あーそっかーって思ったんですね。これで良かったんだって。
試しにそう思った時に、今日1日に点数をつけるとしたらね、あえて点数をつけるとしたら何点になるだろうかとちょっと考えてみたんです。
それで1日を振り返ってみた時に意外なことが起こったんですね。
それがあれ私思ったよりできてるじゃんっていう感想が出てきたんです。
例えばなんだろう自分自身最近ちょっといろいろ忙しかったりゴタゴタしてたり体が疲れてたりするのでちょっと楽しくなるようにクッキーを作ったんですけどすごい失敗しちゃったんですけどね。
クッキーを作ったとか体に無理をさせないために本当はここに行きたいっていう場所があったんですけどそこじゃなくて近くのショッピングモールを選んだとか
夫がもう予想外に急にめちゃくちゃ早くに帰ってきてしかもお腹空いたとか言ってるからもう急いで夕飯作ったんですけどそれも意外と美味しくちゃんと作れたとか
そういうのにすごく目がいってあれ私自分のこと全然できてないとかもっと頑張らなきゃとか何も残せてないじゃんって責めてたのに今まではこうやって振り返ってみるとすごい頑張ってるって初めて思えたんですね。
自分で自分のことを大切にすることができてるし自分を喜ばせてあげられるような選択もできてる。
このこういう気づきもですね昨日はその日のうちにあったのでこんな風に私は成長できたんだっていうこともあってすごいじゃんって思えてそれそう思えたこと自体がすっごい嬉しかったです。
あと思ったのが100点満点の1日じゃなくていいその私の中の理想の100点満点の理想ですねその100点満点の理想じゃなくても全然いいその結果ではなく私自身が納得できたかとか私に優しくできてたかなとか大切にできてたかなとか
なんかそのプロセスとかねそういったことの方が遥かに大事だなって思えたし自然とそっちの方に目が行ってだからすごい頑張ってるできてるって自分自身を認めてあげることができたんですよね
むしろこれは70点で十分じゃんではなく私満点じゃんって思えたんですよね満点100点満点だってこれで良かったんだなって思いました
昔の私からするとかなり大きな違いですね
だってもうずっと完璧主義で他の人の基準でその他の人の基準とか社会の基準 snsとかもわかりやすいですけどそういうのと照らし合わせて自分をすごく批判してたんですね
そういうふうになれない自分を批判したり否定したりだから足りないってずっと思ってたけどそうじゃないそこからなんか抜けてて満点じゃん私すごいじゃんって思えてものすごい大変化が起きたなって感じました
他人の価値観から離れて自分を大切にする
それにそのさっきから言ってる理想100点満点の理想でその理想って一体どこから来たんだろうって思ったんですねその理想はやっぱり私の中から出てきてるものじゃない
おそらく社会的なものとか誰かの価値観他の誰かの価値観親とかの価値観とか年長者とかね求められてきたこととか良しとされてることそういったもので形作られてきた理想なんですよね
そしたらそのもう理想の形って自分の中のその理想のイメージっていらないなって思いましたそれを抜きにしても私はこうしたいって思うことって全然あるんですけどその時ってもしかしたら感覚が違うかもしれないですね
まだ自分自身もわかってないので違うかもしれないってとしか言えないですけどすごく体は疲れるかもしれないだけどやってて楽しいとか結果を残せた時に疲れたけど結果が出た自分自身で自分の理想にできるだけ近づけるものができた手に入ったそしたら多分単純にすごく嬉しかったり喜びがあるかもしれないですよね
そうじゃなくて他人の価値観で理想を作ってその理想に近づけるために躍起になっている時ってそれをやってる時も苦しいし結果が出たとしてもなんか疲れが残ってるんですよね多分そういうとこでもしかしたら違う違いが感じられるかもしれないなって今思いました
であの私は持病があって結構大変だっていうことを知ってる人からすればいつも頑張ってるもすごく頑張ってるからそんなに頑張らなくていいよとか言ってくれたりもするんですね言われたり
だけどそういう時って私自身がそう思えてないから言われたとしてもありがとうって言いつつも自分の頑張りを認められないもっともっとってやっぱ攻めてるとこがずっとあったんですけど今はもうあれめっちゃ頑張ってるじゃんって初めて思えましたね
こう思えてくるようになってから前の私を振り返ってみるとどんだけ自分苦しめる思考してたんだろうってやっとわかるんですよね
その状況にいる時ってなぜか気がつかないんですよねもう慣れきっちゃってるしそれが普通になってるしだけどそこから抜けてその状況とか状態から抜けて初めて外から眺めてみるとあれはものすごく苦しかった苦しくて大変なことを自分にさせてたなってやっと気がつけますよね
そういうことって結構あると思いますそこの状況から抜けて初めてあれはおかしい状況だった異常だったなって気がつくとか
なんかそういう風な視点の切り替えもあって結構新鮮でした
新しい思考を毎日練習する
でやっぱりこれまで完璧主義の視点で生きてたから100%じゃないと許せないとかもっと頑張らなきゃっていう思考で生きてたから
新しい思考に変えたとしてもやっぱり前の思考が出てくると思うんですねスムーズには変われなくてやっぱりもっと頑張った方がいいんじゃないとかもっと考えられるんじゃないとかなんかそういうの多分囁くんですよね
もうわかってるんですけどだけどこの今日の気づき昨日の気づきとかその時の喜びとかこのハッてこう感じた直感とかそういったものをまた思い出して
いやいや私はもうこっちの自分を楽にさせてあげるリラックスさせてあげる思考をこれからはもう選ぶこれを今練習している途中だから練習中だからまだうまくはできないけど
でも大丈夫っていう風に思い直す思い直して毎日一歩一歩積み重ねていったらもう昔の私とは比べ物にもならないぐらいとても軽くて楽で楽しい自分になれてるんじゃないかなって思います
それを信じてやっていこうかなって思います
はいということで思考の変わり大変化というか転換ね100パーから70パーでもいいんだよって思えたとか今の自分すごい頑張ってるって思えるようになった初めて思えるようになったっていう大変化のお話でした
はいここまで聞いてくださりありがとうございました
ではまたさようなら
16:41

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