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22年後に聞いた二つの記憶 私が保育士2年目の時、初めて年長クラスの副担任になりました。
合奏の練習では、鉄筋を担当するA子ちゃんにリズムを伝えようと、1対1で練習をしていました。
いちごうんと言ってみたり、バーナナと言ってみたり、言葉にリズムを合わせると、A子ちゃんは上手に演奏できていました。
でも、みんなで合奏すると音がずれてしまうことがありました。 ピアノを弾きながらA子ちゃんにアイスを送る、
全体の様子を見る、2年目の私にはどれも簡単ではありませんでした。
それから22年後、A子ちゃんと再会した時、当時の合奏の練習を思い出す言葉を聞きました。
そして、その時、一緒に話してくれた遊びの思い出もありました。
今日は、2年目の私が合奏の練習で悩んでいたことと、22年後にA子ちゃんが話してくれたことをお話しします。
保育士2年目の私は、初めて年長クラスの副担任になりました。
子どもたちとの関わり方も、保護者の方への対応も、初めて経験することがたくさんありました。
毎日の仕事を覚えることに精一杯で、先輩の先生の動きを見て、言葉を聞いて、少しでも学ぼうとしていました。
主担任の先生は、私より5歳年上です。
子どもたちは、主担任の先生が部屋に入ると、静かになり、話を聞く。
でも、私が話し始めると、なかなかこちらを向いてくれません。
声をかけても、周りのざわざわが続くことがありました。
どうして私の話は伝わらないんだろう。
主担任の先生と同じように話しているつもりなのに、どうして違うんだろう。
そんなことを考えながら過ごしていました。
保育士として子どもたちのためにちゃんとできているのかな。
自分の保育に自信が持てず、不安になることがありました。
制作をするときも、これで子どもたちに伝わっているのかな。
子どもたちの気持ちに寄り添えているのかな、と考えていました。
声をかけた後にも、あの言葉かけでよかったのかな、と迷うことも多くありました。
子どもたちに伝えたい気持ちはあるのに、どうすれば伝わるのか。
どんな言葉を選べばいいのか、自分では答えが見つけられませんでした。
今思うと、保育の中で何かをするたびに、これでよかったのかな、と振り返っていたように思います。
子どもたちの反応を見ても、その反応をどう受け止めればいいのか、わからないこともありました。
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自分の言葉が届いたのか、子どもの気持ちを置き去りにしていないか。
確かめたいことはたくさんあるのに、確かな答えを持てないまま、次の活動や日々の仕事に追われていました。
当時は立ち止まって考える余裕もありません。
目の前の仕事を一つずつこなして、子どもたちと過ごし、次の準備をする。
忙しさの中で不安を抱えたまま、毎日を過ごしていたように思います。
今なら子どもたちの様子を見ながら、先輩に相談したり、関わり方を考え直したりできたかもしれません。
でも2年目の私は、何に困っているのかをうまく言葉にすることもできず、
自分の中で、「これで合っているのかな?」と繰り返すばかりでした。
そんな思いを抱えながら過ごしていた年長クラスで、合奏の練習が始まりました。
園には音楽の特別講師の先生が来てくださっていて、子どもたちはそれぞれ楽器を担当します。
私が関わったのは、鉄琴を担当する英子ちゃんでした。
鉄琴のリズムを伝えるとき、私は言葉をリズムに合わせて教えていました。
いちごうんと言ってみたり、バーナナと言ってみたり、
言葉にすると音の長さやリズムが少しわかりやすくなるのではないかと思ったからです。
英子ちゃんと私の1対1で練習するときは、英子ちゃんは上手にできていました。
言葉に合わせてリズムをつかみ、鉄琴を鳴らすことができていました。
その姿を見て、私はみんなと合わせても大丈夫と思っていたのです。
1対1の場面ではできているけれど、みんなで合わせる場面になると同じようにはいきませんでした。
合奏では鉄琴のほかにも、木琴、カスタネット、タンマリン、トライアングル、鍵盤ハーモニカと楽器が一つずつ加わっていきます。
手段人の先生が指揮をし、私はピアノを弾く。
1対1の練習ではできていた英子ちゃんがみんなで合わせると、どうしてもリズムがずれてしまうことがありました。
入るところで入れなかったり、他の音と合わなくなったりする。
私は英子ちゃんが鉄琴を叩くタイミングに合図を送りたいと思っていました。
でも、その時の私はピアノを弾くことだけで精一杯。楽譜を追い、鍵盤を間違えないようにする。
次の音を考える。
自分が弾くことで頭がいっぱいで、英子ちゃんの方を見ることも合図を送ることもなかなかできませんでした。
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ピアノを弾きながら全体の子どもたちの様子を見る。指揮をする手段人の先生の動きも見る。
鉄琴の英子ちゃんにも目を向けて必要なタイミングで合図を送る。
今なら合奏では演奏するだけでなく、子どもたちの様子に気づいて補助に入ることも必要だったのだとわかります。
でも当時はそのいくつものことを同時にする余裕がありませんでした。
1対1だとできるのにどうして合奏になるとずれてしまうんだろう。
そう考えてもすぐに答えは出ませんでした。
英子ちゃんにリズムを伝え直すことはできても、合奏の中でどこを見ていつ合図を出せばいいのか、私自身がわかっていなかったのです。
英子ちゃんに伝わる方法を考えたいのに、私の方が自分の演奏に追われていました。
練習を重ねる中で私は自分のピアノも練習しました。
特別講師の先生に合奏を見てもらう日が近づいていたからです。
ピアノを間違えないように何度も練習しました。
そして先生に見てもらう日、私はピアノを間違えずに弾くことができました。
弾き終わった時、ほっとしました。
間違えずに弾けた。よかったと思っていた私に、特別講師の先生は、「まだまだやなあ。」と言いました。
その言葉を聞いた時、私は、「え、どうして?」と思いました。
私は間違えずに弾けた。何がまだまだなのか、その場では意味がわかりませんでした。
今になって考えると、私はピアノを間違えずに弾くことだけを見ていたのだと思います。
合奏の中で子どもたちの音や様子に目を向けること、
A子ちゃんが入るタイミングに気づき合図を送ること、
そういうことまでできていたかと聞かれたら、できていませんでした。
先生がどんな意図で、「まだまだやなあ。」と言ったのか、
当時の私は十分に理解できませんでした。
今になってその言葉の意味はよくわかります。
ただ、あの時の私は間違えずに弾けたことに安心していました。
2年目の私にとってそれは大きな課題だったからです。
弾き終えたことで練習してきたことができたと感じたのだと思います。
それから22年後、私は当時の主団人の先生や
同じクラスだった子どもたち数人と会う機会がありました。
小さな同窓会のような集まりでした。
みんなはもう27歳。
久しぶりに顔を合わせ、昔の話に花が咲きました。
その時、鉄筋を担当していたA子ちゃんが
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合奏の練習のことを話してくれました。
私、合奏で泣いたような記憶があるんだよね。
よく覚えてないけど、なんか泣いたような気がする。
その言葉を聞いた瞬間、私の中にも当時の記憶がよみがえりました。
リズムがうまく叩けず、入らないといけないところで入れなかったA子ちゃん。
どうしても音がずれてしまっていた練習の様子。
そして、そんなA子ちゃんにうまく合図を送れなかった私のこと。
私は2年目の時、初めて年長クラスの副担任になり、
日々の保育に悩んでいたことを思い出しました。
これで合っているのかなと、いつも不安で子どもたちに伝わっているのか、
気持ちに寄り添えているのかわからなかった。
それでも日々の業務をこなすことに必死で立ち止まって考えることもできず、
不安を抱えたまま過ごした1年だった気がします。
A子ちゃんの言葉を聞いて、あの頃の自分の未熟さを改めて思い返しました。
うまく関わることができず、合奏の指導も上手にできなかった。
私は心の中で、私が副担任でごめんねと当時思っていたことを思い出しました。
A子ちゃんの話を聞いた時、あの練習の時にどんな気持ちでいたのだろう、
どんな思い出として心に残っているのだろうと気になりました。
もしかしたら傷ついた気持ちが今も残っているのではないか、
そう思うと当時うまく関われなかった自分の姿を思い出しました。
その後、A子ちゃんは私と一緒に遊んだこと、お昼寝の話をしてくれました。
みんなで先生を取り合っていたような気がする。
先生と一緒にいっぱい遊んでたよね。鬼ごっこしたり虫探ししたり。
先生足早かったよね。
そんな言葉を聞いて私は当時の園庭の様子を思い出しました。
子供たちと一緒に走って鬼ごっこをして虫を探していたこと。
私のところに子供たちが集まって、先生こっち来てと誘ってくれていたこと。
みんなで一緒に遊びながら笑って過ごしていた時間がありました。
A子ちゃんは朝のことも覚えていました。
私がおはようと声をかけてぎゅっと抱きしめていたこと。
お昼寝の時には眠くないから起きていたいと思っていたのに
私にトントンされると絶対寝てしまったやんと笑って話してくれました。
私は合奏の練習でうまく指導できなかったことや
子供たちに話を聞いてもらえず悩んでいたことを
ずっと自分の中で大きく思っていました。
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でもA子ちゃんはそれだけではなく
一緒に遊んだことや朝の挨拶、抱きしめたこと、
お昼寝の時間のことも覚えていてくれました。
そうそう、なんか寝てしまって起きたらおやつの時間やったよね。
友達と確認するかのように笑顔で話していました。
その姿を見て保育士の私にとっては
経験の一つとして心にしまっていた出来事も
子供たちにとってはそれ以上に楽しい縁生活の思い出と一緒に
残っているのかもしれないと感じました。
そして2年目の自分のことを思い出し
少し照れくさいような不思議な気持ちになりました。
22年前の私は子供たちにうまく伝えられないことや
先輩のようにできないことに悩んでいました。
自分にできていないことばかりを見て
私が副担任でごめんねと思っていたのです。
今の私があの頃の自分に声をかけるとしたらこう言いたい。
大丈夫大丈夫保育士2年目だからこそできる保育がある。
当時の私は悩んでも悩んでも答えが出ず
毎日不安を抱えていました。
今となればそんな時代もあったなと懐かしく思い出すことができます。
でも22年前のその悩みは決して小さなものではありませんでした。
その時の私は真剣に悩み
目の前の子供たちにどう関わればいいのかを考えていました。
今悩んでいる若い先生にも伝えたいです。
すぐに答えが出なくても今自分にできることを
一つ一つ丁寧にやっていくこと
目の前の子供たちと向き合い
自分にできることに一生懸命取り組むこと
それで十分なんです。
保育は人を育てる仕事です。
目の前でできたとわかる成長もあります。
昨日までできなかったことができるようになったり
初めて挑戦する姿を見せてくれたり
そうした変化を子供と一緒に喜べることも
保育の大切な場面です。
一方で関わったことが子供の中にどう残り
これからの成長にどうつながっていくのかは
すぐにはわからないことの方が多いのかもしれません。
保育士がそばで支えたり
その子にあった援助を考えたりしたことが
何年も先になってから
その子の力になっていたとわかることもあります。
だからこそ目の前の子供の姿を見つめ
今必要な手助けを考え
できることを重ねていく
その積み重ねがこれから大きくなっていく
子供たちの未来につながっていくのだと思います。
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すぐに結果が見えないからといって
かかわりに意味がなかったと決まるわけではありません。
私自身、22年後にA子ちゃんの言葉を聞いて
当時の自分が見ていたものだけが
あの1年のすべてではなかったと気づきました。
それでもうまくできなかったことは
うまくできなかったこととして
振り返っていきたいと思います。
次に同じような場面があったらどうするか
子供の様子をどう見ていくか
悩んだ経験をこれからの保育に活かしていくことが
大切です。
私も悩みながら子供たちと向き合っていた
22年前の自分を思い出しながら
目の前の子供たちにできることを
一つ一つ丁寧に重ねていきたいです。
そして保育に悩む若い先生の話を聞き
すぐに答えを出そうとするのではなく
一緒に考えられる人でありたいと思います。
22年後、A子ちゃんが話してくれた
2つの記憶
合奏の練習で泣いたような気がするという記憶と
先生と一緒に遊んだ記憶
そのどちらも私にとって大切な言葉になりました。
子供たちは私たちと過ごした時間を
どんな風に覚えているのでしょうか。