「同僚との再会」/ 保育士の感動エピソード
2026-10-12 16:04

「同僚との再会」/ 保育士の感動エピソード

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同僚との再会
17年ぶりに戻った縁で、私は以前一緒に働いていた同期と同じ年長クラスを持つことになりました。
若手の頃、何でも相談し合い、発表会の準備では助け合ってきた私たち。
けれど、久しぶりに一緒に保育をすることになった時、私たちの働き方は以前とは反対になっていました。
私は別の縁で正職員として働き続けた後、フルパートの保育士として永遠へ戻ってきました。
同期は永遠で長くパート保育士として働いた後、正職員になっていました。
そんな二人が一緒に子どもたちを見守ることになった年長クラス。
マーチングの練習が始まり、初めて外で楽器を持った日、子どもたちにも私たちにもいつもとは違う難しさがありました。
今日は同期との再会をきっかけに、子どもたちと一緒に作り上げたマーチングのお話をしたいと思います。
私は24年前、新卒でA社に入社しました。
同期とは私が永遠を退職するまでの5年間、一緒に働きました。
当時の私たちは何でも相談し合える関係でした。
発表会の準備が終わっていなければ、お互いに作業を手伝う。
ピアノが上手な同期に、私が楽譜のわからないところを尋ねると、手を止めて教えてくれる。
同期は私のこともよく気にかけてくれて、たくさん助けてくれました。
私が永遠を退職した後も、二人の関係は続きました。
私は別の縁で正職員として保育を続け、同期は私より2年後に退職。
その後、パート保育士としてA縁に戻り、10年間働き続けていました。
仕事の場所は違っても、時々会って話をする関係でした。
そして、私がA縁を離れてから17年が経った頃、主任から、「また戻っておいでよ。」と声をかけてもらいました。
懐かしい先生たちが今も働いている縁へもう一度戻る。
そう決めた私は、今度はフルパート保育士としてA縁で働くことになりました。
一方で同期は、長くパートとして勤めた後、正職員になって1年が過ぎた頃でした。
前に一緒に働いていた頃とは、立場も重ねてきた経験も変わっています。
同期同士が同じクラスを受け持つことはまずないだろうと思っていました。
ところが今年、私はフリーのパート保育士として主に年長を担当し、同期は年長クラスの担任になりました。
久しぶりに同じ縁で同じ子どもたちを一緒に見守ることになったのです。
年長クラスにはそれぞれに個性のある子どもたちがいました。
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日々の様子を見ながら、一人一人に合わせた配慮が必要なクラスでもありました。
同期は子どもたちの気持ちを受け止め、その日の様子を見ながら保育を進めていました。
やがてマーチングの練習が始まりました。
同期にとっては久しぶりのクラス担任としてのマーチングです。
子どもたちの練習を重ね、いよいよ初めて楽器を持って外で練習する日がやってきました。
私は年長のサポートをしたいと思っていました。
でもフリー保育士として練習の時間に他のクラスを手伝うことも多く、
年長の練習にずっと入るわけではありませんでした。
担任の同期を支えたい気持ちと縁全体の動きに合わせて他の場所を手伝う役割、
その両方の間で思うように動けない日もありました。
初めて楽器を持って外で練習する日、
暑い中子どもたちは楽器を手にしていつもとは違う場所に立ちました。
慣れない楽器を持ちながら足踏みをする、バチを握る、
音楽に合わせて指定された位置まで歩いていく、
子どもたちは目の前の一つ一つに一生懸命取り組んでいました。
ところが、室内で練習していたときと外では立つ場所の感覚が違います。
宴廷は部屋よりも広い、部屋で覚えた位置に向かって歩いているつもりでも、
外では同じ歩幅では届かなかったり、行き過ぎたりします。
場所が広くなると歩く距離や歩幅の感覚が変わり、
いつものように進んでいるつもりでも目指す場所までの道のりが違って感じられるのです。
音楽に合わせ、自分のポイントまで行く、それだけのことに見えるかもしれません。
でも、楽器を持ち足踏みをしながら音を聞いて、
友達の動きも気にして、自分の立ち位置を探す、
子どもたちにとってはいくつものことを同時に行う練習です。
友達が近くにいることでどちらへ進めばいいのか迷う子もいました。
左回りなのか右回りなのか、隣の友達につられてしまったり、進む向きがわからなくなったりする姿もありました。
次の位置や進む方向を確かめるように周りを見ている子どもたちもいました。
子どもたちは暑さの中で、慣れない楽器を持ちながら頑張っていました。
思うように音楽に合わせられないことがあっても、
場所を確かめ、友達の様子を見ながらもう一度動こうと頑張っていました。
いつもの動機なら、子どもたちの表情や気持ちを見ながら声のかけ方を変えていきます。
困っている子にはそばで確かめ、気持ちが向いていない子にはまずその様子を受け止める。
06:06
子どもたちの姿に合わせて練習を進める先生です。
でも、その日はいつもと少し違っていました。
初めての屋外練習、広い宴廷、見ている先生たち、位置や動きを間違えずに進めたい気持ち、
子どもたちの迷いを受け止めながら全体の練習を進める難しさ、
いろいろなことが重なっていたのだと思います。
動機の声はいつもより語尾が強くなっていました。
表情にも余裕がなくなっている様子が見えました。
練習が終わった後、いつもと違う表情のまま、いきなり動機は私に言いました。
先生にも半分任せるから、反対側は先生お願いね。
その言葉の言い方、表情を見た時、動機が今どれほど一杯一杯なのかが伝わってきました。
わかったよ。まず配置図と楽譜をもらうね。
私はそう答えました。
動機から配置図と楽譜を受け取り、できるところから一緒に担うことにしました。
それまではマーチングの練習中に、私は他のクラスへサポートに行くこともありました。
でも、この日をきっかけに、縁全体で私が年長の練習を全面的にサポートすることになりました。
それからは毎日年長の練習に入ることになったのです。
その日の夜、動機からメールが届きました。
今話せる?
私は電話をかけました。
電話に出た動機は最初にこう言いました。
今日はごめんね。
声は泣いているようでした。
私は、私のことまでは気にしなくていいよ。大丈夫。
と返しました。
動機は一言、ありがとうと言いました。
長い説明はありません。
それでも私には、動機がその日のことを気にしていたのが伝わってきました。
若手の頃、私が困った時、動機は私の気持ちを受け止めてくれました。
発表会の準備を一緒に進め、わからないことを教え、そばで支えてくれた人です。
今度は、私が動機の気持ちを受け止めたい、そう思っていました。
次の日から、私はこれまでよりも深くマーチングの練習に関わるようになりました。
以前の私は、練習の中で、子どもがバチを落とした時に拾うことや、子どもの表情を見て、
今少しきつそうだな、気持ちが別のところに向いているのかな、と気づき、そばで支えることが中心でした。
それも大切なサポートです。
けれど、毎日練習に入るようになってからは、フォーメーションの位置や動きについても一緒に考えるようになりました。
09:03
子どもたちがどこに立つのか、どちらへ動くのか、迷いやすい場所はどこか、練習を見ながら私も気づいたことを動機に伝えるようになりました。
配置をどのように示すか、動きをどのタイミングで伝えるか、練習を見て気づいたことを持ち寄り、
子どもたちが迷いやすい場所や動きにくそうな場面について2人で話し合うようになりました。
その場で見えた姿をもとに、どうしたら子どもたちが自分の場所を見つけやすいか、どう声をかけたら動きやすいかを2人で考えました。
動機が持っているクラス担任としての視点、私がそばで見て気づいた子どもの表情や動き、
それぞれの気づきを持ち寄り、練習の仕方を少しずつ整えていきました。
もちろん意見がいつも同じだったわけではありません。
別々の縁で保育を続け、それぞれの経験を積んできた私たちです。
声のかけ方や進め方に違いが出ることもありました。
それでも私たちが考えていたのは、子どもたちが安心して練習できること、そして子どもたち自身がマーチングを楽しめることでした。
やり方の違いをそのままぶつけるのではなく、子どもたちにとってどうかを一緒に考える、
そうやって2人でマーチングを作り上げていきました。
練習を重ねるうちに、子どもたちは少しずつ自分の位置や動きを覚えていきました。
広い園庭で音楽を聴き、前を向き、友達との感覚を確かめながら歩く。
はじめは迷っていたところでも、何度も試しながら自分の動きを見つけていきました。
そして迎えた本番。子どもたちがマーチングをしている姿を見たとき、私は1人1人の真剣な顔に目を奪われました。
楽器を持ち、音を聴き、足並みを揃え、覚えた場所へ向かう。
練習のときには迷っていた子どもたちが、今、自分の役割を果たそうとしていました。
カラーガードをしている子どもたちの顔には楽しそうな笑顔もありました。
旗を持って動く姿から、練習のときとはまた違うイキイキした表情が見えました。
暑い中、楽器を持つことに慣れず、右か左か迷いながら練習していた子どもたち。
その姿を知っているからこそ、本番で真剣に演奏し、楽しそうに動く姿に胸がいっぱいになりました。
終わった後、見てくださった方々から拍手をいただきました。
先生方からも、「かっこよかったね。素敵だったよ。」と声をかけてもらいました。
私は動機と顔を見合わせました。
よかったね。よかったよね。子どもたちが楽しんでたね。
12:03
二人でそう話しながら子どもたちを褒めました。
すごかったね。みんな頑張ったね。
私たちが嬉しかったのは、きれいにできたことだけではありません。
子どもたちがそれぞれの場所で自分の動きを見つけ、真剣な顔で取り組んでいたこと、
カラーガードでは楽しそうな笑顔を見せてくれたこと、
練習の中で重ねてきた一歩一歩が本番の姿につながっていったことです。
マーチングが素晴らしいものになったのは、子どもたち自身が練習を重ねてきたからです。
子どもたちは慣れない楽器や広い宴廷に戸惑いながらも、何度も動き、位置を確かめ、友達と一緒に進んできました。
そして、その子どもたちの姿を支えるために、私たち大人もそれぞれの立場で考え、声をかけ、助け合っていました。
あの日、動機の語尾が強くなっていたことだけを切り取ったら、私は何かあったのかなと思ったかもしれません。
でも、これまでの動機の保育を知っていたから、いつもの姿との違いに気づくことができました。
普段、子どもたちの気持ちを大切にしている先生だからこそ、思うように進まない練習の中で、何とかしなければと背負っていたのかもしれません。
私はそう受け取り、配置図と学譜を受け取りました。そして、宴全体でサポートの形が変わり、毎日練習に入れるようになりました。
一人の先生が抱えていることに気づき、具体的に役割を分け合う、
それは先生同士が楽になるためだけではなく、子どもたちの練習を続け、子どもたちの姿を丁寧に見るためにも必要なことです。
保育の現場では、先生によって得意なことも経験も、仕事の進め方も違います。違いがあると、時には意見がぶつかることもあります。
私と同期も、別々の場所で保育士として経験を重ねてきました。だからこそ、やり方の違いがあります。
でも、子どもたちを大切にしたい気持ち、子どもたちの成長を見守りたいという思いは同じです。
違いがあるから相手を否定するのではなく、子どもの姿を真ん中に置いて話し合う、互いに見たこと、感じたことを伝え合う、その積み重ねが私たち二人の保育をつなげてくれました。
若い頃、私を支えてくれた同期。17年経って、今度は私が同期を支える場面がありました。
立場が変わっても、時間が経っても、相手のことを思い、必要な時に手を差し出す関係は続いています。
でも、この出来事の中心にいたのは私たちだけではありません。
15:03
暑い宴廷で慣れない楽器を持ち、何度も自分の位置を探し、本番で真剣な顔を見せてくれた子どもたちです。
子どもたちの頑張る姿があったから、私たちはどう支えたらいいかを考えました。
子どもたちの笑顔があったから、二人で「よかったね」と喜びあえました。
一つの出来事を振り返ると、保育は子どもたちの姿を見つめることから始まり、保育士同士の関わりにも広がっていくのだと感じます。
同僚とやり方が違う時、私たちはつい、違いに目を向けてしまうことがあります。
そんな時、相手の表情や言葉の奥にある思いを受け取ることができたら、支え合う方法が見つかるのかもしれません。
あなたはやり方の違う同僚と子どもたちのためにどんな風に支え合っていますか?
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