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ep6. 「地獄への道は善意で舗装されている」と社会事業。ドーパミンよりオキシトシン?カタン、VTuberの投げ銭から考える「オキシトシンの再分配」
2026-10-24 2:04:22

ep6. 「地獄への道は善意で舗装されている」と社会事業。ドーパミンよりオキシトシン?カタン、VTuberの投げ銭から考える「オキシトシンの再分配」

「地獄への道は善意で舗装されている」という言葉をきっかけに、良いことをしているつもりの事業にひそむ危うさを、ヤマとヤスが話しました。ボーダレスジャパンの「社会課題と呼ばない方が広まる」という話をヒントに、国境なき自習室を社会事業として見せるべきかを考えます。後半は、ドーパミンとオキシトシンの違いを、ボードゲームのカタン、VTuberの投げ銭、『海辺のカフカ』の一節から掘り下げ、「オキシトシンの再分配」というアイデアにたどり着きました。

【話したこと】

・善意で作られた制度が、人の自由を縛ってしまうとき

・物乞いの人にお金をあげるべきか、あげないべきか

・ボーダレスジャパンの「社会課題と呼ばない方が広まる」という話

・幸せホルモンのドーパミン、オキシトシン、セロトニンの違い

・カタンで考える「資源はドーパミン、得点はオキシトシン」

・人がお金を出すのは「美味しい・面白い・おしゃれ」?GDPと本当の豊かさ

・お金持ちの寄付、VTuberの投げ銭と「オキシトシンの再分配」

・天国への道は善意じゃない何かで舗装されている?ドイツの空き瓶返金とスリランカの三等車

【目次】

テーマは「地獄への道は善意で舗装されている」

善意の制度が人の自由を縛るとき

国境なき自習室にひそむリスクと、親が払う構造

物乞いの人にお金をあげるべきか

資本主義に乗るか、社会的意義を語るか

ボーダレスジャパンの「社会課題と呼ばない」話

「面白そう」の正体はオキシトシン?クラファンとコミュニティ

幸せホルモン4つの違い

フィリピンのXで、若者に教えたがるおじさんたち

家族の多いスリランカ、オキシトシンが足りない日本

ケアラーズハイとドーパミン依存

作曲にハマった日々と、ドーパミンの良い面

若い世代にも早めのミッドライフクライシス?

カタンで考える、資源はドーパミン、得点はオキシトシン

『海辺のカフカ』の「飽きること」と「退屈なこと」

対処療法だけに人生を使いたくない

フリースクールと、お金を払わずに学べる仕組み

社会事業は「やってはいけないこと」が増える

社会事業として見せずに、メリットで伝える

「楽しいからやっている」と見せる

人がお金を出すのは「美味しい・面白い・おしゃれ」

GDPと豊かさ、マイナスをゼロにする支出

フィリピン英語留学のエージェント構造

お金持ちの寄付は善意の機会を奪う?

オキシトシンの再分配

ペット、フィギュア、VTuberの投げ銭

投げ銭の手数料とカードの手数料

オキシトシンのビジネスはフックが弱い

医療は善意だけで回っていない

天国への道は善意じゃない何かで舗装されている

ドイツの空き瓶返金とスリランカの三等車

恩は返すより、次の人へ送る

エンディング

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00:02
こんにちは、国境なき自習室です。 スリランカで日本語教育に携われている山さんと、
日本の位置で地方でいろんな授業をやっている私、ヤスでお送りします。
僕たちはこれから新しいプロジェクト、国境なき自習室をやろうとしております。
日本人でもオンラインビデオ通話でスリランカの学生と一緒に勉強や作業ができるようにするためのプロジェクトです。
今回は私、ヤスの持ち込みテーマというところで、テーマとしては、
地獄への道は善意で舗装されているという、ちょっと行儀良しいテーマでやっていきたいと思います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
そもそもなんでこれをふと話そうかなというか、話してみたいなと思ったっていうのは、
きっかけYouTubeです。全く同じタイトルで、経営者、経営のYouTuberの方が発信されている動画が回ってきて、
でもこの言葉自体は僕、そもそも知ってた言葉なんですよ。
山さん、これ聞いたことありましたか?
言葉、なんとなくの感覚としてはわかりますけど、その言葉自体は今回初めて聞きましたね。
ああ、そうっすよね。
なんか、これ確かニーチェの前役の悲願だったかな。
ちょっとこれ、ポッドキャスト適当なこと言ってやってるかもしれないですけど、
ニーチェの、少なくとも確かニーチェの言葉なんですよ。
はい。
で、別にこれに対してそんな補足説明とかもニーチェやってなかった気がするんですけど、
このフレーズは結構、多分有名な言葉としてニーチェの名言集的にもなってるのかな?
感じで歩いてるんですよね。
で、僕はたびたびいろんな創作とかでたまたま、この言葉をそのまま見る機会があって印象に残ってるんですけど、
言わんとしてることは、なんとなくニュアンスはわかりますかね?
山さん的に。
一応その動画も私に送ってもらって見ましたけど、
要はなんかね、良かれと思ってやってしまってることが結果として相手にマイナスをというか、
結果としてはマイナスになってしまっていることがある。
で、それを良かれと思っちゃってるんで、非常に何ていうか、立ちが悪いというか。
はいはいはい。おまかにそういう感じです。
大まかな意味としてはそんな感じですね。
まさにそんな感じで。
なんか悪いことをしようと思って、明らかに悪いことをやって人に被害を与える時って、
どっかでブレーキがかかりやすいんですけど、
周りから良いことと思われてたりとか、本人が良いことだと思い込まれてる時って、
それってなかなかブレーキはかからないけど、
物事はどんなものでも良い側面もあれば悪い側面もあることがあって、
03:02
ただそれが良い側面だけが見られて進められた時に、
悪い側面もすごい勢いで行くところまで行っちゃうよみたいな話があるんですよ。
なんか良いでないかなと思って。
これも賛否両論ある一つのテーマで、医療で一つあるとしたら、
自治医大だったっけな、医師の世界って他の業界から特集で、
卒業した大学によっては、医学部によっては、卒業のルートが卒業9年間とか、
自分の意思で決められないみたいなところがあるんですよね。
小学院とか何かで、地方の公立大学とかそういうのあるじゃないですか。
そうですね。例えば岐阜大学とかの場合だったら、
4割か6割か忘れたんですけど、そのぐらいが地域枠となっていって卒業。
人にもよるんでしょうけど、3年から9年ぐらいの間かなとかで、
この地域のこの病院のどれかからで働いてねっていう期間が決められたったりとかしてて。
で、ちょっと数年前に問題になってたのは自治医大だったと思うんですけど、
病院もそれと似たような病院なんですよ。
ただ自治医大の場合はちょっと地方ではあるんですけど、
全国の地方を確か転勤するような感じだったと思うんですよね。
もしかしたら出身の地方だったけど、ちょっと忘れちゃったんですけど、
どちらにしても卒業、結構な地方で働くことが反強制されている。
多分それを逃れるためにはしっかりお金を払って、
そこをお金を返さないといけないとかあるとは思うんですけど、
それとはないのかな。
ある大学とない大学と、ない大学があるかわかんないですけど、
そんな形なんですよね。
っていうのに対して裁判を起こされたんですよ、自治医大が。
これはちょっと憲法に違反してるんじゃないかと。
憲法の時点では住居の自由とか確か認められてるんですよね。
住む場所は基本定期人権の中に確か含まれてるというか、
選んでいいし、働く場所とかも基本定期人権の中に含まれてるんですよね。
ただこの制度は実質的に損なわれているというところで、
裁判を起こして、確か訴えた側が勝ったんですよ。
06:02
ただこれって地方で異論してるとめちゃくちゃ難しい問題なんですよ。
だって別にこの制度作ってる人たちって誰も自分たちが得しようと思って、
この制度作ってる人たぶんいないんですよ。
地方にしよう。
読まないと制度として異論が成り立たないから、
誰かが行くシステムを抜かないといけないんですけど、
それを個人の自由に任せてはいけないんで、
各地域ごとにそういった制度が生まれてるわけですよ。
なんですけど、その制度がいった結果、
憲法的に言うと基本的人権という最も最低限守らないといけない水準まで、
それは阻害されてるんじゃないかって訴えられて、
負けるレベルまでいっちゃってるみたいな。
これなんか一ついい例かなと思って。
結構医療の世界って、
これも賛否いろいろあるテーマですけど、
いろんな面で人の命が関わってるところがあるんで、
例えば医師の働き方改革は他の教師より遅かったりとか、
いろんなところであったりするんですけど、
それ扱ってるものの重みからどうしてもしょうがないよねっていうところで、
難しいところがあるんですけど。
こんな感じで、いいこととされてることっていうのは、
結構簡単に、
例えば人権があったりとか、
人の自由とか、
そういった人が当たり前にいられるべきものすらを、
結構侵害し得ると思ってるところがあるんですよ、僕としては。
これは今回別に医療をどうしたいかってテーマで話したいというよりかは、
結構国境大器実習室とかスリランカーと山田さんと僕たちがやってるプロジェクトとかって、
いいこととして見られがちなんですけど、
僕はいいこととして見られるっていうことがそんなに別に、
見られてるから、それがそのまま実際にいいことかとか、
いいことかもしれないけど、
それは悪いところも結構積み隠しちゃうんじゃないかというふうに思ってですね、
今回テーマに話したいと思ったところです。
なんとなくイメージつきましたね。
いや、わかります。なんかね、いろいろありますよね、いろんなケースが。
これはもう結構、何でしょうね、こういうのって、
例えば国境大器実習室をテーマにするとして、
まあ、何でしょう、
逆にどういうリスクが考えられるのかなってところから考えるとか、
具体、何でしょう、実際的な運用なのかなって思っちゃいますけどね、
どうなんでしょうね。
だから、いろいろ拘束しすぎちゃうと良くないと思うんですよね、
関わる学生さんとか。
09:00
まあ、もちろんね、全ての他にメリットとデメリットというかね、
要はね、日本語を勉強している時点で、
人生の時間を他のものじゃなくて、
日本語を勉強するということを選ばせてしまっているわけだし、
そこにリスクはあると言われるし、
何だったらね、日本の学校の勉強だってそうなわけじゃないですか。
本来はね、アスリートとして生きた方がいい人に勉強させちゃって、
ひょっとしたらね、大谷翔平みたいになる機会があったかもしれない人を
潰してしまっている可能性もあるし、
っていうことを考えすぎたらもう永遠に答えは出ないと思います。
教育のそのものの問題にもつなって、
問題って言ったらあるんだけど、
構造にも言える話ですね。
そうですね。
どうでしょうね。
そうならないようにする、ある程度の方向性としては、
選択肢を与えるとか、機会を与えるっていうことに
フォーカスするようにするっていうことかもしれないけど。
僕もそれはすごい共感してるっていうか、
最初から僕は場を作ることに徹したいなと思ってはいるんですけど、
例えばこれの危険性の一つは、
実際に参加する、
例えばこれが小学生が参加してくれるとするじゃないですか。
日本人側、小学生が参加してくれるとして、
その決定するのは多分親御さんなんですよ。
っていう実際に参加する人と、
参加するためにお金を払うことになるかもしれない、
なる人が親御さんだとしたら、
ちょっと例えばこれって危険な構造の一つであるかなと思うんですよ。
そうですよね。自分で参加する。
しかも僕たちが、
実際にどんな勉強をしてましたよみたいなフィードバックを
つけてもいいかなと思ってるんですけど、
そういう時にここら辺は気をつけていかないといけないとか
思ったりはしますね。
難しいですね。
これはやりながら、
やりながら出てきた問題を潰していくしかない
っていう話ではあるのかもしれないけど。
そうですね。
でもこういうことも考え続けるべきだと思いますよね。
完全に正解だと思い込んで、
それを占拠師みたいに布教するみたいなのは良くないと思うんですよね。
スタートアップ系とかは特にそういうのが多いじゃないですか。
自分たちのサービスはこんな風に優れてるって言わないと
振り向いてもらえないからいいはするんだけど。
12:00
これなんか突き詰めると、
物超えの人にお金あげるかみたいな話になっちゃうと思うんですよ。
どういうことですか。
例えばやっぱり物超えの人にお金をあげた方がいい派と
あげない方がいい派がいると思うんですよ。
うーん、なるほど。
あげない方がいい派の意見としては、
やっぱりそれでもらえることに慣れてしまって、
要は自立の意思を奪ってしまうというかね。
魚の釣り方を教えるんじゃなくて、
魚をあげちゃうみたいなことは良くないんじゃないかと。
例えばフィリピンとかでよく言われてるのは、
子供がお金くれてきたときに、
子供にあげても結局裏にいる悪い大人とか、
もうちょい年上の奴らに巻き上げられるだけになってて、
何も子供を助けることになってない。
むしろ子供がそのために利用されるネタ、
養分にしてしまっているみたいな。
だからあげない方がいいっていう意見もあれば、
なさぬ善よりなす偽善みたいな感じで、
少なくとも渡すことによって、
その子がご飯を得ることは少なくとも何かできるか。
善悪もらえなかったとしても、
YouTubeはその子にバックが返ってくるから、
その子が動くっていうことになるから、
全く意味ないわけではないから、
やっていいんじゃないかっていう、
なんかいろいろあると思うんですけどね。
そもそもいいとされてることにも、
そもそも善悪どっちかって言ったら、
文脈によって結構変わってくるよって話はありますね。
どういうスパンで見るかとか、
どこまで見越してやるかとか、
どの程度変わってやるかによって、
なんか変わりますよね。
難しいですよね。そもそも何でしょうね。
そもそもいいことをすべきなのかって話に戻ってくる気がするな。
なんか別にいらんでしょうね。
いいこととしてやるというか、
いや、もしくは、
例えば他に、
例えばこっきょだき自治室は、
スイランカの方にとっていいプロジェクトですって言って、
広げていくっていうやり方がある一方の、
他のやり方があるとしたら、
全然普通にこっきょだき自治室を使ったら、
こういうメリットがあります。
だから使えませんかっていう、
資本主義の一般的なやり方もあるわけじゃないですか。
別にそっちでもいいというか、
つまり資本主義を信頼してもいいって話なのか。
まあね。
15:04
スイランカの人が何で苦しんでいるかは、
資本主義で苦しんでいるかなって感じで、
資本主義で言えば稼ぎにくいポジションにいるわけですね。
稼ぎやすいポジションっていう日本に、
場を移してあげるという。
資本主義に乗っ取った、
資本主義目線から見た手助けというか。
要するに資本主義的に今外れている地域を、
資本主義的に助けようとするみたいな感じなのか。
大きなグリップとそうだとは思うんですよね。
経済的な効果だけで見たらですね。
それ以外のこともいろいろある気はしてますけど。
これの構造って難しいなと思うのは、
こういうメリットを提供するのでお金を払ってもらえますっていうのは、
一般的なビジネスとかである話で、
それで進んでいけばいいじゃんって話はあるんですけど、
一方でこういったものから、
資本主義が強くなった社会だって結構時間経ってて、
それでも取り残されてるテーマっていうのがあって、
それに取り組みたいって人が結構、
こういういいことがあります的なノリで売り出してやろうとしてるのが
最近の流れな気がしてるんですよ。
だから根本的に、いいことをやってますっていうのを
切り離しすぎるっていうのも、
多分難しいんですよね。
そもそもそれで成立してない領域を扱ってるっていう話かもしれないんで。
私もなんとなくの大中な、
やってるモチベというか、あれは、
もったいないなぁみたいな感じですよね。
もう少しうまくいきそうなのがあるのに、
それができてないからなんかやった方がいいんじゃないかっていう感じで
やってますけど。
一緒にやってくれる人のモチベの話か。
なんとなく私的には、現状の日本語教育のあり方とか、
国際交流のあり方への、
より良い案の提案みたいな感じのイメージがあるんですよね。
より効率的で循環しそうで、
かつ効果もあるんじゃないかというか。
効果的には別に今までのものとあんまり変わらないかもしれないけど、
より裾野を広く広げる可能性があるかなっていうか、
気軽にできるというか。
お金持ち、お金に余裕のある家庭の子どもたちとかだけじゃなくて、
それ以外の人に広まる可能性もあるし、
18:01
それはセリアン科の方も両方ですね。
セリアン科もお金のある子たちにしか学習機会が現状あまりないですけど、
それを広めるチャンスになるし、
日本側でも要は海外に留学に行かせられるような家庭の子たちとか、
海外のボランティア経験とかできるような子以外の人にも
使ってもらえる企画体で提供できるサービスになると思うので、
そういう可能性があるかなと思ってるっていうのはありますけどね。
あー。
その広げる。
あー、なるほどなるほど。
これが結構山さんのモチベーとしてあって、
そもそも論なんですけど、
そもそもなんで一般的に社会的利益って言われてる事業は
その社会的利益とされてる部分をアピールしないといけないんだろうっていう。
あー。
それなんか我々が話そうとした二つ目のテーマに
繋がりそうな気がしてるんですけど。
何でしたっけ二つ目のテーマ。
二つ目のテーマは何でしたっけ。
まあそうです。社会課題と呼ばない方が
人々に親しみやすかったり、広まったり、
自分事がしやすいんじゃないかという。
これは社会課題解決をやってますよっていうのを言い過ぎてるけど、
実際そのやってる人たちは社会課題解決したいという気持ちもあるけど、
そうやってること自体が楽しくてやってるケースが多いので、
その楽しい感じを見せた方がいいんじゃないかみたいな話を
してる人がいたのを見て、確かにいいと思って。
それなんかテレビ番組か何かで見たんですか。
それはですね、私はポッドキャストリスナーなんで、
別のポッドキャストでこのボーダーレスジャパンっていう、
日本では一番有名な社会起業家というか活動をやってる会社、
組織の代表の田口さんという人がやってるラジオの中で
仲良いてたんですよね。
田口さんってこの全体の代表の方でしたっけ。
そうですね。ボーダーレスジャパンは社長とかを作らないみたいな感じで
やってますけど、一応代表は田口さんというかね、
彼が一応メインで作っていった感じですね。
本読んだことあります。紹介されて。
あ、そうなんですね。
社長さん自身がそんな風におっしゃってたんですね。
そうですね。
そういう風に誰かに言われて、確かにいいって思ったっていう話を
なんかしてました。
なるほど。
21:02
僕もそれは、というかボーダーレスさんに対しては、
結構そういうイメージが正直あります。
社会起業をやってるんだみたいなノリがあるのかなっていう。
正直あるとは思いますけど、
彼らはどっちかというとNPO的な感じというよりは、
ビジネスを使って社会課題解決するみたいなことをやってる感じですよね。
なるほど。
だから全員、全員かもわからないですけど、
やっぱり経営に関するスキルが高い人たちが集まってやってると思うんですよ。
私の勝手なイメージですけど、要は普通に稼ごうと思ったら、
別にもっと何億とか何十億とか稼げるような経営スキルを持ってる人たちが、
あえてそのお金だけじゃない領域に落とし込んで、
でも彼らにはスキルがあるので、
普通ビジネスになりにくいようなものを頑張ってビジネスにしてるっていうイメージがあります。
そこは楽しいよっていうふうに伝えた方がいいんじゃないかっていう。
社会のためにやってる感を出しすぎない方がいいんじゃないですかみたいな。
他の方のあれを聞くとすごい思いますね。
自分たちがやってることはどうなんだろうって思っちゃうけど、
他の方、それこそボーダレスジャパンさんが、
社会的に良いとされてることをやってますっていう感が強くできている方がいいか、
それともこんな新しい…
ちょっと待ってください。
いいですよ。
リモコンなしですからね。
イヤホンなしので。
あ、そうか。
他の方を見た時にいいことをやってるっていうのを見せられるよりも、
例えば他のビジネス的な領域目線では取り組めないような新しいテーマに取り組んでるよって言われた方が
僕は興味持てるかもしれない気がしますね。
単純にそういう活動をやってること自体が楽しいよっていう風に見せた方が参加してくれる人とかが、
要は社会課題って言っちゃうと意識高い人にしか刺さらない。
確かに。
そこまでの意識に到達してるとか、
社会問題の背景が見えるような人にしか伝わらないけど、
単純に授業として楽しいし、
幸せホルモンが出ながら活動できてますっていう風に見せた方が、
24:00
より一般の人に伝わりやすいんじゃないかというか、巻き込みやすいんじゃないかっていう可能性を言ってましたね。
例えば僕たちの例で言うと、経営会議の時のカンタさんが確か、
その収録内でおっしゃられたか、その収録後の会話でおっしゃられたか忘れちゃったんですけど、
なんか宇宙に、大宇宙じゃねえわ。
僕たちのプロジェクトでお金が回る仕組みを作れたら、
数時間間の地方にスターリンクでぼこぼこ学校を作るみたいな感じで自修室を作れそうみたいな話をしたじゃないですか。
それがすごい面白そうとおっしゃってくださったじゃないですか。
自修室としての機能を。
そういうノリに近いのかなと思ってて。
そうだからその、ちょっとしたそこをもう少し深掘っていったら、
その面白そうは社会課題解決できるから面白そうじゃなくて、
オキシトシン的なのがいっぱい出そうだから面白そうって感じたのかもなっていうか。
多分カンタさんもそういう経験があって、
そういうことをやった時になんかすごい気持ちよかったりとか楽しかったっていう、
多分経験があるんじゃないかなと思うんですけど、
ただそういうのを楽しそうと思ったというか。
なんかでも結構その、前もヤマダさんのオキシトシンテーマの話を聞かせていただいたんですけど、
僕の中でまだちょっとオキシトシンって結構社会事業ノリなんですよ。
なんていうか、例えば僕がヤマダさんの話聞いてる中で出てくる、
オキシトシンが出てきてうまくいってるプロジェクトっていうかって、
キャンプファイヤーみたいななんだっけ。
あーはい。
クラファンのあれです。
そうクラファンだ。
そうクラファンのサイトとかはそれっぽいなと思うんですよ。
あーまあそうですね。クラファン周りは本当にあれですよね。
そっち行って。
それこそ、主婦層の方とか、女の子とかも結構参加されたりとか、
僕の周りにもいたみたいなんですけど、
やっぱそういったコミュニティ、そういった自分が応援して、
しかも応援するというコミュニティに入れるってことに、
価値を感じている人っていて、
そういうのってなんかオキシトシンっぽいなと思うんですけど、
ただそれって、結構社会事業感と近くないかっていう。
まあそうですね。
モチベートですよね。
そこ、まあ厳密には繋がってるからオキシトシンも出るみたいなのもあるかもしれないんですけど、
まあまあだいたいイコールなんだと思いますけどね。
そうですよね。だいたいイコールに寄っていく気はせんでもない。
そう。
どうなんですかね。
でも、そこを社会事業だからというよりは、
もう体が越しているものを得るためっていう風にした方が、
私なんかいいのかなと思ってるんですよね。
そこだけだったら別には、
社会課題に対する知識とかなくてもいいと思うんですよ。
でも社会課題として喜びに感じるには、
その課題感を感じてないといけないと思うんですけど、
27:01
オキシトシンが別にそれがなくても出得ると思うんですよね。
例えば保育士さんとか学校の先生とか、
充実感を得てるのはそういうことだと思うんですよね。
特に学校の先生だとちょっと社会感が出ますけど、
保育士さんとかはそこまで社会的な課題を感じてやってるわけじゃないと思うんですよ。
今のは確かにすごいイメージが湧きましたね。
学校の先生をやる気持ち良さは、
確かにめちゃくちゃ理解しやすいんですよ。
ただそれを得るためにお金を払うかというと、
お金をもらいながらそれを得た経験しか僕はないから、
むずいなと思うんですけど。
例えば自分の子供じゃなくても、
追い込め1個とかにお菓子買っていくとか、
おもちゃ買っていく時のあれとかもそうだと思うんですよね。
それは義務でもないし、
親の責務とかでもないし、
でも好きにやってると思うんですよ。
お年玉みたいなものでもなくて、
本当に笑顔が見たいからというか、
それによって気持ちいいからやってる行動なんじゃないかと思うんですよね。
ちょっと今、AIに意思として許されるか、あれか、あれかなんですけど、
オキシトシンが報酬系に含まれているかどうかとか。
オキシトシンのことは俺もあんまり調べるのに
オキシトシン使いまくってるんですけど。
日頃僕はオキシトシン、
産婦人化じゃないとあんまり見ない気がするから。
幸せホルモンのことももうちょっと調べよう。
確かに。
オキシトシン自体は確かに性のフィードバックループがあるらしいですね。
オキシトシンが出れば出るほどさらに欲しくなるみたいな。
欲しくなるっていうか、
さらに出るような。
私も今パッと調べた感じ、
幸せホルモンって言われてるのは4つあって、
セロトニン、オキシトシン、ドーパミン、
エンドルフィンがあって、
このウィルにオキシトシンが一番良さそうですよね。
健康的っぽいですよね。
セロトニンは幸福っていうよりは
精神安定的な感じですよね。
田舎でのんびり過ごそう的なノリを感じます、セロトニンは。
あと瞑想するとか。
そう、瞑想とかの心が落ち着くのはセロトニンだと思うんですよね。
で、やっぱり自分の中で
30:00
地獄への道は善意で敷き詰められている
確かにそう言われてみたら、流行ったコミュニティ系のビジネスとかは、 オキシトシンをハックしたビジネスモデルなのか。
いい例かわかんないけど。
目に映る、消費者に受けているビジネスって、 ドーパミンをハックしに行ってるのがわかりやすいと思う。
対して、オンラインコミュニティとかは、 オキシトシンをハックしに行ってるのかなという気はしますね。
僕が参加していたオンラインコミュニティとかだったら、 実際にオフで会える場とかもあるんですけど、
そこでは新しく来た人にベテランさんが教える仕組みがあったりとか、 こんな風にするんだよとか、
ここでコーヒー入れられるよみたいな。
そういった構造はあるんですよ。
そうしていく中で、そこにはまるというか、 何回も来るような人っていうのは、
いろんな人がいますけど、ここの外の人とはそもそもの前提が違うから話が合わないけど、
ここに来ると前提を共有しているから話しやすい みたいなことをおっしゃる人が結構増えていくんですよ。
っていう感じでありますね。
そこまで大きな金銭的な報酬を受けてないのに、 ただわざわざ新人さんに教えてくれる人っていうのはいるんですよ。
それはやっぱりそのコミュニティの中で、 自分は中心的な人物になれるっていうのもあることで、
それも多分出てるのはオキシトシンに 近しいやつなんじゃないかなって気がするけど。
結構コミュニティを成立させるためには、 オキシトシン的なものが確かに出ている気がしますね。
そこを重要視、そこを出してもらうための コミュニティ設計がある気がしましたね、今。
33:00
似た感じというか、多分オキシトシンの原因で 行動が動いてそうなのが、
例えばフィリピンにいたときに、
Twitterをやっている人が結構多かったんですよね。
海外の人はどっちかというとTwitterXを やる人が多いんですけど。
そこで、うちは若めの留学生たちとかが来て、
そこからフィリピンに就職したりとか、 長く住むようになる人が出てきていて、
フィリピンの日本人界隈というところで、 Xが結構展開されていたんですよ。
フィリピンの中には10年、20年、30年 いるような人たちもいるんですよ、おじさんたちとか。
その若者が、要は彼の周りには 新人フィリピンに来た留学生とか、
来て数ヶ月とか半年以内みたいな人が多くて、 彼が1年ぐらいになってくると、
彼がちょっと教えるポジションになって 発信をするんですよね。
でも、多分10年、20年から見ている人からしたら、 的外れなことをたまに言ってたりして、
いや、そうじゃねえよ、本当はみたいなのを、 結構教えてくれるんですよ。
まるまるくんこう言ってたけど、 実はこうじゃなくてこうなんだよ、みたいなのを
結構悟してくれたりとか、間違いを見たら、 訂正したくなる心理が人間あるような気もしていて。
彼も高感度のある感じの人だったから、 みんながいろいろ教えてくれるんですよね。
たぶんその時にみんなが、そのおじさんたちがね、 出てたのはオキシト神だと思うんですよね。
別にそんなに忠告する必要もないし、 何となく面識もない人に対しても、
教えてあげようとするというか、 というのはオキシト神だったと思うんですよね。
それが出るから楽しくて、そういう人たちも やってたんじゃないかと。
お世話、子供の世話するのと同じような感じの 楽しさがあったと思うんですよね。
なんか嫌な話になっちゃうけど、 こういうのを求めるとか、
それを強く欲する人って、何らかの空虚感とか 孤独感を感じてる人かなって気はしてきましたね。
何となく共通してる。
それもあると思いますね。
今、それを求めてる人が増えてる理由は、 各家族とか独身の人が増えてるとかってことだと思うんですよ。
自分の家庭にいろんな人がいたり、 子供がいたりしたら、そこを助けるように精一杯だと思うんですよ。
いいですね。矢河さんがおっしゃりたいこと、 ちょっとイメージできてきたかも。
それが日本の私の課題だと思っていて、 先進国全般の課題で。
36:01
フィリアンがオキシト神だらけなわけですよね。 前もちょっと言いましたけど、家族もいっぱいいるし、
その人たちが困って、お互い助け合っていかないと 生きていけないような状態なので、
自然とオキシト神が出ると思うんですよ。 出るような活動をせざるを得ないというか。
日本の場合、なかなかないケースが増えてきてしまっている。
子供がいればいいでしょうけど、子供がいない場合、 オキシト神を出すチャンスがなかなか限られちゃうんだと思うんですね。
なるほど。確かに結婚する人がすごい減っている世の中では、 すごい必要されてくるような考え方というか。
確かにめっちゃしっくりくるな。そういう意味ではすごい。
でも逆に言うと、自分の子供以外にそういうことを使って 満足し合ってはいけないんじゃないかという気もしているんです。
そうしか問題的にはね。
だからペットとかいいけど良くない気もしていて、 韓国とかペットを飼う人がめっちゃ増えている。
ちょっとあまり言い過ぎると独身の方々にね。
あまり言うとあれだな、俺から会うゲストの人たちに 話しづらくなるかもしれない。
こういう話はあまり若い人には容赦ない。 全然するんですけど、彼らにはいろんな可能性があるから。
ある意味、選択肢がなくなってしまった人に対して この話は私もしないようにしているんですけど。
そうですね。確かにな。
僕は結構ヤムさんのオキストシン的なところを責める話っていうのは あんまりビジネスと結びつかなくて。
でもこれは結構ビジネス的に回せないと 実質ポコポコ立てれないからどうなんだと思ったところがあったんですけど。
確かに実際に回っているビジネスもあるだろうし。
しかもそういうのが、例えば僕たちのプロジェクトは 実際に社会的に意義があるっていろんな募金活動とかと比べて
わかりやすいところとしたら相手が目の前にいるっていうのは 一つ面白いポイントだと思うんですよ。
そうですね。
っていうのは結構オキストシン的な見方をすると 結構効果的に見える、効果的かもしれないし。
少なくとも日本国内にいる人でオキストシンに 飢えてる人はいると思うんですよ。
確かに。
そこを水中の人に向けているよりは、自分の周りの人とか 子どもとかの方に収録してもらった方がいいような気もしているけれど。
39:03
最終的にそこに結びつくような設計ができたら こっちをまず体験してからでもいいのかなという気もします。
それはなかなか難しいことをおっしゃってますね。
そこまでのデザインができる気はしないけど、 すごい大変な気がするんですけど。
要はスリーランカーの人たちが家族のために 頑張っている姿を見て、自分も家族が欲しいなとか
自分の家族のことを考え始めるとかのループに 行きそうな気はしてるんですけど。
それはいいですね。それ自体もそうかもしれないし。
今の昨今の移民問題とかの話とかも。
あれも言ってしまえば全く知らない文化、違う。
もはや異種族みたいなノリで言われちゃってる時もありますけど。
そんな人たちが日本に来るのは嫌だみたいなノリで 話されていることが多いですけど。
それはお互いのでも家族意識が芽生えた ちょっと違う話じゃないですか。
そうですね。
多文化共生的なところで言うと そういう区的もありますからね。
そもそも。
そもそものは3分の1くらいは 多文化共生のための活動ではありますからね。
むずいな。
社会的意義があるかどうかっていうよりも
どちらかというと自分たちの
これに参加したいと思う人個人に
刺さるような形で効果的に使うぐらいの 感じがいいのかもしれない。
短期的にも長期的にも刺さるように デザインできたらいいと思っていて。
長期的には刺さると思うんですけど
短期でメリットというか心地よさというか
やることの楽しさみたいなのを
より見出しやすくできたらいいですね。
確かに確かに。
いや結局オキシトシン不足で
どうやって解消するかっていうと
結局僕はドーパミンを
オキシトシン出るとドーパミン出るらしいんですよ。
結局それで快感得てるみたいなことが書いてあって
最初適当なこと言ってるかもしれないですけど
そうだとしたら別に
結果的にドーパミンが出たら解決したように 感じることもあると思うんですよ。
そこが問題だと私は思います。
最初に送ったやつに書いてあったのにもあるんですけど
同時に出るのが理想ではあるんですよ。
ドーパミンとオキシトシンが出ることで
それでケアラーズハイっていう状態になるらしいんですよ。
ケアラーっていうのはケアする人というか
世話する人がハイになるというか
そうするとよりドーパミンが出たことによって
42:01
オキシトシンの感覚がさらに良い感覚として認識されて
かつオキシトシンの長持ちするという効果が
同時になるんで
より中毒性が出るってわけじゃないですけど
良いことをしたことが良かったという印象として
より強く残りやすいというか
多分オキシトシンがそもそも
ドーパミンの上流にあるような機構だったら
システムだったら
多分そんなに人の行動として
変な方向に行きにくいとは思うんですよ。
なったとしても
行き過ぎた教育を行うとか
そういったレベルでいっちゃあれです。
それはそれで問題かもしれない
あることはあるかもしれないけど
多分あらゆるアルコール依存症とか
あらゆる依存症の中では
DLレベルの
オキシトシン依存症はめちゃくちゃ良いと思うんですよ。
これに俺が最近すごい興味持ってる理由は
人々が最終的に求めているものが
オキシトシンになったら
勝手に良くなっていくと思うんですよ。
いろんなことが。
悪いことというか
何が悪いかわかんないけど
生産性がないとか
社会にとってあまりプラスにならなそう
みたいなことをしても
オキシトシンは全く出ないわけなんで
でもそれが今は
代わりのドーパミンが出て
人々はそっちでね
動いてしまっているというか
例えば
ギャンブルするとか
タバコを吸うとか
そっち寄りだと思うんですよね。
人殺し系のゲームをして楽しいとか
というのが
ドーパミンしか出ていない可能性がある。
そこに人生の時間を費やしていることは
ちょっともったいないかもなと
俺は思っているんですよ。
オキシトシンが得られた方が
少なくとも感情的には充実することができるし
結果周りの社会も良くなるみたいな
普通にこれをテーマに話したいな
僕は結構
全然
まだこれは
年代の差かもしれないんですけど
結構
ドーパミンが出てくることを追求する
こと自体に
そこまでまだ
なんでしょうね
これはむずいんですけど
悪いとは言い切れていないところもあるんですよ
というのも例えば
どうだろうな
とはいえ
例えば僕作曲やったりするんですけど
作曲やり始めた時の
ドーパミンってやばすぎて
今でも覚えてるんですよ
45:00
やばかったあれは
初めてやった時
コロナ禍になったタイミングとかだったので
たまたま時間ができて
初めて
youtubeの動画で
曲の作り方みたいな動画1つ見て
macに入ってる
初めから入ってるソフトを使ってやったら
あれ意外と
曲っぽいのできたみたいな
それがきっかけだったんですよ
それはもう明らかに
ドーパミンが出てきて大きいとしているのではなく
そこからやった
2日後とかには初めて
ニコニコ動画だったかな
動画投稿するとか
動画投稿とかやったことなかったのに
やったりとか
その後に
AIキリタンって言われるような
個人が作ってる
ボカロみたいなやつを使って
ハマりまくって
みたいなことを始めて
そこから作曲やり続けてるんですけど
明らかに作曲の場合は
ドーパミンなんですよ
新しい世界を知った時に得られる
快楽物質
なんとなくドーパミンな気がしてて
多分
それを広げていくっていうことは
人生豊かにしている
一つの側面もあると思うんですよ
知らないことを知っていく喜びっていうのは
あると思ってて
それは結構ドーパミン的というか
ある側面もあるんで
この側面だけを見たら
全然そのドーパミンが
出るからといって
仮に依存口座があったとしても
まあまあ
いいんじゃないと思う側面もあるというか
結構研究者とか
そういう側面あると思うんですよね
音が聞こえないかもしれないです
聞こえます
聞こえました
若い時は
ドーパミン
20歳とか20代半ばぐらいまでは
それでいいんじゃないかと思うんですけど
そちらの方が多分強いと思うんですよね
私の感覚的には
その年代ぐらいまでは
自分の興味関心とか
能力を高めるとか
いろんなチャンスに挑戦するみたいなことに
前振りでいいと思うんですよね
でもある程度そこで
やりたいことをしつくしていった後には
そこでは満足できなくなってくる
体質になると思うんですよ
わかります
その時に
体が求めてくるのは
オキシシになってくると思うんです
ドーパミンじゃ
満足できなくなってくる
ミッドナイフクライシスっていう概念
ありますよね
実質的にそういうことなんじゃないかと思って
48:02
お金持ちになりすぎて
お金で欲しも何もなくなりました
とか
でも
超高額のギャンブルをするようになるとか
ドラッグに行くとか
そういうことだと思うんです
通常の活動で得られる
ドーパミンでは
満足できなくなって
全財産の10%とかかけるような
ギャンブルをするとか
しかも
一晩で
10億円とかするみたいなこと
人たちが
フィリピンで結構出会ってきたんですけど
でもキロっとしてるというか
それぐらいやらないと
満足できないですよね
会社一個つくって
そういうとこから運べないし
確かに
今ふと思ったのは
僕が今
ふと思ったのは
まとめてしまうと
現代においては若い人でも
結構キスト神的な充足を求めている
説は増えてるんじゃないか
と思います
っていうのは
ミッドライフクライシスって挙げたじゃないですか
あれは
僕はユング心理学の本で始めて
ワードして読んで
それが発祥なのか分かんないですけど
1,4,5十代で
人生の意味が
何なのかよく分かんなくなって
空虚感を感じる人がすごい多いっていう
話で
その年代になってくると
いろんな人生の
幸せの形とか
いいものをある程度体験しちゃって
でも
こっから先の成長がないんじゃないだろうか
こっから俺はどこに行けばいいんだろうか
みたいな感じになるって
理解してるんですけど
これって
僕今の
20代とか
20歳くらいでも感じてる内容じゃないかなと思っちゃうんですよ
感じてる人がいると思うんですよね
なんか
ミッドライフクライシス
って言いますけど
多分僕たちの年代からしたら
僕よりはさらに若い
20代前半とか
の子かしらしたら
なんかそれって遅くないって
思われてるレベルなんじゃないかなと思ってて
っていうのも
例えば最近あんまり企業化とか
SNSでそんなに
崇拝されないじゃないですかインフルエンサーって
昔と昔前に比べて
それってそんなにもう羨ましがられない
対象になってると思ってて
それはそれのいい面もあるだろうけど
悪い側面が最近結構みんな
見えてくるようになってて
それに対して努力する価値なくね
みたいな文章
最近冷笑みたいな形で
TwitterXで流行ってましたけど
結構そういう
とこが増えてると思うんですよ
結構人生のこれまでの日本人の
学校教育で
育ってきた
優秀されてた方々が
今40,50代ってどんな社会を作ったりとか
どんな風に働いてるっていうのを
答え合わせとして今の若い世代を見てて
51:00
それともそれでSNSで
みんないろんな姿が見れて
それに対して今自分の理想の姿と
あんまり重ならないなと思ってる人たち
多いなと思ってるんですよ
これって結構早めのミッドライフクライシスだな
って思ってて
っていう側面から
見ると
じゃあそういう人たちにオキストシティ的な重俗って
若くても刺さるのかって一瞬思ったっていう
刺さるんじゃないかと
思いますけどね
やっぱり
ドーパミンより
高負荷が高いのはたぶんね
間違いないんじゃないかと思うんですけど
で、なんかちょっと話変わるというか
つながってるけど
最近俺の周りで
聞くようになったというか
俺がこの年齢になって刺さるようになってきたのかもしれない
もしやっすんさんが
ボードゲームのカタンってやつを知ってたら
非常に分かりやすく説明できますよ
カタンやったことありますよ何度か
分からない人のためにちょっと分かりやすく
僕も結構前なんで
教えてほしいです
3、4人とか
多いやつだと6人とかでやるボードゲームで
基本的に純取り合戦みたいな感じの
ゲームなんですけど
そこで
実際の
岩とか木とか
森とかみたいな
資源をまずゲットして
それを貯めていくと
街とか村とか
みたいなのを作れるようになって
それを作ると
次の資源が安くなるみたいな
最終的にポイントが
10点とか取った人が勝ちという
ゲームなんですけど
いわゆる資源とかっていうのは
お金みたいな感じなんですよね
ただ最終的にゲームを勝つために
必要なものは資源がいくらでも勝てないんですよ
最終的なポイントになるものを
ゲットしないと勝てないんです
例えば家を建てるとか
街を作るとか
資源は配られてるんでしたっけ
資源は
サイコロ振ってちょっとずつゲットしていくんですけど
資源をゲットした上で
その資源を家とかに
変えていかないといけないゲーム
そうなんですよ
その家とかにはポイントがついてたり
それ以外の別の
ポイントを得る手段があるんですけど
それを結局
ポイントを稼がなくても
資源だけやっても
後半はなくなってくるんですよ
これは別の人たちが
話してたやつで
そのままパクって言いますけど
若い時とかはお金を得ることとかに
54:00
執着していくけれども
でももう人生の後半になってきたら
それでは手に入らないものがあるということに
気づいていくというか
例えばその人が例で言ってたのは
その人にとっては
多分その過端の最終ポイントになれるというか
自分の人生が良かったと思うというかね
最終的な充足を感じるポイントになるのは
お金ではなくて
例えば家族がいるとか
めちゃくちゃ仲が良く
いろんなことを話せる親友がいるとか
というのが
ポイントになるだろうと言って
それまでのお金は
最終的な
得点にはカウントされないというか
自分の充足感にはカウントされない
なるほど
これが俺は
最終ポイントになるのがオキシトシンで
そのお金とか資源的なものなのが
ドーパミンな気がしてるんです
面白い視点ですね
資源がドーパミン
資源というかお金ですね
元の素材
お金が分かりやすいと思うんですけどね
お金に限らずですけど学歴とか
お金とか
ブランド物とか
っていうのは
資源ぐらいで
最終ポイントには関係のないもの
ドーパミン駆動で得られたものを
オキシトシンを
得るものに変換していく
みたいなイメージですか
そうですねだから
若い時にそういうお金がたくさんあるってことは
いろんな経験をしたりとか
チャンスを掴んだりとか
恋人を作ったりとか
という時に有利に働くので
必要ないわけではないんですけど
最終的にそれを
自分の
本来
心が欲しているものに変えて
いかなければ
意味がないというか
僕それって
結構
今聞いてて思った
仮説なんですけど
結構
対比されがちじゃないですか
お金
とか事業を成功させている
幸福と
これ本当かどうか知らないんですけど
亡くなる間際に家族ともっと話す時間が
欲しかったみたいな
あれは分かりやすい
例だと思ってて
っていうのは
事業を成功させる
幸福と
家族とか
友人を大切にする幸福ってのは
別ベクトルで
これが語られる時っていうのは
大体
家族とか友人を大切にした方がいいよ
っていう風に
語られると思うんですけど
57:01
それ自体は
今の話は本当かどうか
分かんないですけど
言われること自体は分かるんですけど
分かった上で
ただこれって今ふと思ったのは
別に
意味というか
なんか
原理的にそっちの方が
なんでしょう
上っていう話ではなくて
言いたいというよりかは
どちらかというと幸福を持続させる
機構として
長いのが
その後者だけだっていう気はしてきたっていう
そうですね
別にそれだから
別にだからっていう話じゃないんですけど
結局そういう
あれですよね
ドーパミン的な
それで手に入れたい
分かりやすく10年前とかのSNSでは
分かりやすくみんなが
こういうの得た方がいいよって言ってたような
影響力とか
フォロワー数とかお金とか
そういうものっていうのは
1回得たら
それはずっと死ぬまで
変わらない幸福をもたらしてくれるか
というともう結構
1年後とかにはなくなっている幸福だったりするわけですよね
一方で
家族とか友人というのは
時間とともに深まっていくものであって
それは継続得が高いから
いいんだよっていう
なんか
この対比って
原理的に
どっちが上という風に語る
以前にそもそも
時間的な効果の差が
一番強いんじゃないかなというのが
ふと思ったという感じです
そうですね
これに関して
一つ
おきすしの話を出されてからずっと連想していること
言ってもいいですか
どうぞ
僕の好きな言葉で
海辺のカフカっていう村上春樹の
小説だったと思うんですけど
言ったことあるかな山田さんに
紹介すると
飽きることと
世の中には飽きることと退屈なことしかない
山田さんの音声聞こえなくなっちゃったかもしれない
はい
世の中には
飽きることと退屈なことしかないと
はい
そのキャラには
僕には
飽きることに費やしているだけの時間がないから
退屈なことに取り組むしかないんだ
って言って
退屈な昔の音楽
クラシック系の音楽だと思うんですけど
それをあるアーティストの
クラシック系の音楽をひたすら
レコードで聞きまくるっていう生活をしている人がいるんですよ
はい
もう一度背景を補足すると
20代の男性なんですけど
血液系の疾患を患っているっていうのは
設定なんですよね
ちょっとした傷で出血が止まらないみたいな
設定で
若くして亡くなることが
ある程度も
小さい頃は分かっているし傷をつけている
1:00:00
おつけないように慎重に僕は生きてきたんだと。 生きることに気をつけてきた男性が
自分を取り組むことを選ぶときに、そんな風に退屈だから退屈に君も取り組んだ方がいいよって若い子に
あの、サトススターメンがあるんですけど、結構これ好きで。 なんか飽きることと退屈なことっていう分け方って結構しっくりくるんですよね。
大体この2つどっちかじゃないですか。 その何か取り組むことって。
まあそうですね。 多分、刺激的なもので飽きないものはないし、それ以外は退屈な気がするっていう。
結構綺麗に分けられる気がしていて。 で、幸福につながることっていうか、
少なくとも深めていけることって退屈なことに向こうにあるよなっていう気がしてるんですよね。
そうですね。 持続して幸福をもたらすことを判断するように飽きるか退屈かって結構今直感的に判断できる指標を持ち出してるのがいいなと思って。
結構これオキシトチの話と似てると思うんですよ。 そうですね。というかまあ飽きることっていうのはドーパミンのことでしょうね。
そうですね。 ドーパミン系のことで。
まあ退屈することはドーパミンじゃない何かのことでしょうってことですね。
まあ退屈なことっていうのはオキシトチ以外見ろと含まれると思うんですけど。 ただまあどちらにしても
まあこれのいい点は シンプルに退屈なことはいくらでもあるじゃないですか。
はい。 まあでも退屈なことって普通にネガティブですけど
言葉のそれ自体の意味合いとしては。 これを言葉を知っていると退屈なことにもそれなりに
なんかポジティブな側面を見出せるようになるというか。 そうですね。まあ退屈なことだけど飽きないことではあるっていうことです。
そうですよね。 飽きることよりもなんか
なんかまあ上位ってわけじゃないけど 別の良さはあるっていう感じですよね。
つまり飽きはしないという何かがあるっていうか。 うーんじゃあ僕は結構退屈なことに
コツコツというかまあ無心で取り組んでいくじゃないですけどまあ なんか黙ってそれに退屈なことを取り組み続けるっていうのでそれなりに価値を感じちゃう
タイプなんですよね。
そういうなんだっけオキシトシンの話でまあただそれは
一方で いろんな他の人にオススメしにくいっていうので難しいなっていう
いろんなプロジェクトでそれを進めるのは難しいなと思う ところはあるんですけど
まあまあとはいえ 今回のなんかさっきの
さっきの同じ孤独感とかなんか満ち足りてない感を感じている人に対してはそれは
結構モチベーションなり得るかなと思うって感じですかね。
そうですね。まあなんかその
1:03:01
その 充実感とか
ちょっと閉塞感かな 孤独を感じている人に
まあ気づいてほしいなって感じですね。なんかドーパミンだけを見てちゃいけないよみたいな
あなたの悩みのもとはドーパミンしか見れてないことにあるんじゃないですかみたいな あなたの風邪はどこからみたいな
対処療法と根本療法っていうか
対処療法しかしてなかったらやっぱ辛いんじゃないですかっていう
確かに 根本的にビジネス対処療法ばっかが流行るようになってますよね多分
そう 最近なんか俺の中のテーマになりつつあるのは
対処療法のために行きたくないなっていうか 人生を費やしたくないなっていうのはあるんですよ
それ深い。あとで話したい。
だから正直例えば
何でしょうね、一部のNPO活動みたいなものも それをしないといけなくなってしまっている根本に
リーチできてないのはなんか もちろん現状困っている人がいるんでそれを一時的に助けるっていうのはやっぱり
必要だと思いますし、いわゆる救急治療的なことだと思うんですよ
医療でいう それはそれで必要だと思うんですけど
ただ自分の人生をその 対処療法だけをすることに費やすのなんか嫌だなぁと思うしなんかもう少し
それより先のことができるんじゃないかというなんか自分の能力とか 運とか恵まれていることに対する責任をちょっと感じていたりもして
それはそれで必要なことだけど もう少し先のことが根本治療に対する何かができるんだったら
そっちを私はやりたいなみたいな感じになってきてるんですよね
いいですね、僕これ普通に自分の個人の人生としてもそれは今ふと思ったな
なんか自分としてもなんかなんでしょうね僕は 結構
僕はノリでなんか色々と動いちゃうことが多いんですけど結構さなんか対処療法的な
あれが強いだと思うんですよなんとなく 自分はこれまでこういうことやってなかったからこういうことやろう的な時って
何でしょうね自分なんかそういう
なんか自分がこれまでやっててこういうちょっと今満とか問題があるから こういうことやろう的なノリが強い人間なんですけど
でなんかそれは結構いろんな人の行動原理ではあると思うんですよ
まあなんか ねぇ
1:06:00
たぶん 例えば
うーん 小さい時にあんまり塾とか行けなかった
人が親になった時に子にしっかり勉強させてあげたいと思うのも まあ別にそれが悪いってあれだけど
対処療法っていうかまぁ何らかの欠落に対する 反応ではあるんですよね
で まあ
とはいえ例えば今の行動ってじゃあそもそものそれ 自分のその過去に対してのなんでしょうね
根本的な治療になるかというとまあこれはもうそもそもそれ自体は 治療しきれるものではないっていうかもう起こってしまったことだから難しいんですけど
あの あの
まあなんでしょうね まあただ対処療法的な反応ではあるんですよね
多分 まあそれで
まあ子がうまくいった時に解消されるのかというとわかんないですけど まあただこれって結構いろんな人の行動原理がなってるんですってまぁ基本的に人は
そんな風にできてる気はしてるんですよ 生物的に
けど けど
なんかもうちょっと大元のとこ もう元じゃないけどなんて言うんですかね
確かに それそうそうじゃないところを見た行動の選択を
するべきではないかと今ふと思ったっていうそんな感じです 雑魚めちゃくちゃざっくり
そう 例えばそのボーダレスジャパンさんの活動とかも基本的なめっちゃいいなと思うし
新しいことをどんどんやってるしなんか学ぶこといっぱいあるなぁと思って見てる けれども
でもこれは ポンポン両方に私の目から見るとなってない部分も多いような気がしたりしていて
まあまあその対処両方としてはすごい優秀な方法になっているけれども ポンポンの方ではないか
要はそのやっぱり資本主義的なものとかがその 要は都道府の貧困とかの主な原因になっていて
その時にまあその経済の仕組みとか 国のありった話とかっていうのを変えないことには
どんだけやっても同じことがまた繰り返されてしまうというかその活動が止まった瞬間に終わってしまうというか再発してしまう
でもちろんそのね一時的な助けにはなっていてすごい大事なことではあるし 現地点すぐに帰ることができないからそれをやっておく必要もあるんですけど
なんか彼らの能力をもっと伝えればもう少し 先のことができるんじゃないかなというふうに思ったりとか
1:09:03
ポンポンを変える方向をまだその考え方がないような気がしたりとかね まあソウルアジアのスタッフさん限らないですけどね
いろんな活動の中で 根本的なところがそもそも課題で解決したビジネスにならない気はしてるせい
うんそういうところがと まあたかビジネスで課題解決というかお金を払ってでも解決したいあの満たしたい欲の
ために人はお金を払うところがある 消費者の国 c 2
2 c とかだったら多分そんな感じがある ところが原因な気が例えばあれですね
予備校とかって浮かせたら浮かせてしまったら老人生から来年お金取れないって話がある じゃないですか
まあそうそう 例えばそういうところに課題を感じてあのティーチャーティーチャーさんとかは動き始めたわけですから
フリースクールの現状の構造でそのお金をね フリースクールに通ってくれる人がいないとフリースクールが運営できないっていう
ところが嫌で無料で何かできる仕組みを作りたいっていう感じになったわけじゃないですか
それでも例えばそうですね どうでしょうねコンポだから僕はそれの根本的な問題ってどこに見てるかまあちょっとあんまり
いまいち分かってないかもしれないですけど
まあ確かチートってさがその回かかられたのはアレですよね あの
なんかお金を払って フリースクに通うというシステム自体が何か何らかの問題があるっていうふうに感じて
したっけ まあそうですねそれはフリースクールかオンラインスクールかそうですねフリースクールが
その要はその都庫の子がいないとフリースクールが潰れてしまってよその 運営してる人の給料がなくなってしまうというか
ああなるほどなるほどそうかそういう話だからもちろんサポートして早くね そのが社会に復帰してほしいとかっていう気持ちはあるんだけど
全員が一同時になくなってしまったら来週のご飯が来月のご飯がなくなってしまうっていうか
いうところがあるからその本気で取り組めないんじゃないかっていう 構造的な
他にね収入権がある人がやってくれればいいですけどそういうわけにもいかないだろう っていうかそんな
ペースまあそもそもそれぞれとその働くことにリスクが生まれてしまうというか 一生懸命働いたら自分のね
これが来月の給料がなくなってしまうっていうことで本気で頑張れないんじゃないかっていう 可能性がある
いうことに何か違和感でそのその生徒からの支払いに頼らない仕組みでやりたい
でも私がその制限からのことでやりたいのはそうなんですよねだから学生がやっぱ 日本にお金稼ぎたいのに
そのための勉強にお金払うまず当然とや当然なんですけど そうじゃなくてお金をあまり
1:12:03
制約の人が吐きずとも勉強ができて日本に 行く道に近づく何かができたらいいな
ああああああ
確かに
今 そこで払ってもらうものがお金じゃないものにすべきだと思ってお金がない人から
お金を払ってもらうのではなくて代わりに何か努力してもらったり なんかねやってもらう
っていう払い方で授業を提供したいという感じですね
セリランカ側の方ですね これもむずいですよね例えばセリランカ側
むずいんですよめちゃくちゃむずいんですけど われわれ程度の答えを出せる問題ではないはず
セリランカ側を
そうですね
難しいですよねこれでも多分一つの問題を 解決したらすべてうまくいくかってそういう問題でも
多分ないですよね
とはいえなるほどなるほど まあまあとはいえ別にすべての問題は私たちだけで解決しないといけないわけでもないから
それに対する新しいアプローチの仕方とかはやってみたいし
これをきっかけにもっとねより賢い人たちが動いてなんか綺麗な仕組みが生まれたりするきっかけになればいいなって感じですよね
なるほどなるほど
地方の子たちが勉強できないっていうのは勉強する環境があればいけるのかっていうのもどうなんですかねセリランカの場合
どういうことですかね
つまり 地方のスリランカってもまあ結構今みんな海外に出ないといけないという状況になってて
その中でただそれに行ける人がやはりスリランカ国内でも結構偏ってるっていうか都市部に
住んでいるお金持ってる人もしくはもうそこに
親御さんが家を売ってでも
そこにやらせたいと思うかみたいなところに偏っているみたいなところがあって
地方の方はそもそもそんな選択肢がないっていう
のはあってるんですけど
地方の方に例えばそれで
例えば勉強できる環境を提供できたとしてそれは解決するそうなものなのかなって
なんかいや別に解決そうな気もするんですけど実際どうなんだろうって思ったっていう
まあそれだけでは無理ですねだから彼らを受け入れてくれる海外の企業とか
機関がいるわけですし
1:15:01
まあでもそこは送っている機関が今あるんですよねスリランカ自体には
まあそれはありますし基本的には日本には重要はあるわけですね
人がいらっしゃると
日本以外の国でもそうですけど
うーん
いやなんか
そうですね
でプラスまあその誰でも欲しいってわけでもやっぱないと思うんですよ
日本とか先進国も
できるだけその彼らにとって
言い方悪いですけど害にならないというか
彼らの文化を尊重してくれて
社会人としてうまくやれそうな人に来てほしいっていうところがあるから
そっちに寄せてあげた人を増やす分には問題ないかなと私は思ってはいるんですよね
いやなんか結構
なるほどな
社会課題系としてプロジェクトを回すって言って結構むずいんだろうなって今ふと思ったっていうか
今までのビジネスの感覚でやると難しいと思うんですね
うんなんか必要条件が増えるなと思ったんですよ
いやそう必要条件が増しなんかこうやってはいけない制限が増えると
お金のためにだったら別にこういろんなね泥臭いやり方とか伝えるけれどもそれが使えないとかになると思うんですね
でもとはいえ別に根本最低限ビジネスとして回らないと成立しないところはあるじゃない
なるほど確かに
これは難しい話ですね
なるほど他の方々が確かに難しくなるのも分かるなっていう
そう
だからそこにやっぱいろんな画期的な仕組みが必要だと思うんですよね
あーなるほどなるほどまあそういうところに面白さはあるっていう話ですね
そうそこに面白さあるし逆に普通のビジネスでは得られない能力の得方をすることもできるっていう強さもあると思うんですよ
エリアが取り上げてくれるとかやっぱりそのプライベートの企業がお金儲けしていくことに協力する機会はなかなか起きないけれども
こういう活動だったら協力したいなとか変わりたいなと思う人が生まれやすいとかっていう
ツールも別にあるのでそこをうまくこうやるっていうことですね
そこのバランスが難しいって話ですよね元々の社会事業として見せるかどうかって
そうそうでそこのまあその社会事業として見せるかのところの新しいやり方として
こう社会事業として見せないっていう
さらに新しいアプローチを入れたら面白いかなっていうのが今日の話したいことでありますよね
僕は結構それは賛成なんですよね一番手っ取り早く手をつけるところといえば
1:18:02
国境なき支出の名前を変えるって話なんですけど
まあそうですねそこも
まあとはいえむずいですね これそういう雰囲気だからこそ興味持ってくれる人もいるから
そうだから例えばねオキストシン量産
やばいそれはやばい対決にしてもいい
そういう選択肢もあるなっていうのが今まで考えてなかったけど
そういうやり方もまあ選択肢としてはあるんだなっていうのがちょっとね
結構僕
その教育者の方に今色々と声が来てこれどう思いますか聞いてますけど
そういうとき聞くときは結構そういう目線でしか言ってないですよ
そういうメリットあると思いますか的なそのやりたいと思うと思いますかみたいな
でいいかなと思っているんですよねそうですねそこだけで成り立てばまあいいんですよね
うまく回りやすいっていうか逆にそこで成り立たないんだったら
そんな大きくできんやろっていう大変だろうって思っちゃう新しい協力者を探すのが
なんか例えばその地方に衛生教室を作りたいですとか一言も言わないですし
一緒につなげることで例えば集中力が上がるとか本気で勉強してる学生さんを見ることで
学ぶモチベーションが上がるとかそういった効果を仮説して持ってるんですけど
どう思いますか的なノリの
あと親御さんにフィードバックがあるとして喜ぶと思いますかとか
そんな形では聞いてはいるんですけど
でなんか僕はそういった実際のメリットが
やっぱり感じてもらえるようなところ使ってもらうのがいい気がしますね
社会的な事業としてあれか見せない
確かにそれいい気がするいいっていうかそうしたいですけどなんなら
単純に楽しいんですよこれはみたいな感じで
楽しくて勉強のやり方も出てくるんですよみたいな
てか別に国境なきティータイムは割とそんな風にしてた気もせんでもない僕はどうなんだろう
他の人がどう思うかわかんないですけど
国境なきティータイムの参加してくれてる人はそういうノリなんじゃないですか
まあてか別にあれ自体はそんな感じですもん別にそれ自体に参加してくださる日本人側のメリットがあったっていうか
実際に参加してくれた方が涙を流して喜んでくれたりがちょいちょいあるみたいなレベルだったし
うん 確かに
むずいですね そんな風な授業として見せない
見せないな見せないでむずいな まあむずくはないか
1:21:06
なるほど この話の年頃ってどこにあるんだ
まあそうですねでその例えばそのオーダーシューパンさんが社会課題として見せないっていうのが
その
別にその例えば私たちのやつだったら収支の内容自体とかにというよりは
その私たちが俺とか安さんとか今後なんか入ってくれる人たちがやってる理由が社会課題としてやってるわけじゃなくて
楽しいから面白いからやってるんですっていう風な見せ方をするのも大事なんじゃないかっていうことなんですよね
だからそのこれ自体に社会的な意義はあるけど 私たちがやってる理由は社会的な意義のためっていうよりは
こういうね話をすることが楽しいとか これをきっかけにいろいろな人で出会えるとか楽しいからやってるんですみたいな
いいですね 見せ方をもっとそこそこに関してはそう見せたほうがいいんじゃないですかそれだったら協力したい人が増えるかも
私もその場に入ってみたいっていう オンラインサロン的なあれに近いかもしれないですけど
いやーなるほどなぁ 難しいなぁでも僕そっちに乗せるんだったらそれこそビジネスとして結構しっかり成立するように
それこそ資本主義にのっとったりとか根本的にそれ自体成立する仕組み結構シビアに求めていくことが
求められるような気もしてくるなっていう より
協力者として見るフェア増えるかもしれないけど そういうノリで集まってきてくれた方たちが集まってできたプロジェクトでそんなに
なんでしょうね社会その外の世界でめちゃくちゃ評価されるものってなんかあんまりないなと思っ ちゃってる部分があるんですよね
オンラインコミュニティでなこういうものを作りましたっていうのがオンラインコミュニティの 外でめちゃくちゃ評価されたりみたいな
なんかイメージつきますなんかそういった
そうですねオンラインコミュニティって言ったらあんまり大したのは生まれてないです
なんかそうなんか結局結局ってあれですけどまぁ人を集める 駆動力としての
その集め方の方法論ではあると思うんですけど まあ多分
その社会的な域を取っ払ってやるんだったらなおさら 資本主義社会においてのがわかんないですけどまぁ
まあ正直じゃなくてもいいのか正式なです経済 他のまあ実際マールシステムが何でもいいんですけどしっかり広がそれ自体に広がる
システム 搭載
した上でブーストするみたいなニュアンス 目指したいなって気はしてきたけどな
1:24:00
いっ これもこの間のその
トンタクチさんのポッドキャストの会で別の オーダレスの社員の語っていく社長さんが言ってたのが
この結局人がお金を出すものは 美味しい面白いおしゃれ
しかないですって面白いことを言っている 私はそこの要素が
なければ まあまあまあ
ドーパミンと言ってしまえばドーパミンなんです けど
まあそこがあればお金は出すということですよ 美味しい面白いおしゃれ
まあ特にまあ面白いが広い範囲を占めていると 思いますけど
うーん まあそこのどれかまあまあこれに関して
たま面白いしかできないと思うおしゃれになる からわかんないけど
おしゃれながらもろいから水安から人と 話してるんだよがおしゃれになりできそうな
気がしている
おしゃれだったら面白いな確かに またやっぱ面白い
与えることができたらいいでしょうね 美味しい面白いおしゃれって僕結構そそんな
結構なんとかありました結構あんまり 僕それ以外も結構悪くねと思った気がする
けど いやなんか他にもは言ってたかもしれ
ないですよ私が動かしている なんか医療とかだって全然どれでもない
発表するじゃないですか
まあまあそれ必要に迫られている マイナスを
ゼロにするためのアレはあるでしょうけど 結構それがでも結構大抵のものってそんな
イメージがあるんだけどまぁ消費者のお 金払うやつマイナスをゼロにするイメージ
が僕ある ああそうですだからなんだろうあそう
たぶんその話の前半の方で そのなんかに危機を煽ってとかっていう
やるものは あのまあ
短期的にはビジネスになりやすいですけど 本的なこう人が求めているものは
その
ん 美味しいそのその3つがある方により
行こうなんか 何もなくてもそっちが行くって言う
か ああ
なるほど 何か問題があればですその問題がある
とかその こうしないとまずいですよみたいな
ねその期間をあってやるビジネスあると 思いますけどそれは
まあ永久期間にはならないものだというか でもその美味しいおしゃれ面白いは
それさえあれば それは常にこう人が求めているもの
だと
話をしてみてねなんか そうなんだ
1:27:05
危機感が煽るってそんなに持続性ないん ですかね結構
僕は色の世界でとある気がしちゃうから 何か言うのが何だろうと思っちゃうけど
まあだから私新しい機関を喪失したら a に出てくるああなるほど機関が地図
それを解決しまった後に別にいらないん じゃないですかああなるほどそれは確か
まあ難しい話ですよね そこに生産性があまりない可能性もあると
いうか ああああああ
なるほど それなんか最近その経済の話をする
時に私も例でこの学生さんたちの話してる だろう
そのまあ例えば gdp の数字としては アメリカとかがね日本より遥かにある
わけですよ
一人当たりではでもアメリカが高いと んですけどどっちがこう生活の質は高い
か日本とねアメリカを比べるに高いかって 言うと日本のが高いわけですよ
ああそうなんですか僕アメリカに行った ことないからあんまりあれだけど
うーん でまぁよその gdp のカウントは何かその経済活動を
行われたらすべてカウントされるわけで そのようは生産性のないものにお金を
払っている可能性があるというかマイナス をゼロにするためだけに払っているもの
とかがあるんです 例えば治安が悪いからそのセキュリティーの人を
雇うとか警備員を雇うとか なんかね防犯のシステムを入れるとか
ということをしないといけないんですけど 日本みたいに平穏な治安が良ければそんな
ことをお金をかける必要はないんですよね それはこうただマイナスを
ゼロにしているとか 必要のない危機感を
あのなくすために まあ限度違いも悪いんでしょうけど
治安が良ければそんなことにお金を払わなくて いいことに払わさせられてるわけです
アメリカの人とか 何かいろんな訴訟があって弁護士費用が
アホみたいに払わないといけないとか あとまあ保険がないから
あの医療費がね 数千万払ってると それも全部そのGDPの経済価値として
カウントされちゃってるから数値が高くなっている 別にお金は払われるからといってそれが
幸福を得るためにお金が払われてるわけとは 限らないよって話ですか
そうだから豊かさの数値としては正しくないという GDPだけでは
まあある程度のその経済活動のとか そのビジネスを得るときのマーケットが
でかいかどうかの指標にはなるけれども その国が豊かだったのかどうかの指標とか
生活水準が実際高いかの指標としては ちょっと怪しい部分があるぞというか
ああなるほど
無駄なことにお金をたくさん使わないといけない 社会っていうだけの可能性があるというか
それはさっきの現代社会めちゃくちゃ
1:30:02
国境なき自習室については、、、、
本来適切なマッチングが行われれば必要ないところで、企業とか、だったら応募者さえもお金を払わないといけない状況になってしまっているけれども。
なんか、仲介している人は別になっても、そもそも本当は成立するはずなのに、ブレーラーに入って、
何より必要性が出てしまっているのかもしれないけれども、
必要のない仕組みを頑張って作ることもできるかもしれないけれども、
それがビジネスの邪魔になるからできないようにしてしまっているとか、
フィリピンの英語留学とかもそうなんですよ。
どういうことですか?
例えば、要は普通に自分でね、自分の行きたい学校を探して応募すれば別にお金かからないというか、
何のお金もその間に必要はないんですけど、
その間にエージェントが立ってしまっているんですね。
留学エージェントみたいのがあって、
彼らがSNSとかめっちゃいろいろやって、パッとね、留学に行きたいなと思った人たちが調べたときに、
情報感度の低い人が行き着く先はエージェントのサイトとか、エージェントのSNSになっちゃって、
そこでもちろん人材紹介と同じで、応募者側からお金がかからないんですよ。
そのエージェントに紹介して、こういうところに行きたいんですけど、どこの学校がいいですか?みたいなので、
相談して、エージェントが紹介する学校にあっせんされるという。
エージェントはその学校からお金をもらってるんですけど、
普通に自分で調べて応募すればいいだけのところに、
あえてそこに入ってきちゃって、
彼らは直接、学校に人が行き着かないように、
ネット上をそれで埋め尽くしてしまってるわけですよ。
学校側も、彼らはエージェントよりも優秀なSNS活動とかできないわけです。
一部の人気のある学校とかは口コミとかでやってるんですけど、
あんまり人気になりづらい学校というか、
口コミ、リピーターで広めてもらえないような学校は、
エージェントに頼っていくということになってしまう。
本来、学校は別にエージェント費用とか払わなければ、
もっと利益率が上がるんですけど、
っていう構造になってしまってる。
日本の人材と同じ状態ですけど、
それは必要ないというか、企業にとっても負担になってしまって、
1:33:03
そのせいで留学の費用が高騰してしまっているというか、
留学に行きづらくなってしまっている人が現れているというのは、
良くないなと思っているんですけど。
資本主義社会においては、学校側としては、
他の学校よりも生徒を集めないといけないというのが、
競争権利的にどうしても必要になってしまうんですけど。
っていうのを見ていると、資本主義社会において、
お金が持っているとか、お金が払われ、
お金を使っているということは、
幸福度の失礼になりにくいよという感じですね。
それは確かにそうだ。
そこで、キシトシンというものにもっと人間が
注目するようになったら、
お金の使い方とか変わるんじゃないかと思うんですよね。
まあ、日本では意識が低いっぽいですよね、募金とかって。
いやー、それも俺はちょっと、
日本の方がまだマシな気がしていて。
どういうことですか?
要はあれは格差が異常に生まれる仕組みになってしまっているから、
募金できるんですよ、お金持ちが。
でもそれは募金すること自体はいいことですけど、
本来だったら、より多くの人が募金できるチャンスを
お金持ちたちが奪って、
その優越感すらも奪ってしまっている。
その発想おろいけど、確かにそれなんか、
Xかのコメントで見たことあるな、
お金持ちの募金に対して、海外でそういう言い合わせ見たことあるな。
それとは別の意味で、
本当に募金とかした方が企業のCSR的なというか、
評価も上がるから、節税になるからとかいろんな理由で、
そっちのインセンティブももちろんあるんですけど、
単純に善意でやっているとしても、
その善意をするチャンスすら資本主義は奪っているわけですよ、
中流層とか下流層から。
これは?
それよりは日本みたいな中流で、
ある程度の人が税金として払ったり、
みんながちょこちょこ募金している方がいいんじゃないかという気がする。
確かにこれは面白い人ですね。
現代社会において他人に優しくする機会すらも奪われている。
その格差が生まれているとしては面白いな。
俺はそれがその正直な問題の結構大きいところだと思います。
確かに。
みんながもうちょっと余裕があったら、
みんな結婚して子供を産んでいってやりやすいわけじゃないですか、
僕たちの世代でも。
僕たちの世代でも結構なかなかそれは、
みんながみんなできることじゃないなと思っているんですよ。
1:36:03
それは確かに。
確かに。
そう思うとオキシトシー不足な気がしてくるな。
オキシトシーにも出るチャンスを奪われちゃっているんですよ、
資本主義で。
お金持ちは出るけど、
結局その辺もいわゆる地に係数みたいなことを言われますけど、
ある程度お金持ちになって、
地に係数というのは、
格差の指標みたいなのを表す指標。
というか地に係数というよりは、
地に係数と幸福度の関連性みたいな話が言われるんですけど、
別に年収8000万になっても1億5000万になっても、
幸福度あんま変わらないみたいな。
それでオキシトシーが出るチャンスを、
お金持ちに異常に奪われちゃってるけど、
お金持ちたちもそう、
必要以上にオキシトシーが出ることもないから、
無駄になってるじゃないか。
それよりは、
より広くの人にオキシトシーに出るチャンスを、
一山させた方が、
全体のオキシトシーの総量が上がるっていう。
オキシトシーの再分配なんですね。
オキシトシーの再分配。
都民の再分配よりオキシトシーの再分配を、
考えた方が、
人類の幸福度とか、
社会的なことをするに、
もっと直接的に繋がる気がしてるんですよ。
なんか、
例としての話しか分かんないけど、
ふるさと納税とかってそういう部分あんのかな?
どうなの?例としてなってる?
ふるさと納税…
そこは境外化してる気がするけど。
あれも別に悪い仕組みじゃないけど、
もっと一般の人が、
ふるさと納税的なことを、
もっとお金持ちだけじゃなくて、
できるようになった方がいいですよね。
逆になんかあるんですかね、
オキシトシーを出しましょう的なノリで、
成立してるビジネスって世の中に存在するのかな?
コミュニティビジネスは成立してる気がするんですけど。
だから海外でボランティア行くとか、
そういう感じじゃないですか?
スラム街に行って、
要するにそのツアー代が払われて、
その一部が、
個人の運営費用に充てられるとか、
っていうのがオキシトシーのビジネスなんですか?
それってなんか、
今の例自体って結構ドーパミンじゃないですか?
なんかわかんないですけど。
海外に行くっていう。
でもオキシトシーも得られるんじゃないですか?
もう得られはするかもしれない。
確かに。
オキシトシーの再分配という言葉が、
今日はふやしさんが出ました。
オキシトシーの再分配おごろいですね。
確かに。
確かに。
具体的な例にしちゃっちゃいますけど、
SNSでお金を配ったりみたいな例の話ですよね。
1:39:07
あれも、
ああいう構造になる前に、
もっとみんな一般的な生活をしている人でも、
オキシトシーを得られるようにしよう的な。
そうですね。
てかあれか、
例えばお金配りをするにしろ、
例えばお金を配るけれども、
それを、
例えばね、
前澤さんが、
日本国民全員に1万円配りますと、
その1万円を、
誰かにまた寄付してくださいっていう風にして、
配ったらオキシトシーの再分配的なことは、
ちょっとできてるかもしれない。
自分のために使ってくださいじゃなくて。
てか、
これも言ったら怒られるのかもしれないですけど、
ペットってそういうビジネスなのかな?
ペット?
ペットを飼いたいって人、
僕の年代になって急激に増えるんですけど。
独身の人で。
だからあれは、
人間に対してではないオキシトシーが出てしまってるけども、
本来人間に対して出したら、
人間に対して何かが生まれるチャンスを
持っている可能性はあるんですか?
人間に対してやったら、
そっからさらにループが回る。
人間がさらにオキシトシー、
いい行動を受けた人間がさらに
新しい何かを生み出してくるけど。
あんまりこれはよく言いにくいですけどね。
ペット業界とかね。
ペット業界って、
いいことではない。
それが例えば、
AIとかアニメとかに向かっているのは、
俺もちょっともったいないと思うんですよね。
ペットだけじゃなくて。
アニメとかで収集みたいな話ですか?
人形とか、
フィギュアとか。
そこには、
人形と結婚するみたいな人いるじゃないですか。
発音に行くと結婚するみたいな。
あれはやっぱり人に向けたら、
もう少なくとも、
誰か一人の人間の人を
幸せにすることができるのに、
そのエネルギーを受けても
何も生まれない人形に
行っちゃってるっていうか。
例えば男の人的には
満足してるのかもしれないけど、
その人形は別に何も得てないわけですよ。
いいですね。
オタクに怒られそうなことを言ってる。
別に僕は結構オタク側なんで。
でもこれがすごい近いなと思ったのは、
一時期問題視されてたのは、
VTuberとかにおける投げ線は
すごい問題視されてたと思うんですよ。
これはオタクの中同士でも
すごい対立というか、
オタクにもいろいろと住み分けがあるんですけど、
VTuberといえば投げ線が
一時期目立ったんですよね。
1:42:00
投げ線ってわかりますよね、多分。
わかりますよ。
スーパーチャットみたいにお金払って
コメントは隠して読んでもらうみたいな。
なんですけど、
結果的には今一番大手な
会社、ホロライブかな?
っていうところのVTuberさんは
結構、僕がパッと見てる感じ
だいたいスーパーチャットを
禁止にしてるんですよ。
これはファン層がどんどん
変わっていったと思う。
ファン層というか、
最初の立ち上げの時期は
熱狂的なファンが必要だけど、
だんだん広く認知されるようになったら
そういう危険を、
やっぱり問題って言われる側面を
ちょっと捨てて、他のグッズとかで
稼げるんで、
切り替えていったっていうことも
あると思うんですけど、
やっぱり問題視はされてたと思うんですよ、
それなりに。
スーパーチャット時代も。
的な話も、
オキシトシン不足でやってる季節は
ありますよね。
スーパーチャット時代も。
ただ、その時代も
問題視はされてたというか、
あれはなんで問題視されてたのかな?
結局のところ。
俺が思ったのは、
運営に取られるのがめっちゃ多いじゃないですか。
50%とか取られるんじゃないですか。
さっきYouTuberさんの話とか
ちょっと変わってましたけど、
50%とか60%とか取られるんですよね。
確かに。
投げ銭、1万円投げ銭しても
配信者に届くのが
契約によっては
3000円ぐらいしかないとかね。
だから、もう配信者によっては
投げ銭よりグッズ買ってくれたら
嬉しいでこぼしたりとか
いう時もありましたね。
あったっぽいですよね。
いや、俺それと同じようなことが
要は、金融界隈でも起きてると思ってるんです。
どういうことですか。
要は、ミザカードとかスターカードとか
使ってるじゃないですか、我々は。
でもあれはアメリカの会社じゃないですか。
要は手数料が払われてるわけですよ、そっちに。
要はお店とか
例えばラーメン屋さんで
ミザカードで使って支払いをしたら
そのカード利用手数料が
そのお店の売り合いから
引かれるわけじゃないですか。
大体3%とか4%とか。
そのうちの一部は
日本の金融機関に入ってると思いますけど
ミザカードとかスターカードとかにも
自動に流れてるわけですよね。
そうですね。
だから日本のお金、
日本人がミザカード使ったら
アメリカに税金払ってるようなものなんです。
そうですね。
アップストアとかもそういう構造になってたり
そういう構造なのに。
それが嫌だから、日本政府も頑張って
ペイペイとかの普及とかを
させようとしたんですけど。
実際中国はそれをさせないために
自国内のやつを強くしてる。
そうですね。
アリペイとかビーチャットペイしか
繋いでいないようにしてる。
1:45:03
そのVTuberの人の
自分たちの行為で払ったお金が
その相手じゃなくて
別のとこに行っちゃってしまってる
という危機感と
日本人のお金が
要はアメリカの企業に流れちゃってる
みたいな構造と似たようなもんだと。
問題としては似てるかもしれないけど
オキシトシンの話とはちょっとずれないですか?
オキシトシンの話とはちょっとずれない。
そうね。
切りたい話だった。
切りたい話だった。
でも、そうっすね。
その事実を知ったら
オキシトシンもちょっと減っちゃいそうな
気もする。
どうなんだろう。
自分の渡した愛が
その30%しか受け取られないと思ったら
なんかこう
オキシトシンもちょっと減るんじゃないですかね
って思うけど。
いや、むずいな。
オキシトシン不足が
元々の原因だとしても
結局VTuber投げ戦していられるものって
明らかにドーパミンっぽいんですよ。
そうですね。
どちらかというと。
それはオキシトシンにあまりなってないですし
VTuber側に
愛が届いてるのかどうかわからないですよね。
いいですね。
過剰な愛になっているというか
要は別に
一定数、1基地を超えるまでは
VTuberの人も嬉しいでしょうけど
それを超えた分の愛は消えてしまってるというかね。
いいですね。
僕は
結構一部のオタクが聞いたら
怒りそうなことを結構言うから
いいですね。
正直僕も投げ戦はあんまりしない
全く保護したことない側の人間ではあるから
あれなんだけど
あれはそうなんですよね。
実際のところそうだと思うんですよ正直。
いやむずいな。
逆に言うと
オキシトシンを満たすためのビジネスが
なかなか成立しにくいってのがあるのかな。
なんで成立しにくいんだろう。
まだ注目されてないだけな気がしてるんですけどね。
そういうのは
わりと最近じゃないですか。
そういうのが。
そうっすかね。
なんか別に僕は
根本的な難しい要因がありそうな気がしてるんですけど。
なんか別にどうですかね。
オキシトシンって言えば
オキシトシンで分類しちゃったら新しく聞こえるけど
とはいえ
タマゴッチとかもそうじゃそうじゃないですか。
今までそれを
ハックできる人がいなかったんじゃないかなって
言ってましたね。
だからあんまり今からわかってることも少なかったし
オキシトシンとかドーパミンってことは
最近流行ってきてるわけじゃないですか。
多分前からドパガキみたいな人はいたんでしょうけど
パチンコ中毒みたいな
ドパガキと言ってもよかったのけど
ドーパミンっていう言葉も
一般に多分安さんとか
医学部の人は知ってたかもしれないけど
そうなんすかね。
暖化してきたのはわりと最近なのかもしれないですよね。
1:48:02
どうなんすか。
ビジネスとかで何かをハックするっていう話は
結構もう2000年代
2010年ぐらいか14年間は
そういう本には結構そういう
構図の本があって
それは結構僕読んでたりはしたんですよ。
それはその
ドーパミンの方ですけど
俺も小学生の時に
エンドルフィンとかっていう存在は
聞いて覚えたけど
多分俺以外の同級生は
右から左に流れてたと思うんですよ。
一般の人の耳に残るレベルには
なってなかったけど
最近そういうことがいろいろ分かってきて
スマホ中毒みたいなのが出てきたから
ドーパミンとかっていう言葉も流行ってきて
中国度がやっと上がってきたし
科学的なあれも
いろいろ分かってきて
同時進行で
認知度が上がってきているのかな
と思ってますけど
なんか問題あるとしたら
オキストシンが満たしそうなやつって
フックが弱いよなって思います。
継続力あるかもしれないんですけど
そうですね。フックが弱いとこなんですね。
特にドーパミンを使わないといけないと思うんで
その組み合わせは必要だと思うんですよ。
フックは工夫したほうがいいですよね。
たぶん。
確かに。
国境大気実習室
フック弱い気がするな。
今思ったら。
どうなんだろ。フックとしては
変なことをやってるっていう面では
フック弱い気がするな。
あんまりそんなに
一対一に
まあ
もうちょっといろんな人に聞かないと
分かる部分もあるけど
なんか逆に
国境大気実習室離れて
ヤマさん的にこれだったら
オキストシン駆動で
上手くいってるビジネスとか
将来ありそうとかあります?
えー
なんだろう。
まだね、考えてないですね。
何がだろう。
オキストシン
オキストシン
オキストシン
オキストシンを振り返ると
人との信頼関係とか
気づいたりとか
誰かと触れ合ったりとか
協力することに
方針を覚えるのがオキストシン
あ、そうだ。今それで
思いついたこと言っていいですか?
はい。
1:51:03
なんか
そうだこれも
話したかったんですけど
はい。
ある程度の
ドパミン駆動は必要というか
話になるのかもしれないですけど
あと
ちょっとホルモン的な言い方は
外れるんだったら
僕は結構
そもそもそうだ
これしたかったんです。
社会的な
社会的な意義を語る必要はないかもしれない
っていう
事業において
っていう話の時に
僕これ結構それ自体は
すごい賛成というか
はい。
というか僕は正直
あんまりそういった
社会的意義で回るような
仕組みを作る人が
結構あんまり
根本的に
ピンときてないというか
それは
回りうるの
っていう疑問があるんですけど
その原因は
医療ってそんな風に
回ってないと思ってるんですよ
僕は
はい。
僕から見て
そんなに
医師が
みんなが
みんな
お基礎診的な駆動で
動いてるかというと
そんな人はほとんど
いないんじゃないかと思っちゃうんですよ
日頃の日常において
はい。
っていうのも
すごい人から感謝されて
嬉しいというのはあるんですけど
やっぱりそれ自体は
やっぱり
慣れていくんですよ
多分
これって一般的な
他の仕事をしてる人から聞かれて
すごい感謝されてるな
って思う
っていう
はたかめてびっくりするような
感謝のされ方してても
多分医師
一人一人が
その他の
職業主の人と同じくらい
毎回感謝を
しっかり受け止められてるか
っていうと
僕はそこではないな
と思ってるとこがあって
はい。
一方で
それが悪いことかというと
僕は全く
そんな風に思わなく
それはちょっと
なんですよ
倫理的にというよりかは
実際に
いい医療を
提供する上で
そこに
貢献するべき
ではないとも
思ってるんですよ
っていうのは
いいお医者さん
っていうのが
必ずしも
そこに
例えば
いい人だったりとか
人のために
何かをしようっていう
駆動で動いてる人
とは限らない
と思ってて
外科医とか
すごい分かりやすいんですよ
外科医の方って
結構
手術の技術
上げることに
すごい
ドパミン的な
中毒になってる人って
結構いるんですよ
はい
そのためには
自分でアメリカに留学
行って
お金最近払って
留学行って
手術を
産んだりとか
その中で
医師同士の競争とか
さらされて
その上で
勝ったり
負けたりとか
して
みたいな
でも
その結果
やってることって
人を救うことに
繋がってるんですよ
でも実際に
やってる人たちって
別に人を救ってるっていう
感覚でもないとは
思ってるんですよね
正直
1:54:00
僕は
そもそも
人に対して
ポジティブなことを
するときに
ポジティブなことだって
認識する必要すら
ないかもしれない
と思ってて
その
地獄への道は
善意で
舗装されてるの
逆バージョン
そうかも
天国への道は
善意じゃない
何かで
舗装されてる
って感じ
僕はでも正直
それが結構
僕の中でも
理想像ではあるんですよ
確かに
そっち側で
デザインできたらいいな
確かに
社会活動と
言わないっていうのは
そういうことですよね
要は
僕は
いいこと
いいこと
できるような
仕組みを
作りたいなっていう
好奇心はあるんですけど
ただ
なんていうか
例えば
全然
そんな間に
資本主義的な
仕組みが入っても
いいなと思ったり
するのは
むしろ
そういう仕組み
結構
強固な仕組みによって
安定して
仕組みが回った結果
いいことになるって
結構
理想像だなと
僕は思っちゃう
ところが
あるんですよね
とはいえ
今回の授業と
既視都心が出るっていうのは
すごい
相性が
親和性が高そうだし
そこを
ハックしていくような
仕組みを考えると
すごい
いいと思うんですけど
それとは
もうちょっと
それより
抽象的な
話かもしれないですけど
いいとか
悪いとか
以前に
いい
安定した仕組みかどうか
っていう
尺度があって
そこは
切り分けて
考えるっていうか
なんなら
安定した仕組み
いいことをするっていう
結果を
見つめて
それに対して
安定した仕組みを
構造できたら
別にそれでいい
っていう話はあると思ってる
そうですね
で
それが
行き過ぎるかどうか
っていうのを
チェックするっていうのは
必要だと思うんですよ
地獄への
いいこと
幸福
地獄への道は
なんか
いいことで
保存されてるみたいな
それは
多分
逆に
安定した仕組みが
構築され過ぎちゃうと
さっきの
医療的な
人を長期間
縛る仕組みが
生まれちゃったりとかして
ちょっとそこは
気を付けないと
いけないんですけど
とはいえ
立ち上げの段階では
そういった視点も
必要かなと思ってるんですよね
はい
何の話だっけ
そうそう
僕
社会的な
いいことを
しようっていう話で
それを見せるかどうか
って話を聞く時に
そもそも
いいことって
いいことをするのに
人のいい側面って
必要ないよなって思う
ところがあるっていう
はい
例えばなんか
今
俺の頭に出てきてたのは
そのドイツとか
ヨーロッパとかで
その
ヨーロッパとかで
リサイクルしてもらうために
空のペットボトルとか
瓶とかを
機械に入れたら
お金返ってきますみたいな
はいはい
ものって
あれはもう
なんていうか
社会的なものの目的で
やってるけども
お金的なメリットを
ただ
はいはい
得る
その動機だけで
多分人は大体動いてると思う
それはほとんどの人は
うんうんうん
1:57:00
もちろんそれと
環境教育的なところは
関連はしてるだろうけど
多分ほとんどの人が
わざわざ
あそこまで
持っていってるのは
お金が返ってくるから
うん
持っていってるっていう
うん
で
これ
ホッキョウナヒ自主室も
最初は俺も
そのイメージでしたけどね
っていうか
はいはいはい
要は
その
やっぱ
ホッキョウナヒ
ティータイムは
どっちかというと
やっぱね
社会的意義とかを
そうですね
見せないと
参加してもらえないものだったけど
うん
それじゃなくて
単純にこうね
そのね
発端となったの
ジムの時のイメージでいくと
うん
そうそう
リングマシーンの時の
イメージでいくと
ただその間暇で
継続力を上げるために
何かできないかっていう
うん
その手段として
これが
うん
いいんじゃないか
でまぁそれが
結果的にその
背上がる人のためになるっていうか
うん
うん
お互いの
人品になる
そうですね
そもそも
そういう話でしたね
うん
だからそうですね
うん
そう
だからそう
あんまりね
その
社会的なあれを
意識しないような仕組みに
できたらしたいですね
そうですね
僕もどちらかというと
そっちを探すことに
めちゃくちゃ好奇心が湧くっていうか
うん
感じがするんすよね
うん
それとすいません
ちょっとまた別のとこで
今思い出したという
あどうぞ
はい
そのやっぱオキストシンと
ビジネスが
うまく結びつかないっていうのは
確かにそうだと
今思い出しました
あどうしたんですか
うん
これなんか実は
なんか
うちの別の
インスタグラムの
インスタでちょっと
帰ってもいたんですけど
うん
そのスリランカに
旅行した時に
うん
スリランカをいいなと
感じた人たち
うん
結構あの旅行者を
見てきた中で
うん
思ってるのは
やっぱりスリランカの人が
お金と関係なく
動いてくれたからだったと
思っていて
あーはい
で例えば
まあその
五つ星ホテルに泊まって
うん
うん
めちゃくちゃいいサービスとかね
うん
こう
丁寧な接客とか
うん
サプライズみたいな
ことをされても
うん
そんなに喜ばないんじゃないか
というか
あーはいはいはい
だからお金に対する
対価だと思ってしまっているから
はいはいはい
で例えば
まあそのね
スリランカの列車がね
ファーストクラスから
サードクラスというか
うん
一等車二等車三等車
みたいになって
はい
で一等車に乗って
まあいい景色が見れて
快適な旅ができても
うん
そんなに嬉しくないけど
うん
三等車に乗って
うん
そこでね
その周りの人との
交流があったり
はいはい
そこで思ったより
いい景色が見れたりしたら
うん
その時はこう
嬉しいというか
うん
うん
よりこう
よかったと感じるんじゃないか
うん
うん
でそこにやっぱり
お金っていうものが
生えてしまっていることが
原因だと思っていて
あー
お金払ったら
そのお金の対価として
もらっていると思ったら
そこに喜びを感じにくい
と思うんですよね
あーなるほど
サプライズを感じないけど
うん
ただその辺に歩いている人に
2:00:00
国境なき自習室に訪ねたら、良くしてもらったとか、たまたま家に招いてくれて、いろいろご質問してくれたという。ホテルに行って何かを出されるのではなくて、本当に善意で無料でやってくれたから、嬉しいという
か。
そことオキシトシンは結構反響しているなと思い出して、お金とつなげてしまう時点で、オキシトシンが出にくい構造になりがちというのがある。
確かに。日本とかの特に、お金を払ったサービスだと結構良くしてもらうのが当たり前になっていると思うんですよ。ホテルとか、他の国と比べても。
それの何かしてくれたことに対して、お礼としてお金なんか払っちゃったら良くない気がしていて。
あー、むずいなこれはでも。確かに。
それとなんかちょっと別のアプローチで変える可能性がある方法として、私はやっぱ、お世話になったものをその人に返さないってことだと思っていて。
おー、どういうこと?
例えば、おじいちゃんがお父さんに良いことをしたやつは、お父さんがおじいちゃんに返すんじゃなくて息子に返すみたいな流れがあったら良いと思っていて。
要はその等価交換をしようとすることは、お金と同じような動きになっちゃうと思うんですよ。
なかなか抽象的な話ですね。
先輩に奢ってもらって、先輩に返すんじゃなくて、また後輩に奢るっていう。
それはオキシトシに出る。
そう、オキシトシには出ると思うんですよ。同じお金が動いてるとしても。
で、それがやっぱ日本に欠けてるんだと俺は最近強く思っていて。
世代間の交流が少なくなってると思ってるんですよね。
コミュニティに所属しなくなってるっていうのがデカいんじゃないですか。
そう、コミュニティにも所属しなくなってて。
この話だけでちょっと1回撮りたいですけど。
どういうテーマですか。
また別の回で、大学生とかも呼んで話したいところでありますけど。
テーマとしてはどんな感じになりそうですかね。
テーマとしては、お世話になるべきっていうことと、
お世話もせずにお世話もしない人よりは、
お世話されてお世話する人になった方がいいっていう話ですね。
それはちょっと今度、大学生と一緒に誰かと。
若者と一緒に話したいですね。
若者と一緒に話したいですね。いいな。
というか、これは1回ここでやりつつ、
2:03:00
もともと話したいと思ったテーマのもう1つ、
AIとのやつもあったじゃないですか。
ああ、そうですね。
別でこれも撮っちゃいますか。
一旦この辺で切りますか。
めっちゃ長くなってる。
どんくらいやってるんだ今。
え?
もう2時間くらいになってるじゃないですか。
どんくらいだろう。1時間。
え?
2時間半くらいになってます。
2時間20分くらい。
1時間20分とかになってますよ。
やば。
なんでこれいつも、
今日話しましょうって言ってんだよ。
毎回こんなに長くなっちゃうんだろう。
やばいな。
ちょっと切りましょう。さすがに。
遅い気がするけど、切りましょうって言う。
最後の最後の。
ではこんな感じで、
いつも国境なき実習室っていうプロジェクトについて
いろいろと雑談していたりしています。
僕たちのプロジェクトだったりとか、
興味があったりとか、
ポッドキャストに出たいとか、
話を聞いてみたいとかある方は是非是非、
概要欄とかにメールアドレスとか
Twitterのアカウントあったりすると思うので、
連絡してくれたら嬉しいです。
という感じで、
じゃあ一旦終わりましょう。
一旦終わりましょう。
じゃあ止めます。
02:04:22

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