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#63. 宿題とスキの関係
2025-04-06 28:45

#63. 宿題とスキの関係

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宿題撤廃の流れが、一部の小学校で起きているらしい。ソーシャルボイスでは賞賛の声が目立つが、それは本当に子供の「スキ」を伸ばせるのか…?色んな視点から考えてみた。


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00:07
たきび丸のスキ研究ラジオ
どうもこんにちは、たきび丸のかべちゃんです。 がんちゃんです。
たきび丸のスキ研究ラジオとは、スキとは何か、なぜ人はスキになるのか、そして、スキが人生にもたらす影響などを探究していきます。
日常にあふれるスキや、なんちゃらなんちゃらなどを探究していく番組です。よろしくお願いします。 なんでわかんなくなったの?
はい、お願いします。どうしたの?
いやいやいや、なんちゃら。 みんなその辺はさ、もうAIで補足して読み取ってくれるから。
そういうこと? そういう時代だから。
やば、そういう時代だからね。 そうそうそう。
時代にね、合わせてラジオも変わっていかなきゃいけないっていう話ですよ。
人の仕事is何って感じだけど。 そう、なんちゃらって伝わるようになっちゃうからね。
そういう世界ですよ。 思想強いな、この人。
でもね、今日は時代に合わせた喧嘩の話をしたいということで、その導入のためにこういうことをやったってことですよ。
そういうこと? なるほどね。既存のあり方にちゃんと会議的になって、新しく改革していこうというような。
決して勘で諦めたとかそういうわけじゃないから。
勘弁をちゃんと手元に出すのが間に合わなくてっていうことじゃなくて。
勘弁を手元で消してしまったから見えなくなったのかではないよ。
それじゃん。まあいいや。じゃあ今日のテーマなんですけど。
好きと宿題の関係。
さやかちゃんも今小学校3年生だから今一生懸命宿題。 違います。
違ったっけ? 違います。
宿題が嫌だって話じゃないの? 違うよ。
どういうこと?
2つ間違いがありまして、私今小学生じゃないのと、宿題が嫌って思った個人的に経験はありません。
なるほどね。なかなか自分のメタ認知ができてない。
誰が小学生や。
このテーマを持ってきたのはぜひガンちゃんから説明してほしいな。
そうですね。まず宿題と好きの関係。
宿題と好きの関係については、それを考えてたわけじゃなくて、
最近の教育の制度のニュースとかをよく聞くのと、将来の子供のこととか、
今一緒に小学生と過ごしている中でいろいろ感じたことをちょっと考えていて、
今世の中的にフィンランドの教育とかを真似して宿題をなくそうとか、
自学的に自主的に学習する意欲を育てようとか、
あとは探求的な学習の時間というものがカリキュラムに組み込まれたりして、
03:02
自分自身で何かを探して目標のために自分の力で調べて実行するということを求められてきているというところがあり、
宿題がない学校が出てきています。
フィンランド式メソッドみたいなね。
フィンランド式なのかわからないけど、フィンランドは一時期かなり見直されていてね。
本もたくさん見たもんね。
それで宿題がない。宿題がないと何が起こるかというと、自分で自由にやりたいことができると。
それだけだと何もないから、自分の自己学習ノートみたいなものを好きに書いて掲示するみたいなことで、
ある程度アウトプットさせるというようなものになっていると。
そういう話で、ライスメディアっていう社会課題に追求するメディアみたいなのがあるんだけど、
そのメディアめちゃくちゃ好きなんで、面白いし見てほしいんですけど。
インスタで見れるのかな?
インスタで見れる。そこに最新の投稿があったので、それで見れますと。
そこのコメント欄とかもすごい面白くて、8割くらいのコメントが宿題なんていらねえよみたいな。
あんなのやっても意味なかったよみたいな。時間の無駄みたいな感じで。
再生めっちゃこうなってほしい。俺の子供の時もあったらよかったみたいな意見が多い。
8割がね。
でも一方でちょっとだけ聞かれるコメントとかもあって、
一つは実際に宿題がない親ですみたいな。宿題が子供にない親ですっていうので、
宿題を自由にやらせるってなっても、両親が共働きだとなかなか宿題のサポートもできないし、
やりたいっていったことを全部やらせることができない。
例えばお魚の研究をしたいから水族館行きたいって言っても、やっぱり平日共働きだとそんなことできないと。
そういうスキーをやりたいことを全部実現できるわけでもないというところも含めて、かなり難しいよねっていうことと、
あとは単純にそれで中学生になっても、自分で目標設定とかやることとかの設定とかを親が手伝わなきゃいけないみたいなところがあって、
どこまでこれが正しいんだろうみたいなところの投げかけをしている人であったりだとか、
あとはそういう一連の一年生の親ですっていうので、一連見てみたけど、こういうのはどちらかというとモンペ対策で、
宿題を一緒にやることで自分の子供のレベル感みたいなものがわかるみたいな。
それでうちの子はこんなはずだみたいなことが少なくなるよねみたいな。
ところで宿題があるんじゃないかとか、そういう親とのコミュニケーションの場にしたいというようなこととか、
本当にいろんな意見があってめちゃくちゃ面白いなっていうところから今回議題を持ってきたと。
06:02
いやぁ、視差深いよね。本当に個人的な体験から考えるの面白そうだし、
全体の教育水準が本当に日本の小学生が下がってるのか上がってるのかみたいなマクロの視点から分析してるのも面白いなと思ったりはしていて。
ガンちゃんの話聞いて面白いなと思ってたのが、フィンランド式の一撃盛り上がってこれこそもう死んだみたいな感じで言われていたのが、
今むしろ失敗じゃないけど、あまり上手くいってないんじゃない。直近的に見ると上手くいってないんじゃないかっていうところの変化?評価の変化が起こっていて、
むしろ日本の教育が一定評価されているところもあるみたいな感じで変わっていっているっていう流れがあるのが面白いなと思ってて。
そこで日本の中でも宿題撤廃の流れといやいやそうじゃないみたいなのが同時に同じ時点でも起こっている。今現時点でも起こっているっていうのが面白いなと思った。
そうですね。実際にマクロで見てどうなのかみたいなのは、俺も研究家じゃないしわかんないけど、そういう記事とか動画とかを見て確かになって思ったのは、
フィンランドの教育が評価されたのは2000年代初頭くらいなのかな。そういうぐらいの時にすごく自由な自発的に発言するようなスタイルとかがすごく見直されてっていうような自由な教育を推進していて学力も上がっているみたいな。
そこはデータ的にはその時点で正しいんだけど、何が起こってたかというと、もともと20年前くらいからの教育改革でちゃんと詰め込み型教育みたいなことをやっていて、その成果が出始めた頃にそういう改革をして、それは学力伸びてる時期だよねみたいな。
だからその成果が現れた時期にそういう変革をして、その変革が即時に現れたみたいな感じで言われていたけど、今その教育で学力は下がっていると。具体的に言うと論理的思考力とか言語化能力とかそういうものがテスト上では下がっているというようなところがあって。
そもそもそれってあの教育が良かったんだっけみたいなところと、結局そのテスト的にはその論理的思考力とかいろんな指標がなんとかテストっていうのがあって、それで上位を占めているのは東アジアの国なんだよね。それは何かというとみんな詰め込み教育をやっているところ。
集団でね。 そう。とはいえ詰め込み教育が多すぎるがゆえというか、韓国とかわかりやすいんだけど、それが辛すぎて移住している人が1割か2割かな。そういうふうに言われているんだけど、それも複合的な要因があって別に学校の教育で詰め込み型教育をやらせたくないだけじゃなくて、
09:24
韓国はもう財閥主義だから、財閥がメインの就職先になるから、そこでの競争が激かすすぎてとか、そういういろんな社会背景があると思うんだけど、事実詰め込み教育をさせたくないみたいな親を知っているから、そういう動きもあるよねっていう。
今のさ、詰め込み型教育をしたくない親を知っているっていうのは、実際の友人? カナダでワーキングホリデー行った時に、30歳くらいの女性なんだけど、もうカナダに移住したくて来てるっていうふうに言ってる人が、別にそれ一人二人じゃない。全然韓国人だと割と普通にいる。
そうなんだ。 特に中国、韓国の人はそういうのは多いね。中国の人で日本に来てる人とかもそういう人がいるし、実際の辛さみたいなところと、子供によくなさそうみたいな、そういう感情はすごく理解できるんだけど、
結局、能力的に高まるのはどうなの?とか、人間的に成長できるのはどうなの?っていうのは、確率的じゃないと思うね。詰め込みしろとか、自由な発想させようとか、どっちかに振り切るんじゃなくて、バランスが必要なんだけど、それをどちらかにみんなわかりやすく考え落ちたから、割り振ろうみたいな。
確かにね。 感じになってるんじゃないかなっていう気はするね。 確かに今のバランスっていうのがめっちゃ大事だと思っていて、でもそれが時間で区切るべきなのか、同じ時点での配分で変えるのかっていうのが難しくて、
例えばインスタのコメント見せてもらったと思うけど、小学校の中学年ぐらいだとまだ自分で目標設定をしたりとかして、自発的にやるっていうのが正直難しいんだよっていう話をしてたから、例えば小6とか中1、中2ぐらいまでは詰め込みでやって、
そこで基礎的なものを身につけた上で自由な発想ができる状態、自信ができる年齢になってからそういう割合を増やしていくのがいいのかなと思ったり、一方で小さい頃から自発的なところを育てたよねってなったら、小学校3年生ぐらいでも詰め込み6割、思考4割みたいな感じで配分で分けるのがいいのかは正直わかんない。
12:05
それで言うと俺はわかってて、個別最適でしかないと思ってて、 言われてみればそうだな、確かに。
別に期間で区切るとかは、実際に今の学年制度で起きていることとしては早生まれの人の方が成績が悪いのよ、統計的に見ると。
だよね、普通に考えるとそうなっちゃうよね。 でも早生まれでも学力取れちゃう俺みたいな奴はいるわけよね。だからそこは個別じゃん。
まあまあまあ、確かに。 そう、そういうさ。 急に。 いやいやでも本当そう思ったんだよね。個別。だって普通にさ、10ヶ月ビハインド追ってる人にさ、勝っちゃうみたいなことでしょ?
まあそれはさ、 唯一の国立だっけ?高校で。 いやいや関係ない、それは関係ないけど、そういう意味じゃなくて、10ヶ月とか、要はでもそれって人の成長スピードとか脳の発達とかそういうものに起因していることで、極端な話、そこはもう個別最適だと思いますと。
ただ、個別最適を本人の意向に沿ってやってると、多分最適にはならないっていう。で、個別最適の最適を判断できる人は今いないっていうのが状態だから、個別最適ってのは超理想なんだよね。
まず判断が超難しいのと、判断できたとしてもそれを適切に提供できるかっていうのがまだできないんだろうっていうのが今の現状だから、それを踏まえてどうするかみたいなところがあるよねっていう。
これもちょっと深掘ると、好きなことをやるっていうことはもうめちゃくちゃいいことだと思うし、そうあってほしいなっていうふうに思っている。し、今後これもっと全然別次元の話をすると、そもそも論力思考力って必要なんだっけとか。
言語化力って必要なんだっけみたいな世界が、そろそろAIのおかげとかでできてきてるんじゃないかっていうのは思っていて、何度かジュララジオでも話したかもしれないけれど、要はこの人類の歴史上産業革命以降急に生産性が上がって、食料の持久率であったりとか生産率みたいなところはかなり上がって、
もう青春国は無食に困らないようになったと。でもそんなのもう500年前とかありえなかったわけよ。それを巡って土地を争ってたところから、そこがなくなったっていうところにさらに今はホワイトカラーの革命が送りようとしていて、そうなってくると生きるのは簡単になってきてるわけよ、昔より。
15:07
そう、生きるのに必要だった能力がさっき言ったような能力なわけよね。だからどこまで必要なのかっていうのは出てきてはいて、ただ一方でそういう産業を作ってきた人とかは頑張ってそういう努力をしてきた人であることは間違いなくて、勉強もすれば勉強してなくても必死に食らいついてね。
物作りを良くしようとか頑張ってきた人たちなわけで、それは今後はどっちになりたいかみたいなものを選択できるんじゃないかなっていうのは思っていて、多分親として将来選ばれるんだろうなっていう選択肢はとはいえ両方いけるようにしたいよねっていうふうに思うのが多分あるから結局。
親心ですね。
だって子供がすごい能力あってさ、世の中にめちゃくちゃ役に立つことをできるかもしれないし、それを喜びとする可能性があるっていうのに、自由を尊重しすぎてゲームに走るみたいなことでその将来の目を潰すみたいなことはしたくないって思う方が増えるんじゃないかなって気はしてて。
確かにね。 結局詰め込み型教育とか、どこまで詰め込むかにもよるんだけど、適度なストレートストレート成長を感じさせるところは結構生き残っていくんじゃないかなっていうのはなんか思ってるところだね。
もう同意しかしない。実際詰め込み型教育、個人的な体験になっちゃうけど、自分のパーソナリティ上、競争が好きとか学ぶのが好きっていうもともとのあれがあったから、宿題とか詰め込んで塾行って競争してっていうのが勝負に合ってたからだと思うけど、すごい成長できたんだよね。
そこで得たいろんな学びが今にも生きてるっていうのもあるから、それを一緒に全部否定するようなのは違うのかなと思ってて、個別最適って言葉に全部含まれている気がする。
ただ、ガンチャー言う通り、それを適切に配分できる、判断できる人がいないっていうのはその通りかなと思ってて、一番できそうな人、対象者って親になるとは思いつつも、親ってさ、主観的になりがち。
もっと言うと、親馬鹿みたいなところがその判断の質を邪魔するんじゃないかみたいなところもあったり、過度に期待しちゃうとかさ、それは本当に我が子を愛するかゆえだと思うんだけど、期待しちゃって逆に、言いたくないけど、独野親みたいになったりモンスターペアレントになるっていうのもあると思うから、そこが難しいよね。
18:04
逆に言うと、そこをやるのが先生なんじゃないかなっていう気はしてて、だから逆に言うと先生は、授業を教えるとかは極端な話、動画見せてた方が説明が上手い人とかいるから、そこはもうだいたいされると思うんだけど、どちらかというとそういうメンタリングとか個別の最適化とか、そういう調整というかね。
そういう、あなたはこういうところがもっと伸びるかもしれないみたいな、コーチングみたいな要素が強くなってくるんじゃないかっていうのは思っていて、だから30人とか40人くらいだったら、ちょうど平準化して見れるというか、比較もできるし客観的にも見れる人数だから、そういう意味では先生がそういう役割ができるとベストなんじゃないっていうのは思う。
確かに、がんちゃんと私の共通の友人で、都内でバリバリ高校の先生やっている人がいますけど、その人も言ってたね、コーチングみたいな役割になっていくんじゃないかっていうのと、普通に現場の先生のリアルな悩みとして、その授業を自分がどこまでする必要があるのか詰め込んで、確率的にやるのかっていうところの悩みも持って共有してくれてたよね。
実際に学習進路に応じて適切な学習の仕方を教えるとか、苦手をこう潰そうみたいなことをこれまで先生がやってたけど、それはAIでできるわけよ。ある程度。AIというか機械学習でできるわけよ。
だからそこはもう全然それでやったらいいっていう話になっていくと思ってて、そういう意味では先生の役割って、今小学校の先生とか倍率一倍切るとかいう地域も出てきてるんだけど、もっと本当はそこが人気の職業になって、そういう子供の可能性を引き出すみたいな、それを親バカの視点じゃなくて客観的な視点で、客観的な視点というか第三者的な視点で、
ちゃんと全員を底上げするみたいなことができるようになるといいんじゃないっていうのは思うね。そこで自由な発想をする人もいればそうじゃない人もいるっていうことなのかなっていうふうには思うね。
確かに先生の役割として個別に引き出すっていうのもありつつ、もう一個大事な今後の役割になるなと思ったのが、多様な生き方を見せる人、紹介できる人みたいな役割も先生になっていくんじゃないかなと思ってて、
外部からめっちゃ人呼ぶみたいな、その調整役、外部のいろんな大人を見せるいろんな生き方を持ってる人と、学校の子供たちをつなげるみたいな役割もどんどんになっていくんじゃないかなって思ってて、
21:08
というのは先生一人だけどさ、どうしても先生の人生のこれまでの先生の生き方みたいなのが、ちょっとある程度は踏襲されちゃうと思うんだよね。じゃなくて、個別最適に引き出すためには先生がいろんな選択肢を持っていて、たくさん引き出しがある状態の中でボールを渡せるっていう状態になっていくとよりいいのかなと思ったときに、
私たちもさ、やらせてもらったけど、社会人特別講座みたいな感じで、交流がどんどん生まれていく場に学校がなっていくといいんじゃないかなって。その方が先生も楽というか、先生自身もアップデートされていくし、楽しい職業になると思う。
そうだね。先生自体も先生一本の人とかは抱えてる悩みで、私は働くことないからなって言うんだよ。だからそういうところは逆に言うと知ることができて、将来の子どもたちの想像もできるようになって、先生自体も社会に対する解像度が上がっていくみたいなのがいいよね。
先生って本当に素晴らしいと思っていて、いろいろ言われてるじゃん。部活の時間、労働が多いとか、いろいろっていう中でもさ、最初は子ども教育に力になりたいっていう気持ちで入ってなられてる先生が多いと思うんだよね。
だからAIの力で優先順位が低くなっていくところはどんどん先生から剥がしていって、先生が今後の時代で持つべき能力を育成していく時間ができていけばいいなって思ったね。
その中で宿題っていうのも1個テーマとしてあると思うし、という感じですかね。
宿題からいろいろ派生していったけど、宿題自体は別にあってもなくてもいいなっていうのが思ってはいて。
そのなくてもいいなっていう根拠は子どもによっては必要ないよねっていうのはその通り。
だけど必要な子もいるっていうのは一定数あるっていうことだね。
自己判決できる能力が高い子ほど宿題はいらないっていうふうになるんだけど、果たしてそうなのかっていうところは難しい判断で。
24:03
社会で生きていくみたいなところに必要になることもあるけど、逆に言うと先ほども言ったように技術革新のおかげで一人で生きていくってことが可能になってる。
だから別にそれでもいいじゃんっていう。能力高くて自分でなんでもできて、別に社会とも関わらなくてめちゃくちゃスペシャリティーがある人が全然OKなんじゃないっていうのもあるから、
そこも含めて本当に多様すぎて、モデルケースみたいなものがモデルケースって言ってる奴がバカみたいな感じになるんじゃないっていうのは。
まさにもうなってると思ってるね。
そういう発想で考えた時にフィンランドだとか宿題なしだとか詰め込み方だとか偏差値教育だとか確率的な導入テストとかそういうのではないんじゃないかなっていうのはあって、
多分そういうことを考えた上で今の教育制度ってちょっとずつ変えられてるんだろうっていう気はするって感じだね。
なんかまた次回でもいいかもしれないけど、いろいろな教育の手段の話いろいろしたと思うけど、
もう一個根底で大事なやるべき手段として自己肯定感を上げるとか、自分がここにいていいんだみたいな自己需要とか安心感みたいのがベースになってそういう話ができると思った時に、
ここの根底のところをいかに親子の一対一、社会レベルでもいいかもしれないけど、そこをどう担保していくかみたいなのは超重要な気がしている。
それがないと全部崩れるというか、逆ピラミッド型になって上を積み上げててもどうせ崩れるみたいな。
大人になって逆にグレるみたいなところもあったりするときにそういうメンタル、心、精神みたいな話も私はしたいね。
それを本当は社会とかでやるんだろうね。歴史とかを通してどうやってこういう人権を獲得してきたのかとか、そういうところをちゃんとやるんだろうけど、でもそこはさ、難しいんだよっていう気はするけどね。
だっていかにメンタル大事ですよ、あなたは価値ありますよとか、素晴らしいよって言っても、そんなことをもう親に言われてるよみたいな。だから何みたいな感じになると思うから、そこを醸成するっていうのはすごい難しいけどいいトピックだよね。
外から醸成したり、歴史のマクロレベルで教えても、特に小さい子とか小学校とかぐらいまでの子はその後のときに、マジで親とはみたいな、どう子供に接するかみたいな、もうそのレベルの、あと親自身の生き方みたいな、っていう話にはなっていく気はする。
27:15
そうだね。そこはどうやってメンタルというか人間的な成長とかね、そういうところを考えるかみたいなのは、今度は話してもいいかもね。
話しましょうか。
じゃあ時間もそろそろ来たので、今日はどんな話をしましたか。覚えてますか?テストです。
最初、宿題と好きの関係っていうテーマから、フィンランドの教育と日本の教育の今と昔の評価とか、そういうところの変遷から話し始まって、宿題、本当にいるのかいらないのかっていうところをいろんな観点から見ていきました。
そこから、例えば、もっと日本全体の教育の在り方っていう話になっていって、先生の新しい在り方とか、そもそも親と子どもの関係というところにもなっていくんじゃないかっていう話になっていきました。
合ってる? 合ってます。
やっぱり論理的思考力は必要です。
それじゃなくても仕事はできてるってことだから、別にいらないってことだと思う。
そうですか。
そんな感じで、今日もありがとうございました。
ありがとうございました。
28:45

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