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#173 病気を治すことが、治療のゴールでいいのか?
2026-08-11 16:33

#173 病気を治すことが、治療のゴールでいいのか?

今回のテーマ:病気を治すことが、治療のゴールでいいのか?

この放送では、症状や検査値を治すことに集中しやすい現代医療について考えながら、「病気を見る治療」から、その人の身体・心・生き方まで含めた「人を見る治療」へという、私なりの治療観についてお話ししました。

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あなたは、医療の目的は、病気を治すことだと思っていないでしょうか。 もちろん、病気を治すことは大切です。
でも、その症状が生まれた身体や心、その人の生き方や人生まで、私たちはちゃんと見ているでしょうか。
今日は、病気を治すという医療の当たり前に、少しだけ疑問を投げかけてみたいと思います。
こんばんは、藤田勇です。
ゆるどうラジオ、耳から整える言葉の針の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
今日はですね、最初にちょっと刺激的なお話からしたいと思うんですけども、
病気というものが増えれば増えるほど、医療は必要になります。
ということは、病院経営的に言うと、もうかりませんということにはなるわけですね。
これはね、私、全然批判しているわけではないし、病院で働いたこともありますし、事実というか、そういう仕組みであることは確かなわけですね。
病院が悪いとか、製薬会社が悪いとか、そういう単純な話をしたいわけでもないわけです。
そもそも、現在の医療というのは、病気が起きた後、それを診断して、それを治療する。
これも中心にそれをやっているわけですよね。
今日はその構造についても、ちょっと考えたいなというふうに、問題提供したいなというふうに思っています。
例えば、胃腸の症状、食べられないとか、お腹が痛い、眠れない、耳鳴りがする、めまいがする、痛みがある、苦痛がある。
そういった症状とか、あとは高血圧とかね、ガン圧が高いとか、血糖値が高いとか、コレステロールが高いとか、という数値ですね。
医療というのは、そういった症状とか、検査の数値とかを改善することを目的に、目標にするわけですね。
それを批判するつもりも全くありません。
それ自体も必要です。
これはもう、私も分かっています、それはね。
特に救世機の医療なんてね、命を守る医療では、それは確実に重要なことじゃないですか。
全くそこに批判するつもりもないですし。
私もね、西洋医学の恩恵を受けています。
現代医療の恩恵を受けています。
批判ではないです。
ただですね、そこのところに至ってしまった手前の部分ですね。
生活習慣とか、ストレスとか、人間関係とか、働き方とか、睡眠のリズムとか、思考回路、考え方とか、
その人の頑張り方、生き方ですね。
生き方そのもの、人生そのもの。
症状だけを消しても、その背景が変わっていなければ、
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別の形で不調が現れることっていうのもあるんじゃないのっていう話です。
これね、生活習慣病を取り上げて話をすると、
医療側もね、食事とか、運動とか、喫煙とか、減量とか、指導はするわけです。
でも患者さん側からすると、どうしても薬を使って数字を下げるとかっていうのが治療の中心になりやすいわけです。
数値が下がった、イコール問題解決したと。
どうしてもそこにつながりやすいわけですね。
でもその手前の暮らしがどうなってるか、全体はどうなのかっていうところが、
どれだけ変わってるかっていう方が大事なわけです。
これ分かりやすい例だとダイエットですね。
その食生活とか色々全く変わってないけれども、
今流行りの痩せ薬、上手く使えば痩せますよ。
でもね、その背景の部分が全く変わってなかったら、また太るわけじゃないですか。
そこに着目、その至ってしまった状態ではなく、
その手前に至ってしまう手前の部分を何とかしましょうよっていうところ、
そこに視点がどうしても行きづらくなってしまう、向きづらくなってしまうわけですね。
もう一つ基準、さっきも数値って言いましたけども、
血圧っていうのもね、今130でしょ。
それ以上だと高血圧。
すぐに薬が出るわけではないでしょうが、すぐに出る場合もケースもあるようですけれども、
伝え聞くところによると、以前だったら140。
これも一律でやってしまうわけですね。
高齢者であれば150であってもいいじゃないでしょうか。
160でも問題じゃない可能性もありますよね。
200が、200ってどうなん、私もそこまで専門ではないので何とも言えませんけども、
200がちょうどいい体の状態になっている方もいるわけです。
それが続くとどうなんだろうっていう話はありますけれども、
少なくとも150とかね、
これが20代の人が150ってなったらこれはどうなんだろうってなりますけども、
50代、60代の人が150、
ああもう薬飲まないとねってなるのってどうなんでしょうかね。
その基準の設定がまた年々変わったりするわけじゃないですか。
今130っていうかなり厳しい数値が基準になってますけども、
じゃあ130が140になったからって、
どれぐらいの未来のリスクが大きくなるのか、
多少はあるからこそ、エビデンスがあるからこそ、
そこもそういうふうに決定されたんでしょうが、
どうなんでしょうっていうところがあるわけですね。
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もう一つ、数字だけを見て病院と健康の人を、
単純にその線の上下で分けてしまっていいのかって話もあるわけですね。
130だと131ならどうなの?132だったらどうなの?とかね。
ガンズだったら15、これ20だったら18だったらどうなの?とかね。
確かに細かく見ていったら、
医学的なリスクっていうものが下がるために必要だっていう、
弾き出された数字なのかもしれないですけども、
総合的に見るとどうなんだろうっていうようなことがいっぱいあるわけですね。
その基準を超えてしまった、超えていないっていうところで、
ラベルが張られるわけですね。
このラベルが張られたことがまた、
その人の心の部分に影響をして状態が悪くなっていくっていうのは、
これはマインドフルボディっていう、
ハーバード大学のエレン・ランガーさんが書物で、その本で書いてありますね。
メンタルの部分も考えないといけないわけです。
患者さんが苦しいこととか、怖いこととか、早く治したいとか、
数値を正常にしたいっていうふうに、
そこに目を向けるのは当然というのは当然なわけです。
一般の人がね。
だからこれは患者さんの問題ではないわけです。
そこに対して治療する側が一緒になってね、
患者さんが耳鳴りなくしたい。
じゃあ耳鳴りなくすために頑張りましょう。
眠れないです。苦しいです。
じゃあ眠れるように頑張りましょう。
この治療する側が同じ、
患者さんが一般的に持ちやすい視点、フォーカスしやすいところに一緒に見続けることで、
かえって患者さんそのものを治りづらい、
囚われの部分に釘付けにさせてしまうという危険性が多分にあるわけです。
ですから、患者さんが症状に囚われている、症状ばかりに目が向いているのであれば、
治療する側というのはその症状を生んでいる土台に目を向けるということが大事だし、
さらにその人の人生を見るということが大事になってくる。
これが私が言う本知と真の本知につながっていくわけですね。
哲学的に言う表知、これは今現れている症状そのものを楽にしようとする。
本知、その症状が生まれやすい身体の土台、乱れを整える。
真の本知は、もっと言うとその土台が乱れてしまったその方の暮らし方、考え方、心の在り方、生き方まで見ていくというところですね。
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どれも大事であるけれども、
全体的に見れるということが非常に治療をする者にとっては必要な視点じゃないかというふうに私は考えます。
心身医学というのは比較的新しい西洋医学の中での分野になりますけれども、
心と体がつながっているというところ、今まで心と体を分けて考えていたところがつながりというところに視点を向けたということは、
この心身医学はとても大きな進歩だと思います。
でもですね、やっぱり結果的に手段としては薬とかになってしまうことが多いわけですね。
カウンセリングもあるでしょうけど、それはカウンセラーが関与するものであって、
クリニック的にはそこまで対処しているところというのはあまり多くないというところがあります。
なぜこの人の体はこの症状を出す必要があったのだろう。
この症状を通してこの人の人生は何を訴えているのだろう。
そういった視点を持つということが本当の意味での心身相関の医学ではないかというふうに私は思うわけですね。
症状というものが故障だから消すというモデル。
というところから症状というのは体からのメッセージであるというモデル。
私の言葉のあり直さない治療の揺らはりというものもこの後者を大切にしているものです。
そして私はあなたの体の味方ですという以前のラジオでもお話したテーマにもつながってくるわけです。
もちろん直すこと自体が悪いわけではありません。
手術とか薬も私否定派ではないですからね。
患者さんが飲むという場合、飲むんだったらもうこの薬ありがたいと思って飲みましょうねっていうぐらいです。
救急医療なんか拒否する意味合いが分かりません。
というところではあるわけです。
だから医療批判ではないわけです。
ただそこだけでいいんでしょうかっていうところ。
そこを見直したいな。
見直すような視点があってもいいんじゃないかなというふうに思うわけですね。
どうしても治療家、医療者というのは患者さんを助けたい、症状をとってあげたい。
これは当然な気持ちは当然ですし、私もそこからスタートしました。
絶対に直さなければというところが力みになったわけですね。
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そして患者さんの絶対に治りたい、治らなければという力みと重なってしまって、
いい結果を生まないというケースが多々あったわけですね。
なので私としてはもう治療をしない、ではない、放置するというわけでもない、
治さない治療というものをこの境地に至ったというところですね。
これは症状を消すことだけをゴールにしないという意味です。
体が自然に整っていくその条件を作る、邪魔しているものを少し取り除く、
そして自然に整っていくのをまずと。
患者さんが症状中心の人生から離れていくのを支える、
症状にとらわれているところから離れていくのを支えるということです。
そうすることによって体は治る力というものを基本は持っているわけです。
患者さんを治療するそのゴールってどこだというところです。
数値を正常にすることでしょうか。症状をゼロにすることでしょうか。
病名をなくすことでしょうか。もちろん大事な部分ではあるわけですね。
でもさらにその先にその人が自分の人生を取り戻すことがあるのではないかというのが私の考えです。
何年も病院とか治療院に通っていると、私は何患病の人とか、
この症状に悩まされている人、治療をされる人という認識が強まるということがあります。
治療をする側はそれを無意識に強化してしまう可能性があるわけです。
あなたは病気ではなく、病気を経験している一人の人間という視点を治療する側は持つということは大事なんじゃないでしょうか。
そしてその病気とか症状にとらわれて、それが人生の中心になってしまっているところから、
そこからそのとらわれから外れて、自分の人生を生きられるようになる。
これが本当の意味での治療の目標というか、成功到達地点じゃないかなというふうに私は思うわけです。
医療というものは、病気を治すことにすごく威力を持つようになったわけですね。
次に必要なのは、病気だけを見る医療から人を見る医療だということです。
その人の体、心、暮らし、人生の在り方、心の在り方まで含めて見て、
そしてそこに対していかに治療する側がいろんなことをアドバイスできたり、
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未来を指し示すことができるようになるということが大事。
だから、机上の勉強だけじゃダメなわけですね。
学校の勉強ができるだけじゃダメなわけですね。
もっと人間としての器が大きくなる。
これが治療する側の人間としての必要な部分。
治療的事故とかっていう本もありますけれども、
やっぱりその治療する人そのもの、存在そのものが治療になってくるわけです。
あなたは今、自分の人生よりも症状を中心に生きていないでしょうか。
症状がなくならないと幸せになれないと思っていないでしょうか。
病気を治すことがいつの間にか自分の人生の目的になっていないでしょうか。
もちろん病気を治すことは大切です。
でも病気を治すために人生があるわけではないということももっと大切。
そして自分の人生を生きるために、それを助けるために医療というものがある。
治療する側が見失っていけないのは症状の向こう側にいるその人そのものじゃないかというふうに思うわけです。
今日は以上になります。ありがとうございました。
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