1. 野良トレランナー シンバの冒険
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#243 信越五岳2026荒川純さんのペーサー話
2026-09-26 45:53

#243 信越五岳2026荒川純さんのペーサー話


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サマリー

シンバは、2026年の信越五岳100マイルで荒川純選手のペーサーを務めた経緯と、レース前後の判断を振り返る。荒川選手は左膝のけがで練習量が大きく落ち、シンバ自身も両膝の故障を抱えていたため、当初は27時間台を現実的な目標としつつ、24時間40分切りも視野に入れた。シンバはロングラン、60キロ超のトレイル、パークランでの高強度走、体幹トレーニングを急ピッチで重ね、補給では市販のカフェイン飲料やジェルを準備した。荒川選手は各エイドを安定して通過し、黒姫で13時間57分にシンバと合流した。シンバは1キロ単位でペースを調整し、走れる区間で少しずつ貯金を作りながら、荒川選手の疲労や反応を見て走行と歩行を切り替えた。途中で24時間40分切りが確実になった後は、さらに攻めず、本人が確実にゴールできるペースを選択した。結果は荒川選手が24時間26分、シンバは66キロ・累積2400メートルを約10時間20分で走り、目標を上回った一方、胃腸の不調やゴール後に食事が取れない状態にした点をペーサーとして反省している。後半には高橋智彦選手や若い水野選手らの好走、悪天候や渋滞の中で大会を支えたスタッフとボランティアへの感謝、信越五岳が今後も続いてほしいという思いも語られた。

休日のランと信越五岳ペーサーの振り返り
毎度シンバです。この放送は、シャモニーに憧れる野良トレランナーのシンバが、トレランのおもろさについてしゃぶっきる番組です。
放送を聞いて、トレランおもろいやんけと思っていただけるように、日々頑張ってございますけれども、
今日は9月26日ということで、色々レースがあったり、
今週は関西でね、ブラッシュドレイルというのがありまして、
友達とか仲間が走っているのですけれどもね、
私はもうのんびりと地元のお祭りに参加したりとか、
あとはね、午前中はパークランっていうのが近所であるんで、
ボランティアで成り立っている素晴らしいイベントなんですけど、
5キロかな?のタイムトライアルを毎回やってくれるんですよね。
でも僕はね、今ね、もう全然走ってなかったというか、
9月ぐらいは全然、
9月ぐらいは、8月9月の前半ぐらいまでは、
なかなかね、うまい子と膝とかの体調も含めてですね、
会わずにあんまり走ってなかったんですよね。
だから、5キロぐらいちょっとペースをステップできるみたいなのは、
なかなかいいね、チャンスだったんで、
今回も朝の8時スタートかな?に合わせて今家スタートして、
7時半に出て間に合うんですよ。
ちょうどね、いい感じでアップをして、
そこからスタートするというようなことをやって、
今回、午前中はですね、ランをしてきまして、
昼はね、家のことをやって、
夕方からは地元のお祭りに参加しまして、
おみこしはなくなっちゃったんですけど、
わなげとかね、そういう地元の人の出し物とかを手伝って、
末娘と一緒に出店を回ってですね、
のんびりとして、
一杯ね、200円のビールを買いましてですね、
いいですよね。
もう正直、スーパーとかコンビニで買うよりも安いかもしれないですよね。
結局、3本くらい買ったかな。
3本くらい飲みながらですね、
雨の中、店を回ったりして楽しんで、
今になるというような、
休日を過ごしているしんばがお届けする、
今日は、新越合格100マイルのペースター機ということで、
今年も2025年に、引き続き2026年もですね、
新越合格100マイルのペースターを務めてきましたので、
そこでね、学んだこと、
学んだことっていうか、
思ったこととかね、そこら辺をね、
話していこうかなと思っております。
荒川純選手との関係と2025年の成果
新越合格の100マイルの時代は2022年にね、
初100マイルの富士を経まして、
2回目の100マイルでチャレンジをした記憶がありまして、
そこから3年後、
2025年に新越合格というレースにね、
その前に2024年に舞い戻りまして、
その時はフルサポートでちょっと参加しまして、
それでね、
サポートした選手がですね、
皆さん本当にご存知の有名選手、
小山手賭けっ子の荒川潤選手なんですよね。
何回もゲストに来てるし、
小山手賭けっ子のホトヤストにもね、
ゲスト出演させていただいてるんで、
ご存知の方はね、
それは当たり前じゃんって思うかもしれないですけど、
なんせね、各レースでトップだったりね、
上位入賞する、
言うたらすごい選手じゃないですか、荒川選手はね。
そこにね、運良くというか仲良くさせてもらって、
一緒にそのレースをね、
参加できるというか、
お手伝いできるというかサポートできるような、
縁がですね、あったのはなかなかすごくて、
出会いから含めていろいろと、
もうすでにポッドゲストでお話ししてますけど、
2024年のサポートからスタートしましてですね、
荒川潤選手の新越語学は、
これで3年間関係させていただいてます。
2025年にペーサーとしてですね、
出させていただきまして、
その時はですね、結構順々に仕上がってて、
多分ベストではなかったけど、
ケガ系から3ヶ月くらいは多分猶予があったのかな。
しっかり走れて、
新越でも上位入賞できるぞと、
ちょっと自分の中での目標を、
結構いいタイムに位置づけてですね、
考えていたんだけど、
その2025年はですね、
結構目標タイムをさらに上乗せしていけて、
21時間を切ったのかな?
20時間台かな?
という素晴らしい結果を出しまして、
総合順位も4位というね、
も輝かしい結果を残しましてですね、
それはまた別のポッドキャストでお話ししてますので、
ぜひ聞いていただきたいと思います。
という流れで、
2026年もですね、
やりようということで、
ぜひやってくださいとお願いをいただきましてですね、
本当に素晴らしい選手の、
プレッシャーのかかるペーサーを、
今年も2026年も務めさせていただくことになりまして、
いろいろな前後を含めてのお話をすることで、
ペーサーって何なん?とかね、
上位の選手が考えることって何なの?
みたいなことを伝えられたなと思って、
今回は喋らせていただこうと思っております。
けがを抱えて2026年の出走を決める
では、まずですね、
2026年、
どんな形でチャレンジされたかって、
言いますと、
一言で言うと、
大ブレーキ。
膝、両膝かな?
右膝か。
左膝を怪我されてですね、
全然練習できないっていう状況がありました。
申し込んだときはそんなことないよ。
申し込んだときは、
上位を狙いたいなっていうところからスタートだったんだけど、
夏場にですね、膝をいわしましたという連絡を受けまして、
出走されるかどうかも分からないけど、
とりあえずやってみるというところからありまして、
8月にあったKTFさんのシガ高原100という別のレースがありまして、
それに出て、
要素見るよと心配な話してたなと思いながら出たらですね、
もともと30キロぐらいのところで辞めるところを一つ移動を伸ばして、
40キロで辞めたということですが、
聞いてると膝が痛くなる前に辞めたと。
膝もそうですね、
そのタイミングではそこまで痛くならへんかったから、
1ヶ月後の新越はなんとか出れるんじゃないという、
なんかフワッとした感じで聞きまして、
どうなんやろうという、
その話を聞いた同時に、
私の脳裏にももう一つよぎりまして、
同じやんけと、同じやなと、
境遇がということだったんですよね。
シンバ自身の故障と急ピッチの再調整
というのも私もですね、
実は7月、もうちょっと前から言うと、
5月にメインレースが終わって、
6月、7月と、
ウルトラハイギング系に振り分けたんですけど、
7月のね、ボルケノ72、
これもすんごい体調悪くて、
なんとか出走したというところで、
その後ですね、
体調も悪くあって走れなかったので、
無理に走って、
8月のアロプスの時にですね、
右膝を思いっきり砲剣だけにぶつけましてですね、
もちろん出血も含めてですけど、
なんかかなり長引いてですね、
練習できないレベルでダメージがあって、
まあそういうことがあってですね、
これペースアウトしてね、
もうトップ選手じゃないですかね、
自分の走力がしっかり確保できるのかと、
いうような心配があったんですよね。
焦ってですね、
ちょっといろいろ体調も悪いけど、
無理矢理走ろうと思って夜に近所走ってたら、
よくあるあるですけどね、
暗いところ、
16キロぐらい走ったのかな?
のところで、
段差に気づかずに5点こけましてですね、
その時に怪我してた右膝をかばうように
左膝から落ちてですね、
左膝もですね、
思いっきりダメージ受けまして、
右足が治りかけたら左足がダメで、
っていうような形で、
結局あんまり走力が戻るようなことできなくて、
8月はそのまま終わったんですよね。
その時に一応ね、
荒川さんにね、
本当に走るの?みたいな感じで、
ジャブを打ってみたら、
いやもう入賞するつもりで頑張るよ、
冗談だよ、みたいな感じで、
来た時に、
走るんや、みたいな。
そっか、みたいな。
僕の場合は、
今ね、両膝をさすりながら
メッセージを送ったんですよね。
そのさすった手がですね、
ピタッと止まって、
走るんだ、みたいな。
ちょっとしっかり治そう、
そしてしっかり走れるように、
走力戻すために練習しよう、みたいな。
そんな覚悟ができたのが8月の末で、
9月からはですね、
もう何とかまずね、
迷惑をかけないように、
走力をアップするための練習をしました。
具体的にはですね、
基本的にはロングラン、
20キロとか15キロの練習と、
60キロを超えるトレイルの練習をね。
ちょうどね、下平新平さんに付き合ってもらって、
京都の北の方を走ったりとか。
あとはその絶対走力を上げるための、
LT層含めてやる必要があると思ったので、
今日のね、さっきの朝も言いましたけど、
パークランですね。
パークランに出て、
なるべくこう、きつくてもキープするような形でやったりとかね。
それもキロ4、切れへんすからね。
20分40秒とか20分50秒とか。
そんな感じの練習を急いでやって、
なんだろうね、本当にね。
2025年の時は世界選手権でね、
スカイのレースもあったりとかしたので、
結構ね、その前から短距離高強度みたいなことをやってたんですけど、
今回はもう本当にね、膝が痛くて、
その短距離高強度もできなくて、
もうなんとかその、
新越英語学の100マイルのペーサーをなんとか完遂するための、
ベース走力アップと、
それからロング耐久性を同時進行でやったっていう感じでしょうかね。
そんな感じでですね、
いわゆる特幹工事ですよね。
特幹工事でなんとか走力をアップするように頑張りましたという感じです。
結果としては、
そこそこ戻せたかな。
9月の中旬ですけど、
距離はあまり稼げなかったんですけど、
週間70キロから80キロぐらいで、
LTSを入れたり、ロングスを入れたり、
そういうところはできたし、
筋トレとかもね、
体幹トレーニングぐらいですけど、
去年、2025年と同じパフォーマンスは無理かもしれんけど、
そこそこ走力ができるような感じの準備はしたというところが、
準備段階でございますね。
補給準備と27時間台・24時間40分の目標
補給に関しては、
60キロとか70キロで、
10時間から、長くても11時間で、
エイドもしっかりしてるんで、
特別な準備はせずに、
自分の今までの経験を基づいて、
走れるような形の準備をして、
念のために、
今回サポートとしてね、
藤田さんっていう、
ずっと付いていただいている方も、
帯同できるので、
レッドブルーとか、
あとは、レポピタンデーの、
ジェルとかね、
Q&…
QCコアみたいな、
失礼。
栄養ドリンクとかね、
そういうのを準備して、
カフェインは入れて、
一気に加速できるような感じにしましたね。
ほんまにメダリストの鞘とかね、
入れてもよかったんですけど、
メダリストの鞘って、
ちょっと容器の、
厚みが薄いのか、
しばらくずっと置いておいたら、
垂れ寄るんですよ。
垂れ寄るんですよね。
今、3個ぐらい買って、
3個ぐらい垂れとるんでね、
ほんまに盛っちゃうかなと思うんですけど、
それがなかったら、
もっといいんだけどなぁと思いながら、
それもあるんで、
市販のもので、
カフェインをとるというような作戦で、
とりあえず、
望みましたね。
カフェインをなんでとる必要があるかというと、
選手が超絶調子よかった時に、
備えるんですよね。
もういけると、
目標タイムを超えてやるぜっていうね、
いう時は絶対に作る必要があるなと思って、
それを備えですわ。
それがね、今回は、
出る前にというか、
計画通りというか、
計画がちょっと早かったんですけど、
という感じでしたね。
というのも、
両膝を怪我されて出てきたレース計画というのが、
優勝した時よりも、
3時間から4時間ぐらいですね、
遅い計画で出てきたんですよ。
本当に一つの目標としては、
27時間台での合流。
あらかわじゅんさんって、
21時間で合流している人、
20時間50分とかで合流している人なんで、
え?ってなるじゃないですか。
でもそれぐらいやっぱり、
状態が悪いと、
客観的に見て、
これぐらいだという風に思うぐらいのレベルだったんですよね。
もう一個A目標がね、
でも実は出てて、
24時間40分。
これはね、
あらかわじゅんさんが、
2000何年かな、分からないんだけど、
新越合格初めてチャレンジした時に、
それぐらいのタイムで合流されたということで、
それを超えるっていう、
かなりチャレンジングな目標だったらしいですよね。
A目標中のA目標というか。
今回のやっぱり仕上がり考えたら、
そこは無理じゃないかなと。
なにせね、あらかわじゅんさんからは、
僕が初めて100マイルを走る人だと思って、
ペースアーしてくれというようなことを言われてて、
原敷行くと8月は55キロしかランクしてないらしいですね。
55キロっすよ。
いやー、
後で聞くとハイキングは覗いてるってことなんで、
それにしても確かに練習量としてはかなり、
黄色というか赤信号みたいな量で覗まれてたんで、
仕方ないのかなと思うんですけど、
それ考えたらね、
確かに27時間で組むっていうのは、
分からんでもないなっていう感じなんですよね。
で、結局ですね、
24時間40分っていうところをA目標としてるんだから、
僕としてはね、
それをまずはね、
上回るようにしたいなっていうので組んで、
そのタイムで言うと、
カフェイン使わなくてもギリいけるかなっていうね、
いうような見立てでね、
当日は挑みました。
今回移動を含めてですけれども、
助かったのは関西から行くのが今回2度目で、
前回はですね、
下平さんと一緒に行ったんで、
レースに出る下平さんの車に完全に乗っかって行ったんですけども、
今回はですね、
シガウマラ、
京都が誇る暴走集団、
のメンバーの方がですね、
110キロで2位に入られた西村さん、
今回入賞は逃しましたけれどもね、
上位でゴールされた香川さん、
それから100マイル、
どちらも完走された伊藤さん、
それから倉野さん、
倉野さんのペーサーの横山さんというようなメンバーで一緒に行ったので、
そういう意味ではですね、
伊藤はかなり助けていただいて行ったという感じですね。
荒川選手の安定した前半と黒姫合流
で、現地ではですね、
藤田さんっていうね、
全体のサポートをされている方と合流できたので、
基本的にはかなり楽に過ごすことができました。
行きの車ではゆっくりと休んだし、
それから合流してから、
荒川さんのサポートをしながら、
ぐるぐる車で回ってもらっている間、
実は後部座席で大谷翔平が使っている西川武道のエアーシリーズかな、
それでスリムタイプのやつがあってですね、
4番くらいするんですけど、
それでマットを敷いて寝てたら、
まあ結構しっかり寝れて、
ガーミンのね、
睡眠でもちゃんとスコアとして出てて、
4時間寝たことになったんですよね。
だいたいある時、紛れになってね、
睡眠をうまく認識しないとか、
認識しても2時間とか短くなっちゃうところなんですけど、
連続4時間くらい寝たことになってですね、
普通の1日を過ごすような感じでやりまして、
荒川さんと合流したのが朝の8時からなんで、
健康的なトレイルランニングをするような前準備で入れることができました。
というわけで、実際にですね、
荒川さんが来た時の内容で言いますとですね、
素晴らしいですよね、荒川さんってね。
確かに24時間台で完走するっていうのがあれば当たり前のペースなのかもしれないですけど、
なかなか真似できないですよね。
セルフマネジメントがっていうくらい、
黒姫の合流地点がすごかったですね。
まずですね、バンフは2時間16分でちょっと早めに入って、
金又では5時間17分で入って、
17分、18分くらいかな。
ここでちょっと落ち着いてちゃんと走ってもらって、
アッパーは7時間7分なんで、
まあそうですね、早いけどそこまでじゃないかなって感じですよね。
青少年自然の家が9時間12分っていうことで、
ちょっとこれ疲れてますよね。
タイム的にはそうですね、
20番手くらいかな、25番手くらい。
池の平が12時間13分って入ってますよね。
これも落ち着いてたけど、
この時にちょうど夜明けになって、
僕が合流したんですけど、サポートに。
元気にね、笑顔で。
走ってたら分かるんですけど、笑顔なかなかできないですよ。
笑顔でこう来て、
そこから黒うひきめいに行くんですけど、
これも1時間40分くらいで回して、
13時間57分で朝の8時27分に合流したというような感じでございまして、
ベストですよね。
このままストレートに行ったら、
そうですね、だいたい20時間切るかな。
まあ難しいかな、どうやろうなっていうような感じですね。
実際にね、上位の選手や高橋さんとかね、
それから大橋さんとかね、
それから伊藤くんもそうやったかな、伊藤さんとかもね、
ちょっと荒川さんよりも早いかも同時くらい。
入って20時間切ってるんで、
それくらいのタイミングで来てたという感じでございまして、
荒川さんね、黒ひめで会った時も全然余裕というか、
100キロ走ってますから、それだけの疲労はあるけど、
一応トラブルがひどいとかですね、
足の膝、心配した膝がトラブルってこともなく、
こんなにうまくね、セルフマネジメントされて合流されたんですよね。
すごいですよね。
1キロ単位で行うペーシングの実際
そこからですね、一緒に走るわけですけれども、
笹上根までは2時間で回してほしいなって話があったんで、
そうですね、だから10分くらい休んでたから、
2時5分とかに出てるんで、
笹上根は8時35分くらいに出てるんで、
笹上根は10時35分くらいに着けばいいかなという形で、
そうこれ16時が4分で着いたんですよね。
着いてしまった話をした。
結局でもね、やっぱりこう、
2025年に比べるときつかったのもあるけれども、
登りとかで林道で止まらずに走れた去年に比べたら、
ちょっとやっぱり疲れてたかなーって感じで、
走ったり、それから歩いたり、
みたいな形は結構しましたね。
ときみんごの方とか、それからさっき言った伊藤さんとかですね、
と一緒に走りましてですね、
元気でしたね。
ここからペーサーの話を言いますと、
ペーサーとしてはですね、狙いがありまして、
まずね、去年が70キロくらいの中身で、
9時間40分くらいで走れたんですよね。
やっぱりトップ選手のスピードを活かしつつ、
走れたっていうところが去年よかったというところですが、
今年はですね、どうやら厳しくても距離が短いから、
何とか9時間台、10時間くらいで回せたらいいなという、
僕の裏目標と、
それから荒川純さんが最初に言った24時間40分ですよね。
最初はね、冗談で言ってたんですけど、
冗談で終わらせんぞと、絶対にそれを達成すんぞっていうところで考えたら、
各区画で目標タイムがあったんだけど、
それをね、本当に休憩なしで言って、
ちょうど24時間40分だったんで、
ちょっとずつ貯金が欲しいみたいなところがあったんで、
しれっと10分くらいを巻こうかなっていうのが、
僕の目標でしたかね。
ささがみねは、目標通りには2時間くらいかな。
とりあえずね、ジャブで入った後は、
大橋林道と隠しと、
走れるところは、
ちゃんと10分巻きで行きました。
ちょっとね、じゅんじゅんもね、
おにみいきなんだもんにしーって言ってね、
ちょっとこう言ってありましたけれども、
走ってるときは一切文句言わずに、
Aドロ入ってサポートで藤田さんとか、
そういう人には言っちゃうんでしょうけどね。
で、一応ですね、ペーサーとしての役割は、
どうやろうと、目標を達成するためのペーサーだから、
ちょっとずつ巻こうかということで、
本人ね、多分相当疲れてたんだけど、
ちょっとずつ巻くようにもサボらないようにですね、
ペース配分をして、
ちょっとね、きつかったら歩くけど、
すぐにこの木から走ろうかみたいな感じで、
ちょっと淡々とペースを刻みましてですね、
笹上根行こうか、
大橋林道、都各市、飯塚と、
全て10分ずつぐらい、
余裕を持たせて、
行ったというところでございまして、
笹上根が16時間4分、
大橋林道が18時間38分、
それから都各市が20時間31分ということで、
本当にね、ちょくちょくちょくちょく、
いい感じに行かせていただきました。
本人からすると鬼引きやんけって思うかもしれないんだけど、
ペーサーなのでね、やっぱりペースをね、
マネジメントするというところでは、
しっかりとやらせてもらいました。
これね、そうそう、
ペーサーの人がどこまでコントロールしてるのか、
すごく気になってて、
僕は結構、
ペースを1キロ単位で管理するタイプなんですよ。
ややこしいんですよね、それって。
もうちょっとざっくりしたいんだけど、
性格上なんかな、できなくて、
まあまあ、なんていうんか、
丁寧すぎるなーって自分でも思ってて、
もうちょっとラフにしてもよかったのになと思うんだけど、
結構1キロ単位で僕はフェイシングをしました。
遅れたらちょっとペースを上げるとか、
逆に早く行きすぎたら落とすっていうのを、
大体1キロ単位でやったんですけど、
皆さんペーサーどうして払ったんですかね。
まあ多分ね、ペーサーする人は大体山のね、
山でもペーシングできるんですよ。
キロ何歩で走るのはこのペースや、
というのがね、分かるタイプの方がね、
ペーサーしてると思うんですよね。
ペーサー談義ちょっと気になりますよね。
そこからでも選手もいるから、
選手を引っ張るのに早すぎたら潰れるし、
遅かったらタイプ出えへんから、
ええやんばいにするでしょ。
それどういう風に見て払うのか、
すごい気になりますよね。
僕が穴川選手と一緒に行った時は、
当然ですけど一応のね、様子とか、
下りですよね。
登りはあれですけど、
下りのペース。
で、たまにポンと突き放すようにペース上げたら、
後ろどうなってんのかって見たら、
大体分かるじゃないですか。
そうした時に、めっちゃ離れるやんってなったら、
これが限界ペースやなっていうので、
ちょっとこうね、ゆっくりしたりとか、
あと、飛ばしてもついてくる場合があったら、
まだ行ける余裕があるよねみたいな感じで、
ペーシングをちょっとこう、余裕側に、
つまり1キロのペースをちょっと上げてみたりとか、
逆に登りでもね、ちょっと試したりするんですけどね。
シャドー的に、元気だったら、
フレッシュだったら走れるところも、
きつかったら歩くたりするじゃないですか。
そこをあえてちょっと走ってみるんですよ。
そんならついてくるかなーみたいな感じあるじゃないですか。
ついてきたら、もちろん北で、
ちょっと上位、上側に修正したり、
パッと見て、ジョグはしてるというか、
ステップは踏んでるけど、ちょっと離れるなとかね。
あ、もう歩き始めたなーみたいな。
いう時は、ペースをちょっと落としながらも、
最低ペースをキープするみたいな、
そういう戦略を僕は取ったんですけど、
どう確かめてあるのかとかね。
なんかそういうところ気になりますよね。
ペースあるあるなのかわかんないですけど、
僕はそういう風に相手の選手、
今回は荒川ジョンさんの体力というか、
そういうのを見ながら走って、
都度ちょっと調整しながら
ペーシングをしたというところでございました。
もちろん本人直接聞いたりもしますしね。
イーズナリンドに着いた時はどう?
一応ね、その時に30分か40分くらいかな。
余裕を持たせたんで。
24時間26分のゴールとペーサーとしての反省
間違いなく24時間40分切れるというところまで
持ってきた時に、本人がどうしたいかですよね。
もうちょっと飛ばしたら多分24時間も効いて、
23時間内でもゴールできる。
その中でどうする?みたいな感じで
ふわっと聞いたら、もう確実にゴールする
ということを聞いたんで、
ペーシングとしては引っ張らずに
荒川さんの気持ちの良いペースで行くというところを
今回は最後に選択をしました。
結果としては24時間26分で、
いやこれね、ゴールできて良かったんだけど
失敗したなと思うのは、
やっぱり胃腸がだいぶ来てて、
僕の中では良いリズムで、
引っ張ってたつもりなんだけど、
若干早かったんでしょうね。
胃腸がダメで、
途中でちょっと休憩することになったりとか、
いうのがあったんですよね。
ゴールした後もだいぶと胃腸がやられてしまって、
裏目標である中華が食べれるぐらいのレベルに
荒川さんの胃を持っていくっていうのがあったんですけど、
それはかなわずですね。
ゴールされた後、
やっぱり低体温というわけじゃないですけどね、
寒かったのもあって、
カロリーを保つために食べるのが無理やから、
ちょっと温かくするしかないというね、
いうところまで追い込んでしまったのは、
ちょっとペースアートとしては、
もう一歩寄り添ってあげないといけなかったなと、
反省がありました。
難しいですよね。
目標タイムが一つあるから、
できる限り1分1秒でも早めたい気持ちもありつつ、
でも本人の本当の目標としては、
食べれるレベルでゴールするっていうのもあったんで、
今回タイム、そもそも狙えるレベルじゃ
荒川さんの中ではなかったから、
それだったらゴールした後に楽しく過ごせるっていうところを
目標にされたと思うんだけど、
そこは達成できなかったのは、
反省ですね。
難しいよな。
ということでございまして、
ペースアートとしては、
10時間20分ぐらい、
距離66キロの2400の累積でゴールすることができました。
荒川さんのタイムも20時間26分なので、
目標の40分よりも14分以上、
20分ぐらいかな。
負けたので、
ペースアーの妙利としては、
スキルようなことができたし、
目標を達成できたし、
良かったなと思ってます。
というわけでですね、
ペースアーとして、
一応無事にゴールできて良かったなと。
今回は良かったのは、
2025年も含めてですけど、
基本的には天気が良くないじゃないですか。
鎮圧語学はね。
その中で、
結構綺麗な景色が見れて、
特に最後のスキー場近くは、
ススキがいっぱいあって、
イズナリンドとかのところがね、
過去って言うと、
2025年はハイランドとかでゴールしたんですけど、
その手前のスキー場のところで、
ススキがガーッと生えてまして、
西日なので、
黄色とか赤とか、
そういう光源がメインで届くから、
本当に金色というか、
綺麗な色に染まって、
ちょうど満月まで行かないですけど、
13夜とかそれぐらいの月がですね、
青空の下出てて、
ちょっと幻想的な感じで、
景色もすごく堪能できたっていうのが、
僕としてはすごく良かったし、
荒川さんもそうおっしゃってたんで、
良かったなと思いましたね。
食事含めてで言うと、
マグマとか、
胃腸を助けるようなものを、
もうちょっと多めに持たせるような、
アクションを取ったら良かったなぐらいかな、
いうのはちょっとありましたけれども、
そうしてですね、
荒川さんの怪我を終えた後のトレーニング量と、
目標としてたタイム、
含めたら、
とても良い感じで、
自画自賛になっちゃうけど、
とても良い感じで、
ペーシングができたのかな、
という風には思っております。
荒川さんも満足されてたんじゃないかなと、
思いますので、
それは良かったなかな、
というところでございました。
本当はね、
もう少し勝負したいところとかも、
あったんだけども、
荒川さんの総力も、
荒川さんの練習量も、
勝負できるレベルではなかったので、
こういったカラフたちになったかな、
という風には思いますね。
いやー、というわけで、
結果オーライですよね。
僕が去年ほどのパフォーマンスは、
持ってなかったけれども、
順々も怪我をした中で、
しっかり出てですね、
絶権No.2番というプレッシャーも、
きっとあったんだろうけれども、
その中でもしっかりと走り切れたと。
上位争いには絡めなくても、
24時間台という素晴らしいタイムで、
ゴールできたというところも含めてですね、
この新越語学は本当に良い結果が
出たんじゃないかなと思っております。
荒川さんにしては、
これをひとつのきっかけに、
復活ののろしを上げるような、
ものになったらいいのかなと、
右膝、あ、すみません、
左膝か、だいぶきつかったっぽいから、
それをね、なんとかね、
復活できたらなと思ってますね。
その一歩にできたら良かったかなと。
大会の好走者と信越五岳への感謝
今回でいうとですね、前年ですね、
1位とかね、
トップ10に入った方の中で、
一番躍進されたのが、
高橋智彦さんでね、
絶権No.5番の方が今回3位だったと。
それ以外にですね、
ダブル水野、
名前がついている水谷寛太さんね、
それから水野純介さんという、
若いランナー、
水野さんは同年代ぐらいかな、
水谷さんは若いメンバーですけど、
若いランナーがですね、
20時間切りの素晴らしいタイムで
ゴールされていまして、
そういうところを考えるとですね、
どんどんとスピードレースになってきてるなと。
あと、
日本のトレールシーンも、
若い方にどんどん置き換わってきてるなと、
思いながらも、
同世代の荒川さんはじめに私も、
頑張ってキープしたいなと思いますし、
ちょっと上の世代の大瀬さんとか、
鬼塚さんがね、復活されて、
上位でゴールされてた、
脇村さんもそうですけど、
いうのはちょっとね、
嬉しかったなと思いますね。
はい。
というのが新越語学の中身でございました。
それ以外にもですね、
今回ね、雨の中、
結構ね、
トップ選手は置いておくとしても、
やっぱり前半で大渋滞が起きてね、
きつかったとか、
110キロだったら袴だけをカットされてね、
っていうぐらい、
ぐちゃぐちゃやったとかね、
いろいろなことがあったと思うんですよね。
その中でもやっぱり、
あきらめずに最後まで走った選手、
で、ちょっとね、
気故障したりとか、いろいろなトラブルがあって、
途中で辞めてしまった選手、
いろいろありますけれども、
この新越語学トレーニングレースっていう、
このレースが本当に、
素晴らしかったっていうことだけはね、
皆さん多分、
共通で思ってらっしゃると思うんですよね。
石川さん含めてね、
プロデューサー含めの方のスタンスも、
本当に素晴らしいし、
ボランティアでね、
されてた方は本当にね、
最もらしいっていうか、
先輩というかが、
しっかりですね、
ボランティアに書いてたのをよく見ててですね、
これがあって、
しっかりとですね、
レースとして成り立つと、
難しい時期じゃないですか、
9月の中旬って、
その天気も含めて台風だったりとか、
気候だったりとか、
暑い側にも、
寒い側にも、
カンカン出りにも、
ザザ振りにも、
どっちにも触れてもおかしくないのが、
この新越工学トレーニングランニングレースの、
醍醐味というか難しさというかね、
それがサーフェスに思いっきり効く、
っていうのもまたね、
特徴の一つじゃないですか、
その中でもですね、
果敢にチャレンジされて、
うまくいった選手も、
参加してよかったなと思っている方が、
本当に大変だと思っていて、
そのブランド力を支えているのは、
やっぱりその新越工学のスタッフの方とか、
サポートの方とかね、
出ている選手の、
既出というか既品というか、
いうものだと思うんですよね。
だから今年もね、
無事に終わりましたけれども、
来年以降も新越工学が、
良い、
良いイベントとしてね、
レースとして続いていくのが、
やっぱり良いなと思いますので、
応援していますので、
あと、
どこかでやっぱり僕も、
100マイル、
もう一回ぐらい走っておきたいな、
というのもありますので、
引き続き、
末長く、
良い大会が続けば良いなと思っておりますので、
応援しておりますので、
本当に新越工学に関わった全ての皆様、
ありがとうございました。
そしてお疲れ様でございました。
いうことで、
お祭りの時から飲んでるんでね、
今ね、ノンベイなんですよ。
ノンベイだから、
こんな感じのトークになってしまってるから、
もしれませんけれども、
もう聞いていただきまして、
ありがとうございました。
そして一緒に出ましたですね、
あらかわじゅんさん、
じゅんじゅんね、
それから、
藤田さんサポートね、
大地ね、
いいね、
仲良し3人で、
今年も乗り越えられて良かったなと思いました。
本当にありがとうございました。
ということで、
新越工学、
2026年の、
私の方じゃなくて、
ペーサーのお話を中心にさせていただきました。
本当にね、
頼られるっていう意味でもすごく嬉しかったし、
それから、
多分ある程度ね、
僕のペースキープできる、
山の中でもできるっていうところは、
しっかり発揮できたから、
うまくマネジメントもできたかなっていうところもありますし、
そもそもね、
あらかわさんのね、
人間性、
それから客観姿勢というか、
メタ認知能力というか、
それを元にしたペース配分、
レース計画、
いうところをしっかり出してもらったというところ。
それに沿ってね、
ペース、それからサポートがしっかり動けて、
あらかわさんからとっては、
もっとね、
いい順位で、
タイムでね、
行きたかったかもしれませんけれども、
今のできる範囲で、
最大限の結果を残せた、
残すことができたというところはやっぱり、
あらかわじゅんという選手を、
尊敬するとこだなというふうに思いましたので、
お疲れ様でございました。
多分ね、そのうち、
そのうちと言ったらあれですけど、
お山で駆けっこのYouTubeもね、上がりますのでそちらをね、
参照いただけたらと思いますし、
私もすごく楽しみにしているファンの一人ですので、
やっていきたいと思います。
ということで、今回は、
えー、
これ2回目かな?
今回はなんたらでしたっていうのを、
今回は新越語学2026年のペーサーの話をさせていただきました。
またですね、こんな感じでレースの話とか、
ペーサーそのものの話とか、
そこら辺含めて、
できたらきっとね、面白いかなと思いますので、
引き続きやっていきたいなと思います。
うん。
ありがとうございました。
またね、聞いてください。
では、しんばでした。
じゃあね、バイバイ。
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