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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
さら6月10日、NHK出版新書、英語史で解く英文法の謎、なぜ3単元のSをつけるのかが発売されました。発売前増殺がかかりまして、今、第2釣りが全国、つつ裏裏の書店に並んでおります。大変ご好評いただいております。ありがとうございます。
英語の語源がミニツクラジオヘルディオ、英語史をお茶の間におもっとうに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。本日は2026年9月13日日曜日、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
本日は定峡科学大学の拓さんこと、兼田拓さんとの2人でお届けしているシリーズです。
ボー&ケイブル超誠読会です。超がつくところがポイントですね。英語史の古典的名調と言われております。ボー&ケイブルの書いたHistory of the English Language。これをですね、第1節からじっくりと英文を誠読しながら読んでいこうというシリーズで、もう初めて何年か経ちますね。
非常にゆっくりとしたペースで、なにせ超誠読ですのでね。これ最初は私1人で始めたんですが、やはり誠読というものはですね、読書会という形でみんなで読むと精度がアップする。しかも議論が楽しくなるということでですね、様々なゲストをお呼びして、2人あるいは時にはですね、本当に3人以上集団で読むというシリーズでですね、すべてアーカイブに残っております。
ヘルディオでお聞きいただけます。これが今ですね、65節まで来ております。その途中までですね、進んでいるところで、今回その途中からということになりますね。
先日、ヘルア北千住オフ会がありまして、その昼の部でですね、1時間ちょっとですかね、長らく時間はかけましたけれども、進んだのは本当に数行ということです。
このペースで議論しながら読んでいくっていうのが聞きどころなんですね。今回も面白い議論になっております。何回かに分けてお届けすることになりますが、今日の部分だけでもですね、大変充実した議論となっております。ぜひお聞きいただければと思います。
ボー&ケーブルのテキスト、第6版ですけれども、こちらお持ちの方は65節お開きいただければと思います。そしてお持ちでない方のためにですね、画像にその部分のテキスト、今回取り上げる部分を掲載しておりますので、そちらから追いかけていただければと思います。ご関心ある方、ぜひテキストを入手してくださいね。
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それでは行ってみましょう。英語誌の古典的名著、ボー&ケーブルを読む。65-4withたくさん。ヘルは北千住オフ会よりです。どうぞよろしくお願いいたします。
ウェスハール。
何がなくてもウェスハールを制徳と続けていければなと思っておりますので、今回もやってまいりましたが、ボー&ケーブルの制徳ということでお待たせいたしました。
The application of native words to new conceptsということで、ここなかなかエキサイティングな議論が前回も展開しましたが。
本当ですね。継続的にお聞きの方は前の説からの流れもありますしね。ベネディック・タイム・リフォームというところ。今回も一気に具体的な話であるとか、後で出てきますけれど。
意味作用、翻訳作用みたいな非常に興味深い語彙語の外来語、主にラテン語からですけれども、そこからの需要の仕方。これにもですね、即ストレートのものだけじゃなく、いろいろなものがあるというところが、これエキサイティングですよね。
これはやっぱり外国語の影響、英語視点で外国語の影響ということで、ラテン語から英語への影響というのが聞いたときに、やっぱりラテン語から英語に単語が入ってくる。すごい分かりやすいですけれど、実はラテン語の単語はそのまま入ってくるばかりではないんだと。
コンセプトを借りてきて、土着語、英語のことですね。英語がどのようにラテン語から、うねりを受けたラテン語から波を受けて英語側が変わったことというような、そんなちょっとこれは面白い。多分直感的に思いつく外国語の影響とはだいぶ話が違うので、これは面白いところだなというところですね。
はい。前回この説に入りまして、前回入ったんですっけ?
そうですよね。
そうですよね。それなりに通業を進んだということで、最近スピードがちょっと早まってきた。
これでも。
いや、でも決して議論のペースといいますか、議論の深さ自体はなかなか維持したまま、我々が慣れたのか。まあ面白くて、今日が乗ってくるとだいぶスピードも早くなるし、議論も深まったまま、そのまま継続できるということで、いいところを味わって進んでいるということかなと思っていますが。
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そうですね。今日も具体的なところなんでサクサクいくかなと思いきやかもしれないですね。ちょっとやってみればどうですか?
前回は引きのある単語たちがガードとかヘブンとかヘオみたいな、だいぶ引きのある単語たちが多かったので。
それで盛り上がったんですね。
そうですね。
でもここまで流れ的にベネディクト界のリフォームみたいな話が外面誌として出てきて、今英語の言語からの視点で話しているわけですけれど、どうしてこういうことが起きたのかというのを知った後に、じゃあ英語の中にどういう変化が起きているのかというようなことを知るので、
特に前回、The Englishということで、人々が裏側にいて、人々が書いているので、言語が勝手に何かを重要視しているのではなくて、人が何かをしているというような行為のところに少し意識を向けたりとか前回はして進んでまいりましたが。
前回のまとめポイントもそれにつきますね。いやー、あれは制度会ならではの議論ができたなと思っております。
今日はその続きということですね。
はい、前回に続きまして、今日もキリスト教的な語彙が非常に多くなりますが、今回も続いてまいりたいと思います。
それでは早速、音読をしながら、本文は現代英語でもちろん書かれているんですけれど、古英語の単語とラテン語の単語がかなり出るので、ちょっと音だけだと把握がなかなかしづらいかもしれないですが、なるべくフォローを入れながら一文ずつ進んでいきたいと思います。
というわけで、前回は、前回に続きまして、今回はバプタイズからです。
For baptize, Latin, baptisare, the English adapteda native word, fulion, to consecrate, while itsderivative, fluft, renders the noun baptism.
For baptize, baptiseという単語ですが、洗礼を施す、この意味のbaptiseという単語に対して、the English、ここが前回、言語のことであり、かつ人ですね、特に人々、アングロサクソンと言ってもいいかもしれませんが、
英語を話す話者たちは、adapted a native word, fulion, toconsecrateの意味である、fulionという土着語の単語を当てたのだと。
adapted a native word, fulionということで、これが、fulion、どういう意味かというと、to consecrate、性別するということですね、これを用いたのだと。
while its derivative, fluft、このfulionという単語の派生形ですね、派生形としてfluftというのがあるのですが、これがthe noun baptism、洗礼ですね、名詞形に対してfluftというのを当てたということですね。
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廣瀬 うん。fulionというのは、これは現代英語のforにつながるんですかね。
廣瀬 これはですね、つながるんでしたかね。これ、英語の単語の語源、語源辞典を引くということなんですが、もともとやっぱり洗礼すると水につけるという感じなんですよね。
廣瀬 バクタイズもギリシャ語で、もともとはdipですから水につける。
廣瀬 それがキリスト教的な意味になると、日本語でも洗礼するというような漢字を当てて、特別な用語にしてあげていますけれども、本来的にはdip into waterというか水につけるという、
廣瀬 普通の動詞、それぞれの言語で使っているという点では、ギリシャ語バクタイズの原義に戻って水をつける。
廣瀬 水をつけるを英語で何というかというとfulionという、こういう関係で両方ともキリスト教の文脈では洗礼するという意味になってきているという点では、
廣瀬 原義を抑えた上でのある種の翻訳といってもいいと思うんですけれども、既存の語彙語を語彙語単語を当てたということがポイントですよね。
廣瀬 バクタイザーレをこのまま持ってくるということは十分あり得たと思うんですよ。専門用語ですね、本来ではキリスト教の文脈で使われる。
廣瀬 だけれども、原義に戻ってものすごくわかりやすい水につけるという英語のネイティブワードを持ってきてバクタイズに対応させるみたいなやり方をしたというのは、
廣瀬 バクタイザー直接釈用はしてないんですけど、中身をむしろ原義まで遡って、その上で翻訳してという経緯があるということはなかなかのプロセスが減ってますよね。
廣瀬 確かに、見た感じでは語彙語の語彙項目としては何も増えてないんですよ。
廣瀬 辞書に新たに登録される一語が増えたわけじゃないわけじゃないですか。語彙語辞典になるものがあったとしたら、フリアンはもともとあったわけですから。
廣瀬 そこにむしろ語彙1があったところに語彙2をクリスチャン用語として加えたみたいな作業って、これ高度なプロセスを経ているので、
廣瀬 単純な釈用よりも、むしろ釈用そのものみたいな、逆に言うとアイディアをきっちりと取った上で自分の中に取り込んだというのは、
廣瀬 これはある種の純度の高い釈用と言えなくもないですよね。見方によって。
廣瀬 確かに、ラテン語で直接接触したところではなくて、それの元がどこから来たのかというところまで考えた上で、
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廣瀬 英語の土着語のどの単語を当てるかっていうのは、かなり知的にレベルの高い作業というか、
廣瀬 安易ではなくて、どうすればもっともネイティブワードの中でいい表現を選ぶことができるのかということをちゃんと考えた結果、この単語が当たった感じがしますね。
廣瀬 かなりレベルの高いことをやっていて、ちょうどやっぱり思い出すのは明治期の外来語が入ってきたときに、どうやって日本語に持ってくるかっていう、だいたい漢語を当てたわけなんですけど、バンク語、銀行とかね。
廣瀬 これもこれなどは現技というよりは、現技以上の深いところ、機能みたいなものを解釈して当てるっていう、極めて知的な作業が行われているっていう点では、見た目は外来語が全く反映していないわけなんですけど、
廣瀬 むしろ、純度高く受け入れて、さらに自分なりに解釈した上で取り込んでいるっていう、ここの程度の高さっていうのは、これはね、しかも優しい言葉なんですよ。水につける。
廣瀬 天霊ですら特別感があるというか、今我々は天霊っていう単語をもうすでに知ってしまった状態ではありますけれど、それからちょっと距離を追って考えると、水につけること、すごい柔らかいというか、すごくわかりやすいし、言葉にスッと入ってきますけれど、水につけることというのが、キリスト教、何かの宗教の儀式の単語に当てられるところを想像すると、
廣瀬 こんなに何でもない単語を使っていいのかなというような感覚がありますが、でもまさにこの当時英語が経験したことっていうのはそういうことですよね。水につけることっていうのを偉い人たちが使っているという。
廣瀬 そうですね。日本語にすると水につけるっていうのはフレーズじゃないですか。一単語というよりも。このフレーズが文字通りの意味ではなく、キリスト教的な意味合いを帯びた、つまり熟語化するみたいに考えると、すごいですよね。
廣瀬 なんかこれ単語の話でもあるし、日本語の場合ですけどフレーズの話に繋がっていくしっていう、日常用語をやっぱりキリスト教化してしまうっていう、この前も述べたじわじわ感。
英語ネイティブには、このじわじわ感である意味ポロッと騙されちゃうわけですよ。信じやすくなるっていうところがあるので、むしろ明らかに外来語と分かるものだと構えちゃう感じがあるじゃないですか。
廣瀬 だけども水につけるっていう普通の単語で、じわじわと洗脳されていく。洗礼なら洗脳されていく感じの戦略がすごいですよね。
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廣瀬 最終的にまた、現代で分かる通りバプタイズとかバプティズムみたいな単語が最終的に収まるところに落ち着いた状態になっていて、キリスト教自体も英語に浸透しているという、なんか不思議な感じがしますね。
廣瀬 考えてみれば、今はバプタイズの方になっていて、このフルフとはむしろ死語になっているんでね。この辺りの確かに面白い流れですね。
廣瀬 一方でガードとか、前回のガードとかヘブンとかはちゃんと生きているので、この辺りはちょっと面白い。
廣瀬 面白いですね、非常にね。それぞれの単語に歴史がありますね、やっぱり。
廣瀬 フルヤンは動詞でto consecrateということだったんですが、フルフトゥという、派生形もしっかりと名詞の先例というところに当たっていたということで、これがさらに余波を生んでいるというのがとても面白いなと思うんですけれど、次の文ですね。
廣瀬 The latter word enters into numerous compounds,such as,
廣瀬 フルフトゥ bath, font,
廣瀬 フルウェア, Baptist,
廣瀬 フルフトゥ fable, Baptizer,
廣瀬 フルフトゥ hard, Baptismal vow,
廣瀬 フルフトゥ nama, Christian name,
廣瀬 フルフトゥ stole, Baptistry,
廣瀬 フルフトゥ teed, Baptism time,
廣瀬 And others.
廣瀬 The latter word,
廣瀬 このフルーフトゥという名詞形の方ですね、
廣瀬 これはenters into numerous compoundsということで、数多くの複合語に入っている。
廣瀬 例えば、どういう単語かというと、ここからが声語と対応する表現になってますけれど、
廣瀬 フルーフトゥ bathというのが、これがfontの意味なのと、
廣瀬 フルウェアというのがBaptist、
廣瀬 フルーフトゥ faddleというのがBaptist、
廣瀬 ということで、フルーフトゥ bathはフロのbathに繋がる単語ですよね、多分これ。
廣瀬 なので、せんれいのbathというのが、これがせんれい番のことで、
廣瀬 フルウェアれ、これウェアれというのが人のことだと思いますが、せんれいを授ける人、
廣瀬 フルーフトゥ faddleということで、これ父ですよね。
廣瀬 これもせんれいを授ける、Baptistという風になってますが、
廣瀬 フルーフトゥ faddleというのが、これがbow、せんれいの誓いのことだったり、
廣瀬 フルーフトゥ nama、これせんれい命ですね。
廣瀬 フルーフトゥ stallということで、これがせんれいのbaptistryということで、
廣瀬 フルーフトゥ keyでこれがbaptism timeというような、
廣瀬 いろいろな複合語にフルーフトゥという単語が入っていったということで、
廣瀬 波及していく様子がとてもなんか面白いなと思うんですけれど。
廣瀬 これもう完全に自立しているわけですよね、フルーフトゥが。
廣瀬 そうですね。
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廣瀬 もうbaptismから完全に自立して、自分でもう造語しちゃってるっていうところがありますよね。
廣瀬 だから先ほどの水につけるだとすると、名詞形は水つけになるんですかね、日本語だと。
廣瀬 このままいくと、これ試訳してみたんですけどね。
廣瀬 まずフルーフトバーフは水つけたらいって感じですね。
廣瀬 それからフルエレは水つけもの、水つけトトですかね、フルーフトバーフ。
廣瀬 それからフルーフトハードは水つけの千切りとかですね、近いとかですかね。
廣瀬 それからフルーフトナマが水つけの名、水つけの場、水つけの時みたいに。
廣瀬 こうなっていたら、日本ももっとクリスチャー増えていたかもしれないですね。
廣瀬 確かに、キリスト教の布教的には日本は成功しなかった国ということらしいですね。
廣瀬 ここまでやってしまえて、宗教、特別感のない名前になっていると、それでいいのかなという気持ちも一方であるというのは不思議な気持ちですね。
廣瀬 ここ難しいですね。宗教って、圧倒的な威厳でもって、誓わせるというか信仰させるという側面と、それがカトリックなんだと思うんですけどね。
廣瀬 一方で、やはり信仰内容が重要だということで、理解していく必要があるみたいな、ある種プロテスタント側の、両サイド、宗教にも味方があるというところの議論に今もたくさんのコメントが繋がっていく気がするんですよ。
廣瀬 両方はありましたよね。方向性として、どの方でいくのかという。
廣瀬 そうですね。でも実際、今ここに出てきているものなんか、文献の中に出てきているから、ここに今たぶん出てるんだと思うんですけど、なので一般人がどこまでこれを言ってたかっていうのはまた別かもしれませんが、確かにこういうフルフットバットみたいな言い方が広く人口に会社していたんだとすれば、これはもう完全に受け入れられて、社会の一部、言語の一部になっている感ありますね。
廣瀬 そうですね。和語と漢語みたいに使い分けていた、その階層によってっていうかね、例えば、司教のような偉い人はやっぱりラテン語を使いそうですけども、もっと庶民に近い、説教をする、庶民と触れて説教をする、下の方の正職者だとなるべくこういう用語使いをした方が通じやすいであるとかですね。
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廣瀬 そういう使い分けもあったような気はしますよね。ただ、話し言葉でどう言っていたかっていうのは沢山おっしゃる通りで、わからないですけれども、これ実現できたら多分面白いですよね。
廣瀬 まさかバプタイズとかは使ってないと思うんですよね。
廣瀬 自分が何を指しているかっていうこと自体は受け継がれているのかなっていうのかと思いながら。
廣瀬 そうですね。一個前の文とも関係しますけれども、今はそういう用語を使わずに、カッコの中に入っているね、フォントとかバプティストとか、のきなりね、バプティスマルバウ、クリスタルネームという風に、全然違う言葉が今使われちゃっていて、古くとは全部死んでいるっていうのも、これもね、なかなかちょっとね、鑑賞すべきポイントですよね。
廣瀬 これはちょっと最近の話になるんですけど、この説の最後の部分で、in a great manycasesという風に、多くの場合にはバイタリティーが証明されているという風に書いてあるんですけど、こうしてみると、ここなんかはなくなってしまったと言いますか、フルフットっていうのか、もの自体はこの時には一度受け入れられたっていうことはあると思うんですけど、
廣瀬 現代につながる形では直接は残っていないっていうことは、なんか不思議なビーパターン。
廣瀬 だから、アイロニーなんですよね。ここで、よくぞ自分流に解釈して受け入れたっていう風に、今持ち上げているわけなんですけど、よく考えると、現代英語を使っている我々はそれを使っていないので、やっぱり途中で死んじゃったんだなっていう、ちょっとアイロニカルなところはあったりするんですけども、
廣瀬 こういう自前で複合語を作っちゃうっていうケースが小英語多かったわけなんですが、これ外来語によらず、元が何であれネイティブであれ外来語であれ、一回受け入れたらそれを元にどんどん複合語を作り出しちゃうっていうのが小英語の強みだったんですが、逆を言うと、その大元の本体フルフットがこけちゃうと、あと全部のちのみにこけちゃうんですよ。
廣瀬 これが良いところもあるし、あだにもなるっていう例が一つだと思うんですよね。
廣瀬 だからどこにもフルフットが、化石的にすらですね、複合語の中に残存しているという例が現代もないんですよ。ここに挙げられたものが全てカッコつきで、今の言い方は何かって書いてあること自体が、これ何かを一つ示唆してるんですよね。
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廣瀬 本体がこけると全部、一家全滅みたいな感じです。これもね、なかなか面白い現象ですよね。
廣瀬 そうですね、言われてみると確かに、結局ラテン語の単語にフリアンフルフット自体もバプティズムとかコンセクレートみたいな単語とかも結局ラテン系の単語なので、ラテン系のものになっちゃったんだなみたいなくらいで止まってましたが、
確かに、もともとがなくなっちゃうと、パーツの一部がわからないと何のことがわからなくなってしまうっていうのはありますね。
廣瀬 このボー&ケーブルの本の、この後読んでいくどこかにもしかしたらそのような議論があったかもしれないんですけれども、語彙語の単語が中英語になって多く削られていくわけですよ。フランス系のあるいはラテン系の単語が乗り換えられて。
廣瀬 もう一個語彙語の特徴は複合語を作るっていうことだったので、語彙語ベースにした複合語もたくさんあったんですが、その本元がコケたことで複合語全体、家族全体がコケて今に伝わってないっていう一つの高齢として、このバックサイズっていうのはやっぱり使えるんじゃないかなっていうのを今読んでいて。
廣瀬 もっといっぱい例はあるんですけど、これなどはきれいですよね。全部カッコで説明書きがついてるっていうところが、まさにそれを表しているので、これいいなと思う。一家全滅の、そうですね、老いげと取り潰し的な感じになるんですよね。
廣瀬 一度フルフトを理解してみると、フルフトパーデルっていうのが何を指しているのか、フルフトバッっていうのが、なるほどってなるのもちょっといいですね。我々がフルフトがこういうふうに使われてたっていうことを学ぶと、バスと言われればまあ確かにそうか、セブンイレブンのことか、理解しやすいというのもいいですね。
廣瀬 フルフトでない側、つまり、バスとかパーデルとかウェアラルとかこういうところがわかりやすいので、いいなと思いますね。
廣瀬 そうですね。スッと入ってくるっていうか、覚える必要がないっていうね。すでに知っているボキャブラリーであるというところは応用が効く感じで良かったんですけれども、これがきなみになくなっていくのが中英語以降ということですね。
廣瀬 エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。
廣瀬 ボー&ケイブル、古典的名著の65節の途中から読み始めました。いかがでしたでしょうか。たくさん今回もですね、きっちりと予習をし、そして見事に司会としてさばいていただきました。
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廣瀬 私自身が今回ですね、読んで、そして議論をして本当に面白いなと思ったのは配信内でもお話ししております。
廣瀬 この基本の本体がこけるとですね、その周囲にあった複合語全体がこけてしまう。一家全滅、お家取り潰しになってしまうっていう現象。これがですね、小英語には結構あるんですよ。
廣瀬 その一つの典型例として面白い単語フルフというのを引いてきたというのはボー&ケイブルさすがだなと思いつつ、
廣瀬 なんていうか、この一家全滅の悲哀みたいなものを感じてですね、思いにふけてしまいました。
廣瀬 他にもいろいろと例を探すとあると思いますのでね、私もですね、ちょっと調べてみたいなと思っております。
廣瀬 こんな風に一人で読んでも気づくことかもしれませんけれども、やはりですね、誠読の仲間がいると話題を見つけようとする力と言いますかね、
廣瀬 そのような目も育つのかもしれませんね。何か話題を提供しようという気になるので、普段とは違う、より精度の高いアンテナが張られる、そんな気持ちになるんですよね。
廣瀬 この誠読本当に楽しく豊かな時間なのでやめられないということなんですけどもね。
廣瀬 この説に関してはまだまだ残っておりますし、次回分ですね、たくさんと既に収録しておりますので、またですね、追って続編をお届けすることになるかと思います。
廣瀬 ぜひ皆さんも一緒に誠読をお付き合いいただければと思います。
廣瀬 この英文テキストをですね、入手される場合は第6版を入手されるようにですね、ご注意ください。
廣瀬 というのは最新版は第7版が出ているからです。ただ数年前にこのシリーズ、誠読シリーズを始めた時にまだ第6版だったということで、それで一貫して読み続けていこうという、そういうポリシーなんですね。
廣瀬 ぜひ第6版をお求めください。
廣瀬 さあ最後に絶賛発売中新刊書なぜ三単元の目撃マップ企画のお知らせです。
廣瀬 全国のリアル書店で本書を見つけましたら、町と書店の名前を添えて、なぜ三単元が置いてありましたよとお知らせください。
廣瀬 私がGoogleマップにピンを立てていきます。
廣瀬 日本地図をなぜ三単元で埋めていき、英語誌をお茶の間に広めていきたいというのが企画の趣旨です。
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廣瀬 まだ独立された方におかれましては、Amazonレビューなど各種のプラットフォームで本書のレビューやご感想もお寄せください。
廣瀬 それでは今日も皆さんにとって良い一日になりますように、英語史研究者のほったりうちがお届けしました。また明日!