#1864. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (64
2026-07-07 34:11

#1864. 英語史の古典的名著 Baugh and Cable を読む (64

【今日のひとこと】

"Influence of The Benedictine Reform on English" (3) --- 文献学上の「初例」認定をめぐって

【ハッシュタグ】

#heldio #hel活 #BChel #古英語 #キリスト教 #北千住オフ会 #ラテン語 #借用語 #文献学

【参照URL】

http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2026-07-06-1.html


▼パーソナリティ、堀田隆一(ほったりゅういち)の詳しいプロフィールはこちらの note 記事よりどうぞ。

- https://note.com/chariderryu/n/na772fcace491

▼2026年6月10日に本が出ました。発売前増刷決定。Amazon 新着ランキング「語学・辞事典・年鑑」「英語」「新書」3部門で第1位を獲得しています。

📕堀田 隆一 『英語史で解く 英文法の謎 --- なぜ「3単現の s」をつけるのか』 NHK出版〈NHK出版新書〉、2026年。

関連情報はワンストップで著者公式特設HPからどうぞ👇

https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/lp/nazesantangen/index.html

▼helwa リスナー有志による月刊誌「Helvillian」の第20号が公開されています

- 第20号(2026年5月28日):https://note.com/helwa/n/nbcb5d662f7c3

▼2026年2月25日に、一押しの伝説的な教科書が新装復刊されます

📕市河 三喜、松浪 有 『古英語・中英語初歩〈新装復刊〉』 研究社、2026年。

- 本書の公式HPよりどうぞ:https://www.kenkyusha.co.jp/book/b10155519.html

▼heldio 入口プレイリスト 最新版(上位10本)

1. 「#1171. 自己紹介 --- 英語史研究者の堀田隆一です」 https://voicy.jp/channel/1950/nsefrco7tl
2. 「#444. 英語史を学ぶとこんなに良いことがある!」 https://voicy.jp/channel/1950/xh5nkkivxg
3. 「#729. なぜ英語を学ばなければならないの? --- 中学生のための英語史」 https://voicy.jp/channel/1950/hzowkzzoaq
4. 「#1. なぜ A pen なのに AN apple なの?」 https://voicy.jp/channel/1950/eg1ffa2pn2
5. 「#705. ゆる言語学ラジオにお招きいただき初めて出演することに!」 https://voicy.jp/channel/1950/fmstk5sb6g
6. 「#1474. ゆる言語学ラジオの『カタルシス英文法』で関係詞の制限用法と非制限用法が話題になり…」 https://voicy.jp/channel/1950/4w2kl8zgfl
7. 「#1607. 英語帝国主義から世界英語へ」 https://voicy.jp/channel/1950/j8ktxr4px3
8. 「#1576. 英語に関する素朴な疑問 千本ノック with 小河舜さん」 https://voicy.jp/channel/1950/xg195k9qdq
9. 「#1581. 歯科医学×英語史 with 無職さん --- 『英語史ライヴ2025』より」 https://voicy.jp/channel/1950/4th1404k03
10. 「#406. 常識は非常識、非常識は常識 --- 私の海外体験の最大の成果」 https://voicy.jp/channel/1950/8q0i86tmgp

▼プレミアムリスナー限定配信チャンネル「英語史の輪」 (helwa) も毎週火木土の午後6時に配信しています

- https://voicy.jp/channel/1950/premium

▼hel活のハブ The HEL Hub のホームページが2025年10月18日よりオープンしています

- https://user.keio.ac.jp/~rhotta/helhub/
- heldio, helwa はもちろん hellog や YouTube 「いのほた言語学チャンネル」などの様々な媒体での英語史コンテンツの新着が日々集まってくるページです。毎日複数回更新されています。
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/650f4aef0bc9d6e1d67d6767

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:00
おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、英語のなぜに答える初めての英語史、英語語源ハンドブック、言語学ですっきり解決英語のなぜの著者の堀田隆一です。
去る6月10日、NHK出版新書、英語史で説く英文法の謎、なぜ三単元のSをつけるのかが発売されました。
また発売前にかかっておりました増撮、こちらが先週の月曜日に出体となり、今、全国つつ裏裏の書店に並んでいる頃かなというふうに思います。大変ご好評いただいております。
英語の語源が身につくラジオヘルディオ、英語史をお茶の間におもっとに英語の歴史の面白さを伝え、裾野を広げるべく毎朝6時に配信しています。本日は2026年7月7日火曜日、七夕ですね。
みなさんいかがお過ごしでしょうか。本日の話題は、昨日の続き、続編となります。英語史の古典的名著、ボー&ケイブルを読む。
こちら、じっくりゆっくりと超誠読会を開いて、そこで訳したり議論している様子を音源として録音しておきましてね、それを基本的にそのままお出ししています。
本書の第64節、インフルエンス・オブ・デ・ベネディクタイン・リフォーム・オン・イングリッシュ。ベネディクト改革、10世紀後半の宗教改革の運動でしたけれども、これが英語語彙にどのような影響を与えたか。
主にラテン釈用語の話に今なっているところなんですが、古英語、前期中期のラテン語からの釈用語は比較的日常的な語もあったと。キリスト教関係の語などはありましたけれども、日常的な語彙も含まれていたんですね。
ところが、今回取り上げている後半の10世紀後半、ベネディクト改革に単音を発するラテン語釈用語の語彙については、かなり学術的な色彩が強い。このあたりをですね、具体的な単語を見ながら読み進めているところです。
単語が具体的なのでね、単語自体は実は非常に難しい学術用語ということではあるんですが、具体性がありますので追いかけていきやすい説かなというふうに思います。そして今日の最大のポイントはですね、お聞きいただく後半になると思うんですけれども、文章としてはこの第64節の最後の文ですね。
03:06
ここに文献学、歴史、言語学の方法論上の重要な議論がですね、展開されているこのあたりで、この説を読み終えてからの議論もですね、なかなか止まらなかったというところなんですね。楽しみにお聞きいただければと思います。
今回も司会、リード役を務めていただくのは、提供科学大学の拓さんこと金田拓さんです。テキスト、お持ちの方は85ページを開き、そしてお持ちでない方はチャプターに貼りました画像テキスト、あるいはですね、リンクを貼りました本日のヘログ英語誌ブログの記事、これ連動記事となっておりますのでそちらからもですね、テキストにアクセスすることができます。
そちらを眺めながらお聞きいただければと思います。それでは行ってみましょう。英語誌の古典的名著ボー&ケイブルを読む64-3with拓さん。ヘルは北千住お深いよりです。どうぞよろしくお願いいたします。
はい、そしてそんな子たちを一通り眺めた後に、
It would be possible to extend these listsconsiderably by including words that were takenover in their foreign form and not assimilated.
ということで、次のようにすれば、この釈用語のリストは、表はずっと長くすることができるだろう。どのようなのかというと、considerablyと書いてあるので、ずっと長くすることができる。
by including words that were taken over in theirforeign form and not assimilatedということなので、もし外国語の形式を保持したままで、英語としてこなれた形で受容されていない単語を含めたとしたら、ずっとこの釈用語のリストですね、たくさん述べることができるだろうということですね。
そうですね、これもどの段階までいったらアシミレートされるのかって非常に難しいところはありますけれどもね。
釈用語っていう単語自体は、普段は通過ですとか、なんとかになるというようなことだと思うんですが、これは英語に受容されていない、not assimilated、こなれた形に受容されるということですかね。
そうですね。ここではin the foreign formみたいな言い方があるので、例えば主にラテン語がソースだとすると、その名詞などに後ろにラテン語特有の格変化などを込みで英語に取り込んでいった場合は、それはまだ外来語っぽいだろう、英語化してないだろう、みたいな判断になると思うんですよね。
06:05
ラテン語の語尾が落ちて、英語的な語尾がついたり、あるいは語尾が本当になくなっちゃったりすると、初めてアシミレートと考えるぐらいの判断だと思うんですよね。ここでは。
まさに次に述べる単語たちが、ラテン語の語尾をそのまま保ったような単語たちなんですけれど、suchwordsから始まるところですね。発音は、すみませんがご容赦ください。
発音はご容赦ください。
そのようなsuch wordsということなので、これが直前に研究していた部分ですね。ラテン語の形式を保持したままの単語たちっていうのがどのようなものかというと、このepactusから始まるいくつかの単語たちですね。
こういった単語たちは一番最後、show advanced by their form, theirforeign characterということなんですが、こういった語たちは執辞が外国であるということをその形式によって示していると。
show advanced by their form, their foreigncharacterというところも、間にadvanced by their formというところが入っているので、ちょっと見づらいですが、foreign characterであることをフォームによって示しているという書き方ですね。
そうですね。まさにラテン語の語尾が後ろについているので、英語には同化していないという判断でしょうかね。
こうすると、英語語彙とカウントして良いのかどうかという問題になってくるので、微妙なんですが、これを入れるとするとリストはどんどん長くなるということですよね。
by their formというところは、例えばのmだとかsだとかaみたいなここに述べられている単語たちですね。ラテン語の各変化の語尾がついているように見えますけれど、ここがby their formというところか、their foreign characterというところのformというのがこういうところを示しているのかなというふうに感じます。
そうですね。このat onceのニュアンスなんですが、これどう取りますかね。立ちどころに、この語尾を見れば立ちどころにっていう感じですかね。
09:11
確かにそうか。立ち待ちっていうのは明らかに近いですかね。気持ちとしては。
これまで挙げてきたその前のリストは、やはり英語化したと言いますか、少なくともラテン語的な語尾はついていないものとして、ここ大きく2つに分かれてますよね。英語に同化されたものと、まだされていないだろうという判断ということですよね。
その判断基準というのは、本当にラテン語語尾が残っているかどうかなので、これは立ちどころに見ればわかる形での今回は分け方ですけれども、その辺りと結びつくat onceのかなと思ったんですけどね。
若干ただ先ほどまでの語群は、ボアンのケーブルが現代フォームで示してくれているので、やっぱりOEフォームで比較しないと若干アンフェアかもしれませんが、同じこと考えました。
OEフォームで出されるとただ過読性が偉く、現代英語でも十分過読性が悪いという単語ばかりで。
実際のverbenaみたいな単語が出てきましたが、あとかついているのはこれは多分ラテン語の語尾ですよね。どこで減衰しているかわからないので、OEの時点でどうだったのかということを比較しないとわかりませんが、
少なくとも何格で単数複数なのかみたいなこととかが、ここのsuch wordsのところでは明らかにこれは例えば単数対格だなみたいな語尾とかがついているものとかがありますけれど、こういうの現代語だと先ほどまでの語群にはついてないですが、ここではそういった形で示されていますね。
ただ明らかに後で再導入されるという話がここで最後に出ていますが、ここの前のところで出ておりましたが、ここでもいくつか単語を調べてみたんですけれど、やっぱりOEDにエントリーを見るとミドルイングリッシュ素質になっているものが結構あるので、ここは入ってないというふうにOEDも見出しているのかなという。
アポスターみたいな単語がありますけど、これとかもやっぱりミドルイングリッシュで初出としているので、これは英語としてはまだ単語としては見出せないだろうという判断なんですかね。
この辺の判断は本当に難しくて、OEDも結構苦しいと思うんですよね。なので、同化されていない場合でも取り込んじゃう場合がありますね。ただその場合には、かくかっこって言うんですかね。
12:19
この辺は本当に収録するかどうかっていう頭の痛い微妙な問題かと思うんですよね。
あとここちょっと面白いなと思ったのが、1個前の文で、It would be possibleということで、リストをやろうとすれば長くすることができるということで、仮定法なので、じゃあ実は上げないのかなと思いきや、いきなりリストが出てくるという。
この辺はある種のレトリックと言いますか、こういう言い方。さっきのmight be activeとか、ちょっと近いというか、話を先に進ませるためのちょっとした表現っていうね。
仮定法、自定的な仮定法ってやつですね。
書き手としては、前の語群には含めてないからという紹介をしていると、extendはしていないので、でも気になるでしょうという。
It would be possibleって言うと絶対気になる。
なので、逃げてませんよという、いかにも仮定法が出てきそうだなという、しっくりと見るとしっくりきますね。
こういう単語たちがまだまだ背景にあるんですよ、含めてないんですけど。
そこはいいですね。こういう表現の中での仮定法っていうのも面白いですね。味わいが。
そうですね、味わいがよかったです。
さて、あとほんのちょっとなので、最後までいきたいなと思います。
Although many of them were later reintroduced intothe language, they do not constitute an integralpart of the vocabulary at this time.
ということで、ここで挙げたような語たちですね。
直前に挙げたsuch wordsから始まる、この時点ではラテン語の語尾や音を伴っているようなものですが、これが後に英語へinto the languageということなので、英語へ後に採釈用がなされたが、later reintroducedということですので。
They do not constitute an integral part of thevocabularyということで、こういった語たちは当時、英語語尾の中で書くことのできない部分を形成していたわけではなかったということで、integral partではなかったということですね。
先ほどからVo and Cableがわりとしつこくといいますか、慎重に議論しているところで、今の英語では完全に英語の中に同化されて日常的な語になっているものもあるけれども、
15:18
当時の目線でいうと、わりと強調されているかなと。この文でもintegral partではなかったということを述べているので、今持っている語感と当時の語感というのは違う可能性があるので、
注意してね、的な警告みたいなものが何度かにわたってここで発せられているというところが慎重ですし、すごく重要なことだと思うんですよね。忘れがちじゃないですか。単語を出されると、これ日常語だけどタイガーなんていう反応になるわけですが、
当時の目線でいうと、という教授的な発想が入っているところが、すごく慎重で良いなというふうに思いますよね。
特に、現代的に釈用語ですとか語彙が新たに入ってくるというと、それなりの人数の人たちが理解したり使ったりするようなことを想像してしまったりしますけれど、
ここは明らかにBookishとかLearnitみたいなことが出てきましたが、一部の人たちが一部の界隈で使っているようなものだから、インテグラルパートではないというような言い方になっているというのは、紹介されたものをやるとやっぱりそこが大きく見えてしまうので、そうではないということを釘を刺しておくというようなパートなんですかね。
そうですね。このインテグラルという単語の解釈にも関わってくると思うんですけれども、インテグラルというとエッセンシャルで、生活の中でなくてはならないというかね、それぐらい英語の語彙の芯に入り込んでいるという意味なんですが、それはDo notと打ち消しているわけなので、
なくても、当時の一般のアングロサクソ人たちは全く困らないタイプの単語群であり、要するにLiterary and Learnitというこの説の主題につながってくるので、このインテグラルって割と訳しにくいというか、どういう捉え方をするかというのがありますけれども、
全部、この説の中ではすごく良い役割を果たしていると思うんですよね。指定ですけどね、ここの場合は。
あとは、Later Reintroducedみたいな話が出ているので、こういうフックの作り方はうまいなと思いますね。きっと後々にこの話が回収されるんだろうなということを考えたりしながら読みますけれど。
18:02
そうですね。
そしたら、あと2文になります。
In general, the later borrowings of the Christianperiod come through booksということで、このセクションで話してきたような、キリスト教後期に入ってきたような釈用語ですね。
Come through booksということで、本を通じてこういった語たち、釈用語は入ってきたということですね。
Later borrowingsというのは、前に、今日の前にも出てきました、アーディアの多種多様な語との対比になっていると思います。
The later borrowingsということですね。
そして、最後の文に続けていってしまおうと思いますが、次ですね。
このキリスト教後期に分類されるような語の中には、次のような語たちがたまにあるかもしれない。
May have been in use earlier ということなので、それはもっと早い段階で使われたかもしれないような語たちというのが、このキリスト教後期に分類されているかもしれない。
But there is nothing in the form to indicate it ということで、このform形式には早い時期に使われたことを示すものが存在しないし、
And in the absence of any instance of its use inthe literature ということで、書かれたものの中に全く例が見当たらない。
In the literature before Alfred ということで、アルフレッド大王以前に書かれたものの中にこの語が全く見当たらないということは、
It is safer ということで、次のように考えるのが無難ではないかと。
To put such borrowings in the latter part of theOld English period ということで、後期に入ってきたと考えるのが無難ではないかということですね。
そうですね、ここはある単語の証拠が歴史的に上がってきたときに、どのように解釈すべきかとか、先ほど OED の記載の話もありましたけれども、
研究者はどういう根拠に基づいて、これが書例であるとか、それ以前に入っていた可能性があるのか、この辺りは結構学術的な議論になっているんですよね。
さらっと書いてありますけれども。
21:02
The literature before Alfred という書き方なので、アルフレッド大王の890年付近よりも前にというぐらいの時代観としてはそれぐらいでいいんですかね。
そうですね。
ここは結構読み応えのある一文だと思うんですよね。
学術的手続きっていうんですかね、書例とは何かみたいな大きい問題に関わると思うんですけれども、最初のoccasional word というのも非常に訳しづらいというか、どうとるかなというところなんですが、
今回扱った説が later period ということなんですが、ここにアサインされた単語ですよね。
もっと早く使われていた可能性っていうのはあるということで、occasional っていうのはどんなニュアンスですかね。
これ何気なくね、それより前の時代に使われていたということは、もちろん否定はできないということですよね。ないものを議論することはできないので、
例えば口語であるとか、会話の中では使っていたっていう可能性、それは記録には残らないので、その可能性はあるっていうことを言ってるわけですよね。
何気なく1回2回誰かの口に上ったことがある単語だってもちろんあったかもしれない。きっとあったでしょっていう感じなんですが、
ただ there is nothing in the form to indicate it. これはラテン語の語形とか語尾を伴った語形のような形式の問題なんですかね。
その後にくるの&以下が、用例が実際に今のところ見つかっていないということなので、道義というよりは、この上に挙げてきた動かしていない単語ですよね。
ラテン語っぽい単語っていうのは形から、これはまさかその前の時代に入ってきたっていうことはないだろうっていうような、そういうことなんでしょうかね。
そうですね、そのように読みました。最初のthere is nothing in the formto indicate itの部分が音形などで、例えば早い時期に入ってきた単語、zeroperiodなんかはまさにフォルムで辿ってきたことで、それよりもっと早い時期に入ってきたことがわかるというような話も出てましたし、
今回のまさに格変化の語尾とかがそのまま残っているようなものとかも、こういったフォルムによってわかることっていうのが定期的に出されているので、このフォルムにもそれを示す手がかりがないし、またもちろん用例もないので、
24:00
occasional word、単語の中にはもしかしたら早い時期に使われていたかもしれないが、そういう語が混じっているかもしれないがぐらいですかね、不定感者の用法は、確かにこれはなかなか手ごわいですね、正確にとどめるのは。
そうですね。
もしかしたらそういう語も入っているかもしれないが、今のところ示す手がかりがないので、こうしておくほうが無難な解釈と言えるんじゃないかっていう、ヘッドは全体として。
この判断基準は極めて学術的で読み応えがあるところだと思うんですよね。まず語形から判断して、明らかにラテン語っぽい。
そうすると、その前の時代にラテン語からこんな難しい単語が入ってきたはずはない。なぜならば歴史の流れを見ると、ベネディクト改革によって改めてラテン語への関心が湧き起こったし、みたいな歴史との関連で、語形みたいな小さいところと大きな歴史が結びついているのが前半で、後半は文献学的に出ていません、この単語は。
これ以前の時代には少なく見つかっていませんっていう、ここを論拠として、この時代に初めて入ってきたと考えてよかろうという判断の基準がここに示されているので、結構重みがありますよね。今までサラサラと単語を上げてきたんですけど、これは手続きを踏んだ上で上げたものですので、
そのように受け取ってください、みたいな終わり方だと思うんですよね。結構これ、やっぱりサラッと書いてあるんですけど、こういう学術的な手続きみたいなものを含めているのが、ボー&ケーブルすごいところなんですよね。
ここはフィロロジーの背景を持っているとは、手続きということもそうなんですけど、フィロロジーの背景を持っていると、私これをそのまま素で読んだ時には、随分ここの最後の3文あたりはどっちかというとヘッジ気味に感じたんですね。
独断とかではなく、きちんと少し控えめに述べているというような印象でしたけれど、フィロロジー的手続きその通りですね。
ヘッジではあるんですよ。ただアカデミックヘッジというべきヘッジですよね。これは責任を持ったヘッジだとむしろ思うんですよね。
最後も、It is saferというふうに言い切ってないじゃないですか。間違いないというふうに言っていなくて、あくまでセイファーという言い方をしているので、ここも含めて全体がヘッジですよね。
これをちゃんと最後の最後に持ってくるというのはさすがだなというか、根拠がありますよということを言わせているので、ただの教科書以上のものがこの本があるというのは、そういうところにも見出せるかなというふうに改めて思いますね。
27:10
言われてみると確かにこれはプロセージャーなんですけど、初見ではやっぱりプロセージャーというふうに気づけなかったので、これはやっぱり普段どういうことをやっているかがの実に出てしまったなという感じです。
先ほどの分体的ヘッジでmight be addedみたいなのもあれば、ここは分体的ではなくアカデミックヘッジになっている。ヘッジにもいろいろな種類があるみたいですね。面白いですよね。
このセクション64もついにやってまいりましたが、まだ次のセクションを見ても65を見るとまだこの時代のことが続くようですね。
時代が進まないってやつですね。だけど今回は2回かけてすんなりいったんじゃないですかね。具体例が多いのでやっぱり読みやすかったというかね。単語は読みにくいんですけど。
読みにくくて怖かったです。
ですが、具体的な単語が入ってくると、こういう単語がこの時代に入ってきたのかっていうのが肉付けされて像を伴って感じられるので、やっぱりこういうセクションがあると楽しいですね。
そうですね。具体的で、時間を進める歴史っていう時間流れを見るのも楽しいんですけど、やっぱりそれぞれの時代に何が起こったかって背景が見えてくるので、ぐっと近づきやすくなるというか、その時代に。
なんか古言辞典なんかを見ても、書室の年代とかどの経路で入ってきたみたいなこととかは書かれてますけれど、どういう背景かということはやっぱりないので、こういった教科書で見るとそこがわかってとてもうれしいし面白いですね。
そうですね。やっぱり超正読はいいですね。一人で読んでるとここまでの精度っていうか、考えながら読めないんですよね。なかなかね。
今の議論の中ですごく読みが深まったっていうのを毎回感じますけど、今日も単語の裏列なのでね、そんな深まらないかなとなんとなく思ってたんですけど、めちゃくちゃ深まりましたね。
深まりましたね。やっぱりこれは定期的に解体しなくてはいけないですね。
着実にゆっくりと進んでる感はありますので、ぜひお聞きの皆さんもですね。アーカイブもセクション1から基本的に残ってますので、全部聞き直すとかなりの時間になりますけどね。
これをアーカイブとして残してきた意味が、やっぱり貯まれば貯まるほどね、価値が上がると思いますので、皆さん途中からでもですね、ぜひボー&ケーブルのテキストを持ってですね、お付き合いいただければですね。
30:07
ボー&ケーブルの本は今第7版が最新出てるんですが、我々読み始めた時は6版からだったということもあって、基本的にはこの6版で今後も読んでいこうかなというふうには思っております。
余裕が出てきたらね、7版とか、あるいはその前の版との企画みたいのも、始めた当初結構やってたんですよね。だから進まなかったっていうのもあるんですけど。
でもそうですね、変わった、特に7版で新しく変わっているところとか気になるので、ぜひ見られるときはぜひ見たいですね。
そうですね。あとリスナーの方で7版とも比較して、こんな違いがあったよ、みたいなのがあったら、そこを突っ込んでコメントと。
拾いながら行きたいです。
それでは今日はありがとうございました。
いや、本日も充実しました。ありがとうございました。
エンディングです。今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました。いかがでしたでしょうか。
ウォーアンドケイブルの64節、これで読み終えることができましたが、最後の文。
私もここまでですね、誠読するというのはなかなかない機会なので、本当に勉強になりましたけれども、文献学、歴史、言語学上の厳しい方法論、書例とは何か。
なぜ書例と言えるのか。これ100%言い切ることはできないんですが、少なくともこの分野の研究者はこのように考える、このような手続きを踏むという方法論上の前提のようなものがですね、明記されていて、さすがウォーアンドケイブルと思った次第なんですよね。
このあたりも含めまして、皆さんご意見、ご感想、今回の部分で何かございましたら、ぜひコメント欄でお寄せいただければと思います。
間接的に皆さんと一緒に超誠読しているという感覚がね、起こりますので、コメント欄より皆さんの誠読スタイルで得た気づき、あるいは質問などお寄せいただければと思います。
絶賛発売中の新刊書、なぜ三単元につきまして一つお知らせお願いです。なぜ三単元目撃マップなる企画を展開中です。
全国のリアル書店でなぜ三単元の本を見つけましたら、ぜひお知らせください。ドコドコ町のドコドコ書店で平積みになっていました。棚差しでした。
のようなですね、情報を添えてお寄せいただけますと、私がGoogleマップ上にピンを立てていきます。
33:07
書店にピンを立てていき、日本地図をなぜ三単元のピンで埋めていこうという趣旨ですね。それによってこのヘルディオの冒頭でいつももっと叫んでおりますように、英語誌をお茶の間に広めたい、広がっていく様子を可視化したいということなんですよね。
ぜひご協力いただければと思います。毎日のこのヘルディオ配信会のコメント欄よりですね、お寄せいただけますと幸いです。また、独立された方はAmazonレビューなど各種のプラットフォームで本書のレビューやご感想もお寄せください。
沖のヘルディオのコメント欄からでも結構です。一人でも多くの読者の方々からのご感想を私も聞きたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように、英語史研究者のほったりうちがお届けしました。また明日!
34:11

コメント

スクロール