【再】#809. 「言語化」という表現が流行っているようですが
2026-10-07 29:21

【再】#809. 「言語化」という表現が流行っているようですが

#heldio #英語史 #英語教育 #英語学習 #hel活 #英語史をお茶の間に
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おはようございます。英語の歴史の研究者、ヘログ英語史ブログの管理者、 そして英語のなぜに答える初めての英語史の著者の堀田隆一です。
英語の語源が身につくラジオheldio。 英語史をお茶の間に、おもっとうに、英語の歴史の面白さを伝え、
裾野を広げるべく、毎朝6時に配信しています。 本日は8月18日金曜日です。いかがお過ごしでしょうか。
本日お届けする話題は 言語化という表現が流行っているようですが
です。 どうぞよろしくお願いいたします。
今日の本題は言語化、言語にするっていう意味ですね。 言語化、バケルのかですね。
という表現が流行っているようですが、 というタイトルでお話しします。
今日の話はですね、極めて個人的な話になる可能性が高くてですね、 こちら有料配信であるとかプレミアム配信にしようかなとも思ったくらいなんですけれども、
この通常配信でお届けすることにしました。 というのはですね、一般のリスナーの方から質問を受けたんですね。
質問というよりも相談といった方が良いのかもしれませんが、 その方はですね、言葉についていろいろ考えておられて、
個人には言いたいことがあると。 個別具体的な言いたいことというのがあって、 頭の中にいっぱい詰まっているわけですよね。
それを表現するっていう時に言葉を使う。 つまり言語化するっていうことなんですが、
言いたいこと100%は伝えられない。 言語化する時点で、つまり表現に置き換えるっていう過程でいろいろそぎ落とされて、
もともと伝えたいものが100%だとすると、 それがどんどんそぎ落とされて、一般化、中小化、
つまり文法であるとか、日本語なら日本語のルールですよね。 日本語のあるいは慣習みたいなものに合わせなければいけないという過程を経て、
いわば角が取れてしまう。 何パーセント何十パーセントが言いたいことがそぎ落とされて、 最終的に伝わるのはそのうちの何十パーセントであると。
本当に言いたいことがそのまま外には出てこない。 社会化される場合には、言語化される場合には、その何割かしか残らないっていうことで、
完全に伝えることはできないっていうようなことですね。 本来の情報量の何割かが遮障されてしまうっていうことです。
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これは言語の宿命なのでしょうかというような悩みと言いますか、 相談と言いますか、質問という形だったんですね。
これとっても言いたいことがわかりまして、 私もこれについては考えたことがあったりしたんですけれども、
この質問に対しまして、どういうふうに答えられるのかなというふうにしばらく考えておりました。
そこでですね、今日の配信ということで、 これ一般的な問題と言いますか、多くの人がですね、確かに言われればそういうことだよな、
言葉って抽象化とか遮障化っていうんですかね、 完全に頭に思い描いた言いたいことのすべてって相手に伝わらないですよね。
100%伝わるっていうことはむしろ稀でほとんどないんではないかと思うんですね。
8割合格って感じで我々コミュニケーションをとっている節があります。 通じないでも、通じないってわかっていながら、ここを流そうというような局面ってありますし、
ビジネスみたいなね、お金が関わる時ですら100%ってないんですよ。 ただ90何パーでうまくコミュニケーションを通っていれば、成り立つんですよね。
厳しいようでゆるく、ゆるいようで厳しいっていうのが言葉なのかなというふうに思います。
これが何十パーセントぐらいのレベルなのかっていうのはよくわからないですけれども、質問のですね、趣旨というのはとてもよくわかるんですね。
そこでですね、これ大きな問題なので簡単にお答えできないんですけれども、質問者の方もですね、言語化という表現を使われていますし、
今ある意味トレンドワード、バズワードに近くないですか。 日本語で言語化ってものすごく流行ってる気がするんですよね。
これこの数年ですよね。そんな昔から使われていた用語ではない気がするんですが、言語化することが大事であるであるとか、
おそらくビジネス用語あたりで入ってきたのかなと思うんですが、かなり浸透してきて一般にもですね、
言語化って非常によく使う言葉になってきているような気がするんですね。これに対して私ですね、ずっとちょっと違和感を感じてるんです。言語化っていうのに。
今述べたように私バズワードとして認識していますので、これを言うと通じやすいのかなっていう文脈で使ったりするっていうことはあるんですよ、私も。
ただ、そういうレトリカルな意図なしにですね、言語化っていう表現を私自身が使うかっていうと、実はあんまり使わないんですね。
違和感感じていて、好きではないっていう言い方していいのかわからないんですけど、あんまり使わないかなという感じで意識している言葉なんですよ。
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なので自然に自発的にはそんなに出ないと思います。少なくとも口癖にはなっていないと思うんですね。
で、なんでこの言葉を嫌うというか避けるというか意識的に使うようにはしていないかということをですね、
今回の質問をいただくまでむしろ考えたことがなかったのでいい機会になったんですけれども、
私、ホッタが言語化というのを自然にスポンティニアスには使わない理由というのを言語化してみたいと思うんですね。
リツナーの皆さんにもこれ一緒にお考えいただきたいと思っているんですけれども、これうまくいくかわかんないんですけどもね、3点か4点ほど述べたいと思います。
まず1点目なんですけれども、私は英語史の研究者なんですね。で発信することが多いというこのヘルディオンもそうですけれども、外に向けて発信することが多い。言葉で発信することが多いわけですね。
文章を書いたりブログもやってますので、そしてこのヘルディオンのように音声で発信したりということですね。
そして研究者であるとともに教育者でもありますので、やっぱり伝えるっていうことがとても重要なんで、やっぱり話したり書いたりっていうアウトプットですね。
出力の機会っていうのが多い職業なんですね。ある意味ではそれが仕事の大部分、重要な部分を占めるっていうことなので、言語化するというのは当然というかそれが仕事なんだっていうふうに思っているんですね。
ずっとそのように思っていたところに、この行為とか営業、人にものを伝えるっていう言葉で伝えるっていうことに表現が与えられたと、バズワードとして言語化っていうのが与えられたっていうような違和感だと思うんです。
これずっと私やってきたからずっとそれでやってきたのに、なんで今頃名前が付けられるのみたいな違和感なんだと思いますね。
おそらくですけれどもね、これちゃんと調べていませんけれども、なんで言語化という表現が最近ですね、非常に流行り言葉になってきたかっていう際にですね、まず国際関係っていうのがありますよね。
日本語の内部ではあうんの呼吸とかお互いコンテクストわかっているっていうところなのが、国際的な関係が重視されるような世界的なコミュニケーションの中でですね、やっぱり話さないとわからない。
前提ってないから、それちゃんと言葉で伝えないといけないんだということであるとか、あるいはですね、これ昔からあると思うんですけども、夫婦だってやっぱりですね、話さないとわからない。
何を思ってるのか話さないとあうんの呼吸なんての日本ですら別にないですよみたいなことがいろいろ出てきてですね、価値観が多様になってきているっていうこともあるんだと思います。
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それなので前提としているものはない。あうんの呼吸っていうのは稀である。ちゃんと一人一人思ったことを言葉にしなければいけませんよっていうような現代的な発想があるんだと思いますね。
これはとてもよくわかるんです。私も典型的な日本人であうんの呼吸とかコンテクストっていうことでわかればいいじゃないっていうことでずっと生きて暮らしてきたので、その楽さと言いますかね、それでわかってればいいじゃないかっていう発想がある。
一方でこんな職業になってしまったもので外に客観的に発信しなきゃいけないっていう学問ですからいうことになって、そういう技言語化する技っていうのも覚えてきたという経緯はありますよね。
なので私自身はもちろん言語化するっていうことの大事さっていうか公的仕事としてはですね、言語化するのが仕事なので当然それ大事だし当たり前のことなんですけれども、そんなに今騒ぐほどみんながみんなものすごく必要な能力というところでは疑問を抱いたりするんですね。
これが簡単に身につくならまあいいんですけれども、そう簡単でもないわけですよ。それをみんなが成し遂げなきゃいけないかのようなとっても重要なスキルであるというふうに売るっていうのが急に出てきたっていうのがちょっと不審感あるんですね。
重要なんですよ確かに。だけれどもバズるっていうほどなのかなっていうところにその背景に何があるのかっていうのがいまいちよくわからないっていうのが正直なところなんですね。
2点目なんですけれども言語化するって言語に置き換えるっていうことじゃないですか。思想とか考えっていうようなボワーっとしたもやーっとした形のないものを言葉に載せる。これによって例えば音声では明確な音として出てくるし、文字に書けばそれが目に見えるビジュアルな対象として文字になるっていうことで明確化されますよね。具体化されるっていうところですよね。
それがもちろん言語化の素晴らしいところっていうか一番いいところなんですけれども私の特殊事情だと思うんですけれども言語学っていうことをやってるんですよ。どうやって思想を言語化するかっていう文字になったり音声になったりっていうその過程みたいなことも含めてどうやったら言葉になっていくんだろうという要するに言語化そのものをある意味研究してるんですよ。
でそれが簡単に説明できるならいいんですけどそうじゃないから研究してるわけでその難しさというかどうし言語化っていうのはそもそも何なのかっていうところをある意味やってるのでこの用語を軽々しく使えない使いたくないっていう立場にいるんですよね。
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これは私の専門としての特殊事情で一般の多くの方々にはそんなの知らないよというポイントかもしれませんがなので言語化そのものを追求している立場からすると軽々しく言語化なんていうのを使えないと言語化そのものを問題にしてるんだみたいな哲学的な議論になっちゃうので
皆さんが一般的な用語として使っているときにこちらが哲学的にどうなんだって言うと面白くない議論っていうかなってしまうので言わないわけなんですけれどもそこは極めて個人的なポイントとしてありますね言語化って何って突っ込みたくなっちゃうっていう自分がいるっていうこれがもう一つの私が言語化という表現を進んでは使わない理由の一つですね
これは本当に個人的な理由かもしれないんでさらっとチャプター継ぎます言語化という表現について私がいろいろチャチャを入れているっていうことでつまんないと思いになる方もいるかもしれません飛ばしていただければと思います
今日はですねなんかそういう個人的な話になってしまいました3点目なんですけれども見方の違いっていうことなんですけれども今日の話の発端は質問者の方よりですね言葉言語化っていうのは遮障であると本当は言いたいことがある100%あるんだけれども
いろいろ言語のルールとか社会のルールに乗っ取った上で言語化しなければいけないのでそぎ落とされて100%のままでは伝わらないと言語化された時には例えば7割とか8割とかなんかそぎ落とされた形で非常に一般的なものになって外に出るそれが人に伝わると
だから2、30%は遮障されてしまっているっていうことなんですねこれ事実だと思うんですよそれに対する懸念っていうかこのじゃあ2、30%はどうなるんだみたいなところでうまく伝わらないっていう悩みがあったりとかこの質問の趣旨はとてもよくわかるんですね
つまりですね言語化した瞬間に元のオリジナルの考え方の何割かは捨て去るっていうことになる
その捨て去られた部分っていうのが悲しいというかかわいそうというかこれどうなっちゃうのっていうところだと思うんですよ
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言葉というのは一種の古いであってつまり言語化された瞬間に何割かはもう消されてしまうっていうような感じですよねこの感覚ってこれない人いないんじゃないかなと思うんですよ私もあるんですけれども
一つね逆に考えてみるとすごく面白いと思ってそもそも私自身が考えていることを今このヘルディオでしゃべって皆さんに何割かはね
というよりも私の中にあったオリジナルのこのモヤモヤとしたアイディアこれ形になってないやつですよねこれが言葉によって7、8割ぐらいはちゃんと出てるっていう風に思うんですよ
つまり言葉によって捨て去られてるんではなくて言葉によって救い取ってもらってるっていう考え方ですね
これちょうどコップに半分水があった場合に半分もあるっていうか半分しかないっていうのはこれはオプティミストとペシミストっていうのはこれ心理学でも非常によく言われますよね
同じような見方で言葉によってオリジナルの何割かがなくなってしまうというペシミスティックな見方っていうのもあると思えば全く同じ現実事実をほとんど伝わらないはずのつまり他人に考え方なんて伝わるわけないでしょうっていう前提から考えて言葉によって7、8割も救い取ってもらっていると考えるオプティミスティックな考え方があると思うんですよ
これ本当に見方一つなのでどちらが正しいとかそういう話では見方の問題なんですけど私は割と言葉って救い取ってくれてるなって気がするんですね
100%は伝わらないっていうことを前提に7、8割は救い取ってくれてるから全然合格っていう感じなんですよ
そしてですね私いろいろこの英語誌という話題公的な話題ですけどねこれに関してはいろいろ発信してますブログでも書いてますしこのヘルディオでも日々音でお届けしているっていうことなんですが私が持っている英語誌の知識とか伝えたいことってあるんですねこれ100%しましょうか
これあるのに皆さんに伝える方法って言葉でしかないので言語化をするわけですよ文字なりあるいは音声なりっていうことですねこれ100%伝えられないだろうなというつもりで始めていますし今も続けているんですがそんなことなくてですね日々こうやって続けてるじゃないですか枯渇するんですよつまり伝えきったという感じになるんですね
18:05
なので言葉は言いたいことを救い取ってくれる7、8割救い取ってくれるというどころかですねむしろですね散々発信しているともう伝えたいこと伝えられることがなくなるに近いようなところになるんですよね
そうするとですねオリジナルの発想を言葉なんかでは100%伝えられないと私も思ってたんですけど散々伝えてるとですね枯渇するんですよつまり伝えきっちゃったに近くなるんですねこれはもちろんある一つの分野英語誌という分野で伝えたいことはだいぶ伝えられてきているという感覚があるだけで他に伝えたいことって人間いっぱいあるのでそれは全然ですよ
5、6割とかなんですけれどもこれですね言葉の力を過小評価しちゃいけないんですよ言語化によって2、3割例えば削ぎ落とされるということが本当だとしましょうつまり7、8割しか伝えられないとただ同じことをですね違う角度からひたすら発信しまくると言語化しまくるとこれですね漏れがなくなってくるんですよ
100とは言いませんが99%とかそんなに漏れがなくなってくるんですねなので集中効果を浴びせるとやっつけられるんですよ7、8割なんですがいろんな角度からやるそうすると99%ぐらいになるので心配はありませんっていうことそれぐらいオリジナルのアイディアなんて言葉によってカバーされ得ます
されてないと感じるんであれば発信が少ないっていうことただそれだけだと思いますですのでねその質問者の言語化ってのは遮蔵である捨て去るっていうことであるという見方これもわからないではないんですが発想変えてですね言葉って救い取ってくれるんですよと100からの引き算ではなくてゼロからの足し算って考えるといいと思いますね
でそこそこ拾いますよ7、8割そうすると0.7か0.8ですよねこれはですね同じ対象に対していろんな方向からぶつけるんですよそうするとですね0.95とかで0.99とかまで行くんですよ1.0まで行くかは別として言葉は意外と救い取ってくれます逆に言うとオリジナルのアイディアなんてですね大したことはありません
言葉で尽くされるということはですね往々にしてあります特に外に伝えたいというようなですねどうしても伝えたいっていうような内容は100パーとは言わずとも伝える術はあります私は言葉についてオプティミスティックになりすぎもいけないしペシミスティックになりすぎもいけないっていう風に思ってるんですよ
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言葉は持ち上げすぎてもいけないし落としすぎてもいけないただ昨今はですね言語化というバズワードによって言語を持ち上げるという方向にぐっと来ているのかなというふうに思うんですねこれ自体が云々というよりもその状況ちょっと持ち上げすぎのところに来ているっていうそういうバランスにあるんだということはメタ認知しておくと良いのかなっていうふうには思いますね
4点目なんですけれどもこれ最後になりますね本当にまあいろんなことを話してですね私も一貫しているのかわからなくなってきましたけれども先のチャプターの最後にも述べたように言葉って過信妄信してもいけないしかといって不信に陥ってもいけないんですよ
先ほどもオプティミスティックとペシミスティックっていう話をしましたよね言葉で共有すれば考え方がみんな同じになってそれで平和になるだろうっていうのはあまりにオプティミスティックでこれはありえないと思うんですね
一方でだからといって不信に陥って言葉なんて何にも役に立たないんだと表面的に言葉で分かり合ってるけれども心の底腹の底では全然違う考え方があるんだというようなペシミスティックな考え方これ両方とも行き過ぎで間違ってるんですよ
真ん中ぐらいにおそらく答えはあるんだろうと思います私は基本的にアマノジャプなので言語化というバズワードが来ているとつまり言葉で通じ合うことっていうのはとっても大事なんだとこれ公の場では確かにそのことが多いんですよ仕事とかビジネスこれ言わないと通じないですからやはり伝えて文章でも言葉でもあの行動でも伝えてっていうことでうまくいくっていう
これ共同関係ですよね人間が得意とするコミュニケーションでこれは言葉なくてはなし得ないので言語化するっていうことはこれ大事なんですよ間違いなく大事なんですけどこれ半分だっていうことを言いたいんですよ私も仕事のいわゆる公的な仕事ですよねこれも言語化しないと話にならないんでその技術を磨くということで文章力とか話す力とか磨いてとりあえず伝えるんですよ
なので私の人生の半分はものすごく言語化ということに命をかけているっていうかすごく重要視してるっていうことなんですけどこれ公的な自分って人生の半分じゃないですかそれ以外は私的な自分ってのはあるんですよそしてそっち方面に行くと私言語化なんてしたくないですからね言語化して分かってもらってたまるかっていう話ですから
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言語化という表現とかバズワンに対してちょっと否定的な考え方が私があるというような言い方をしましたがその根源を探ると私的なところでは言語化なんてむしろしたくない外になって絶対に出したくないっていうのがありますよね
言語化するってことは公的なものに持ち込むっていうことなんで素敵なものを公的に持ち込むっていうのはこれ好きな人とかそういう方向性を持ってる人はいるかもしれませんが私は全然それはないですしやりたくないです
ですからその部分は公的化あるいは言語化してたまるかというのが私の考え方なので
多分カチッときてるんだろうと思います
ですので改めて言いますね公的な場っていうのは公的にしてなんぼですつまり言語化してなんぼなんでこれができなければ話が話になりません
だから大事なの決まってます
ただ今バズワードになっちゃってます
言語化っていうのがこれ素敵なことも含めて全部言語化しなければいけないんじゃないか
それがいいことなんじゃないかという方向になっていると結構危険かなというふうに思います
公的なことですら絶対に言語化しちゃいけないことっていっぱいあるんですよ
本音とたてまえっていうことですけどこれ絶対しちゃいけないことあるんですよ
さらに素敵なことなんてもっと言語化しちゃいけないことがあるんですけど
言語化というのが一般的に一人歩きしてしまうと言葉にする共有することが大事なんだっていう一般論になっちゃうので危ないと思うんですね
私が本当に重要だと思うのは実は指摘な部分とか言語化しないあるいは言語化頑張ってもやっぱりできない
先ほどの言葉で言うとどうしても漏れてしまう
どう頑張っても抽象化されざるを得ないとか
車掌されてしまう部分つまりどう頑張っても言語にはなり得ないっていうその1割2割の部分
これこそが本当は重要なんではないかと思うんですよ
言葉になんかならないことにこそエネルギーがこもってるとすら思ってるんで
そこは大事にしておく必要があるのかなと
つまり共有され得ることなんていうのは言語によってそんな大したことじゃないのかもしれないですね
それよりもどう言葉に尽くしても伝えられないっていう
そこがどう頑張ってもあなたにしか持てない部分っていうことなので守らないといけない部分っていうことなんだろうと思います
ということで私は言語化どうしてもできない部分っていうのは来産します
その上で8割9割のことはどんなことでも言葉を尽くせば言語化できる
27:00
つまり言葉は捨て去るんではなくてむしろ救い取るという側面が大きい
回り回ってやはり言葉はすごい人間が作り出した最強の道具である
これは今日みたいな話の最後に持ってきてもやっぱり成り立つ命題だと私は考えています
エンディングです
今日も最後まで放送を聞いていただきましてありがとうございました
今回は熱量を込めて語ってしまいまして内容としては尻滅裂だった可能性が高いので
その辺はご容赦いただいたり完全スキップしていただいたりして調整いただければと思います
個人的な言語化という表現に対する違和感を表明した回なんですね
公的には言語化するなんて当たり前すぎてそんな言葉も必要ないでしょうっていうことが一つ
そして私的には私的なものを言語化されてたまるか
なのでどっちに転んでも何のためにある言葉なのっていうのがわからないというのが私の結論なんですけれども
これ私も一方的に今日お話したということになりますので
リスナーの皆さんが言語化という最近よく耳にするようになった
10年ぐらい前にあまりなかったと思うんですよね
ビジネス業界とかであったのかもしれないんですけれども
これについて皆さんのご意見もお聞かせいただければと思いますね
私もちょっと熱が入ってしまったんですけれども
もうちょっと冷静に言語化という高々一つの表現ですよね
これにそんな熱を込めずにちゃんと分析するのが言葉の研究者じゃないかということも
散々話した後に今思い始めているので
皆さんのご意見もお寄せいただければと思った次第です
ちょっと反省の意味を込めましてね
ぜひよろしくお願いいたします
それでは今日も皆さんにとって良い1日になりますように
ほったりういちがお届けしました
また明日
29:21

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