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2023-12-19 1:09:55

BC079「2023年の振り返り(後半)」

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前回に引き続いて、今年一年の配信の振り返りです。

◇2023年ブックカタリスト配信リスト - BCBookReadingCircle

上記ページの「----half---」より下の回を振り返ります。

当記事では、倉下視点でのトータルの振り返りを。

リアルなものの復興・二重構造

まず『言語はこうして生まれる』および『会話の科学』で、私たちのリアルで日常的な会話の重要性が回復されました。理論的に整ったものが「本質」ではなく、雑多で即興的なやりとりこそが言語の中心的な意義であると確認されたわけです。

その上で、『ふつうの相談』の構図が立ち上がります。論理的に整ったものや体系的なものは、ある特殊な状態を先鋭化させたものであり、そうした研究にはたしかに意義がある。しかし、私たちのリアルはもっと柔軟で雑多なものであり、その両方が行き来すると豊かな状態がやってくるであろう、という見立て。つまり、どちらか一つを選択するのではなく、その両方を織り込んだ大きな地図を著者は描いて見せました。

同じ視点を採用すると、『習慣と脳の科学』『Remember 記憶の科学』『まちがえる脳』 『忘却の整理学』で確認したように、二重の要素が構造を支えている形が浮かび上がります。

身体的・習慣的なもので固定的なものに対応する能力と、言語的・観念的なもので変化に対応する能力。覚えることと、忘れること。どちらも相反する能力が、一つの系(システム)の中に存在し、それぞれが協調的に働くことで大きな成果を達成しているわけです

どちらか一つを選ぶという選択ではなく、その両方を織り込んだ地図を描く

その意味では、「悪意」もゼロイチで考えるのではなく適切に運用することが重要でしょうし、「頭の中のひとりごと」も完全に抑制するというよりは、暴走を抑制し、うまく使えるように導くことが大切になるでしょう。「積読か再読か」という選択も実際は無意味で、その両方をどう営んでいくのか、という視点が必要になります

ようするに、単一の原理こそが「唯一の答え」であり、それ以外はすべて間違いという狭い観点から抜け出て、どのようにして複数の原理を運用していくのかという考えの方向性が見えてきたのが今年一年の読書でした。

読書の深まりと広がり

同じように、本の読み方・選び方についても二重の要素が考えられます。

一つは、専門分野・興味を持っている分野について重点的に読んでいくスタイル。似たような新書を複数冊読むことや同じ本を再読することも、ここに加えられるでしょう。

そうした読書では、自分の脳内にある知識の網(あるいはconceptのnetwork)をより密にしていく効果が期待できます。理解を深める読書、と端的にまとめられます。

もう一つのスタイルが、その時点の自分の専門分野や興味の外側にある対象について読んでいくスタイルです。実際は、完全な外部についてはそういう本があるということすら認識できないでしょうから、「外周ぎりぎりにある本」がよい塩梅でしょう。

そうした本は、「これを読めば、〜〜に役立つ」と確信的なことは何も言えません。それが言えないものを「外部」と呼ぶからです。そうした本を読むときに必要になるのは、言うまでもなく知的好奇心です(あるいは、虚栄心ということもあります)。そうした心の動きがなければ、確信がない本を読むという行為はまず起こらないでしょう。

で、知的好奇心に駆動されて「外側」の本を読むと、思いも寄らなかった対象と知識の網がつながることが起こります。単純に言えば、知識の網が大きくなるのです。これを、理解を広げる読書とまとめておきましょう。

必要なのは、この二つのタイプの読書のどちらか一つを選ぶのではなく、必要に応じてどちらも使っていくことです。深めることと、広げることの両方を行うのです。そうすれば、うまい具合に知識の網を整備していけることでしょう。

もちろん、上記とはぜんぜん違った形の「読書」がありうることは間違いありません(でなければ、結局単一の原理に還元していることになります)。ただし、ある種の知的なあこがれに向かっていく読書の場合は、そうした読み方・選び方は意識しておいた方がよさそうです。



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サマリー

本エピソードでは、2023年の振り返り(後半)が話し合われています。3冊の学習に関する本、間違える脳と忘却の生理学、そして逆境に負けない学校デラックス物語が紹介され、脳の性質や知的生産について考える内容となっています。新刊を出版した著者が振り返りを行い、次の本のアイディアを考えています。そして、自己啓発本として役立つ可能性のある本について話し合っています。彼は自己啓発について考え、言語学と会話の科学に興味を持ち始めました。彼は会話が日常会話とは異なり、対話と異なることに気付きました。彼は対話の訓練が必要であり、チャットGPTを使った対話練習の可能性もあると思いました。会話生成AIの進化と、専門家の本を読むことによる楽しみや幸福感についても話しています。彼は会話とマニピュレーションについての哲学的な視点で考えています。文章による記録が仕事や対話において重要であることを彼は理解しています。彼は記録を取ることで考えることが普段の習慣となり、仕事の効率性が向上することも実感しています。また、Web 2.0の登場以降、ブログやSNSが人々の情報交換や交流の場となっており、ネットコミュニティが大いに盛り上がっていることも彼は認識しています。彼は技術ブログを通じたマーケティングの有効性も高まっていると考えています。そして、GPT-4をはじめとするAI技術の進歩とそのマーケティングへの影響についても考えています。彼はプログラミング、コミュニティ、読書会、ブックカタリストに興味を持っています。

学習に関する本の紹介
面白かった本について語るポッドキャスト、ブックカタリスト、第79回の本日は、2023年振り返り後半です。
はい、よろしくお願いします。
はい、お願いします。
第65回BC65で、英語、数学、プログラミングを学ぶということで、3冊テーマ回として、特にしかも学習に関する3冊テーマ回として、クラスターが3冊挙げて紹介した回で、
結構、どれも特色があるというか、英語は1万時間でものになるという、とりあえず使う英語をマスターするには、どっぷり日常生活で使い切る、使い切るしかないみたいなことと、
あと、心を旅する数学というのが、数学的直感というのをいかに学んでいくか、いかにも数学というとロジカルの探求だと思われがちだけども、実は感覚、センス、直感的なものを磨くことが必要だという話で、
プログラマー脳というのが、
認知の観点から、プログラミングの行動をどう読むかということを語った本で、どれもなかなか特色ある3冊だったかなという印象ですね。
こういう系はね、人気があるのか、ダウンロード数みたいなやつも平均して、他よりも良い感じで。
まあ、特に英語とプログラミングは、日本人の大人がよく学びたいもの。
まだよくないでしょうね。
ちなみに俺は、
あの、数学の話に出てきたシステム3というのが一番興味深いなと思っていて、
そうですね。
今もよくね、そういうふうに考えていると、結構いろんなところで出てくるんですよね。
その直感はアップデートできるっていう感じっていうのかな。
まあ、当然そうなるでしょうね。
だから、システム1、システム2っていうのが、僕たちの認知っていうのが二重構造になっているってことをまず述べたことが意義があるんですけど、
あの言い方やと、システム1、人間は、
一生システム1に囚われ続けるんだ、みたいな感じになるわけですけど、
まあ、それをアップデートできるよということを言うと、
まあ、より希望が持てるのかなという感じですね。
うん。
まああのあれですかね、その知識を身体化することによって直感をちょっと合理的、合理的じゃないな、
えーと、おそらくこの社会を生き抜くために良い方向に変えていくことができるなのか。
だからまあ、直感も、そのある短いスパンで見たときに進化、
していけるということでしょうね。
あー、1個体のレベルで直感を進化させられるっていうことですよね。
おそらくそれがまあ、学習やということなんじゃないですか、きっと。
うん。っていうと、すげえなんかね、やっぱ学ぶ気になれますよね。
うん、確かに。
これ、そのね、アフタートークで後で話そうと思ってるんですけど、
その直感を身につけるために数学を学ぼうっていうのをちょっとやる気になっていて、
まあ、やる気になってやってないんですけどね、まだ。
まあ、そういう感じで、まあ、単純に学ぶというより、
その学ぶとは同じですね。
まあ、単純に学ぶというより、その学ぶとは同じですね。
まあ、どういうことかっていうのを結構深く考える、
その暗記、暗記ってその漢字の暗記的なものではなくて、
まあ、理解とかっていうことのより具体的な法令が示されている三冊だったかなという。
はい。で、次が、66回のリメンバー記憶の科学しっかり覚えて上手に忘れるための18章。
はい。
なんか、あの、1個前の習慣の話とかと多分同じタイミングで読んで、
で、自分の中ではなんかね、えっと、ジャンル違いでありながらもなんとなくこうセットみたいな感じがあったりして。
うん、なるほど、なるほど。
習慣を付けることと、なんか、上手いことを覚えることみたいなのを習慣化するみたいなような捉え方をしているっていうのかな。
うん、うん、うん。
で、結局、あのね、この手のやつはなんていうんだろう、えっと、いっぱい読むとやっぱ書いてあることが同じだなっていうのを改めて思って、
で、まあ、テーマが一つのテーマに切ってあって、
分かりやすいみたいな感じではあるんですけど、なんか、あの、特別、なんか、これはめちゃめちゃすごかったっていう印象というよりは、
やっぱこの覚えるということのワンテーマをこれでだいたい網羅できるっていう意味で非常に良かったのかなっていう感じかな。
なるほど。
あ、そうか。
記憶の科学でも、でもしっかり忘れるというところが、まあだからポイント、ポイント、逆説的になんかアクセントが効いてるというか、
記憶術の本言うけど、
忘れることの大切さを説いてるという意味で、あの、印象に残った本でしたね、これ。
あ、そうか、ですかね。あと、あの、あれですかね、体は忘れんっていう、頭は忘れても、そこが結構、なんていうんだろう、いろんな分野で重要なことで、
自転車の乗り方一回覚えたら、普通忘れない。
うん、そうか。
で、それは結局、あの、習慣と脳の科学で出てきた、世界に対応する、つまり変化する世界に対応するのと、変化しない世界に対応するっていうのと、その対応してる。
はい。
忘れるってことは、変えられるってことやから、その、変化できるものは忘れるものでいいし、えー、変化しないものは忘れないほうがいいから、だから忘れるものと忘れないものの、2段、2階建てバスが多分大切なんですね、これは、だから。
でしょうね、で、上手いこと忘れてしまっても問題ないと、というか、やっぱ意識に上らないレベルになったら忘れなくなるという、なんか逆説的な話なのか。
だからまず最初は覚えられない期間があって、で、ある程度覚えてる期間があって、
完全に身体化するともう一切、注意に上らなくなって、覚えてるかどうかもわからない段階になるという感じなのかな。
めっちゃあれですね、その運動の神話の話をしていたときに、まんまそれを言ってましたね、そういえば、自分は、なんかあの、身体化してしまったせいで本の内容は覚えてないけど、書いてあったことはだいたいほとんど覚えてる。
そういうふうに、そのプロセス、だから直線的なプロセスじゃなくて、山形のような、注意を払う対象が山形になるんかな、多分だから。
うん。
で、まあ、あの、忘れることも。
気にしないほうがいいよっていうか、むしろ積極的にポジティブに捉えていくのが重要なんだよっていうところも結構重要な話ですかね。
まあ、それが人間の脳の基本的なスペックですからね、今。
うん。まあ、それを、その、そうだな、忘れることを前提にしてどういう、その、生き方をしていくかですね。
うん。もう避けがたいわけですからね、分け添えていくことは。
で、えーと、ゲスト会、えー、次。
が67回がゲスト会ということで、えーと、が逆境に。
負けない学校デラックス物語の、えーと、大澄先生をゲストにお迎えして、えーと、紹介した回だったと思うんですけども、えー、どんな話をしたっけね。
えーと、なんか、あの、本を読んでいて、悲しい気分になって読むのが辛い本だったっていうことを喋っていたことは覚えてます。
そうですね、やっぱ物語なので、その、ある種のノウハウとかが語られているよりは、まあ、この、その、逆境に負けない、学校デラックス物語の、えーと、を紹介した回だったと思うんですけども、えー、どんな話をしたっけね。
まあ、その、逆境がかなりたくさん語られている本で、結構、あの、よくこんな環境で、その、めげずに続けたなというところと、まあ、その、学校におけるDXの話とか、まあ、まあ、学校によっても違うとかっていう話をまあ、聞けたのはちょっと面白かったですね。
まああの、共感力が高い人はね、生きるのが辛くなるかもしれないっていうのは、あれですね、言っておいた方がいいかもしれないやつですね。
まあ、そうやね。まあ、かなり、まあ、日本企業も世界から見て特殊かもしれんけど、その中でもさらに特殊。
忘却と知的生産
特殊な環境ではあると思うのですが。
うん、まあ、まあね、まあ。
で、えーと、ちなみに、えー、こう、なんか、むしろ、次、あるとしたら、もっと、こう、低コータみたいなのを聞きたいなというのが、ちょっと思ったとこでした。
あ、もうちょっとうまくいった物語。
そう、なんか、何人かのやつをそれ集めて、先生、馬穂三先生だけじゃなくて、なんか、こういってうまくいきましたよパターンが、なんか、10、10人ぐらい。
しかし、聞けたら、なんか、もうちょっと、こう、テンションを上げていけるんじゃないかなと。
まあ、それはあれじゃないですかね。俺たちが全く目にしないだけで、学校業界ではそういうことが話題になっているんじゃないかな。
学校の先生の業界雑誌とかってあるのかな。
なんか、えーと、確か、確か話、どっかでそういう話は聞いたことがあります。
あんたらそういうとこで、多分、共有されてるからこそ、なんか、馬穂三先生がこういうことを、そのリアルを伝えたっていう感じかな。
うん、まあ、そこに意義があったというか、あれは、あんなキラキラしたことばっかりが。
ばっかり。
過剰に再現されてしまうと、あの、確か本人も言ってたと思うんですけど、なんていうんだろう、あの、相手を下に見てしまうとか。
はいはいはい。
その、自分が正しいと思い込んでしまう。こうすることが正解であるみたいに決めつけてしまう恐ろしさが、可能性が出てくるので、やっぱそれだけじゃないんだよっていうのを知っておくのは大事なんじゃないですかね。
うん、確かにね。それは、まあ、そういう意味で、まあ、特別な、特別なポジションにある本やったと思います。
はい。
で、続きましてが068。えーと、忘却と知的生産ということで、えー、今回は2冊セットの回でして、あ、そうか、ここで取り上げたね。
そう、間違える脳はここで出てきたっていうのを今気づきました。
間違える脳と忘却の生理学っていう2冊。結構、あの、方向性が違う本なんですけども、まあ、その、あの、僕の中で共通点を見出したのは、脳はそもそも間違えたりとか忘れるってことが基本スペックっていうことを、まあ、それ、僕らが持ってる脳の印象っていうのを変える本と、
あと、知的生産で言うと大体その記録、たくさん記録しよう、知識を蓄えようみたいな話をされている中、えーと、富山先生は、いや、むしろ忘れることにこそ創造性のコアがあるんだよということを説いた本で、まあ、その、世の中のナレッジマネジメントに一石を投じるようなことをちょっと述べたかなとは思いますね。
あれですね、忘却の生理学っていうのが思考の生理学で有名な、
その、富山茂彦さん、はい、が書いた本ですね。
そうですね、あの、まあ、結構、どうなの、何歳ぐらい書かれたのかわからないけど、あるエッセイで書かれてるんですけども、まあ、忘れ、まあ、知識を固定的に、つまり、さっきの感じで言うと、その、どうやらの暗記の形で知識を覚えるばっかりに、その、変形させたりとか変化させたりとか組み合わせるってことができないと、えー、想像っていうのはできないよっていうことと、その、逆にその間違える脳の話を考えると、
人間の脳の基本的なスペックっていうのは、想像するようにできてるってことなんですね、きっと。
間違える脳と忘却の生理学
その、情報の扱いに関して言ったら、忘れたりとか、細部を変えたりして、記憶したり思い出したりするわけですから、僕らの本来的な脳の使い方はむしろ想像的にあると言えると思うんで、2つ考えると、えーと、んー、どうやらな、覚えることも大切だけども、まあ、想像、普通にやっていれば想像的になるはずだっていう感じなのかな。
ん?
想像的になるはずだか。
うん、なんかそう、普通に人間が情報処理してることそのものがすでに想像的?
あー、それはわかる気がする、うんうん。
だから、あの、あとはそれを、そのスペックをどの方向に出していくかっていう、その、方向、ディレクションの問題であって、その、なんか知的能力向上をするためにほんにゃはんにゃみたいな、あんまり考えてんじゃないかなっていう気がするね。
うん、そうですね。
同時に、やっぱ、えーと、忘れて間違えることで、
クリエイティブなことが出てくるんだとしたら、いっぱい覚えることは大事だっていうことにもなるのかなっていう気もするし。
だから、お、いっぱい、何やろ、接触する?情報と接触する?で、一回それに注意を向けることによって、フィルターされて残ったものとか、その、残らなかったものとかのこのうにゃうにゃが起こりやすいっていうのはあると思うから、もちろん、あの、どうやらな、覚えるっていうことをどう捉えるかってことなのかな、だから。
んー、そうですね。
何?
理解しようとするってことじゃないかな、きっと。
リメンバーを覚えるだということを一個覚えるだけにあまり価値があるとは思えないけれども、まあ、でも難しいのが、それはそれで重要だみたいなところもあるからな。
まあ、ゼロではないけど、例えば、えーと、んー、いばなみ書店のさ、いばなみ文庫の本のタイトルを100冊覚えましたっていうだけではちょっと弱いじゃないですか。
まあ、そうですね、この、なんだっけ、えーと、間違えるの。
いばなみの赤の1972番って覚えるのはさすがに、あの、ほとんど価値がないと思う。
でも、その本が何であったのかっていうことを把握したりとか理解しようとする経験は多分重要で、だから、覚えるって言っても覚える対象が多分違いがあるっていうことかな。
んー、まあ、そうですね。
で、一般的に適当に覚えるということを捉えてしまうと、えーと、まあ、
いわゆる丸暗記というものになってしまって、うん、まあ、それは、えーと、忘却うんぬんというレベルの忘れるになっていないのか。忘れてしまったとしても。
そうだね。ちょっと、丸々覚えてるか完全に忘れてるかの二択になるんじゃないかな、その場合へと。
だから、知識の改変とか抽出っていうのが起こらない、つまり、物質で例えると非常にそり…
結合が薄いみたいな気がする。
うん。個体的に覚えてるか。
ソリッドやな。リキッドじゃなくてソリッドな感じで覚えてるっていうような感じがするから、そこをもう少し、だから、あの本何を言ってたかを自分の言葉で言えるようになるっていう覚え方が一番多分いいはずやね。だから、そういう意味で言うと。
うん、あれですね。ちょうどわかるとはどういうことかを、に出てきた、あの、知識の網の目みたいな言葉が、あの、一番いいなと今思って、その網を作っていかないといけないっていうのかな。
一対一ではなくネットワークにしていくっていうのか、知識を。
例えば、網を作るためには、その、情報の点があったときに、他の点と接合するために腕が伸びないといけないじゃないですか。
ああ、うんうんうん。
例えば、本に書いてあるものってそのままでは腕伸びてないじゃないですか。
うんうんうん。
ある意味、切り取ったままの非常に腕のない丸、円、球がそこにあるだけやから、その腕を伸ばすことは、要するにだから理解するっていうことやと思うんですよ。つまりわかるっていうこと。
だから、この作用をした後の忘却とそうじゃないは多分違うんです。
ね。
そうですね。そこを網をいっぱい張っておいて、網がところどころ、まあ破れるって言うとなんか変な表現なんだけど、網の繋がり方が、やっぱその人の個性とか感性みたいな言葉になるっていうのか。
うん。だからやっぱ自分の網に一回取り込もうとするっていう覚え方をするのと、その網とは関係なく固有の知識として覚えているっていうのがやっぱりその同じ覚えると言ってもやっぱりその作用が違うんだなっていうことよねきっと。
うん。っていう感じ。
本の反省点
かな。で、次が69回アトーミックリーディング。ゴリボさんが7月ぐらい、8月だったっけ?に発売、書いた本ですね。
はい。その後の反応はどうですかね?
うーん、なんて言うんだろうな。アトミックシンキングの方が評判がいいですね。
なんかこう、釈然とせえへん?
うーんとね。
そうでもない。
えっと、今振り返るとなんですけど。
アトミックシンキングの方はアトミックシンキングの反省点を踏まえることに注力しすぎて、あのー、ごっちゃになってた部分が結構あるかなっていう。
なるほど、なるほど、なるほど、なるほど。
そのストーリーを入れた方が絶対伝わるっていう、絶対じゃないか、その伝わるだろうという前提のもとで、ストーリーを入れることに注力して、うまく言えないんだけどね、その綺麗にまとまってないと今だと思う。
おー、なるほど。
物語としてはいいのかもしれないんだけどっていう感じなのかな、それで言うと。
だからノウハウ本とエッセイ本っていうのを仮に二分担したら、ややエッセイ本寄りになった。
そういう感じなのかもしれない。そしておそらく求められるのは、いわゆるノウハウ本なんだろうなっていう。
なるほど、なるほど、なるほど。
そうかー、でも、どうやら両方読んでるし、自分では判断つかへんけど、もう、でもまあ、僕が面白くよく書けてるなと思ったってことは、
確かにと世間のメジャーアイドルが違う可能性があるというのはあるね。
あり得る、あり得る。
そういうのは難しい、あの、何やろ、そのバランスが難しいというかね、その、誰に意見を求めたらいいのかってことだよね、これはね。
うん、まあ正解がないことは事実なので。
うん、確かに。
うんと、なんていうんだろうな、あと今回はなんか、あの、スムーズに言ったせいで視野が狭かったのかもしれないとかもあるかもしれない。
うまく言えないんだけど。
ああ、最初に書いて、その、まあダーッと書き上げて。
まあそのまま、なんとはなしに出来上がったみたいな。
意外と、その、少なくともアトミックシンキングより苦労をしていない気がして、苦労をしていなかったことが、その、良くないというか、その、まとまっていないに作用していたのかもしれない。
まあもう一段必要なブラッシュアップ、まあたくさんのことを言うと、シェイク、ちょっと必要なシェイクが足りてなかった可能性が。
可能性がある。
うん。
それは難しいな。
うまいこと書けた成功ではありつつ、クオリティに問題があるんやったら、どこをどう変えたらいいのかっていう話が出てきますな。
そうなんですよね。
まあ、あの、さらに言えば、やっぱ1年レベルで本をまとめ続けるのが難しいのかもしれない。
難しいね。
それは難しい。
アトミックシンキングは言ったら3年、4年分ぐらいのその努力を積み重ねた上で書いているので。
なるほど、なるほど、なるほど。
アトミックリーディングはそこの上に1年しか積み重なっていない。
はい。
そうか。
なるほど。
あと、それで言うとあれなんですよね。
やっぱアトミックシンキングの方が、当時の自分が知らんかったことがいっぱいあったから、多くの人にとっても、おおって思うことが多い可能性は十分にあって。
最近やっとそのデジタルガーデンっていう言葉とか、よく見るようになってきたんですよね。
いろんな人が書いてるの。
っていうと、やっぱ早かったし新鮮だったと思う。
なるほど。
次の本のアイディア
アトミックリーディングはそういう意味で言うとですね、その新鮮な要素が人にとってないのかなっていう。
まあ、その続編というか姉妹編というか応用編みたいな感じだからね。
うん、っていうことがあるんじゃないかなっていう感じですかね。
うーん。それを踏まえて、じゃあその3作目どうするかみたいな目論みみたいなのがあるんですかね。
目論みっていうか、次考えていて書けそうなのはアトミックシンキング実践編みたいなやつかなっていう。
なるほど。
なるほど。まあ、わかりやすいね、コンセプトが。
うん、わかりやすいのと、あのー、なんていうんだろう、知的負荷の点では少ない。
確かに。実践編はその、ツールを具体的に使うというよりは、その、自分が行っている知的作用の中身を明らかにするみたいな感じだから。
えーと、今のイメージで言うと、ちょっとオブシディアンの話にしようかなっていう。
オブシディアンに限定しないんだけどっていう。
そうやね。それはでもやっぱり触れざるを得ない。
ところがあって、僕も考えの育て方っていう本は半分スクラップボックスの本ですけど、やっぱりその純粋なツールを抜きにした話って多分しづらいので、タイトルにオブシディアンを入れるかどうかは別として、オブシディアン上の話にならざるを得ないのかなという予測はありますね。
あ、あのー、言われてみるとそうですね、ラスタさんがこの前書いた本のオレバージョンみたいなニュアンスなのかもしれない、考えているのは。
確かに。それはでも、それはそれで。
僕もきっといいと思うわ。で、俺がきっといいと思うわってことはもしかしたら違うかもしれない。
いや、だからオブシディアンなんとかっていうタイトルにするかもしれない。
あ、逆にね、その方がいいかもしれない。
もうあえて?
オブシディアンはいいと思うよ。むしろ今、情報を求めてる人がたくさんいるし、で、スクラップボックスは別に操作説明いらんけど、オブシディアンはむしろある程度の骨太な指針がないと確実に迷ってしまうから、そこは誰かが提示してあげた方がいいかな。
まあそうですね。
よく聞かれるからな、そのオブシディアンに何かいい本ないですかって言われて。
ないの?
難しいんですよね、みんな。
何を求めてるかによるものは、なんでちょっと違うかな。
俺が求めているものはプラグインリストではなくて、それで何をするかなんですよね。
はいはいはいはい。
ただ、少なくともそれってやっぱ非常に難しい。
そうやな。
でもそうやな、なんかこれ、ほにゃららのために使うオブシディアンみたいな方がやっぱクリアに伝わる気がする。
うん、なので、仮タイトルで言えば、例えばオブシディアン知的生産術とかそういう方向なんですよね。
イメージとしては。
わかる人にわかるタイトルをつけるならそれかなっていう。
それでいいんじゃないか。その中でアトミックほにゃららを実践していくっていうことで全然、サブタイトルにおいてもいいしね。
まあっていうのが今のところのイメージですかね。ただちょっとね、無理に年一じゃなくてもいいかもしれんとも思い始めている。
まあそうやね、結構深い。
まあ高いし、やっぱりその締め切りにきてマウントを不十分でも出さなあかんっていうところが当然あるわけですからね。
うん、ちょっと一回、あれですかね、少なくとも来年になってからもう一回考える。
2024年に入ってから2ヶ月ぐらい、3月ぐらいには決断したいですね、どうするか。
その辺の今後の展望も非常に楽しみなところではありますね。
自己啓発本の特徴
次が70BC070ということで、
ヘルプ、人生を何とかしたいあなたのための現実な提案ということで、
えーと、本の内容というか中で紹介されている話をいくつかピックアップした記憶があるんですけど、
まあ自己啓発書を、で、少々無理があるよねという話もしながらも、
まあ役立つこと、こういうことは役立つよねっていう、まあ襟分けというかフィルターをしている本で、
まあこの本を一冊もし読めば、地元の自己啓発書と程よい距離感で付き合える本じゃないかなという気はします。
そうですね、あの限りある時間の使い方の著者の人の別の本なんですよね。
そうですね、で、まあ著者、あの限りある時間の使い方を非常に僕は気に入ったんで、
でも気に入ったからって即顔開けじゃなくて、パラパラと見たんですけど、
まあパラッと見て、うん、このイギリス人っぽい皮肉の書き方は面白いなと思って、
まあ読んだんですけど、あの即座に人生に役立つという話よりはもう少し、
だから自己を啓発するってどういうことなんだろうなっていうのを、
一旦落ち着いて考えるための手助けになるような本じゃないかなと思いますね。
うーん、そうですね、自己啓発業界というのが今どういう風になっているのか知らないけれども、
なかなか健全な自己啓発ってむずいですからね。
で、まあその健全な自己啓発と、例えばさっきのプログラミング学習みたいなんてさ、
接続してるわけじゃないですか、やっぱりそのプログラミング学習とか英語学習も、
自己啓発と興味の変化
自己を、広い意味で自己を啓発していく行為の中にあって、
で、その、やっぱり、
当然いいもの、いいものっていうか、役に立つものもあれば、かなりうさんくさいものもあって、
自己啓発っていうのを一切拒絶してしまうと、
まあありのままに生きていくっていうことになるし、
でもありのままに生きていこうっていうのもやっぱりそれも一種の自己啓発のアレンジしたスタイルでしかなくて、
だから、僕らはもう日常的に触れてるんじゃないですかね、自己啓発的なものに。
だから、
生きる限り、人として生きる限り、
生きる限り、で、この社会で情報を摂取している限り、
何かそういうニファンスの情報を受け取っていると思うんで、
で、やっぱり無意識に影響されることもあると思うんですね、そのいうことに。
だから、一回、処方箋として、そういうものって、
例えば、そういうことを言っているのって何が問題なのかっていうのをちゃんと指摘してくれているこの本は、
なかなか、なんせ、ある種の業界にすごい喧嘩を売る本やから、
あんまり多くの人は商業出版では言わないようなことを書いてあるので、
まあ、なかなかその意味で勇気のある、勇気のある著者、
だなという感じの本でした。
うーん、あの、日本だと出なさそうみたいなイメージですかね、それで言うと。
そうやな、やっぱ、おー、例えば、ダイヤモンドからこういう本が出るかどうか、
まあ、でも、あの、独学体制のダイヤモンドから出てるからな、
まあ、ちょっとその辺は分からへんけど。
うーん。
はい、で、次が71回、会話の科学、あなたはなぜAと言ってしまうのか。
はい。
会話シリーズ、というか、多分、自分の好みで言うと、
言語学、会話、
というか、そうだな、言語学に近いのかな、みたいな業界のことは、
割と、もともと興味がほんのりとあって、この時期にそれなりに興味が深まってきていたっていうのか。
うーん、そう。
まあ、だから、ちょっと、これより前の時は英語学習とか、その外国語を学ぶみたいな話が多かったですけど、
もうちょっとこう、なんやろ、踏み込んだっておかしいか。
言語そのものの働きとかっていう、
そういうことについて、ちょっとフォーカスが移ってる印象ですかね。
そうですね。やっぱ、現体験は、その、一時、30代の頃に、割と海外旅行みたいなのに行った回数が多くて、
その時期に、やっぱね、その、言語とは何なのかっていう、その、哲学な、何なのかではないんだけど、
その、何なのかみたいなことを結構、やっぱ、考える機会が増えて、
はい。
そこから、やっぱ、言葉とは何なのか。
言語とは何なのかとか、外国語学習が何なのかみたいなのの興味が今につながっているみたいな印象はあるかもしれないですね。
うーん、なるほどね。
この本は哲学じゃなくて、科学、しかも言語じゃなくて会話の科学というところが、結構面白ポイントというか注目ポイントですね。
そうですね。その、まず、どっちかっていうと、その見方で言うと、
言語、哲学とか言語学部門に喧嘩を売っている本という言い方もできる感じ。
はい。確かに。確かに。
あの、お前たち、そんな、なんか、偽物の言葉ばっかり研究しやがって、本物の言葉研究しないだろうっていう見方もできる。
確かに。
その、なぜ日常会話を下に見て何も研究していないんだよっていう、というのが多分結構原点にあって、
で、その言語学に関係ない。
違う、言語学がおそらく切り捨てていたことが、我々のコミュニケーションにおいて、
非常に重要なんだろうなっていうところなのかな。
どうでしょうね。だって、その、え?っていう、その、疑問系?
まあ、英語で言うとパードゥンみたいな感じのって、
まあ、哲学の命題になることはまずないですからね。
もう、そんな、その、意味、意味をなさないような言葉が、
その、これとは一体何だろうかって、試作されることはないでしょうから。
まあ、だから扱いやすいもの、思考の対象にしやすいものだけを、
哲学、内緒、言語、哲学が扱ってきた。
歴史っていうのがあって、
でも、それはコミュニケーションとは別に、別のものだよというところ。
でも、結局、あの、ビトギン、後期ビトギンシュタインから、
おそらく、哲学の注目を向け始めてたものが、
まあ、科学の途上に乗ってきたっていう流れなんでしょうね。
まあ、そうでしょうね。
あと、これでやっぱ一番面白かったのが、
平均して0.2秒で、
あの、相手の話が終わってから話し始めていて、
脳神経科学的な概念で言うと、
えっと、それは、相手の言葉を最後まで聞いていないということを意味し、
その、会話というのは、極論、
お互い自分が言いたいことを言ってるだけだっていう。
まあ、だから、そうなんですよね。
だから、それも、相手が言うことを予測し、
もう、ある段階で予測しちゃってて、
自分の答えをもう、念出してるわけですから、
えー、こういう言い方をするとあれですけど、
誠実なコミュニケーションでは、
な、せ、コミュニケーションじゃないか。
コミュニケーションってそういうもんやから、
誠実ななんやろな、情報通信じゃない。
やっぱね、対話と会話が、
違うんだなって、すげえ思ったんですよね。
なるほどね。
これを見ながらで。
それは確かにそうやな。
その、会話というのは、やっぱまず、
例えば、スピードが大事で、
スピードのために犠牲にするものがある。
うん、うん、うん、うん、うん。
で、おそらく、対話というのは、
そこには、そうじゃない部分があるはず。
そうやね、確かに。
で、我々は、会話は、ずーっとやってきているけど、
ほとんどの人は、やっぱ対話というものをやっていないので、
なんか、あの、
熟慮の政治みたいな、
ああいうことを考えるときに、
それは、結構、対話というものを学んでみてもいいんじゃないのか?
学ぶって何するか分かんないんだけど。
いやー、でも、学ぶでしょ。
会話の科学と言語学
要するに、会話も学んで、
その、学ぶっていうのは、授業とかじゃなくて、
周りの人からやりたりとして学ぶっていうことですけど、
学んできて、身につけてるわけですから。
だから、対話っていうのを、
学ばずに身につけるっていうことは、
かなりの、ハイスペックな人間を求めてるわけで、
逆に、ちゃんと、授業したほうがいい。
でしょ。
それはもう、間違いなく。
しかも、
あの、
例えば、
小学校とか中学校とかって、
コミュニケーションが一方通行というか、
先生に質問される、答えるじゃないですか。
で、
例えば、先生に何か言われたときに、
その先生に対して、
それってどういう意味ですかって聞き返すのって、
対話の訓練とチャットGPT
あんまり、
よろしくないですよね。
その、
まあ、先生があしたらめんどくさいことは、
よくわかるからね。
でも、それは結局、
対話になってないってことですから。
だから、
ある種の対話の訓練ってほとんどなく、
情報を一方的に受け取って答えるっていう、
やり取り、
しかなくて、
まあ、それもコミュニケーションですし、
会話もコミュニケーションで、
対話もコミュニケーションなので、
その、
コミュニケーションっていうものの、
くくりがいろいろあって、
その中で、
会話だけに特化してきてるけど、
まあ、この状況で、
例えば、その、
熟慮型の民主主義っていうのは、
多分、
達成できない以上、
その会話っていうものの、
割合を少し増やしていく。
ただし、このインターネットの、
じゃない、
インターネットじゃないな、
この、
速度の、
速度が求められる、
この情報社会の中で、
そのゆったりとした対話っていうものの価値が、
ちゃんと見出されるかどうかが、
多分、一番の課題になってきそうな気がしますね。
まあ、ね、その、
明るい未来で言うなら、
めんどくさいことは、
チャットGPTに任せて、
俺たちは対話してようぜっていうような、
その、
雰囲気みたいなものが、
醸成されてくれば、
変わり得る可能性はあるのかなっていう。
ただ、多分、
今の感じで、
今の現社会の感じで言うと、
対話してんのは、
チャットGPTみたいな感じ、
なんですけどね。
まあ、あの、
チャットGPTは、
ちなみになんですけど、
やっぱね、
対話するとうまくいくんですよね。
そうそうそうそう。
だから、
チャットGPTAと、
チャットGPTBが会話したら、
それは対話になってると思いますけど、
フォーマットで言うとね、
その、
まあ、彼らは別に、
相手のことを理解しようとしてないから、
本当の対話にはならないけど、
並んでる会話を見ると、
いかにも人間が対話してるようになものが並ぶでしょうね。
そうですね。
あの人、ちゃんと間違いも認めるしな。
まあ、いつまで経っても進歩しなかったりはするんだけど。
まあ、すいませんと、
あの、
謝るのに彼らは心理的抵抗が、
心理がないから心理的抵抗もないし、
で、まあ、
きちんと相手の提案を褒めるから、
あの、まあ、
非常にコミュニケーションは円滑に進みますね、
あれは。
うん。
あ、でも、
それで言うと、
やっぱあの人と相手にしていると、
チャットGPTとやり取りすることで、
人は対話を学べるのかもしれない。
と思うよ。
だから、
そういう思うというか、
だから、
それ用の、
チャットGPTアレンジバージョンみたいなのを作れば、
その、
人体的に、
対人的に練習しなくても、
もしかしたら、
訓練、
さっき言ったその授業とか学ぶ代わりに、
なり得る可能性はあって、
それは一つの希望ですね。
あ、対話練習GPT図を作ればいいんだ。
うん。
だからその、
前、
なんかで、
Twitterとかでつぶやいたけど、
チャットGPTで学ぶコミュニケーション図みたいな企画は、
思いついてんけど、
これは結構、
クリティカルな、
本質的なもんやと思うのよね。
あれぐらい、
練習失敗できる場っていう、
安全に失敗できる場って、
あのチャットGPTで喋る以上に、
安心できる場ってないと思うから、
一番いいんじゃないかなと思うけど。
うん。
それはちょっと面白いかもしれないですね。
新しい、
新しいかどうかは分からんけど、
えっと、
あまり注目されていないかもしれない、
その、
この手の、
AIの使い方というのが。
使い方。
うん。
生産性を向上というよりは、
練習相手として、
絶対に怒らない練習相手として使うという、
やり方で、
コミュニケーションそのものが、
そういう機械と練習するのやったら、
僕、
その、
人間的な、
会話ができなくなるんじゃないか、
みたいなことがあるかもしれませんけど、
むしろ全く逆で、
なぜなら彼らの、
会話生成AIの進化
文章の、
モデルは全て人間の会話から成立してるから、
あの、
むしろ人間の会話にどんどん近づいていくんじゃないかなと思いますけども。
うん。
最近ね、
またチャットGPTが、
あの、
ウェブから読んでくれたりとか、
ファイル読んでくれるようになって、
すげー楽になって、
おー。
なんかね、
その、
いろんな意味でね、
考えないことが増えてきたんですよね。
ははははは。
めっちゃポジティブに考えていて、
えーと、
あの人に考えてもらうことを任せることによって、
自分が考えることが別のことに、
考えられるようになってきた。
うん。
そうだね。
そういう風に、
リソースが余ったものを、
別に使えてるんやったら、
全然OKだよね。
うん。
だいぶ、
だいぶというか、
そ、
あの、
飽きずに、
めちゃくちゃ使い込んでるじゃないんだけど、
検索の回数がすごい減ったっていう、
印象はあるかな、
自分の中で、
今年1年で。
うん。
それはもうだいぶでかいですね。
情報接種のスタイルが変わってきてるってことやもんね。
うん。
完全に違うぐらい違うかも、
それで言うと。
うーん。
そうか。
まあやっぱりでも、
やっぱりその、
CHATGPT4と、
3.5と、
Birdは、
やっぱ全然、
立ち振る舞いが違うから、
ははは。
あのー、
そうよね。
Birdしか使ってない人に言うと、
あの、
ちょっと、
え?
そんなに便利なやつけっていう。
いや、
Birdだとダメなんだ。
Birdを使っていない、
そういえば。
ああ、
僕は最近Birdの調子を、
いろいろ確認してるんやけど、
あのー、
便利なこと、
あの、
CHATGPT3.5ぐらいのスペックはあるけど、
うーん。
4ほどではない感じはしている、
今のとこは。
今はね、
その、
4だと、
ブラウジングを勝手にやってくれて、
ようやくしてくれる、
それを意図的にコントロールするわけじゃないんだけど、
これによって、
えーと、
新しい情報、
わからんみたいに言われなくなったので、
ああ、
なるほどね。
それが楽なんですよね、
やっぱ感覚的に。
自分で切り分けなくてよくなった、
聞く時のことを。
まあ、
そうか、
とりあえず聞いときゃいいってことだよね。
うん、
聞いてダメだったら別の手段にするで、
ファースト、
あの、
コンタクト、
一番初めにやることが、
CHATGPTになってきている。
ああ、
まあ、
それはでもいいことだよね。
Google経由でページ見えひんことのメリット、
大きいよね。
うん。
うん。
ただ、
その、
それもね、
この人がブラウジングして、
その結果をまとめてくるので、
それはそれでまた、
皆さんどう思うんだろうっていう。
まあ、
そうやね。
それはそう、
いろいろある。
まあ、
それ、
それ自身も問題あるけど、
やっぱGoogleのトップページとか、
Googleの検索結果で出てきた上のページを見ると、
高画質で広告表示がされるわけで、
その、
なんやろ、
認知的リソースの支払うのは、
最近割に合わなくなってるなという気はしてるので、
あの、
Google以外のインターフェースでウェブの情報を使えるんやったらハッピーやけど、
まあ、
その、
ビューとかPVに貢献しないことになり得るだろうから。
うん。
提供者は、
そのサーバー代払うだけになっちまうので、
そうやね。
うん。
よくはないんですよね、
やっぱり。
そこなんかこう、
そこも新しいテクノロジーの解決が求められるんでしょうけども。
うん。
まあ、
というわけで、
まあ、
会話の、
だいぶつれたが、
まあ、
会話の、
専門家の本の読書体験
会話、
それな、
チャットGPGと会話をしたらいいという話が、
そこで、
次が072、
普通の相談、
ということで、
えー、
東波高瀬さんの本で、
いまだに僕、
読み終えてだいぶ経ってますけど、
やっぱり、
僕のこの、
2023年後半の、
革命的な、
仕事に、
出来事だった。
うん。
エポメイキングな本でしたね。
その、
ケンカウル系の話の引き続きにも多分なって、
既存のその、
分断しがち、
専門化しがちな、
その、
こういう心理療法とかの、
学派とかに対して、
もっとこの、
実践の、
現場から見たときに、
まあ、
そういう細かい違いがあるにしと、
統合的な視点で、
もっと、
現実的に、
雑多に、
やっていこうということを、
まあ、
提言している本であって、
だから、
理論と、
ノウハウの実践っていうのを、
どう、
統合したらいいのかっていうことについて、
結構大きな、
資座を与えてくれた本でしたね。
うーん。
うん。
俺の印象は、
俺の印象だとやっぱ、
普通の話だったなっていう印象だったっていうのがあって、
その、
面白いですね。
その、
見え方がだいぶ違うんだろうなって思った。
いろんなものに対する。
うーん。
やっぱでも、
普通の話を専門家がすることの異常性ってことなんやね、
きっと。
で、
それが異常であることがおかしいってことなんやね。
その、
非常に、
あの、
ねじ曲がってるけど。
うーん。
専門家は普通の話をしないわけよ、
基本的には。
つまり、
僕らから見てや、
一般的な感覚の話、
じゃなくて、
もっと専門的な話をするわけね。
専門的ってことは、
つまり、
非一般的っていうことやから。
でも、
そういう状況を、
あの、
ひっくり返そうと。
その、
専、
僕らが思っているより専門家は、
そんな専門家的なことだけじゃなくて、
もっと日常的に引きつけて、
アドバイスとかをしているよっていうことを、
きちんと、
配置する話で、
まああの、
多分来年以降も、
参照しつける本になるかなと思います。
うーん。
あれですね、
その、
いい本に出会えたっていう感じなんですね。
やはり。
この本は、
うーん、
そうやな。
まあ、
読んだら、
多分その、
星評価5ぐらいあるなと思っているんだら、
7.5ぐらいあったみたいな感じの、
サプライズ。
企画外だ。
企画外だった、
そう。
企画外クラスだったんだ。
あの、
あれですよね。
確か、
あの、
発売日、
本屋ダッシュをしたって言ってたもんですよね。
そうそうそうそう。
発売日に本屋で買う楽しみ
だから、
それぐらい、
今、
期待もしてたし、
その期待を上、
上振れるような、
内容の本でした。
あれじゃないですか、
ラスタさんが、
発売日、
本屋ダッシュをしたのって、
村上春樹とこれぐらい、
今年は。
いや、
そんなことはないよ。
もっといっぱいあるんだ。
いくつかはあるけど、
あの、
田舎なんで。
うん。
本が2、
3日入ってないかどうかがあるから、
ちょっと大きめの本屋さんに行って、
っていうことは、
たびたびやる。
おー、
すごいな。
俺、
発売日に買う本とか、
そう言われてみると、
一個もない気がするからな。
うーん、
まあね、
あの、
欲しくなる気持ちを抱えておくのは、
ストレスやから、
まあ、
とりあえず買って帰る。
いや、
あの、
なんて言うんだろう、
それはね、
ちょっと上からっていうか、
変な言い方なんですけど、
なんかね、
幸福な生き方として素晴らしいと思っていて、
やっぱ、
それを目的に人生が充実するじゃないですか。
確かにね、
その通り。
なんか、
アフタートークでラスタさんが、
その、
俺のことを、
なんて言うんだろう、
楽しめる趣味みたいな点で、
なんか、
多彩だみたいな言い方をしてくれてたんですけど、
その、
そういう楽しみ方、
俺できないんですよね。
だから、
僕の場合は、
ジャンルは広くなくて、
狭い本、
読書っていうとこだけど、
内部で、
いろんな楽しみが、
いろいろあるということなんですね。
うん、
多分その、
本を発売日に買いに行くは、
娯楽として、
大変素晴らしく、
なんならだって、
あの、
開店前に並んでたりしたら、
もっと、
それも、
幸福な時間になるわけじゃないですか。
確かにね。
だから、
そう考えると、
なんか、
その、
良い、
良い、
読書体験というのか、
そこまで、
読書体験を含めて。
そうや、
だから、
これはもうほとんど、
半分以上、
趣味としての読書で、
実益としてっていうのは、
その、
役割として、
まあ、
結局、
実益にはなっているわけやけど、
半分ぐらいは、
趣味の領域として楽しんでるっていうとこはありますね。
うん、
まああの、
効率で考えたらね、
発売日に買いに行くなんて、
完全に無駄ではありますからね。
うん、
ところが、
本屋に自分で行くことすら、
もう無駄やからね。
うん、
うん、
そうそう。
そう、
それも言える。
でも、
まあ、
やっぱり、
地元の本屋さんに買いたいっていうのもあるし、
本を手に取って、
見てから、
買うかどうかを判断したいって、
まあ、
いろいろ要件が重なって、
本屋に行くということになっている。
うん、
それによって、
やっぱね、
その、
幸福度が増していると思える。
まあ、
そうやね、
なんか、
だから、
義務的、
作業的というよりは、
自分がこうしたいからしてるという感覚は、
維持されてるね。
うん、
だって、
Amazonだったら、
会話とマニピュレーション
待っといたらいいんですからね。
その間、
他のことやって。
うん、
で、
気がついたら、
目の前に、
あった。
家の中に、
本が放り込まれてるみたいな。
それは、
やっぱね、
その、
手に入れたものの価値の感じ方も、
もう、
絶対に違うっていうレベルで、
違うしね。
まあ、
絶対、
まあ、
プラマイゼロかもしれんけど、
プラスにはならないよ、
その価値が。
うん。
はい。
で、
次が、
BC073、
会話を哲学する、
コミュニケーションとマニピュレーション。
これは、
会話シリーズ、
2作目。
1個前が、
その、
科学だったとするなら、
まあ、
こっちは、
哲学の観点で、
会話を考えてみよう、
っていう感じですかね。
で、
えーと、
その、
映画だったり、
小説だったり、
漫画だったり、
っていうものを、
題材にして、
これは、
こんな風に言えるんじゃない?
っていうので、
その時も思ったんですけど、
やっぱ、
その、
文化、
文学、
批評?
批評って、
こういうものなんだろうな、
っていうのが、
ちょっと想像できた、
っていうのかな。
そういう意味で言うと、
なんかね、
未知の分野というか、
新しい分野が、
えー、
開けたような、
読書体験だったかもしれない。
あー、
その、
文学批評的なものの、
引き出しに、
なんか、
いくつかアイテムが入った、
みたいな。
まずね、
俺、
そもそもで言うと、
批評という言葉に対する、
解像度が、
ゼロに等しかったんですよ。
なるほど。
その、
それは何をするものなのか。
うん、うん。
感想と何が違うのかとか、
なるほどね、
はいはいはい。
っていうのが、
あの、
一歩進むことができたかな、
っていう。
うーん、
なるほどね。
ま、
あとは、
その観点として、
その、
本の中で一番でかかった、
コミュニケーションと、
マニピュレーション。
相手との、
その、
相手を操作しようとする、
っていう意図っていうのが、
会話にはあったりして、
そこに、
いろいろと、
えーと、
批評的な観点に見れば、
そこに、
面白みがあったりだとか、
社会、
学的な観点であれば、
そこに、
その、
悪意とか、
そういうものが潜んでいたりとか、
っていうので、
ま、
まさに、
あの、
あれですね、
えーと、
哲学史じゃない哲学。
あー、
そうやね。
確かにそうやな。
うん、
みたいなものに、
興味を持つ、
きっかけとしても、
その、
めちゃめちゃ難しいって感じもしなかったので、
そういう意味でも、
なんか良いのかなって思いますね。
うーん、
そうか。
ここでも、
さっきの話、
引き継ぐと、
対話っていうのは、
マニピュレーション性が低いものを指すのかな。
マニピュレートしようとしたら、
対話にならないんじゃないかって気がするのかな。
うん、
だから、
純コミュニケーションとしての対話みたいなところが言えるのかな。
ま、
あの、
結果的に影響を受けて、
マニピュレートではない、
え、
エフェクティブなことはあるかもしれないんだけど、
それはあると思う。
マニピュレートを目的にしたら、
多分対話にならないんでしょうね。
ないよね。
うん。
そういう捉え方、
2つを合わせると、
だからできそうな感じがするね。
うん。
が、
あの、
知識の網の目を、
そう、
繋げていくみたいな感じ。
そういう、
そういう人並みですね。
うん。
はい、
えー、
ということで、
が、
074ということで、
えっと、
ロギング仕事、
クラスターの本を、
紹介した回でございます。
これは、
主観的にも、
大変影響を受けて、
あの、
今、
あの、
逆に日常になってしまって、
忘れつつあるという言い方もできるんですけど、
いや、
それでいいと思いますよ。
うん、
身体化された本だった。
うん。
ロギング仕事実っていう、
ネブとかも、
どうでもよくて、
やっぱその、
むしろその、
手に馴染む形で記録していく、
っていうことを、
してもらえたらいいな、
という類の本なんで、
まあ、
ロギング仕事実が、
ブームになるというよりは、
もうみんな当たり前にやってるぐらいになる未来が、
まあ、
最高にハッピーですね。
うん。
今、
改めて、
一番大事なことを一言で言うとしたら、
どんなことだと思いますか?
うーん、
まあ、
今あった記録を、
取ってない人がいたら、
記録を取ることで、
記録を取っている人がいたとしたら、
文章の形で取るようにするっていう、
わずかばかりの変化をしてみようというのは、
アドバイスとして言えるかなと思うんですね。
うーん、
そうか、
やっぱ文章がいいんじゃないかっていう提案なんですね、
それで言うと。
最終的にはそうやね、
やっぱり、
単語レベルのノウハウ、
単語レベルの記録しようっていうノウハウ書は、
巷に山ほどあるんで、
僕は、
あえて今更言う必要はないですけど、
文の形で書き残してみるっていうことを、
仕事としてやる、
仕事の中でやる、
日記とかじゃなくて、
仕事の中としてやるっていうことの価値っていうのは、
体験してみるとやっぱり、
そのエフェクトの大きさっていうのは、
実感されると思うんですけど、
でもやっぱり、
何も記録取ってない人が、
いきなりその文章の記録っていうのは、
多分ハードルが高いんで、
一回その単語とかを経由していただいても、
全然OK。
記録を取ることをまず習慣化して、
仕事と記録
そこから文章化っていう流れでも、
まあいいんですけど、
最終的に一遍、
一週間でも二週間でも、
文章を取る形で記録して取ってみたら、
発見は大きいんじゃないかなと思いますね。
そうですね。
あと、この本の提案というか、
この本を真似しようと思ったら、
仕事をする限り、
生涯続けたいことですからね。
そういう意味で言うと、
ある意味とてつもなく、
ハードルが高いのかもしれないけれども。
そうよね。
途中辞める期間があってもいいけど、
仕事をすることっていうのは、
単純に作業することじゃなくて、
仕事をすることと記録を取ることは、
もう、
もはやセットで聞き離せないよ、
ということを言ってる方なんで、
確かに、
ある種の負荷を増やしてるわけですけど、
長期的に見たら、むしろ、
ある種の利便性は、
確保される気がしますけどね。
というか、
多分断言できるレベルで、
仕事が今までよりできるようになる、
一番簡単な方法だと思う。
そうやと思うわ。
やっぱり注意の向き方が、
質が変わってくるから、確実に。
そうやって記録を取ったり、文章で書こうとすると、
考えざるを得なくなってくるから、
考えることを、
どれだけ日常的に入れ込んでいけるか。
人間って楽なことを求めるから、
考えるというめんどくさいことは、
むしろ意識しないと、どんどん失われていってしまうので、
ログを取ることで、
その注意を取り戻そうというのは、
言葉の力と仕事の効率性
かなり普遍的に、
書き物が手元にない仕事はともかくとして、
書き物が手元にある仕事であれば、
普遍的に言えるんじゃないかな、という感じですね。
言われて思ったのがね、
変な日本語なんですけど、
考えずに考えることができるようになった、
みたいな感じはあって。
確かにな。
意識的に考えようと思わなくても、
もう考えちゃってるっていう、
気がついたら考えちゃってるみたいな感じだね。
そうですね。書いていると、
考えることになっていて、
なんか考えていたわっていう感じになっていて、
だからやっぱり考えるのが嫌いな人は、
考えたいと思わんのかな、わからんけど、
苦手だと思う人か。
苦手という感じだね。
筋肉が弱い人は、
重いものを持ちたくない、みたいな感じの、
苦手意識っていうのは、多分あると思うけど。
それで仕事が成立してるんやったらいいけど、
仕事をちょっとでも、
よくやっていきたいと思ってるんであれば、
考えることは不可欠なので。
で、考えようっていうフレーズでは考えないので。
うん、そうです。
よく考えましょうでは考えないですね、絶対。
なので、ログを取りましょうというのが一番実践的で、
一番ローコストな方法じゃないですか、きっと。
そうですね。
その、一つの仕事に1分余分に時間をかける、
気合をっていう。
そうそう、それだけのこと。
うん、まあ、その1分も積み重なったらでかいとはいえ、
心理的な負荷で見たら、
その1分とか3分の負荷は、だいぶ小さく感じるでしょうから、
その、人間の心理の騙されかけを利用して、
ちょっと記録を取ってみるっていうことを始めるっていう。
これ、かなりレバレッジが効いてますね。
うん、そうですね。
その1分を取れない人は、まあ、職種にももちろんよるけれども、
まあ、基本的にはできるはずなので、そこからですね。
そうですね。そこから始めたら、
多分まあ、1、2週間で効果はわかるやろし、
1年経ったら、もっと如実の変化が生まれてると思う。
うん、そうです。
1年経ったら、もう間違いなくすごいことになっているでしょう。
それは。
うん。
1週、そうです。
1日は無理だけど、1週間なら成果がわかると思うもんな。
と思うね。
言語の進化と忘却
だって、1週間前の仕事の内容を参照したくなること、
確実なあること。
あると思うから。
うん。で、え、あれってなるはずですからね、きっと。
そうそう。そこで、このログの効果っていうのが確かめられたら、
あとはそこで、もう自分で続けて、外部から強制されなくても、
続けていけるようになるでしょう、きっと。
そうすると、100日ぐらい経って、もう1回読んでみると、
結構反応が、反応じゃない、発見があるかもしれないですね。
と思うね。それはあると思う。
うん。最近、その、そういうね、そういう本が結構あって、
そう。
あのー、シンセサイザーの本なんですよ。
うん。
はいはいはい。
いろんなことをやってから、もう1回読んだら、
すげー分かるようになって、
おー、なるほど。
あー、やっぱ、そういうことなんだね、っていう。
うんうん。
音楽の本とかでもそうかな、その楽器系の本とかでも、
やっぱ、数ヶ月経って振り返る、もう1回読むと、あの、
書いてなかったことが書いてあるんですよ、極論すると。
こんなこと書いてあったっけ。
出てくるわけやね。
うん。まあ、やっぱ、そういう、特に、その、やっぱ、初心者であればあるほど、
っていうのかな。
あー、そうやね。
発見、数ヶ月後の、もう1、再読は、発見が多い。
うん。じゃあ、どんな分野でも、確かに、それは言えそうですね。
うん。はい。で、ABC075、悪意の科学。
あ、これは両方読んだシリーズやったかな。
うん。これは、すごい、なんかね、感銘を受けたというか、
なん、なんていうんだろう、これは。
やっぱ、僕はとりあえず、こういうことを考える人が、本当に、
リアルの世界、フィクションじゃなくて、リアルにいるんだな、っていう、
そう、そういう、見たことのない心理性について、
語られたっていうことが、まず大きいのと、まあ、あん、その、
ちょっと、その、見下しがちだった、悪意的な行動も、
まあ、ちゃんと意義があるんだよ、という、確認できた意味で、
なんやろな、斬新な、新しい知見、新しい扉を開いてくれた、
タイプの本でしたかね。
うん。これって、心理学なんですかね、ジャンル分けするなら。
認知心理学、ん、かな、心理学か、でも、悪意は、そのものは、心理学。
悪意は、そのものは、心理学やもんな。
うん。
心理学と、進化心理学の、両方ぐらいじゃないかな。
んー、まあ、やっぱ、そういうジャンルなのか。
その、そう、えーとね、オンリーワンとまでは言わないんだけど、
なかなか、見ない、本、だな、っていう、印象で、やっぱ、そういう意味で、
なんか、変わりものすぎて、すごく印象に残っている。
あははは。
そうだよね、類章を、あの、心理学の本の近くに並べることはできるけど、
この本の扱っているトピックの類章は、なかなか、
見つからないね。
うん、あ、そ、そういう感じですね。
これに、似た話がないわけではないんだけど、っていう、
その、俺、自分の中で、ヒューマンカインドと、やっぱ、似てるっていう、
感じ方をしたんですけど。
あ、まあ、そうやね。確かにね。分かる分かる。
でも、その、全然違うじゃないですか。
うん、全然違う。
目線というか、根本的な。
うん。あ、そうやな。
ヒューマンカインドは、あんまり、悪意は、良いものとして捉えてないからね。
うん、ヒューマンカインドは、あの、人類を信じようっていう感じじゃないですか。
感じだもんな。
人類の良さを。
うん。でも、まあ、そうじゃない人たちもいる。
多様性を考えたときに、そうじゃない人たちもいるから、
じゃあ、その人たちをどうするのかっていうことは、ちゃんと考えないと、
真の法説的なものにはならない。
ね。
うん。そう、なんか、あの、そうだな。これぞ、まさに、その、
視点を広げて、考えを深めるための、あの、良い本だったというのかな。
自分は、こういう観点で、ものを考えたことがなかったっていう意味で言うと、
哲学的な何か、感動みたいなのもあったのかもしれない。
あ、まあ、そうやな。悪意とは何かって、
いう哲学的な掘り下げでもあるわけやからな、それは。
うん。まあね、その、進化、心理学的な意味で言えば、
えーと、あったから、残ったものですもんね。
うん。そう言えるからね。まあ、進化心理学を使うと、
現状存在するものは、全て意義があったってことになるから、まあ、
結構、ジョーカーみたいな感じじゃないけど、なんでもあれやねんけど、まあ、
でも、こう捉えると、あの、他人の見方が変わってくるっていうのはあると思う。
あー、そうですね。あの、なんて言うんだろう。人を嫌いにならないためのものとして。
そうそうそうそう。
そうそう。そういうのはあると思うわ、きっと。
意地悪してしまう気持ちがゼロな人なんて、きっといないですからね。
うんうん。だから、どれぐらい出すのかとかっていうことの差がある。だから、
一周回ってヒューマンガイドとやっぱり一緒なんやね、そこはね。ある種の人類に対する信頼というかね。
あー、そうですね。
嫌いにならないと。
一周全体としては、それは善だったと言える。
言えるっていうのは、なんか、そういう言い方ができそうやね。
うん。かもしれない。はい。で、えーと、EC076。
音楽と科学の関連
音律と音階の科学。これはね、まああのー、今も音楽系のことの興味がすげー増えていて、音楽と数学みたいなのが改めて興味が出てるんですけど、このー、
はい。
このね、なんて言うんだろう。今まで、ブックカタリストで読んできた本とは全然違うね。もうあの、本当に趣味全開っていうのがやっぱたまらなく面白くって。
あー、なるほどね。
あのー、極論言えば他の本って全部なんかね、役に立つ本なんですよね。
そうやね。うん、分かる分かる。
でも、あのー、
あのー、もっと言えばこの本のみに関して言えば、本当に、まあ、失礼な言い方をすれば別に知っても何の役にも立たんっていう言い方ができる本で、
うんうん。
あのー、やっぱね、そういうことを学ぶのこそ楽しいっていうのを、すごい身に染みて思ったんですよね。
確かに。
なんか、あの、知らないことを知ることの楽しさという純粋な原理的なもの。
そうやね。
で、多分、そこが一段階、なんか人間の知らないことを知ることの楽しさという純粋な原理的なもの。
人間の知識とか知恵とかものの考え方を深めるという、まあ、まさにリベラルアーツというか。
まあ、そうやね。まさに。
うん。その目的を持たない、興味の赴くままの読書という点で、一番、その、自分の中で印象に残っている本っていうのが、今年読んだ中で。
でも、やっぱり、その、ある、どうやら、一番、自分が既に持っている網と距離がある。
距離があるというか、あの、新しく生まれるリンクの数が、もしかしたら、一番増えの、こういうタイプの。
ああ、めちゃくちゃ増えたと思いますよ。こんなに数学かっていうことを思ったし。
はいはいはい、なるほどね。
物理学とか数学とかが、ここまで関わっているというか、影響を増えて、与えているのかっていうか。
はいはいはい。
とか、さらに言えば、西洋の歴史とも繋がってますからね、この辺。
そうやね。
思いっきり。
うん。
っていう意味では、そうだな。だから、やっぱ。
興味の赴くままに、そのジャンルを、広げていくことの大切さみたいな感じなのかな。
そうね。だから、その最初の方にも出たけど、似た本を読んでると、同じトピックが出てくるわけですよね。
そうすると、ネットワークが密に結合していくわけですね。
で、それはそれは、知識を深めるために重要やねんけど、そればっかりやと、同じネットワークが密になっていくだけで、全く横展開していかへんから。
やっぱその、時々そういう、興味の外側にありそうなところの本を読んでみると、
案外でも実は、
繋がってるみたいな感じで、どんどん広がっていくっていうことなんでしょうね。
うん。まあ、根本は、その、ブルーバックスの本とかでもあるので、もちろん、その、サイエンスジャンルっていう言い方でいいのかな。
その、まあ、そういうものではあるんですけど。
まあ、でも、例えば、この、音律と、音階の科学っていう本を読んだら、例えば、デジタルノートの使い方が上手くなるっていう期待は持てないわけじゃないですか、それはね。
うん。あの、まあ、100%に近いぐらい、ほとんど影響ないと思う。
そういう意味で、その、自分が、
こういうことを求めてるっていうものの本ばっかり読むと、やっぱり狭くなっていくから、まあ、こういう、特にまあ、ブルーバックスって、本当に科学的な本が多いので、そういうとこから、知識が広がっていくっていうことはあるでしょうね。
言語の構築と意思疎通
うん。そうですね。まあ、この辺、あと、単純に音楽分野が、学問と絡めて話せるのは、あの、非常になんかね、面白いなんですよね。まあ、まさになんだけど。
なるほどね。
あと、こんなに、だから、それ、その目線で見ると知らんかったこと、
それから、感覚で捉えてたことが、
だいぶ、科学的な観点で捉えられるのか。
はいはいはい。なるほど。
うん。それは多分、来年もきっと、続けていくだろうなっていう感じです。
はい。
Pc 077が、これまた、二人本で、えーと、言語がこうして生まれるを、ようやくというか、とうとうというか、紹介しまして、
まあ、おそらくここまで喋ってきたようなことの総まとめみたいな話やと思いますけど、ま、その、言、言、なんていうのだろうな。
ある種のイディア的な言語というよりは、日常的な言語に注目する。で、言語っていうものは、むしろ、えー、一つの原理的なモデルから算出されてるんじゃなくて、むしろ、
積み上げていくものだという
新しい言語感を
ドドーンと提示する本で
この本も
物事の考え方が
ぐるりと変わるようなタイプの
本だったなと思います
あれですね考えるとやっぱ
会話を哲学するとか会話を科学は
土直球に繋がっている
本だっていう感じも
するし
習慣と脳の科学とか
記憶の科学はさすがに
ちょっと近さでは
近いわけではないけれども
まあでもまあ関係はあるでしょうね
だから忘れていくつまり
ある種の言語が死に絶えていくっていうのは
忘却の効果なわけですから
僕らの脳が忘却しなかったら
全く使い勝手のない言葉すら
残ってしまうわけで
だから忘却っていうのが
言語的進化における
トータルと役割を果たしている
ってことかな小難しく言うと
まあそうですね忘れるとか
変化するとかあとは
あの相手の意図を
汲み取ろうとしないと会話にならない
みたいなところは意外と
目に意外と気づかない
っていうのかなんか
そうよねだから会話を
手伝うする
会話の科学でお互いが喋ったことを
喋っているだけと言いつつも
ある程度の意思疎通ができているとしたら
意図を汲み取ろうという何かが
働いているおかげという部分も
多少あるでしょうね
ブックカタリストとは
10、100%じゃないにしても
何割かは一応聞こうとしているはず
だからこの本はだから
僕らが日常的に
行っているその言語
会話とそれを通して
言語の姿を
結構原理的に考え直すという本で
だから知的なインパクトは
かなり大きい本でしたね
そうですね
今後も
進めたいというか
非常に影響が
でかい本だった
客観的に見てもこの人の名前とか
本の内容がいろんな本で紹介されていて
そういう意味でもすげえなって思ったかな
でもインパクトは大きいでしょうね
言語が即興的なものであるというのは
これまでの言語観をひっくり返すようなもので
なおかつでも
実態的な
僕らの日常生活の感覚で言うと
うんそうだよねっていうのがあるわけで
ある種の論章を必要としなくても
何か納得できるところがあるから
そういう意味で二重で協力やね
うんですね
でこれも
で一応あれですね
今年紹介した分が
約二十
三四冊
ありましたね
結構前半と後半で
分けましたけども前半が
運動の話
と脳の話
とかそういう感じかなイメージは
後半が言語の話
と言語話結構
多かったね
まあそうかそんな感じの
一年
だね
後半で後半期で何か一冊あげるとしたら
どの本になるでしょうかね
音律と音階の科学
そうか僕はやっぱ普通の哲学
普通の相談かなやっぱり
インパクトの大きさで言うと
なんかね読書の幅が違う方向に広がった感じ
なるほどね
そういう意味でのインパクト確かにでかい
興味そうだな
なんか確か一年か二年前ぐらいに
おととし
去年かおととしの自分のテーマ
みたいなやつがそのね好きなことを増やす
っていうのだったんですよね
好きになれないと興味を持てなくって
その興味を持つためには
なんかそれを好きにならないといけない
っていう観点で
その音楽的なこと
物理とか学天的な
どっちの両方の目線で
学ぶということを好きになれた
というのは非常に良かったかな
うーんなるほどね
まあ
徐々に変わっていくともまあ
なんとなく通定するテーマがあってという感じの
一年でございましたね
あと細かいとこ拾うと
おとしの配信ではないところ
えーっと
せいさんに
あれは何セミナーと言っていいんかな
オンラインセミナーと言っていいんかな
あのコミュニティ内で
こういうこと喋る
喋ろうぜ聞いてみないかっていうのを
せいさんが2回やってくれているのか
2回やってますうん
単語学習のコツっていうのと
プログラミング数学のコツっていうのを
それぞれ1回やってもらったと
あと前回も言いましたけど
監督プロジェクトっていうのを
僕が始めたのが
こっちの2月で
あとそれぞれの本の読書会を
お互いにやった
はい
ブックカタリストの本が出ました
ちゃんと言っとかないといけないですね
これは
ブックカタリスト経済倫理説学ということで
多分
1回第3回第5回分を書き起こして
その上ちゃんと補足のノートをつけて
セルフパプリッシング
KDPでセルフパプリッシングする本が
完成しまして
最終的にいろいろ言語を整えながら
何回も読み返したんですけど
普通に面白いと思うんですけど
売れ気はさほどではないんですか
売れるタイプの本じゃないことは
分かっているんだけれども
売れるといいですね
売れるといいですね
あと僕もこの本作ったおかげで
相当
内容が理解が深まる
その分野に詳しくなれる
そういうのは
ちょっと来年やれないかなと思って
他の人と一緒に本を作るみたいなやつ
これはやっぱり
本を作ることの最大の効能は
自分の勉強というのを改めて確認しましたけど
経済学とか倫理学とか政治生活とかについて
参考の
放送のノートを書くときに
いろいろ資料をひっくり返しながら書いて
自分が話したこととかを見返しながら
こういうことかっていう
今から考えると
今この2023年の時点から考えると
だいぶ稚拙なことを自分言ってるなとは思いつつも
それを認めるのは大事ですからね
その上で
この時はこういう考え方してて
今はこうなんだっていう
差分を取れるというのもいいところですね
今年の
秋ぐらいに
ディスコードを作って
読書会とかはそこでやるようになって
あと2個ぐらい
新しくチャンネルができたのかな
そうですね
なんかね
いい距離感でみんな好き勝手に
使っているという感じで
あんまり会話しようという感じじゃなくて
適当に投稿しようみたいな感じで
使ってる感じだな
どっちでもいいと思っていて
誰かと盛り上がるなら
それはそれでいいと思うし
そうやってうまく
情報共有みたいな感覚
コミュニケーションができて
あとこの
10月末にリアルのオフ会とかも
やっていたりするので
徐々にそういう
うちに凝り固まらないように
仲間が増えていくといいな
っていう
感じにはなってきましたね
なんかどこで書いてあったかな
ブックカタリストってそもそも
何なんだろうっていう疑問を
初年度ぐらいから僕は持ってて
やっぱこれはコミュニティ
なんだろうなというのを最近思いつくと
実はありますね
そのポッドキャスト的なものとして
始めたけれども
本質はコミュニティにあるんじゃないのか
なぜならば
僕とゴリコさんのスモールコミュニティが
このブックカタリストやからと思うんですよ
きっと
それがリスナーっていうことを巻き込んで
小規模でもあるけどし
ややクローズでもあるけど
ある種の
打ち解けたって言うとちょっと言い過ぎやけど
ある種汚く物事を言える
バーとして機能
して
し始めていくといいなと思って
見てるししてくれたらいいなという感じが
ありますね
読書会と情報共有
そうですね読書会とかも
なんかあのいい感じに
みんな本を紹介する
流れができたのかな
っていう
それぞれの人が
別に僕らに損たくなく
好きな本を語っていただけるのが
一番ですしそうなっても
いけますし
やっぱりそうやって紹介された本で
お互いに新しく読むことも
増えてますから
人に聞くのは種類が違うんですよね
入ってくる本の
違いますね
これはでかいなって思うんですよね
毎月金曜日の2日前ぐらいになると
この日予定開けとかんといかんのか
めんどくせえなって思うんだけど
終わると
この本も見つけられ
これは読書会でしか見つけられんかったって思うから
そうだね
だからそういうバーとして
読書コミュニティと言うんではなくて
何か物語ストコミュニティみたいな
名前がつけられないものが
生まれてるんかなというのが
今年のトータルの印象でしたかね
そうですね
あとは興味持ったら
ディスコードはサポータープランに入ると
加入できるようになっているので
そういえば案内とか遅れとったかな
ちょっと確認しないとなんですけど
読書会の時に必ず案内は送っているんだ
それでいいんじゃないですか
そういうコミュニティ的なものに
興味があれば
基本そういえばなんですけど
顔出しみたいなのがなくて
そもそもディスコードも音声のみでやっているので
聞くだけの人もいるけど
やっぱ残ってるのは喋ってる人ですよね
それで言うと1回以上
まあそうよね
それは楽しい
さっき言うと楽しみ方が増えるさんから
そうなんですよね
言ったらやっぱ喋った方が楽しいんですよね
どれだけ失敗しようが
そうそうそう
あの
あの
あの
みんないい人やから別にその
なんか
とちったからって
なんか突っ込まれるような
場ではないので
まああの
極論
全員他人のことはどうでもいいので
あの他人が失敗しようが
気にしているのは本人だけって
よく言われるやつじゃないですか
まあその通りやな
うん
ので
まああの
自分を高めるって言うと
かっこよすぎるんだけど
でもまああの
最初に
さっき言った
その会話じゃなくて
対話する練習として
自分の好きな
読んだ本
面白かった本を紹介する
っていうのが
一つの訓練ではある
と思いますね
うん
えっと
読んだ本の
解像度が
桁違いに変わる
それは
うん
書いても経験したら
多分めっちゃ違うんですよね
そうよね
その
次から
本の姿勢も変わるというか
うん
あの
サポータープランと自己成長
視点が変わるというのもあるんで
あの
まず
あの
サポータープランを宣伝してる
わけじゃなくて
そういうのを
自分でやって
見られたらいいですし
自分でバー作るのが
めんどくさかったら
まあ利用してくださったら
いいですかね
っていうところ
まあそうですね
サポーターというのでもあるし
その
場を提供するための
手段でもあるという
言い方でもあるので
場を自分で用意できるなら
自分で用意してしまえば
いいと思いますし
あの
自分で開催すると
絶対主役になれるのは
自分なので
それが最善なのは
確かなんですよね
まあね
好きなだけ
聞きれるし
好きなだけ
喋れるしね
うん
その通りやな
まあそのあたりは
趣味とか距離感とか
好みが
いろいろあると思うので
うん
そうだね
まあそういう感じで
まあこの
一連紹介したような本が
自分の
アンテナに
合ってる場合だったら
クッカータリストというのは
ネットコミュニティの盛り上がり
まあなかなか悪くはない
パートだと思いますけど
ご紹介した本が
一個も
アンテナに引っかかない
っていう人は
あんま聞いてないと思うけど
まあそうかな
まあね
まあ違う場を求めるのも
良さそうですね
はい
ということで
多分
タイミング的に
調節したのが
これで
2023年分の
配信の
最後になると思います
はい
はい
サポーターなども
ご検討いただければと
思いますので
良いお年を
でいいのかな
良いお年を
できますか
まあ新年に聞いたら
わからんけど
はい
良いお年を
はい
良いお年を
01:09:55

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