2026-10-20 35:52 1 Comment

#138 声で届ける研究留学 — ポッドキャストで聴く、多様なキャリアと研究者のリアル 【実験医学11月号】

医学・生命科学系専門誌『実験医学』 2026年11月号 Vol.44 No.18にて、奏でる細胞のタツさんゆりかさんとの共著コラム 声で届ける研究留学【中村 誠,河野 錦 ゆりか,河野龍義】

が掲載されました🎉

https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/book/9784758126090/index.html


今回は、その記念の特別回。誌面には書ききれなかった思いや、なぜこの企画が生まれたのかを著者たちが語ります。研究留学のリアル、多様なキャリア、そして研究者の声を「音」で届けることの意味を改めて見つめ直しました。


🎧 奏でる細胞

https://open.spotify.com/show/0xUhOqvpo69YiT7pmYdech


🎵 特別プレイリスト

https://open.spotify.com/playlist/2m41AjvVLZZebhYvxAzyWv


このエピソードはUJA(海外日本人研究者ネットワーク)の応援でお送りします。

(2026年9月20日収録)


🗽トピック🗽
・『実験医学』11月号「UJAだより」コラボの経緯

・研究留学を「声」で届けることの意味

・働く場所を世界から選ぶ、という視点

・UJAグローバルギャザリング in LA の収録

・村山斉先生の言葉から考える、研究の楽しさと未知への向き合い方

・文章では伝えきれない、声の熱量・優しさ・人柄

・研究留学における不安、バーンアウト、コミュニティの支え

・分野や世代を越えて研究者同士がつながる面白さ


✏️参考✏️
・UJA(海外日本人研究者ネットワーク):海外で活動する日本人研究者をつなぐネットワーク。

・実験医学:生命科学・医学分野の研究者向けに発行されている専門誌。

・UJAだより:UJAの活動や研究者コミュニティの話題を紹介する連載・企画枠。

・UJAグローバルギャザリング:海外日本人研究者が集う交流イベント。

・村山斉:カリフォルニア大学バークレー校教授としても知られる宇宙物理学者。

・バーンアウト:過度な負荷やストレスによって心身のエネルギーが消耗した状態。


#アメゴー #奏でる細胞 #実験医学 #UJA #研究留学 #海外日本人研究者 #科学系ポッドキャスト #サイエンスコミュニケーション #研究者のキャリア #海外生活


————


本配信は個人的な見解であり、所属する組織とは全く関係ありません。


★パーソナリティ ⁠⁠⁠⁠NAKAMURA ⁠⁠⁠⁠

1994年生まれ、岐阜県出身、広島大学大学院にて博士後期課程修了。現在は、米国のサンフランシスコにある大学にて、ポスドク研究員として、循環器、再生関係の研究をしている。


★アシスタント・雑務 ⁠⁠⁠おニューのわら人形⁠⁠⁠

★番組のX ⁠⁠⁠⁠@ANG_2024⁠⁠⁠⁠

★⁠⁠⁠⁠メッセージはこちら⁠⁠⁠⁠

★オープニング: ⁠⁠⁠⁠Trick style(まんぼう二等兵様)⁠⁠⁠⁠

★エンディング: ⁠⁠⁠⁠Night trip(Make a field Music様)⁠⁠⁠⁠

★ジングル:

⁠気分一新 (otologic様)⁠

⁠OP/EDジングル41 (t12ya様)⁠

感想

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サマリー

『実験医学』のUJAだよりに、アメリカンナイトGOLDと「奏でる細胞」が共同で「声で届ける研究留学」を寄稿した経緯を、NAKAMURA、タツ、ゆりかが振り返る。UJAと実験医学の10年以上にわたる関係や、研究留学の時期・目的・経済状況によって体験が大きく異なることが語られる。ゆりかは、先輩の「働く場所を選べる」という言葉に背中を押され、タツは世界中に応募した末にインディアナへ渡った経験を紹介する。NAKAMURAは、LAのUJAグローバルギャザリングで、留学の楽しさだけでなく苦労やコミュニティの支えも見えたと話す。収録には15人以上の研究者が参加し、小児科の現場、言葉の壁、バーンアウトなどの生の声も記録された。村山斉の、未知や理解の限界へ飛び込むことの楽しさを語る声からは、文章では伝わりにくい熱量や優しさが感じられたという。世代や分野を越えた研究者同士の出会いでは、安藤や沢橋らとのつながりが生まれ、海外に出た経験が仲間意識を育てた。最後に、雑誌と音声を通じて学生や若手研究者へ海外への視野と人のつながりを届けたいという思い、今後のUJAイベントについて話している。

実験医学とUJAだよりのコラボが生まれた経緯
アメリカンナイトGOLD アメリカからこんばんは。今回のエピソードは実験医学11月号のUJAだよりにおいてアメリカンナイトGOLDとカナデル細胞が史上のコラボをさせていただいたので、そちらについてどう
いう思いでこのようなコラボが生まれたのか、またこの原稿に入らなかった思いについてみんなに話していこうと思います。
アメリカンナイトGOLD、このエピソードは海外日本人研究者ネットワークUJAの応援でお送りします。
アメリカンナイトGOLD
ナビゲーターはアメリカンナイトGOLD、裏方のおニューのわら人形ことわらです。よろしくお願いします。
そして、
あ、赤村です。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
そしてゲストとして、ポッドキャスト番組カナデル細胞からこちらの方々に来ていただいてます。それではご紹介お願いします。
アメリカからこんばんは、カナデル細胞のタツです。
こんばんは、カナデル細胞のユリカです。今日はよろしくお願いします。
いえいえ、よろしくお願いします。
というわけで、今回アメゴーのNAKAMURAさんとカナデル細胞のタツさんユリカさんと3人の連盟で、実験学にUJA代理を執筆させていただいたということで、その記念に。
混ぜていただいてありがとうございました。
ずっとタツさんが温めてきたこのUJAと用土者の関係を。
そうですね、海外日本人研究者ネットワークはですね、もう10年ぐらいですね、実験医学さん、用土者さんのおかげで留学の情報を届けてまして、
一番代表的なのは2018年に創刊された研究留学のすすめですね。
こちらの書籍を出させていただいてて、不定期でUJA代理としてUJAのメンバーがですね、様々な活動を海外から報告するというコーナーをいただいてまして、その一環として今回書かせていただきました。
お誘いいただいてありがとうございました。こちらも。
ここで少しだけ実験医学について説明させてください。
実験医学は、用土者が毎月発行している医学や生命科学の研究者向けの専門雑誌です。
研究者が普段読む論文は英語で書かれていますが、この雑誌は日本語。
世界で注目されている研究や話題のトピックを日本語でわかりやすく解説してくれます。
医学や生命科学の研究者おなじみの長く親しまれている雑誌です。
そしてこの実験医学の中で連載UJA代理を海外日本人研究者ネットワークUJAが10年以上続けています。
用土者といえば、私が学生時代、はるか昔の学生時代からどのラボにもあって、
図書館にもあるし、どのラボにも必ずあるし、
耐えることのない連載、そして耐えることのないトピックス。
ずっとそれで勉強してきたなっていうのがあるので。
実験医学っていうのは、多分医学研究だけじゃなくて生物学研究している人たちにとっても、
多分日本で一番目にする雑誌なので、UJAとしてもここに載せるっていうのはすごい大事なんです。
そう、ダイレクトに研究者に届く。
そして現場で実験をまさにセンとスばっかりの卵の研究者にも、
あと研究を続けている人たちにとっても大事な大事な雑誌で、
日本語で書かれているのも嬉しかったなあ。
論文を読むときはやっぱり英語で読んで、日本語で確かめることがやっぱりできるっていうのは嬉しかった、当時は。
この実験医学という雑誌には、新しく出た論文の著者の方が日本語でレビューを書いてくださったりとか、
あとは今こういう業界でこういうトピックが話題ですよっていうレビュー自体も日本語で書かれている雑誌なんですよね。
なのでよく医学研究だったり生命科学研究をやっている研究室によく置いてあって、
僕らも学生の頃見ていたっていう感じの雑誌なんですよね。
あれ多分過研費のやつを読んだ。
過研費の取り方ね。
過研費の獲得みたいなやつがあって、それを読んだ。
なんかラボにあった気がする。
だから養老者さん全体でいろんな実験学をベースに書籍化されて、まとめられてっていう感じにも展開されてますよね。
そうそう。
すっごい正直な話をすると、実は私、養老者を受けようかなあなんてマスター2年と4年生の時に思った。
博士課程に行かないとするならば、もう完璧に研究諦めようと思ったのね、その時には。
初耳。
本当に私、ニュートンに電話したもん。
ニュートン募集してませんって言われて、これが運のつきかと思って、博士課程に進むことに決めた。
ニュートンと養老者は違うでしょ。
別々ニュートンは全然違う。
どっちもってことね。
ニュートンはもう少し一般的な科学雑誌で、生命科学にとどまらない広さを持っているから、全くそれはまだ別なんだけど。
ニュートン、撮ってたり養老者の募集に会ってたら、博士行ってなかったかもしれない。
行かないね。行かなかったかもしれないね。
そういう縁があったんですね。
やっぱりそういう雑誌とか文体で誰かと誰かをつなぐっていうことに対して、
今ポッドキャットやってるって、今自分であれ?つながっちゃったんだけど。
でも、研究と研究者になりたい人をつなぐっていうものとか、
科学と科学の卵の人たちをつなぐ、科学者の卵をつなぐっていう、そのつなぐっていうところに関して貴重な雑誌社だなって思ってたので。
そういうことをやりたいと思ってた。
やりたいと思ってた。すごく思ってた。だから本当に感謝してる領土さんに私が。
結果的に博士になることを押されましたもんね。
押されましたね。そういうことですね。
そういうことですね。
そういうことだ。なるべきだって。
受験はしてないんだけどね、そういう、こういう世界もあるんだっていうのを見せていただきました。
今回この10月号にUGAダイアリーとして、3人のお名前で掲載させていただいている原稿があるんですけど、
達さんこれってどういう経緯でこういう原稿を書こうっていうふうになったんでしょうか。
ありがとうございます。大体1年間で4回か5回ぐらい書かせてもらえるんで、
このシリーズでUGAの活動の中でいろいろ書いてたんですけど。
ちょっと先タイトルだけ紹介させてもらいますね。
声で届ける研究留学、ポッドキャストで聞く、多様なキャリアと研究者のリアルというタイトルで皆さんに書いていただきました。
そうなんですね。これ5月か6月ぐらいの時にですね、
すでにLAで開かれたグローバルギャザリングの方の記事が先に出てるんですよ。
そうなんですか。
グローバルギャザリングのことを知っていただいて、UGAって面白い活動してますねっていうのは分かってもらえてるんで、
その時に実際収録したじゃないですか。
撮らせていただきました。
それで多くの方々の研究留学をしている人たちの声を聞くことで、
リアルが聞けるってことで、声で聞けるっていうのが、
すごい素晴らしいんじゃないかということで、
もっとあの時収録したものを多くの人に聞いてほしいということで、
記事にしてもいいですかということを提案させてもらって、それが通った形です。
なるほど。そうやってたくさん発信で提案してくださったんですね。
今回は僕がさせていただきました。
そうか、すごいですね。そういう繋がりがあるんですね。
そうですね。
そしてUGAは最近はずっと10年ぐらい記事書かせてもらってるんですけど、
もう長年書いている人たちはサポートで、
新しく参加されているような方にメインの記事を書いてもらおうということで、
前回の記事もUGA論文賞のことを書いてもらったんですけど、
それも新しいチェアのイエル大学の佐藤さんにメインに書いていただいて、
今回は講演でということでNAKAMURA君とゆりかさんに書いてもらったという形です。
どうもありがとうございました。
世代で異なる研究留学の出発点
素晴らしい記事だなって読ませていただいて思ったんですけど、
何でもゆりかさんここに入らなかった思いがあるっていうふうにちょっとお伺いしたんですけども。
でもね、この記事を書いた後にNAKAMURA君の案がやってきたりとか、
佐藤さんの案がやってきた時に、
あ、これは実は面白いところに私たちは書いてるんだなっていうふうに思ったのね。
というのは留学する時期が違ってるじゃない、私たち。
はいはいはい。
そして特に私たちはもう、かれこれ20年くらい前に留学というか、
私は留学っていう気持ちで入ってきて、2年しかいないっていう思いで、
このアメリカにね、ちょっと有名な話ね。
2年だけの予定で入ってきたっていう、もうコテコテの留学をして、
そして帰ってやれっていう気持ちでいた私がいたんだけれども、
その時にやっぱりなかなか留学に心が向かないわけ。
NAKAMURA君のように崇高な思いを持ってきてはいなかったのよ、私は。
そうか、そうするといろいろな人が違った目的を持って、
この外国に出ていこうということがあるんだなと思って、そこにも温度差があるし、
あとはどういうところに住むのかっていうこととか、
どういう時期に、どんなタイミングで出ていくのかっていうのも全然違うから、
一口で留学っていうのはやっぱり語りきれないんだなっていうことが改めて思って。
確かに確かに。
時に私たちはアメリカに一緒に住んでいるっていう気持ちで、
仲間意識が強いんだけれども、このように違っている感覚でスタートしてるんだな、
特に私とNAKAMURA君は違う感覚があるんだなっていうことを改めて思いました。
ユニカさんが出たのが18年前で、NAKAMURA君が出たのは、日本を出たのは。
2022年ですね。
4年前か。
でしょ。
14年の差があるんだ、それでも。
だってその大リーガーっていう言葉すら変でしょ。
そのNAKAMURA君からしたら。
相手当たり前の存在ですね、大リーガーって僕らにしたら。
でしょ。
でも大リーガーってもう呼ばないでしょ。メジャーリーガーって言うでしょ。
メジャーリーガー、もうメジャーリーガーとも言わないですよね。
ただなんかアメリカで野球やってる日本人、もうたくさんいるじゃないですか。
だからもうなんか比較的一般的な。
大リーグってさ、使う?
使わない。
子供の頃は使ってましたけど、今となってはもう。
このさ、大リーガーってスタートするとこで、なんか時代がわかるところが、
これなかなか面白い書き出しだよね。
すごい恥ずかしいと思ったの、実のことを言うと。
でもやっぱり残してもいいかなと思って、いろいろな時期の違いとか。
それこそ今は大リーグで切ったけれども、
例えば円が高い時、円が安い時で切った人たちもやっぱり感覚違うと思うのね。
あとはもう場所、西屋、東屋でも違うだろうし、
子供がいる、いないでも違うだろうし、
こう、同じ研究者としてやってくるけれども、
ああ、こんなに違うかと思ってね。
そうよ、私たちは野間がいて、
そしてイチローがいて、
そしてヒデキがいて、
そしてユリカが行くみたいなね。
その流れの中で。
そうよ。
その世代か。
でもそうですね、当時の子供時代の僕らから見ても、
やっぱりスポーツ選手が目につきやすい区はありますが、
その時代に日本人がアメリカに行くっていうのが、
どんだけすごい決断だったかっていうのは、
子供ながら感じてましたよね、やっぱり。
そうよね、特に大リーグっていうね。
世界から働く場所を選ぶという視点
科学の方はもっともっと前からレジェンドたちが挑んできてるじゃない?
そう思うと、この肉体的な違いもある中で、
こう、挑むっていう感じがあって。
で、ちょうど私たちがアメリカに来るあたりの時に、
やっぱり先輩たちがどんどんどんどんアメリカに行くってなって、
じゃあ私たちもっていう。
特に私たちのいる大学や学部は、
必ず各研究室から一人ぐらいはって言ってもいいかしら。
この名言はどこで生まれたんですか?
名言はですよ。
私たちよりも一つ上の先輩で、
その先輩がご夫婦でやはり博士を二人でとって、
そしてさてアメリカに行くぞっていう時に、
先に日本で結婚式をしたのよね。
そうだね。
そう、その時にお祝い返しっていうことで、
私たちにお祝いのお肉をくれたの。
なんだけども、お肉を。
だけど私たち二人で食べるには忍びないじゃない?
だから先輩たちも来て、
そしてちょうどそれが彼らにとっては、
日本で食べる最後のすき焼きになったわけよ。
なるほど。
その時にみんなですき焼きの鍋を炊きながら、
そこで先輩がこの、もうアメリカに行くぞって決まってる。
もうあと2週間後に飛ぶぐらいな勢いの先輩が、
ねえ、僕たちさ、働く場所を選べるなんて、
ダイリーガーと一緒じゃないって。
そう、もう夢と希望に満ちあふれて、
で、そこでお肉を生卵にディップディップしたのよ。
うわあ、先輩かっこいいと思って、そっかって。
その時私は1年、2年後輩だったから、
あ、働く場所を選ぶっていう時に、
日本の中のどこかを選ぶんじゃなくて、
世界中から選ぶんだって思った時に、
うわ、研究ってそういうことだって。
なんか改めてお腹の中にストーンと落ちてきて、
で、その時に、数ヶ月後にタツさんがアメリカ行きの切符を手に入れた時に、
私はその先輩の言葉が頭にずっとあるから、
よし、じゃあ私も行こうっていう気持ちにさせられたのよ。
結構その先輩の存在が大きかったんですね。
すっごく大きい。
そんなにポジティブに留学を語る先輩がいなくて、
で、私たちの20年くらい前っていうのは、
結構経済的にもアメリカの経済もどんどん下がってくる時だし、
そうでもなかったね。
実はね。
すごい良かったんだよ。だからお金はすごい高くて、
リーマンショック前に飛んですぐリーマンショックだから。
うちらはリーマンショックの年だから来たのは、
よく決まったねって。
またアメリカから帰ってきた先輩に、
え?リーマンショックの後に決まってるってすごくない?とか言われて、
でもはっきり言ってずっと博士課程にいたから、
私たち新聞読んでないのよ。リーマンショックも分からなかったの。
経済のこと気にならないですもんね。
気にならなかった。すっごい恥ずかしかった。
いやいや、俺は分かってたけど。
私はもう夢中だから。言ったけど出産もしてるからね。
出産して博士とってるから。
リーマンショック知らなかったんだよね。
恥ずかしい。
いやいやいや、恥ずかしくない。大丈夫。
そこで一応なんとかポジションは取れて、
飛ぶんだよね。
それでその先輩にはさ、
河野君も選べるよね。東海岸行くの?西海岸行くの?みたいに言われてて、
で、選べるつもりでいたんだけど、
オファー来たのインディアナだけだったから。
選んでないみたいな感じなんだけど。
インディアナに飛んで。
でも頑張ったよ。オファーってか、
自分をアピールするのに世界中に出すっていうことはしたわけだし。
ちゃんと飛行機に乗るときは気持ちは大リーガンの気持ちで存在してた。
それはやっぱり達さんも。
もうあれだけ言われてさ、それだけ焚きつけられたらさ、
俺燃えやすいからさ、もっと燃えてさ。
仕事を選べる、働く場所を選べるってやっぱり。
アメリカでやるぞって。
嬉しいよね。
ポピペット一本で稼ぐぞみたいな気持ちで行きましたよ。
そう、そんな気持ちがここに入ってたのよ。
カノ先輩は今は大活躍です。
ハーバードに隣接したフォーサイス研究所っていうのがあるんですけど、
そこで自分のラボをしっかり持ってやってます。
めちゃくちゃいい研究してて、
すごい論文ももちろん書いてっていう感じで、
有言実行の人です。
すごいですね、その人の言葉がちゃんとイリカさんに残ってるっていうのが。
本人に確認してないけどね、
本人は覚えてるかしらって思うけど、
すき焼きを卵つけながら。
そう、リップリップして。
なるほど、そういう思いがまずこの初めの方に。
原稿自体は今回読めないんですけども、
そういう感じのレビューが書かれてるということで、
今のイリカさんの思いも詰まっている。
留学の苦労とコミュニティの支え
一方でNAKAMURA君はどういう思いでこの原稿を執筆したんですか。
僕はそうですね、
やっぱり留学ってポジティブな面を語る人が多いと思うんですけど、
そのポジティブな面に隠されているその何て言うんでしょう、
闇と言いますか、苦労。
苦労っていうのがこのUJのギャザリングで話した中で見えた。
プラスやっぱり楽しいよってポジティブな面も見えるんで、
なんか留学のリアルっていうのが本当に見えるのかなっていうのは
ちょっと言いたかったところですね。
伝わってるかどうかわかんないですけど。
なんか印象に残る、この苦労大変そうだったみたいなことって覚えてますか。
あんま正直苦労覚えてないんだけど、みんななんかそれぞれ楽しそうなんだね。
実際僕らは表情を見てるんですけど、
なんだかんだ苦労がありつつも今はすごい楽しくやってるみたいな感じで。
戦ってることに対しての誇りが伝わってくるというか。
そうそうそうそう。
あとやっぱりみんなコミュニティに属してるので、
お互い助け合ってるんだなっていうのもよくわかったし、
そういう繋がりっていうのが大事なんだなっていうのはよくわかりましたね、この回で。
なるほどね。
だからそうやって、今回実験学の方に出させていただいたレビューの中にQRコードをつけてあって、
そこで奏でる細胞とアメリカナイトGOLDのコラボの、
そういう音声がいろいろ聞けるようにしてあるんですけど、
このUJギャザリング、グローバルギャザリングinLAの様子も聞けるということで、
今のNAKAMURAさんの話を聞いて、
どういう感じで語ってたんだろうっていうのをQRから聞いていただくことができるという風になってますね。
ありがとうございます。
村山斉との対話と研究の楽しさ
ちょっと僕もちょっと語っていいですか?
もちろんです。
そのね、まさにQRコードから飛べる、
この様々な、総勢15名以上の方が語った留学体験が素晴らしかったっていうのが、
僕のこのコーナーを作りたいというか、これを記事に載せたかった一番の思い出。
でも今年、研究者をやっている中で、
研究者をやっている喜びの一番のものが、
同じく人生の中心に研究を置いてたり、
人生をかけて研究をしている人たちに出会えるってことなんですね。
それはコラボレーションとか、
一緒に研究費を取ったとか、
誰かを紹介してもらうっていう、
メリットと関わって出会えるっていうところもあるんですけど、
本音を言うと、そういうところはあんまり関係なくて、
メリットがあろうとなかろうと、
本気で研究してたり、
すごい面白い研究を夢中になってやってる人に出会えた時の喜びってデカくて、
それがこのUJギャザリングの時に、
僕ね、やっぱ村山先生の話を聞けて、
先生と一緒に直接喋っただけで、
宝物のような時間だったんですよ。
ユシーバークレーの宇宙の研究をされている村山先生。
あの人が、やっぱり自分たち人間には理解の限界があって、
その限界の先の難しいところ、わからないところ、
誰も知らないところに飛び込み続けるって楽しくないかみたいなことを、
一生懸命話してくれたのね。
あの瞬間が、とてもとても、
こういう人に出会いたくて、僕は研究してきたって思えたし、
UJの活動をしている先に、こういう人たちに出会えるっていう未来があるんだったら、
なんか幸せだなと思って、UJの活動をしてきてよかったなっていうふうに思えるわけね。
だから村山先生のアメゴさんで話した話も、とても良くて、
研究もあるけど、これから研究をする人たちに、
研究ってわからないことに向かっていく、わからないところに連続だけど、
それが楽しいんだよっていう、あのあれをね、文章じゃないんだよね。
やっぱり声の中に優しさとか楽しさとか全部含まれてるから、
声で聞いてほしいなって本当に思いました。
そうですよね。
確かに熱量すごかったですもんね。
そしてあの、ひとし先生じゃなくて、
ひとし先生、ひとし先生だったのに、ファーストデビューは。
村山先生。
村山先生がね、NAKAMURA君に語るあの眼差しも私は横で見てたんだけど、
素敵ね。
いや僕めっちゃ緊張してて、すげー早口だった記憶があるんですけど。
緊張してたの?
緊張してたとは思えない、こう、なんだろう、こう、
対等な語りをするじゃない。
NAKAMURA君ってそういう人なんだって、私すごく感動したのよ。
すごく対等に。
やっぱりパーフェクトなプレゼンテーション見せられた後に、
よく、なんかすごい人と話すってんだなーって途中で思い出して、
よくよく考えたらっていう。
なんかすごい、すごい熱量が高かったのに、
こっちもなんかすごい上がって、ボルテージというかなんかその、
こっちもなんか乗せられて。
なんだけどやっぱりサイエンティストとしてすごく対等でお二人はね、
そしてこのだけど温かい眼差しが村山先生からは注がれていて、
こういうなんていうかジェネレーションのこの盛り上がりっていうのは素晴らしいと思った。
そして、分野も全然違う中で励まし励まされ合うっていうの。
なんか私はいい瞬間を横で見ることができました。
それがね、ちゃんと収録されてるっていうのが素晴らしいなと思って。
確かにそうですよね。だって発表で終わらずにその後、
こういうキーノートスピーカーの先生の話を実際聞いてるってなかなかないですよね。
ないないないない。
普通の発表で終わっちゃうじゃないですか、こういう学会とか。
終わって偉い人のまま遠くに行ってしまわれて。
まさかポッドキャストの収録までしてもらえるとは思わなかったですからね。
めちゃめちゃ気軽にやってくださったからね。
でもそういったNAKAMURA君のその、なんだろう、
度胸とすごくグッと自分の度胸に引きずり込むっていうのを
ポッドキャストに来てくださいみたいな。
やっぱりNAKAMURA君の力の強さなんだなっていうふうに思って。
おじけなさというかそんな感じですかね。
さすがポッドキャスターと思いました。
だってあの時誰を呼ぼうって話をしてる中で
あのNAKAMURA君が村山先生聞いてみますわって言って。
本当に呼んできたからびっくりした。
びっくりした。
でもねあの声は多分だから僕らだけじゃなくて
多くの日本の同じように海外のことを考えてたり
研究したいって思ってる人たちに
このマイクを通して届くってね
多分先生感じてたから
すごい真摯にいいお話をしてくれたと思うんですよ。
だからだったらやっぱり多くの人たちに届けたいっていうのがあって
実験医学のお力を借りて。
なので今回このQRから飛べるプレイリストの中にも
村山先生のお話もありますし
その他の研究者の皆さんのお話もいっぱいあるので。
他にもあるじゃん。
LAで生まれた研究者同士のつながり
僕はねあの今西さんと同じセッションで喋ったんで
なんか今西さんのお話がねなかなか
あれはちょっとなんていうかね
メンタルの問題も含まれてたり
小児科の現場での大変さみたいなのもあるんで
そういう生の声っていう意味ですごく魅力的だし
そこから留学して感じる
言葉の壁とかそういったものも
うまく喋れたというか
収録されてるんでそれも聞いてほしいですね。
あの回はすごく良かったですね。
バーンアウトについてもお話されてて
バーンアウトが多分僕ならなそうだなって思ってたんですけど
それも言われてて
ならなそうと思ってる人が実はなるみたいな
そういう概念を初めて知りたので
そこはなんか準備ができたというか
そうなったら
こうなる可能性があるんだっていう
そんな風に思ってなかったので
そうならないと思ってるね僕は
そうなる可能性はあるんだっていう
なんかそういう勉強になったよね
心持ちをさ
自分でなんかそうやって準備をできるというか
そうそうこうなってもおかしくないんだなって
あと彼がね彼自身がフライト先生として
すごい発信めちゃくちゃやってる人なんで
喋りが上手っていうのもあったし
多くの人に来てほしいなと思います
あとNAKAMURAくん実際に喋ってみて
一緒に残ってる方とかいらっしゃいます?
あれかな安藤さんかな
うんではね君の場合
安藤さんっていう方と喋ったんですけど
この人もともと僕論文読んでたんですよ
この人の
博士課程の論文を読んでてもともと
で最近出た博士読の論文も読んでて
面白いジェネティクスの研究するなーと思ってたら
論文章を取られて
実際にギャザリングにいたっていうので
行ってしまったら僕が学生時代に
憧れすげーなーと思ってた人と
こんなとこで出会うとはっていうのが
あーいいねー
ポッドキャストに出てくれた
同じ研究分野の人と初めて
ポッドキャストで話せたっていう
そこなんか良かったですね
あとあれだな
沢橋さんも岐阜県出身なんだよな
そうですね
岐阜大学か
岐阜大学で今UCLAの
そうそうそう心臓
サイダーズ・サイナイ
メディカルセンターで研究されてる方ですね
結構こういう
UJ・ギャザリングで
同じ分野の人と
まともに会ったのが
初めてだったんで日本人で
そういうのがすごい良かったですね
いろんな人がいて
自分の分野の人もいてみたいな
それは今後もね
ずっと繋がっていけそうな感じですよね
そうですね
連絡先ももちろん交換させてもらいましたし
まさに仲間を見つけたって感じで
なんだっけ
空港まで安藤さんと一緒に行ったとか言ってたよね
そうそうそう
最後夜ご飯も食べて
空港まで一緒に行って
いろんな学会とかこういうの出た方がいいよみたいな
のも教えてもらって
意外と共通な知り合いがいたりとか
そういうのもあったんでなんかすごい
繋がりが深まって良かったです
UJ・ギャザリングで
知り合いの知り合いはみんな知り合いだっていう話になって
とある席で私たちは
とある人と
これ以上話すのやめよっていうぐらい
知り合いの知り合いは知り合いすぎて
2人で帰省しあったっていう
繋がりすぎて
繋がりすぎて
そうそう
やっぱね研究者仲間同士はね
ずっと繋がっていくよね
同じ大学とか同じ高校とかになっていくから
楽しいねそういうのも
まさかこんなLAの地でそんな話になるなんて
ってなって楽しかった
そうなんかアメリカ来てそういう日本人同士の
意外と世界は狭いみたいな繋がりあるんだってびっくりですよね
そこで最初の最初の留学って言葉に戻りたいんだけれども
その留学っていうとその時期や
その時代や縁の相場や
そしていろいろなものによって
感覚が違くて飛び立って
日本から飛び立ってくるんだけれども
1回海を渡って来た人たちとは
とても仲良くなりやすいっていうことを
示してくれるよね
年齢の差とか研究の違いとか
あとは様々な部門の違いはあっても
一つ海を渡るとなんか急に近づく何かがあって
私はすごくそこが楽しいなと思って
言ってしまえば我々だって
別に日本で関わりがあったわけでもないですし
世代も違いますしってとこで
まさかこうやってお話しさせていただけることになるとは
思わなかったですからね
本当よねそうよね
普通の生活をしていたら
日本で普通の生活をしていたら
同じ研究者って言ったって
出会うことがないのよね
そうなんですよね
と思うとこのご縁はとても嬉しい
それ思い出すのはUJの集まり
最初の方でみんなで集まった時に
この会場で集まると100人ぐらいいるわけじゃん
この間のUJギャザリングの時も
ここにいる人たちはみんな
研究で生きていこうって思ったっていう
大きな選択肢と
海外に出ようっていう決断までした人たちだから
2つの共通点があるんだから
もうここで仲間にならなかったら
ちょっとねって言って
みんなで仲間になろうよって言って
すごいこのUJが盛り上がったっていうのが
最初の頃からそれがあるんです
先生と呼び合わないとかね
そうそう
あったね今でこそね先生って
呼ぶけど
そうか先生って呼んでないな確かに
一定数の方々たち呼ばないよね
呼ぶのが前提じゃない会だと思いませんか
そうですよね
普通に何々さんって呼びますもんね
あとはファーストネームで呼び合ったりもするじゃない
やっぱさすがね
アメリカで研究してるだけあるよねみんなね
そうなんかそういう
日本だとちょっとそういう
礼儀的なところが障壁になったりもしがちですけど
なんか一歩こうやってアメリカに来ると
かなりカジュアルな感じで
結構年上とかあんまり関係なしに
喋らせてもらえるって感じ
気にしなくなってくるでしょ
僕も別に気にならないですし
基本先生禁止です
僕ら最初の時は
ノーベル賞を取られた根岸先生が参加されてた時には
根岸先生は先生つけようって
あとはノーベル賞がないんだなとかって言ってて
そうそう
でもそのくらいフランクにやりましょうって話でしたね
でまた今回みたいな
LAで開かれたギャザリングみたいなのが
また来年も行われるってことなんですよね
そうですテキサスでまたやるんで
ぜひ皆さんに来てね
集まってほしいですね
5月でしたよね
5月ですはい
でもそれ以外にも実はイベントがいっぱいあって
10月からK99アワードレシピエントシリーズっていうのがありまして
第3回ぐらいまで今予定が決まってて
アワードを取った方というか
若手で研究費を獲得したりポジションを取った方々のコツのシェア
次にみんなで続こうみたいなセミナーがスタートするんで
それはもうキャリアシリーズですね
そういうのもUJでやってるイベント?
UJ協賽みたいなイベント
それはネットから申し込めるんですか
全部オンラインセミナーの形になるので皆さん来てると思う
なのでイベントの詳細に関しては概要欄にありますリンクから飛んでいただければと思います
声と雑誌で研究者の思いを届ける
ということでここまで実験翼UJだよりに
私たちの思いが掲載されたということで
それにちょっと付随する回を取ってきましたけども
皆さんどうですかこうやって実際に原稿がこの実験翼に載ったということで
最後締めに感想とかをお聞かせいただければと思うんですけども
NAKAMURAさんどうですか
僕こういう本とかこういうのに寄稿させてもらうっていうのが初めてなので
こういう本当に名前のしてもらってのはありがたいですし
こうやってなんか最初はワードだったじゃないですか
ワードだったのがこうやってなんかしっかり本になるっていうのは
すごいなっていうなんかちょっと感動ですね
まだね収録時点で現物を見てるわけではないんですけども
多くの人の目に見える出版物になれるんですもんねこれが
そうだ初校の段階ですげーなーと思ったんだけど
最終校はすごい楽しみです
どんな風になるのか
それを読むのが読む人たちっていうのが学生さんだったり若手の研究者だったり
多分日本で読んでるんだと思うんだけども
どこまで海外への視野が広がってくれるかなと思って
それまた楽しみだな
あとは海外から日本に戻られた人たちも読むと思うのね
そうするとこんな思いで行ったなとかこんなことがあったなとか
あと海外にまだ残ってる日本人の人たちと
あっ思い出してまたコラボレーションが増えたりだとか
日本の科学が進む世界中の科学が進むというところに
そこには絶対人がいて人との友情があって
その繋がりあるわけだからそこが延伸されていければいいなと思って
本当ですよね
こうやってUGAの多くの方々がバトンみたいにこの記事っていうのはリレーで繋いできた
その中にアメリカンナイトGOLDとカタゼル細胞という番組が組み込まれて
またリレーを繋ぐっていうのはなかなか感動するところでもあるし
やっぱ声でいろんな人たちが喋ったプレイリストっていうのが
私たち学生の時なかったもんこういうの
本当にいろんな媒体新聞社とかもポッドキャストをスタートしていて
この実験医学を読む文字で見たものとさらにポッドキャストに来ていただいて
こうやって聞いてくださっている方々がいるっていうこと
声と雑誌とそれで人が繋がっていくっていうのはすごく嬉しいので
雑誌を読んできていただいた方々にもすごい感謝をしたいですね
本当ですね
もし今の音声でしたり記事を読まれて何かご感想とかコメントとかありましたら
ぜひ私たちまでお知らせいただければ嬉しいと思いますね
そんなの嬉しいね 泣いちゃうね
泣いちゃいますね 本当
はい というわけでここまで実験学に寄稿するUJAダイオリについて
みんなで語ってきました
というわけでここら辺のお相手は
NAKAMURAと
ゆりかと
達でした
ありがとうございました
ありがとうございました
アメリカンナイトGOLDこのエピソードは
海外日本人研究者ネットワークUJAの応援でお送りしました
ありがとうございました
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