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RS#12「ピクニックに行こう|吉沢 協平選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道
2026-09-19 1:23:08

RS#12「ピクニックに行こう|吉沢 協平選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回は、RS#12「ピクニックに行こう|吉沢 協平選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

<内容>

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)が遂にスタート。

12回目ゲストは吉沢 協平選手(PB: 76LAP)

6日間走や10間走など超超長距離の分野で世界トップレベルの記録を残している吉沢選手。

2年前のサテライト大会で日本代表を目撃し、まだその域に達していないと実感し、トレーニングやレースで自身を高めてきた2年間。いよいよ代表の座を手に入れ、今まで戦ってきた盟友たちとどんな走りを見せるのか。

食トレ、体重コントロールなど、マルチデイランニングで培ってきた特殊な体質についても語る。


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。

AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

Aidpo (エイドポーション)オンラインプラットフォーム運営

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00:10
AFAPアカップ、このプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible, 私たちはどこまで行けるのか。 走ることで繋がった仲間たちと、この世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野道太郎です。 本日は、2026年9月16日になります。
バックヤードウルトラ日本代表世界一への道ということで、10月17日から開催されるバックヤードウルトラ国別対抗戦、通称サテライト大会に向けた選手インタビュー企画になります。
第11弾ですね。11人目のゲストはこの方です。 吉沢強平選手です。よろしくお願いします。
お願いします。 よろしくお願いします。
お願いします。 今はもう日本にお戻りですか?
日本に一日前に帰国しまして、眠いです。
ですよね。そんな中、来ていただいてありがとうございます。 眠いし、お腹空くし、大変だったと思うんですけど、どちらに行かれてたんですか?
国で言うと、ヨーロッパのハンガリーですね。
6日間奏という、私が取り組んでいる時間奏の世界選手権、ワールドチャンピオンシップに出場してまいりました。
お疲れ様です。世界選手権帰国ホヤホヤということですが、
改めて6日間奏なんていうキーワードもありましたが、これを聞いていただいてる方は吉沢さんご存知の方も多いかとは思うんですが、
改めて簡単に自己紹介いただけたらなと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。吉沢強平と申します。年齢としては今50歳ちょうどです。
元々は地元は宮城県の仙台市出身で、今は横浜に住んでおります。
今は自分でも会社を経営しつつ、ランナーとしては本当に市民ランナーとして活動して、
メインは、先ほど申し上げた比較的長いマルチデータ、複数日にわたるレースとかバックヤードも含めて、
そういうのをメインに今は取り組んでるっていう感じですかね。
市民ランナーって合ってるんですか?
市民ランナーですよ。市民ランナーです。
だいぶたぶん、1年間の中でレースに出ている日数の割合でいうと、かなりトップクラスなんじゃないかと思う。
ちなみに、この後聞いていけばいいかなと思うので、改めてちょっと聞いていくんですが、
03:06
そもそも今はそういうマルチデーランニング、普通の人からしたら何それみたいな距離を走ってると思うんですけど、
そもそも走り始めたのはいつですか?
走り始めたのは、ちょうど10年前かな。2016年から、40歳のときですかね、だいたい。
から、普通のマラソンっていうか、それこそ一般的な市民ランナーさんが取り組むようなマラソンから始めたっていうのが2016年ですかね。
きっかけは何だったんですか?
先ほど申し上げたように、私今会社を経営して、今12年目なんで、
ちょうど会社を起業する直前くらいまでは、自分ずっとサラリーマンやってたんですけど、
すごい巨漢で、今だいたい体重で言うと65、66キロなんですけど、当時たぶん95キロ近くまでサラリーマン時代は増えてて、
起業するタイミングで、これはこの体じゃあかんと思って、会社も維持できないし、社員も維持できないし、
はたまた家族も維持できないっていうことがあったので、
まず減量から始めて、ちょうど今自宅の前にスポーツジムがあるので、
そこでランニングじゃなくて普通の有酸素運動とかトレーニングで8ヶ月ぐらいで25キロぐらい減量して、
8ヶ月で25キロ。
それで70キロぐらいにはなったので、ちょっとやっぱり体も軽くなって、
学生時代は一応陸上やってたので、昔陸上やってたし、別に長距離とかじゃないんですけど、ちょっと軽く近所ジョギングしようかっていうところから、
本当に2キロぐらいしか走れなかったんですけど、2キロゼーゼー言いながら走って、
なんかのきっかけで横浜マラソンに申し込んでしまったんですね。
そしたら抽選で当たってしまって、やべえと思って、そこからちょっとちゃんと走るというか、
全然そういう距離じゃないですけど、運動をちょっと習慣化していったっていうのが、最初の大人になってからのマラソンのきっかけですかね。
ちなみにその学生時代の陸上経験っていうのは、どれぐらいの期間何をやられてたんですか。
本当に中高大と陸上競技本格的にやってて、メインの種目は800メートルですね、中距離。
種目を約10年間結構ガチで、特に高校、大学のときが一番結構ガチめにやってましたね。
ちなみに800の自己ベストとかってどれぐらいですか。
06:03
800は1分56秒ですかね。
2分切るんですね。
はい。
そうなんだ。
実際あれですか、結構全国大会とかそういうような大会。
いや、その記録じゃ全国はいけなかったね。
それなりの上位にはいけますけど、やっぱりその記録だともうちょっといかないと、たぶんもっと上の層にはいけないので、
全然、本当に県でも直せるとか、全国にいけるとかっていうレベルではなかったかなと思う。
そうなんですね。
で、そのときは、いわゆる中距離っていうか、もはや今やられてることからすると短距離だと思うんですけど、
そこからジョギング始めて、陸上経験が生きた部分とかってありますか?
なんか全然違うことをやってるようには思えるんですけど。
それで言うと、先ほど言った、最初に社会人だって申し込んでしまった横浜マラソン、フルマラソン。
で、そこそこ練習はして、最終的には記録的には4時間20分ぐらいかかったんですよ。
初マラソン。
で、それが半分ぐらいは記録ぐらいでいけたんですけども、ハード過ぎてからもうだだ歩きで、
4時間21分ぐらいかかっちゃって、
で、そこで全然種目こそ違えど、結構競技魂に火がついて、これこんなんじゃないって思って、
もうちょっといけるやろうっていうところで、そっからまた本格的に、どちらでもフルマラソンの練習メインで、
結構頑張って練習して、
で、確かもう1年半後ぐらいの、東京マラソンかな。
で、サブスリーして、確か。
そうですね、1年半後ぐらい。
で、それなりに短期間でサブスリーまで一応たどり着いたって、フルマラソン上はっていうのがありましたね。
それで、競技魂は収まらず、さらにって感じになるんですか。
そうですね、平行して、もうフルマラソンそれで若干飽きちゃって、
100キロ級とかもちょっと手を出し始めて、もう2017年からは、一応100キロ級に初めて出たのかな、2017年9月から。
で、まあ確かにね、そういう練習動画は全くしないので、
間奏こそできるも、そんなに別に上位に出るとかではなかったので、
ただやっぱり、それぐらいのロングレースの面白さみたいな、達成感とかフルマラソンと全然違うものだったので、100キロとかっていうと。
なんかそこに、なんかウルトラのほうに早速、ジョギング始めて、1年、2年でのめり込んでいくっていうとこになりましたね。
09:10
なるほど、のめり込んでいって、ガチになったっておっしゃってたじゃないですか、魂、火がついたっていう。
実際、練習とか日々のランニングはどんな形になったんですか、頻度とか量とか。
そうですね、まあ最初はやっぱりフルマラソンだけのときは、本当に月に300キロっていうところだったと思うんですけれども、
もうウルトラ始めた頃には、まあ4、500、まあだいたい倍ぐらいに、あの月間走行コーディでいると。
でも毎日、まあ今でもそうなんですけど、朝だいたい15キロから20キロぐらい朝練習するんで、
まあそれはその頃からしてましたし、やっぱりこう、その頃はまだ今別に月間走行とかそんなにこだわらないでやってるんですけど、
その頃は結構月間走行にこだわって、まあやっぱり500キロぐらいとかを目処に走ってたかもしれないですね。
かもしれないですね。
かもしれないですね。ただただじゃないですけど、覚えてないですけどあんまり。
まあまあそこぐらいまでだったら結構まだその、まあ市民ランナーの中でも走ってる人はそれぐらい走るかなぐらいのとこだと思うんですけど、
だんだん今やられてる世界に近づきだすというか、結構月間でも10キロ走り合いついたこととかもあると思うんですけど、
そこらへんは何がきっかけでいつ?
それで言うと、さらに何だろう、まあ100キロ級はいろいろ出てたんですけど、
えっと2018年の1月に、いや初めて200キロ級に出るんですね。
それがちょっともう今なくなっちゃったんですけど、簡単に言うと箱根駅でのコース往復するような、
ちょっとレース名も定かじに東海道57次箱根2daysみたいなレースがあって、
でそれが1月のちょうど箱根駅で終わった後ぐらいにやるレースで、
それでわしが多分順位で言うとトップ10ぐらいになったんですよ。
これ長くしていると上位権なって思って、
で今思うとその時の多分優勝が高犬なんですよ。
なんか騒いでるやついるなっていう印象があったんで、
でその時は問題全然高犬なんてもう雲の上の存在、
多分その頃は24時間走とかリザーブとかになられてるぐらいの頃で、
今は全盛期ですけど、その頃の全盛期でもあるのかなってぐらいの時で、
もう全然、当然声もかけらんないですし、そういうぐらいの存在だったのが高犬なんです。
12:03
なんかの因縁かなみたいな。今思うと。
で、そっからやっぱり200キロオーバー級とかに、
それ以後ジャーニーとか時間24とかにちょっと出だしたり、
もう2018年ぐらいからしてましたね。
結構展開が早いですよね。2016から走り始めてるんですもんね。
2017で100キロ挑戦して、で2018にはもう200キロ級にっていう。
そうですね。やっぱり結構上位に行きたいというか、
行けることがちょっと達成感もありつつ喜びっていうのが個人的にあるんですけど、
あとちょっとめちゃくちゃ話しちゃうことあるかも。
うちのお店が結構ガチで、
そのこれでいうと、まず小学生だったんでミリバスかな、バスケやってて、
今もそうなんです。カナダの最強チームみたいなとこにいて、
もうほとんど負け知らずぐらいのチームで、
アレギュラー張ってましたし、
大体大会行けば優勝してくるようなチームで、
もう神奈川県に敵がいないんで本当に、
それこそ土日とかは他県に遠征行って強いチームのとこに行ったり、
っていうのもやってたり、
まあ教えて言えば、ちょっとごめん何年か忘れたけど、
結局神奈川県で優勝して、
全国の大会も一応出場してたりしたっていうのがあって、
やっぱこう全米種目こそ、
まあマラソンとバスケって違うものの、
なんか時々、パパはいつ優勝するの?みたいなこと言われる。
この無邪気な、私優勝してるけどパパは?みたいな。
まあまあ言いません、まだです。
だからやっぱりこうなんか、
まあ別にどういうレースでも、
別にそれはウルトラじゃなくても、
なんかそういう優勝みたいな、
この40超えたおっさんができるようなことができればいいかなと思って、
それだと上位いける、
超ウルトラマラソン級だったら、
ちゃんと練習していけばいつかそこにたどり着けるかななんて思いつつ、
練習してましたね。
じゃあ勝てる世界を見つけてというか、
求めて距離が伸びていったと。
で、もう基本はウルトラ専門家と思いきや、
割と短い距離も早いじゃないですか、そういう認識をしてるんですけど。
そうですね、やっぱり陸上上がりっていうのもあるので、
やっぱり結構トラックの練習がそもそも好きなんですね。
プリントの練習。
だから今も週1ぐらいでトラック使って、
15:01
ショートインターバルとか、
あと本当に5000とか1万ぐらいまでの距離の、
比較的早いペースで走ったりっていうのもしてるっていうのがあるので、
なんか対極かもしれないんですけど、
この年齢では結構スピードはある方かなとは思います。
なんか実際こう、例えば800とか1500の、
今現在の記録とかってあったりしますか。
そこで言うと800とか1500、
中距離みたいのは練習ではするんですよ。
800だと今最高で、
最近だと2分3秒ぐらいは出したこと。
ちょっと最近測ってないんであれですけど、
去年ぐらいがそれぐらい出したかな。
1500はずっと全然測ってないです。
1000メートルだと2分45ぐらいでは走れた。
1本なら。
すごい。
それ勢派って感じですか?
それはさすがに勢派。
さすがに勢派。
ちょっと安心しました。
なるほど。
その、なんて言うかな、
筋力的というか筋肉の質的には、
ちょっと実は私毎月DNA検査を実はしててある期間。
それで言うと側筋の塊なんですね。
筋がないぐらいのDNAで。
だからどうやって長距離走ってんだって話なんですけど。
だからどっちかというかスプリントに向いたる、
身体というか遺伝子レベルで言うと。
そうなんですね。
わかりやすいところで言うと、
今現在のフルマラソンの自己ベストってどれぐらいですか?
今は最近全然ガチで走ってないですけど、
2時間47分だったと思います。
でも最近はあまりそもそも出てない?
ガチで走ってない?
そうですね。
自分のためのフルマラソンはほぼここ数年は全く出てないです。
人のペーシングとかペーサーとかみたいなのしてますけど、
伴奏とか。
あんまりそこにモチベーションがないというか、
フルマラソンで2時間40分キロとか、
そういうのは全くない気持ちとしては。
今の走ってるモチベーションって何になるんですか?
今は自分が得意とする部分を伸ばしていった方がいいかなと思うので、
それこそ今回のパックヤードの話だったり、
時間層でやっぱり世界に通じるような走りをしていきたいっていうのが、
やっぱり今モチベーションには打たれてますからね。
やっぱそれは走り始めた時の優勝したい、勝ちたいみたいなのが。
根本競技思考魂があるのかなっていうところかな。
ありがとうございます。
ランニングヒストリーの、
わりとコロナ前までは伺ってきたかなとは思うんですけど、
18:01
ご自身の中でトピックになるような印象的なレースとかをちょっと年ごとに聞いていきたいんですけど、
さっき2018の箱根の200キロ越えのレースでトップ10入ったっていうことですけど、
それ以降で、2018年の中のレースで印象的なものとかありますか?
18年。
18年、はい。
18年は、実はそれを走って、
ちょっとやっぱりこれ、まあまあ結構ウルトラにいけるなって思って、
1回100キロのレースをバンバン入れたんですよ。
これがですね、実は3戦連続DNFをしてしまって。
えっと、富士高校、今亡くなった柴又、サロマ。
ここをね、3盾で3連敗しちゃって。
何があったんですか?
全部、今思うと熱中症なんですよ。
その時から。
その時からもう始まってました。
なるほど。
で、さすがに、まあそれも最後が6月のサロマだったんで、
さすがにサロマまで行って、
えっと、たぶん50、60キロぐらいかな、のとこでDNAだったんで。
さすがに落ち込んで、そんなお金も時間もかけて。
うんうん。
いやもうその辺でもう1回ちょっとランニングやめようかなと思ったときにね。
こんな時期が。
一気に。
っていうのがあったんですけど、
で、あの次の、ただちょっとエントリーベースで言うと、
7月に青森のスポーツエイドジャパンさんがやってる道の靴があるジャーニーランっていう、
260キロ越えのレースが一応エントリーしてたので、
それが当時で言うと最長なんですね、挑戦としては。
で、それはもうすごい時間かかりましたけど、
たぶん47、8時間かかって、
全然上位とかでもなく、ただ一応完走できたんで、
それも結構激アツの中。
こう倒れた100キロ級の中、
その200キロ、460キロオーバーで一応完走。
まあそれで1回自信取り戻して。
はいはい。
いけるいけると。200キロ越えだったらいけると。
やっぱりこう、もっと長い方がいいんだって思って、
たのかな。
で、その頃はフルも並行してやってたので、
秋はどっちかって言うとフルマラソンメインやってたかな。
なので、普通の結構ランニング仲間と全国のフルマラソン、
旅がてら行ったりっていうのは、
冬のシーズンはどっちかって言うとフルマラソンしてたかな、
なんですかね、はい。
で、2019年に入るとどうなりますか?
19年何してたんだろうな。
空白の19年。
19年まだコロナ…。
あ、分かった分かった。思い出しました。
21:01
その頃になると、
それこそ三谷くんも入っていたで、ファインですし。
ああ、はいはいはい。
で、結構海外の選手とか、海外在住の選手とかも登録していただいてたんで、
なんかその愛にいくついでに、
マラソン絡めて、それが仕事なのか、
アスリートのサポート事業なのか、遊びなのか分かんないけど、
それでちょっと海外マラソンに興味を持ち出した。
それは42.19号ですよね。
それはフルマラソンで、
で、こないだ一緒に行ったブリズベンマラソンと、
ブリズベンでのフルマラソンが、
これちょっと18年だったか覚えてないんだけど、
19年か18年に行って、
翌年、それかちょっと19年だかちょっと時系列があまり思い出せない。
翌年に、今度メルボルン。
今アスリートがいたんで、
アスリートの愛にいくついでに、
やっとメルボルンマラソン出場して、
っていうのがなんかありましたね。
フルマラソン。
で、その頃が初めて海外のレースっていうか、
フルマラソンベースですけど、
やっぱりこう海外出るの楽しいなっていうのも、
ちょっとありつつて、
なんかその頃から海外レースに出だしたっていう、
1年に1レースぐらいかな、
っていう感じですかね。
じゃあ、2019は世界進出の年なんですね。
世界進出。
グローバル化。
グローバル。
グローバル化していきます。
2020は、3月以降はコロナ禍だと思うんですけど、
その年でランニングで印象に残ってることありますか?
20年ってどうなんだろうな。
20年は、コロナ禍でもやってるレースがあったのを、
ちょっと見つけだして、
その時にちょっと立ち上がったレースがあって、
結構私には思い入れが深いんですけど、
東京グレートレースっていう、
東京を一周するレースですね。
鷹尾の方をスタートして、
行きはどっちかっていうと、
埼玉県境を行って、
最終火災臨海公園まで行ってですね。
えー、あそこまで行く。
東の果ては。
で、帰りは都内通って、
帰りは玉川、今度は神奈川県境通って、
ちゃんと町田も襲って、
で、また鷹尾に帰ってくて、
250キロのレースを持って、
それで、
それ確か2位になったのかな。
えー、すごい。
確か。
で、その時の1位が、
まだその時の認識がなかった、
吉田さん。
吉田キャップ。
24:00
多分1位だったと思います。
はいはい。
で、このグレートレースっていうのは、
そこからもう毎年出るようになって、
続けちゃうと、
これ21年も結構、
グレートレース思い入れがあって、
えーと、同着で、
えー。
1着になった。
おー。
それの相手が、
池田さん。
おー。
で、実はそれ時間差スタートで、
私の方が6分早くスタートしてるんで、
同着なんですけど、
池田さん1位で、
私2位なんですね。
順位的にも。
でもすごいそこで、
あの池田さんと仲良くなったっていうか、
ほぼ一緒に走ってたんですよ。
うん。
150キロ中、
えーと、多分150キロ以上は一緒に走って、
多分私が眠い時とかも付き合ってくれるんですね。
えー。
一緒に、じゃあ一緒に寝ようかみたいな。
一緒に寝ようか。
そうそう、寝てくれる。
優しいですね。
ベンチとかでなんか横になって。
重なり合ったらナイスよね。
重なり合って。
で、ほぼほぼ一緒に走らせていただいて、
で、同着。
まあ、池田さん優勝して、
はい。
で、ちょっと続けちゃうとせっかくなので、
で、翌年は私が優勝したんですよ。
おー。
完全優勝。
まあ、それも時間差スタートだったんで、
私が先にスタートだったんで、
もうとにかくぶっ飛ばし続けて、
うんうん。
もう、後ろは全然来ないぐらいのスピードで走って、
で、一応逃げ切って、
うん。
優勝して、
で、その時池田さんがたぶん2番だったのかな。
うーん。
同中会うことはなかったんですけど、
うんうん。
なんかこのレギュレートレースっていうのは、
まあ今どっちかっていうと選手じゃなくて、
サポートとかボランティアスタッフで参加したり、
うんうん。
今はしてるので、
ですけど、なんかすごいいろんなきっかけになったレースかなと。
だって言うと、優勝っていうところで言うと、
これがなんかウルトラ系で初めて優勝したレースです。
おー。
2022年、初優勝の年。
はい。
娘に優勝をやっとしたよって言う。
あー。
その時娘さん何歳になってました?
その時、その時もう、
それこそ全国優勝してる時ぐらいかな。
おそらく。
なんかなんか画的には負けてるんですよ。
あー。
娘さん反応は?
ん?なんかあんまり薄かった気がする。
別に全国大会じゃないでしょみたいな。
そうそうそう。
悩むって話。
そうなんですね。
そっかそっか。
じゃあ結構グレートレースとともに、
ウルトラランナーとして成長してきたみたいな。
そうですね。
なんかその頃から比較的、
あのーなんだろう、
いわゆる少々名のあるレースでも、
まあ優勝みたいのはできないけど上位。
例えば、今見たら、
27:00
21年の小江戸江戸の230で、
8位が入ってんのかな。
おー。
それも小江戸江戸の初挑戦だった時で。
まあまだまだね、そのトップ優勝とか、
そのラインまでは行けてないけど、
比較的それなりのレースでも、
上に行けるようになってきてるっていうのがありましたね。
そんな中で、それこそ世界進出もして、
海外のレースも出られてきたと思うんですけど、
思い出があるとか、
それこそ今回の代表メンバーの方々の縁のあるレースとかってありますか。
それで言うと、スパルタスロンかな。
うん。
スパルタスロンで言うと、
何年出たんだろう、
22年と23年連続で、
多分2年連続で、
22年か23年、ちょっとどっちがどっちか忘れちゃったんだけど、
とにかく2年連続で出て、
実は両方DNF。
2連覇。
それも、どっちも多分半分も行かず辞めてて、
それも、
暑さ負け。
熱中系と、あともう全身吊り気味になって、
両方確か終わってるんですね。
やっぱ本当は暑さですね、天敵は。
うん。
だから本当は暑いレースで成功したイメージがもうその頃は全くなくて、
本当に暑さに弱い人間みたいな、
周りも認識してますし、自分も自覚してるので、
そんな中、
ちょっとこの間の小松さんとの回とも喋ったんですけど、
2年目のスパルタストロンの時に、
桜庭さんと出会うというか、
初めて、初めてではなかったけど、
一緒に走らせていただくっていう機会があって、
で、その時、私はミョンも言ったように途中でリタイアしたんですけど、
桜庭さんは日本人で1位かな、最上位だったんで、
で、終わった後、レース翌々日ぐらいには、
こっちは失意の中、どうしようかなみたいな、
桜庭さんに声かけていただいて、
一緒にギリシャの街中を、おじさん二人でマジランを。
それもフルマラソンぐらいしてるんですよ。
たまに約50キロ走ってるのに。
で、途中ね、スイーツとかパフとか、
おじさん二人で食べたり、
デートしながら楽しかった覚えがあって、
そのからから、桜庭さんには、
同じレースって、完全、相まみえるっていうのは少なかったんですけど、
レースごとに筋肉かけて応援してくれたり、
こっちも桜庭さんが出るレースを応援させていただいたり、
みたいな関係性がちょっと気づいて、
30:00
で、今回ご一緒にサテライトも出れるっていうことで、
すごい嬉しいなって思います。
いいっすね。つながってますね。
で、スパルタスロン以外となると、
そろそろバックヤードって存在が出てくるんですかね、
2020年、2023ぐらいから。
最初に出たのが、22年か。
22年の、今なき上野村大会が、
初めてのバックヤード挑戦になりますね。
どうだったんですか。
えっと、その時は、
ラップで言うと31ラップ。
で、その時の、
ウィーナーはいなくて、
赤犬と塚田さんダブルロックナウトの、私は3rdプレイスですね。
私がいなくなった後、2人で、
ガンガン伸ばして48位まで行ったのかな、確か。
そこにもタカケンが登場するわけですよ、私にとっては。
なるほど、なるほど。
その時も、やっぱり全然実力違うなって思って、
こっちは一応3位だったけど、3番手だったけど、
全然ラップ数も、
20ラップ近い差ある3位なので、
やっぱ全然実力も違うし、
すごいなーって見てましたね。
で、バックヤードは楽しいってなったのか、
ちょっときついなーなのか、
はたまた、もっと違うモチベーションなのか、
どんな気持ちになりました、初めてのバックヤードを。
何もわからず出てしまったっていうのは正直だったので、
準備も戦略とかもあんまりわからず出たので、
ちゃんと次の年は準備をしっかり入念にしようと思って、
サポーターさんとかもしっかりお願いしたり、
こういう走り方しようみたいな。
特に次の年、2023年に関しては、
シリバーチケット大会だったので、
勝てば24年のサテライトの権利が得られるっていう大会でもあったので、
勝ちたいなっていうところの準備というか、
してたかなと思います。
で、実際にはどうでした?
えっと、その23年の大会も、
群馬の上野村の大会に2年連続出場して、
結果としては私は36ラップですかね。
で、また3rd place。
で、アシストが中村さん。
やだ、たかげんっていうね、またたかげんな。
33:02
ということで、たかげんがシリバーチケットを取って、
サテライトの権利を得るっていうところですかね。
これ、記録は伸ばしたわけじゃないですか。
はい。
その伸ばせた要因と逆にこう、
多分もっと行きたかったと思うんですけど、36で終わっちゃったのは。
36で終わったのは、完全こう、スイマに耐えられなかった。
ありましたかね。
なんか、スイマ体制というか、スイマ対策がちょっと仕切れなかったなっていう。
多分、総力的には残ってたと思うんですよ、全然。
そこの耐えれる、こう、まあ、メンタルだったり、
耐え方みたいのが、ちょっとまだその時ではわかってなかったなって。
多分、今も同じような状態であると思うんですよ、その時の状態。
でも、今は耐えれる。
そういう術がわかっているというか、こう忍べば大丈夫だみたいなのがあるんですけど、
その時は多分わかってなかったんで、
確か上野村、2周のコースなんですけど、
1周目回って、本部の前で座り込んで気絶して終わりました。
そのまんま寝ちゃって。
ロカタに座り込んで寝てたみたいな。
で、サポートの人が起こしに来て。
もう今何が起こっているのかわかんないみたいな。
で、終わったと思います。
やっぱそれは、こう、声をかけたらサポートになっちゃうから、
まあ、もうほっとくしかなくてっていう感じだったんですかね。
それで終わりましたね。
で、そこから怒涛の海外バックヤードとかまで出るようになったのは?
そうですね、やっぱりこう、
上野村がシルバーシケット大会っていうのもあって、
やっぱこう、サテライトのメンバーに入りたかったんですね。
なので、それでいうと、もう当時でいうと、
そのラストサムライはそこしかなかったんで、
あと海外行くしかなかったんですね、もうその時代に。
翌年の、24年の、まあ要はラストチャンス、
まあそれこそ8月に、
バディーズバックヤードっていう、
オーストラリア、パースの郊外でやるレースに一応それにかけて、
まあオーストラリアに行くっていうのが、
結構本格的な、なんだろう、バックヤードとしての海外演出になるかな。
それがすみません、もう一回時期を伺ってもいいですか?2020?
えっとね、2024年の8月。
8月ですね、バディーズ。
バディーズでしたっけ?ハーディーズでしたっけ?
バディーズ。
バディーズ。
で、バックヤード。
でもやっぱ、バックヤードで海外行くって大変じゃないですか?
なんかまあ僕が言うのもあれですけど。
初海外バックヤードはどうでした?
逆に、まあやっぱ不安は正直あったんだけど、
36:03
たまたまその時、DMで、DMじゃない、インスタでつながってた方がパースに在住されてて、
DMいただいて、ひろこさんって言うんですけど、
良ければサポートしますよってDMいただいたんですよ。
で、こっちもあんまりサポートのことあんまり考えてなかったんで、
まあセルフで頑張ろうかなぐらいに思ってたんだけど、
そういう声掛けいただいて、
それこそ空港の送迎から全爆ホームステイさせていただいてたり、
あと会場のところまで、もちろんサポート組めて送っていただいてたりみたいなことで、
いわゆる旅的なとこで言うと全然苦がなかったっていうのは本当にありがたい話ですかね。
で、レッスン中ももちろんサポートしていただいて、すごい助かったんで、
あと言語的な部分を通訳とかしていただいたりっていうのはあったんで、
ものすごくそこで言うと安心感っていうのがあったし、
あと大会側の体制としてもわざわざ日本人が来るみたいなところがあって、
で、その時に2024年の8月の前段階として、
まあちょっと後で話し出るかもしれないですけど、
6日間奏の日本記録出した後だった。
5月にかな、弘前の大会。
だからなんか日本からすげえ奴が来るみたいな感じで、
大会がオーガナイザーのほうは受け取ってたみたいで、
一番テントの場所もいいとこに、
全部テントとかガゼボとか全部用意してくれて、
いわゆる拠点となるところは全部用意してくれました。
もう本当にビップ扱い。
だからその装備面も全く不安がないというか、
むしろ現地の人たちより高待遇ぐらいの感じで、
アウェーカーとオムニケア、ホームみたいな感じで迎えていただいて、
すごい楽しいというか、
勝負しに行ったもののすごい待遇が良くて、
皆さんにもある意味チヤホヤされて、
最初のちょっと不安感がある中、
逆に国内にいるかのような感じでレースに臨めたなっていうのが思い出としてありますね。
実際やってみて記録とかどうでした?
記録はそれがですね、
ペストがその時で言うと36だったのが、
36で終わっちゃいました。
それでアシストかな。
はいはいはい。
それはぶっちゃけドクターストップで辞めて、
背中がずっと痛くて、
ちょっと周りのレースドクターとかもいたので相談してたんですね。
39:00
ちょっと数ラップ前ぐらいか。
そしたら多分腎機能が、
ちょっとあの尿とかも黒くなりだした。
もしかしたら三谷悠君もポーランドとかで経験したものだと思うんですけど、
あんまりちょっと経験のないこっちは掃除、
痛みだったり症状だったので、
全然意識とかはっきりしたし、
元気ではあったんだけど、
ちょっと異国の地で、
これ以上ちょっと無理はできないなっていうので、
ドクターの判断に従って、
その後病院も行ったんですけど、
で点滴とかもして、糸治療もしていただいて、
最終的には何の問題もなかったんですけど、
一応大事をとって終わらせたっていうのがあるんですかね。
そうだったんですね。
感触としては悔しかったって感じですか?
両方かな。
国内だったらもうちょっと頑張ったかもしれないんですけど、
無事に帰国するのが、
自分もやっぱり家族とか会社をやってる身なので、
そこまでのことはできないなと思って、
結構もう泣きながら従いましたね、それは。
しやすさはもちろんあり。
そっかそっか。
で、その後もバックヤードへの挑戦は続くわけですもんね。
はい。
バーディーズの次は?
バーディーズの次というか、
自分のレースとしては次のラストサムライになるんですけど、
その前にサテライ大会見に行ってるんですね。
10月の。
ミサロくんとかが出てる。
やっぱり自分が出たかったレースだったんで、
ちょうど見に行って仕事終わってから、
ちょうど24ラップ目ぐらいで会場到着して、
なんかその時の印象が、
まず到着してみんなすごい飛騒感持って走ってんなって。
表情が。
なんかすごい心配になっちゃって、
誰一人楽しそうに走ってる人いなかったんですよ。
相当なこの人たちプレッシャーの中やってるんだろうなみたいな。
逆にこの場にはまずは立つの早かったんだなって思っちゃいました。
そこまでの覚悟を持って望んでなかったかなっていうので、
まだ早いなかったなって。
別に記録が出てないとかじゃなくて、
気持ち的にこの人たちとはちょっとまだレベルというか格が違うなと思っちゃったのがちょっと印象見てて。
で、その後もたぶん1日ぐらいは行ったのかな、時間的に言うと。
で、ずっと見てて、
で、やっぱりこうね、それこそ桜場さんとかが辞める瞬間とかもいたり、
本当はもうちょっと実力あるだろう人たちが結構辞めていく姿だったり、
42:01
潰れていく姿っていうのを見てて、
なんか複雑な気持ちになりましたね。
その気持ちはこう、ご自身の中でどういう方向に向かっていくことになるんですか?
なのでやっぱりこう、自分はやっぱりサテライト出たいという気持ち自体は変わらないかったので、
やっぱりこう、あと2年後に出場するためにもうちょっと自分でも鍛錬して、
気持ちの部分も含めて鍛錬して、
それこそ予選になるようなレースに臨まないといけないなと思って、
すぐ11月にラストサムライが控えてたので、
そこはその気持ち的にもフィジカル的にも万全というか、
っていう状態で迎えようっていう気持ちにある意味刺激を受けてなったかなと思います。
出場した11月のラストサムライが?
福島大会ですね、当時。今亡くなっちゃいましたけど、11月のラストサムライ福島大会。
群馬の、それこそ上野メーラーが亡くなったので、
当時でいうとロードのラストサムライが福島しかなかったんですね。
ロードオンティーの。他は全部トレイルで。
私はもうトレイルはやらないというか、苦手というか不向きなので、
ロードのところの選択肢としてはもう福島しかなかったっていうのがあるのと、
あとそれこそロード系のウルトラランナーがたくさん出場する、
競合が出場するっていうので、ラップも伸びやすいだろうというのを見込んで、
福島にエントリーしたっていうところですかね。
確かにジャーニーラン系の人たちが集まるようなイメージありましたよね。
そうですね、実際そういう人たちばっかりだったんで。
どうでしたか。
結論から言うと、初めてラストサムライになれて、52ラップかな。
それもある意味52って、前の年の桜庭さんがラストサムライになったときと同じラップというか、コースレコード。
今もコースレコードなんですけど、
桜庭さんが出したコースで同じ優勝と同じラップで優勝できたのは、
なんか嬉しいなって思いました。普通に単純に。
なんか縁を感じますよね。
で、そっから今度あれですか、台湾に行くんですか。
台湾は、台湾はその前の年から、その年から出てますね。
2024年の1月に。
そうそうそう。
じゃあ、バディーズの前に台湾行ったんですか。
バディーズは、そうですね、台湾は一応出てる。
45:01
そうなんだ。
で、やっぱり台湾は気候的に暑いので、ますます私には不向きということで、
全然、今まで3年出てるんですけど、全然どれも伸びてないんで。
そうなんですね。
なんか、もはや参加するイベントぐらいに、今では。
台湾の方々とも大変交流があるので、
なんかこう、レースっていうよりはイベント的に今は出てる感じで、
毎年出ようかなとは思っているレースではあります。
位置づけ的に記録狙いとかじゃなくて。
しかもそれで言うと、2026年になって結構大変な不運に遭遇されたというか。
今年ですよね。
はい、そうっすよね。
今年はそうですね、レース中にロードバイクに衝突されまして。
基本的にめっちゃロードバイクが走ってるコースなので、
お互い気をつけてはいるんですけど、
途中なんかスロープみたいなところがあって、
自転車が向かいから下ってきて、あっちが多分制御できなくなって。
で、こっち正面ガーンって衝突したら多分私今生きてないと思うんですけど、
それを避けて倒れたので脳震盪みたいになって、救急車で運ばれました。
ほんと、僕多分その時ぐらいから吉澤さんとかとインスタでは繋がるようになってて、
あれ?と思って、吉澤さんどうかなと思って見てたら、
もうプズンって音沙汰がなくなって。
携帯も何も持たずに運ばれたので、結構大変でしたね。
病院入ってからだ。
言葉も通じないですよね。
で、汗まみれだし、言葉通じないし。
まあまあまあ、台湾は一旦記録としては置いておいた。
行くとして、そのサテライト号の福島があり、
翌年台湾も1月は出たけど、まあまあという感じで、
その2025年のバックヤード事情はどんな感じですか?
2025年は、クラストサムライがいよいよトレイルしかなくなっちゃったんですね。
で、もう自分が走るコースがないなと思って、
そこでラストドラゴンの方に、ロードオンリーの方に初めて出場するというところで、
そっちでどっちかというと、サテライトに向けてはアットラージを出そうというところになりました。
で、実際自己ベストを出した大会ですか?
そうですね。一応60ラップでアシスト。
で、1番が八重山で61でラストドラゴンですかね。
48:01
で、そこで一応当時の60ラップがアットラージの11番目ぐらいになって、
一旦その時点で一応ボーダーをクリアしたみたいな感じになりました。
で、その月のタカオも出ましたよね?
そうそう。タカオは、もともとちょっと出るつもりはなかったんだけど、
メンバーのある程度予想はついてたので、このメンバーならもっとラップ伸ばせるなっていう。
ちょっとコースは見てなかったんで、トレイルっていうのはあったんで、ちょっとどうなるかわからなかったけど、
ある程度ラストドラで記録は残してるのはあったんで、ちょっとどうなるものかと思って出たんですけど、
さすがに中、多分1週2週だったので、疑問もあったし、
あと途中で疲労から目が見えなくなっちゃって、もう霞んでというか、
で、もうめっちゃ転びだして、もともと転ぶコース、転びついサーフェスっていうのもあったんで、
もう血だらけになって、これはちょっと続けても意味ないなと思って、
たぶん33とかでやめたんですから、もうちょっと気持ちというよりも危ないなと思って、
だから今頑張る必要はないなと思ってやめましたね、3。
でも逆に言うと、1ヶ月の中での合計ループ数で言うと、
90、93みたいなことですよね。
まあまあ。
いや、すごいですね。
それはそれで何かの記録になりそうな。
ありがとうございます。
そして、2026年の大会で会ってますか、次は。
次はもう木島平に会います。
そういうことですね。
はい。
木島平はどうでしたか。
木島平は、まあ結論から言うと、自己ベスト76ラップで、またくしくも加賀県のアシストになりました。
だから加賀県にバックヤードで勝ったことがないっていうね、普通に2マン。
なるほど。
はい。っていう結果になりて、まあそれの成績をもって一応終わらせていただいたので、
おめでとうございますという。
ありがとうございます。
なんかその時はもう多分、まあほぼ確実だろうってなったと思うんですけど、
まあその2年前、上野村でのこう戦いを目の当たりにして、まあそっからサテライトを目指して、
で、まあほぼ主中に収めたっていう時のこう、なんか心境はどうでした。
そうですね、まあ木島平に関しては本当に代表入りを目的に行ったので、
まあラストサムライこと慣れてないですけど、
51:02
まあある程度それこそ完全に70ラップとか超えてきた時には確定はしている段階だったので、
うーん、まあちょっと感慨深いところもありつつ、
あとやっぱり一緒に最後の3人残って、高犬とか池田さんっていうのは、
まああのある意味こう長年いろいろ一緒に走ってきたメンバーで、
まあ最後3人残れていること自体もすごくなんか楽しかったし、
なんかいろいろこうレースを通じて楽しく終われたなっていうのがあって、
やっぱり感慨深いっていうのがありますよね、はい。
確かになんか今まで出てきた登場人物が全部木島平のラスト3に凝縮されるっていう。
なるほどなるほど。
っていう中で、まあサテライトの記録は取ったものの、その後も今年バックヤードで続けたわけじゃないですか。
はい。
5月末か、から6月上旬のデッドカゴ狩り、そして8月のクリントイーストウッドっていうところですけど、
出すぎですね。
出すぎですよ、はい。だって1月に台湾も出てるわけですもんね。
出てます、はい。
そこら辺はもうどういうモチベーションで走ってたんですか。
うーん、なんだろう、まあやっぱり経験図みたいなっていうのはやっぱりあって、
まあこれやっぱり国内だけじゃなくて、そのバックヤードに限らず海外行くとやっぱり海外の選手と相まみえて、
まあいろんな選手の走り見れるっていう、まあ自分の走りだけじゃなくて、
やっぱり経験を積んだことでが、最終的にサテライトだったり、
まあそれこそこの間の6日の世界選手権もそうですけど、
自分がターゲットとしているレースに生かせるんじゃないかなと思って出場したり、
まああとトレーニングの一環っていうのももちろんありますし、
いろんな目線で出れるチャンスがあるものに関しては積極的に、
特に今年はちょっと行き過ぎかもしれないぐらい海外行ってしまったのであれですけど、
そんな気持ちで出てます。
なんかこう、お話聞いてるとバックヤードについてフォーカスしてるので、
かなりバックヤードに特化してるようにも聞いたお話だけだと、
この収録の中のお話だけだと感じるんですけど、
まあ実際には6日完走とか10日完走とかそういうのが出られてるっていう中で、
ランナーとしては目指してる方向とか、
どこを極めていきたいとか、どういうランナーになりたいとかってのはありますか?
それでいうと、
今日バックヤードの回なんでバックヤード寄りの話してますけど、
どっちかっていうと自分が得意なのはやっぱり時間層の方だと思ってて、
54:00
で、バックヤード両方やってます。
それぞれのレースとか練習がそれぞれに生きてるなって思ってるんですね。
マネージメントとか全然違うんですけど、
二人に時間層のレースがバックヤードに生きるし、
バックヤードのレースが時間層の方に生きるっていうところがあるので、
どっちか片っぽに寄るっていうよりは、
両方が相乗効果でいい流れができてるかなっていうところがあります。
特に時間層の方は本当にここ2,3年、6日とか10日とか出てるけど、
ほとんど外したことがないというか、絶対の安定感を持って、
たぶんグローバルで見てもこれだけ安定して、
例えば100キロ以上とか出せてる選手っていないので、
そこに対しては絶対の自信もありますし、
それがバックヤードの最近のレースでも生きてるのかなと思います。
あとあれですよね、なんとか超越レースみたいな、
自己超越レースみたいな、なんかそういうのありますよね。
目指してませんでしたっけ?
あれ何?もっと長いやつのことを言ってる?
3,100マイルみたいなやつありますよね。
それはもっと先の話で、今ちょうどやってるんですよ、ニューヨーク。
そうなんですね。
NOW開催中で、ニューヨークで行われているレース、
3,100マイル、約5,000キロのレース、
それも周回ぐるぐるっていうのが、
今地球上にある最長のレースって言われてて、
今現像してます。
それに一応出場権は得てるので、
向こう2年、3年、少なくとも最長でも5年以内にはチャレンジして、
感想というか、今一応制限時間52時間か。
一応世界記録が40日って言われているので、
そこの歴代のトップクラスを目指してやっていきたいなっていうのがありますね。
ちょっともう10日までは行ってしまったので。
その先をね。
あと伸ばすしかないです。
やっぱそこの原動力は、勝ちたいってことですか?
記録を伸ばしていく中で、
もう世界チャンピオンとか、世界記録ってところに。
そうですね、やっぱりそのレコードとか順位っていうのは、
そういうマルチデイレースではこだわってやっていきたいなとは思います。
冒頭と同じ質問しますけど、
市民ランナーという定義で合ってるんですか?
えっと、合ってます。
あくまでも市民ランナーの理由と言いますと、
僕はもうピッチャロックみたいにプロ活動はしてません。
ああ、そうだすね。
なるほど、ありがとうございます。
そんな中でバックヤード、今回バックヤードにフォーカスをしたお話を聞いてきましたし、
逆に直近で出られてた6日完走の世界選手権のお話は、
57:00
ちょうどもう昨日ですよね。
ご自身のPodcast。
そうですね、はい。
FIND FCチャンネルで放送されているということなので、
ぜひ気になる方は聞いていただきたいですし、
ちょっと私もまだ聞けてないので、ちゃんと聞きたいと思います。
ぜひ聞いてください。
というところで、次のバックヤードは10月17日のサテライト大会ということですが、
そこに向けた意気込みとか目標みたいなところも伺いたいですが、いかがでしょう。
そうですね、やっぱり今回ご縁というか、メンバーに入らせてやって、
やっぱり今回団体戦というところがあるので、団体でトップを目指すというところの一員になるというのが最大の目標ですかね。
当然それは個々の力の集合体なので、当然自分のラップも伸ばさないといけないと思ってますし、
そこに向けた準備というか、全てが今までやってきたことは準備になるとは思うんですけども、
あと1ヶ月あるので、そこに向けた調整というか、していきたいなとは思ってますし、
他のね、それこそPodcastでいろんな方の思いとかも聞きながら、当日迎えることになると思うんですけども、
団体として、チームジャパンとして一丸となれるようにって望まなくちゃいけないなと思いますので、
そういった戦略への部分とか、チームとしても事前にいろいろ練れる機会があったらいいのかなとは思ってます。
個人的には本当に、それこそ6日じゃないんですけど、144行くつもりで、
私は準備をしてるつもりでいるので、それぐらい行かないと逆に勝てないかなぐらいに思ってますので。
そうですね。
世界はね、こないだのフィルゴアのチャレンジでもありましたけど、
それぐらいの実力者って、たぶんまだまだ機会があればいるのかなと思うので、
試作じゃダメだなと思ってます。
144時間に向けた準備って、何が必要になると思いますか?
一番私のメリットっていうのは、距離耐性はこの15名のメンバーで誰よりもあるんです。
10日で1200キロオーバー、1300キロぐらい走ってるので、
ちょっとマネージメントは全く別ですけども、距離に対する不安が一番ない人間だと思います。
それをいかに1時間1時間で落とし込めるかっていうのが、やっぱり難易度が高くなってくるところだと思うので、
一番はやっぱり睡眠だとか、そこの部分かなと思うんですね。
たぶん走力的には全然、例えば120キロとかいっても、今まで走ったことある距離なので、
そこに対する不安はないです。
1:00:00
だからどっちかというと睡魔とか、
どっちかというと走力以外の、フィジカル以外のトラブルに対してどうするかっていうところを、
あと1ヶ月は考えてトレーニングしていかなくちゃいけないかなと思うので、
ちょっとマネージメントしっかり練りたいんで、改めて見たいなと思ってますね。
睡眠の話は結構皆さんされてますね、インタビューの中でも。
私もちょっといろいろ試行錯誤してることもあるので、情報交換できたらなと思います。ありがとうございます。
はい。
で、そんな中でですけど、今回いろんな選手、もうすでにこの収録の中で名前上がってる方もいますけど、
なんか注目選手とか、一緒に走れるのを楽しみにしてるような選手はいらっしゃいますか?
特定誰かっていうよりは、全員がものすごい人たちなので、それぞれ多分特徴も違うし、
前回のサテライトメンバーも今回初めてメンバーになる方もそれぞれいたり、
一緒に走ったことある人もたくさんいますし、初めて走りを見る方もたくさんいるので、
どっちかというと、楽しみなメンバーがたくさんいらっしゃいますね。
そうですね。
で、Cって言うと、先ほどからちょっと名前挙げさせていただいてる、やっぱりかねてから、
私の全然走って、それまでここまで走れてない頃から一緒に見てきた、
それこそ、たかけんとかけださんとかさくらばさんあたりと走るのは、やっぱり改めて楽しみにしてますし、
どちらかというと、今まで助けてもらってた方が多いのかなと思う人たちなんで、
なんかそのレース中、逆にまた恩返しできるような主体があればいいなとは思ってますね。
はい。
なるほど。
なんかこう、今名前が挙がった人たちに、負けたくないっていう気持ちよりも恩返ししたいっていう方があるんですね。
まあそうですね、やっぱり三田くんが言う競争相手として、共に走る方の相手として、
なんかあんまりこうライバルっていう感じでは捉えてないですかね。
最終的に2人になってからはライバルかもしれないですけど、
そこまではやっぱりあくまでこう、チームメンバーとして、
まあそれは2人になってからもいいですけど、伸ばすっていうところに。
そんな目線で考えてます。
承知しました。ありがとうございます。
はい。では、続いてですけど、バックヤードも、
1:03:03
メインはバックヤードじゃない要素も結構比率としては大きいと思うんですけど、
バックヤードにかなりレースとしては出ている中で、
吉澤さんが感じてらっしゃるバックヤードの魅力、面白さっていうのはどんなところになりますかね。
そうですね、今回特にね、サテライトの話なので、
いわばガチでばっかりみたいな大会になっちゃうんですけど、
どっちかというとバックヤードって、他の方も喋ってましたけど、
誰でも取り組めるコンテンツというかレースかなと思うので、
ワンラップ6.7キロっていうところをきっかけに、
どなたでも参加できるっていうところが一つ、
一番ハードルが低いランニングイベントかなと思うので、
そこが一つありますかね。
一方で我々みたいにコンペティション、レース性、競技性のあるところも、
トップレベルの人までいるというところで、
どのレベルの方でも楽しめる競技っていうのが、
一つこのバックヤードのコンセプトというか、
そういった部分なのかなと思ったりするので、
そこは本当に我々が、ある意味トップ選手みたいなのがちゃんと広めないと、
本当に我々みたいな人しか挑戦できないみたいなことに捉えられない。
日本だと多分そういう捉えてる人が多いんじゃないかなと思うんで、特に。
やっぱり海外行くとね、何百人っていうレースがたくさん行われてる中で、
ファンランみたいなのたくさんいらっしゃるので、
なんかそういう文化を日本でも作っていきたいなとはありますかね。
なんか今回サテライト、スタートは夜の21時ですけど、
その日の日中はバックヤード体験イベントみたいなのが開かれるらしいですね。
そうなんだ。
なんかそれもちゃんと公表されてた情報なはずです。
それは何?我々も参加していいの?
多分していいんじゃないですかね。
アップがてら。
アップがてらいいんじゃないかなと思います。
なるほど。
詳しくは、日時とかは言われてないのかな。
まだそういうのを企画してますぐらいに告知でしたけど。
ちょっとどれぐらい走るかは別として、
なんかそういう交流した後に代表としてスタートラインにつけるっていうのは、
なんかとてもピースフルで。
そうでしたね。
ありがとうございます。
こういうチャレンジとかバックヤードに向き合う、
時間相に向き合う一番になるっていうところを目指して取り組まれてきてると思うんですけど、
1:06:04
何か吉田さんの中での座右の銘とか、
大切にしている言葉、考え方みたいなのがあれば教えていただきたいなと思います。
座右の銘かどうかは別にして、
よく私キャッチフレーズにしてる言葉があって、
テクニックを磨くよりピクニックに行こうっていうね、
LINEのコメントみたいなのを見てるんですけど、
結構それをずっと昔から、
別にこれはランニングに関わらず仕事も含めてしてて、
どういう意味かっていうと、
テクニックって、それこそ磨けば早くなったりうまくなったりしたりすると思うんですけど、
それはもちろん大切なんだけど、
ピクニックってどっちかっていうと楽しみ。
そういうのにこだわってちゃんとやるっていうのもありつつ、
どっちかってやっぱり楽しまないと何事もできないよねっていうメッセージですね。
テクニックを磨くよりテクニックに行こう。
よりっていう表現があれかもしれないですけど、
楽しんで走ったり仕事したり、
何でもいいと思うんですけど、っていうのは結構大事にしてて、
よくランニングで言うと、私たしなむ程度に走るっていう言葉を使ってると思うんですけど、
楽しくなくちゃ続けらんないと思いますし、
やっぱりレースも楽しんで望んだ方が結果的に良い結果が出るんじゃないかなとは、
いつも思ってるし、実際そういろんなレースも基本楽しんで、
その結果、結果が出るみたいな。
もちろん結果が出ないときもあるかもしれないですけど、
そういう考え方ではいますかね。
LINEのプロフィールというか、この一言は読んでたので、
改めてその思いを言葉で聞けてよかったです。ありがとうございます。
そんな中で、ピクニックといえば、
さっきさらっとデッドカウガリーとかクリントイーストウッドも出られたと思いますけどって言って、
特に触れずに、おかばりせずに行っちゃったなと思ったんですが、
特にクリントイーストウッドで、
さくらばさんが途中なんかピクニックの下見をしてるという錯覚というか、
言ってた言ってた。
言ってましたよね。
言ってました言ってました。ピン。
クリントイーストウッドはどうでした?吉田さんの中では。
クリントは、やっぱりメインがどっちかというか、
さくらばさん、はかわさんがサテライトを目指すというところの中で、
我々小松さんと私がランナーとしていたり、
道路がサポートしてきたというところの中で、
ある意味別に、本来実に走んなくてもいい大会かもしれなかったんですけど、
1:09:00
やっぱりこれでサテライトを決めたお二人もいたり、
ある意味プティサテライト大会みたいな位置づけになったかなと。
そう、チーム戦。
途中いろんな助け合いとかもあったと思いますし、
最後の局面とか、いろんな小松さんとも話しながらとか、
辞めるタイミングとか、
今回辞めるタイミングがたまたま一緒になっちゃいましたけど、
今回辞めさせないように今度はしなくちゃいけないと思って、
サテライトの場合は。
そうなった場合に、それぞれがどんな役割を担えるかとか、
言葉のかけ方とか走り方とか、
その辺の一つのサンプルになるような大会になれたかなと思います。
出たのはね、この4名とか三茶悠君、メジャー5人だけど、
それを今度の15名のメンバーに何か活かせるところはあるんじゃないかなとは思えるような、
意義のある大会だったかなと思いますね、クリニックは。
ありがとうございます。
ピクニックってところから無理矢理つなげて、
拾っていただいてありがとうございます。
ペット顔狩りはあれですね、今まで話も出ている、
暑さ、暑さ体制っていうところの。
あまり触れずで大丈夫ですかね。
でもそこで言うと、そこは私のずっと長年の課題だったので、
そこをやっぱり呼吸しないと、
サテライトも10月といえばもしかしたら暑くなる日中は可能性もある。
それでね、ダメだったらもう本当にもともともないので、
やっぱこう暑さ対策みたいのはして、
クリントにも望みましたし、
あと今回6日間も実際も暑くて、
それこそ症状的な日中症に近い状態になりつつも、
そこの対策をして6日間乗り切ったっていうのもあるので、
だからそこの体制はまだ私なりに克服しつつあるかなとは思ってます。
じゃあまあうまくいくレースもそうじゃないレースもあるけど、
そこから何かを得て前進し続けてると。
うん。
うんうん、いうことですね。ありがとうございます。
レースもね、ハンガリーの6日間走、霊感ポンチョ着てましたね。
あれはめちゃくちゃいい。びっくりするほど走れた。
もっと早く使ってくれかったみたいな。
もっと早く使ってくれた。
あれは思いのほか良かった。
いい収穫があったってこと。
それは今後使えるなと思いました。
なんかね、今バックヤーダーに広まりつつありますもんね。
ありがとうございます。
では、わりとスムーズにインタビューをさせていただきまして、
最後ですね、2つ質問がありまして、
1つ目が、毎回このインタビュー、前の方から次の方に質問をいただいているという、
そういうプチコーナーがありまして。
1:12:01
そうなの?
はい、そうなんです。
ちょうどですね、今日の午前中、キャッホイさん収録させていただきまして、
キャッホイさんから吉澤さんにいただいた質問、ぜひお答えいただきたいなと。
なに?気になるな。
犬派?猫派?
犬って答えとこうかな。
犬なんですね。
実際、動物飼ってたこととかありますか?
ないです。ないです。
ない?
ないです。
じゃあ、あまりこの質問を掘らずにおきます。
あと、もう1個あって、実は冒頭で吉澤さん自分でおっしゃってたんですけど、
体重は何キロですか?っていう質問をいただいていて、
65っておっしゃってらっしゃるよね。
65、6かな、平均的なところで。
実際ちょっと気になるのが、吉澤さんぐらいマルチデイランニングしてると、
スタートのときと終わったときで、体重とか全然変わっちゃいそうな気もするんですけど、
実際、全然変わっちゃいます。
っていう中では。
特に、独菌の先週の6日完走でいうと、直前は71キロにして、
したって感じなんですね。
増やした、それはいつもなんですけど、だいたい5キロぐらい増やすようにしてるので、
終わったら、だいたい60ちょい。
だから体重の変度はめちゃくちゃ、写真で見た目にもわかるぐらいの。
一回りぐらいは減っちゃいますね。
10キロ分減らしてるってこと?
10キロ弱はだいたいアベレージで減る。
で、今は戻して、めっちゃ食ってて、ようやく戻ってきた感じかな。
1週間食べ続けてるんで、1日間食とかめちゃくちゃしてるんで、今。
すごいっすね、それ。
健康には良くない。
しかもだって、レース前に5キロ分ぐらい増やすって、
ちなみに何を食べて増やしてるんですか?
基本的に炭水化物、リアルフードで、
おめめん、
あっち行ってから本当ピザとか、
そういう、いわゆるデブ活みたいな感じに炭水化物をため込んで、
増やすのが主たるところかな。
とはいえ、そんだけ食べられるってのがすごいと思うんですけど。
やっぱ胃腸はすごく強くなったかなと思ってて、
特にここ2、3年。
昔、胃腸は良くゲゲ入ってた時代もあるんですけど、
今はそういうのだいぶなくなったので、
普段から食トレみたいな、
本当に極端なラーメン食ってすぐ走り出すみたいな、
1:15:00
練習をわざとやったり、
普通だったらお腹痛くなったり、吐き気きたりってなるのを、
普段からそういう練習をするようにして、
ある意味胃腸を鍛えてる。
早めに炭水化物をエネルギー化するような体に、
普通の人だったら数時間かかると思うんですよ、米食べて。
でも私の場合多分、それこそある医療機関に見てもらうと、
1時間以内ぐらいにはエネルギー化できてるんですね、体で。
例えばおにぎりとか炭水化物食べても、
だったら私ジェルとか一切取らないんですね。
即効性あるじゃないですか、どちらかというのを取らなくても、
消化がよく、多分人より良いのか。
早めに体内に取り込めるような体質に、
それは多分トレーニングとしてそうしてきてるっていうのが、
なったのかなと思うので、
だからレース中も本当に米と麺ばっかり食ってました、
もう6日間するときも。
多分バックヤードもこの間のときも、
ちゃんとひたすら米食ってたと思うんですけど、
そういう体質にしてきてるっていうのがあります。
すごいな。
なんかこう今までの方々のインタビューだと、
結構やっぱどういうランニングをしてきたかとか、
どういうトレーニングをしてるかって話を聞いてたんですけど、
マルチテイランナーの食トレっていうのは、
とても興味深いテーマというか。
だからどっちかでおらしいランナー体型っていうより、
結構ガッチリして見えると思うんですよ。
見た目に普段か別に普通の体型のときも。
それによってやっぱりこう、
6日間走の上位とかにいる人ってみんなガッチリしてるんです。
ダメンズは特に。
いわゆる普通のフルマルソンランナーみたいな人はほぼいないですね。
細身のね。
みんな足がもこっつくて、
だから要は丈夫そうに見える人が多いです。
やっぱそんな丈夫そうな人の中でも、
やっぱ吉田さんはマシーンなんですか?
マシーンって今回も言われてました。
今回マシーンとかロボットとか、
やっぱ一回走らすとほぼ同じ一定ペースで、
ずっとぐるぐる回って、
マシーンやなみたいな。
そうなんですね。
なんか今の話聞くとね、
結構マルチデイランニングをやってる人自体が
みんなマシーンに近いような人たちが私向いては、
でもその中でも際立ってるからこそ周りからそう言われるってことですよね。
特に霊感ポンチョ着てたときは、
ホラー映画見たくなっちゃうんで。
あのときやべえよって。
怖い怖いって言われる。
なんかこう、魂借り取られるみたいな。
そうそう、何かが追ってくるみたいな。
1:18:02
1個脱線して聞きたいんですけど、
6日間送と言えば、メグが出てたじゃないですか。
はいはいはい。
女性のバックヤード。
すごい、なんでもない。
彼女はそれこそマシーンでした?
彼女はね、走りはまず崩れない。
ずっと姿勢のいいフォームで。
もう美しいっすね。
で、すごく彼女人間味もあるので、
本当に周りに声かけながら走ってたり、
すごくなんつーか、
なんかあんまりアメリカ人だけど、
なんか日本人的な感じを受けて。
へー、はいはい。
なんか、何だろう、
例えば表彰の時とかも、
すごい遠慮がちなんですね。
いや、私なんかみんなスタンディーコンベンションしてるのに、
なんかみんな私なんかみたいな感じだったり。
でもランニング中もね、あのレース中も、
もうそんだけ走ってるのに、
本当周りに気にかけて。
それこそ、それで言うとロボットではないですよ。
あー、とても。
人間味のある、いろんならね、
各国のランナーと大しゃべりしながらしてる瞬間もいっぱいありますし、
そんな中の大記録っていうのは、
もうすごいなと思います。
だったら、男性も含めての1位ですかね、今回。
男性も含めて圧倒的1位なんで。
僕もちょいちょい見てて、
途中までは、ベルギー人ですかね。
あー、ノルウェー人。
ノルウェー人か。
なんか結構、ここは競り合ってんだなーって思って、
もう最終日ぐらいでグッと間が空いたから、
すごいな。
そうですね。
特にメンズの上位陣は、後半どんどん崩れていったので、
なるほど。
逆に私は上げられたんで、最後。
はいはい。
そうなんですね。
最終日、たぶんメグが169キロ走って、
私が次で166キロ走ってるんですよ。
他の選手はほんと、行っても120キロとかしか走れないんですよ、
上位でも。
そうなんですか。
最終日は。
ほんと彼女は、ほんとすごいなと思います。
実際、吉澤さんもそうですけど、
彼女とか、ほんとにたぶん、
持てるもの足し切っての記録だと思うんですけど、
ねえ、サテライトどういう感じで臨むんですかね。
なんか、回復が間に合うのかとか。
でもね、それで言うと、
みんな元気だった、終わった後。
えー、そうなんだ。
たぶんサテライト出る人もいっぱいいたんで、今回。
いましたよね。
うん。
基本的に、あの終わって、
えっと、何時間後だろう。
3、4時間後に、もうクロージングセレモニーあるんですけど、
はい。
なんか、いたんでる人そんなにないんですよ。
へえ。やっぱそういう世界なんだ、マルチヴェイランが。
みんな元気で、その後ね、
あの打ち上げみたいのもあって、クロージングパーティー。
はい。
まあ、ワイはもうみんなでね、バカバカ酒飲んで。
1:21:00
世界の各国のサテライト会場も楽しいことになりそうだということですね。
はい。みんな足しなんでますね。
はい。そっかそっか、そういう人たちですね。
みんな元気に生きてます。
なるほど。ありがとうございます。
あの、ちょっと今ね、
あのサテライトの予告編じゃないですけど、
ちょっと盛り上がるような話も聞かせていただいたところで、
あの、このポッドキャストを聞いてる方とか、
あとはサテライト大会、日本代表応援してるよ、注目してるよ、
っていう方々に向けたメッセージで最後締めていただけたらなと思いますが、
よろしくお願いします。
はい。じゃあ改めまして、
えっとそうですね、このサテライト来月の17日からということで、
まああの、出場する選手としては15名だけですけれども、
やっぱりこう、現地で運営されるスタッフさんとかサポートの皆さんだけでなくて、
速報とか、あとライブ配信とかもあるのかな、
まあそういうのもね、いろんな形でご覧いただける方いらっしゃると思うんで、
本当今回チームジャパンとして団体制になりますので、
日本が一体となれるように、
我々は選手はもちろん頑張りますし、
そこでやっぱり応援の力っていうのが非常に大きいかなと思いますので、
どんな形であれ、注目していただいて、
どんな形で参加していただいて、
何日間になるか分かりませんけれども、
長い時間応援し続けていただけると嬉しいなと思いますし、
あとそのバックヤードっていうもの自体は先ほど言ったように、
本当にどなたでも挑戦できる競技制だと思ってますので、
まあ機会があればイベントなりレースなり、
試乗していただけるといいかなと思いますので、
ぜひ今後もね、あのバックヤードのご注目、
そして参加していただければなと思いますので、よろしくお願いします。
本日はありがとうございます。
ありがとうございました。
吉澤競兵選手でした。
現地でお会いしましょう。
お願いします。ありがとうございました。
ありがとうございました。
01:23:08

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