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RS#11「内なる衝動|赤松 亮選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道
2026-09-17 1:38:55

RS#11「内なる衝動|赤松 亮選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

AFAP(アファップ)。このプロジェクトは、「バックヤードウルトラ」という競技に魅せられたウルトラランナーたちによる共走と挑戦に光を当てます。「As far as possible 私たちはどこまでいけるのか?」走ることでつながった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。


今回は、RS#11「内なる衝動|赤松 亮選手」10/17〜バックヤード日本代表世界一への道

【内容】

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)が遂にスタート。

11回目ゲストはひゃっほい太郎の名で知られる赤松亮選手(PB: 68LAP)

常に過酷な道を選び、自らの限界に挑み続けるひゃっほい氏。

6日間走日本記録など、数々の功績のなか、うまくいかなかった2度のバックヤード。荷物全持ちの"ストロングスタイル"とは何か、何が過酷な道へと駆り立てているのか。インタビューでその歴史を紐解いていくことで見える、内に秘める衝動とは。

ひゃっほいクラブ(ひゃほらー)👇

 https://ofuse.me/memberships/3039


水野倫太郎/通称・ミチタロウ(Instagram:@michi_bagman_ultrarunner)

昨年のDead Cow Gullyにて、Dead Cow Gullyにて94LAPを記録。BAGMANの愛称で知られ、「走るはつなぐ」をテーマに、海外バックヤード転戦中。

AFAP(Instagram:@afap_ultrarunning)

「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」をテーマに、2025年6月Dead Cow Gullyをきっかけに立ち上がった日本人ウルトラランナーたちによるプロジェクト。当初はドキュメンタリー制作が目的。現在は、大会主催やコミュニティづくりに至るまでバックヤードウルトラや「共走」の魅力を伝える活動を幅広く展開している。


Podcastでは「共走と挑戦のドキュメンタリー」をテーマに、以下のシリーズを配信しています。

・SDシリーズ:Seven-day Project(ミチタロウ7日間への道)

・RS シリーズ= Rising Sun Project(チームジャパン頂点への道)


Documentary映像「As Far As Possible 私たちはどこまでいけるのか?」視聴リンク:https://youtu.be/aY3RQz1ADoM?si=5t8dHO2wnGWrCu2m


編集: 岩崎智之

Aidpo (エイドポーション)オンラインプラットフォーム運営

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00:05
AFAP AFAPこのプロジェクトは、バックヤードウルトラという競技に魅せられたウルトラランナーたちによる競争と挑戦に光を当てます。
As far as possible 私たちはどこまで行けるのか。 走ることで繋がった仲間たちとこの世界の魅力をお伝えしていきます。
はい、プロウルトラランナーの水野道太郎です。 本日は2026年9月16日になります。
バックヤードウルトラ日本代表世界一への道ということで、10月17日から開催されるバックヤードウルトラ国別対抗戦通称サテライト大会に向けた選手インタビュー第10弾ということでお届けをしていきます。
今回のゲストは百保井さんこと赤松良選手です。よろしくお願いします。
どうもよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
お願いします。
今日はどちらからご参加ですか?
今日はズームで。
ズームで、お住まいとかのエリアですか?
ごめんなさい。大阪です。
大阪。大阪どちら、どこら辺ですか?
松原市。
松原市。
まだあんまり存じ上げず、松原市。
ありがとうございます。
大和川の近くです。
大和川ですね。
ちょっと待ってます。
わかるかなと思って聞いたんですけど。
今日はですね、バックヤードウルトラ日本代表特集ということで来ていただいているんですが、
百保井さんのこと、この界隈というか、長い距離を知る界隈の皆さんはご存知な方も多いかなとは思うんですが、
改めてちょっと自己紹介をご本人から伺いたいなと思います。
百保井さんお願いします。
自己紹介。
どうも矢野健です。
せーの!
2086コネクト!
ありがとうございます。
めっちゃ聞いていただいてる感じで。
すみません、全然面識ないんですけどね。
そうですね、ちゃんとお話するのはほぼ素発。
水野凛太郎君でしたっけ?
僕は道太郎です。
あ、道太郎ね。字がちょっと読み間違いが多いからね。
もう大体凛太郎で、はい、最初は来ます。
じゃあ凛太郎でいきましょうか。
はい。
えっと、まあ、そうだね、自己紹介か。
はい。
自己紹介って何をしたらいいんやろうってちょっと思ってたんですけど、
なんかで一回まとめたことがあるんで。
えー、そうなの?
えーと、はい、一応百保井太郎ということで。
1983年生まれ。
で、仕事が学習個人指導、個人事業主。
16年目に入ってます。
はい。
まあ、簡単に言うたらもうちょっとニートみたいなもんですね。
03:00
いやいやいや。個人事業主。
道太郎君はプロウルトラ団体のね。
僕も個人事業主です。
一緒ですね。
いったんニートみたいなもんです。
プロニートとして。
はい、頑張ってます。
はい。
で、中高がワンゲル部に入ってました。
おー、ワンゲル部なんですね。
うん。で、大学入ってからは全然そういうことはせずっていう感じで。
まあ、そうですね。で、走り始めたのは2012年の9月ぐらいから走ってます。
じゃあ今年で15年目なんですね。
おー、そうだね。計算したらそういうことか。
うん。まあ一応そんな感じかな。
大学では何してられてたんですか。
教育学部に入ってて、教員養成課程だから小学校の先生を目指したって感じ。
おー。
うん。で、まあいろいろあってんけど。
いろいろあってんけど、一回小学校の教材かな。
受かって、職にはついてるんやけど。
で、それから辞めて、1、2年ぐらいしてから走り始めたんちゃうわ。
あ、そうなんですね。じゃあ。
そうそう。
30代ぐらいに今の感じになったってことですかね。15年前。
仕事終わってこと。
20、そうそうもうちょっとで26、27ぐらいにしちゃおうかな。
あ、そうなんですね。
そうそうそうそう。
そのお仕事辞めたのと走り始めたのは何かきっかけや繋がる部分があるんですか。
いやきっかけはね、別にその仕事辞めたからっていうわけではないんやけど。
はい。
昔ワンゲル部に入ってたっていうのがあって。
で、なんていうんやろうね。
その、登山をやってたから最初はもうハイキングをやってみようかなみたいな。
すっごい近郊の山、ほんまに近い山で行ったりしてて。
で、それがだんだんその、テント博重荘とかになってくるよね。
で、そういうのをやりつつ、だんだんその、なんかこういろんなとこ重荘してるうちに、
なんか六甲禅山重荘炉っていうのがあって、最初知って。
すごい聞いたことある。
キャノンボールとかやってるエリアですか。
あ、そうそうそうそう。
で、そこで、なんか最初はこう分割していててんけど、
これ投資で行ったら面白いんちゃうかなと思って、
投資で行った時に、後半の方でなんか後ろからダダダダダーって走ってくる人たちがいる。
06:10
うん。
ほんでもう、すいません、すいませんとか言われて、
でもどいてみたいな、なんやこいつらはみたいな。
それが一番最初のトレイルランニング、いわゆる、とのきっかけやったから、最初大っ嫌いだって。
ねえ、あの、マナー悪いやつらみたいな感じですよね。
そう、それが一番最初のきっかけやって、
でもそれとはね、また話、ちょっと別軸で、
なんかロードバイクとかもその頃ちょっとやったりしてみたい、
なんかジャイアントのエントリーモデルとか、
なんか10万ぐらいやったんちゃうかな、なんか買って。
ほんでそれをこう入れたりしてて、である日に、なんか突然走ってみようと思って。
どんだけ走れるんかなっていう、なんかちょっと興味があって。
でもう格好は普通の格好に、シューズも多分普通のスニーカーやったんちゃうかな。
で家からバーン飛び出して、
なんかこう国道バーって走って、ほんで戻ってきて、
ちょうど1時間ぐらいやったんちゃうかな。
うん、で、あ、俺走れるわ。
ってなってから、そのランニングはその別軸でやりだしたり。
うんうん、そう登山やんのとそのランニングがもう全然別軸で2つあって。
で、大トレっていう関西にあるんやけど、ダイヤモンドトレイルっていうところが。
で、なんかが、ちょっと何かは忘れたけど、
多分金剛さんの方に登ってる時に、
ここで大会があるっていうのを知るのね。
うん。
多分登山客か何かの会話で多分知ったと思うんやけど。
うん。
ほんで、あ、今走ってる、ほんで山も登ってるし、
じゃあこれで、えっと、なんかそれで走って競い合うレースやったから、
あ、これもしかしたら、あの、なんかちょっといけんちゃうかなと。
はい。
でしかもその、トレーラーに対していいイメージないからあいつら全員潰しちゃおうぐらいの気持ちで。
はいはい。
敵対称みたいな感じなんですね。
そうそうそう。
全部知り合いとかおらへんね。
うん、そういうことっすね。
ただただ、あの山走ってる奴らを敵視してたから、
でも自分は走んねんけど、でまあそれに初めて出たっていうのがあって、
だからまあ大トレでこの2つの軸がこう繋がったっていう。
なるほどなるほど。それがいつの話ですか?
えっとね、走り、あのその家飛び出して走り出したのが2012年の9月で、
初めて出た大会っていうのが、2014年の4月にあった大阪府チャレンジ登山大会。
09:08
それが大トレ。
大トレ。
うんうんうん。
はいはい。
だから初めて出た大会っていうのが、なんかフルとかじゃなくて、この山のレースやったっていうね。
なるほど。
それ調理とか累積どんなもんだったんですか?
えっとね、35キロぐらいで累積が2300ぐらいか。
結構激しめじゃないですか?
うん。
いらん地獄な。
いらん地獄な。
しかもまあほぼ全部トレイルっていうか、ロードが少なめっていう感じ。
で、まあそこの大会出て、結局まあ途中まで良かったんやけど、後半足がもうつりまくってさ。
はいはい。
あるあるやん。
先例。
初心者あるある。
そうそうそう。
でも下り下れんくなって、もうなんていうんかな、歩きながらごぼう抜きされて、とりあえずまあゴールはいったと。
うん。でゴール、当時が、まあごめんめっちゃローカルな話で申し訳ないんやけど、今はあの黄泉峠っていうところがゴールやねん。
はい。
当時は奄美駅っていうめっちゃローカルな話で申し訳ないけど、奄美駅がゴールやってんやんか。
はい。
で、そこにこう降りてって、でもう一人やん。
友達とか、まあ知り合いの誰もいません。
で、駅で、じゃあもう帰ろうかーって言って、駅でこうやって待ってて、待ってたら、その一人のおっさんに話しかけられんの。
はい。
うん。まあそれがタカさんっていう人やったんやけど、
タカさん。
うん。でその人が、まあ声かけてもらって、その人のつながりで、えっと知り合いが増えてったって感じ。
タカさんも大トレに出てた参加者だったってことですよね。
そういうことだそういうことだ、タカさんのごめん。
うん。でそこで、なんかタカさんが最近会った人とかを集めて、えっと、また別の時に、別の日とかに、あのこうみんなで集まって、で、なんかどっか走りに行こうかーとか言って。
はいはいはい。
うん。でその中に、あのーめっちゃこれもう個人的な話だけど、Pさんっていう人もいて。
Pさん。
はいはい。
なんかPさん。
まあ○○に出てくる人やんやけど、ごめんね。
はいはいはい。
うんうん。そうそう。
っていう人が出てきたりして、こうミフィオとかいろいろこう繋がって、なんかこう自分のそのランニングの、こう知り合いの輪が増えてったみたいな感じかな。
だいぶ登場人物がこう増えてきて、独な孤独なランナーやから。
うん、そうやね。でそこでなんか、あの初めて行ったその練習会みたいなのがちょっと最初あって、行ったら、もうみんなそのウルトラの話ばっかしてんのよ。
おーもうウルトラトレイルランナー達だったんですね。
いやトレイルランナーじゃなくてもうウルトラマラソンの話。
はいそっちか。
だから100キロの、関西で言うタンゴとかなんかこうムラオカとか言う。
12:03
うん。
飛び勝手で、でもこっちはさ、100キロの大会があるなんて知らんやん。
フルも出たことないやつやね。
確かに。
うん。でそこでいろいろこう教えてもらって、なんかタンゴとかムラオカとかをその後走る、走ったりすることになるって感じかな。
そうそうそうそう。
目安で聞いてみたいんですけど、その大トレってタイムどれくらいっておっしゃってましたっけ?最初に出た。
最初に出たやつ?ちょっとごめん、それより今データのどこに出るかな。
記憶の範囲で全然。
あとね、たぶん5時間台やったんちゃうかな。5時間半とかやったの。
それで記録としてはどうなんですか?今のホイさんから。
いやもう雑魚や。
雑魚。
最近も走ったりしますか?大トレのその。
えっとね、その大トレで言うとベストが2019年に出た大トレのその大会やけど、それがまあ3位やったんやけど、タイム自体は3時間33分。
うん。
たぶんもうこれ以上出えへんと思う。
うーん。
自分の中で。
はいはいはい。
もう2位とは1分差とかやったんやけど。
はいはい。
うーん。
そうなんすね。
そうやね。だからそれよりも2時間以上遅いもんな、逆に。
そうですね。
うーん。
確かに確かに。
その時って走り始めてから1年半ぐらいのタイミングじゃないですか。
で、もうバーって家から走り出したのが2012年の9月で、そっからなんかこう走るのって習慣化してた感じじゃないですか。
日頃なんかどれぐらいの頻度でどれぐらい走ってたかとかって覚えてますか。
えー、その時ね、あの、ナイキプラスって知ってる?
あー、アプリですよね。
知ってる。
そうそう、うん。
ナイキの時計を初めて買って、つけてたけど、もうデータがなくなってるからちょっと分からんねんけど、
うーん、でも全然計画的とかにも走ってなくて、ただもう、なんてやろう、えー、思いっきり走ってた。
うーん。
で、今から考えたらたぶん15キロぐらいを、どれぐらい走ってたんやろうな、たぶんキロ4とかを。
はーい。
走らんちゃうかな。
そうなんすね。
まあ、うーん、徐々にやけどね。
うん。
徐々にキロ4ぐらいまで近すぎてったって感じやけど、目安がキロ4。
うーん。
でも基本もう家をバッて飛び出したらもう、ガーって走るみたいな。
そうそうそう。
で、信号で止まって、で、信号が青に変わったらまたダッシュするみたいな。
うーん、信号インターバルを。
そうそうそうそう。
で、あえてなんていう、ちょっと白い道を走って、なんか自転車と競争とかしたりしてた。
へー。
ある意味、突然バトルを挑むみたいなことですよね。
15:00
寸大じゃない自転車に急に並んでいって。
ほんまにマナーの悪いやつやったと思うわ、最初。なんも分かってないからさ。
だいぶな野生のランナーですね。
そうそうそう。
で、長居公園って多分聞かれてあると思うんやけど、長居公園の近く通んねんけど中入らんねん。
あー、はいはい。
そういう、ランナーが居る場所にあえて行かんと、その市街地ばっかりをバトルしてたね。
バトル。
バトルを通した。
なんか新鮮な響きするね、ランニングでバトル。
うん、今はもう全くせえへんけど、そんな。
もうやっぱそういう走り方でか、もうガーって走るのが楽しかったんですか?
そうやね、なんかもう今から考えたら多分かなり危険よね。
その周波数が上げて、でも時計見て達成感みたいな。
多分その頃どんどん速なるやん、やればやるほど。
最初そうですね。
たぶん1年ぐらいだな。
で、最初の大トレインに出た時ももう、全然山を走ったりはしてなかったよ。
もうその時もロードを走ってて、登山も並行してやってるって感じやねんけど、
あのトレイルランナーたちを全員ぶつぶすぐらいの勢いでやってました。
そしたら帰り道、トレイルランナーたちに、パチにてかタカさんに誘い込まれて。
結局そこの練習会は、トレイルランナーたちが多かったっていうよりは、なんかウルトラの人たちだったわけですよね?
そうやね、ほとんどがウルトラマラソン系の人たち。
で、タンゴとあとは村岡のダブルも出たってことですか?
そうそう、村岡。
村岡といえばダブルかなと思って。
それは実際に出てみたらどうだったんですか?タイムとか走ってみた感想とか。
そうね、タンゴと村岡はたぶん1回目でサブテンしたんちゃうかな。
で、村岡がその後、勇者の道っていうのがあって。
10年に1回あるかちょっとわからないけど、第10回大会記念で120キロ。
で、累積標高もたぶん西日本で一番じゃないかなっていう坂道のコースなんやけど。
そこで3夜だかな。
10時間半くらい。
120キロ。
そうそうそうそう。
そんな感じか、ウルトラ系は。
18:01
それがなんかあれですか、記憶にある中で最初の表彰台とかトップ3入りみたいな感じですか?
えーっとあれ、めっちゃ細かい話するといいんかな今日は。
いいですよ、細かい話。
あんまりこんな話してるもんね。
それにゲストで呼ばれるってことがあんまりないからちょっと新鮮っていうのもあって。
一番最初になんかちょっとこの結果が出たんが、2016年の大峰早崖っていう。
めっちゃファンランドっていうとこが主催してる大会なんやけど。
聞いたことあります、大峰早崖。
あ、ほんま。
大峰の方にある北側かな。
北側のところをぐるっと一周して、45キロ累積が3,4000くらいかな。
ガッツリ山のコースで。
でも主催者というかレース自体がもう完全ほったらかしない。
はいはいはい。
だからスターとゴール地点一緒なんよ。
ドロカワ温泉っていうところがスターとゴール地点なんやけど、
そこにちゃんとした弁公掲示板だけは置いてあって。
それはあるんすね。
それはある。ちゃんとした。
むしろそこがそこなんすよね。
そうそう。
で、柿のはずしだけ先週に渡される。
はいはいはい。
地元の柿のある地を渡されて、
はい、じゃあもうあとは知りませんということで、
もう自己責任で山の中ぐるっと回されて、
で、戻ってくるっていうレースがあるんやけど、
それでその時は6時間51分かな、
サブセブンで優勝しました。
参加人数多分15人くらいだと思うんやけど。
いやいやいやいやいや。
でもね、これ多分大会記録やったんちゃうかな。
うんうんうん。だって45キロの3000から4000アップで6時間台?7時間ギリ?
ギリぐらいか。
すごい。ちょっと僕は全然想像つかない。
しかも水場がないっていう。
えー。
8月の3日にあって、水場がないから結構持っていかなかったよね。
うーん。じゃあだいぶ重さがあって。
そうそうそう。
でももう途中で水切れ起こして、上にミセン小屋っていうとこがあんの。
そこをもうガンガンで叩いて、水くださいって言って。
はいはい。
うまサバイバル状態。
えー。
そうそう。
なるほど。
まあそんなレースで、最初でもそこが一番最初に結果が出たって言ったらそれかな。
21:02
初優勝。
うん。
初優勝。
もうだってそこから優勝をたどり出すとちょっと偉い風なんじゃないですか。
いやどうだよね。ちゃんとその細かく優勝はどれかっていうのはちょっとちゃんとチェックしてないけど、
なんとなく自分でこう結果が出たなっていうのは、その次の年かな。2017年で言うと御岳100マイルがサイン。
タイムどんぐらいだった?
17時間半ぐらいだったんちゃうかな。
えー。100マイルで17時間。
でその次の年か。2018年が小江戸江戸230K。
でここで優勝。
はいはい。
23時間17分ぐらいか。
うんうんうん。
これが当時は大会記録やったみたいな。今は向かれてるらしいんだけど。
はいはい。その年ってあれですか。高犬さんとバトったというか競い合ったという年ですか。そうじゃない?
そうやね。高犬さんっていつもこの話してるよ。相当悔しかったんちゃう?
でしょうね。はい。
まあでもその次の年は負けたりしてたけどね。
2010年9位。
そうそうそうそうそう。
その時は高犬さんが勝って、百保井さんが2位ですか。
やったんかなあ。あんまりそこをちゃんと覚えてない。2位か3位かわからへんけどそれぐらい。
でまだまだご自身の中の手応えあるレースで言うと。
たどっていく感じない?
はい。ちょっとたどらせてください。せっかくなんで。
わかりました。ベルさんのやつ聞いたけどベルさんも自慢大会してたじゃん。
そうですね。はい。
そんな感じでじゃあ19年。その翌年。ここは3位の国の100マイルはどうでしょうか。
そうだそうだ。タイムはちね。
タイムが27時間だったと思います。
本当だからね。ロードの超ウルトラからトレイルの100マイルまで対応してる感じですね。
そうだね。特に2019までは結構山も走ったりしてたから。なんかいろいろさせてもらってたって感じ。
さらに何かありますか。
さらに。
えーとね。でもこっからね。2020ぐらいからコロナになるやん。
あーそうですね。確かに確かに。
うん。でコロナ禍の時は2年ぐらい。あ、そうそう。
コロナ直前まで。え、どっか行っちゃったかな。
2020の3月ぐらいまでじゃないですか。
24:00
そうそうそうそう。で、2019年の年末年始に1人。
あ、いつも年末年始って1人でオリジナル企画やってんのよ。
で、2019年の年末から2020の年始にかけて大泉緑地って大阪の堺にある1周3キロぐらいの緑地公園みたいな場所があんねんか。
そこで1人で6日間走をやってる。
あ、そこで6日間走って言葉が出てくるんですね。
そうやね。その、24時間走とか、もうそれまでにちょくちょくやっててんけど、
なんか世の中には6日間走っていうのもあるらしいっていうのを聞いて、
ほなこれ1人で、別に大会でいいのも1人でやったらええやんって思ってさ。
で、大会自体も今は弘前であるけど、当時は日本でやってるとこなんてないやん。
世界行かないといけない。
そうっすよね。
そう。そんな世界に行く金もあれもないから、じゃあもう近くの公園でやろうってなって、
クッソ寒い田舎やってんけど。
で、それは一応6日間やりきり通してなんとか。
652キロ。
まあ1日100キロショットぐらいか。
定期にすると。
それはご自身的にはどうだったんですか?
なんかもうちょっと行けたなーのか、もう会心がやりきったって感じなのか。
いやいや、もう全然ダメやったね。
でもまあ、最後までやり通せたから。
そのことに関してはよかったけど、まあ距離としては、もうちょっと行きたかったなーっていうのは。
で、それを終えて、なんかもっちーさんがやってる、関西のもっちーさんがやってるポッドキャスト。
当時。
に、6日間送ってなんやっていうことでゲストに呼んでもらったよ。
はいはい。
で、そこで、まあポッドキャストっていうのを信念。
あ、こんな、こんなんがあんねんやと。
で、それまではブログを書いてたから、なんか発信の仕方がブログ以外にも、
そういうこう音声で発信するツールっていうか、そういうのがあるんやって知って、
で、その後に、今のひゃっこいまるまるがスタートするって感じ。
それが2月?
それが2020の2月。
2020の2月。
そんなにポッドキャストやってんすね。もう6年半ぐらい以上。
ええ、になるんか。
ええ、もう大先輩です。
いや、まあでもそっかそっかやけどな。
いやいやいやいや。
番組はもうその時からひゃっこい太郎のまるまるなんですか?
そうやね、あのー番組で募集をして、
うん。
うん。で、なんかいいのないですかって言ったら、
あの、いろいろこう送ってくれたんよ。
27:00
はい。
リスナーの人から。
うんうん。
まあリスナーと言ってもほぼツイッターの人たちやったけど。
うんうん。
うん。
なんかひゃっこい太郎の、えー、なんやったっけな。
オールオアナッシングとか。
うんうんうん。
ひゃっこい太郎とホットコーシーとかね。
はいはいはい。
まあなんかいろいろこう送ってもらってんけど、
結局全部蹴って、最初にか、あのーつけてた、
ひゃっこい太郎のまるまるかっこかりをそのまま今もやってるっていう自信。
もうあの、募集したのは何だったんだという。
うん、そうだよね。
もう周知の事実かもしれないですけど、
ひゃっこい太郎っていうのはどっから来てるんですか。
あ、やっぱそこ来たか。
それ、絶対聞かれんじゃうかなと思ってるけど。
ナンセンスな質問ですか。
いやいやいやいや。
全然面白い話がなくていつも困んねんけど。
あのー、えー、どっから言うたらいいかな。
まあ、簡単に言ったら、最初はなんかこう、ひゃっこーいとか言って山走ってたり。
あー、はいはい。掛け声ってことですね。
うん。
うん、掛け声っていうか。
で、なんかブログとかにも自分のブログになんかひゃっこーいとか言って書いたりして。
気持ちいいみたいなのあるやん。
うん、ありますね。
やりがちやん最初。
で、まあそういうことを書いたりしてました。
で、そのタカさんとかから広がって、
で、えー、なんかその当時ね、ジョグノートっていう、まあラーニング系SNSみたいなのがあったんよ。
うん、それは知ってる?
なんかそのジョグノートっていう話で、
あの、先輩ウルトラランナーたちがめっちゃ盛り上がってる場面に出くわしたことあります。
だよね、みたいな。
多分ね、おっさん連中は結構盛り上がってたんちゃうかな。
先輩たちはちょっと存じ上げずなんですけど。
そうやね。
で、まあ今はもうなくなっちゃってるんやけど。
うんうん。
で、最初はそこは、あのー、えー、寮みたいな、普通に自分の名前を使ってアカウント名にしてて。
はい。
で、そこのアカウント名をシャッホイタロウにしたのが一番最初。
おー、タロウはどっから来たんすか?
えー、ゴロ。
ゴロね。
はい。
で、それとまたこう、またさっきみたいに別軸で、
はい。
その、ジョブノートのアカウントと別軸で、
なんかね、当時あのー、えー、スコットジュフェクやったかな?
なんか、
はい。
ワラーチの人も、あの本、本何やったっけ?めっちゃ売れたやつ。
えー。
ワラートゥーラン。
あー、そうそう、ボロントゥーラン。
うん、ボロントゥーランの中で、えー、アメリカのトレイルをやってる人たち、
なんかああいうこう、アパラチャントレイルとかロングトレイルをやってる人っていうのは、
なんかトレイルエンジェルとか、
うん。
が途中でこう、来て、なんかこう、エイドとか、
やってくれたりするみたいな。
うんうん。
エピソードが書いてあったの気がすんねんけど、
はい。
で、それでみんなトレイルネームっていうのを持ってると。
はい、はい。
30:00
ははは。
っていう話も、なんかちょっとこう、小耳にあったから、
うん。
あ、じゃあなんか、そういうこう、なんていうの、現地名じゃないけど、
うんうん。
うん。
なんか別の名前あったらおもろいなっていうので、
ヒャッホイタロウってつけたんだ、まあ最初は。
じゃあもう、ヒャッホイさんの中ではトレイルネームなんですね、ヒャッホイタロウは。
最初はね。
うんうんうん。
うんうん。
そんな感じか。
もう今や、今やそっちの方が、むしろ本名で、本名で呼ばれることあります?
ないっすよね。
ないない。
だからね。
だからこの前、昔というか、あのグーグルとかで、なんかエゴサするやん、ヒャッホイタロウとかやって。
道太郎君ってエゴサとかすんの?
いや、しないっすね。
ははは。
プロやからしていかないと。
いや、そうっすね。
チェックしていかないと。
はい。
でもまあ、するやん。
ほんなら、ヒャッホイタロウ本業とか。
うんうん。
ヒャッホイタロウ年収とか出て。
誰が検索してんねんこれって。
芸能人。
誰やと思ってねん。
まあそんなんがあったり。
結局ヒャッホイタロウからちょっと買っちゃってる感じは。
うーん。
うーん。
まあでもね。
あ、その話によるともう一個あって。
はい。
あのー、大会のこうエントリーリストとか出てるやん。
で、あれで今やったら所属名っていうところに、あのーみんなこうサロモンとか、チームなんとかみたいな。書いてある種類やん。
で、あそこに、あのー、自分のこのあだ名っていうか。
うん。
ニックネームを入れ出したのは、俺が最初やって自負してんけど。
タイタクシャーだと。ヒャッホイタロウだと。
そうそうそう。ヒャッホイタロウとか所属名にこう書き始めた。
最初に書き出した。
うーん。
うん。
時代を作ってますね。
いや、あのー、勝手に思ってるだけで、もっと先駆者がおったかもしれんけど。
ヒャッホイさん、ヒャッホイタロウ誕生秘話を聞かせてもらったんですけど。
ポッドキャスト2020年の2月に始めて、もうその直後からコロナってことですよね。
そうやね。
なんか、こういろいろ大会とかも制限がかかったりする中で、ポッドキャストのネタはどういうふうに。
いや、あのー、そっからね。
はい。
だから、コロナが開けるまでの2年間。
はい。
SNS、各種SNS、そしてポッドキャストからヒャッホイタロウは消えます。
消えるんですね。
はい。
あのー、闇落ちしてました。
闇期間があるんですね。
そう。
なるほど。
うん。だから〇〇も、だから第3回ぐらいまではやってんのよ。
うんうんうん。
で、第3回から次の第4回まで2年あくねん。
おー。
33:00
うん。
なんかワンピースみたいっすね。
2年後みたいな。
休館してましたみたいな。
はい。
連載開始が2年後だと。
そうそうそうそう。
なるほど。
そうやね。
その期間はSNSやってなかっただけで走ってはいたんですか?
うんうん。
それとも走る?
走っては。
あ、走って。
あ、ごめんなさい。走ってはいました。
あー。
はい。
でもそれを公開せんことは自粛してたって感じなんですか?
いや、あのー、なんか、コロナやから自粛してたっていうわけではなくて。
はい。
うん。なんとなく、ま、ぶっちゃけた話すると。
はい。
あのー、最初はこう、ちょっとSNSとかしんどなってきたなっていう。
うんうん。
うん。ので、ちょっと離れようぐらいで思ってたんよ。最初は。
うんうん。
1、2ヶ月?
ほんで、1、2ヶ月なんもせんかったら、なんかもう、習慣的にSNSを開く習慣がなくなって。
うんうん。
あのー、戻るタイミングを失ったよ。
ふふふ。
ほんで、もうそのままずーっと、この、ま、大会もないしほんで。
うんうん。
うん、なんかだから、誰かとこう会う機会もない。
確かに。
うん。そう。だからもうそのままずーっとこう、ほっ、なんていうやろ、ちょっとほったらかし状態になってたって感じかな。
うんうんうん。で、コロナがまあ落ち着いてきて、大会が再開したぐらいから、まあなんかこう、大会の話するかみたいなので、復帰したって感じなんすかね。
そうやね。だから、翌年、あ、翌年じゃない。それが2020、えー、1年やったっけ、コロナ開けたんで。
厳密に言うとどうなんすか。
2年やったかな。
うん、2年ぐらいまでかかってたような気は。
その、2022の5月にあったサイノ国100マイルで、復帰。
おー。
うん。
待望の。
そうそうそう。待望のというか、あのー、後からそのSNSを見たら、えっと、エントリーリストにあの、100個いたろう名前があったって、ちょっとざわついてたみたい。
あー。
そうそうそう。
そうですね。待ち望まれてた。
あの、ベルさんでさえ、あのー、体育館でさ、一人でこう、準備してたら、後ろから、あのー、「ヒャホイさんですか?」ってこう、気を使いながら声かけてきたぐらいやったから。
その時はじゃあまだ、ヒャホイさんって知り合いじゃないってこと?
いやいや、あのー、知り合いではいたけど、あのー、久しぶりに会うからこう、気を使って声かけていいんかなみたいな雰囲気で、
はいはい。
そうそう、声かけてきたっていう感じ。だから、みなさんには申し訳ないことをしたね。
変に気を使わせてしまったっていうね。
はいはいはい。
幸いから消えた人みたいな感じになってきた。
そうそうそう。
あのー、コロナでもう一つ話を言うと、そのー、一人で6日間走をやったやん。それが2019から20にかけての年末年始でした。
で、それを終えた後に、なんか、えー、そのウルトラのなんか、結構フル株の人から連絡があって、
36:07
あの、ハンガリーで6日間走をやってるから、出てみないかって誘われたんよ。
うんうんうん。
で、じゃあ、もうこんなチャンスないし、もう、じゃあ出ますって言って、エントリーもして、
で、航空券も取って、いざ行く準備はできててんけど、結局コロナで流れた。っていうのも、まあ、ちょっとしたエピソードとしてあります。
なるほど。
ひゃほいさん、世界デビューが遅れたと。
遅れた。ね。
でもね、あの、実は、世界デビューしてんだよね。
えー。
あ、知らない。
イメージないです。はい。
あ、ほんまに。えっとね、初フルが。
初フル?ここで初フルの話が出てくるんですね。はい。
フル、フルとは無縁のやつみたいなイメージやけど、一応フルは何回か走ってて、
初フルがね、2014年の6月。だいぶまた巻き戻ってしまったけども、
だから、大トレの初めて出た大会が4月やったんで、2ヶ月後やね。はい。
そこで、あの、クロアチアに行って、えっと、プリトビッツェマラソン。
クロアチア?はい。
ちょっと発音できないですけど。プリトビッツェマラソン。
あ、あんな英語ペラペラの道太郎くんが発音。
プリトビッツェ。
そうそう、プリトビッツェかな。分かれへんけど。
えー。
なんか、プリトビッツェ湖っていう湖の周りを回るマラソン、フルやねんけど。
えー、はいはい。
まあ、そこで、ぶっちゃけサブスリー行けんじゃうかなと思って。
やっぱ、初フルサブスリーって絶対ちょっとかっこいいやん。
うん。
あるやん、そういうの。
あります。
あるよね。
で、それ狙って行ってんけど、そこのコース全然調べてなくて、
あの、後で見たら累積が1000ぐらい。
なかなかですね、フルマラソンで累積1000。
そうそうそうそう。
もう、めっちゃキツかった。
途中まではサブスリーペースで入っててんけど、
もう途中から落ちて、結局最後はもうジョグみたいな感じになって、
うん、って感じかな。
なんでまた、その大会に出たんですか?
あ、そっちか。
えっとね、それは、それはね、あの、弟がそっちに住んでて。
へー、あ、そうなんですね。
うん、そうそうそうそう。
クロアチアのザグレブっていうところに住んでて、
まあ、会いに行けるし、あの、中3ぐらいから多分ね、そっちの方行ってるから。
へー。
だから全然会ってなかったから、なんか、その会えるタイミングにマラソン入れようっていう。
はいはいはい。
のがちょうど時期的にフルのマラソンがちょうどあったから、
39:00
じゃあもうそこで会わして、行ったのが最初かな。
うーん、中3からってもう何、十何年ぶりみたいなことですか?
いやんね、まあ1回か2回は多分1回日本に帰ってきてると思うんやけど。
はいはいはい。
うーん、なんか向こうで会うっていうのは初めてだったから。
おー。
うんうん。
え、なんか、ちょっと興味引かれちゃったんですけど、
弟さんがなぜクロアチアに行っていいの?掘っていいやつですか?
触んない方がいいやつですか?
いやいやいや、百恋二郎。百恋二郎の話する?
百恋二郎、はい、百恋二郎。
うーん、うちあの百恋三千子もいてるけども。
あ、3人、3人いるんですね。
母親が百恋三千子でいてるんだけど。
はいはいはい。
まあその話出すとまたややこしいからね。やめとこうか。
わかりました、じゃあ。
百恋二郎の話する?
うん、百恋二郎との話はちょっと聞きたいですけど。
何があって中3でクロアチアに渡るんですか?
あ、そうやんな。変な犯罪を犯したとかではないで。
いやいやいや、むしろ何かこう、スポーツか音楽のエリートなのかみたいな。
おお、すごい。ちょっと当たったかも。
あ、ほんとですか。
うん、エリートではないと思うけど、なんか音楽で言ってる。
うん。
そうなんですね。
そうですね。
バイオリンを。
あ、そうそうそうそう、やってて。
今はもう完全にだから向こうで住んで、向こうの人と結婚して、向こうの血を引いた子供を産んでる。
産んでるのは奥さんかもしれない。
あ、そうですか。
そうかそうかそうか。
で、俺はもう兄貴って呼んでるけどね、弟やけど。
あー。
うん、こっちはもうプロニートやから。
はいはい。
プロのバイオリニストやから、それはもう兄貴、兄貴としてやる。
確かに。ねえ、しかも海外でそれで生きてるっていうのは、そうなんですね、すごいですね。
うん、そうそう。
分かんなあ、なんか俺の初フルの話よりバイオリンにもてかれたなあ。
初フルは、もう一回いいですか?タイム何分だったんでしたっけ?
あ、タイムはえっとね、3時間24分。
いや、初フルだとしたら早いですけどね。
いや、もう全然やったよ、もうほんまに。
でもなんか、こうやーぱんやーぱんってこうね、
はいはい。
そうそう、ちょっとなんか女の子に言われたりして嬉しかったなっていう記憶は残ってる。
その、クロアチアの言葉で頑張れみたいな意味なんですかね。
いや、日本人ってことなのか?
あ、やーぱんってそういうことか。はいはい。
なんか、やっと勝手に思ってたけど。
確かに、なんかそんな感じ、そんな気しますね。
そっかそっか。
うんうん。
おー。
そうそうそう。
なるほどなるほど。
ちなみに、初フルではなくて、ベストフルは何時間ですか?タイムは。
42:01
ベストフルは、えっとね、えっと、その翌年かな?2015。
翌年の選手国際マラソン。
はいはい。
これが2時間57分。
ここで、当時はモンスターブリッジとかあるコース。
まあこれ多分地元の人はわかると思うんだけど、今はちょっとね、コースが周回になって面白くなくなってるんやけど、当時は公認のレースやったのかな?
うん。
で、ここでフルを卒業しました。
あ。
2回目にして。
いや、これね、3回目ぐらいだったんじゃないかな?あ、4回目だな。
あ、そうなんすね。
うん。
でもサブスリーしたからもういいや、卒業っていう。
そやね、口熊の福知山選手。
うん。
だから、最初のプリントヴィスエーだったら4回目か。
もう、これまでの人生でも5回目はないってことですね。
まあ、そやね、なんか横のなことない限り。
うんうん。
そやね、この、だから記録としては2時間57がベストになります。
もうでもそっからはもう走ってないだけですもんね。だけって言うとあれですけど。
うん。
そやね、まあまあ。
で、さっきその、もう数々の戦歴シリーズが1回コロナで止まってましたけど。
あ、そこまでいたか。コロナ、はい。コロナ開けてから。
開けてからもう1回、じゃあ聞いてもいいですか。
はい。
2022になるんですかね。
そやね、2022は、えーと、なんか大きいので言うと、
橘湾岩、長崎の。
あー、はいはい。
うん。が、えっと、ハイパーっていう部門、いろいろな部門があるんやけども、
えー、320キロか。
うん、ここで、えっと、優勝。
おー。
時間ちょっとね、ちゃんと覚えてないけど、
44、5時間くらいだったんちゃうかな。
あー、もうちょっと早かったかな、42、3時間か。ちょっと忘れました。はい。
早いっすね。321時間なんすね。
えー、に、23年?次の年。
はい、23年、はい。
うん、23年は、なんかあるかなーって見てたら、
えーと、神戸24。
おー。
うん、ま、来週にもあるんやけど。
うんうん。
これ、毎年ほぼ出てて、で、この23年の時に、
えー、234.6キロ走って優勝。
うん。
うん。で、たぶん、今もこれが大会記録やと思う。
うん。
そうそう。
この当時は、あの、まだ8月にあって、めっちゃ暑い中で、
45:00
うん。
うん、やるって感じなんやけど。今は9月に移ってますね。
去年からですよね。その前の年までは8月だったイメージは。
24年くらいからちゃうかな。
うん。
うん、24年、25年、26年みたいな感じかな、9月に。
うん。
で、ここ、神戸24では結構ね、あのー、バックヤードの話で言うと、森森さん。
うんうんうん。
うん。
森森さんと、あの、それまでもバチバチやってる。
うん。
うんうん。
初めて会ったのも、この神戸24ちゃうかな。
なんかあれですね、あの、さっきのたかけんさんと言い、今回の代表メンバーと、
いろんなレースで、しのぎを削ってきたっていう。
しのぎ削ってる感覚は全くないんやけど、
うん、やっぱり、お互いなんかちょっとこう、目につくんやろな。
うんうん。
まあ、まあ、たいがいみんな負けず嫌いですからね。
うんうん。
で、2024ですかね、次、目星。
次が、そうだね、2024は、えっと、初めて6日間奏が日本で、
うん。
公認大会としてやったのが、弘前の6日間奏に出て、
まあ、そこで、そのときは2位やったんかな。
うん。
820キロぐらい、820。
うん。
で、このときに、吉沢さんとか。
うん。
6日間にはいなかったですけど、あの、24時間奏で。
ああ、あの、あれって、24年のほうやったっけ。
24だったと思います、はい。
うん、僕、去年行ってないので。
あ、そうかそうか。
一昨年なんで、はい。
へえ、そうなんや。
あ、そうだよね、覚えてるよ。
はい。
あの、後ろから声かけてもらったの覚えてる。
はい。
声かけした記憶はあります。
うん。
で、そのときに、
はい。
とっさに名前、殿下ってんやん。
俺、ちょっと申し訳ないけど。
いやいやいや。
で、知っててんね。
知っててんけど。
はい。
あ、殿下ってパッてゼッケン見て、
あの漢字読んで、
林太郎くん、頑張ってって言ったら覚えてんの。
はい。
あれ。
で、後から考えたら、
あれ、林太郎やったっけな、名前。
と思って。
6日間走りながら考えてる。
まあ、そうです。
いやいやいや。
ありがとうございます。
そんな大役で考えていただいて。
だから林太郎のイメージが強すぎんのよね、俺の中で。
申し訳ないけど。
もう林太郎でいきましょう。
そっか、そこで初めて。
そうですね。
はい。
ね。
それからいろいろお世話になりまして。
いえいえいえいえ。
それでちょっと6日間その話になるんですけど、
その、2019の年末から20年の年始まで、
セルフで6日間走されて、
公式の大会としての6日間走は弘前が初だったってことですよね。
そうですね。
うんうん。
それはなんかこう、実際どうだったんですか?
48:00
違いというか。
公式でやってみてとか、
まああと4年の成長経てみたいな。
ああ、まあやっぱりその1人でやるのと、
まあ1人でやったとき、それに初めてっていうのがあったから、
一体何キロ走れるかっていうのが全く想像がつかん状態で、
オリジナル企画もやったし、
あと条件が真冬やったっていうのもあるやん。
はい。
過酷ですね。
そうそうそう。
だからその違いはあるけども、やっぱり大会に出ると、
うん。
やっぱり走れたな、あのときよりは全然走れた。
でもやっぱり、
結局その満足はいかんかった感じ。
この820っていう数字。
うんうん。
全然もっと走れんのに足が動かんとか、
ちょっと寝過ぎたなとか。
削れるとこはいっぱいあるんやろうなっていうのを
大会として知った、経験したっていうのが、
2024年って感じかな。
うん。
やっぱり好きだなって感じなんですか?
その6日間走ってフォーマット自体は。
そうやね、好きやね。
やっぱね、なんか、この、なんて言うやろ、一気に走れるやん。
うんうんうんうん。
自由に。
うん。
足止めも食らわんし、
自分のプランで、戦略?
何時間走って何時間寝るとか。
うんうん。
だからこの、ずっとこの、
誰に邪魔されることなく走れるっていう、
この連続性があるから、
6日間走はすごい、
なんかエンデュランス系のレースとしては好きやな。
うんうんうん。
うんうん。
なんか今話聞いてたらなんかこう、
だんだんヒャホイさんがアーティストに見えてきました。
キャンパスとしてはその6日間走っていうところが一番こう、
自由に自己表現できるという、
そういう、
感じなのかなと。
全然ピンときてない。
何言うてる。
いやでも、
アーティストとか言われたら初めてやから、
ちょっと面白いな。
その、
負け児とどんどん頂戴。
はい。
負け児と。
うん。
頂戴頂戴。
思ったこと言ってほしい。
はい。
逆に言うとバックヤードはそれで言うと、
制限されてってことですよね。
自由にやれない。
そうだよね。
うん。
それはあるね。
うんうんうん。
ちょっとバックヤードの話は後ほど。
あ、わかりました。
時間大丈夫か。
大丈夫だと思います。
大丈夫だと思います。
はいはい。
いくらでも、
はい。
うんはい。
5時間ぐらい喋る準備できてるんで。
確かに。
はい。
ヒャホイさん本当にそんだけ喋ってますもんね。
いやこれまるまる脱線するんですけど、
51:00
最長のエピソードは何時間ですか。
最長はね、26時間がある。
どのエピソードがあるんですね。
すごいですね。
そう、あの、
美輪位置を押しながら取ったっていうのがあって、
美輪位置はわかる?
わかります。
はい。
美輪行1周。
うん。
まあ200キロぐらいなんやけど。
はい。
ずっと回してたってことですか。
えっとね、
まあちょっとだけ切ってて、
2時間ぐらいだけ切れてんねんけど、
それ以外は全部回ってる。
逆にすごいですね。
うん。
そんだけの時間でね、
2時間逆に削るほうがなんか、
確認作業って大変そうですけど。
そうなんですか。
うんうん。
そうそうそう。
なるほど。
まあほぼ垂れ流しで。
これ。
最後のほうの、
うんうん。
めっちゃ疲れてくる声とか全然入ってるよね。
うん、いやそうですよね。
なんなら声ハスハスになりそうですよね。
いや、だから喋ってないよ、ほんと。
基本流れてると。
そうそう、足音だけが聞こえてる。
ほうほう。
だいぶあの、特殊なBGMとして使えそうなやつですね。
そうやね。
で、あの、スポティファイのほうでは、
はい。
あの、登録されへんかって。
あ、時間が長すぎて。
なのか、うん、ちょっと内容としてダメだったのかわからへんけど。
へえ。
うん、アップルのポッドキャストのほうだけ多分生きてる。
あ、そうなんですね。
興味ある方はそっちのほうを聞いていただけたら。
ちょっと覗いてみます、26時間はいい気がするけど。
はい。
はい、あれだよね、すいません、脱線しました。
いえいえいえ、はい。
何だっけ。
で、2024はまあ広崎がまあ代表的なレースっていう戦績って感じですか。
そうやね、はい。
で、2025となると、もうだいぶもうちょっとちょっと。
2025も結果として一番良かったのは、その広崎の6日完走か。
ていうかもう、コロナ開けてからは大会に出る数がだいぶ減ってると思う。
あ。そうなんですね。
もう、神戸24と、あとバックヤードと、
あとまあ西の国ちょこっと出たり、ぐらいかな。
うん、だからほとんど出てないから数が少なくなるんだけど。
なるほどなるほど。
はい、まあ去年でいう2025年か。
広崎の6日完走。
これが2位、順位的には2位で、911.968キロ。
で、これが日本記録を更新したっていう感じかな。
あの、日本記録保持者ですもんね。
ていうことですね、はい。
とりあえず、2年ぐらいは偉そうにできるかなっていう。
前の年と違ったところはどこですか?記録を伸ばせた要因は。
54:01
あーもうそれはね、経験値ちゃうかな。
その6日完走っていう世界の中で、
走る時間と休む時間っていうのをきっちり計画的に取った。
でもこれもね、結果が出てるからさ、そうやって偉そうに言ってるんだけど、
実を言うと、その2025年のこれ5月にあってんけど、
ゴールデンウィークにまず、オリジナル企画で関西近郊の山繋いで580キロぐらい走ったりしてて。
ほんで、その1週間後に埼玉に100マイル出て、
30時間ぐらいで完走したんよ。
で、そっから中5日ぐらいで、弘前飛んで、6日完走出てんねん。
だからもう足、ボロボロの状態で出て。
だから、記録狙おうなんて意識は全くなかった。
だから最初はもう、足1日めっちゃ重くてさ、
もうこれアカンわと思って。
強い人らも出てはるし、
うわもうこれアカンなぁと思いながら、何も考えんと、
3日目ぐらいまではね、ただひたすら回ってたんよ、ぐるぐる。
で、3日目になったときぐらいに、意外に自分が、
順位もやけど、なんか走距離がかさん、意外にいってるなと思って。
で、体も疲労も抜けてきたんよ。
そんだけ走ってるとなんかもう、そういうバグが起こるんですね。
バグが起こって、500キロぐらい走って、体も疲労が抜けてくるっていう状態になって、
で、そっからよし、これからはちゃんと900キロ超えるっていうのは、
まだ日本人でおらんかったから、いけるんじゃないかっていうのと、
あとその吉田さん。
吉田さんはその前の年に日本記録出してる人やったから、
絶対この記録守りたいやん。
こんな百恋太郎とか言ってるやつに取られたくないと思うね、たぶん。
だからすげぇバトルしたいの。
5日目、6日目。
たぶんこれ吉田さんのポッドキャストでもなんか喋ったりしてたらしいねんけど、
もう殺してんみたいなことしてて。
へぇー。
どんな感じですか?
いやもうね、なんかね、夢の世界みたいな感じやったけど、
その時はもう、とにかく嫌がらせもしてたしね。
あのー、なんて言ったらいいんかな。
一周ガーッと走るやん。
で、走って、たとえば吉田さんの背中にピッタリ着くとか。
で、ずーっと着いて、
踏むところに来たら自分はパーって前に出て、
でまたガーッて走ったりして、なんかこう、
57:00
嫌な走り方したりして。
精神的に揺さぶりを。
でもなんかそういうことしたろっていう意識っていうよりも、
なんやろな、なんか、
ちょっとこのバトル、なんか闘争本能だけでやってたって感じ。
そやね。
でもそのおかげでやね、やっぱり記録が5日目6日まで、
そうそう、記録が伸びたっていうのは、
吉田さんと一緒にガーッてやったから、
結果的にはそうやって、この記録が出せたなっていうのはある。
バトルってことが久々に聞きました。冒頭でも。
ほんまやね。
紫外線だったのが、だんだんトラック線に変わってたわけですね。
意外に闘争本能あんねんな。
そうですね、確かに確かに。
もうそんだけ、とってつもなく長い距離を走るわけじゃないですか。
で、もうぐるぐるするのから、もう山とかそういうのまで。
で、フルマロさんは早々に引退したと、卒業したとおっしゃってましたけど、
ヤコイさんを借り立ててる、原動力というか、
走ることのモチベーションはどこから湧いてるんですか?
いやー、原動力か。
うーん、そやね。
これは真面目な話でいいの?
真面目な話で、はい。
そうやな。
走り出したきっかけも、すごい興味っていうか、
あるひとつでパンって家へ飛び出して走った、
たぶん10キロぐらいだったと思うんだけど、後で考えたら。
あの時の、もうなんか衝動的なものあるやん。
はい。初期衝動ですね。
初期衝動。
こんな42、3歳になってるおっさんが言うのも恥ずかしいかもしれんけど、
衝動は大事にしてるかな。
それをちょっとかっこよく言うと、打ち鳴る衝動って言ってんねんけど。
かっこいいっすね。
アーティストっぽいやろ。
うん、アーティストっぽいっすね。
そういう作品ありそうですね。
ありそうやね。
でもこれ、ちょっと言葉パクってて、
昔見た、なんかね、グレートレースってあったやん。
今もあるのかな。
で、何の回か忘れたけど、なんか外国の人が、
めっちゃおっさんやって、ほんで、
何日もこう駆けてなんか、どこやったんかな、場所わからんけど、
めっちゃ寒い場所を、
反り引きながら走るレースみたいなやったと思うんやけど、
それでなんか、なんでこんなことをしてるんですかって、
インタビューされてて、
で、そのおっさんが、打ち鳴る衝動だよ、みたいな。
っていうのを見たときに、なんかちょっと共感めっちゃしてしまって、
そっからそのおっさんの言葉をちょっと使ってる。
でもあれですよね。
百保井さんが思ってたことを、そのおじさんが代弁してくれたってことですよね。
そうやね、言語化してくれたみたいな。
1:00:01
なるほど、打ち鳴る衝動が借り立ててると。
ウズキやね、ウズキ。
ウズキ。
ウズキってやつ?
ウズキいいっす。
なるほど。
それがもうフルマラソンじゃ飽きたらず、
もうどんどん距離が伸びて伸びてと。
一本のレースってこと?
そうやね。
一本のレースで最長距離はどんぐらいですか?
その6日間数になるんですかね。
あー、そうやね。なんかこう、
一回でやったっていうので言うと、
距離的に言うとやっぱこれが一番長いかな。
911キロが一番長いかも。
時間で言うとまた別にはあるけど。
そうっすよね。
だって山で500キロとかやってるわけですもんね。
そうか。あれも、
あれも8日ぐらいって感じだろうかな。
8日間ってことですね。
そうやね。8日と何時間とか。
一番長いのがそうじゃん。この前の。
ちょっとまた話飛ぶからいいか。
かなり、
タホにさん掘り出すともう、
絶対もう1時間2時間なんかで収まらないんで。
そろそろバックヤードに。
バックヤードにする。
どっちか言ったら、自分の中ではレースより
オリジナル企画の方がメインやから
全然あれやってるけど、まあまあいいよいいよ。
とりあえずバックヤードの話しようか。
とりあえずバックヤードの話を。
しとかないといけないかもね、それは。
そうですね。
やらないといけない宿題なので、先に。
あ、わかりました。
宿題でも何でもないですけどね。
ケタッといけるんです。
はい、わかりました。
ヒャッホイさんヒストリーの中でバックヤードが登場するのはいつですか?
えっと、2024年。
それが初出場の年ですか?
はい。
それ、バックヤードを知ったのはそれよりも前ですか?
えっとね、これを考えてたんやけど
きっかけがわかんない。ごめんやけど。
何か具体的には全然覚えてなくて
ただ、ベルさんから聞いたのか
誰かから聞いた覚えが
こんな大会ありますけどどう出ないんですかみたいな雰囲気
が一番最初やったと思うわ。
でもそれもたぶん2024年の京都に出る前ぐらいやったから
最近やね、知ったのは。
聞いたときはどう思った感じですか?
6日間相談やってましたもんね。
はい。
で、バックヤードっていうのを聞いたときに。
バックヤードっていう大会を知ったときにどう思ったかってこと?
どう思ったか。
あ、これはもう率直に言っていいの?
はい。
2つあって、面白そうやなとは思った。
1:03:03
うん、1つね。
それは何でかっていうと、その1時間ごとにっていうのがあるやん。
そういうルールがあるっていうのがすごい面白いなっていうのと
あと、ラズっていう人やな。
が、おっさんが考えた裏庭を走るっていうのが
なんかすげえ、自分のオリジナリティがあって
そういうのめっちゃ好きやから
唯一無二というか、人の真似をして作ってなくて
自分で切り開いてやってた人やから
そこは面白いなとまず思ったが1つ。
はい。
で、もう1つは、ぬるいなって思った。
おお。
はい。
怒られるな、これもな。
いやいやいや。
うん。
その心は。
うーんと、なんかすごいセーフティーな中でやってるなって感じがした。
うん、確かに。
オリジナル企画とかをやってるヒャホイさんからしたら、確かに。
うん。
だいぶ管理する。
すごくセーフ。
うん。
あ、そうそうそう。
まあ、6日間奏とかもそうやん、実際は。
うん。
うん。
で、まあ、バックヤードっていうのを知って、そうやって調べてみたら
すごい過酷なイメージが、もうその時からすでにあって。
うん。
なんとなくね。
はい。
この、最後の一人になる、もうボロボロになるまでやるみたいな。
っていうのが、こう、あったのをバーッて聞いて、
うん、でもこれ、ほんまにそうなんかってめっちゃ疑ってた感じがする。
この人たち酔ってんじゃないかなって。
自分たちに酔っとるやん、みたいな。
はいはい。
っていうのが、一番最初の感想。
うん。
で、でもまあ、やろうとなったわけですね。
うん。
それは、京都の大会に、やっぱり面白そうな方が勝ったんよね。
うんうん。
でも、やっぱ出るってなった時に、いろいろ考えてね。
普通に出てもいいんやけど、なんか、面白くならん。
なんかこう、うず、うずかんかったんよね。
うんうんうん。
わかる。
内なる衝動がね。
そう、なんか企画としておもろいねんけど、うずかない。
で、なんなんやろうなこれって、こう、ずっと考えてた時に、
1時間で1回戻ってくるってことは、結局キロ9分弱ぐらい。
うん。
6.7キロ1時間。
うん。
6.7キロ1時間。
ってことは、これ普段やってる、オリジナル企画でやってるのっていうのは、
自分で荷物背負って、ノーサポ、ノーデポ。
で、泊まるのも、えーとまあ、夜営のみ。
っていう、こういうルール下でいつもやってるから、
それを、このバックヤードに落とし込んだとしても、勝てるんじゃないかっていう。
うん。
わかる?
うずいたと。
そう。
1:06:01
バックヤード、ノーサポ、ノーエイド、夜営のみという、
まあ、いつものオリジナル企画のスタイルでやるってことに対して。
そやね、それを、えーと、あのー、
普段やってることをバックヤードに落とし込んでも、
もしかしたら、勝てるんじゃないか。
うん。
最後の1人になれるんじゃないかって考えたときに、うずいたんよ。
うん。
これはおもろい、めちゃくちゃ面白くなりそうやなと思って。
うん。
で、それもなんでかっていうと、そのー、他のレース、
例えば、まあ、サイの国とかでも、別に、
無法給、例えば自分で食料を持って、
エイドには頼らないっていうことはできるやん。
はい。
うん。でも、勝てないよね、絶対に。
うんうんうん。確かに。
まあ、絶対にって言ってしまうのはよくないかもしれんけど、
やっぱり、どうしてもそのスピードレースやから。
うん。
要を挑んで勝ち負けを決めるような普通の大会だと、
完璧なハンデになってしまって、勝てない。
うん。
うん。でもバックヤードっていうこの足止めを、
うん。
喰らってしまう。
ルール化であれば、
うーんと、自分がそのキロ級、アベレージキロ級以下で、
周りさえすれば、最後の一人に残れる。
うん。
し、あともう一個、そのレース的に勝てるっていうところもあるんやけど、
自分が普段やってるそのオリジナル企画を試す場でもあったんや。
うーん、うんうんうん。
それは何ですか、そのやってることの、なんかこう、
思想じゃないですけど、
テストっていうことなのか、はたまって。
そうやね。
その、ちょうど京都があったの、11月ぐらいやったんちゃうかな。
はい、11月だと思います。
そう。で、その1ヶ月ちょい後に、年末年始企画っていう自分の中で、
メインにしてるもんがあったから、
まあ、西、あのー、ね、西国巡礼とかを、あのー、やったりしてたから、
そこに向けての、まあ、ゆーちゃん、ちょっと練習にもなるかな、みたいなその、
っていうこの2つを、そのバックヤードの中で合わせてたって感じがね。
うーん。
だからもう、一気に面白くなってきて、
で、あのー、やってみようと。
じゃあそれでやってみようってなったのが、2024年の京都大会。
やってみてどうでした?
えーと、結果的に言うと、37やったんちゃうかな。
うんうんうん。
37やったと思います。間違ってたらすみません。
6かもしれんし、7かもしれん。
うん。
そうやね。
で、まあ、その時ちょうど、3番目で自分が辞めた感じか。
あ、ごめんごめん。えっと、うん。
1:09:00
3番手って感じかな。
で、えっと、その年がちょうど直太くん。竹村直太くん。
と、ベルさんが、まあベルさんがラスト侍になった年。
うん。
うーんともう、他人がっていうよりも、
結局自分がそのやったやり方で挑んでんけど、
うーん、通用しなかったなっていうのが、その、
終えた後、直後は思った。
はいはいはい。
うーん、思ってたよりも、このやり方で、
まあ、荷物をかつぐ、で、自分の食料、エイドはなし、
水だけもらえる。沸き水として。
ふんふん。
ほんで、えー、ルールっていうのは、どんなルールかっていうと、その、
あったかいお湯とかもらうのも禁止だった。
おー。
だから、自分で湯を沸かせるセットを持ってたらオッケーねんけど、
持ってなかったら沸かしようがないから、あのー、水だけしかもらえない。
うん。
で、あと、デポも禁止なんで、何か、えー、荷物を置くっていうのも禁止。
なんで、例えばその、その時、実はってんけど、手袋。
手袋を、あのー、スタート地点に置き、置いたまま行ってしまったんよ。
あー、はいはいはい。
で、戻ってきて、戻ってきてんけど、それを受け取ることができへん。
うんうん、ですね。
なぜかというと、うん。
デポ禁止というか、自分の中でワンウェイやからさ、もうその地点には戻ってこないのと一緒やないよね。
うん。
うん、わかる?
はい。
だからその手袋を、あのスタッフの人に、ちょっと終わるまで預かっといてくださいって言って、渡して。
もう、終わるまで使えないってことですね。
そういうこと、そういうこと。
へー。
うん。
まあそういう、こう、ちゃんとした、自分の中でルールをちょっと立ててやってんけど、でも、それでは、結局自分は37時間までしか対応できんかったよね。
うーん。
それがね、すごい悔しくて。
なんか、負けたとかじゃなくて、こんだけしかいかんのか、みたいな。
うーん。
まあだから、京都の、えーと、コーススペックが、えー、どうやったかな。
6.7キロで、170ぐらいだかな?累積。
うん。
もうちょっとあったかもしれんけど。
それがちょうどあの、24時間経つと、だいたい御滝と一緒ぐらいなんよね。
はいはい。
ってことは、36時間って言うと、えー、240キロか。御滝を240キロ走りました、みたいな。
うんうんうん。
うん。
御滝240キロかよ、みたいな感じだったよ、自分なら。
うーん。
うーん。
それがね、すごい悔しくて、6年もう1回出ます。
おー、2020?5年か。
1:12:01
5年はどこに出たんですか?
あっ、ごめん、間違えたかな。
1年ずれてますかね?
ずれてるかな、ごめんごめん。
2023?
2023かな、初めてごめんごめん。
はいはい。
で、24が2回目になるんや。同じく京都。
はい。
31ラップで終わります。
おー。
しかも、途中でお湯もらいました。
おー。
何があったの?
いやー、もうやっぱダメやったね。シンプルに。
うーん。で、作戦がね、その23年か、ごめん。
23年?24年、2回出てんねんけど、
えー、やっぱりこの荷物を背負ってるっていうのがどうしても頭にあったから、
ギリギリで回って、要は55分ぐらいで回って、
もう休憩ほぼせんと、ずーっとひたすらコース上回ってるようなイメージ。
うん。
だって休憩場所がないから。
ペントも基地もないから、
要はそのひたすらギリギリでぐるぐる回るっていう作戦でその2年をやっててんけど、
結局どっちもなんでダメやったかって考えたときに、
体力的なことなのかもしれんけど、それよりも結局睡魔にやられてんの。
あー。
結局眠気で体が動かなくなって終わってるっていう結論。
うんうん。
あーなるほど、もう無理かと。
バックヤードで、
そうやって誰かに言ってもらったけど、ストロングスタイルでやるんは、
もう自分も調子乗ってたなって反省したい。
なんか、ぬるいとか言って。
過酷じゃない?とか言って。
みんなみなさんめっちゃ頑張ってやってたのに。
うん。
やっぱ全然自分追わなかったなって思って。
で、ずっと思ってて。
はい。
うん。で、25年はもう出ない。
で、あの、ボニーさんか。
はい。
はい。ここでボニーさんが出てくるんやけど、
ボニーさんの東京大会のサポートに行くって感じか。
うんうん。
それはどういう心境でサポートすることにしたんですか?
いやもう頼まれたから。
おー、ボニーさんにヤホイさんお願いしますよ。
そうそうそうそう。
まさか俺に頼むと思ってさ。
うんうん。
うん。
一人でもサポートつけへんやつがサポートするって不安じゃないんかなと思って。
まあでもなんかそれだけ熱い気持ちがあるんかなと思って。
うん。
最初はちょっと断ってんけど、やっぱりやるよって言ってやることにして。
で、東京大会を終えてから、やっぱもう一回やりたいなってこう、ふつふつと出てきて。
1:15:00
うん。
で、次の、えーな、2026年の2月ですね。
と、はい、神奈川大会か。
はい。
に出ることに決めます。
ご参加ありがとうございました。
あ、はい。
企画していただいてありがとうございますし。
いやいやいやいやいや。
うん。
これがあの、え?これシルバーチケットレースではないんか?ね?
えー、ブロンドチケット。
そういうのではないんか?
シルバー大会への優先権でしたね。
あ、そっかそっかそっか。
はい。
うん。
だからまあ、ここで無理やったら、もう次に進めないなっていう感じやったかな?最後のチャンスみたいな。
うーん、3度目の正直と。
うん。
そうやね。
うん。
で、ただやるのに結局今までのやり方でやってもたぶん一緒やと。
うん。
眠気に負けた。
で、そっ、そう、眠気に負けた。じゃあどうしたらいいか。寝ればいいやんと。
めっちゃ当たり前のことなんやけど。
で、思ったんは、これ荷物背ってることを自分でハンデって思ってないのに、ハンデって捉えてたんや。
うん。
わかるかな。
うん。
別にハンデ、俺はみんなよりきついことしてるんだと思ってやってるわけじゃないね。
ただその、そこで実験の場としてやってるだけなんで。
でも心のどっかで、これはハンデだからスピードが遅くなる。
うーん。
遅くなっても仕方ないっていうのがあったから55分で回ってたんやけど。
うん。
逆転の発想というか、めっちゃ原点に戻って、みんなと同じようにやったらええやん。
うん。
絡みと一緒。
うん。
で、これがストロングスタイル回って勝手に名付けて。
うん。
普通にジョグして回って、その代わりマットと寝る意識が、だからシュラフとか重すぎるから、結局エマージェンシーシート。
うん。
あれもちょっと工夫してこの寝袋型のやつを選んだりして。
うん。
で、ちょっと装備は重くなるけども、普通にジョグったら大体45分くらいでは回れるやん。
はい。
うん。で、15分ちゃんと休息期間を取る。もうみんなでやってること一緒やね。全然普通に。
うん。
っていうのを繰り返してやったらどうなるかっていう、もう最後の実験の場として神奈川大会に出たって感じかな。
うん。結果としては。
結果が62位やったんちゃうかな。
うん。
で、ラスト侍というか、完走できました。はい。
おめでとうございます。
ありがと。
これは、メチャル君おったもんね。
はい、いましたいました。
うーん。だいぶ眠そうやったけどね。
あ、僕ですか。
そうですね、僕眠そうでしたけど。
皆さん、全然、好きな時間に寝れない選手たちの前で。はい。
1:18:04
いや、だいぶ大変やったと思うよ。準備とかも絶対大変やったから。寝てなかったと思うんで。
うん。
実験の結果としてはどうだったんですか。
いやー、やっぱり明らかに数字としても伸びたし。
明らかに。
うんうん。
えー、まあ、やっぱりこのやり方やったら、もしかしたらもっといけるんじゃないか。
うん。
次の興味はもうそこになったかな。
なんかその、誰かに勝ちたいとかっていうよりも、このスタイルで果たしてどこまでいけるんやろうっていう。
うん。
うん。今はもうその気持ちになってるという感じかな。
うん。
で、4月の。
うん。
はい。
生島平に出られたと。
出ました。これが68?
68ですね。
だったと思います。
はい。
まあ、DNFになるんやけども。
そうですね。
ストロングスタイル回の2回目の実験、どうだったんですかね。
そうやね。
えーっと、17時間で下ろしました。
おおー。
なんと。
うん。
そうやね。
なんとなんと。
なんと。
なぜですか。
はははは。
えーっとね、まあもうこっからは言い訳タイムに入んねえけど。
はい。
あのー、12時間ぐらいやって、なんか、なんかおかしいなって感じだったよ、体が。
あー、体調的に。
うん、体調的なのかな?わからんけど、なんかおかしいな。
で、まあマガサしたな。
うん。
もうここで荷物を下ろすのも、70ラップ80ラップいって荷物を下ろすのもまあ一緒なんちゃうかなと思って、どっちにしろ下ろすんやったら。
うんうん。
なんか、うん、そこでもう突発的に、もう荷物を下ろすわって言って。
えー。
17時間ぐらいで荷物を下ろして、そっからはだから、うん、なんちゅうちっちゃいテント用意してもらったりして。
うんうん。
うん、まあ結果的にはあのー、嵐なってさ。
はい。
室内に入ったから、まあすごい環境的には良くなってんけど。
うんうん。
なんかそっからはねー、なんか、うーん、何を目標として走ってたのか、要はわかったままずーっと回ってたって感じも。
とりあえず、うん、やれるとこまでやろうかなーみたいな。
うん。
うーん、モチベーションがなくなってたんかなー。
おー。
確かに。
うずけが。
うふふふふ。
うーん。
自分からそれを放棄してしまって、その荷物を下ろしたことによって。
うん。
うーん。
で、まあ結果的には、68で。
うんうん。
なんかやめようっていう感じだったかなー。
それこそ、もうやめようっていう衝動が来たっていう感じなんですか?
1:21:00
うーん、なんか衝動って言うほどのもんでもなかったけど。
うふふふ。
なんかレースをちょっと捨てたって感じがしたなー、正直に言うと。
それは自分自身がですか?
うん。
うーん、まあそうなのか。
なんかもういいやーみたいな。
へー。
うーん。
なんかそれはあるね、あの時は。
うんうんうん。
それが何だったかは言語化できますか?
そうやなー。
うーん、なんやろうなー、ちょっと難しいね。
でもあんまり、ぶっちゃけなのだともうこう、ポッドキャストで喋ったりもしてやし、
なんかノートで書いたりもしてんけど、
うーん、なんかあんまり感性はしてないね。
あー。自分の。
あえて。
はいはい。
そのー、ちゃんと言語化もしようとしたし、なんかみんなになんでかっていうのを伝えようともしてんけど、
別にそこまでする必要ないやんと思ってさ、途中から。
ちょっと開き直って。
まあ単純に結論付けてんのは、結局荷物下ろして目標見失ったからかなっていう感じかな。
うんうんうん。
まあ体力的にきつかっただけなのかもしれんし、眠かったなのかもしれんし、理由なんていっぱいあるけども、
それをいちいち反省したとこで知らないなーっていう感じはした、あの時。
なんか辞める理由はいくらでもありますしね、バックヤードは。
逆に続けるための最後の、最後こう、なんていうんすかね、取り出が、そこさえしっかりしてればいいけども、
まあ、ひゃっほいさんにとってのその取り出は、木島ダイナーの時はちょっとこう、由来出たという感じなんですかね。
ですね。
うんうん。
っていう中で、バックヤード自体がもういいやとはならずに、もう一回サテライト、日本代表として出走されますよね、そもそも。
えっと、ちゃんと入金しましたよ。
そうですよね、モスコミと入金を。
はい、はい、しましたよ。
そこで何をこう、まあ表現したいというか、意気込みっていうところを聞いてみたいんですけど。
うーん、まあその、えっと、サテライトっていう大会がチーム戦っていう、一応名目というか、まあ実際そうやんか。
だから、あの、適してるのが分からへんけども、やっぱり自分は京都大会からずっとこのやり方で来てて、来てるから。
で、バックヤードってもうそういうものやと思ってて。
うん。
そのストロングスタイルっていう、まあ名前で言うと、ストロングスタイル以外でバックヤードをやるっていう選択肢はない。
1:24:06
いろいろ考えたけど、やっぱりないなと思って。
うん。
うん。
なので、このやり方で、どこまでいけるか。
うん。
すごいめっちゃ個人の話してて申し訳ないんやけど。
いえいえいえいえ。
うん。
でも、このどこまでいけるかっていうことが、結果的にチームとしての結果にもつながるんやったとしたら、いいなとは思ってる。
そうですね。
うん。
なんかお話聞いてても思いました。
ご自身の中のこのうずくというか、これどこまでいけるんやろうっていう、そのなんかこう、面白みというか、そこがないと多分、どっかでどうでもいいやって多分なっちゃうんだろうなっていうのは。
そうやな。ちょっとゼロ100の性格があるんかもしれへんけども。
逆に言うと、もうストロングスタイルでとことんやるっていうことですよね。
ですね。はい。
それは言い訳いやしないしならないと。
そうですね。やっぱり、そのスタイルでどこまでできるかっていうのが、一番面白いやん。
っていう。
逆になんでみんなせえへんやろっていう。
その強さがね。
いや強さというか、こんなおもろいのにと思って。
はい。
いやでも、別に他の人と違うことしてるとかっていう意識とかではなくて。
こんなこと言うてるけども。
そうじゃなくて、もう別に自分はこのやり方っていうだけなので、他の人がどうこうっていう話ではないです。
はい。
ご自身のやり方だというか。
そうやね。はい。
本当にその目標とかで言うと、どこまでいけるかって決めずにとことん走るっていう意識ですか?
それともなんか、具体的な数字とか、たとえばもう最後の一人になるんだとか、なんかそういうのはあったりします?
そうやね。具体的な数字っていうよりも、何て言う、もう何日も同じ服で走るわけやん。
荷物減らすために。
なんか、途中でコンビニに行って服買うこともできるし。
なんか、そうやってオリジナル企画やったら街に降りてきてさ、もうコインランドリー寄ることもできるやんか。
そうですね。はい。
そうそうそう。でもバックヤードのあの1時間っていう中で、どんどん後半になったら追い込まれていくからそんな時間ももちろんないし。
そこでもうなんかぐちゃぐちゃになりたいって感じ。
そう、それが目標。なんか数字ももちろんあるよ。あるけど、とか最後の一人残るっていうのももちろんあるし、たぶんそれは皆さんも思っていることやけど。
1:27:05
やっぱそれよりもぐちゃぐちゃのドロドロ雨降ったらどうなんだよとかもあるし。
なんか、そういうちょっと今までと、今までバックヤードでやったその62ラップかな。
神奈川大会で荷物背負ってやったのが62やから、それより先、さらに先、どうなっていくんやろ。
っていうのがめっちゃ楽しい。
最高の実験ですね。
はい。はい。
いやー、ありがとうね。なんか。
はい。
みなさんが楽しそうで嬉しい。
はいはい。
もちろん、皆さんと走れることも楽しみにしてますよ。
なんか、自分のことしか考えてないやつみたいな感じになっちゃってるけど。
いやいやいや。
はい。
そんな中で、数々のいろんなレースでしのぎを削ってきた、もしくは因縁のある方々が、ある意味今回チームメンバーなわけだと思うんですけど。
この人と話す、話すじゃない、走るのが楽しみだなとか、なんかそういう方。
はいはいはい。
もしくは特に因縁がある相手みたいな方はいますか?
そんな、因縁をすげーなんか持ってるやつみたいな。
いや、ほんとでも。
全くないよ。ないよないよ、変に。そんな因縁なんかない。
誰もいない。
ネガティブな意味じゃなくて、なんかこう、いろいろこう、思い出のある名場面の繰り広げた方々が、
名場面っていう意識とまたウルトラの場合は違うのかもしれないですけど、
まあ、なんか誰と走るのが楽しみとか、
ああこの人が走れるんかみたいな、なんか感慨深い人とかいたら教えていただきたいなって。
やっぱりね、平田さんとは一緒に走りたいなあ。
あれ、ツッコミ待ちやねんけど。
残念ですね。
もうちょっと喋る、もうちょっと喋ろうか。
もうちょっと喋るから、ツッコんでほしいねんけど。
やっぱ平田さんね、神戸に呼んで、やっと走れて一緒に。
はい。
やっとバックヤードで一緒に走れる。楽しみですね。
今回おらんすね。
はい。
嘘でしょ?
はい。
平田さん出えへんの?
はい。
共演ならずです。
マジですか?
やめようかな、もう。
公演NGみたいで。
残念よね、平田さん。
本当ですね。
お前残念でした。
あとね、中川さんともやっぱ一緒に走りたいなあ。
やっぱりウォーカーとして、もうね、サテライトも出たいみたいな感じで言うてたから、
やっぱりね、あんだけこう、なんていうか、歩きっていう縛りをやりながら、
サテライトっていうのに向かっていくね。
1:30:01
ね、自己ベスト30ラップで。
え?
え?
ね、魂のウォークです。
うん。
やっぱりサテライト出るやんね、もちろん。
ね、もちろん出てほしいんですけど。
え?
及ばずというところで、はい。
え?
嘘やーん。
僕の言い方もなんか毒があるみたいな感じで。
及ばずって。
及ばずって言うたな。
いやー、まあまあまあまあ。
ちょっとすいません。
いやいやいやいや。
ちょっとネタ合わさんでしまいましたけども。
いやいやいやいや。
いやもうそれはもう、もちろん皆さん、
誰かっていうよりも、
ベルさん、ボニーさんの関西組を含めて、
はい。
いろんな方と、
もう本当に、走るのを楽しみしてます。
誰というのはもうそんなんね。
あれなんで。
ただひ、ひらたさんとただひろさんと走りたかったなー。
うーん。
その気持ちは本人たちに届くと思います。
はい。
はい。
ありがとうございます。
はい。
で、もうあと3つぐらいかな、質問があるんですけど。
やばいね、時間もあるからね。
そうですね、時間もあるんで、
ラスト10分の関門時間。
はい。
はい。
あのー、バックヤード、
なんだかんだ出続けていらっしゃると思うんですけど、
ひゃほいさんが思う、ひゃほいさんが感じてる、
バックヤードの魅力って何ですか、改めて。
あー、魅力。
うーん、そうやね。
まあさっきもちょっと喋ってるから、
だいたい伝わったかなと思うんやけど、
あえてちょっと言語化、頑張ってしてみた。
これちょっと裏話にすると、
質問デッキみたいなのもらってたから、
トークデッキみたいなやつもらってたから、
めちゃくちゃ裏話やけど、
ちょっと考えてみて、
うん。
えー、ちょっとさっきもアーティストっぽいって言われたんで、
ちょっとアーティストっぽく返すと、
えーっとね、白い暴動です。
白い暴動。
はい。
うーん。
これあのー、
クラッシュっていうバンドがあるんだけど、
まあその中で白い暴動っていう、
ホワイトライオンとかっていう曲があるんやけど、
まあ個人的に好きで、
まあその曲自体はパンク系やから、
なんかこう、その当時の政治とかの、
この規制概念をこうぶっ壊すみたいな、
意味での白い暴動やと思うんやけど、
まあバックヤードは、
自分の中での暴動なわけ。
その、それももちろんその、
なんかほんまに暴れるわけじゃないから、
白い暴動なんやけど、
うん。
一番最初に面白いなと思ったのが、
そのやっぱり自分のこの今までのやってるやり方でも、
通用するんじゃないかっていう。
うん。
で、しかも、
うーん、誰もやってない、そのやり方で。
な、なぜやらないんだろうっていう、
1:33:00
ぐらいまで思うのがあるから、
で、あと、
まあせっかく話す機会があるんで喋ると、
長い距離を走るって、
これは、
あんな人の考え方があるから、
別にこの考え方が正しい、
俺の言うことが正しいんだと思って聞いてほしくないんやけど、
ただ自分はこう思ってんのは、
どっかで、
例えばホテルに泊まったり、
ネットカフェに泊まったり、
して、
えー、
何、距離を稼いでっても、
それは長い距離走ったとは言えないっていう。
うんうんうん。
だって、
まあ、めっちゃわかりやすく言うと、
例えば家に帰ってきてさ、
うん。
で、また走って、家に帰ってきて走っても、
それを連続して走ってるとはあんまり言わんやん。
うんうんうん。
うーん。
それと一緒で、
ただ、泊まるんやったら自分の持ってる荷物で、
えーと、
テントを建てて、
うん。
泊まって、
それで次行く。
これはすごく連続性があると思う。
うん。
ごめんね。
いえいえいえいえ。
多分これあの、
やってたから、
その時のこの重層的な考え方が、
まあ古い考え方やね。
うんうんうん。
うーん。
重層的な考え方があるから、
バックヤードだって、
確かに、
何ラップってやってるけども、
これ別に周りの人を批判してるわけじゃない。
批判してるわけじゃない。
自分の中での話ね。
うん。
例えば600キロ、800キロ、1000キロ走った。
でも、
それは、
細切れになっちゃってるよね、どうしても。
うん。
雨やり方では。
でも、
自分で荷物をしょって、
寝る道具しょって、
食べ物を。
まあ水とかはちょっと、
ごめんなさいって言ってもらったりはしてるけども。
うんうん。
その、
本当に長い距離走るってことは、
それだけ、
自分で寝泊まりっていうか、
生活やね。
うん。
生活、
人間として生きていくのも、
全部、
背負わなあかんと。
っていう、
暴動です、
自分の中で。
おお。
暴動。
自分の中でかな。
そうやね、
自分の中でやわ、
これは。
うんうん。
それが、
できるのがバックヤードなので、
うん。
なんか、
そこが自分にとっては、
すごく光ってる場所かな。
うん。
ありがとうございます。
うん。
すいません。
いえいえいえいえ。
こいつ何言ってんねんみたいな感じの顔してない?
大丈夫?
大丈夫です。
はい。
やっぱでも、
アーティストだなって思いました。
こうだよって決められたものを、
こう、
ああ、はいはい。
ぐわーっと、
自分なりの表現に変えたいっていう。
うん。
という理解をしました。
はい。
はい。
ヒャッホイさんが、
大切にしてる言葉とか、
なんか、
座右の銘みたいなものってありますか?
もうこれは、
あの、
おっぱいと言いたいところやけども、
これちょっと真面目な場所なんで、
はい。
えっと、
もう、
内なる衝動にしとこうかな。
おー、
1:36:00
そうですね。
確かに。
ね。
うん。
うん。
もうそれはもう、
今回の収録を、
もう、
象徴している言葉ですね。
ありがとうございます。
うん。
はい。
はい。
で、
質問があと2つあるんですけど、
はい。
はい。
1つが、
えー、
実はですね、
毎回、
前回インタビューを、
答えていただいた方に、
次の方への、
質問をもらうようにしてまして、
前回、
ですね、
あの、
ボニーさんだったんです。
えー、
マジですか?
入地感触。
はい。
ボニーさんからいただいている質問は、
はい。
前日、
前日の夜ご飯、
何が食べたいですか?
待った、
そんなん聞いてくれと思ったわ。
あの、
たぶんね、
一緒に行くことになると思う。
そういうことですよね。
うん。
何が食べたいですか?
スタミナ焼肉定食にしようかな。
スタミナ焼肉定食ですね。
ボニーさん。
確か、前のとき一緒に食べたような気がする。
あー、
いいですね。
はい。
なんか、僕も食べたい気持ちになっちゃいました。
あの、
実際どうだったか、
あの、
走りながら教えてください。
あー、
オッケーオッケーオッケーオッケー。
はい。
はい。
で、
最後ですね、
はい。
まあ、
これをまあ、
聞いていただいている方とか、
まあ、
サテライト大会、
まあ、
日本代表っていうところを、
まあ、
応援していただいている方々、
まあ、
応援するよ、
方々に、
メッセージがあれば、
伺いたいなと。
うん。
いやー、
うーん、
これもね、
考えたんやけど、
いやー、
でも、
えーっと、
日本代表っていう形で、
えー、
一応そのチームとして、
えー、
世界一と目指して、
やっているので、
えー、
ぜひ、
応援の方、
えー、
よろしくお願いしますと。
はい。
で、
できれば、
ちょっと遠いかもしれんけども、
現地にね、
うん。
木島ダイラーまで、
ね、
あのー、
来て、
声をかけてもらえたら、
やっぱ嬉しいしね、
実際。
うーん、
ちょっと遠いかもしれんけども、
あのー、
ぜひ、
えー、
足を運んでいただけたり、
もしくは、
まあ、
あのー、
アップデート?
みたいな速報とかあると思うんで、
チェックしていただけたら、
はい、
嬉しいなぁと思います。
あと、
あのー、
100恋クラブっていうのも、
あのー、
ふははははは。
やってますので、
はい。
概要欄に、
はい。
貼ってますので、
はい。
貼ってくれへんかもしれんな。
はい。
岩崎さんに言えばたぶん貼ってくれます。
はい。
あー、
オーケーオーケー。
後で岩崎さん言うときます。
はい。
はい。
まあそんな感じですね。
はい。
ありがとうございます。
ありがとうございました。
では本番お会いできることを一緒に走れることを楽しみにしています 寮選手でしたありがとうございました
はいありがとうございました
01:38:55

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