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スピーカー 1
教育虐待って言葉、聞いたことあります?
スピーカー 2
いや、聞いたことないですけど、
教育と虐待って真反対の意味だと思うんですけど、
くっつくことってあるんですか?
スピーカー 1
私もね、この言葉初めて聞いたとき、
かなりパワーワードじゃないんですけれど、
スピーカー 1
なんか強い言葉を使ってるので、
印象に残りやすいなーっていう言葉を聞いてて思ったのですが、
まあそれはさておき。
ちょっとこの教育虐待という言葉は、
最近出てきた概念なんですけれど、
スピーカー 1
これをご紹介させていただくとともに、
虐待というふうに言っているので、
非常に良くない現象でということは、
皆さんわかっているかなっていうことをご承知おきの上で、
こういうのをどういうふうに防いでいくかっていうことを、
これから喋っていきたいというふうに思います。
スピーカー 2
お願いします。
13歳からのポッドキャスト。
この番組は、13歳のリアルな悩みを、
最新の調査から科学的に読み解き、
これからの時代を生き抜くヒントを、
一緒に探すポッドキャストです。
スピーカー 1
はい、始まりました。
13歳からのポッドキャストです。
スピーカー 1
今回もよろしくお願いいたします。
スピーカー 2
お願いします。
スピーカー 1
坂木バラです。
スピーカー 2
田中です。
スピーカー 1
はい、じゃあ早速、
じゃあまず教育虐待の言葉の定義から入るんですけれど、
これは先に説明をしてしまおうかなと思っていて、
子供の心身が傷つきに耐えられる限界を超えて、
親が教育という名目で勉強を強制すること、
というふうに定義をされています。
いわゆる子供のキャパを超えて、
スピーカー 1
親が教育を子供にさせてあげてるんだ、
という表現をしたんですけれど、
こういったことで、
子供の実際の現状を無視して、
勉強しろ、勉強しろ、
というふうに言ってしまうということ。
それが虐待は、
いわゆる対罰のような身体的なものも含めるし、
あとは言葉による罵りだったり、
スピーカー 1
そういったところも含めた、
教育という名目での業法を含めた虐待だというふうに、
思ってもらえたらなというふうに思います。
スピーカー 2
教育熱心が行き過ぎちゃった結果ってことなんですかね。
スピーカー 1
そうですね、
世の中的にはそういう認識のされ方をされてるんじゃないかな、
というふうに思うので、
ちょっとこの後、
また教育熱心と教育虐待っていうのが、
どういうふうに違うのかっていうのも紹介するんですけれど、
基本的にエスカレートした結果みたいな言い方をされることが多いかな、
というふうに思います。
具体的に親がどういうことをやってしまっているのかっていうことを、
しゃべろうかなと思います。
スピーカー 1
もし今13歳の子で、
ちょっと親から勉強のプレッシャーがかなり大変かもっていうふうに、
思っている子がいたら、
もしかするとそれ教育虐待なのかもっていうことに、
気づくきっかけに、
もしかしたらなってしまうかもしれないんですけれど、
はい、ちょっと説明しますね。
スピーカー 2
お願いします。
スピーカー 1
はい、じゃあ具体的にどういうことをやってるかっていうのを、
当事者だったり、
あとは塾の先生とかもそういった話を聞くので、
そういった方々に調査をしてこういうことがありました。
例えば、
まあ本当に深夜まで頻繁に勉強させられるとか、
まあ受験とかだと、
実力に合ってないような高い偏差値だったり、
学力を求められるような志望校を受けろというふうに言われたりとか、
スピーカー 1
あとはもうすごいシンプルに成績が悪かったら、
もうめちゃくちゃ怒られて暴言を言われたりとか、
あとはこういう勉強とか受験を嫌がっている子どもに、
そういった受験とか勉強を強制して、
かつその状態で趣味とか好きな習い事とか、
あとはゲームとかも取り上げるって話をよく聞くんですけれど、
そういったものを禁止するようなことをしたりとか、
あとはそうですね、
もっと行き過ぎてしまうとスケジュールを全部親が管理して、
子どもに自由な時間を一切作らせずに、
常に月切りで親が監視したり鑑賞したりするといった、
まあ今5つ紹介したんですけれど、
こういったのがいわゆる教育略帯の例として取り上げられるというふうに、
イメージできますかね、なんとなく。
まあ確かに、でも言われてみて思うのは、
スピーカー 2
意外と範囲が広いというか、
特に自分の成績に見合わない学校を受けさせるとかっていうのは、
なんか僕も、そのなんか、
スピーカー 2
うーん、そのなんていうんだろう、難しいですよね。
目標として高いレベルを志すっていうのは、
スピーカー 2
いいっていう側面もあるだろうけど、
でも確かに全然わかんないのに、
南韓大学の学問ばっかりとかされても、
なんだかなーって気持ちにはなるから、
スピーカー 2
そこはなんか、ちょっと自分が受験生だった頃、
ブワッて思い出しましたね。
スピーカー 1
そうなんですね。
実際、なんて言えばいいんでしょうかね。
自分的には、もうこのレベルの学力帯の学校が、
現実的にいけるとこですっていうふうに、
スピーカー 1
子供が思っているのに対して、
いいや、私はこの大学とかこの中学に行って欲しいから、
そこにやりなさい、みたいなことをやると、
子供と親とで認識が違うじゃないですか。
で、それでその子供の現状の認識を無視して、
親が、いわゆる親の力を使って、
子供に説得したり、解き伏せたり、
あとはそれを押し付けたりするっていうのが、
いわゆる子供の望んでいるものに対して、
スピーカー 1
違ったやり方をするっていうのは逆帯に含まれるから、
これも含まれるよねっていう考え方なのかなっていうふうに思いましたね。
もう絶対にそこしかダメみたいな。
スピーカー 2
他の選択の余地は与えません。
他の大学に行かっても学費払いませんとか言われちゃったら、
子供はもううんって言うしかなくなっちゃいますよね。
スピーカー 1
それがまさに教育逆帯に含まれるところですし、
この後ご紹介する実際それで起こった事件とかの事例は、
まさにそれに該当するような話なのかなというふうに思います。
スピーカー 1
はい、ということでちょっと、
じゃあこの教育逆帯っていうものが、
世の中に知られるようになったきっかけとして、
2023年に教育逆帯、
子供を壊す教育日誌の親たちという本が出版をされました。
実際にここから教育逆帯という言葉が広がっていくっていうのが、
まず走りとしてあります。
で、そこで研ぎ上げられた事件もそうですし、
あとはその前後で起こった事件でも、
スピーカー 1
教育逆帯という言葉が伝わったかなというふうに思っています。
はい、ちなみにじゃあちょっと事件の方を、
まぁちょっと詳細まで言っちゃうと結構クロテスクなので、
なるべく簡単に説明をしようかなというふうに思ってまして、
先ほど言っていた、
自分の志望校に合ってないようなところを受けさせるのを矯正させられるっていうのが、
この本でも取り上げられていた、
シェガー一家大学生母親災害、殺害事件という2018年のとある事件があり、
これがまさにその事例なのかなというふうに考えています。
というのも、母親は子供に医学部に行って教えというふうに教養をしたっていうのがあり、
まぁ大学時点ですね、この話は。
医学部っていうと、本当に学力の中でも高い水準を求められます。
ただ子供は医学部に行けるような学力はないのにも関わらず、
スピーカー 1
母親は医学部に行ってほしいから医学部に行ってほしいというふうに教養をします。
この時点で逆体なんですけれど、
さらに先ほど言っていた監視だったりとか、
あとは自由な時間を奪ったりとか、趣味とかを奪ったりっていうのを続けていって、
実際医学部に行けなくて、その子は看護学科とかに行って、
かつそこで看護学科の試験を受けたり、助産者の試験を受けたりでも受からなかったっていうのが、
最終的に親の反感だったり、そういったところに繋がったので、
子供が嫌気をさせてしまって、母親を殺害してしまったという、
最終的にはそういう天末の事件なんですけれど、
もうまさに教育虐待が招いた悲劇と言いますか、
やりきれない気持ちでいっぱいですねっていうのは、
あるかなって、現実にそういった事件があったっていうのを取り上げた本が売れる、
そこそこ売られるようになったっていうのがまずあります。
で、昔の場合、この言葉を初めて聞いたのは、また別の事件でして、
これは2025年の5月の事件ですね。
そこでもとある事件がありまして、
東大前っていう駅、いわゆる本当に東大の近くの駅なんですけれど、
そこで刃物を持って切りつけたっていう事件があり、
その切りつけた実際の犯人の人が取り調べの時に、
俺は教育虐待を受けてきて、
それの払い瀬として東大生を殺そうとしたっていうふうに供述したんですよ。
で、ここで教育虐待っていう言葉がかなりフィーチャーされるようになって、
結構議論になったっていうのが当時の初感としてあり、
私はそこで初めて教育虐待って言葉を知ったんですよね。
実際、その犯人の人も母親から受験金にかなり圧力をかけられていて、
で、自分の実力とそれに見合わないようなところを受けさせられたりとか、
あとは成績が下がった時にめちゃくちゃ怒られてとか、
そういったことを踏まえて、教育虐待っていうものが生み出したその自分というものにすごく嫌気をさせて、
スピーカー 1
この世直せじゃないんだけれども、
社会に対して怒りを持っているからそういった事件を起こしてしまったっていう背景があったっていう話なんですよね。
はい、ちょっとここまでが実際具体的にそういった社会問題になってしまっているっていうところの具体例をちょっと紹介させていただいたというところです。
もしかしたら大人の方だったら聞いたことがあるのかもしれないということは思いつつ、
スピーカー 1
はい、ちょっとしゃべらさせていただきました。
うん、なんかあれですよね、すごいもうなんかそれが悲惨な事件が起こってしまってるっていうことが本当にやるせないというか悲しいですよね。
スピーカー 1
うん、本当に。
スピーカー 1
で、こういう問題って言ってしまえば個々の家庭の中で教育熱心な親がいるんでしょ、はいはいみたいな感じで、
おしまいにされてしまいがちな話でもあるかなというふうに思ってはいるんですけれど、
でもこれって個々の家庭をより広く見てその日本とかアジアという国の特性というか構造にもかなりこれって影響してるんじゃないっていうことをちょっとこれから喋っていこうかなというふうに思っています。
言ってしまえば東アジアの国というふうに言うんですけれど、そういったところってすごく受験が加熱するっていう話とかは皆さんなんとなく聞いたことあるんじゃないかなというふうに思います。
中国とかだとガオカオっていって高い考えるって書いてガオカオっていうふうに言うんですけれど、これっていわゆる中国の中での共通テストと思ってもらえたらと思います。
昔でセンター試験ですね。この時に毎年ガオカオのシーズンになったら親が総動員してとか警察が総動員して受験生を見送ってとかだったりとか、
スピーカー 1
あとは受験の1年間を本当そのために捧げて子どもたちがもう十何時間も勉強してみたいなことを取り上げられたりとかもしますし、
韓国とかでもすごく受験の競争が激しかったりするっていう話とかも、もしかしたら教育熱心な方とかは、ああそういうのあるよねっていうのはわかるんじゃないかなというふうに思うんですけれど、
戻ってきますね。この教育に対する熱心さっていうものは東アジアの国ではかなり問題視されている話ですし、
実際国連の子どもの権利委員会もこの現状はさすがにまずいんじゃないっていうことを実際会議の中でも提唱されているっていうところがあるので、ちょっとそれを紹介しようかなと思います。
これ3つ背景があるというふうに考えられていて、ちょっとこれをここから紹介しますね。
一つ目は、この東アジアの国ってある共通点があるんですけれど、何かわかりますかね。教育に関する共通点があります。
スピーカー 2
教育に関する共通点。
スピーカー 1
考え方ですかね、あえていうのであれば。
考え方。
スピーカー 1
昔から大事にされている教育の考え方として共通しているものがあるんですけれど、イメージできますかね。
スピーカー 2
えっと、授教。
スピーカー 1
そう、授教です。
東アジアの国ってこういう授教的な考え方が非常に根強くて、これがいわゆる教育に対する熱心さを生んでいる背景なのかなっていうふうに言われています。
というのも、授教的な考え方っていうのは、その中の一説として、勉強して頑張るということが人間として最も良いことであり、かつそれが最大の親孝行であるという考え方に基づいているんですよね。
よく授教だと親孝行しなさいっていうふうに言われたりすると思うんですけど、それがまさに勉強に紐づいていて、
家居の中でもその家居に合格することが、ただ最も正当なやり方での出世であり、かつそれが親孝行だよっていうふうに言われているからっていうのがあります。
言ってしまえばこれを親的な考え方で見ると、勉強を頑張らせるということは、親として正しい義務であるという考え方が根付いているっていうふうに言い換えられますね。
つまり、親孝行してもらうために子供に勉強をさせるということは正しい考え方だということです。
そう考えたらね、確かにねっていうふうに思うかもしれないなっていうところがまず、授教的な考え方っていうのが一つあります。
で、二つ目は、シャドウエディケーションっていうふうに言うんですけれど、これのシャドウっていうものは、いわゆる学校とかの教育の裏側にある教育。
つまり、これって何だと思います?
スピーカー 2
学校以外の教育ってことは、塾とか予備校とかってことですか?
スピーカー 1
そうです。この塾とか予備校という存在があるから、また教育熱心にさせてしまうっていう原因なんですよね。
特に東アジアの国々では、こういう受験戦争がかなり加熱しているっていう現状があるので、
国がゆとり教育だったりとか、あとは主体性を生む教育っていって、最近ではディスカッションさせたりとか、
スピーカー 1
詰め込み教育じゃなくて、もうちょっとそういった広げていく勉強をした方がいいんじゃないっていうふうにして、
今国とかが頑張っているっていうのは、よくある話ではあるんですけれど。
でも現実問題、受験を勝つために、こういう主体性が求められる勉強っていうのは、やっぱりどうしても限界があって、
詰め込み、いわゆる今までの詰め込みの勉強っていうところがかなり影響している部分がどうしてもあるかなというふうに思ってます。
で、それを支えてくれるのは、やっぱり塾とか予備校とかそういった存在で、いわゆる受験とかそういった場面で勝つためには学校だけの教育じゃ不十分。
なので、塾とか予備校に通わせることによって、そういった受験を勝つために通わせる。
で、これが繰り返されていくことによって、塾ではかなり難しいことが要求され、受験は受験で難しくなりっていうのが繰り返されていってしまうから、
子どもにかかる負担っていうのが次第に大きくなるし、親もそれに対する教育をかなり強めなきゃいけないっていう現状があったりしますね。
スピーカー 2
なんか今聞いてと思ったんですけど、あれですよね、ちょっと外れちゃうかもしれないけど、
日本って国際的に見ても、家計に占める教育費の割合が高いって言われてて、
つまりはどういうことかっていうと、国が子どもの教育にお金を出してくれないんですよ。
子どもの教育は親が稼いできたお金、家のお金でなんとかするのが当たり前っていうのは結構、実は国際的に見ると珍しいというか、
他の国だったら国がね、金出してくれたりとかするとこはあったりするんですけど、
日本は家でどうにかしようっていう考え方が強いし、だからそういうさっきの教育虐待とか、
スピーカー 2
親の意思でどうこうできてしまうからこそ、例えばだけど行政とか他の目が入りづらいくて問題が深刻化しやすいのかなっていうのを今ちょっと聞いてて思い浮かんだことですね。
スピーカー 1
たしかにそれはすごくそうかなって思っていて、
習い事ってこんな小さい頃からやらされてるのって結構日本って特徴的だよなっていうのは感じますもんね。
習い事の数とかべらぼうにあるじゃないですか。
実際こういう習い事っていうのの負荷っていうのがかなりかかってるっていうのが、教育虐待にもしかしたら繋がってしまうのかもみたいな話とかも繋がっていくかもしれないですね。
じゃあここまでが二つ目の、いわゆる塾とか呼び子の存在っていう話でして、
最後は本当考え方なんですけれど、子供の過ごした時間っていうものを、いわゆる大人になるための準備の時間だというふうに考えることがメジャーなんですよね。
逆に子供っていうものは、僕らが13歳の当事者だった時とかは、ぶっちゃけ正直、今自分が大人になるための準備期間だよっていう認識はなくて、
今が楽しかったり、その瞬間を幸せにどう生きたいかみたいなことに目を向けてたかなって思うんですけれど、
この親としての子供は大人になるための準備期間だという考え方、子供は子供で今を楽しむことという考え方、
この二つの考え方って、目線が違うので異なる考え方なんですけれど、
東アジアのこういう教育の根幹にある考え方って、こういう大人視点の考え方が強い傾向があって、
つまり、教育として、この子供が今を楽しむためにどういうことをやるのかっていう教育ではなく、
大人になるために、じゃあどういうことを学んで、どういうことを学べば、
例えば、物が動かせるようになるとか、○○の原理が分かるとか、
あとは社会で生き抜くためのこういった情報とかそういった内容が分かるみたいなのを逆算していって考えていって、
教育っていうものが出来上がってる風勢があるので、それが子供たちが今を楽しむための勉強っていうのを認識を若干軽視するというか、
もう軽んじてしまっていて、大人になるための準備期間のための勉強を押し付けられているっていう現状があるっていう話は、
スピーカー 2
最後の考え方として紹介したところです。私はこれはすごく納得が良いかなって思うんですけれど、っていうところですね。
たしかに僕も、そうかもなーって思うことがあって、
子供の権利条約っていう国際的な条約があって、国連のやつっていうか、国際的に決まってるやつなんですけど、
ざっくり言うと、子供って守らなきゃいけない存在だけど、でも子供は子供の主体的な権利、子供の主体的な権利ってものをちゃんと尊重すべきだよねってことを書いてあって、
たしかに言われたらその通りだなって思うけど、こういう考え方って、それこそ東アジアに住んでる自分がこの話を初めて聞いたときに、ちょっとなじみないなって感覚があったと思う。
それは確かに、ある種欧米的な考え方というか、党に対する一種の違和感みたいなのっていうのは、
もしかしたら今日、坂木バラ君が言ってくれた、こういう自強的な考えとか、東アジア特有の土台みたいなものに近畿してるのかなと思いました。
まさにそれはすごく感じてるところですね。
スピーカー 1
何回かこのポッドキャストの中でも子供の権利条約の話はしてる回があるので、ぜひ見返ってもらえたらなというふうに思ってますし、
ちょっとその辺りも改めて読み込む回とかあってもいいのかなっていうふうには思ったところです。
スピーカー 2
今調べ直したら、遊ぶ権利ってあるらしい。
なんかね、ちょっとだから不思議だよね。日本人というか、東アジアの感覚からしたら不思議な感じしますよね。
スピーカー 1
まあだって学生の本部は勉強するところにあるっていうふうに言いますけど。
スピーカー 2
うん、そうだね。
スピーカー 1
遊ぶ権利ってのがあるんだ。
スピーカー 2
そう、それはなんかさっきも言ってくれた文化の違いなのかもしれませんね。
なるほどね、ありがとうございます。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
はい、じゃあちょっとここまでが受教的な話だったりとかもしましたけれど、
まあ東アジアという国の教育システムがかなり変だよっていうところから、
教育虐待がもしかしたら起こるんじゃないっていう背景があるということを喋ってまいりました。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
はい、で、じゃあぶっちゃけ保護者の人はどうして教育虐待をしてしまうのかという話をここからしようと思います。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
はい、親も別に悪意があるわけじゃないんですよ。
スピーカー 2
うーん、そうだね。
スピーカー 1
子供を思う気持ちが強くなってしまって、追い詰められてしまうがゆえにこういう虐待が起こってるものだっていうふうに思ってもらえたらなというふうに思います。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
実際にこの自分が今やってることがその虐待に当たるんじゃないかどうかっていうのを不安に思ってる親って実はかなりいるっていうことが調査でわかってるのでちょっとそれを紹介しますね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
はい、えっと2025年の12月に実施された小中学生の保護者500人を対象とした学習塾検索サイトの調査があり、自分の子供に対する勉強だったり教育の関わり方が教育虐待に当たるんじゃないかっていうような不安を抱えている人が
うーん、パーセントいるんですけれど、どれくらいいると思います?
スピーカー 2
1 4分の1、25パーとかかな。
スピーカー 1
1 3分の1ですね、33パー。
あー結構多い。
スピーカー 1
結構いるっすよね、これ考えると。
スピーカー 2
ね。
スピーカー 1
3分の1の親は実は自分がやってることが教育虐待なんじゃないって。
実際そういう事件までにはいたっていないんだけれども、自分がやってることが教育虐待なのかもっていう風に感じる親が3分の1いるってことを考えると、怖くないっすか、かなり。
スピーカー 2
うーん、そうだよね、だから子供も当然その分かんない部分あると思うし、親も親でちょっと分かんないながらに悪戦苦闘してる感じがこのデータから伝わってきますよね。
スピーカー 1
うんうんうん、本当に。
その中で教育虐待という風にご紹介させていただいた具体例があるんですけれど、教育虐待を実際してしまった親がどういう風にして教育虐待に至ってしまったかっていう真相心理っていうところをちょっとここから紹介したいなという風に思っています。
はい。
スピーカー 1
ぜひこのポッドキャスト聞いてる親御さんがいらっしゃったら、ここから4個紹介するんですけれど、この真相心理に自分が当てはまってないかどうかっていうのをちょっとこの機会を経てチェックしてもらえたらなという風に思います。
はい、では教育虐待をしてしまっている親の真相心理4個あって1つずつ紹介します。
はい。
スピーカー 1
1つ目は子供の私物化という見方ですね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
2つ目は親自身のコンプレックス。
はい。
で、3つ目は先行きの見えない不確実な社会に対する恐怖。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、最後4つ目は教育が良いことという信じ込み、これら4つですね。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
では1つずつちょっと具体的なところも喋っていこうかなと思います。
1つ目、子供の私物化っていう風に言うんですけれど。
はい。
言ってしまえば親自身が自分が全知全能であり、子供の人生を100%コントロールできるっていう風に思い込んでしまってるってことですね。
いわゆる親が子供を自分と異なる存在だという風に引き分けることができていなくて、本当に自分の所有物だと思ってしまうっていう考え方です。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
つまり、親は子供の人生をコントロールすることができるし、子供の成功は親の成功でもあるっていうような考え方っていうイメージできますかね。
つまり、とあるめちゃくちゃ優秀な塾に子供を通わせましたという風にしましょう。
親が子供にね。
うん。
子供が優秀な塾に通えばまあ受かるよねっていうような考え方もそうですし、あとはそれで子供が例えばその塾に通わせることによって受験に成功することは、すなわち私がその子供を育てたっていうことでの成功でもあるっていう考え方だという風に思ってもらえたらなと思ってます。
スピーカー 2
その子供がいい大学に行かったっていうのがその親の勲章でもある的な。
スピーカー 1
そうそうそう。っていうのもそうですし、あとはさっきのことの繰り返しになっちゃうんですけれど、いい塾に親として通わせることができたらまあ子供も成績優秀になるだろうっていうのをコントロールできちゃってるよねみたいな考え方にも近いかなと思いますね。
まあこういうふうにして、まあ親と子供の人生が違って、違うという認識ができていないがゆえに、子供が失敗したことは自分の顔に泥を塗られたことでもあるんですよ。
スピーカー 2
あーなるほど。
スピーカー 1
って考えると、なんで俺の顔に泥塗ってんだ、おめえが悪いだろっていう風になっちゃうんですよ。
確かに。せっかくいい塾に通わせるって環境も整えてやったのに、そこまでしやったのに。
スピーカー 1
で、なんでお前の成績が悪いんだってなってしまうっていうことですよね。
はい、まあこれはすごくリアルかなと思うのですが、1つ目子供の私物化っていうところが教育略帯に繋がるという話でした。
2つ目、親自身のコンプレックスの話ですね。これは過去の回で話していた相対的リスク回避仮説という、
親が子供に中学受験をさせたがるのはなぜっていうみたいな話をした回があり、それにも繋がる話です。
つまり、相対的リスク回避仮説で言ってたことは、いわゆる優秀な大学とか中学を出ていて、
そこから子供の学歴っていうのが落ち込むことが良くないんじゃないっていうので、回避したいよねっていう考え方っていうのがあります。
これは親がそもそも持っている状態ですね、学歴とか収入とかを。
逆に、お金を持っていないがゆえに苦労してしまったこと、学歴だったり教育はいなかったがゆえに苦労してしまった親も、
そういった教育を押しつけていくっていうような見方もできるっていう、この2つがあるんじゃないかなというふうに考えています。
どちらもコンプレックスは強そうだなっていうのは聞いてて、思ったんじゃないかなと思うんですけれどもね。
スピーカー 2
確かに、親の学歴に関係なく、親の地位に関係なく、子供が良い大学に行ったりだとか、経済的に成功したりするっていうのは、
階層が固定化されてないというか、流動的になってるっていうふうな意味で見れば良いことのように見えますけど、
そのために子供が苦しんでるとなると、ちょっとまた別問題だなっていうふうに思いますね。
スピーカー 1
まさにそれも課題視されてるところなのかなというふうに思います。
ここまでが親父のコンプレックスの話です。
3つ目、先行きが見えない不確実な社会の恐怖っていうふうに言ったんですけれど、
いわゆる教育を受けたからと、教育を受けて、かつそのまま大学に行き、良い企業に行けば安泰だっていう考え方が、
今、だいぶ変わってきたっていうようなことは、実際体感としてあるんじゃないかなというふうに思います。
で、その中で親がこういう不確実な将来に対して、もしこの私の子供がこういう世の中のレールから脱落してしまったら、
取り返しがつかないことになってしまうという不安が、より強くなってるんじゃないかっていう話もありますね。
スピーカー 2
昔に比べて、今、現代がどんどん先行きのわからん世の中になってきてるとはよく言われますからね。
スピーカー 1
その中で、じゃあ何が大事だろうってなったら、教育を受けさせることなんじゃないかなみたいなところには、結局落ち着いてくるっていう現状があったりはします。
で、さらにそれに拍車をかけていくのが、まさにネットとかSNSなんじゃないかなっていう話もして、
いわゆる早期教育とか、あとは周りの中学受験の成功例とか、そういった情報がかなりオープンになってきた現状があり、
親としてもプレッシャーにさらされることが昔より増えたんじゃないかなっていう話ですね。
なるほど。
スピーカー 1
最近でも特に早期なんちゃらっていうのがかなり強くなったなっていうのは主観としてあり、
中学受験の話をするんですけれど、私のセオリーとしてじゃないけれども、中学受験の回で、
だいたい中学受験の塾通い始めるのは小5ぐらいがある、だいたいそんな感じじゃないっていうふうに喋ったんですけれど、
とはいえ、もう小1から通わせるっていうのも昔よりは増えたなっていうのはありますね。
スピーカー 1
小学1年生ってことは7歳、8歳?
7歳、8歳。
スピーカー 2
そのタイミングから塾に通い出す。すごいですね。
僕はもう全然、高校受験のタイミングで塾に通い出した人間なので、すごいですね。
もうそのくらいの歳から勉強するっていうのは、ちょっと僕は想像できないですね、ほんとに。
スピーカー 1
もう小1からやるんで、周りがお道具箱でのりがあるよとかハサミがあるよって言ってるときに、
これが何か系かなみたいな話とかをしてるわけですよ。
スピーカー 1
もうそういうふうにどんどんそう、気化が進んでるっていうのは正直ありまして、
なんか最近とかあれじゃないですか、胎児教育とか、いわゆるお受験界隈みたいなので、
幼稚園に通わせるための塾があるって話とかもあるんですよ。
スピーカー 2
へー、そうなんだ。
スピーカー 1
都心とかだと、私立のいわゆるほんとに優秀な子たちが通うための幼稚園とかがあり、かつそこに行かせるための塾があるんですよ。
スピーカー 2
もう、再現がないですね。
スピーカー 1
幼稚園受験です。
幼稚園受験って、もう幼稚園受験って何歳?
スピーカー 1
1歳半からやりますね。
スピーカー 2
この世に生まれて1歳半で受験スタート?
スピーカー 1
1歳半からやりますね、そうですね。
ちょっと想像できないですね、より一層。
あるんですよ。
スピーカー 2
それが日本で起こってるんですよね、海外とかじゃなくて。
スピーカー 1
日本で起こってますね。
スピーカー 2
すごい世界やな。
スピーカー 1
だから、きれいに歩かせるための授業をやったりするらしいですよ、2歳の子に。
びっくりしますよね。
スピーカー 2
え?俺、え〜?
俺、3歳まではいはいって言ってましたよ。
スピーカー 1
っていうことですよね。
まあまあそういう再現がないような現状があった気するっていう話は本当にあるんで。
まあまあこういう先行きの見えない社会に対する不安がまさにこういった受験競争を加速させて、
教育熱心にさせているがゆえに教育逆転になってしまうかもしれないっていう話ですね。
はい、では最後、まあ教育が良いことっていう思い込みっていうところなんですけれど、
まあまあこれはまさに、しつけと虐待の境目っていうのがわからないよねっていう話ですね。
虐待といえば、まあ先ほど言っていた言葉とか大罰とかによる暴力だったりネグレットっていうのはまあ虐待だっていうふうに悪いことっていうのがすぐわかるじゃないですか。
逆にでも勉強とか習い事をさせることっていうのって、まあ社会的には良いことっていう認識があるんじゃないかなと思います。
で、親としてはこういう自分は子供に対して教育的なことをさせている、すなわち良いことをしているっていう考え方、
この考え方、正義感が強くなってしまうがゆえに過干渉だったり、教育に対する暴言が、私にとってはそれは良いことをしているから愛の無知なんだと、
子供を伸ばすためにやってるしつけなんだっていう思い込みが残っているがゆえに知らず知らずのうちに虐待になってしまっているっていう考え方ですね。
これも境目すごく難しいんですよね。誰が見ても勉強させることって確かに良いことなんだけど、まあ勉強する時間が長いことっていう言い方だけ聞いとったら良いことなんですけど、
それが子供の意に反しているっていう認識を親が持てないがゆえに、まあ世の中にとって良いことをしている私は良いことだっていう一種の正義中毒みたいなのになってしまっているっていうのが、
なんとも皮肉と言いますか、これが本当に虐待につながっていくんだなっていうのは感じているところですね。
悪気がないっていうのはある種一番厄介かもしれませんね。 いやーでも当事者なかなかないと思うんですよね、これは。
確かに。 っていうようなところで、4つ教育虐待につながる真相審議として紹介しました。
スピーカー 1
子供の私物化、親自身のコンプレックス、先行きの見えない社会に対する不安、教育が良いことっていう申しん、この4つですね。
是非親御さんの方はこの考え方が落ちていないかというのをチェックしてもらえたらなというふうに思ってます。
では、ここまでがざっくりとした教育虐待っていうのがなんで起こってしまっているのかっていうところ、
具体例も含め、あとは東アジアという国の特性の話もして、かつも過去の個々の親としてはこういうことを思っているよって話を最後まとめて喋ったところではございますが、
スピーカー 1
ここからは感想戦のパートに行こうかなと思ってるんですけど、率直に田中はここまでの話を聞いてどう思いました?
結構、興味深いって言ったら悪いかもしんないけど、話を思い出したのがあって、
スピーカー 2
僕の研究科のゼミっていうか、研究室の同期の中国からの留学生の人がいて、
その人が、いわばこういう中国の加熱した受験戦争の研究というか、そういうふうなところをやってるんですよ。
で、それで興味深い話を、興味深いって言っちゃいますけど、聞いたことがあって、中国って加熱しすぎて受験のために移住するんですって。
スピーカー 1
でも聞いたことあります。地域選抜みたいなのがあって、それで有利な地域に行くために移住するみたいな話だよね。
スピーカー 2
厳しく取り締まられてるらしいんだけど、地域ごとに合格率とかが違うから、
より受かりやすい地域に受験のために移住したりだとかっていうふうなこともあってるらしいです。
すごいですよね。本当に一家の一心をかけてっていう感じなんでしょうね。
本当にそれはそうかもしれない。
スピーカー 2
それをお話を今日聞いててすごい思い出したし、
あともう1個、今回の教育虐待っていう言葉に近い概念だなって思って思い出したのがあって、学歴病っていうものがあって、
スピーカー 1
学歴病?
スピーカー 2
学歴病っていうふうに、これは童話っていう研究者の人が論じてるものなんですけども、
学校で何を身につけたかという実質性じゃなくて、看板、どの学校を卒業したかという資格の証明ばかりに目が向けられ、
地位獲得のための競争が引き起こされる状態っていうふうに言ってるんですね。
これは近代化の努力を開始する時点が遅ければ遅いほど急いで先進国に追いつかないといけないよね。
スピーカー 1
そうだね。
スピーカー 2
だから様々な制度や知識を先進国から輸入して、上から近代化を進めようとすることになります。
昔、日本はドイツの憲法を真似したりとかしてましたけど。
スピーカー 1
明治維新の話ですね。
スピーカー 2
で、近代化を推進するための人材を急増した近代的学校の教育制度の卒業した人によって補充することになります。
その結果、学校は立診出生のためのルートの象徴となって、後発国ほど学歴表に取り憑かれてしまうっていうふうに道は論じてるんですよ。
スピーカー 1
こわ、めっちゃ日本じゃん。
スピーカー 2
当然、さっき坂木バラ君が言ってたのは、東アジア、受教思想のところも強いんじゃないかって話もありましたけど、
やっぱり日本も含め、中国・韓国っていうのはヨーロッパとかアメリカに比べたら後から発展してきた国なので、
そことも受教的な思想と発展のタイミングみたいなところが、
今、噛み合ってる結果、こんな感じに現代の可烈な受験戦争が起こっちゃってるのかなっていうのはすごく今思いましたね。
わー、なるほどね。
スピーカー 2
で、やっぱこう日本ではどうなんやろうっていうのを思ったときに、
学歴、単純に大学卒じゃなくて、どこの大学を出ましたとか、そういう、いわゆる銘柄ですよね。
銘柄大学を出ましたとかっていうふうなところが重視されつつあって、
そういうふうにどんどんどんどん、より大学、大学の中でもどこどこ大学っていうふうにどんどんどんどん、
測られる基準っていうのが細分化していくというか、より細かくなっていくし、
ってなってくると、そういうふうに今度は、どれだけ学力があるかだけじゃなくて、
目出し並みがちゃんとしているかとか、教養があるかとかっていうふうに、
世の中が進んでっちゃう。そういうの、前回も話しまして、ハイパーメリット暮らしっていうふうに言うんですけど、
そういうふうになってっちゃうと、もう親が子供に対して教育のための投資をするのって、再現がなくなっちゃうじゃないですか。
スピーカー 1
本当にそれはそう。
スピーカー 2
じゃあ、お受験だけじゃなくて、習い事をさせよう。
勝手なイメージですけど、ピアノとかバレーを習わせようとか、そういうふうになってったら、
もう親も、お金かけられる人はいいけど、かけられない親はもうどうしようもないし、
子供も子供で、やりたかったらいいけどやりたくないこともやらされたりとかしたら、
どんどんどんどん、いっちゃうんなんですけど、不幸せな人が増えちゃいそうだなって勝手に思ったり、
さっき言った中国の話に戻っちゃいますけど、中国で打ち巻きって現象があるんですよ。
スピーカー 1
打ち巻き。
スピーカー 2
これはどういうものかっていうと、努力をするじゃないですか、課題を提出するとか、
とにかく努力をしなきゃいけないことが起きたときに、必要以上に努力しちゃって、
結果として普通に努力するよりも、同じぐらいか、それとも少ない成果しか得られない。
スピーカー 2
努力したけど損しちゃうみたいなこと言うんですよ。
これは具体例で言うと、例えばですけど、大学とか宿題なんでもいいです。
学校の宿題で3000字でレポート書いてきてくださいとか、何ページでレポート書いてきてくださいって言われるとしたら、
それで言われた通りに例えば3000字でストップしちゃダメなんですよ。
スピーカー 1
聞いたことあるよ、それ。
スピーカー 2
もう当たり前のように倍の6000字とか1万字とか書いてくる、周りも書いてくるから、
じゃあ自分も書かなきゃ相対的に点数が低くなっちゃうってなってるんですよ。
スピーカー 1
聞いたことある、それ。
スピーカー 2
そうそうそう。
今それがすごい中国の学生というか、そういうふうになってるらしくて、そういう現象が起きたりしてて、
なんか日本も日本で、教育というよりは就職活動の話ですけど、
今どんどん就職活動の時期が早くなってったりとかしてるし、
あとはさっきのハイパーメリットクラシーの話に行くと、
勉強以外にも大学、高校、中学時代に大会に出ましたとか、
生徒会長やりましたとか、何々を習っていましたとかって、
なんかどんどん学力以外のところもどんどん学知家としてね、
学生時代頑張ったこととして聴かれるように重視されるようになってるから、
なんかもうなんていうか、さっき坂木バラくんが言った準備期間としての子供時代っていうふうな考え方で捉えてみると、
なんかもうとにかく大変。
スピーカー 1
とにかく大変?
スピーカー 2
とにかく大変。なんか突き詰めようと思ったらもう青天井でどこまでも突き詰められちゃうし、再現がないし、
で、それできる人はいいけど、できない人はもう本当にとことんできないじゃないですか。
本人の能力もあるし、親の親っていうか家計、経済状況もあるし、
そういった意味でどんどん、変な話ですけど、
格差が広がるタイミングがどんどんどんどん早くなってっちゃってるのかなっていうふうに、
勝手な感想ですけど思っちゃいましたね。
スピーカー 1
いやー、いくつかお詫びなきゃいけないところがあって。
まず、このポッドキャストの売り出し文句として、この学歴病にかかってるところもあるのはちょっと本当謝んなきゃいけない。
大学院生としてちゃんと研究とか学習とかをしているっていうような、
信頼とか裏付けとかそういったところの要素として記載はさせていただいてはいるのですが、
もしかすると、こういうふうに回答いったら、
ウケよいから回答やろうって、
へー、気に食わんわーと思われてる方いらっしゃったら本当に申し訳ございませんという。
スピーカー 2
はい、申し訳ございません。
スピーカー 1
申し訳ございませんというところでございます。
はい、でも聞いてて思いましたね。
学歴病っていう概念が本当にあるんですね。
学歴の分断を煽るようなコンテンツを出している話とかは、
スピーカー 1
もしかすると受験生とか今の20代の子たちは聞いたこと、見たことあるんじゃないかなと思うんですけれど、
そこの世界観で作られていたふわっとした共通理解じゃなくて、
本当にそういう社会学的な概念があるっていうのはちょっとびっくりしましたね、私。
スピーカー 2
うーん、そうなんですよ。
そういうふうなある種、学歴を煽るコンテンツを、
エンタメとしては実際面白い側面もあると思うし、
でも一方でそれをあまりにも間に受けすぎちゃうと、どうかなって思っちゃいますよね。
スピーカー 1
本当にそれはそう。
本当にそれはそうなので、
学歴は別にあなたの価値を100%規定しているわけではないのでということは、
はい、改めてこのポッドキャスト内でお伝えはしようかなと思ってはいます。
はい、ありがとうございます。
スピーカー 1
じゃあ、そうですね、私の感想線もしようかなと思っていて、
はい、ここまでどういうふうになってしまえば教育虐待になってしまうのかっていう話をしていたので、
じゃあどうしたらいいんですかって話をここからしようかなと思っていて、
いくつか方法があるかなと思うのでちょっと紹介しようかなと思います。
つまり教育虐待をしないために親はどうしたらいいのかっていうことをちょっとTipsを含めて紹介しようかなと思います。
これは将来もしかすると私が親になるときの次回になるかもしれないので、
改めて説明しようと思います。
5つあります。
はい、じゃあ1つ紹介しますね。
スピーカー 1
1つ目は先ほど言っていた親と子供の私物化だったり同一視することをやめようということでして、
子供は子供、親は親という考え方をしましょうという話です。
スピーカー 1
2つ目は子供ができることの期待値っていうものを、
その子供の成長の度合いだったり、あとはその子の個性とかにしっかり合わせていきましょうということです。
3つ目は進路を決めるときにしっかり子供の意思っていうものを聞きましょうという話です。
スピーカー 1
4つ目はちゃんと遊びだったり旅行の時間を取るようにしましょうってところで、
最後の5つ目は親自身がそういった教育弱体にならないための孤立をしないためのケアをしましょうっていう、
ここまでの考え方なのかなというふうに思います。
はい、では1つずつまた考えていくんですけれど、
子供は子供、親は親っていう分け方をしましょうっていうところでして、
よくある話だと、親が達成できなかった夢とかコンプレックスを、
子供の人生に夢をつなぐみたいな綺麗な言い方をしている場合もあれど、
子供の人生をそれで否定してしまうことはやっぱり良くないんじゃないかという話でございまして、
スピーカー 1
親自身が自分たちで解決しましょうねという考え方ですね。
子供がその親の話を聞いて、自分もなりたいって言って、
子供がそれ自的に頑張るのであればまたちょっと別かなと思いますが、
それを押しつけるっていうことが良くないよねって話ですね。
ちょうど事件の話でもあったと思うんですけれど、
医者になってほしいがゆえに、子供に医者になるための勉強をさせるっていうのはまたちょっと違うよねって話ですね。
そういったところをしっかり見極めていきましょうってところでございます。
スピーカー 2
なんかこう、あれですよね。
自分が子供の頃に親から教育を施してもらったからこそ、
自分が親になったときに自分の子供に対してちゃんとした教育を施してあげたいっていうのはすごく良いことだなって思います。
そういう受け継ぎ方、継承の仕方、再生産とも言えるかもしれません。
っていうのはすごく僕も良いなと思うんですけど、
そういうある種の親の願望というか、
生きすぎたものっていうものを親が子供に押し付けるっていうのは、押し付けすぎるのもやっぱ考えものってことですよね。
そういうことですね。まさにそういったとこかなと思います。
はい。
スピーカー 1
2つ目が、期待中を子供の成長や個性に合わせようって話でして、
いわゆる、例えば、勉強の集中力が続かないっていうのが子供にあったとしますね。
秋っぽかったりするっていうのがあったりします。
ただ、これを勉強してほしいっていう勉強、虐待にいきそうな親御さんっていうのは、
こういう秋っぽい子供の特性を無視して、めちゃめちゃなんでやってないんだっていうふうに叱ってしまうみたいなことに繋がっていくんじゃないかなと思います。
スピーカー 1
そこは秋っぽいところが、この子の個性なんだなっていうふうに学ぶことで、
それに合わせたような勉強のやり方を一緒に考えていくってとこもそうですし、
あとは、実際やってみたんだけどうまくいかなかったっていうパターンをあったとすると、
それができなかったっていうことを責めるのではなくて、
その中で本人が頑張ったことだったり、本人がその中でどういうふうにやってきたのかっていうのを見た上で、
じゃあ次どうしようかっていうふうに考えていくっていう話ですね。
これは理想論っぽい話だなーっていうふうに聞こえてしまえば申し訳ないのですが、
ちょっとそれも含めて私喋ろうと思うんですけれど、
なんでこういう教育逆対が起こってしまうのかっていうのは、
さっき言っていた親の期待値が合わなかったっていうところが原因なのかなというふうに思っていて、
かつ、この教育逆対が起こるパターンって、大方これなんじゃないかなっていう私の仮説があります。
子供がもともと勉強できていたんだけれども、突然あるタイミングから成績が上がらなくなったときですね。
スピーカー 2
あー、なるほど。
このタイミングに突然親が評変をします。
スピーカー 1
あー。
なぜかというと、子供はあ、できるんだっていう親の期待値が最初高い状態からスタートしている。
なのに、そこからできなくなっていったってタイミングで、
その期待値そのものをずっと出しつけてくれるだろうという期待している親が、
スピーカー 1
その期待を裏切られたことに対してぶち切れるんですよ。
スピーカー 2
うーん、確かにその、あって当たり前のものがなくなった瞬間にってことですよね。
スピーカー 1
そういうことです。
で、ここで、その子が頑張っているのにもかかわらずなんでもっと頑張んないんだみたいなことを言ってしまえば逆対になってしまうってことなんですよね。
で、またちゃんとその子の期待値に合わせましょうっていうのが実際あるって話をしたので、
じゃあこういう時にどうしたらいいんだよって話をすると、
親子さん、ぜひこの言葉を心に留めておいてほしいなと思いますし、私もこれから心に留めておこうかなと思うんですけれど、
こういうできている前提がある状態からできなくなった時に、
しっかり親としてリカバリーができるかどうかっていうのが教育逆対を防ぐための大事なヒントだなと思ってます。
つまり、リカバリーをどれだけ親がちゃんとサポートできるかってとこですね。
子供が例えば、成績落ち込んだってタイミングで、なんで成績落ちたんだっていうふうになってしまうと、
スピーカー 1
でもどうして成績落ちてしまったんだろうっていうのを、その子供の努力とか過程とかを考えて考えるのはいいんですよ。
なんで落ちたんだ、お前の努力が足りないからだ、お前の責任だになってしまうとダメってことです。
はい、わかりますかね。
こういった期待値をちゃんと子供の現状に踏まえて考えようねっていうのが、この2つ目の防ぐヒントなのかなというふうに思います。
スピーカー 1
3つ目、進路経験において子供の言葉に耳を傾げましょうっていうところで、
その子のやりたいと思っていることにしっかり目を向けて、それをサポートするのが親だよねっていう話ですね。
例えば、塾選びだったり志望校選びっていうところで、親がこれやったらいいと思うよって言うので、
子供がいいんじゃないみたいな感じでレールに乗せてしまうと、
子供としても自分の人生を自分で選んだっていう実感が持てないまま大人になってしまうこともありますし、
子供が自分はこうしたいのにっていうふうなところを無視してしまうっていうのが繋がっていくことなんじゃないかなと思うので、
しっかり子供のこういうことをやりたいって言葉に耳を傾げましょうねっていうところがあるかなというふうに思ってます。
これも声がいい言葉だなーって私は思ってる部分があって、
その子供がやって本当にその先良いことなのか悪いことなのかっていうのをせっかり親が見極めた上でアドバイスしましょうっていうのが私からのティップスというか付け加えになりますね。
というのもなんとなく周りの友達がみんなやってるからって言って子供がやりたいって言ってるのって、
案外それが良いことなのかどうかってこと考えたら難しいタイミングとかもあるんですよ。
今子供のなりたい、13歳のなりたい食料ランキングって言った時に、
でも今最近エンジニアが1位なんだっけな、YouTuberが上位に来たタイミングとかあるじゃないですか。
あれを例えば子供がYouTuberになりたいっていう風に言ってたのを一概に親としてサポートすべきか否かっていうのはちゃんと親の神秘感を持った方がいいよねって話ですね。
そういう神秘感を持った上でサポートすればするし、
ちょっとそれで難しいことになるかもなっていうのはちゃんと説明をしてあげるっていう、ここの親としてゲートキーパーじゃないんですけれど、
気にしてあげるっていうのは大事なのかなという風に思いますねってとこです。
やっぱりこうね、まだまだわかんないことを世の中いっぱいある中で、しっかりと間違った方向に行こうとしたところを守ってあげる、
スピーカー 2
守ってあげるというかそのキーパーというか、防いであげるっていうのが大人の役割ですからね。
スピーカー 1
うん、それをね徹底してもらえたらなという風に思ってますし、
私はそれで塾選びをミスって、今でも親とこの時の塾選びの選択は人生の失敗だよねって振り返ったりすることがあります。
スピーカー 2
そうなの、賛成会やるんだ。
スピーカー 1
賛成会やりますね。もう親の本位から若干外れた実は塾選びでして、
そこの擦り合わせをしっかりやらずに子供としての私が選んだ塾でいいんじゃないってノリでやってしまった結果、
良くなかったっていうのがあったりするので、これはちゃんとお互いちゃんと擦り寄せていかないとなっていうふうに振り返って思ったところですね、はい。
スピーカー 2
なんかこう、そう考えてみると、子供があっち行こうとする、こっち行こうとするっていうのを、
行こうとした瞬間にダメっていう風に止めちゃうと、それはなんかある種虐待に近いものになってしまうのかもしれないけど、
ある程度子供が歩き出して、あ、ちょ、そっち崖だから危ないよっていう風になったタイミングで、やっぱ守ってあげるっていうのをやらなきゃいけないことだから、
スピーカー 1
やっぱそのどれぐらい子供を泳がせるかって言ったら変な感じになっちゃうけど、
まあまあわかるよ。
っていうところの塩梅がやっぱ大事なのかなって思いますね。
スピーカー 1
まあそうですね、それをどこまで任せるかっていうのを子供の成長のフェーズに合わせて決めていくっていうのが大事かもしれないですし、
まあなんか緩やかに子供が選ぶ権利を渡していくってことが大事なのかなっていうふうには思いますね。
スピーカー 1
はい、で、ここまでが3つ目の話でございまして、で、4つ目の話は遊びだったり旅行の時間っていうのをちゃんと作りましょうって話でして、
これはもうさっき田中くんが説明してくれたんですけれど、子供の権利条約で遊ぶことの権利があるので、ちゃんとそれを守りましょうって話でございます。
どうしても勉強をすることだったり教育をさせることがいいことっていう考え方に基づいてしまうと、
遊びだったり休む時間っていうのを時間の無駄だっていうふうに削れる時間だよねっていうふうに考えてしまうっていうのがあるかなというふうに思います。
でもこういう遊びだったり、いわゆるちょっとゆとりを持った時間っていうものが、
子供の脳の発達だったりストレス発散だったり、あとは自分でどう調整をしていく力、自分でなんかいろいろ考えてやっていく力っていうのを育てる上で、
こういう遊びとかの時間っていうのは大事っていうのは本当研究でも何遍も言われてたりしてきてる部分があるので、
ちゃんとその時間を大事だよねっていうのを認識していきましょうねっていう話ですね。
そういったところが4つ目でございまして、これは私の含めの反省でもあるんですけれど、
社会人でもこういうゆとりの時間とかあるとさ、やっぱ嫌だよねみたいな考え方とかってあったりするのが、私は嫌だなと思ったりするんですけど、
なんか若い頃は劇武であることが誇りだみたいな考え方をするっていうのがあったりするじゃないですか。
20代はもう体力資本なんだから、もう血まなこになって24時間戦えますかっていうので働け働け働けっていう言説があるんですけど、
あれもどうなんだろうなっていう。本人が望んでるならまあ頑張ってくれとは思うんだけれども、
それによって無理に頑張れない人たちがその言説に乗っかってしまって不利益をこむったりとか、
それこそそれが合わない人たちにその24時間働けっていうのを押し付けるのが虐待なんじゃないかっていう時もあったりはするんですけどね。
スピーカー 2
だし、危機として本人たちは仕事してるつもりでも絶対体にガタは来てるはずだから、そういうふうに、
いや、俺全然まだ行けますよって言っている人に対しても、いや、お前はこの辺で休んどけって、
やっぱこうしっかりと脇参るというか、止めるっていうのも、それは大人になってからも大事だなと思いますよね。
スピーカー 1
特にでも中学受験とか、親のそういう教育が熱心だった子どもとか、私も含めなんですが、
本当、田中君と中学受験の回でも、え、そんな勉強してんだみたいなことを言ってたと思うんですけど、
そこからなんかもうハードワークが体に染み付いちゃってるから、それによっても大学受験でもハードワークをして、
社会人になってもハードワークを要求されるような意識高い職場に行きみたいなのが連鎖されていくんだろうなっていうのは、
スピーカー 1
うつうつ感じてる感じしますが。
スピーカー 2
やっぱそれがかっこよく見えるのは否定できないんだよね、やっぱ。
スピーカー 1
ね、そうだよね。
スピーカー 2
かっこいいなって思っちゃうけど、でも結局人生って時給層だから、やっぱそういうのって元気の前借りじゃん。
スピーカー 1
そうだよ。
スピーカー 2
よほど体強くないとさ、だからやっぱそういったイメージで、最初の20代、30代越えて定年で、
今だったら65とかで辞めても人生100年時代って言われて、そっからあと40年、30年生きるわけじゃないですか。
スピーカー 2
ただ若いうちにやっぱ、なおさら体とか崩してられんなって思いますよね。
スピーカー 1
崩した当事者がここにいるんで何も言えませんが。
スピーカー 2
すみません、やっぱもう。
スピーカー 1
いやいや、とても大事です。
スピーカー 2
ある程度体をいたわっていくスキルも、それはそれとして身につけていかなきゃいけないんだなって、もう自分も肝に銘じりますね、ほんと。
スピーカー 1
まあだからゆとりを持つことが大事だよっていうのをね、子供の時からね、
まあ彼氏のゆとりっていうのを持った方がいいよねっていうことは、親御さんとしても気をつけていきたいなっていうふうには思ってます、とこです。
はい、ここまでが遊びというかの時間を大事にしましょうっていう4つ目の話でして、
最後は親自身のケアの話ですね。
大体教育虐待をしてしまう親の多くが、一人で子育ての責任を抱え込んで余裕をなくしてしまっているという現状がありますという話です。
ちょっと中学時代の文脈とか受験の文脈だと、母親がこういう受験に対してすごく口を出すみたいな話があったりするんですけど、
スピーカー 2
まあよく教育ママって言葉があったりしますもんね。
スピーカー 1
そうですね、お受験ママとかも言われたりはしますし。
それで家庭の話で子供の受験教育の話が、ちょうどお受験している時は一番の関心対象であり、かつそれが中心に自分の生活が回ってるっていう状態になるんですよね。
スピーカー 2
うーん、なるほど。
スピーカー 1
つまり、それが自分の生き甲斐ではないんだけれども、子育ての責任っていうところ、責任を感じる部分がすごく受験だったり、こういう教育に大きくなるんですよね。
っていうのがいきすぎて、教育虐待に繋がってしまっているっていう現状があるよねって話もあったりしますし。
つまり、私が特に言いたいことは、親が受験にそこまで意識を向けないようにするために、自分の趣味を作ろうねという感じですね。
スピーカー 2
うーん、そうね。
スピーカー 1
受験期だったり、教育として意識を向けなきゃいけないタイミングでも、それが全てになるような状態ではなく、
それはそれとして自分のとっての趣味だったり、気抜きの時間っていうのをちゃんと持って、
自分自身が本当に楽しんでいることが子供にとってもいいかもっていうふうに、背中を見せることが大事かもっていうことですね。
スピーカー 2
やっぱ当然、親として自分の子供の成績とか学校のことに無関心すぎるのはどうなのっていうふうな危機感もあるじゃないですか。
スピーカー 1
うーん。
それはなんか親の務めっていうか、やんなきゃいけないっていう意識も強いと思うし、
スピーカー 2
でもかといって、たとえばお父さんとかお母さんが自分の時間を犠牲にしてまでとか、
もしくはそういうふうな、自分がこんなにも本当はやりたかったことを犠牲にして、子供のために時間やお金を費やしてるのに、
なんでこいつの成績が悪いんだってなっちゃったら、やっぱ逆効果だと思うから、
スピーカー 1
そうね。
スピーカー 2
親は親として心の安定を保ってることが、結果的に子供の勉強とかに対してもいいことにつながるのかなと思いましたね。
スピーカー 1
本当にそれはそう。親は親で自分の機嫌をとりましょうって話です。
子供の成績は必ず上がるわけじゃないので、自分で努力して上がるものに意識を向けましょうねって話です。
スピーカー 2
当然やっぱり余裕があれば、子供がやりたいことを、子供が勉強したいというのが勉強塾であったりだとか、環境整備ってやっぱり親が上げないといけないところではありますからね。
でもかといって一方で、そこを勉強したい、勉強しなきゃって思ってる子供を勉強の門の目の前まで連れていくのは確かに親がやるべきことだと思うけど、
スピーカー 1
その門を叩いて勉強の道に進み出したら、後はもうやっぱこう、後方腕組みで見守るしかない。
スピーカー 2
見守ってあげるほうが、まあほうがというか、まあそれが大事なのかなと思いますね。
スピーカー 1
うん、本当にそれは気をつけていきたいなというふうには思っています。
スピーカー 2
だから本当、かわいい子には旅をさせろとはよく言ったもんだなと思いました。
スピーカー 1
うんうんうん、本当にそれはソウトスか言ってないかもしれないですけど、そうなんですよ。
それを、でも実際子育てするタイミングとか現実問題、こういったことを意識できないタイミングとか、
スピーカー 1
現実そんな無理だよというタイミングとかが、親御さん、実際子育てしてる親御さんとかだったらあるんじゃないかなというふうに思っているので、
私たちはあくまで今理想論というか、子育てしてないけれども、
当時の13歳の当時、振り返ってみて、教育逆対しないほうがいいよなっていうことを踏まえて喋っているので、
現状もしこういうことがあるのであれば、声が聞きたいなというふうに思っています。
はい。
はい、改めて5つ紹介させていただきました。
教育逆対しないために親はどうしたらいいのかというところでして、
子供は子供、親は親という線引きをしっかり引きましょう。
子供のできる期待値っていうのを、子供の現状だったり、子供その子の特性っていうふうに合わせて考えていきましょう。
進路決定の場面では、ちゃんと子供の意見を聞きましょう。
だけど、ちゃんと引き止めなければいけないところは、親として引き止めていきましょうというところです。
で、あと遊びや余暇の時間っていうのをしっかりとっていきましょう。
あとは親御さん自身のケアをしましょうという5つの観点で喋ってまいりました。
はい、これもチェックリストじゃないんですけれど、振り返って気に留めてもらえたらなというふうに思います。
はい、ということでここまで長々と教育逆対応現状と、あとはこれをどういうふうにして防ぐかという観点で喋ってまいりました。
すごく長い回になってしまいましたが、振り返るきっかけとしていいのかなというふうに思ってますし、
あとは私たちも子供を育てるタイミングになった時にまた振り返って聞く題材として考えていけたらなというふうに思います。
はい、ということで今回13歳からのポッドキャスト、教育逆対応はなぜなくならないのかというテーマで喋ってまいりました。
今回もご視聴いただきありがとうございました。
スピーカー 1
ぜひ皆さん次回もよろしくお願いいたします。
それではまた。さようなら。
スピーカー 2
またね。