#182 大人はいじめとどう向き合えばいいの?後編 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾さん
2026-06-29 15:33

#182 大人はいじめとどう向き合えばいいの?後編 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾さん

spotify apple_podcasts

いじめについて考えるシリーズのラストは「いじめられやすさ」について。

丁寧に、言葉を選びながらお話いただきました。



《 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾(よつつじしんご)さん 》


大阪教育大学 総合教育系 高度教職開発部門 特任准教授 博士(心理学)。

22年間の小学校教諭・副校長としての経験をふまえて,教員養成や教育実践研究に取り組んでいる。主な研究テーマは,いじめ予防、不登校,学級経営,総合的な学習の時間などをなど。学校現場で培った実践力と教育心理学の知見を生かしながら、子どもたちが安心して学び成長できる環境づくりを追究している。





《 つぼけん 》

大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、映像の制作会社に入社。カメラマンディレクターとして、北極🐻‍❄️から南極🐧まで世界各地で撮影をしてきた。現在は「月曜日に会いたい人をふやす」をテーマに、映像🎥・写真📷・Podcast🎤などメディアを横断して活動中。日本大学芸術学部講師。Zinstantクリエイター。



《 大ちゃん:大野大輔 》

「今日が楽しく、明日が待たれる学校であふれる社会」をつくるため活動中。全国の学校園で改革伴走型支援に尽力。伴走理念は「変わる」を「叶える」伴走者。

企業の教育Adviserや組織開発コンサルタントも兼務。(株)先生の幸せ研究所。鎌倉市学習者中心の学び推進参与。板橋区立板橋第十小学校CS委員。大阪市立長原小学校CS委員。など多数。著書に『研修リデザイン』教育開発研究所出版。

https://youtu.be/ZjwgoipmhPA


「研修リデザイン」Amazon購入はこちら!

https://amzn.asia/d/fsyHWX6


出版社(教育開発研究所)の公式ページはこちら!

https://www.kyouiku-kaihatu.co.jp/bookstore/products/detail/602


感想はX(旧Twitter)「#ほぼ教」でつぶやいていただけたら嬉しいです!

【つぼけんX(Twitter) : @tsuboken_mol】


「ほぼ教おたよりフォーム」

https://forms.gle/FNjmUKtDRNyuD4wZ8

→ご意見ご感想、お悩みも募集してますー!


Podcast「ほぼ教育最前線 あなたにかわって、私が聞きます。」 アドレスまとめ

https://lit.link/hobokyo

ぜひお知り合いに番組をシェアしてください!

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、大阪教育大学の四辻伸吾氏をゲストに迎え、「いじめられやすさ」という非常にセンシティブなテーマについて掘り下げています。いじめられる側に原因があるという誤解を招きかねない議論を避けつつ、子供の成長を第一に考え、いじめを未然に防ぐためのアプローチや、子供たちが自分を守る力を育むことの重要性について考察しています。

いじめ被害者へのアプローチと「いじめられやすさ」の研究
今までですね、教師であったり、保護者であったり、また加害者という話もお話し聞かせてもらったんですけれども、じゃあ一方で被害者ですね、いじめの被害に遭う方が、じゃあどうやって防いでいくかとか、そんな視点でも四辻さんお話を伺ってもよろしいでしょうか。
はい、これがでも実は一番伝えたいことであるとともに、伝え方がむちゃくちゃ難しいので、誤解を招く危険性があるので、私、言い方も含めて研究しているところなんですね。何かというと、今私が一番研究しているのは、いじめられやすさの研究なんですね。
もっと専門用語で言うと、いじめ、被害、脆弱性というんですけど、非常にセンシティブで衝撃的な言葉なので、こういう言葉を言うこと自体がダメだろうという意見はあると思うんです。
ただ、なぜここに着目しているかというと、今文科省も社会的風潮も、いじめられる原因がいじめられる側にあるなんていうことは絶対にいけないことだ。これは多分皆さんわかっていることだし、いじめがあったとしていじめ被害者側に非があるなんてことは言っちゃいけない。
これはもう当然だと思うんですが、でも過去の先行研究では、いじめられやすさの個性、特性を持った子どもっていうのはいるんだという海外研究はたくさんあるんですね。
例えば、これはもうちょっと言葉足らずだったら非常に誤解を招きますが、研究としては、発達障害の子どもはいじめられやすくというような表現が出てくる論文たくさんあります。
それから、自尊感情の低い子どもはいじめられやすいんだとか、自分から余計な一言、つまりちょっとした関係性攻撃を自分からしちゃう子っていうのはいじめにあいやすいみたいなデータはあるんですよね。
ということは、いじめられやすい子ってやっぱりいるんだよっていうことなんですよね。でも、このいじめられやすさの議論がいじめられる側に原因があるなんていうことは言ってはいけないっていうところで、もしバッサリと議論が切れられているならば、そこは実はいじめられやすさを持って、そのことで苦しんでいる子どもたちに寄り添えてないと思うんですよ。
私はさっきも言いましたように、子ども時代は本当にいじめられてたんですけども、実際には大人からよつつじくんは悪くないよなんてことは言われたことは残念ながらなかったんですけど、もしその時によつつじくんはいかにいじめられてても、それはよつつじくんのせいじゃないよ、加害者が悪いよって言ってくださってたとしたら、私は反応したと思うんです。
どう反応したかというと、いやいやそうは先生言うけど、プラス35人いていじめられてるのはいつも僕なんだけど、これはどう説明してくれますかって。これに何も答えになってないんですよね。
ということはやっぱりいじめを誘発させる何かが私があって、そこに言及ができてなかった、自分も気づかなかった。それを考えると今いじめられている子はなぜ自分ばかりいじめられているんだろうというところに苦しんでいる人はいると思うんです。
そうしたら、いやいやあなたはそんなこと考えなくていいよっていうふうにばっさりと議論を終えてしまうと、その苦しみに寄り添えないと思うんですね。だから、この子はやはりいじめられやすそう思ってる。だからこそこの子のためにこの子の幸せに向けたどんなアプローチができるかということを考えていかないのではないかと。
これが大筋だと思うんです。ただいじめられやすさを先行研究で調べていくと、やっぱり外見的特徴がある子がいじめられやすいとか、何らかのマイノリティの子がいじめられやすいとかそういうカテゴライズもあるんですけど、これこそ触れてはいけない部分で、そんなことでいじめたら完全にいじめ加害が悪いですよね。
でも、ちょっとした成長の過程におけるコミュニケーションの不十分さがいじめを招いているならば、この子の成長のために、例えば嫌なこと言われたときに、「やめてよー。」っておちゃらけて返す子がいたら、「ちょちょちょ、それはやっぱり今起こるとこだよ。」とかね。もちろん、今いじめられている状況のときにそれを言及するのは絶対ダメだと思います。
だからこそ、プロアクティブ的に何もないときに、日常会話で誰かがそんなふうにからかわれているような状況があっても、へらへらと返したら、「ちょちょちょ、今のはやっぱり嫌なこと言われてるから、そこは無表情でもいいか。ごめん、やめてね。」っていう力を身につけようねとか、そういうアプローチこそが子供の成長につながると思うんですね。
だから、いじめ被害・脆弱性に着目することというのは、実は子供の成長ファーストに着目することなのかなと思っているんですね。
ただ、今私説明しましたけど、この辺の説明でもまだまだ誤解を招くところがあって、
それって、噛み砕いて言うと、いじめられる側にいじめられる原因があるって言ってるのと何ら変わらないよね、というご指摘を受けるかもしれないです。
そこは私はもう完全に否定したいんですけど、でもちょっとした物の言い方を間違えると、
でも、なんでいじめられている側がいじめを克服するために努力しなければならないの?っていう議論になってしまうので、そこは研究としては進めてますけども、
発信の仕方の円滑さというところは、もうちょっと工夫しないといけないのかなというふうに思っていますが、今のでもちょっと、もし誤解を招いていたら、本当に聞いている方々は申し訳ないなというふうに思います。
いじめられやすさへの対応と子供の成長
めちゃくちゃセンシティブな話題をこの番のテーブルの上に乗っけていただいて、すごくありがたいなと思っております。
実感としても、僕自身は思っているなと思って、確かに何か叩かれてヘラヘラしている子がいじめられやすいなっていうのは、軽減上はやっぱりありますよね。
自分の子供に対しても、もしもそう、何かこづかれたりしたらヘラヘラするんじゃなくて、本当にミニマルに痛かったからやめてって言おうよっていうふうに言っていたので、
そういう大人からの呼びかけっていうのもすごく大切なんだなって、やっぱり経験上もすごく思うところですね。
でも子供自身は、自分は何かちょっとヘラヘラしちゃうから、ヘラヘラやめとこうって自分で気づいて修正できるなんて、それはちょっと難しいんじゃないかなと思っちゃいますけど、機動修正ってできるものなんですかね。
これが本当に子供にどう伝えるかっていうのがやっぱり大事なところで、具体例とか、それこそいじめられた経験がある先生だからこそ話せるみたいな言い方をすると、
経験がある人しか語れないのかっていう変な話になるので難しいんですが、でもやっぱり教師が自分の言葉としてからかわれるって不快だよねって。
ほとんどの人は笑顔でやり返せるかもしれないけども、やっぱり本質的に嫌なこと言われたら不快で、それやめてほしいっていうのをみんな本質で持ってるから、それを言えるようになろうねとかね。
そういうようなメッセージを普段からやっぱり大人が子供に継続的に言えるかどうか、このあたりだと思うんですが、具体的に授業としてどんな展開で子供に教えていけばいいのかっていうのはまだまだ私も研究途上なので、
そのあたりは今後もより良いあり方は考えていきたいなというふうには思いますね。
メタ認知と自己分析によるいじめの軽減可能性
これはね、僕やっぱり避けて通れないのと、2個目の出してくださったキーワードの子供の成長ファーストっていうのを考えると結構ここって繋がってるなと思うんですよね。
僕、自分のことをメタ認知するとですね、小学校の時に僕がいじめられていたっていうのは、今メタ認知すればですよ、あの行動してたら結構されるよなって自分では思うわけですよ。
だって自分のアイデンティティーが見失われてるというか、何も得意じゃないし、そうすると悪いことをして、悪いことをして輝くっていう自分の中のご学習っていうんですかね。
そうするとみんなは僕のことを注意するはずなんですよね。やめなさいと。それはルールを守ったほうがいいよ。
そこからエスカレートして、本当にあいつがいるとさってなるので、ある意味僕の行為の中から生まれてしまっている可能性が高かったはずなんですよ。
あと、高校の時の先ほどの話を分析すると、今僕自身をメタ認知すると、ちょっと調子に乗ってたはずなんですよ。
俺上手いしとか、俺はお前らと違うっていう。誤解される言動確かにあったなって、今だと思うわけですよね。
それがもしかしたらその謙虚だったり、自分の言動の何かを変えたら、いじめられやすさってもしかしたら軽減できたかもしれないって考えると、その気づきっていうのは難しいんだけど、
もしできた場合ってこの先の人生、僕にとってとても良かったはずなんですよね。
だからそこをあえて避けないで、向き合ってみる時に向き合ってみるっていうんですかね。それはね、すごい大事な気がするからですね。
でもやっぱり気をつけないといけないのは、今目の前で現在進行形でいじめがあった場合は、そこには絶対に言及してはいけないっていうのが多分ポイントだと思うんですね。
そうなんですよ。ここのね、こうするべきとかいう答えはないんだけど、なんかすごい大事なものがね、今、辻さんと話しながら結構見えてきたなって思いますね。
だからこそ、周りにいる大人先生であったり保護者だったりっていうのが、まずはいじめ感度を高くして、
あれ、この子ちょっとおかしいぞって思った時に、いじめられる前にこうすればいいんじゃないのとか、成長のためにはこうがあるかもよとかっていう言い方ができたらいいかもしれないですね。
だからいち早く、あの子はちょっといじめられやすさを持ってるので、よりやはり注目して、この子の言動でつらい目に合わないようにしっかり見ていこう。
これがいじめ感度につながると思うんですよね。
まとめと今後の展望
分かりました。ありがとうございます。
それではエンディングです。今回のテーマ、大人はいじめとどう向けばいいの?ということで、よつずいさん、たくさんお話しいただいてどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
ちょっとだけまとめさせていただきます。
まず一つ目、いじめ感度ですね。これもしかしたらいじめじゃないの?ということを、感度を高くして対応していくということですね。
そして二つ目、子どもの成長ファースト。親も先生もなんですけれども、子どもファーストとしてすぐにダメと修正するっていうんじゃなくて、子どもの成長を一番に考えて対応していくってことが子どものためなんじゃないかというお話いただきました。
そして三つ目、いじめられやすさ、いじめ被害脆弱性というふうに言っていただいたんですけれども、実際にこう言葉としては難しいんだけれども、
いじめられる側の対応によってもしかしたら変わるんじゃないかというような話もなかなかセンシティブな話題ではあるんですけれども、お話しいただいたという形でございます。
これなんだっていうような研究結果のみならず、今まさに研究していらっしゃることもお話しいただいて本当にありがとうございました。
ありがとうございました。
こうやってお話しさせていただくことで、まずはお話を聞くことができますし、自分の中でも頭の中を整理して伝えることができるというのは非常に有意義な機会ですので、本当に勉強になる機会でした。ありがとうございました。
ふたりちゃんいかがでしょうか。
そうですね、結構これって扱いにくいテーマだったはずなんですけど、だいたい二項対立のものの間とかどこかにすごい可能性がいつもあると思ってるんですね。
いじめはダメであって、いじめられた側を守るべきだという、ある意味の二項対立の中で、そこを解決に向けていくとか、子供のため、真の子供のためみたいなものを羅針盤になる3つを今回いただいた気がしているんですね。
やっぱりこの中のタブーになり得るテーマもあったはずなんですよ。でもタブーをタブーで終わらせていると、それって進歩はないわけがしない。
進歩はないですね。
そのタブーって言えば綺麗なんだけど、その中で苦しみ続ける子がいるのであれば、それは解明していくべきなんですよね。
それを今、よつつじさんがご自身の経験から、そして今の研究っていうところのストーリーとして探ってくださっているので、ぜひみんなでやっぱり関心を持って、それぞれの当事者ができることっていうんですかね。
それをやっぱり縫ってやっていくっていうのは、すごい重要だなって思いましたね。
我々の番組としてもある程度チャレンジでもありましたし、何かご意見ご感想ある方はぜひぜひお寄せいただきたいなというふうに思っております。
じゃあ最後のやつ言いますね。
ご意見ご感想をXQツイッターのハッシュタグほぼ教、ほぼはひらがな、教は教育の教で漢字でつぶやいていただくととっても嬉しいです。
番組はアップル、ポッドキャストとスポーティファイを使ってまして、再生回数だけではなくフォローしてもらえると番組の応援にもつながりますので、ぜひフォローもお願いします。
だいちゃん最後に何か一言ありますか。
今回聞いてくださった皆さん本当に向き合ってくださってありがとうございました。
それではゲストは四筒寺慎吾さん。テーマ大人はいじめとどう向き合えばいいのでした。
四筒寺さんどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
15:33

コメント

スクロール