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こんばんは、みきです。
昨日ですね、久しぶりに小説を読みたくなってしまいまして、
懐かしの有川博さんの植物図鑑を、最初から最後までずーっと読み続けまして、朝になっておりました。
いやー、やっぱ小説いいですね。
何だろうね。
ビジネスとか、自己啓発本も大好きなんですよ。
新たな方向から視点をもらいたいとか、実際成長につながっているような感じをするので良いんですが、
それだけだと、何て言うのかな。
思考の方は育っているけれども、
感性とか感情とか、器みたいな部分、自分の器みたいなところは育ってないような感じがするというか、
なんか不思議な感じですよね。
昔、国語っていう教科が皆さんあったかと思うんですけども、
その時も小論文もあれば、小説もあれば、どっちもあったかと思うんですよ。
片方だけではなくて両方あるっていうことは、両方の文章が大事なんだろうなーって感じですよね。
確かにテストを思い出してみると、小論文って、
この文説はどこにかかっているでしょうかとか、
実際の結論はどれでしょうかとか、
そういったものとかが多かった気がしますよね。
小説に関して言うと、この主人公はどんなふうに感じているでしょうか。
感情の部分とか、どういう思いを持っているでしょうかとか、
あと思い浮かべて、この比喩は何の比喩でしょうかとか、
このそれというものはどれを指しているでしょうかとか、
そういった感じが多かった気がしますよね。
そういうと、小論文はビジネススキルに直結しているような感じもするんですけども、
小説文っていうのかな、あれは。
物語に関しては、感情とかこのコミュニケーション能力っていうところに結構かかってきているような感じですよね。
どちらも私は読むのが好きだったので、
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結構文章力の読み解きは苦じゃなく、学ばせてもらえたなあっていうのは思っています。
子供の頃からね、結構本の読み聞かせもしてもらえましたし、
図書室とか行くのも好きな子供でしたし、
本を読むっていうのは結構日常にあって良かったなと思います。
それで、今日、深夜植物図鑑を読んで、
これ読むのね、5回目くらいなんですよ。
もっと言ってるかもしれないですけども、
好きなんですよね。
結構コテコテのラブストーリー系でもあるんだけども、
感じたのは、ほんと何気ない日常の中に幸せって落ちてるよなっていうのを改めて感じさせていただいたっていうところですかね。
すごいハプニングみたいな、なんだこれみたいな出来事は序盤に起きるんですけども、
序盤に起きて、そこから日常がスタートしていく感じなので、
ただの日常ってわけではないんですけど、
でも、なんだろう、
ストーリーの大半は何気ない日常であって、
その何気ない日常を過ごすのが本当に幸せそうだなっていうのを感じたんですよ。
どこまでこれネタバレになってしまうのかって思うんですけど、
男の子を拾うんですよ。主人公の女の子が。
道竿でになってた男の子を拾うんですけども、
そこから同居をすることになり、そこからそのうち恋愛関係になり、
っていうようなお話でございます。
その後はネタバレなんか言いませんけども。
でも、そういった主人公と男の子の日常生活がすごく色鮮やかというか、
暖かく描かれているなっていうのを感じまして、
感情の揺れ動きとかもあるけども、
遠くに出かけるとかじゃなくて、
今住んでいる場所に気づいてないところに目を向けると、
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こんなに世界は広かったんだなって感じたりとか、
こんなところに嬉しさとか楽しさとかを見出すこともできるんだなみたいな、
視野の狭さ広さみたいなところも感じることができましたし、
特別なことをしなくても日常って楽しいんだなみたいな、
そういったものをすごく感じさせてもらえるなって思いました。
何だろうな、物語を読むと、
私の場合は感受性が豊かなんですよね。
だからこそそのストーリーの中にグッと入り込むことができるんですよ。
情景とかも結構思い浮かびますし、
一緒に入り込んでいる形になる。
だから結構喜怒哀楽っていうものも乗り移ってしまうんですけども、
それがまた疑似体験みたいな形となって、
なんていうのかな、
より自分が感性が広がるような、
そんな体験をさせてもらえるのが小説だなと思っているんです。
だから何だろうな、ビジネス書ってそういった体験はなかなかないかなと思うんですよ。
これをやりましょうとか、こういったことが起きるから、
これはこういった結論ですね。
学術的にはこれが正義だと思いますとか、
偉大な方たちが体験して、これが正解です、これがうまくいきましたとか、
あとは研究とか論文とかの結果を用いて分かりやすく伝えてくれるものとかもあるかなと思うんですけども、
そこで疑似体験をするかというと、疑似体験は全くないですよね。
なんか感性が豊かになったなーって感覚は全くそちらでは覚えることができないですし、
全く違う脳の、脳みそを使っているようだなーっていうのは思うんですよね。
だから何て言うのかな、
ついつい学ぼう、成長しようみたいなこととか、答えを知ろうとしてしまうことってあるんですよ。
自分の中に答えはあるんだけども、それがうまく言葉にならなくて、外に答えを探す。
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それは相手の言葉を借りて、自分そんなこういうこと言いたかったなって繋がる時もあるし、
ちょっとね、聞かざらせてもらってお話できることもあるし、
そういったメリットはありますけども、
本当に自分自身の心を育ませてくれるのって言ったら小説物語の方なのかもしれないなーっていうのも、
今日改めて思いましたね。
答えは自分の中にはあるんだけども、うまく言葉にできなかったり、
うまく繋がらなかったり、点と点になってしまったりとか、
そういったものとかをうまく調整できたらいいなーっていうのも思って、
本にすがる時はあるんですけども。
動画もそうですよね。YouTubeとかも。
結構あれも答えを知りたいために見ることが多いんじゃないでしょうか。
面白動画とかじゃなかったらね。
それこそ、私もよくやってしまいますけども、
最近YouTubeにジェミニがついているから、
これは結局何が言いたいのみたいなのをね、
ようやく押してもらって、興味があるものだったら見るし、
興味がないものだったら見ないみたいな判別をしてるなーって思います。
そのうちこういったラジオとかもようやくだけ見て、見るか見ないかみたいなもの。
判別されるんだろうなーって思いますが。
そういったようやくをしないものもたくさんあって、
それはその動画に出演してその人自身が面白いなーだったり、
掛け合いがいいなーだったりとか、
ようやくだとやっぱり細かいところは出てこないので、
そことかもすごく学びになるなー、気づきになるなーだったり、
そういったものとかがあると見るなーと思っています。
まあね、なんかそこの浅いものだけど何か拾いたいなーとか、
本当にスマホの設定とかで何をしてるのかだけ知りたいなーって時とか、
そういう時とかだともうようやくで十分になってしまったりしますよね。
そう、なんか動画って文章よりも時間は取られるじゃないですか。
私は文章好きなので文章でも全然よかったりしますし、
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ラジオもすごい好きなんですよ。
だからね、もうちょっと話は逸れましたけども、
こうやって答えを欲しがちになっている世の中だから、
今でこそ擬似創作という、擬似体験というか、
小説とかアニメとか物語っていったところをね、
読んで語彙力だったりとか、心を育ませたりとか、
そういったことをする大切さみたいのもあるんじゃないかなーと気づかされた1日でした。
はい、というわけで土日祝にね、
3連休になりますけど、本読めるかなどですけども、
まだ読んでない小説を買ったもの1冊あるんですよ。
瀬尾舞子さんの本が。
それも読めたら読んでいきたいなと思いました。
はい、というわけでですね、
今日も聞いていただいてありがとうございました。
おやすみなさい。