映画『敵』を観て食らった話、そして老いを取り囲む外と内の敵
2026-10-28 11:22

映画『敵』を観て食らった話、そして老いを取り囲む外と内の敵

先週に続き映画きっかけの回 / 吉田大八『敵』を配信で観た / 筒井康隆原作、77歳の元大学教授の日々をモノクロで描く「老人映画」 / 筒井康隆に特別な思い入れはないが、かなり食らった / 自分も隠居した老人で敵に囲まれているから / 儀助は預貯金が尽きる日をXデーにしている / ていねいな暮らしで『PERFECT DAYS』に通じる / 暮らしの穴は孤独 / 夢や妄想の向こう側に振り回されていく / 敵の答えは映画にも原作にもない / 自分の解釈では外から来る敵と内から来る敵の二つ / 外の敵はお金、体の衰えや病気、孤独、社会不安 / 内の敵は積もった後悔、諦め、恨み、怒り、恥 / 敵のイメージは儀助の脳内なのでとらわれない / 映画はフェイクニュースや陰謀論も描き少し分かりやすい / 儀助とひとまわり少ししか違わないので響いた / 吉田大八監督は同い年 / 自分の最近の敵はAIによる人類滅亡論 / 人類の最後を見届けたいことが生きるモチベーションかもしれない / 「敵」を描いたほかの作品はニュースレターで調べる

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サマリー

吉田大八監督の映画『敵』を観て、77歳の元大学教授・渡辺義介の孤独や、夢と妄想に揺さぶられる暮らしについて語る。預貯金が尽きる日をXデーとする義介の生活は、映画『パーフェクト・デイズ』にも通じる丁寧な暮らしだが、そこには孤独という穴がある。話者は作品の「敵」を、老化や病気、金銭、孤独、社会不安など外から来るものと、後悔や怒り、恥など内側に積もるものの二つに解釈する。自身にとって最近の敵はAIによる人類滅亡論であり、人類の最後を見届けたいという思いが生きる動機になっているかもしれないと話す。

映画『敵』を観て考えたこと
こんにちは、RyoTaです。 余生、余ってません。 〜リベラルアーツをまとって旅暮らし〜第24回です。
今は、2026年10月27日、火曜日の朝です。 今日もタイのジョムティエンからお届けしています。
今週末から1週間ほど一時帰国します。
前にも話しましたが、静岡県掛川市で開催される音楽フェス、フェスティバル・レフルへの参加が目的です。
その後、東京で数日過ごす間は、友人と会ったり、映画を観たり、買い物をしたりして過ごす予定です。
前回の一時帰国では寒さに参ってしまったので、本当寒いのだけは勘弁してほしいなと思っています。
先週は映画「旅と日々」の「旅とは言葉から離れようとすることかもしれない。」というセリフから、旅と言葉の話をしました。
今週の話もまた映画がきっかけです。
ただ、今回も映画の紹介で終わるつもりはありません。
観て考えたことの話をします。
観たのは吉田大八監督の「敵」です。
筒井康隆さんの同じタイトルの小説が原作で、2025年に公開された作品です。
海外在住の自分は映画をもっぱら配信で見ているので、この作品も公開に合わせてではなく、少し遅れて配信でみました。
渡辺義介の孤独とXデー
77歳の元大学教授の淡々とした毎日をモノクロで描いた映画です。
原作は老人小説なんて呼ばれたそうですが、それに倣えばこの映画は老人映画と言ってもいいのかもしれません。
筒井康隆さんの小説は20代の頃には読んでいたように思います。
当時は前週も出ていたような記憶があります。
でもそれ以降は読んだ記憶がないんですよね。
映画化された作品も多いですが、自分が見たのはパプリカと時をかける少女くらい。
なので筒井康隆さんに特別な思い入れがあるわけではありません。
それでもこの敵にはかなり喰らいました。
喰らった理由ははっきりしています。
自分も主人公と同じように陰虚した老人で、そしてたくさんの敵に囲まれているからです。
え?と思われたかもしれませんね。
これについてはこの後少しずつ話していきます。
まずどんな話なのかを少しだけ。
主人公の渡辺義介は、自分の予貯金が尽きる日をXデーと決めています。
その日に人生を終える、そこを目指して余生を過ごしている人です。
妻は20年前に亡くなっていて一人暮らし、生活のことは全て一人でこなしています。
その暮らしぶりはいわゆる丁寧な暮らしなんですよね。
最近の映画だとウィム・ベンダース監督のパーフェクト・デイズにも通じるものがあるなと思いました。
そんな満ち足りているともいえる暮らしの中に一つ大きな穴が開いている。
それが孤独です。
義介は友人や昔の教え子、バーで親しくなった若い女性との時間でその孤独を紛らわせています。
ただそれが夢や妄想の中のことだったりもする。
そして夢や妄想と戯れているうちに義介はその向こう側の世界に振り回され始める。
まあざっくり言うとそういう話です。
映画における「敵」の解釈
この映画を見た人が多分必ず思うのが、敵って一体何なんだということだと思います。
映画にはその答えはありません。原作にもない。解釈は見る人、読む人に託されています。
いろんな解釈があると思いますが、自分が考える敵は二つあります。
一つは外から来る何か。
預貯金が尽きて暮らしていけなくなること。
老化による体の衰えや病気。
人付き合いが遠のいて孤独感が増していくこと。
それから先の見通しが立たないことから来る社会への不安。
中高年になっても仕事に追われている間は、こういう敵の存在を強く感じることはするほど多くないと思うんです。
でも仕事を辞めてぼっかり空いた穴を見つめるようになると、これが急にリアリティを持って詰まってくる。
外側と内側にある敵
二つ目は内側から来る何かです。
長い年月をかけて自分の中に積もった後悔、諦め、恨み、怒り、恥。
忘れようとしても消せないネガティブな感情ですね。
そういう檻のような記憶は決して消えることがなくて、ことあるごとに顔を覗かせる。
悪くすると増幅するし、さらにこじらせてしまうと、人はダークサイドに落ちていく。
自分はこの二つがこの作品における敵なんだろうと思っています。
映画では、原作もそうなんですが、この敵が具体的なイメージで描かれてはいます。
ただ、それはあくまでギス家の頭の中のイメージなんですよね。
なので、それにとらわれてしまうと、敵が何なのかはかえってわからなくなると思います。
映画の方では、現代の敵の姿としてフェイクニュースや陰謀論のようなものが描かれているので、原作に比べると少しわかりやすくなっている気はします。
若い人はこの敵について説明されても正直ピンとこないかもしれません。
でも自分はギス家とはひと回りと少ししか歳が違いません。
こういう敵の存在をもうひしひしと感じている。
だから特に響いたんですね。つまり、喰らった。
ちなみに吉田大発氏監督は自分と同い年なんです。
監督がどの程度この敵を意識して作ったのかはわかりません。
AIによる人類滅亡論と生きる動機
でもこの作品に向き合おうと決めたことには強く共感します。
じゃあ自分にとっての敵は何なのか。
最近の強大な敵はAIによる人類滅亡論だと思います。
この辺りの本を読んで勉強したり、AI研究者の発言を耳にしたりするたびに、あり得る未来だなと思ってしまうんですよね。
で、ここからはちょっとひねくれた話なんですが、
もしそれが本当に起きるのなら、人類の最後を目撃してみたいとも思っているんです。
それまで頑張って生きようというね。
もしかするとそれが今の自分のモチベーションの一つになっているのかもしれません。
敵に囲まれながらその敵を見届けるために生きる。
なんだか自分でもよくわからない話になってきました。
今回は、映画、敵を見てくらった話と、外から来る敵、内から来る敵の話をしました。
本作のように敵を描いた作品は他にもあるんでしょうか。
それについてはニュースレターで調べてまとめてみようと思います。
それから、この映画を見て連想した作品がいくつかあるので、その紹介も合わせて書くつもりです。
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それでは今回は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
また次の街でお会いしましょう。
りょうたでした。
11:22

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