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VCとして気になる起業家の資質〜野性と規律
2025-12-17 30:00

VCとして気になる起業家の資質〜野性と規律

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参加時の質問文にはSpotifyとお答えください。


■トピック

・ 40代で再発見した馬術の深みと成長を感じる喜び

・ 障害馬術におけるプレイヤーとコーチの二面性

・ 馬の野生味と規律、冷静と情熱の二面性

・ 競馬の名ジョッキーに見る「最高の内容」という価値観

・ 名古屋ステーションAIでのVCイベントと起業家評価の議論

・ シードVCが起業家を評価する際の定量化の難しさ

・ スタートアップ成功の鍵となる「野生」と「規律」の矛盾した両立

・ 野性を過小評価してしまうVC業界への反省

・ LPへの説明責任と野性的な起業家への投資のジレンマ


■キーワード

馬術, 障害馬術, 全日本, マリピカ, マリボー, 110cm, アニマルスピリッツ, 野生, 規律, ステーションAI, シードVC, 起業家評価, 横山典弘, ジョン・メイナード・ケインズ, LP, 説明責任, ドメイン知識, 人を巻き込む力, アウトライヤー, 初期衝動


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This is 令和スタートアップ ソロ編。 この番組は、馬好きベンチャー投資家Yusuke Asakuraが、スタートアップに関する
山山談義を一人でつぶやきながらお届けいたします。 ゆるりとお聞き流しください。
はい、いよいよ年末ですね。 今日は冒頭少し、馬の話から入りたいんですけれども、
年末、最後の馬術の試合を迎えていまして、 土日で試合に出ているところです。
本当は翌週も試合があるはずだったんだけど、 投数があんまり集まらなかったということで、中止になってしまいまして、
急遽、今収録している日が、 最後の試合になってしまいました、今シーズンですね。
今のところ土曜日の試合を終えまして、 リピカというまで90センチの障害と、
ハリボーというまで110センチの障害に出ているんですけれども、 二投ともすごいいい感じで回ってこれまして、
リピカの方は落下かかったんだけど、 1位になりましたし、
ハリボーの方も、来年、 全日本の110センチ障害に出場しようと思っているんですけれども、
おかげさまで今日、落下なしで回ってくることができたので、 人間の方は出場資格を取ることができました。
これ、人間だけ出場資格を取ってもダメで、 要は馬ですから、馬と人間の
2人3脚というか、 1人1ジンバー、6脚なのかな。
そんな状態ですので、 まだハリボーがポイントを稼がなければいけないんですけれども、
とりあえず、起乗者である私の出場資格は取れたということで、 不安心をしているということです。
そんな中ではあるんですけれども、 馬のことを結構いろいろ考えることがあって、
僕が馬術を久しぶりに始めたというか、 馬術っていうものを本当にちゃんと始めたのって、
ここ2年くらいなんですよね。 10代の頃は競争馬乗ってましたし、競争馬の調教もしてたから、
全然乗れるっしょっていうふうに 思っていたんですけれども、何をもって乗れるっていうかって、
すごく難しいところがあって、 好きに乗り回すっていう点で言うと、別に全然昔だって乗れていたんだと思うのだけれども、
ただ本当にその心髄の部分というか、 心髄なんてまだまだ僕だって、
鍵付けられていない世界ではありますが、 もっともっと先の
03:05
技術っていうところを開拓するっていう意味で言うと、 何も分かっていなかったんだなと、
日々発見の連続で、ただそうやって自分が 分かってなかったんだなっていうことに気づくっていうこと自体が、
結構楽しいというか快感というか、奥深い、 まだまだ惚れるじゃないか、面白えみたいな、
そんなことを思っている。 今日この頃というか、ここ2年くらいですね、
感じていて。 以前も自分のボイシーの方では話したことありますけど、
40過ぎて自分がまだ成長していることを 感じられることができる、
そういう分野にいるっていうことは、 とても幸せなことだし、
何かね、やっぱり仕事とか慣れてくる年代になってしまうと、 何かそういう新しいことを始めるだとか、
昔やっていて、辞めてしまったことを再開することで、 より深みを知るっていうことを体験するのって、
何かとてもいいことだな。少なくとも自分にとっては すごい良い経験だったなというふうに思っている。
そんな今日です。 そんな馬の世界、馬術の世界なんですけど、
馬ってね、馬術の試合って皆さんご覧になったこと あるかどうかわからないですけど、
あまり見たことないでしょうね。競馬と違って テレビ中継してるわけでもないですし、
オリンピックの時の試合とかご覧になった方は いるかもしれませんけれども、
障害馬術だと飛び越えるべき障害が置いてあって、 それをコース通りに走って、
落下しないで一番速かった人が優勝っていうのが 基本的なシステムですね。
それだけ見るとすごくシンプルで、何て言うでしょうね。 馬が勝手に走っていればいいんじゃないの?
っていうふうに思われるかもしれないですけど、 これは全然違って、やっぱりどういうコース取りをするとか、
どういう間歩、障害の間を何歩で走るとか、 あるいはその時どういう姿勢を馬に保たせるかだとか、
すごい人間の簡易をする部分 あるわけですね。
別にこうやって人間の技術が高けりゃ 優勝するわけでもない。
なぜならば走るのは馬だから。
かといって、馬の障害比率の能力が高ければ、 それで誰が乗っても優勝するのかというと、
それもまた全然違う。やっぱりちゃんとリードする人が 必要なんだなという、そういう感じです。
すごくつくつく思うのは、何て言うんでしょうね。
なんかすごく不思議な感覚なんですけど、 馬術って、ある種、自分もプレイヤーとして参加しておきながら、
ある種、馬に対して校長をしているような、 なんかそれに近い状態なんですよね。
06:03
例えば、ジムで何かマシントレーニングするにしても、 あるいはゴルフするとか野球するとか、
サッカーってどうなんだろうな、 フォームってあんま分かんないですけど、
何かやるときに正しいフォームって あるじゃないですか。
で、インストラクターの人とかがやってみせたりとか、 自分が寄り添って見せて、こういう風なフォームだ、
軸をまっすぐ持ってとか、 そういうことを説明されるわけですけど、
乗ってる人が馬にやってることって、 なんかそれに近いんだなっていうふうに思うわけです。
馬に対して、ちゃんとしたこういう姿勢を 取りなさいっていうことを指示しながら、
そうじゃないと単に速く走ってるだけだと、 なかなか高い障害は飛べない。
本当に正しいフォームがあるから、 そのフォームを守るんだよっていうことをずっと言い続けている。
だから何でしょうね、水泳とかでも、 コーチが自分の腕を持ってくれて、
こう腕を回すんだみたいな、 教えてくれる時とかあるじゃないですか。
野球でもね、ピッチャーだったら、 ボール投げる時はこういうフォームでやるんだっていうのを、
背中側から腕を持ってこう振り抜くんだとか、 そういう指導あるじゃないですか。
あれに近い感じだと思うんですよ。
馬に乗って、今これ後ろ足ちゃんと動いてないから、 こうやって動かせるんだっていうことを、
ずっと自分の脚って言いますけど、 足を通じて伝え続けるみたいな。
そんな感じで、何というか姿勢フォームを ずっと言い続けているみたいな。
あとペースはこうだよとか、 ここはこういうふうにこのルードを通っていこう、
みたいなことを導くという意味においては、
僕あんまり詳しくないですけど、 モータースポーツ詳しくないですけど、
それこそF1とかで指示出している人とかいますけど、 それに近い感じもするし。
とはいえ、単にコーチングしているだけじゃなくて、 自分自身の姿勢も果たしてどうだとか、
そもそもちゃんと伝えたいことを伝えられているのか、 馬との本当にコミュニケーションですよね。
身体を通じたコミュニケーションって本当にできているのか、 それは乗っている側の技量ですし、
そこはある種プレイヤーとしての 資質が試されているわけですよね。
そういう点においてのが、 とても不思議な感覚なんですけれども、
何がともあれ、人と馬の関係って、ことバチスにおいては、 そういう感覚なんじゃないかなというふうに、
僕は思ったりしています。
そんな中で、
例えば、馬って当然動物なわけですから、 その時の気分もあるし、
やっぱり人間の胃のままにすべて動く マシンではないわけですよね。
例えば、草むらから鳩が飛び出してきただけで、 びっくりして飛び上がっちゃったりとか、
ぶっ飛んでしまったりだとか、 立ち上がったりして人を落っことしちゃうとか、
そういうこともあるわけで。
その一側面だけ見ると、ものすごくある種、 抑制が効かないようなワイルド、
もっと行っちゃうと暴走しちゃうみたいな。
それって一側面見ると、 資付けができてないとか、
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ちゃんとオーガナイズされてないっていうふうに 見える部分もあるんだけど、
ただ、スポーツを行うスポーツホースっていう意味だと、 そういうエネルギーが湧き上がってくるだとか、
反射的に反応するとか、そういうある種の 身体能力の現れでもあり、
なかなか制御するのが大変ではあるんだけれども、 ただアスリートの条件でもあるわけですよね。
そういう野生味みたいなものというのが。
ただ同時に、馬乗ってる時っていうのは、 乗ってる機乗車が、
よく僕は枠っていうふうに指導されるわけですけども、
ガチガチにこの枠、 全体的に枠を運んでるような感覚。
左はこれ以上行っちゃいけない、 右はこれ以上行っちゃいけないっていう壁で囲んで、
後ろ側はこれ以上遅くなっちゃいけないっていうので、 後ろ側からも枠が来てる、壁が来てるし、
とはいえ前側もこれ以上早く行っちゃいけない っていう枠を囲む。
本当にガチガチに固めたこの枠の中で動きなさい。 その中で自由にしていいですよっていう。
そういうものすごい規律を聞かせるっていう。
そういう変わった競技なんですね。
乗ってる側も、ある種エキサイトする瞬間とか、
やっぱり気持ちって感情って伝播しますから、 何が何でもこれやらせるんだっていう、
ある種の熱意みたいな、情熱みたいなものを 持たなきゃいけない時はある。
なんか馬がトローンとしちゃって、 これもう止まっちゃいそうだなっていう時に、
もう何が何でもこれ飛べよっていうような、 そのためにそれこそムチを痛いだとか、
僕もよく叫んだりしますけど、 行けって言ったりしますけど、
そういうある種のパッションみたいなものを 見せなきゃいけない。
そういう時はあるし。
一方で、冷静に構造判断して、 次はこういうコースだから馬は止まりやすくなるなとか、
逆にこれはなんか走りやすくなっちゃうから 気をつけなきゃいけないなとか、
そういったことも考えなきゃいけないわけですね。
自分自身が何より、そういう自分自身の情熱だとか、 熱い思いに飲み込まれてはいけない。
行け!とかワーッとか言ってると、
自分もなんとなくその気持ち、感情に 囚われてしまいそうになるじゃないですか。
だけどそうではなくて、自分はそうやって ハッて言いながら、
ちゃんとクールな頭でいなければいけない。
こういった2面性のあるスポーツなんだなと、 ずっとクールでいなければいけない。
冷静と情熱の間っていうと、 昔の映画みたいですけど、
なんかそんな局面を持つ競技だなと。
馬側もそうだし、人側もそうだしだなと思います。
ちょっとここから少し余談ついでに言うと、
魔術の試合もね、やっぱり1位取りたい っていう思いっていつもあって。
タイム早けりゃいいわけですけど、 障害を落とさずにタイム早けりゃ1位なんだけども。
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だけど、内容がいい1位だったのかどうなのか っていうのってあるわけですよ。
同じ1位取れたけど、今日は正直いい内容じゃなかっただとか。
あるいは逆に全然いい着順は取れなかったけど、
いや、これは今日はもう会心の気丈ができた っていう手応えって、
こうやって乗ってるほうがわかるもので。
で、もちろんね、本当に大きな大会とかになってくると、
しのごの言わずにとりあえず着を上げるぞ っていうことを目指すわけですけど、
だけど、より進めは進むほど、
うーん、なんか良い内容だったかどうか。
あんま順位どうでもいいとまでは言わないですけど、
そっちの方により興味関心が向いてくるものなのかなと思ったりします。
なんで言うんでしょうね。
これよく馬術って言い方しますけど、
剣術、剣道、柔術、柔道みたいな感じで、
他なんか最終的に馬も馬道っていうような、
そういうある種のフォーマットに 作り変えることができるんじゃないかな
というふうに思ったりもするわけですけども、
単に技術だけじゃなくて、
どんどん何をもって良しとするかみたいな、
そういう精神性みたいなものを求められるような、
あるいはそちらに関心が向くような気がしたりしているわけです。
馬術と競馬はやっぱりだいぶ違いますけど、
とはいえ競馬も似たようなところが あるんじゃないかなと思っていて、
例えば横山のりひろっていう超ベテラン名状記は、
たまに年に数回とんでもない トリッキーな紙記錠をするわけですけど、
だけど普段は、なんか知らないけど人気の馬で、
あんまり追う気もなく最下位になったりだとかして、
たまにね、いやもう最高のレースだった、 勝てなかっただけだって言ったりとかして、
これ多分本当にそう思ってるんだと思うんですよね。
もう超名状記ですよ、十万何章もしてるような。
ただ競馬ファンからすると、たまに不可解な乗り方、 不可解な負け方してるような、
あまりにも彼のやってることが高度すぎて 理解できないことっていうのもあってですね。
当然競馬ってね、馬券買ってる方からしたら、 いや何言ってんだよ、買ってくれよみたいな。
最高の競馬だったじゃねえよ、そうじゃなくて、 ちゃんと着陣を開けろよみたいな。
そういう世界になってくるわけだけども、
たぶん横山奇襲は横山奇襲に見えてる 世界があるんだろうなーというふうに
思ったりするわけです。
これはちょっと余談なんですけど、
何はともあれ、馬ってそういうある種の 野生みみたいなもの?
ワイルドさというものと、その中で ちゃんと規律、枠組みの中に従っていること。
同様に人間も馬乗るときに、ある種の パッション、情熱みたいなものと
クールさ、冷静さみたいなものを、
両方兼ね備えてなきゃいけないなと 思ったりするわけですね。
15:03
随分と長い前置きになってしまったんですけど、
一応これね、スタートアップにも近い ところがあるんじゃないかなと思っていて、
結構これは自分の中で重要な発見だな と思っているんです。
この間、名古屋のステーションAIに 行ってまして、
僕初めて伺ったんですけど、ステーションAI。
今までプレイステーションAIっていう 名称のもと、
プレステじゃないですよ、プレステーションAI。
ビルに入ったところには何回か 行ったことがあったんですけど、
ちゃんとステーションAIとして建物ができてから 伺ったのは初めてで、
もう1年ちょうど経ったところですよね。
そこでちょっとしたイベントに 参加をしていたんですけども、
VCがいろいろ話しますみたいな、 そういった形式で。
よくある話ですけど、シード機って どういうことを見てるんですか?
みたいな話になるわけですよね。
当然、マーケットと企業化を見てますとか、 そういう話になって。
そうなるとどっちが大事なんですか? って話なんだけど、
いや、両方大事なんだよっていう、 当たり前じゃんっていう。
多分これはおそらく全てのシードVCが 同意してくれることなんじゃなかろうかと。
ただね、そこから難しいのは、 企業化を見る人を見るって言うけど、
あまりにもフワッとしすぎていて、 軽量化できないじゃないですか。
バリエーションとして弾けないじゃないですか。
そこら辺が他の金融セクターの人から、
VCとかスタートアップって 本当にいい加減だよねとか、
和権勝手エンドと変わんねえじゃんと 揶揄されるゆえんだと思うんですけど、
まあ、わかんないですよね。
人を見る人を見るって言ってるけど、 何見てるんですか?
お前の気分じゃないの?みたいな。
単に馬が合うかどうか見てるだけなんじゃないの? っていうふうに言われてしまうところもあり、
悔しいかな、私もそこはっきりと 何か言い返すところはできないんですけども。
ただ、とはいえ、何か公式はないんですよ、 人を見るっていうことは。
諦めちゃいけないし、ずっとやろうとしてるわけです。
かといって、自分が100%人を見ることができるなんて 思ってもいけないっていう。
なかなか複雑な世界ですね。
そんな中でね、最近思ったことなんですけど、
そうそう、そのイベントのときに、 他のパネリストの方がやっぱり同様の、
何見てるんですか?人の? っていうふうなことを言われて、
いくつか言ってたんですよ。
何かやりきる力がどうとか、何だかって。
いくつか挙げてて、
まあまあ、すごいちゃんと準備してて 偉いなって思ったんですけど、
そうだよね、それ大事だよねって聞いていまして。
で、ぱっと思いつく限りでも色々あるわけですよ。
ドメイン知識の深さだとか、 誠実さみたいな話だったりだとか。
あるいは、さっきのやりきる力、そうかもしれないし、 人を巻き込む力みたいな。
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あと単純にね、地頭の良さみたいなもの。
それってやっぱり学歴に現れるよね、 みたいなこと言う人もいるし。
いやいや、俺はストリートスマートの方が好きだみたいな。
そういうことも言う人もいるし。
色々分類して分けることはできると思うんですけども、
何て言うんでしょうね。
じゃあ実際、自分たちが人を何か判断しようとした時に、
そうやって各パラメータに分けて、
このパラメータは80、このパラメータは60みたいな、
そういう信長の野望の武将の評価みたいなことを してるわけでは決してないんですけれども、
とはいえ、何か自分たちが感じ取っているものを言語化しようとすると、
そして分類しようとすると、分析しようとすると、
そういったものになるんだろうなーっていうのは 確かに思ったりするわけですね。
どれも大事なものだなと思うんですけど、
そんな中でね、なんかこないだ肌と思ったのが、
やっぱこれ大事だなと思ったのはですね、
2つありまして、野生と規律なんですね。
野生っていうのは、あれですよ、
ライオンみたいな話ですけれども、野原の海、正文の正。
野生の何たらみみたいな、そういう言い方なんだろうな、
そういう意味合いで使われることもありますけど、誰かに可愛いてない、
そういう家畜じゃないっていう意味における野生っていうのもあるけど、
もうちょっとなんか、それこそワイルドさとか、野生みたいな、
発音としては野生になるのかな、
そういうもの。
それともう一つ、規律ですね。
規律、正しくみたいな意味使われる規律ですけど。
なんかこの2つが大事だなーって思っているわけです。
で、これね、
めちゃめちゃ矛盾するんですよ。
めちゃめちゃ矛盾するんだけど、
この優れた企業家っていうのは、
どこかでこういった相矛盾したものを、
うちの中に内在しているんじゃないかなと。
それは言いようによっちゃ、この見ている、評価している側の、
何か言いとこ取りっていうか、
これは規律が効いてていいねとか、
これは野生が効いてていいねっていうような、
逆に言うとダメな時には規律が効いてないとか、
野生みがないって言ってるだけで、
言いとこ取りの表現なんじゃないかと言われると、
まあそれもそうかもしれないという気もするんだけど、
ただ、この野生と規律って結構いい切り分け?
ことスタートアップを立ち上げる人にとっては、
とてもいいフレームワークというほど大げさなもんじゃないんですけども、
ポイントなんじゃないかなというふうに思ったりしています。
まず野生っていう方ですけれども、
僕たちはやっぱりね、
飛び抜けた成功をもたらす、
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スタートアップ企業家にベッドしたいわけじゃないですか。
そういったことを考えると、
当然なんかやっぱり普通の考えや普通の感覚の人だと、
ちょっと物足りないところってあって、
もちろんものすごい普通っぽい人で大成功してる人っているんでしょうけど、
だけどやっぱりものすごい大きい構想を描いたりだとか、
いやしんの大きさみたいなものって、
本来すごい大事だと思うんですよね。
我々アニマルスピリッツっていう社名でVCやってますけれども、
そういった野生みって、
本来で言うと一番大事なもんじゃない。
ジョン・メイナード・ケインズっていう、
イギリスの最高の知性のような経済学者が、
結局経済や資本主義、市場を回しているのは、
アニマルスピリッツなんだというふうに言っていて、
であるがゆえに我々アニマルスピリッツを名乗ってるわけですけど、
本来これが一番大事なもの。
旗から見るとちょっとしたら野蛮に見えるかもしれない。
野心に見えるかもしれない。
だけどね、そういった要素のないつるんとしたスタートアップって、
業界って一体何の魅力があるんだって思ったりもするわけです。
そんな人にアウトライヤーな成果って出せるんだろうか。
これは一つありますよね。
ただ同時に、
そういったとんでもない野生を秘めながら、
ちゃんと規律を持つことができるのかどうか。
ここだと思うんですよね。
これもね、ものすごく行き過ぎてしまうと、
オーバーガバナンス、オーバーコンプライアンスになってしまう。
今ってね、何もかも窮屈すぎるし、手順手順っていって、
そんなことやってるうちにもっとスピード感を持って、
事業を動かそうよと。
だけど手順を踏んでくれとか言われると、
かえってそれを遭害するんじゃないかみたいなところもあるんだけども、
ただとはいえ、何でもかんでも自分のやりたいことっていうものを
優先していいわけじゃなくて、そこはちゃんと、
まあそれこそ手順ってことになっちゃいますけれども、
正しいギリギリの規律を保ちながら、
対話が成立する状態じゃないとダメだよねと。
こんなことも思ったりするわけです。
なんかあの、やっぱり、
企業家の方って、すごい自分なりの信念ってめちゃめちゃ強くって、
こういう世界を実現させたいんだっていう思いの強さって大事なんだけど、
一方で、外からのね、インプットに対して聞く耳を持って、
これを使うべきだと思うものは柔軟に取り入れる。
そういう姿勢がないと単純にもったいないじゃないですか。
本来自分が知らないところで、
すごく有益なインプットをくれる人がいるのに、
そういったものを取り入れられない。
24:00
ここに規律って関わってるんじゃないかなと思ったりするわけです。
いずれにせよ野生と規律っていうのが、
僕はある種、企業家っていう人ですね。
何が大事な質なんですかって言ったことを端的に答えようと言われると、
もちろんあるんですよ。誠実さって大事だし、人を巻き込む。
これも別に野生に絡み取れる気もするけど。
何にせよ、いろいろ、あとドメイン知識みたいなね。
もちろんあるんですけど、もっと原石に近いような、
より本当にその人となり現役みたいなところになると、
やっぱりこの野生と規律っていう、
これが大事なんじゃないかなと思うわけです。
で、これね、ややもすると反省としては、
やっぱりね、この野生と規律ってものを見たときに、
どうしても規律の方がより分かりやすいし、評価しやすいから、
そっちを重視してしまう嫌いってあるんじゃないかなという気もしていてですね。
野生って評価しづらいじゃないですか。
あとなんか問題起こしそうだしめんどくさいし、
何にもたらすかわからない。
あとなかなか評価しづらいし、
言ってることは大言壮語してるけど全然実態ついてこないみたいな。
そういったケースもあって。
ともするとね、野生っていうものを過小評価してしまう。
下手するとマイナス要素として評価してしまう部分すらあるんじゃないかなという気もしているんですけど。
いやいや困りますよ、僕も。野生しかないやつ来たら。
なんだけど、
なんかそういうものの見方だけだと、いつまでたっても縮こまったアイディアしか出てこないんじゃないかなというふうに思っていてですね。
なんかこう、そういう野生っていうものを評価するっていうのは言い方違うかもしれないけど、
受容できないものか受け入れられないものか。
こんなことを考えたりしているわけです。
冷静に考えたらね、常識で考えたらこんな野生とか取り入れるのってね、めんどくさいんですよ。
だって、投資をしているVCの裏側にはLPと呼ばれる方々がいらして、
それはVCによってどういった属性のLPの方々がいらっしゃるかどうかわからないですけども、
野生とは対角にあるようなものすごくカチッとした、
それこそ既実ってことを重んじる方々ってたくさんいらっしゃるわけだし。
ただ、そういった人たちに対して、なんでこの野生というものを評価したのかっていうことを説明する。
27:01
当然我々説明責任持ってますから。説明するのって難しいんですよね。
ともするとね、それで何か失敗が起こったりすると、ほら言わんこっちゃない。
そうなってしまうと、何だろうな、規律が効いてる方で失敗した方が、なんかエクスキューズがつきやすいわけですよ。
めちゃめちゃコンセプチャルなこと言ってるけど、つかまりますかね。
なんだけど、そうしてると本当に大きな挑戦をしようとしてる人をいつまで経っても拾えない、救えないんじゃないかなというふうに思って。
これ答えないんですけど、結局。
ただ、僕らは一定、みんながみんな全部野生しかない奴らだと困っちゃうけれども、
ただ野生を飲み込むっていうようなチャレンジをし続けなきゃいけないんだろうなと。
少なくともそれを意識し続けなきゃいけないんじゃないかなというふうに思ってるわけです。
ほっておいても規律っていう部分は十分。
まあこれも十分じゃないんだけど。
まあまあとはいって意識は無意識でもされているから。
頭いい人が集まって評価してるとそうなるわけですよね。
だけどそうじゃなくて、野生っていうものを飲み込める。
まあそういう肌感覚というものを大事にしたいと思っているという話でしょうか。
自分でも話していて、何言ってるかわからなくなってきましたけど。
けどね、これ自分の中でやっぱり馬と繋がるなって思ったわけです。
もう制御できないような、もう爆発するような野生みたいなもの。
何だろう。
思春期とかに自分たちが持っていた初期衝動とか、もう抑えようのない感情、衝動。
焦燥感みたいなもの。
それがうちに秘めたものがもううちに秘めることができなくて、
暴発爆発している状態っていうのが思春期なわけじゃないですか。
僕も10代前半とかほとんどそんなんでしたから。
暴発爆発しまくってましたからね。
さすがに10代の思春期の脳裏でいられたら困るわけだけど。
だけど、何だろう。
そういう抑えられない気持ちというものを持っているような、
にじみじているような人というのを評価していかなきゃいけないし。
ただ、そういったものを正しいところで爆発させられるように。
ある種、馬じゃないけど、枠というものをがっちり作っておく。
枠を作っているからこそ、向かうべきところにエネルギーを注げられるような。
こういった組み合わせができたらいいのかもしれないですね。
そう思うと逆にね、さっきの馬のアナロジーでいうと、
枠を決めるというのは、乗っている側がやればいいことなのかもしれない。
そんな気もしてきますね。
全くよくわかんない例えだと思いますけど、
そんなことを考えている今日この頃でございます。
ということで今日はここまで。
おしまい。
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