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【ゲスト 工藤勇一】なぜ日本で不登校になると辛いのか?
2026-04-14 1:14:32

【ゲスト 工藤勇一】なぜ日本で不登校になると辛いのか?

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工藤勇一さんと日本の不登校問題について話しました!

「日本や韓国の不登校にまつわる特殊性 」「不登校になった際に二次的に起きる辛さの正体 」「学校での対話から社会を変えていく発想」など興味深い視点が盛り沢山でした。


▼工藤勇一さん(X)の紹介

千代田区立麹町中学校校長、2020年4月より学校法人堀井学園 横浜創英中学校・高等学校校長として、教育改革を行ってきた。『学校の「当たり前」をやめた。生徒も教師も変わる! 公立名門中学校長の改革』(時事通信社、2018年)、『校長の力-学校が変わらない理由、変わる秘訣』(中央公論新社、2024年)など著書多数。 


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【編集後記】

・もっと学ばねば!教育分野の知識はほとんど「はるかから聞いた知識」になっており自分の言葉で語れることが少ない。いろんな教育者から話を聞かせてもらえる機会が増えてきたので、自分の言葉にしていくともっと楽しめそう。

感想 1

それはまあ、そうなのかもしれないけど、学校が変わるには大人が変わらなくちゃいけないのよね。そこをなんか軽視している人が教育界隈多いような気がする。
1:12:13
「学校が変わってから社会が変わっていくんだ」

サマリー

本エピソードでは、工藤勇一氏をゲストに迎え、日本の不登校問題がなぜこれほど深刻なのかについて深く掘り下げました。工藤氏は、欧米諸国には日本や韓国のような「不登校問題」が教育問題として存在しないと指摘。その根源には、日本の学校教育法、特に一条校制度が定める画一的な教育ルートがあり、ここから外れると進学や社会に出る道筋が見えなくなり、子どもたちに「二次的な苦しみ」を与える構造があると説明しました。 台湾がかつて日本と同様の教育システムだったにもかかわらず、教育を受ける権利を保障し、自宅学習への支援や柔軟なカリキュラムを導入することで不登校の概念をなくした事例が紹介されました。また、日本の教育が子どもの主体性や当事者意識を削ぎ、自己決定能力を低下させている現状にも言及。欧米の教育が、子どもたちが対話を通じて自らルールを作り、社会を形成する民主主義の基礎を育むのに対し、日本は管理教育によって個人の問題解決能力が低い子どもを生み出していると警鐘を鳴らしました。 工藤氏は、学校が民主的な対話の場となり、子どもたちが「全員が納得する」解決策を探る経験を積むことで、社会全体が平和で成熟した民主主義国家へと変わっていく可能性を示唆。不登校は個人の甘えや親のしつけの問題ではなく、社会制度が生み出す構造的な問題であると強調し、自己を責める必要はないと語りました。具体的な解決策については、次回の収録で深掘りされる予定です。

導入と工藤勇一氏の紹介
はい、お願いします。 今日は、ゲスト会ですね。 ゲスト、いらっしゃっております。 はい、楽しみです。
工藤勇一さんですね。 はい、来ていただきました。 学校の先生だと、聞いたことないって人あんまりいないんじゃないかっていう感じで。
僕も、かなり工藤勇一さんの本に、教員時代に衝撃を受けた1人でありまして。 簡単に紹介すると、もともとは山形と東京の公立中学校の教員だったんだけど、その後に東京の教育委員会に行って。
話題になったのが、千代田区の麹町中学校。 麹町中学校ね。名前めっちゃ聞くわ。
そこの学校の運営が,学校経営が異端だったっていう。 定期テストもなければ,宿題もなければ,子どもたちの主体性を育むっていう一貫した学校経営方針で,
もう全国から視察がいっぱい来たと。 その後横浜総営中学校でも教育開学に取り組んでいて。
本当にいろんなメディアで活躍されていて。 まず自分が教員時代に学校の当たり前を辞めた本で、ちゃんとOECDとか文科省の目指しているところから逆算して学級経営をするようになってさ。
目的意識を持って,この宿題の目的なんだっけとか,この授業の目的なんだっけっていう,そこに立ち返って子どもたちと合意形成とって,
日々教員として子どもと関わるっていうことができてから本当に変わったんよ,教員としてのスタンスが。
そこですごく影響を受けていて,ずっと本を読んで追ってたっていうのがあって。
っていうのがありましたと。そんな中で宮崎県の小林市で公演をする機会があって,そこでフリースクールコンコンの実践をプレゼンする機会があって,
その後に工藤さんがそこで登壇するっていう,すごい奇跡のようなイベントがあって。
宮崎やけんね,なかなかそこで出会うって珍しいよね。
そうそうそう,宮崎で工藤さんと会って,そこで工藤さんに,実は僕ポッドキャストしててとかっていう話をしたら,
あ,ティーチャーティーチャーって,ティーチャーティーチャーの存在を知ってらっしゃって,
嬉しいね,それは。
そうそう,多分めちゃくちゃ忙しい中なんだけど,
ティーチャーティーチャーには学校に行かなくて困ってる保護者とかがたくさん聞いてくれていて,
もしよかったらその保護者に何かできることをいっしょに考える回を収録できませんかって話をしたら,
やりましょうっていうことで今回の収録に至ってということであります。
楽しみですね。
まあ,工藤さんの教育論,主体性とか当事者意識とか,自立とかっていうのがキーワードで,
教育論はいろんなメディアで話をされていて,
もう,工藤雄一って名前検索したら大量に動画出てくると思います。
なので,今回はあえてもう不投稿という話題に焦点を絞ってお話を深掘りしていこうかなというふうに思っています。
お聞きください。
今収録を終えてお話をしてるんですけども,
不投稿の課題とその解決策のところまで話をする予定だったんですけど,
時間の都合上最後まで聞くことができなかったので,
今回は不投稿という課題の構造理解までになっておりますので,
それを踏まえてお聞きいただけたらと思っております。
そうね,構造理解を踏まえて,
じゃあどうしたらいいかの話は別でお時間をいただこうという話になっておりますので,
そこまで楽しみにお待ちいただけたらと思います。
なるべく急いで収録できるようにします。
さらに時間の都合上質問で深掘ったりとか,
途中でまとめたりという時間もなかったので,
途中で少しだけ人々遥かで音源を挟んで,
そこまでのまとめと最後に感想を入れ込むという形で,
今回お届けしたいと思っていますので,よろしくお願いします。
お願いします。では,
はい,どうぞ。
日本と欧米の不登校問題の比較
こんにちは。
こんにちは。
よろしくお願いします。
ありがとうございます,今日はお時間いただいて。
よろしくお願いします。
先日宮崎の小林でありがとうございました。
こちらこそ。
ティーチャーティーチャーも存在知っていただいてたみたいで,
そうですね,随分前から知ってますよ。
この間の台湾のとても興味深く聞きました。
ありがとうございます。
台湾も不登校はめちゃくちゃ問題だったと思うんだけど,
台湾ってもう不登校っていう概念もなくなってきてますよね,たった10年で。
あれだけ多かった不登校が台湾が不登校が消えたってことは,
今日のテーマっていうのはまさにそこにポイントがあると思いますね。
本質的な不登校っていう現象をきちんと捉えることができたら,
いっぺんに解決できます。
どうすれば解決できるかってみたいなことまで,
多分話ができると思いますよ。
楽しみです。
不登校への捉え方からちょっとお伺いできればと思うんですけど,
早速お話していきたいと思うんですけど,
じゃあまず不登校っていう概念って言ったら変ですけど,
欧米で不登校問題がまずあるかっていうと,
欧米の学校に行かない子っていうのと,
日本の学校に行かない子は全く意味が違いますからね。
極端に言えば,
欧米には日本のような不登校問題って,
教育問題として存在してないんですよね。
もちろん学校に行きたくないって子はいますよ,
学校に遊んじゃう子もいるわけですよね。
でも日本の不登校問題っていうのは,
実は同じような不登校問題を抱えている国っていうのは,
世界にはすごく数少なくて,
日本と韓国ぐらいしかないんですよ。
日本と韓国はとても教育が似ているっていうのが,
不登校問題もそうだし,
いじめの問題もそうだし,
それから教員のなり手がいない問題もそうだし,
日本と韓国に共通する問題なんですね。
今日本で不登校っていうと,
小中学生が35万人,
35万人っていうこの数って,
実はすごくとんでもない数で,
中学生で言ったら,
国公立,私立,全く関係なく,
全ての中学生の15人に1人が学校に来てないんですね。
15人に1人ってすごくないですか?
多いですよね。
バッククラス平均的に2人以上,
30人学級にしても2人いるわけだから,
実際今35人学級でも2人以上必ずいるわけですね。
小学校だと平均すると44人に1人いるんですよ。
すごい数ですよね。
不登校の国際比較って見たことあります?
ないですよね。
ないです。
日本の不登校問題が海外には基本的にないからなんですけど,
どうもこれは何らかの日本とか韓国に共通する
教育的な問題があるわけなんですけど,
実は不登校問題っていうのは,
これがものすごく色濃く現れる現象なんですね。
まずじゃあ何で不登校っていう問題が
アジア独特というか日本と韓国独特なのか,
後で言おうと思いましたけど,
実は台湾も同じだったんですよ。
台湾もすごく似ていたんですけど,
台湾は今現在欧米型に近いっていうのが
不登校っていう概念もなくなってきています。
確かTwitterで台湾を話題にしてましたよね。
あの中にも答えがいっぱいありましたけど,
じゃあまず聞いてくださっている方に
何で不登校っていう問題が
日本と韓国独特の問題なのかっていうことについて
少しお話ししていこうと思うんですが,
日本とアメリカっていう国,
この2つの国を比較すると一番分かりやすいです。
本当はアメリカじゃなくて
デンマークとかスウェーデンとかフィンランドとか
使ったほうがいいのかもしれないですけど,
一応日本とアメリカってことにしますね。
で,日本になぜ不登校が存在するかっていうと,
すっごく乱暴な言い方をすれば,
法律が作っています。
学校教育法っていう法律ですね。
日本には教育金法っていう法律と
学校教育法って大きな2つの法律があるんですけど,
学校教育法にはどんなことが書いてあるか
っていうことなんですけど,
学校教育法の特に第1条ですね,
第1条に何書いてあるかご存知ですか?
1条項って聞いたことありません?
国を定めるって1条項?
ありますよね,1条項。
1条項じゃない学校によく
インターナショスクールとかありますよね,
予備校も1条項じゃないですよね,
学習所も1条項じゃないですよね,
フリースクールも1条項じゃないですよね,
この第1条に実は日本の場合,
学校を定めたんですね,
国が通ってもいいっていう,
つまり学校として認めるのは
ここだけですって定めたんですよ,
小学校以上で国は学校として認めたのは,
小学校,中学校,小中一科の義務教育学校,
中高一科の中等教育学校,
高校,高専,三大,大学,大学院,
それから特別支援学校,
こういった学校ですね,
これを学校として名付けたんですね,
これが第1条です,
さらにこの学校教育法には,
小学校を卒業しないと中学校に行けませんって書いてあります,
中学校を卒業しないと高校に行けませんって書いてあります,
ですから国は,
まず通っていい学校はこれだけですって定めたんですよ,
公立も私立も含めて,
きちんと国の基準に照らさせてOKだって言われたとこだけを
学校として認めたし,
上の学校に進学していくためには,
必ずそれを卒業してなきゃいけないということになるわけですね,
なんかもう道がルートができてますよね,
例えばどんなに勉強できても,
小学校時代に学習塾に通ってる子が,
卒業してなかったら中学校に行けませんよっていう意味ですね,
例外規定っていうのはいくつかあるんですけど,
簡単な例外規定は,
外国の子どもたちですね,
外国で学んだ子どもたちが日本にやってきて,
例えば日本の子どもが,
外国の小学校にお父さんの転勤の関係で通ってました,
小学校卒業してないけど,
中学生になってやってきましたって言ったら,
中学校に入れます,
これは例外規定ですね,
日本の小学校卒業してないけど,
行けますよっていう,
あともう一つ,
皆さんがよく知っているのは,
いわゆる大研ですね,
高等学校と卒業資格試験のような,
大研っていうのが満16歳になると受けることができますよね,
年2回国家試験みたいなものがあるわけですよ,
8科目の教科,
科目をそれぞれ合格していくと,
一つ一つ合格していくと,
大学を受ける権利を持つんですね,
科目を全部で8科目取れば,
在学を受けることができるので,
どんなに小学校も中学校も高校も
行ってなくても,
大研さえ通れば,
大学に進学することができるってことになりますね,
こういう例外規定があります,
国はこの法律によって,
学校に定めたところだけをまた支援をするんですよ,
公立だったらほぼ無料じゃないけど,
相当な教材は引っかかるけど,
授業料は免除だし,
教科書も無償で配布されますよね,
私立でも義務教育であれば,
同じですよね,義務教育であれば,
教科書も無償配布されますし,
ある程度授業料はお金かかっちゃうけど,
基本的にはそうですよね,
僕は2年前まで,
横浜にある横浜創栄中学高等学校って私立の学校の校長をやってましたけど,
当然学校法人は国の支援をもらうわけですよ,
きちんと教育を与える機関として国が認定してくれたので,
もろもろの固定資産税も含めて全ての税は無償だし,
それから私学助成金という大金をもらうし,
子どもの数に応じてものすごい助成金をもらうし,
それから校舎改築とかなんかしても,
全部ほとんど半分は国から支援をもらうので,
ものすごく手厚く私立は国の援助をもらってるんですね,
だから学校として認められれば,
その機関にもきちんと手当てが国から与えられるし,
保護者に対しても手当てが与えられると.
でもインターナションスクールとか,または民俗学校とか,
例えば予備校とか,オルタネジブスクールとか,
そういった学校の多くは一条校ではないので,
当然国の支援をほとんど受けられないじゃないですか.
そうですね.それで困ってる家庭はたくさんありますよね.
等校になってしまったけど,フリースクールに通わせたいと.
でもフリースクールに通うんにしても,通学の手段が遠ければ,
それも支援はしてくれないし,さらにお金が相当かかったりするし,
これは学校として認められてないからそうなんですね.
じゃあちょっと話を飛ばして,アメリカに話を移したいんですけど,
アメリカは週ごとに法律が違うんですが,
学校教育法みたいな法律は基本的にないんですね.
ただ決定的に重要なポイントは,
親に対してきちんと子どもに教育をしてくださいね.
国も子どもに教育をしますよっていうことは変わりないです.
変わりないどころか,多分日本以上にはるかに厳しい可能性がありますね.
子どもをほったらかしておいちゃいけませんよってことですね.
ただものすごく決定的に違うことは何かというと,
どこで学んでどんな方法で学ぶかは,
親が決めてけっこうですっていう法律です.
そうなると親は,いや学校って定められてないので,
日本のような学校っていう組織の小学校,公立小学校もあれば,
私立もあるわけですけど,
日本といったら学習塾みたいなところで学んでる子だって全然OKなんですよ.
教会で学んでもOKなんです.
学校行かないで教会でうちの子は学ばせますって全然OKなんですね.
さらに言うと,台湾も今はそうですけど,
ホームスクーリングといって,自宅で学んでもいいですよってなってるんですよ.
つまりアメリカの場合には,子どもにちゃんと教育をしてくださいって,
でもどこで学ぶかは親が決めていいですよって,
決めたらそれに支援しますよって方法ですね.
自宅で学ぶのとは自宅で学ぶように支援しますしっていうことを,
簡単に言えば,親と子どもが選べるっていう環境にあるってことですね.
うちの小学校時代は学校行かせませんって全然OKなんですよ.
中学から行かせますってOKなんですね.
教育の質とかは,
その話にちょっと移るんですけど,
学ぶ場所が親が決めていっていった瞬間に,
基本的に日本のような不登校がいないのはわかりますよね.
問題は今はるかさんがおっしゃったように,
まず教育の質が担保できるかと,
それからもし学校行かなくても,
ちゃんと社会に出る道筋がありますかって,
この2つのことが問題になるわけじゃないですか.
一番は学校に行かない方法をとっても,
社会でちゃんと活躍できる人間になりますかっていう,
例外規定みたいなものがきちんとありますかってことなんですけど,
まず日本のような学力観で欧米を見ていったら,
学力は平均的に日本が高いのはご存知ですよね.
赤いどころじゃないですよね.
中3まではね.
中学3年生までは世界でトップですよね,日本は.
第2位は韓国みたいですけど,
欧米はそんなにトップクラスないですよね.
だいたいみんなアジアの国々にはトップクラスが並んでますよね.
これ意味があるんですよ.
じゃあ教育の質とか,
日本の不登校が抱える「二次的な苦しみ」
それからもし学校行かなくてもちゃんと社会に出れるのかっていう話に移っていくんですけど,
まず徹底的に違うのは,
欧米には高校受験がないんですね.
受験じゃなくて違う選抜があるってことですか?
選抜はないですよ.
偏差値みたいな考え方もないですね.
テストはある?
テストは,学校ではテストはありますよ,もちろん.
でも受験っていう仕組みがないですね.
ほとんど義務教育みたいなもので,
行きたいって言ったらみんなが行く場所ですね.
学校にランク付けがあって,偏差値があって,
この学校が良い学校,悪い学校みたいな感覚も,
日本とか韓国とは全く違いますね.
ですから,小学校時代学校行かせません?
中学校時代も学校行かなくてはけっこうです.
でも高校に行きますって言ったら,
高校に行けるわけですよ.
っていう仕組みだってことですね.
名門校みたいなのってどうやって生まれるんですか?
名門校っていうのは,アメリカだったら私立ですよね.
ヨーロッパには,そういう感覚あんまりないんじゃないですかね.
私立を除いては.
だって基本的に偏差値がないし,
ヨーロッパの子どもも塾行かないでしょ?
まず小中学生の姿を考えた時に,
ヨーロッパの子どもたちと,
日本,韓国のようなアジアの国々の,
方角の姿が全く違いますよね.
自由ですよね.
想像もつかないですね.
もう,僕たちは受験ありきというか偏差値ありきで,
大学まで行ったので,
それがなく,学生時代を過ごすという,
もう想像すらつかないですね.
じゃあ,次,もう一つ重要なポイントですね.
大学受験ですけど,
欧米には大学受験で,
日本,アジアのような,日本とか韓国とか,
一期試験,例えば国語の試験とか,
数学の試験とか,英語の試験とか,
教科によっては物理の試験とか,
そういった大学受験が,
基本的に論文と,論文エッセイと,
エッセイと面接.
日本でいう総合選抜.
日本でいう総合選抜をイメージしてくれればいいですね.
そうすると,欧米の学力館と,
日本,アジアの学力館って,
全然違うのわかります?
はい.
日本とかアジアは,
ペーパーのテストによって学力を判断するので,
で,この学力の点数を取ることによって,
大学入れるって仕組みだから,
さっきの一本道を考えてください.
なんかすごくきついのわかります?
欧米は,確かにいくつかの大学は,
こう,選抜があったりしますよね.
名門大学といわれる大学もあるから,
選抜があるから,誰でも入れるわけじゃない.
アメリカなんかだったら,ある基準さえあったら,
誰でも入れる大学とか,
ヨーロッパにもいくらでもあるわけですよ.
入りますと言ったら入れる大学って,
間口が広くて,出るのが厳しいって,
みたいな感覚だから,
もともと,大学を選抜で入らなきゃいけない,
って感覚っていうのは,
日本とかアジアに,韓国とかに,
特徴的な姿だってことですね.
日本だと,ディスレクチャー傾向のある子,
ディスレクチャーってわかりますかね,
読み書きに困難がある,
学習障害の中でも有名ですよね,
トム・クルーズさんとか有名ですけど,
台本が読めないのに全然困らないっていうのは,
台本は読めないけど聞けるから,
聴覚を強めることによって,
学力が上がるじゃないですか.
日本だとどうしても,
ペーパーテストで大学入るとか高校受験入るので,
読むのが苦手で書くのが苦手な,
ディスレクチャー傾向の子って,
大体受験で跳ねられちゃうじゃないですか.
大体この傾向があるのって,
ヨーロッパの調査で聞くと,
5人に1人,20%ぐらいは,
読み書きに困難があるって,
ディスレクチャーって名前がつかなくても,
そんなにいるんですね.
日本だって同じだと思うよ.
小学校の先生を経験したことがある先生だったら,
読み書きに困難がある子どもは,
ディスレクチャーって名前がつかなくても,
20%ぐらいいるって実感してるはずですよ.
確かに20%ぐらいは.
ああいう子どもたちっていうのは,
ノートを取れって言われたら,
勉強できなくなる子ですよね.
ノートを取れば取るほど,
書くことが困難だから,
本当は聴覚が優位なのに,
話を聞いていれば覚えられるのに,
ノートを書けって言われる度ごとに,
先生の話聞けなくなるから,
でも欧米だったら,
ディスレクチャーの子どもが,
ハーバードでもスタンフォードでも,
どこでも入れるわけですよ.
だって受験がないんだから.
って話ですよね.
受験というか,
筆記試験がないんだから.
能力はそうやって判断されないので.
有名ですよね.
イーローマスクだってそうだし,
ビルゲージだって,
みんな発達に障害があって,
いろんな困難は持ってるけど,
全然関係なく社会に出てきるじゃないですか.
すいません.
名門,総合型選抜って,
読み書きとかでは図られないにしても,
どういった評価基準で選ばれていくんですか?
名門校も,
世界基準というのは,
あなたは何者ですか?
って話なんですよね.
あなたは何者ですか?
これを面接論文で見ていくわけじゃないですか.
あなたは何者ですか?
あなたをとったら,
うちの大学では何を再現してくれるんですか?
つまりその人物の再現性を読み取るっていうのが,
人物評価の評価基準なんですよ.
世界の.
コンピテンシーを読み取るって,
みたいなこと言われるんですけど,
コンピテンシー能力を見ていくって,
なかなか難しいと.
で,総合型選抜って,
基本的には3つの質問じゃないですか.
3つの質問.
なんでここを受けたの?って.
企業でもそうですけど,
企業に来るときに,
なんでうちの企業を受けたの?って,
死亡の動機ですよね.
これまで何やってきたの?って,
あなたはって.
どんな行動パターンをして,
どんな困難を乗り切ってきたのかって,
そこを多分,
面接者は聞いてくるじゃないですか.
なるほど,こういう学習パターンとか,
こういう能力を見つけたって,
そういうことはうちで取ったら,
それをきっと再現してくれるんだ,
生き方をするんだろうって.
だから,
この質問がすごく難しいんだよ.
あなたはどんな経験をしてきたの?
それでうちに来たら,
どんなことをこれからやりたいの?って,
聞かれるのはこの3つなんですよね.
あなたは何者?っていうのを,
具体的に言えば,
なんで高校受けたの?って,
これまで何してきた?
これからどうしたい?
で,このことによって,
選抜が通っていくわけですよ.
企業と近いですね.
で,もちろん,
高校時代に何をやったかっていう,
経歴みたいなものは,
ちゃんと出すわけですね.
で,もう話戻してていいですか?
はい,大丈夫です.
まず,アメリカは,
学校に行かない方法を取っても,
どうも,高校も行けそうだし,
大学も行けそうだし,
ってことになりますね.
だから,日本のような不登校問題っていうのは,
日本の不登校問題っていうのは,
まず,法律が作ってるんだってことなんですよ.
はい.
ただ,実態として,
長期欠席者とか,
孤立する過程とかっていうのは,
あると思うんですけど,
その辺の保障とかっていうのもあるんですか?
あるってことですね.
ヨーロッパに目を移してみると,
ヨーロッパは,
例えば,
北欧なんかは,
就学義務がやっぱりないんですね.
デンマークとか,
そういった国々は,
そもそも学校に行かなくても,
社会にきちんと接続できるって仕組みを持っているので,
つまり,学校行かなくても,
高校行けるとか,大学行けるとか,
または社会に出れるとか,
そういった仕組みをもともと持っているので,
どうも,日本とか韓国における不登校とは,
違うわけじゃないですか?
つまり,日本の子どもたちは,
登校状態になってしまうと,
道に戻れないから苦しいんですよ.
受験できなくなるの?
不登校という概念がなぜできているかというと,
まず一つは,
学校を定めてしまって,
学校に行かないと進学できませんよ,
っていう仕組みを作ったからですね.
戦前の法律はもっと楽だったみたいですよね.
日本も,戦前は,
学校に行かなくても,
今でいう高校受験,
昔といったら,就学受験を受験することはできましたし,
お金持ちのうちだったら,
多分,学校に行かせないで,
家庭教室とかつけて,
受験をして,
今の高校に進学して,
その上を定代に入学するみたいなことが,
全然できたわけですよ,戦前は.
でも戦後にできた学校教育法は,
けっこうガチガチにできてるんですね.
ですから,この法律によって,
学校に行けなくなった時に,
子どもが苦しむってことが起こるじゃないですか.
つまり,日本の不登校問題とか,
韓国の不登校問題というのは,
登校状態になった時に,
第二の苦しみが来るってことですね.
第二の苦しみは,
このルートに戻れないんじゃないかって,
ものすごい不安になるんですよ.
この問題が,
登校問題を,
強烈に深刻な問題に変えてるってことですね.
たしかに,子どもたち見ててもそうですね.
なぜか学校に行かないって選択をした後に,
急激に心身の不安が起きるっていうのが,
起きていて,
そういったところも,
社会的なプレッシャーとしてあるんですよね.
そういうことなんですよ.
だから,欧米の子どもたちに,
じゃあ,それがあるかったらないんですね.
だって,そもそも,
行かなくてもいいっていう仕組みなんだから,
日本の子どもたちとか,
日本の保護者の方々が,
思ってる強烈な,
二次的な不安はないわけですね.
二次的な不安はキーワードにありそうですね.
で,じゃあ,
ヨーロッパの他の国分にはどうなのかというと,
けっこう厳しい就学義務がある国もあるんです.
ドイツなんかは,
すごく厳しい就学義務があるので,
国が認定した学校っていうところに通いなさいと.
これは日本と同じ仕組みなんです.
でも,明らかに日本と違うのは,
学生指導有料で,
学校があまりにもきつけつに定められていないので,
いろんな学校があるんです.
いろんな学校を自由に選ぶことができるんですね.
オランダなんかが一番わかりやすいですかね.
オランダだと,
公立に選ぼうが,
私立を選ぼうが,
基本的に全部無料です.
厳しい学校から,
甘い学校から,
不登校問題の構造理解と社会制度の役割
いろんなタイプの学校があるんですね.
子どもは自由に選べるので,
適用できなかったら,
学ぶ場所とか学ぶ方法を選んで,
変わればいいだけなんで,
いくらでも救われる仕組みがあると.
ですから,
日本とか韓国が抱えてる問題っていうのは,
立てれてしまったルートから外れた場合の,
不安が強烈になっていくっていうことなんですよ.
2方向気になってるのが,
そんな日本は何をどうしたら変われるのかっていう,
社会設計側の話と,
とはいえ今きつい状態にある方たちができることって,
何なんだっていう,
この2つの方向気になりました。
だから,
どう解決するかっていうのは,
台湾が示してくれたんですね.
台湾は10年前に,
日本と同じような教育システムだったのに,
一番重要なポイントは,
教育を受ける権利を,
国とか親は,
保障することが目的.
つまり義務教育っていうのは,
子どもに対して,
教育を与える機会をちゃんと与えましょうって,
それは必ずしも日本のような,
学校っていう場所ではなくてもいい.
けっこうですよって言ったのが,
台湾ですね.
台湾は10数年前に多分法律を変えて,
学校っていう場所に通わなくても,
自宅で学んでもいいですって,
自宅で学んでたら,
ちゃんとお金を,
国がくれるんですよね.
保障するって.
これちょうど,
前回か前々回のお話で,
話してたでしょ?
ちゃんとお金を保障してくれて,
自宅でインターネットで学べる環境を,
作ることができるとか,
教材も買うことができるとか,
ちゃんと自宅で学んだ場合でも,
こんな風にすれば大丈夫ですよって言うわけですね.
日本は学習指導要領ってものが定まってるので,
何でもかんでも学ぶわけですよ.
例えば,
発達にすごく特性がある子がいて,
特別支援学級とか,
特別支援学校見に行ったことあります?
ありますか?
特別支援学級行くと,
日本の場合だと,
特別支援学級って,
基本的に通常の学級のカルキュラムと,
同じようなものを持てるにして,
ちゃんと全部教科があるのわかりますかね?
国語,数学,社会理科,英語,音楽,運動,
全部小学校であるんですけど,
小学校でも似たようなのありますよね?
でも,中には,
図工だけやってたら,
また美術だけやってたら,
めちゃくちゃ集中してやるけど,
急に次の時間になって,
社会科になったら,
ぐたっとして,
伏せてしまって,
やりたくないって言ったら,
僕見たことありません?
はい,見たことありました。
でもそれはカルキュラムが定まってるからですよね?
何を学んで,
どんな風に学ぶかが,
もし子どもにものすごい権限があったら,
この子1日中とか半日以上,
もしかしたら図工をやってるかもしれないじゃないですか?
いろんな試行錯誤をしながら,
そこで創造性豊かな子どもになってるかもしれないですね?
脳の状態はすごい元気ですよね?
で,最後に1時間とか2時間に,
自分の苦手な教科のところどころに踏まえてても,
イライラする時間が短くて済みますよね?
でも,もしカルキュラム通りやってたら,
大好きな図工の時間は1時間しか経てばなくて,
あとの5時間は,
ものすごい苦しい時間だとすれば,
この子は1日中苦しんでますよね?
で,その姿を見て,
ちゃんと我慢しなさいよって,
これも一生懸命やりましょうよって言って,
先生たちの姿が見えてきますよね?
もう,この時点で,
何か不登校問題の決定的な違いみたいなのが見えてきません?
つまり,学ぶ側っていうのは,
子どもが学んで元気になって,
で,いろいろ創造性豊かにいろんなチャレンジをして,
仮説を立てて検証するっていうのは,
体育の中にもあるわけですね?
どのぐらいの力でどんな風に飛んだら,
ここに到達できるかって,
みんな頭の中で仮説を立てて,
実際に運動してみて,検証してみるってみたら,
この科学的な思考っていうのは,
いろんな教科の中で得られるわけですけど,
でも,それは数学で学びます,理学で学びます,
とか何か言っていて,
これを全部学べば,
総合的に素晴らしい人間になりますよって言ってる,
日本の法律と,
欧米はもっと得意な,
すっごく自由で,
どう学ぶかは,
子どもが決めたら大丈夫ですよって言ってる,
国々とは,
根本的な考え方が違うってわかりますよね?
日本では,
もうカリキュラムが決まっちゃってて,
それを学ぶことが目的になってしまっているから,
そこから外れた場合,
もう,どうしようもなくなっちゃう.
ということで,
一旦ちょっとここで区切って,
ここでまとめて,
1分程度感想タイムに入りたいと思うんですけど,
最後に話にも出てくるんだけど,
欧米とか諸外国と比較するっていう文脈が多いんだけど,
欧米を目指していますっていうよりも,
日本の制度との比較を通して,
今の日本の制度の特徴を見やすくするための,
比較であるということと,
これまでの欧米の制度の歴史を踏まえて,
今後こうなっていくとより良い民主主義を目指せますよね,
っていうところにつながっていくので,
あくまでも目指しているわけではないっていうところは,
後ほど出てくるというところがあります.
あと,あれやね,
二次の苦しみっていうのを,
構造的に理解するっていうのがすごい大事やったね.
大事やね.
ここで一番大事なのは,
不登校っていうのは子どもの甘えとか,
親御さんのしつけとかっていう話じゃなくて,
制度が二次的な不安っていうものを作り出していて,
それによって回復が遅れてしまうっていうことがあるから,
やっぱり個人じゃなくて,
社会の制度としての問題として,
見直す必要があるっていうところかなと思っていますね.
その状況になったらもうルートから外れてしまって,
この先どうするんだみたいな不安があるってすごいよね。
だけどちょっとね,
工藤さんが冒頭に言ってたんだけど,
大権っていう制度を活かしたりとかすれば,
実は二次的な不安とかも抑えられる方法があったりとか,
そんな話も,
もしかしたら解決策のところに出るんじゃないかなっていうふうに思ってて,
だから,
二次的な不安を起こさないために,
どんな関わりができるのかっていうところは,
かなり今までの制度の話で,
しさがあるんじゃないかなっていうふうに思っています。
もう一個,
これとは別で,
なんでじゃあ不登校の数がこんだけ増えてるんだっていう話は,
社会の出来事と因果関係と考えられているものが研究であるから,
そういった解説もいずれしたいなと思ってるんですけど,
今はとにかく個人の問題じゃなくて,
社会の制度の問題として見る必要があって,
そうすることによって,
二次的な不安であったりとか,
それによる心身の不調が起こることを防げるんじゃないかっていうところが,
一個考え方として得られたんじゃないか,
さらには今度は,
具体的にどうやって家庭で対応していけばいいのかっていうところも,
次回聞いていきたいなというふうに思っていますが,
今回はそこまでは行っておりません。
後半は,
子どもがどんな力をつけていくといいのかっていう話も,
今からありますので,
お聞きください。
お聞きください。
そういうことですね,
学校の先生たちも,
勘違いしてるんですよ,
日本で教員をずっと続けてると,
子どもはほっといたらきっと勉強できないから,
教えてあげなきゃ伸びないでしょって勝手に思ってるんですね,
だって子どもって,
赤ちゃんで産めた時を考えればよくわかるんですけど,
赤ちゃんで産まれた時って,
好奇心の塊ですよね,
たとえ障害があったとしてもすごく好奇心の塊で,
その子なりにいろんなものに興味を持って何かやろうとするじゃないですか,
だからすごい主体的な生き物なんですよ,
でも日本の教育とか質問を受けてると,
5年ぐらい経っちゃうと,
いつの間にか子どもはですね,
その主体性を失われていくんです,
主体性と当事者意識の育成
あれをしろ,これをしろって,
人に迷惑かけちゃいけないじゃん,
それやっちゃダメよって,
あれしちゃダメ,これしちゃダメって言ってるうちに,
子どもはだんだん,これやっていい?って聞くようなんですね,
で,できることとか言われたことしかやらなくなって,
リスクを追ってチャレンジすることをだんだん拒んでくるんですね,
で,小学校6年生ぐらいになると,
日本の子どもたちは世界で最もお利口さんになりますよね,
けいちんとしてますよね,
先生の言うことをよく聞く子どもになりますよね,
でも一番大事な主体性削られるんですよね,
だから幼児教育こそが人生を作る,
とても重要なものだって言われていて,
幼児教育の研究をしてるんですけど,
日本の幼児教育の研究と,
欧米の幼児教育の研究の根本的な違いは,
生まれたときに持っている主体性を失わせないで教育することが非常に難しい,
つまり手をかければ手をかけるほど主体性が失われていくので,
どういう手のかけ方が主体性を削らないでいくのかって,
この研究ですよね,つまり環境をどう作っていくかって,
非常に重要なポイントなんですよ,
本人が望まないものをやってても,
それなりに能力はつくんだけど,
一番根本的な,
自己決定をして物事をやっていくっていう,
人間にとって最も重要なポイントが失われていくんですよ.
学力ってペーパーみたいな学力は,
中3で世界一位ですけど,
でも日本の子どもたちの多くは,
主体性削られるので,
主体性削られた子どもたちって,
自己決定を繰り返してないので,
どんな特徴があるかっていうと,
うまくいかないことがあると人のせいにするんですね.
勉強がわかんないと,
先生の教え方が悪いって言うんですよ.
いや,遥か先生は教え方がうまいけど,
人は先生は教え方がだめだね,
みたいなことを言っちゃうんですよ.
お客さんが言ってますね.
で,お母さんって,
うちの先生全然だめって,
だから塾行かしてって,
みたいなことを言うんですね.
学校の先生たちも,
より教え方がうまい先生になろうと思って,
どうやって教育のサービスを,
いいサービスを与えられるかって,
サービス競争をするんですよ.
でも教育の本質は,
この子が自分で学び方を,
いろんな環境の中で学び方を覚えながら,
どうやったら克服できるかを,
伸ばしていくことが本当は教育なのに,
つまり,
独り立ちさせるのが教育なのに,
手をかけるのが教育というよりは,
どうやって手を離していくのが教育なんですよね,
本当はね.
だから親御さんによく言うのは,
何歳までお子様にします?
ってよく言うんですよ.
12歳ぐらいで中学時点で,
学校説明会に来た親御さんに,
今12歳ですよね,お子様ね.
何歳まで子育てしますか?
って聞くんですね.
まさか18歳になって,
高校3年生になった時に,
お母さん,お父さんって,
僕大学どこ受けたらいいかわからないから,
どこ行ったらいいか教えてよって.
そんな子どもになってほしくないでしょ.
僕ここに決めたんだけど,
報告してくれろって,
子どもになってほしいでしょって.
つまり,
皆さんが子育てといったら,
12歳から18歳って考えたら,
あと6年もできないんですよ.
どうやって手放すかってことだったから,
これ考えてねって,
僕学校説明会で必ず言うんですね.
日本の子どもたちは,
あれをしろ,これをしろ,
あれをするな,これをするな,
って言われてるから,
わずか小学校の,
もう低学年から中学年ぐらいになってくると,
どんどんどんどん主体性削られてるので,
ますますサービスを受けないと,
教育ができなくなるんですね.
だから子どもたちは,
うまくいかないことがあったら,
必ず人のせいにすると.
クラスがうまくいかないと,
単に外れたって言うんですね.
うちの担任外れだよって,
学級崩壊状態だよって.
学校の先生も崩壊状態になるのは,
学校の先生の責任だと思ってるんですよ.
確かに管理教育をすれば,
管理していこうっていう教育,
手をかける教育をしていくと,
教員の能力差が出るんですね.
でも幼児の頃から,
子ども主体の教育をしていくと,
学校の先生なんて本当は関係ないんですよ.
例えば,
自分の子どもが,
日本ってやたら宿題出すじゃないですか.
これも日本独特ですけど,
学校教育でやたら宿題出すんですよね.
宿題出すって文化があるから,
日本のお母さんだと,
なんとかちゃんと宿題やったの?
って声かけるじゃないですか.
良かれと思って子どもに声かけるんですよ.
そうすると子どもが,
うるさいなって今やろうとしたのに,
本当お母さんのその声ね,
やる気伏せるんだよとかって言うわけですね.
お母さんは良かれと思って声かけたんだけど,
この声のかけ方が悪いって,
そのサービスの仕方が悪いよって文句言うんですよ.
つまり,
主体性を失った子どもっていうのは,
サービスの与え方に不満を言うようになるんですね.
もっと良いサービスを頂戴よってなるんですよ.
こんな子どもを育てられるわけじゃないですよね.
教育の本質っていうのは,
主体性を育てていくってことが一つだし,
もう一個僕が大事にしてるのは,
当時支えですね.
これは後天的に学ばせなきゃいけないんだけど,
子どもがとらぶってる時に,
子ども自身がこれを解決していく能力ですね.
これも日本とヨーロッパと比べると,
すごい決定的な違いがあるんですよ.
僕はデンマークの関係の方とよく話させてもらうんですけど,
デンマークで子ども同士が,
例えば幼児が砂場で遊んでると,
そうすると,
先生,保育園の先生だったら,
よくやりがちなのは,
子ども同士が遊んでると,
仲良く遊んでねって,
余計なこと言うわけですよ.
おもちゃを貸し借りしようかって,
借りたらありがとってよって,
よくできましたねって言うわけですね.
誰かがブランク遊んでると,
みんながなかなかブランクできないので,
ほらみんな待ってるでしょって,
順番だよって,
10回超えたら交代ってことにしようかって,
またルール決めるんですよ.
これデンマークの保育士さんって,
こういうのどうするんですかって言ったら,
まずはずっと見てるだけですって,
そばにはいますって.
でも介入しませんって.
介入された子どもと,
介入してない子どもの違いですけど,
日本だと介入されちゃうので,
先生役に出てきて,
なんとかくんって,
先生が順番だって言ってたでしょって,
言ったりする子が増えるんですよ.
で,誰かが泣いてると,
どうしたのって,
大人とか先生がやってきて,
どうしたのって言ったら,
なんとかくんがこんな意地悪するのって言ったら,
もうなんとかくんのとこ行って,
ダメじゃないって言うんですよ.
謝ろうよって言って,
介入するんですね.
これはなぜかって言ったら,
秩序を保つためには,
とても美しい秩序,
これを教え込むことが大事だって,
勘違いしてるんですよ.
親も先生も.
そうすると何が起こるかって言うと,
トラブルが起きたら解決するのは大人だって,
勘違いしてるんですね.
デンマークでそれどうするんですかって言ったら,
見守っておくだけなので,
基本的にずっと喧嘩が続くんですよ.
先生が解決してくれるっていうふうに,
もともと思ってない子どもたちはどうすると思いますか?
自分たちで対話する.
そうなんですよ.
時間がかかるんですけど,
お互いを理解しながら,
到達点をだんだん見つけていくんですね.
ルール決めたりするんですけど,
時間はかかるんだけど,
この後天的な当事者性を教えていくっていう,
当事者意識って言ったらいいですかね.
これを教えていくのは,
経験を通じて学んでいくものなんですけど,
これを奪わないっていうことが,
教育の専門性なんですね.
この研究が進んでいくわけですよ.
ここで出てくるのが,
民主的な対話の方法っていうものを,
子どもに教えていくんですね.
民主国家として成長していかなきゃいけないってことを教える,
体験を通して教えてる国は,
デンマークのような国は,
みんなが自由に来たらぶつかるじゃない,
ぶつかったらどうする?
って考えさせるんですよ.
どうすればみんなが楽しく暮らせるのかな?
そうすると,
自分の自由と人の自由が必ずぶつかるので,
自分の自由を尊重してほしかったら,
人の自由を侵害しない,
安易でしか自分の自由は認められないって社会,
そういう社会を作ればいいんじゃない?
つまり,子どもたちは,
自分の自由は人の自由を侵害しない範囲だけで認められてる社会を,
みんなで認め合ってルールを決めていく社会.
これがヨーロッパで教えてる民主主義ですね.
日本の例でいくと,
授業があって,
授業中に寝ちゃう子どもがいると,
寝ちゃう子どもは自分の自由だから,
人に邪魅はかけてないかもしれないから,
認められるかもしれないけど,
授業中に人にちょっかい出して,
嫌がらそうしてたら,
この人が学びたいって自由を侵害してるので,
これは寝てる行為と邪魔してる行為で比べたら,
明らかに強烈に違うわけですよ.
っていう話になりますよね.
例えば,
服装の踏発なんかも,
僕は小島町でも横浜副大でもそうだったけど,
ほぼ全部自由になったんですね.
僕管理教育だった頃全部自由になって,
ピラスでも何でもOKだよって学校に変わったわけですけど,
それって誰にも迷惑かけないですよね.
でも例えば,
授業中にゲームやってて,
うるさいとかちょっかい出したら,
これは明らかに問題ですよねってなりますよね.
横浜副大なんかも,
携帯持つことだとかスマホ持つことだとか,
全部自由ですけど,
基本は教員たちが教えるのは,
自分の自由か人の自由を侵害してないか,
この判断基準だけ,
きちんと持とうね.
で,ぶつかったら先生が出てくるんじゃなくて,
どうやってそれをやればいいかは,
君たちが考えることだよ.
っていう話だから,
常に子どもたちはその対話をしなきゃいけないんですよ.
なるほど.
だから,
社会は,
自分としてルールを作っていくものだ.
ってことを学びながら,
社会の,なるほど,
政治はそうやって作られているのかが,
体験的にわかってくるんですよ.
ちょっとすごい根幹になっちゃうんですけど,
欧米と比較してよくお話されるんですけど,
欧米の姿を,
目指しているっていうのは,
違う違う.
それは,歴史で考えるとよくわかるんですけど,
欧米って,
今でこそ日本って,
すごく秩序を守ってますよね,
って言いますけど,
100年も遡れば,
ヨーロッパの方が,日本よりも遥かに管理教育で,
もっと言ったら,
大罰教育ですね.
だって明治維新から今,日本って150年じゃないですか.
100年前まで遡ったら,
もうなんかすぐ,
ちょっと前に,
蝶曲げ打てた時代があるわけですね.
その100年くらい前って言うと,
世界ってほとんど人権無視なんですよ.
ヨーロッパ中,世界中ですよ.
だって女性に選挙権もほとんどないですよね.
ヨーロッパでもないですよ.
もう1回,100年遡ると,
各家庭のしつけっていうのは,
日本以上に厳しくて,
だいたい子どもは革のベルトで叩かれたそうです.
学校の先生は,
みんな鞭を守ってた.
で,叩くんですね.
これが100年くらい前までは,
普通に行われてたってことですね.
ヨーロッパで.
ですから,ヨーロッパ目指してるわけではないのわかりますね.
で,なぜそうなのかって言うと,
中世にできたような,
ヨーロッパの学校っていうのは,
基本的に宗教の影響をすごく受けていて,
特にキリスト教の,
カトリック系の影響を受けているので,
すごく厳格なんですよ.
人間っていうのは,
もともと罪を背負って生まれてくるっていう,
宗教的な考え方があって,
ですから,厳しくしつけないと,
まともな人間にならないと思っているので,
ヨーロッパの方々は,
子育ても,学校も,
とても厳しい場所だと.
教育制度の歴史的背景と日本の課題
で,授業は,
教えるものであって,一斉授業を
とっていたと.
江戸時代の,
中期ぐらいだったら,
日本とか中国が,
世界のナンバーワンの文明を起こっていたわけです。
でも,ヨーロッパにいきなり
抜かれたのが,
産業革命がイギリスに起こって,
それがヨーロッパでどんどん広がっていったと.
科学の技術が,
劇的に変化したわけですね.
急激に成長したと.
あっという間に,
日本とか中国の科学技術を,
世界が抜いていったんですね.
一瞬で.
それが,侵略戦争みたいなものに
つながっていって,
植民地になる恐れがあった.
周りは確かに,
どんどん植民地になっていったんですね.
日本はそのタイミングで明治維新に起こり,
植民地になっちゃいけない
というので,
ヨーロッパ方の教育を早く入れて,
国民に,テラコヤではなくて,
自由に学ぶという方法ではなくて,
ヨーロッパ型の学校の
仕組みを入れなければ,
ヨーロッパに追いつけない.
学生が引かれて,
ヨーロッパ型のカリキュラムと,
指導法が入ってきたの.
もともとは学年も壊れていて,
学ぶのは主体的であって,
共同的な学びをやってたって,
日本のテラコヤって,
先生は教えるものじゃなくて,
学び合うのが仕組みだった.
子どもたちは学びたくてたまらなくて,
テラコヤに通っていた.
テラコヤ制度があったんですね.
これが,
国が学校を定めて,
いきなり学校に通いなさいと.
美術とか音楽とか英語とか,
カリキュラムが決められていくと.
最初は大反対の人たちがいっぱい
日本中にいたそうです.
学校が焼き討ちになったことも
あったそうですね.
でも,そこを順調に通り過ぎて,
ヨーロッパ型の教育が,
日本中の筒ぐらいまで広がって,
いろんな教科を学ぶことによって,
優秀な人間が出てきたということですね.
科学技術のトップクラスの人間が出てきた.
これによって,
日本は欧米に
肩を並べるようになってきたんですね.
でも,この時に入ってきたのが,
一斉教授型ということと,
指導をするということと,
それから,
比率強付けで着席のような
管理をしていく,
それからさらに大罰教育ですね.
江戸時代までは,
子育てで違う教育されていた子どもたちが,
明治になって,
ヨーロッパ型の
規律正しい教育が進んでいった.
この延長線上に今の日本があって,
ヨーロッパは
それをやめたんですよ.
なぜやめたかというと,
先生の言うことをよく聞く,
素直で誠実によく聞いていくという子どもたち.
いわゆる,僕は自主性とよく言っています.
先生の望むことを
自主的に行っていく.
そういう望ましいことも
育っていくと,
第二次世界大戦の時に,
例えばドイツですね.
ドイツは民主主義国家だったのに,
第一次世界大戦に負けて,
借金だらけになった国の
状況があったんでしょうね.
リトラが選ばれて,
洗脳的な教育をし,
先生の言うことを鵜呑みにする子どもたちが
どんどん育ち,戦争にストップかけないどころか,
犯罪を起こしてしまった国.
ものすごい反省が
ドイツの中にもあるので,
この教育をしてはいけないと.
それはなぜかというと,
ヨーロッパが勝った国にもそうだったんですけど,
みんなやけの腹になったんですよ.
科学の技術が進歩するってことは,
こんなにすごいダメージがあるのか.
戦争は勝てばいいって問題じゃなくて,
やっちゃいけないことだかってことを
認識できたのが,第二次世界大戦になったんですね.
今から80年前.
ヨーロッパ中の管理局が変わっていくんですよ.
先生の言うことを鵜呑みにする
自主性のある子どもじゃなくて,
先生の言うことにいちいち疑問を持つ,
主体的な子どもたちを育てなきゃいけない.
人権的に優しくなり,
子どもたちの教育が変わっていったんですね.
ヨーロッパの方々は,
今の日本の姿を見て,
日本はきちんとしてますね.
これは日本独特の文化もあるんですよ.
ちゃんと.
でもそれは,
比率を正しい教育をしているから,
日本が素敵なんですよ.
という意味では,
多分,僕はないと思いますね.
やっぱり日本独特の,
江戸時代から伝わる,
思いやりみたいな教育がちゃんとある.
でも,多くの日本の教育者は,
勘違いをしていて,
きちんと,
規律正しく,強制的にやっているから,
そのもとで育っていて,
世界はそれを賞賛してくれているって,
勘違いしているんじゃないかなと思いますね.
はあ.
今日も新聞か何かだったかな,
今日か昨日だったかな,
デジタル教科書を今,
国が有利にしていこうという方向にある時に,
でも,フィンランドでは,
もう一回,
紙ベースの方がいいっていう風に,
戻っているみたいな言い方をしていますけど,
全然,
全然話が違うんですよ.
さっきの,
ディス役者の子どもを考えたら,
ディス役者の子どもって,
読み書きがとても苦手で,
鉛筆を持つとノートを取れないんだけど,
キーボードを持つとノートを取れる子がいますよね.
僕もたくさん知っていますけど,
先生の話を聞きながら,
ノートを書こうと,
鉛筆を書こうとすると,
聴覚優位の子どもが,
ノートを取れなくなるんですけど,
キーボードだとブラインドタッチができるようになってきて,
脳の回路が違うので,
全然先生の話を聞きながら,
ノートを取れるような聴覚優位の子がいますよね.
この子は,
デジタルを使わないと,
やっていけない子なんですよね.
タブレットとかスマホを,
手放せない子もいるわけです.
でも文字をみなして,
紙ベースで読んだら全く読めない子もいるんです.
字が読めない子もいるんですね.
でも読み上げソフトを使ってくれたら,
全然読める子もいると,
デジタルのほうが全然オッケーな子もいるじゃないですか.
だからそれぞれ違うものを,
日本は何でもかんでも,
一斉でやらせようとするんですよ.
だからフィンランドで,
やっぱり紙に戻そうとかっていう話って,
本当なんですかって,
僕は聞いたことがあるんですけど,
紙の優位性がやっぱりあるので,
紙に戻したいんだけど,
一律に紙に戻すわけじゃなくて,
やっぱり子どもによっては,
デジタルじゃなきゃダメな子がいるので,
それが認められる環境を作ることですって言ったから,
日本で言われてる,
話題になったこととだいぶずれてるんですよ.
そうですね.
しかもあれデジタル化にしたわけじゃなくて,
デジタルも使っていいですよっていう,
無料で.
デジタルじゃなきゃダメな子がいるんです.
100%デジタルじゃなきゃ,
全く勉強できない子だっているんです.
その子に,
使う時間がどう残るのって問題ではないんです.
何時間以上はダメだとか,
悪いとかって問題じゃなくて,
その子に応じて,
みんな違うんですよ,環境が.
それをどうやって,
何を学んで,どう学ぶって,
どうやって学びますかを,
子ども主体に考えましょうっていう法律と,
一律にこうやって学びなさいって,
日本全国でいまだに,
なんとかスタンダードって言って,
ノートの取り方から,
何から何まで徹底する,
自治体ありますよね.
20%くらいの子ども,
無視してる自治体ですよね.
ちょっと見えてきました.
例えば紙に統一した方が,
全体平均偏差値は上がるとか,
目に見えやすい数字が,
上がりやすい,
統一した方が,
説明がつきやすいわけじゃないですか.
だけど,一方,
僕たち子ども一人一人を見てた時に,
その統一によってどんだけ苦しんでる子がいるかっていうのは,
現場目線だとやっぱりあるわけなんですよね.
だからその,
全体を,
分かりやすく導こうとすると,
統一した方が良くて,
だからその統一によって,
苦しんでる子たちが,
それこそ不登校で苦しんでたりとか,
するのかなっていうのは.
日本の中には,
嫌なことでも我慢することが価値になるって言うみたいなね.
それから一度始めることは絶対続けなきゃいけないって.
マレーシアの話,
雑談の中だったから,
今日この中でやったから,
話になったと思うんですけど,
マレーシアの話を聞いた時には,
マレーシアの方々は,
けっこう日本と違って,
始めたことでもすぐやめちゃうって言う,
文化があると.
やめることに対して全然OKな文化があるって言うんだけど,
日本って,
始めたらやらなきゃいけないのよって,
なんか知らないけど,そういう圧迫感,
圧力感ってないですか?
あります.
三日坊主もそうだけど,
一度続けたことはやめちゃいけないのよって,
やるとことんやってみて,
そこから考えるんでしょって,
みたいな文化があるわけですけど,
これによって苦しめられてる子どもだっていっぱいいますよね.
はい.
それが日本の良さでもあるんだけど,
なんかすごい苦しみを生んでる感じがしますよね.
でも,
世界に目を広げてみると,
そうじゃない文化の国っていっぱいあって,
何が正しいってないじゃないですか.
そうですね.
でも基本は,
幸せになるために教育があるはずなのに,
こうやれば幸せになるよって言ってるみたいな,
おかしいでしょ?
でも日本って,
すごくおせっかいなんですよ.
例えば小学校5年生になったら,
移動教室に行きます.
2泊3日でなんとか山に登って,
ここでキャンプしますっていうわけですね.
学校の先生たちは,
成功させたいじゃないですか.
親御さんは親御さんで,
この2泊3日なんか入ってきたら,
なんか立派になってきて,
帰ってきてくれないかなって期待しますよね.
でもこの構造をよく考えてみると,
小学校5年生っていう中には,
背のでっかい子もいれば小っちゃい子もいれば,
精神的に大人の子もいれば幼い子もいれば,
そもそもこれに,
行きたい子だけじゃなくて,
行きたくない子までいると.
いろんな理由を抱えて,
行きたくない子までいる.
行きたくない子まで群れがついていくわけですね.
学校の先生は失敗させたくないので,
例えば小学校の先生だと,
忘れ物させたくないっていうことに,
すごくこだわる先生がいるわけですよ.
忘れ物させたくないために,
うちのクラスはねって,
前日に荷物検査してあげるから,
前日に荷物持っておいてって言うんですね.
全部みんなでチェックするんですよ.
このクラスは忘れ物しないんですね.
隣のクラスは,
ほったらかしてたから,
当日行ってる向こうで忘れ物したと.
親からクレーム来たりするんですよ.
いつも文句ばっかね.
先生はサービスしてくれないと.
先生はサービスしてあげようと,
その情報になるんですよね.
子育てで言ったら,
トンチンカンでしょ.
全くやっちゃいけないことやってますよね.
子どもが独り立ちすることを学んでいくのが,
学校教育なのに,
失敗たくさんしてもOKなような環境を
作りながら行くのがそうなのに,
わざわざ,
理想学校5年生で無理矢理連れてって,
うまくいかない子どもに対しては,
叱るわけですよ.
叱る先生も気の毒だけど,
叱られる子どもがもっと気の毒でしょ.
そもそも行きたくなかったのに,
わざわざ行けって言われて向こう行って,
やっぱり態度が悪いって叱られる.
これが日本の良さですよって言ってる先生達って,
山ほどいるんですよ.
やっぱり厳しくやるから,
鍛えられるでしょうって言う人がいるんですよ.
それはその通りですよね.
そういう子どもいますもんね.
厳しくやって,
救われる子どもがいっぱいいるわけじゃないですか.
いっぱいってまあいますよね.
でも厳しくやって,
救われない子もいますよね.
でも救われない子どもは,
救われない子どもが悪いんだっていう風潮がありますよね.
これ布藤子といっしょですね.
誰一人置き去りにしない社会を作ろうと思った時に,
優先事項は何ですかって考えるのが民主主義だから.
人の自由を侵害しないで認める社会をみんなで作って,
ルールを決めていきませんか?
にシフトした国が台湾ですね.
みんながオッケーな社会を作ろうってシフトしていくんですけど,
台湾はそれを学校で教えて,
学校で言ったら子どもたちが社会をだんだん広めていく.
社会が変わって学校が変わるって思ってる人が多いんだけど,
そうじゃない.
学校が変わって社会が変わるんですよ.
ということが歴史的に見ると,
当たり前のように見えているということですね.
さっきの話なんですけど,
それによって起きる弊害みたいなのもあるんですかね.
子どもに任せて自己決定を大事にしていくことによって,
それができていく子はどんどんすりすりできていくし,
一方それで失敗経験を積み重ねていって,
二次的な自己効力化の失い方みたいなのがあったりするんですかね.
えっとね,今の日本は必ず歪みが出ます.
例えば僕が工場中で校長をやった時に,
僕は6年間校長をしてたんですけど,
最初の3年間は管理教育の教員だらけなんで,
怒鳴りまくったり叱りまくったりして,
宿題も山ほど出すって学校だったじゃないですか.
これがだんだん変化した時には,
意識が子どもの自己決定は大事だとわかった.
でも自己決定をさせようとすると,
質度が乱れやすいんですね.
政治といっしょですよ.
そうすると教員たちはこう言うんですね.
やっぱりダメなことはダメだって教えなきゃダメでしょ.
子どもがやりたいようにやってないで,
ルールを守るっていう子どもたちをしないと,
質度が乱れるじゃないですかって話になるんですよ.
厳しくしましょうよって教員が入ると,
学校を起点とした社会変革と民主主義
さっきの砂場と同じ状態が起こるんですね.
子どもたちはトラブルが起こると,
先生あいつら何とかしてくださいよって,
うるさくてたまんないんですけどって文句言うんですよ.
つまり平和な状態を作られないのは,
先生の責任になるわけですね.
でもヨーロッパはこれ幼児教育から変えてるので,
幼児の頃からそんな教育をしてるので,
ずっとだんだん成熟していくから,
いきなり主体的な教育を中学でやりますよって,
みたいなことになったとしても,
ならないんですよ.
つまり小学校も小さい頃からやってるから,
ずっと統治者性が育てられながら来るから,
日本のような先生の言うことをきちんと聞いて,
ビシッとした状態ではないけど,
子どもたち同士が対話をしながら,
地図を保っていくっていう,
民主的な運営ができるんですね.
フランスでさえも学内民主主義を取り入れて,
落ち着くまで30年かかったそうです.
だから,
工藤さんはヨーロッパに近づけようとしてるんですか?
まったくそうじゃなくて,
人類は成長していくために,
そこの道,ハードルを超えていかなきゃいけないんですね.
民主的国家っていう方法以上に,
世界に誰もが平和で暮らす方法ってあるんですか?
って言ったときにないじゃないですか.
誰か優れた遠慮者がみんな全員で,
それを社会を治めるんですか?
ってことを理想にするんですか?
ならないでしょ.
やっぱり全員がオッケーなものを探し出して,
優先順位を決めて,
みんながオッケーなものをどうやってルールで決めていきますか?
って言ってヨーロッパの方々は,
ちょっとずつ成熟していって,
一番象徴的なのは,
ドイツとフランスってあれだけ国民性も違って,
長い歴史で考えていくと,
ずっと戦争してきた2つの国が,
EUを作る中心の国になったわけじゃないですか.
EUって,自国のことだけ考えていったら,
関税かけたほうがいいし,
人の移民は入れたくないし,
でもEUに加盟した国々は,
関税全部ゼロにしようよって,
通貨もいっしょにしようよって,
人の移動も全部自由にしようって,
考えられないじゃないですか.
日本は韓国と中国と,
関税ゼロにして,
人の行き来も自由にしましょうよって,
なるわけないでしょ.
今の日本だったら.
でもヨーロッパの方々は,
それを実現したっていうんだから,
すごい国民の成熟度がすごいんですよ.
当然EUに加盟する時には,
反対した人はいっぱいいたと思いますよ.
関税ゼロになったら困るって,
うち農業やってるんだけど,
これもっと安いもの入ってきたら,
もう商売成り立たないよっていう人たち,
山ほどいたと思うんですよ.
でもそれでも国の人たちは,
将来にわたって自分たちの子どもたちが,
平和な社会作るためには,
戦争が起こらない仕組みを作っていくしかないんじゃないの?
とすれば,
にはちゃんと国として支援するから.
支援していくので,
これ受け入れてみんなで,
安全ゼロ,移民も自由に動くって,
そういう制度に加わろうよって,
国民を説得した.
つまりそれは,
そういう教育がなされてたから.
最優先になるもののためには,
痛みをみんなで勝ち合いながら,
ソフトランディングしていきましょうってことを,
選んでいくわけじゃないですか.
歴史が違うんですよ.
日本はこのハードルを超えなきゃいけないですね.
主体性のある教育をすると,
子どもたちの知恵度が乱れます.
これを,
先生が管理してきちんとするんじゃなくて,
彼らに,
民主的な対話の方法とか,
ほらぶった時に,
人の自由を侵害しないで決めてるには,
どうすればいいの?
常に常に対話をさせながら,
ルールを,
子どもたち自身で学んでいくんですね.
だから僕がいた時の小島中っていうのは,
1年生の時はトラブルだらけですね.
教員たちはそこを,
技術を覚えていって,
支援をする技術を覚えていって,
2年生,3年生になると,
すっごく落ち着くんですよ.
ものすごく手柄がかからない.
でも普通の管理教育をやってる学校は,
極端に言いますよ.
悪い言い方すれば,
中学1年生でまず,
教員たちは占めるって言いますね.
入学と全然占めなきゃいけない.
ありますね.
整列の仕方とか,
号令の書き方とか,
訓練するんですよ.
更新の仕方とか訓練する学校だとまだ,
未だにありますよ.
で,子どもたちは中1だから,
先生たちの圧力にけっこう負けてくれますよね.
でも2年生くらいになると,
飛び出していく子どもがだんだん出てきて,
それを極端に教員たちが占めようとする.
これ占められないと,
荒れるっていうか,
子どもたちに,
何人かのグループ集団に荒れていく.
だから管理教育をしていく.
ってますますやられますね.
で,ひどい時だと,
荒れまくって,
中学2年生は中だるみだとかって言い方しますけど,
管理教育の中だるみみたいなんですね.
この中だるみだっていう感覚も,
これ日本独特の言葉だと思うんですけど,
3年生になると,
いきなりピタッと収まるんですよね.
なぜかというと,
高校受験があるから.
いきなり子どもたちが,
ごまをすり始めるわけですよ.
で,受験が全部終わるまでは,
とりあえず子どもたちが大人しくして,
受験が終わった途端に,
またはじけるみたいなことが起こる.
学校を荒れさせないようにするにはどうする?
みたいなことが話題になるんですよね.
つまり教育っていうのは,
子どもたちを独り立ちさせていく.
社会はいろんな人がいるから,
ぶつかるとこだ.
これを困ったらどうやって決める?
高島中は基本的に,
生徒総会で多数決で決めるってことは,
やめてねって言っただけですね.
多数決はだめだよって.
どんなにルールを変えてもいい.
子どもたちもみんなでみんなで,
どんなルールを変えてもいい.
ただねって,
多数決っていうのは,
マイノリティを切り捨てる方法だから,
誰一人取り残さないことはできないでしょ?
だからみんながOKだったら,
どこまで変えてもいいよって.
だからみんながOKになる対話をしてごらんって.
って教えてたんですね.
だから,
それで対話できていくもんなんですね.
できるようになりますね.
株式になりますよ.
例えば,スマホを使うか使わないかって,
僕が校長辞めてから話題になったことがあるんですけど,
教室にスマホを入れていいかどうかって,
みたいなことを,
子どもたちに議論したんですね.
そうすると,
許可してくださいっていう子どもたちと,
やっぱり許可すべきじゃないって,
っていう,
大きく2つに分かれるじゃないですか.
これ議論重ねますよね.
許可してほしいって言ってる子どもたちは,
やっぱりいろんな意味で,
通学もそうだし,
それから授業中ももしスマホを使っていいってことになれば,
授業中に,
例えばインターネットで分かんないことがあったら,
先生に聞かなくても,
インターネットで調べて,
これはこんな意味かって分かったり,
また今だったらAIを使えば,
チャットGPTとか使えば,
今議論してるのは,
もしかしたらこの視点が足りないんじゃないかって,
チャットGPT言ってますと,
みたいな手を挙げて,
この視点でもうちょっと話し合ったらいいんじゃないですか,
って見たことができるとか.
いろいろ利点を言うわけですよ.
一方,
許可しない方がいいってところは,
もし許可したら,
みんなが勝手なことをやり始める子が出てきます.
授業中にゲームやったり,
騒いだりなんかする子どもたちいっぱい出てきたり,
または,
授業中に写真撮ったり,
動画撮って,
それをSNSに流す恐れもありますって,
言うわけですね.
この話し合って,
ずっと平行線みたいな感じしますよね.
結果的には,
許可しない方がいいでしょうって,
みたいになっちゃうんだと思うんですけど,
そんなパターンに見えてます.
僕は必ず子どもたちには,
全員オッケーなものを探しなさいって,
まずは全員がオッケーな共通の目的を探し出せって,
使ったら,
全員オッケーっていうものは何なのかを,
みんな考えるわけですよ.
そうすると,
子どもの中にこんな発言する子もいるんですね.
もしみんながルール守れて,
きちんとやれたら,
使えたほうがいいってことは,
みんな全員オッケーですか?
って聞くんですよ.
そうするとみんな,
それは全員オッケーだと.
それはそうだと.
やっぱり便利な点があるから,
もしこれを使わなければ,
授業の質も上がらないし,
使ったほうがいろんな点が便利なんだから,
きっと使いたい子が使える環境を作るっていうのは,
全員オッケーだと思いますって到達するわけですよ.
じゃあこれ全員オッケーですよねって.
じゃあこの全員オッケーなものを実現するための手段で,
次は話し合いませんかって話になりますね.
はあ.
上位下限が決まるわけですね.
そしたら次の段階に,
2ポート率ならないんですよ.
上がじゃあこれはオッケーですよねとなると,
もし使わないほうがいいって,
だからこんな問題が起こるから,
使わないほうがいいって言った場合には,
そもそもみんながオッケーするっていうことを,
妨げるって言ってるわけだから,
今みんなでオッケーだって言った,
このことがオッケーにならなくなるわけだから,
これは絶対維持しながら,
そうじゃない方法をみんなで話せばいいんじゃないですか,
って話になるじゃないですか.
話は進みますね.
民主主義ってこういうこと言うんですよ.
それと総会とかのイメージは,
スマホ使う使わないで多数決して,
使わないになるイメージだったけど,
上位下限に決まってしまえば,
建設的に話し合い進みそう.
これができない理由っていうのは,
学校の先生たちが,
この民主主義を教えられないからですね.
国民の民度が一方に高まらないって言ったんですね.
だから主体性を大事にした学校は,
人が乱れるから,
だから崩壊するんでしょう.
ダメなものはダメって厳しく言わなきゃいけないじゃないですか.
っていきなりそこに議論が戻っちゃうんですよ.
なるほど.進まなくなりますね.
進まないんですね.成長しないんですよ.
もう時間になっちゃって,
本当は時間の配分考えれば,
不登校は実は解決できるんですけど,
解決できるんですけど,
今は今日僕が話したのは,
不登校はなぜ起こるのかっていう,
日本の不登校はなぜ起こるのかっていう構造ですね.
それは一つ目は法律だったんですね.
法律がつくっている.
つまり日本の教育システムが不登校を生んでるから,
本当は悩む話じゃないんだよって.
自分の育て方が悪かったとか,
なんかそういうことをお母さんとか思うわけですよ.
自分の子どもが不登校になると.
子どもも自分を責めるわけですけど,
それは違うんだよって.
選べないような教育システムをつくっている.
日本が不登校をつくっているだけだから,
まずは悩まないでっていうのが一つ目の答えですね.
と言っても,日本だとルートがないから,
すごく不安に思うじゃないですか.
この不安を消すための方法があるんですよ,本当はね.
もう一個,背景として日本っていうのは,
幼い頃からルールを教えていくっていう,
つまり自己決定させないから,
常にサービスを求めて人の批判をするって,
みたいな子どもをつくってしまっているわけだから,
実は自分の解決能力がとても低いんですよ.
日本の子どもたちは,
主体性と到着性が削られた子どもがいっぱいいるから,
いじめも起こりやすいし,解決できないし,
っていう構造が起こりやすいのは,
実は日本の子育てとか教育の背景が生んでいるので,
不登校も含めたいろんな問題を悪化させている理由だ.
今日はだから理由だけ話したわけですね.
これを解決していくためには,
例えば保護者とどんな面談をして,
どんなふうに子どもと話をして,
どんなふうにやっていくと,
これ解決できるかっていうのは,
こっから30分から1時間かかります.
ですからまた今度やりましょう.
いいですか?また?
また今度やりましょう.
ちょっと構造と理解だけで時間が来ちゃいました.
また今度やりましょう.
僕もこれだんだん広める作業をしなきゃいけないと思って,
今全国の自治体まるごとで講演してるんですよ.
全国の自治体さんは,
僕に依頼くると,
私立中学校,小学校,全校だったら,
例えば30校ありますとか,
40校ありますといったら,
今日今Zoom使ってお話してますけど,
Zoom上に40校の中で40校の会議室が映って,
そこに全教員が入って,
今日の僕の話みたいにいっしょに聞いてるんですよ.
まずは不登校も含めたいろんなノウハウを
教えていく作業をしたいともともと思っていて,
今日ティーチャーティーチャーも,
なぜ僕が参加したかというと,
そういう意味もあって参加させてもらったんですね.
今月中になると思うんですけど,
今月から来月の頭までには,
僕自身のYouTubeチャンネルももう立ち上げるので,
そういうノウハウを全部公開していこうと思っています。
そしたらちょっと後半戦収録させてもらって,
そこで,
不登校の場合の解決の仕方ね,
ぜひよろしくお願いします。
ではどうも失礼します。
ありがとうございました。
まとめと今後の展望
どうもありがとうございました。
ありがとうございます。
はい.
いやー終えましたね。
お疲れ様でした。
お疲れ様でした。
どの辺が印象に残った?
フレーズとして残ってるのは,
社会が変わって学校が変わるんじゃなくて,
学校が変わってから社会が変わっていくんだっていう,
この視点はけっこう面白かったですね。
そこの発想の転換は大事そうだったね。
なんかね,どうしても社会で必要とされる人材を育てるみたいなのが,
理解しやすいなと思って,
そっちの考えに触れる機会が多かったけど,
対話でルールを作るみたいな,
このもう一歩手前の対話スキルみたいなのは,
学校を起点に社会を変えていくんだみたいなのがすごいね,
なるほどって感じ.
その視点あるんだって思った.
だから今ある社会に当てはめようとすると,
どうしてもそこに合わない,
工藤さんがおっしゃるように,
20%ぐらいはそこに合わない子たちがいて,
その子たちを見捨てるんじゃなくて,
誰も見捨てないような,
平和で民主主義的な国を作っていくんだったら,
学校教育はそうじゃないといけないんだって.
そのためにやっぱ主体性と当事者性っていうのを,
育てていく必要があるんだってことが分かってきて,
かなり学び深かったなと思います.
一個だけ,
勘違いされるかもしれないなと思ったのが,
主体性とか当事者性って,
要は自分ごととして捉えるとか,
いうことだと思ってるんだけど,
それによって,
この言葉だけ,
1フレーズだけ聞くと,
支援が必要な子とか,
発達の特性上,
今はマイノリティであって,
今の学校環境に合わない子とかの,
支援の必要性が薄れちゃうんじゃないかとか,
自己責任論っぽくなってしまうんじゃないかとかっていう,
そこだけ切り取ると思うこともあるかもしれないんだけど,
前半に前提として,
その制度の問題であって,
社会が変わっていく必要があるんだっていうところが前提としてあるから,
そういったところも具体的に,
どういう調整ができて,
どういう支援ができるのかっていうところまで,
後半戦は聞けたらなっていうふうに思っております。
そうね。
あと,駆動さんのYouTubeがいずれ開講されるということですので,
もうすぐじゃないかな?
もうすぐかな?
ぜひ興味ある方はご覧ください。
また次回の収録もよろしくお願いします。
楽しみにしております。
では,ありがとうございました。
ありがとうございました。
いや,こういう先を生きてきた人の知見をたっぷり聞けるのもいいですね。
よかった。
では,また。
01:14:32

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