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はい、お願いします。 今日は、ゲスト会ですね。 ゲスト、いらっしゃっております。 はい、楽しみです。
工藤勇一さんですね。 はい、来ていただきました。 学校の先生だと、聞いたことないって人あんまりいないんじゃないかっていう感じで。
僕も、かなり工藤勇一さんの本に、教員時代に衝撃を受けた1人でありまして。 簡単に紹介すると、もともとは山形と東京の公立中学校の教員だったんだけど、その後に東京の教育委員会に行って。
話題になったのが、千代田区の麹町中学校。 麹町中学校ね。名前めっちゃ聞くわ。
そこの学校の運営が,学校経営が異端だったっていう。 定期テストもなければ,宿題もなければ,子どもたちの主体性を育むっていう一貫した学校経営方針で,
もう全国から視察がいっぱい来たと。 その後横浜総営中学校でも教育開学に取り組んでいて。
本当にいろんなメディアで活躍されていて。 まず自分が教員時代に学校の当たり前を辞めた本で、ちゃんとOECDとか文科省の目指しているところから逆算して学級経営をするようになってさ。
目的意識を持って,この宿題の目的なんだっけとか,この授業の目的なんだっけっていう,そこに立ち返って子どもたちと合意形成とって,
日々教員として子どもと関わるっていうことができてから本当に変わったんよ,教員としてのスタンスが。
そこですごく影響を受けていて,ずっと本を読んで追ってたっていうのがあって。
っていうのがありましたと。そんな中で宮崎県の小林市で公演をする機会があって,そこでフリースクールコンコンの実践をプレゼンする機会があって,
その後に工藤さんがそこで登壇するっていう,すごい奇跡のようなイベントがあって。
宮崎やけんね,なかなかそこで出会うって珍しいよね。
そうそうそう,宮崎で工藤さんと会って,そこで工藤さんに,実は僕ポッドキャストしててとかっていう話をしたら,
あ,ティーチャーティーチャーって,ティーチャーティーチャーの存在を知ってらっしゃって,
嬉しいね,それは。
そうそう,多分めちゃくちゃ忙しい中なんだけど,
ティーチャーティーチャーには学校に行かなくて困ってる保護者とかがたくさん聞いてくれていて,
もしよかったらその保護者に何かできることをいっしょに考える回を収録できませんかって話をしたら,
やりましょうっていうことで今回の収録に至ってということであります。
楽しみですね。
まあ,工藤さんの教育論,主体性とか当事者意識とか,自立とかっていうのがキーワードで,
教育論はいろんなメディアで話をされていて,
もう,工藤雄一って名前検索したら大量に動画出てくると思います。
なので,今回はあえてもう不投稿という話題に焦点を絞ってお話を深掘りしていこうかなというふうに思っています。
お聞きください。
今収録を終えてお話をしてるんですけども,
不投稿の課題とその解決策のところまで話をする予定だったんですけど,
時間の都合上最後まで聞くことができなかったので,
今回は不投稿という課題の構造理解までになっておりますので,
それを踏まえてお聞きいただけたらと思っております。
そうね,構造理解を踏まえて,
じゃあどうしたらいいかの話は別でお時間をいただこうという話になっておりますので,
そこまで楽しみにお待ちいただけたらと思います。
なるべく急いで収録できるようにします。
さらに時間の都合上質問で深掘ったりとか,
途中でまとめたりという時間もなかったので,
途中で少しだけ人々遥かで音源を挟んで,
そこまでのまとめと最後に感想を入れ込むという形で,
今回お届けしたいと思っていますので,よろしくお願いします。
お願いします。では,
はい,どうぞ。
こんにちは。
こんにちは。
よろしくお願いします。
ありがとうございます,今日はお時間いただいて。
よろしくお願いします。
先日宮崎の小林でありがとうございました。
こちらこそ。
ティーチャーティーチャーも存在知っていただいてたみたいで,
そうですね,随分前から知ってますよ。
この間の台湾のとても興味深く聞きました。
ありがとうございます。
台湾も不登校はめちゃくちゃ問題だったと思うんだけど,
台湾ってもう不登校っていう概念もなくなってきてますよね,たった10年で。
あれだけ多かった不登校が台湾が不登校が消えたってことは,
今日のテーマっていうのはまさにそこにポイントがあると思いますね。
本質的な不登校っていう現象をきちんと捉えることができたら,
いっぺんに解決できます。
どうすれば解決できるかってみたいなことまで,
多分話ができると思いますよ。
楽しみです。
不登校への捉え方からちょっとお伺いできればと思うんですけど,
早速お話していきたいと思うんですけど,
じゃあまず不登校っていう概念って言ったら変ですけど,
欧米で不登校問題がまずあるかっていうと,
欧米の学校に行かない子っていうのと,
日本の学校に行かない子は全く意味が違いますからね。
極端に言えば,
欧米には日本のような不登校問題って,
教育問題として存在してないんですよね。
もちろん学校に行きたくないって子はいますよ,
学校に遊んじゃう子もいるわけですよね。
でも日本の不登校問題っていうのは,
実は同じような不登校問題を抱えている国っていうのは,
世界にはすごく数少なくて,
日本と韓国ぐらいしかないんですよ。
日本と韓国はとても教育が似ているっていうのが,
不登校問題もそうだし,
いじめの問題もそうだし,
それから教員のなり手がいない問題もそうだし,
日本と韓国に共通する問題なんですね。
今日本で不登校っていうと,
小中学生が35万人,
35万人っていうこの数って,
実はすごくとんでもない数で,
中学生で言ったら,
国公立,私立,全く関係なく,
全ての中学生の15人に1人が学校に来てないんですね。
15人に1人ってすごくないですか?
多いですよね。
バッククラス平均的に2人以上,
30人学級にしても2人いるわけだから,
実際今35人学級でも2人以上必ずいるわけですね。
小学校だと平均すると44人に1人いるんですよ。
すごい数ですよね。
不登校の国際比較って見たことあります?
ないですよね。
ないです。
日本の不登校問題が海外には基本的にないからなんですけど,
どうもこれは何らかの日本とか韓国に共通する
教育的な問題があるわけなんですけど,
実は不登校問題っていうのは,
これがものすごく色濃く現れる現象なんですね。
まずじゃあ何で不登校っていう問題が
アジア独特というか日本と韓国独特なのか,
後で言おうと思いましたけど,
実は台湾も同じだったんですよ。
台湾もすごく似ていたんですけど,
台湾は今現在欧米型に近いっていうのが
不登校っていう概念もなくなってきています。
確かTwitterで台湾を話題にしてましたよね。
あの中にも答えがいっぱいありましたけど,
じゃあまず聞いてくださっている方に
何で不登校っていう問題が
日本と韓国独特の問題なのかっていうことについて
少しお話ししていこうと思うんですが,
日本とアメリカっていう国,
この2つの国を比較すると一番分かりやすいです。
本当はアメリカじゃなくて
デンマークとかスウェーデンとかフィンランドとか
使ったほうがいいのかもしれないですけど,
一応日本とアメリカってことにしますね。
で,日本になぜ不登校が存在するかっていうと,
すっごく乱暴な言い方をすれば,
法律が作っています。
学校教育法っていう法律ですね。
日本には教育金法っていう法律と
学校教育法って大きな2つの法律があるんですけど,
学校教育法にはどんなことが書いてあるか
っていうことなんですけど,
学校教育法の特に第1条ですね,
第1条に何書いてあるかご存知ですか?
1条項って聞いたことありません?
国を定めるって1条項?
ありますよね,1条項。
1条項じゃない学校によく
インターナショスクールとかありますよね,
予備校も1条項じゃないですよね,
学習所も1条項じゃないですよね,
フリースクールも1条項じゃないですよね,
この第1条に実は日本の場合,
学校を定めたんですね,
国が通ってもいいっていう,
つまり学校として認めるのは
ここだけですって定めたんですよ,
小学校以上で国は学校として認めたのは,
小学校,中学校,小中一科の義務教育学校,
中高一科の中等教育学校,
高校,高専,三大,大学,大学院,
それから特別支援学校,
こういった学校ですね,
これを学校として名付けたんですね,
これが第1条です,
さらにこの学校教育法には,
小学校を卒業しないと中学校に行けませんって書いてあります,
中学校を卒業しないと高校に行けませんって書いてあります,
ですから国は,
まず通っていい学校はこれだけですって定めたんですよ,
公立も私立も含めて,
きちんと国の基準に照らさせてOKだって言われたとこだけを
学校として認めたし,
上の学校に進学していくためには,
必ずそれを卒業してなきゃいけないということになるわけですね,
なんかもう道がルートができてますよね,
例えばどんなに勉強できても,
小学校時代に学習塾に通ってる子が,
卒業してなかったら中学校に行けませんよっていう意味ですね,
例外規定っていうのはいくつかあるんですけど,
簡単な例外規定は,
外国の子どもたちですね,
外国で学んだ子どもたちが日本にやってきて,
例えば日本の子どもが,
外国の小学校にお父さんの転勤の関係で通ってました,
小学校卒業してないけど,
中学生になってやってきましたって言ったら,
中学校に入れます,
これは例外規定ですね,
日本の小学校卒業してないけど,
行けますよっていう,
あともう一つ,
皆さんがよく知っているのは,
いわゆる大研ですね,
高等学校と卒業資格試験のような,
大研っていうのが満16歳になると受けることができますよね,
年2回国家試験みたいなものがあるわけですよ,
8科目の教科,
科目をそれぞれ合格していくと,
一つ一つ合格していくと,
大学を受ける権利を持つんですね,
科目を全部で8科目取れば,
在学を受けることができるので,
どんなに小学校も中学校も高校も
行ってなくても,
大研さえ通れば,
大学に進学することができるってことになりますね,
こういう例外規定があります,
国はこの法律によって,
学校に定めたところだけをまた支援をするんですよ,
公立だったらほぼ無料じゃないけど,
相当な教材は引っかかるけど,
授業料は免除だし,
教科書も無償で配布されますよね,
私立でも義務教育であれば,
同じですよね,義務教育であれば,
教科書も無償配布されますし,
ある程度授業料はお金かかっちゃうけど,
基本的にはそうですよね,
僕は2年前まで,
横浜にある横浜創栄中学高等学校って私立の学校の校長をやってましたけど,
当然学校法人は国の支援をもらうわけですよ,
きちんと教育を与える機関として国が認定してくれたので,
もろもろの固定資産税も含めて全ての税は無償だし,
それから私学助成金という大金をもらうし,
子どもの数に応じてものすごい助成金をもらうし,
それから校舎改築とかなんかしても,
全部ほとんど半分は国から支援をもらうので,
ものすごく手厚く私立は国の援助をもらってるんですね,
だから学校として認められれば,
その機関にもきちんと手当てが国から与えられるし,
保護者に対しても手当てが与えられると.
でもインターナションスクールとか,または民俗学校とか,
例えば予備校とか,オルタネジブスクールとか,
そういった学校の多くは一条校ではないので,
当然国の支援をほとんど受けられないじゃないですか.
そうですね.それで困ってる家庭はたくさんありますよね.
等校になってしまったけど,フリースクールに通わせたいと.
でもフリースクールに通うんにしても,通学の手段が遠ければ,
それも支援はしてくれないし,さらにお金が相当かかったりするし,
これは学校として認められてないからそうなんですね.
じゃあちょっと話を飛ばして,アメリカに話を移したいんですけど,
アメリカは週ごとに法律が違うんですが,
学校教育法みたいな法律は基本的にないんですね.
ただ決定的に重要なポイントは,
親に対してきちんと子どもに教育をしてくださいね.
国も子どもに教育をしますよっていうことは変わりないです.
変わりないどころか,多分日本以上にはるかに厳しい可能性がありますね.
子どもをほったらかしておいちゃいけませんよってことですね.
ただものすごく決定的に違うことは何かというと,
どこで学んでどんな方法で学ぶかは,
親が決めてけっこうですっていう法律です.
そうなると親は,いや学校って定められてないので,
日本のような学校っていう組織の小学校,公立小学校もあれば,
私立もあるわけですけど,
日本といったら学習塾みたいなところで学んでる子だって全然OKなんですよ.
教会で学んでもOKなんです.
学校行かないで教会でうちの子は学ばせますって全然OKなんですね.
さらに言うと,台湾も今はそうですけど,
ホームスクーリングといって,自宅で学んでもいいですよってなってるんですよ.
つまりアメリカの場合には,子どもにちゃんと教育をしてくださいって,
でもどこで学ぶかは親が決めていいですよって,
決めたらそれに支援しますよって方法ですね.
自宅で学ぶのとは自宅で学ぶように支援しますしっていうことを,
簡単に言えば,親と子どもが選べるっていう環境にあるってことですね.
うちの小学校時代は学校行かせませんって全然OKなんですよ.
中学から行かせますってOKなんですね.
教育の質とかは,
その話にちょっと移るんですけど,
学ぶ場所が親が決めていっていった瞬間に,
基本的に日本のような不登校がいないのはわかりますよね.
問題は今はるかさんがおっしゃったように,
まず教育の質が担保できるかと,
それからもし学校行かなくても,
ちゃんと社会に出る道筋がありますかって,
この2つのことが問題になるわけじゃないですか.
一番は学校に行かない方法をとっても,
社会でちゃんと活躍できる人間になりますかっていう,
例外規定みたいなものがきちんとありますかってことなんですけど,
まず日本のような学力観で欧米を見ていったら,
学力は平均的に日本が高いのはご存知ですよね.
赤いどころじゃないですよね.
中3まではね.
中学3年生までは世界でトップですよね,日本は.
第2位は韓国みたいですけど,
欧米はそんなにトップクラスないですよね.
だいたいみんなアジアの国々にはトップクラスが並んでますよね.
これ意味があるんですよ.
じゃあ教育の質とか,
いろんなタイプの学校があるんですね.
子どもは自由に選べるので,
適用できなかったら,
学ぶ場所とか学ぶ方法を選んで,
変わればいいだけなんで,
いくらでも救われる仕組みがあると.
ですから,
日本とか韓国が抱えてる問題っていうのは,
立てれてしまったルートから外れた場合の,
不安が強烈になっていくっていうことなんですよ.
2方向気になってるのが,
そんな日本は何をどうしたら変われるのかっていう,
社会設計側の話と,
とはいえ今きつい状態にある方たちができることって,
何なんだっていう,
この2つの方向気になりました。
だから,
どう解決するかっていうのは,
台湾が示してくれたんですね.
台湾は10年前に,
日本と同じような教育システムだったのに,
一番重要なポイントは,
教育を受ける権利を,
国とか親は,
保障することが目的.
つまり義務教育っていうのは,
子どもに対して,
教育を与える機会をちゃんと与えましょうって,
それは必ずしも日本のような,
学校っていう場所ではなくてもいい.
けっこうですよって言ったのが,
台湾ですね.
台湾は10数年前に多分法律を変えて,
学校っていう場所に通わなくても,
自宅で学んでもいいですって,
自宅で学んでたら,
ちゃんとお金を,
国がくれるんですよね.
保障するって.
これちょうど,
前回か前々回のお話で,
話してたでしょ?
ちゃんとお金を保障してくれて,
自宅でインターネットで学べる環境を,
作ることができるとか,
教材も買うことができるとか,
ちゃんと自宅で学んだ場合でも,
こんな風にすれば大丈夫ですよって言うわけですね.
日本は学習指導要領ってものが定まってるので,
何でもかんでも学ぶわけですよ.
例えば,
発達にすごく特性がある子がいて,
特別支援学級とか,
特別支援学校見に行ったことあります?
ありますか?
特別支援学級行くと,
日本の場合だと,
特別支援学級って,
基本的に通常の学級のカルキュラムと,
同じようなものを持てるにして,
ちゃんと全部教科があるのわかりますかね?
国語,数学,社会理科,英語,音楽,運動,
全部小学校であるんですけど,
小学校でも似たようなのありますよね?
でも,中には,
図工だけやってたら,
また美術だけやってたら,
めちゃくちゃ集中してやるけど,
急に次の時間になって,
社会科になったら,
ぐたっとして,
伏せてしまって,
やりたくないって言ったら,
僕見たことありません?
はい,見たことありました。
でもそれはカルキュラムが定まってるからですよね?
何を学んで,
どんな風に学ぶかが,
もし子どもにものすごい権限があったら,
この子1日中とか半日以上,
もしかしたら図工をやってるかもしれないじゃないですか?
いろんな試行錯誤をしながら,
そこで創造性豊かな子どもになってるかもしれないですね?
脳の状態はすごい元気ですよね?
で,最後に1時間とか2時間に,
自分の苦手な教科のところどころに踏まえてても,
イライラする時間が短くて済みますよね?
でも,もしカルキュラム通りやってたら,
大好きな図工の時間は1時間しか経てばなくて,
あとの5時間は,
ものすごい苦しい時間だとすれば,
この子は1日中苦しんでますよね?
で,その姿を見て,
ちゃんと我慢しなさいよって,
これも一生懸命やりましょうよって言って,
先生たちの姿が見えてきますよね?
もう,この時点で,
何か不登校問題の決定的な違いみたいなのが見えてきません?
つまり,学ぶ側っていうのは,
子どもが学んで元気になって,
で,いろいろ創造性豊かにいろんなチャレンジをして,
仮説を立てて検証するっていうのは,
体育の中にもあるわけですね?
どのぐらいの力でどんな風に飛んだら,
ここに到達できるかって,
みんな頭の中で仮説を立てて,
実際に運動してみて,検証してみるってみたら,
この科学的な思考っていうのは,
いろんな教科の中で得られるわけですけど,
でも,それは数学で学びます,理学で学びます,
とか何か言っていて,
これを全部学べば,
総合的に素晴らしい人間になりますよって言ってる,
日本の法律と,
欧米はもっと得意な,
すっごく自由で,
どう学ぶかは,
子どもが決めたら大丈夫ですよって言ってる,
国々とは,
根本的な考え方が違うってわかりますよね?
日本では,
もうカリキュラムが決まっちゃってて,
それを学ぶことが目的になってしまっているから,
そこから外れた場合,
もう,どうしようもなくなっちゃう.
ということで,
一旦ちょっとここで区切って,
ここでまとめて,
1分程度感想タイムに入りたいと思うんですけど,
最後に話にも出てくるんだけど,
欧米とか諸外国と比較するっていう文脈が多いんだけど,
欧米を目指していますっていうよりも,
日本の制度との比較を通して,
今の日本の制度の特徴を見やすくするための,
比較であるということと,
これまでの欧米の制度の歴史を踏まえて,
今後こうなっていくとより良い民主主義を目指せますよね,
っていうところにつながっていくので,
あくまでも目指しているわけではないっていうところは,
後ほど出てくるというところがあります.
あと,あれやね,
二次の苦しみっていうのを,
構造的に理解するっていうのがすごい大事やったね.
大事やね.
ここで一番大事なのは,
不登校っていうのは子どもの甘えとか,
親御さんのしつけとかっていう話じゃなくて,
制度が二次的な不安っていうものを作り出していて,
それによって回復が遅れてしまうっていうことがあるから,
やっぱり個人じゃなくて,
社会の制度としての問題として,
見直す必要があるっていうところかなと思っていますね.
その状況になったらもうルートから外れてしまって,
この先どうするんだみたいな不安があるってすごいよね。
だけどちょっとね,
工藤さんが冒頭に言ってたんだけど,
大権っていう制度を活かしたりとかすれば,
実は二次的な不安とかも抑えられる方法があったりとか,
そんな話も,
もしかしたら解決策のところに出るんじゃないかなっていうふうに思ってて,
だから,
二次的な不安を起こさないために,
どんな関わりができるのかっていうところは,
かなり今までの制度の話で,
しさがあるんじゃないかなっていうふうに思っています。
もう一個,
これとは別で,
なんでじゃあ不登校の数がこんだけ増えてるんだっていう話は,
社会の出来事と因果関係と考えられているものが研究であるから,
そういった解説もいずれしたいなと思ってるんですけど,
今はとにかく個人の問題じゃなくて,
社会の制度の問題として見る必要があって,
そうすることによって,
二次的な不安であったりとか,
それによる心身の不調が起こることを防げるんじゃないかっていうところが,
一個考え方として得られたんじゃないか,
さらには今度は,
具体的にどうやって家庭で対応していけばいいのかっていうところも,
次回聞いていきたいなというふうに思っていますが,
今回はそこまでは行っておりません。
後半は,
子どもがどんな力をつけていくといいのかっていう話も,
今からありますので,
お聞きください。
お聞きください。
そういうことですね,
学校の先生たちも,
勘違いしてるんですよ,
日本で教員をずっと続けてると,
子どもはほっといたらきっと勉強できないから,
教えてあげなきゃ伸びないでしょって勝手に思ってるんですね,
だって子どもって,
赤ちゃんで産めた時を考えればよくわかるんですけど,
赤ちゃんで産まれた時って,
好奇心の塊ですよね,
たとえ障害があったとしてもすごく好奇心の塊で,
その子なりにいろんなものに興味を持って何かやろうとするじゃないですか,
だからすごい主体的な生き物なんですよ,
でも日本の教育とか質問を受けてると,
5年ぐらい経っちゃうと,
いつの間にか子どもはですね,
その主体性を失われていくんです,
あれをしろ,これをしろって,
人に迷惑かけちゃいけないじゃん,
それやっちゃダメよって,
あれしちゃダメ,これしちゃダメって言ってるうちに,
子どもはだんだん,これやっていい?って聞くようなんですね,
で,できることとか言われたことしかやらなくなって,
リスクを追ってチャレンジすることをだんだん拒んでくるんですね,
で,小学校6年生ぐらいになると,
日本の子どもたちは世界で最もお利口さんになりますよね,
けいちんとしてますよね,
先生の言うことをよく聞く子どもになりますよね,
でも一番大事な主体性削られるんですよね,
だから幼児教育こそが人生を作る,
とても重要なものだって言われていて,
幼児教育の研究をしてるんですけど,
日本の幼児教育の研究と,
欧米の幼児教育の研究の根本的な違いは,
生まれたときに持っている主体性を失わせないで教育することが非常に難しい,
つまり手をかければ手をかけるほど主体性が失われていくので,
どういう手のかけ方が主体性を削らないでいくのかって,
この研究ですよね,つまり環境をどう作っていくかって,
非常に重要なポイントなんですよ,
本人が望まないものをやってても,
それなりに能力はつくんだけど,
一番根本的な,
自己決定をして物事をやっていくっていう,
人間にとって最も重要なポイントが失われていくんですよ.
学力ってペーパーみたいな学力は,
中3で世界一位ですけど,
でも日本の子どもたちの多くは,
主体性削られるので,
主体性削られた子どもたちって,
自己決定を繰り返してないので,
どんな特徴があるかっていうと,
うまくいかないことがあると人のせいにするんですね.
勉強がわかんないと,
先生の教え方が悪いって言うんですよ.
いや,遥か先生は教え方がうまいけど,
人は先生は教え方がだめだね,
みたいなことを言っちゃうんですよ.
お客さんが言ってますね.
で,お母さんって,
うちの先生全然だめって,
だから塾行かしてって,
みたいなことを言うんですね.
学校の先生たちも,
より教え方がうまい先生になろうと思って,
どうやって教育のサービスを,
いいサービスを与えられるかって,
サービス競争をするんですよ.
でも教育の本質は,
この子が自分で学び方を,
いろんな環境の中で学び方を覚えながら,
どうやったら克服できるかを,
伸ばしていくことが本当は教育なのに,
つまり,
独り立ちさせるのが教育なのに,
手をかけるのが教育というよりは,
どうやって手を離していくのが教育なんですよね,
本当はね.
だから親御さんによく言うのは,
何歳までお子様にします?
ってよく言うんですよ.
12歳ぐらいで中学時点で,
学校説明会に来た親御さんに,
今12歳ですよね,お子様ね.
何歳まで子育てしますか?
って聞くんですね.
まさか18歳になって,
高校3年生になった時に,
お母さん,お父さんって,
僕大学どこ受けたらいいかわからないから,
どこ行ったらいいか教えてよって.
そんな子どもになってほしくないでしょ.
僕ここに決めたんだけど,
報告してくれろって,
子どもになってほしいでしょって.
つまり,
皆さんが子育てといったら,
12歳から18歳って考えたら,
あと6年もできないんですよ.
どうやって手放すかってことだったから,
これ考えてねって,
僕学校説明会で必ず言うんですね.
日本の子どもたちは,
あれをしろ,これをしろ,
あれをするな,これをするな,
って言われてるから,
わずか小学校の,
もう低学年から中学年ぐらいになってくると,
どんどんどんどん主体性削られてるので,
ますますサービスを受けないと,
教育ができなくなるんですね.
だから子どもたちは,
うまくいかないことがあったら,
必ず人のせいにすると.
クラスがうまくいかないと,
単に外れたって言うんですね.
うちの担任外れだよって,
学級崩壊状態だよって.
学校の先生も崩壊状態になるのは,
学校の先生の責任だと思ってるんですよ.
確かに管理教育をすれば,
管理していこうっていう教育,
手をかける教育をしていくと,
教員の能力差が出るんですね.
でも幼児の頃から,
子ども主体の教育をしていくと,
学校の先生なんて本当は関係ないんですよ.
例えば,
自分の子どもが,
日本ってやたら宿題出すじゃないですか.
これも日本独特ですけど,
学校教育でやたら宿題出すんですよね.
宿題出すって文化があるから,
日本のお母さんだと,
なんとかちゃんと宿題やったの?
って声かけるじゃないですか.
良かれと思って子どもに声かけるんですよ.
そうすると子どもが,
うるさいなって今やろうとしたのに,
本当お母さんのその声ね,
やる気伏せるんだよとかって言うわけですね.
お母さんは良かれと思って声かけたんだけど,
この声のかけ方が悪いって,
そのサービスの仕方が悪いよって文句言うんですよ.
つまり,
主体性を失った子どもっていうのは,
サービスの与え方に不満を言うようになるんですね.
もっと良いサービスを頂戴よってなるんですよ.
こんな子どもを育てられるわけじゃないですよね.
教育の本質っていうのは,
主体性を育てていくってことが一つだし,
もう一個僕が大事にしてるのは,
当時支えですね.
これは後天的に学ばせなきゃいけないんだけど,
子どもがとらぶってる時に,
子ども自身がこれを解決していく能力ですね.
これも日本とヨーロッパと比べると,
すごい決定的な違いがあるんですよ.
僕はデンマークの関係の方とよく話させてもらうんですけど,
デンマークで子ども同士が,
例えば幼児が砂場で遊んでると,
そうすると,
先生,保育園の先生だったら,
よくやりがちなのは,
子ども同士が遊んでると,
仲良く遊んでねって,
余計なこと言うわけですよ.
おもちゃを貸し借りしようかって,
借りたらありがとってよって,
よくできましたねって言うわけですね.
誰かがブランク遊んでると,
みんながなかなかブランクできないので,
ほらみんな待ってるでしょって,
順番だよって,
10回超えたら交代ってことにしようかって,
またルール決めるんですよ.
これデンマークの保育士さんって,
こういうのどうするんですかって言ったら,
まずはずっと見てるだけですって,
そばにはいますって.
でも介入しませんって.
介入された子どもと,
介入してない子どもの違いですけど,
日本だと介入されちゃうので,
先生役に出てきて,
なんとかくんって,
先生が順番だって言ってたでしょって,
言ったりする子が増えるんですよ.
で,誰かが泣いてると,
どうしたのって,
大人とか先生がやってきて,
どうしたのって言ったら,
なんとかくんがこんな意地悪するのって言ったら,
もうなんとかくんのとこ行って,
ダメじゃないって言うんですよ.
謝ろうよって言って,
介入するんですね.
これはなぜかって言ったら,
秩序を保つためには,
とても美しい秩序,
これを教え込むことが大事だって,
勘違いしてるんですよ.
親も先生も.
そうすると何が起こるかって言うと,
トラブルが起きたら解決するのは大人だって,
勘違いしてるんですね.
デンマークでそれどうするんですかって言ったら,
見守っておくだけなので,
基本的にずっと喧嘩が続くんですよ.
先生が解決してくれるっていうふうに,
もともと思ってない子どもたちはどうすると思いますか?
自分たちで対話する.
そうなんですよ.
時間がかかるんですけど,
お互いを理解しながら,
到達点をだんだん見つけていくんですね.
ルール決めたりするんですけど,
時間はかかるんだけど,
この後天的な当事者性を教えていくっていう,
当事者意識って言ったらいいですかね.
これを教えていくのは,
経験を通じて学んでいくものなんですけど,
これを奪わないっていうことが,
教育の専門性なんですね.
この研究が進んでいくわけですよ.
ここで出てくるのが,
民主的な対話の方法っていうものを,
子どもに教えていくんですね.
民主国家として成長していかなきゃいけないってことを教える,
体験を通して教えてる国は,
デンマークのような国は,
みんなが自由に来たらぶつかるじゃない,
ぶつかったらどうする?
って考えさせるんですよ.
どうすればみんなが楽しく暮らせるのかな?
そうすると,
自分の自由と人の自由が必ずぶつかるので,
自分の自由を尊重してほしかったら,
人の自由を侵害しない,
安易でしか自分の自由は認められないって社会,
そういう社会を作ればいいんじゃない?
つまり,子どもたちは,
自分の自由は人の自由を侵害しない範囲だけで認められてる社会を,
みんなで認め合ってルールを決めていく社会.
これがヨーロッパで教えてる民主主義ですね.
日本の例でいくと,
授業があって,
授業中に寝ちゃう子どもがいると,
寝ちゃう子どもは自分の自由だから,
人に邪魅はかけてないかもしれないから,
認められるかもしれないけど,
授業中に人にちょっかい出して,
嫌がらそうしてたら,
この人が学びたいって自由を侵害してるので,
これは寝てる行為と邪魔してる行為で比べたら,
明らかに強烈に違うわけですよ.
っていう話になりますよね.
例えば,
服装の踏発なんかも,
僕は小島町でも横浜副大でもそうだったけど,
ほぼ全部自由になったんですね.
僕管理教育だった頃全部自由になって,
ピラスでも何でもOKだよって学校に変わったわけですけど,
それって誰にも迷惑かけないですよね.
でも例えば,
授業中にゲームやってて,
うるさいとかちょっかい出したら,
これは明らかに問題ですよねってなりますよね.
横浜副大なんかも,
携帯持つことだとかスマホ持つことだとか,
全部自由ですけど,
基本は教員たちが教えるのは,
自分の自由か人の自由を侵害してないか,
この判断基準だけ,
きちんと持とうね.
で,ぶつかったら先生が出てくるんじゃなくて,
どうやってそれをやればいいかは,
君たちが考えることだよ.
っていう話だから,
常に子どもたちはその対話をしなきゃいけないんですよ.
なるほど.
だから,
社会は,
自分としてルールを作っていくものだ.
ってことを学びながら,
社会の,なるほど,
政治はそうやって作られているのかが,
体験的にわかってくるんですよ.
ちょっとすごい根幹になっちゃうんですけど,
欧米と比較してよくお話されるんですけど,
欧米の姿を,
目指しているっていうのは,
違う違う.
それは,歴史で考えるとよくわかるんですけど,
欧米って,
今でこそ日本って,
すごく秩序を守ってますよね,
って言いますけど,
100年も遡れば,
ヨーロッパの方が,日本よりも遥かに管理教育で,
もっと言ったら,
大罰教育ですね.
だって明治維新から今,日本って150年じゃないですか.
100年前まで遡ったら,
もうなんかすぐ,
ちょっと前に,
蝶曲げ打てた時代があるわけですね.
その100年くらい前って言うと,
世界ってほとんど人権無視なんですよ.
ヨーロッパ中,世界中ですよ.
だって女性に選挙権もほとんどないですよね.
ヨーロッパでもないですよ.
もう1回,100年遡ると,
各家庭のしつけっていうのは,
日本以上に厳しくて,
だいたい子どもは革のベルトで叩かれたそうです.
学校の先生は,
みんな鞭を守ってた.
で,叩くんですね.
これが100年くらい前までは,
普通に行われてたってことですね.
ヨーロッパで.
ですから,ヨーロッパ目指してるわけではないのわかりますね.
で,なぜそうなのかって言うと,
中世にできたような,
ヨーロッパの学校っていうのは,
基本的に宗教の影響をすごく受けていて,
特にキリスト教の,
カトリック系の影響を受けているので,
すごく厳格なんですよ.
人間っていうのは,
もともと罪を背負って生まれてくるっていう,
宗教的な考え方があって,
ですから,厳しくしつけないと,
まともな人間にならないと思っているので,
ヨーロッパの方々は,
子育ても,学校も,
とても厳しい場所だと.