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スピーカー 1
はい、お願いします。
今日は、ゲスト会ですね。
ゲスト、いらっしゃっております。
はい、楽しみです。
工藤勇一さんですね。
はい、来ていただきました。
学校の先生だと、聞いたことないって人あんまりいないんじゃないかっていう感じで。
僕も、かなり工藤勇一さんの本に、教員時代に衝撃を受けた一人でありまして。
簡単に紹介すると、もともとは山形と東京の公立中学校の教員だったんだけど。
その後に東京の教育委員会に行って。
で、話題になったのが千代田区の麹町中学校。
麹町中学校ね。名前めっちゃ聞くわ。
そうそう。そこの学校の運営が、学校経営が異端だったっていう。
定期テストもなければ、宿題もなければ、子どもたちの主体性を育むっていう一貫した。
学校経営方針で、もう全国から視察がいっぱい来たと。
その後、横浜創栄中学校でも教育改革に取り組んでいて。
本当にいろんなメディアで活躍されていて。
まず、自分が教員時代に学校の当たり前を辞めた本で、ちゃんとOECDとか文科省の目指しているところから逆算して学級経営をするようになってさ。
目的意識を持って、この宿題の目的なんだっけとか、この授業の目的なんだっけっていう。
そこに立ち返って、子どもたちと合意形成とって、日々教員として子どもと関わるっていうことができてから、本当に変わったんよ、教員としてのスタンスが。
そこですごく影響を受けていて、ずっと本を読んで追ってたっていうのがあって。
っていうのがありましたと。
そんな中で、宮崎県の小林市で公演をする機会があって、そこでフリースクールコンコンの実践をプレゼンする機会があって。
その後に工藤さんがそこで登壇するっていう、すごい奇跡のようなイベントがあって。
宮崎やけんね、なかなかそこで出会うって珍しいよね。
そうそう、宮崎で工藤さんと会って。
で、そこで工藤さんに、実は僕ポッドキャストしててとかっていう話をしたら、ティーチャーティーチャーって。
ティーチャーティーチャーの存在を知ってらっしゃって。
嬉しいね、それは。
そうそう。多分めちゃくちゃ忙しい仲なんだけど、ティーチャーティーチャーには学校に行かなくて困ってる保護者とかがたくさん聞いてくれていて、
もしよかったらその保護者に何かできることをいっしょに考える回を収録できませんかって話をしたらやりましょうっていうことで、今回の収録に至ってということであります。
スピーカー 2
楽しみですね。
スピーカー 1
工藤さんの教育論、主体性とか当事者意識とか自立とかっていうのがキーワードで、教育論はいろんなメディアで話をされていて。
もう工藤雄一って名前検索したら大量に動画が出てくると思います。
なので今回はあえて不登校という話題に焦点を絞ってお話を深掘りしていこうかなというふうに思っています。
お聞きください。
今収録を終えてお話をしてるんですけども、不登校の課題とその解決策のところまで話をする予定だったんですけど、時間の都合上最後まで聞くことができなかったので、今回は不登校という課題の構造理解までになっておりますので、それを踏まえてお聞きいただけたらと思っております。
そうね。構造理解を踏まえて、じゃあどうしたらいいかの話はちょっと別でお時間をいただこうという話になっておりますので。
はい。
そこまで。
楽しみにお待ちいただけたらと思います。なるべく急いで収録できるようにします。
スピーカー 2
はい。
スピーカー 1
さらに時間の都合上質問で深掘ったりとか、途中でまとめたりという時間もなかったので、途中で少しだけ人々はるかで音源を挟んで、そこまでのまとめと。
そうね。
最後に感想を入れ込むという形で、今回お届けしたいと思ってますので、よろしくお願いします。
お願いします。では。
はい、どうぞ。
スピーカー 2
確かTwitterで台湾を話題にしてましたよね。
あの中にも答えがいっぱいありましたけど、
じゃあまず聞いてくださっている方に、
なんで不登校っていう問題が日本と韓国独特の問題なのかっていうことについて
少しお話ししていこうと思うんですが、
日本とアメリカっていう国、この2つの国を比較すると一番わかりやすいです。
本当はアメリカじゃなくてデンマークとかスウェーデンとかフィンランドとか
使ったほうがいいのかもしれんけど、一応日本とアメリカってことにしますね。
日本になぜ不登校が存在するかというと、
スピーカー 2
すごく乱暴な言い方をすれば、法律が作っています。
学校教育法という法律ですね。
日本には教育基本法という法律と、
学校教育法という大きな2つの法律があるんですけど、
学校教育法にはどんなことが書いてあるかということなんですけど、
スピーカー 2
学校教育法の特に第1条ですね。
1条に何書いてあるかご存知ですか?
一条項って聞いたことありません?
スピーカー 1
国の定めるって一条項。
スピーカー 2
ありますよね、一条項。
一条項じゃない学校によくインターナションスクールとか入りますよね。
予備校も一条項じゃないですよね。
学習所も一条項じゃないですよね。
フリースクールも一条項じゃないですよね。
この第1条に実は日本の場合、学校を定めたんですね。
国が通ってもいいっていう、
つまり学校として認めるのはここだけですって定めたんですよ。
小学校以上で国は学校として認めたのは、
小学校、中学校、
小中一科の義務教育学校、
中高一科の中等教育学校、
高校、高専、三大、大学、大学院、
それから特別支援学校、こういった学校ですね。
これを学校として名付けたんですね。
これが第1条です。
さらにこの学校教育法には、
小学校を卒業しないと中学校に行けませんって書いてあります。
中学校を卒業しないと高校に行けませんって書いてあります。
ですから国は、まず通っていい学校はこれだけですって定めたんですよ。
公立も私立も含めて、
きちんと国の基準に照らされてOKだって言われたとこだけを学校として認めたし、
上の学校に進学していくためには、
必ずそれを卒業してなきゃいけないということになるわけですね。
なんかもう道がルートができてますよね。
例えばどんなに勉強できても、
小学校時代に学習塾に通ってる子が、
卒業してなかったら中学校に行けませんよっていう意味ですね。
例外規定っていうのはいくつかあるんですけど、
簡単な例外規定は外国の子どもたちですね。
外国で学んだ子どもたちが日本にやってきて、
例えば日本の子どもが外国の小学校にお父さんの転勤の関係で通ってました。
小学校卒業してないけど中学生になってやってきましたっていう人が中学校に入れます。
これは例外規定ですね。日本の小学校卒業してないけど行けますよっていう。
あと皆さんがよく知っているのは、いわゆる大研ですね。
高等学校と卒業資格試験のような。
大研っていうのが満16歳になると受けることができますよね。
年2回国家試験みたいなものがあるわけですよ。
8科目の教科の科目をそれぞれ合格していくと、
大学を受ける権利を持つんですね。
科目を全部で8科目取れば在学を受けることができるので、
どんなに小学校も中学校も高校も行ってなくても、
大研さえ通れば大学に進学することはできるってことになりますね。
こういう例外規定があります。
国はこの法律によって学校に定めたところだけを支援をするんですよ。
公立だったらほぼ無料じゃないけど相当な教材が引っかかるけど、
授業料は免除だし教科書も無償で配布されますよね。
私立でも義務教育であれば同じですよね。
義務教育であれば教科書も無償配布されますし、
ある程度授業料はお金かかっちゃうけど、
基本的にはそうですよね。
僕は2年前まで横浜にある横浜創栄中学高等学校で私立の学校の校長をやってましたけど、
当然学校法人は国の支援をもらうわけですよ。
きちんと教育を与える機関として国が認定してくれたので、
スピーカー 2
もろもろの固定資産税も含めて全ての税は無償だし、
それから私学助成金という大金をもらうし、
子どもの数に応じてものすごい助成金をもらうし、
それから校舎改築とかなんかしても全部ほとんど半分は国から支援もらうので、
ものすごく手当つく私立は国の援助をもらってるんですね。
だから学校として認められればその機関にもきちんと手当が国から与えられるし、
保護者に対しても手当が与えられると。
でもインターナショスクールとか、または民俗学校とか、
例えば予備校とか、オルタネジブスクールとか、
そういった学校の多くは一条校ではないので、
当然国の支援をほとんど受けられないじゃないですか。
スピーカー 1
そうですね。それで困ってる家庭はたくさんありますよね。
スピーカー 2
登校になってしまったけどフリースクールに通わせたいと。
でもフリースクールに通うんにしても通学の手段が遠ければ、
それも支援はしてくれないし、さらにお金が相当かかったりするし、
これは学校として認められてないからそうなんですね。
スピーカー 2
じゃあちょっと話を飛ばしてアメリカに話を移したいんですけど、
アメリカは週ごとに法律が違うんですが、
学校教育法みたいな法律は基本的にないんですね。
ただ決定的に重要なポイントは、
親に対してきちんと子どもに教育をしてくださいね。
国も子どもに教育をしますよっていうことは変わりない。
変わりないどころか、多分日本以上にはるかに厳しい可能性がありますね。
子どもをほったらかしておいちゃいけませんよってことですね。
ただものすごく決定的に違うことは何かというと、
どこで学んでどんな方法で学ぶかは、
親が決めてけっこうですっていう法律です。
そうなると親は学校って定められてないので、
日本のような学校っていう組織の小学校、
公立小学校もあれば、私立もあるわけですけど、
日本といったら学習塾みたいなところで学んでる子だって全然OKなんですよ。
教会で学んでもOKなんです。
学校行かないで教会でうちの子は学ばせますって全然OKなんですね。
さらに言うと台湾も今はそうですけど、
ホームスクーリングといって、
自宅で学んでもいいですよってなってるんですよ。
つまりアメリカの場合には、
子どもにちゃんと教育をしてくださいって。
でもどこで学ぶかは親が決めていいですよって。
決めたらそれに支援しますよって方法ですね。
だから自宅で学ぶのとは自宅で学ぶように支援しますし、
っていうことを簡単に言えば、
親と子どもが選べるっていう環境にあるってことですね。
うちの小学校時代は学校行かせませんって。
全然OKなんですよ。
中学から行かせますってOKなんですね。
スピーカー 1
教育の質とかは?
スピーカー 2
その話にちょっと移るんですけど、
学ぶ場所が親が決めていっていった瞬間に、
基本的に日本のような不登校がいないのは分かりますよね。
問題は今はるかさんがおっしゃったように、
まず教育の質が担保できるかと、
それからもし学校行かなくても、
ちゃんと社会に出る道筋がありますかって、
この2つのことが問題になるわけじゃないですか。
ですよね。
一番は学校に行かない方法をとっても、
社会でちゃんと活躍できる人間になりますかっていう、
この例外規定みたいなものがきちんとありますかってことなんですけど、
まず日本のような学力観で欧米を見たら、
学力は平均的に日本が高いのはご存知ですよね。
赤いどころじゃないですよね。
中3まではね。
中学3年生までは世界でトップですよね、日本。
第2位は韓国みたいですけど、
欧米はそんなにトップクラスないですよね。
だいたいみんなアジアの国々はトップクラスが並んでますよね。
これ意味があるんですよ。
じゃあ教育の質とか、
それからもし学校行かなくても、
スピーカー 2
ちゃんと社会に出れるのかってお話に移っていくんですけど、
まず徹底的に違うのは、
欧米には高校受験がないんですね。
スピーカー 2
受験じゃなくて違う選抜があるってことですか。
選抜はないですよ。
偏差値みたいな考え方もないですね。
スピーカー 1
テストはある?
学校ではテストはありますよ、もちろん。
スピーカー 2
でも受験っていう仕組みがないですね。
ほとんど義務教育みたいなもので、
行きたいって言ったらみんなが行く場所ですね。
学校にランク付けがあって偏差値があって、
この学校が良い学校悪い学校みたいな感覚も、
日本とか韓国とは全く違いますね。
ですから小学校時代は学校行かせません?
中学校時代も学校行かなくてもけっこうです?
でも高校に行きますって言ったら高校に行けるわけですよ。
っていう仕組みだってことですね。
スピーカー 1
名門校みたいなのってどうやって生まれるんですか?
スピーカー 2
名門校っていうのはアメリカだったら私立ですよね。
ヨーロッパにはそういう感覚あんまりないんじゃないですかね。
私立を覗いては。
だって基本的に偏差値がないし、
ヨーロッパの子ども塾行かないでしょ。
まず小中学生の姿を考えた時に、
ヨーロッパの子どもたちと、
日本、韓国のようなアジアの国の方角の姿が全く違いますよね。
自由ですよね。
スピーカー 1
想像もつかないですね。
僕たちは受験ありきというか偏差値ありきで大学まで行ったので、
それがなく学生時代を過ごすっていう想像すらつかないですね。
スピーカー 2
つかないですよね。
じゃあ次もう一つ重要なポイントですね。
大学受験ですけど、
欧米には大学受験で、
日本、アジアのような日本とか韓国とか一期試験、
例えば国語の試験とか数学の試験とか英語の試験とか、
教科によっては物理の試験とか、
そういった大学受験が基本的に論文とエッセイと面接。
スピーカー 1
日本でいう総合選抜。
スピーカー 2
日本でいう総合選抜をイメージしてくれればいいですね。
そうすると欧米の学力観と日本、アジアの学力観って全然違うの分かります?
スピーカー 1
はい。
日本とかアジアはペーパーのテストによって学力を判断するので、
スピーカー 2
この学力の点数を取ることによって大学入れるっていう仕組みだから、
さっきの一本道を考えてください。
すごくきついの分かります?
欧米は確かにいくつかの大学は選抜があったりしますよね。
名門大学といわれる大学もあるから、
選抜があるから誰でも入れるわけじゃない。
アメリカなんかだったら、ある基準さえあったら誰でも入れる大学とか、
ヨーロッパにもいくらでもあるわけですよ。
入りますと言ったら入れる大学って、
間口が広くて出るのが厳しいってみたいな感覚だから、
もともと大学を選抜で入らなきゃいけないって感覚っていうのは、
とても日本とかアジアに、韓国とかに特徴的な姿だってことですね。
スピーカー 2
だから日本だとディスレクチャー傾向のある子、
ディスレクチャーって分かりますかね、読み書きに困難が。
スピーカー 1
学習障害。
スピーカー 2
学習障害の中でも有名ですよね。
トム・クルーズさんとか有名ですけど台本が読めないのに全然困らないっていうのは、
台本は読めないけど聞けるから、聴覚を強めることによって学力が上がるじゃないですか。
日本だとどうしてもペーパーテストで大学入るとか高校受験入るので、
読むのが苦手で書くのが苦手なディスレクチャー傾向の子って、
だいたい受験で跳ねられちゃうじゃないですか。
だいたいこの傾向があるのってヨーロッパの調査で聞くと、
5人に1人20%くらいは読み書きに困難がある。
ディスレクチャーって名前がつかなくて。
スピーカー 1
そんなにいるんですね。
スピーカー 2
日本だって同じだと思う。小学校の先生を経験したことある先生だったら、
読み書きに困難がある子どもはディスレクチャーって名前がつかなくても
20%くらいいるって実感してるはずですよ。
スピーカー 1
確かに20%くらいは。
スピーカー 2
ああいう子どもたちっていうのはノートを取れって言われたら
勉強できなくなる子ですよね。
ノートを取れば取るほど書くことが困難だから、
本当は聴覚が優位なのに話を聞いてれば覚えられるのに
ノートを書けって言われる度ごとに先生の話聞けなくなるから。
でも欧米だったらディスレクチャーの子どもが
ハーバードでもスタンフォードでもどこでも入れるわけですよ。
だって受験がないんだから。
って話ですよね。
受験っていうか筆記試験がないんだから。
能力はそうやって判断されないので。
有名ですよね。
イローマスクだってそうだし、ビルゲージだって
みんな発達障害があっていろんな困難は持ってるけど
全然関係なく社会に出てきてるじゃないですか。
スピーカー 1
名門総合型選抜って
例えば読み書きとかでは図られないにしても
どういった評価基準で選ばれていくんですか?
スピーカー 2
名門校も世界基準っていうのは
あなた何者ですかって話なんですよね。
あなた何者ですかってこれを面接論文で見ていくわけじゃないですか。
あなた何者ですかって。
あなたをとったらうちの大学では何を再現してくれるんですかって。
つまりその人物の再現性を読み取るっていうのが
人物評価の評価基準なんですよ。
世界のコンピテンシーを読み取るって
みたいなこと言われるんですけど
コンピテンシー能力を見ていくってなかなか難しいと。
総合型選抜って基本的には3つの質問じゃないですか。
3つの質問。
なんでここを受けたの?って。
企業でもそうですけど企業に来るときに
なんでうちの企業を受けたの?って死亡の動機ですよね。
これまで何やってきたの?ってあなたはって。
どんな行動パターンをして
どんな困難を乗り切ってきたのかってみたいな
そこを多分面接者は聞いてくるじゃないですか。
なるほどこういう学習パターンとかこういう能力を見つけたって
そういうことはうちでとったら
それをきっと再現してくれるんで生き方をするんだろうって。
だからこの質問がすごく難しいんだよ。
あなたはどんな経験してきたの?
それでうちに来たらどんなことをこれからやりたいの?って
聞かれるのはこの3つなんですよね。
あなたは何者?っていうのを
あなたは何者?っていうのを具体的に言えば
なんでここを受けたの?ってこれまで何してきた?
これからどうしたい?
で、このことによって選抜が通っていくわけですよ。
企業と近いですね。
で、もちろん高校時代に何をやったかって
経歴みたいなものはちゃんと出すわけですね。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
で、もう話戻してていいですか?
スピーカー 1
はい。大丈夫です。
スピーカー 2
まずアメリカは学校に行かない方法を取っても
どうも高校も行けそうだし大学も行けそうだし
ってことになりますね。
だから日本のような不登校問題っていうのは
日本の不登校問題っていうのはまず
法律が作ってるんだってことなんですよ。
スピーカー 1
はい。ただ実態として長期欠席者とか
孤立する過程とかっていうのはあると思うんですけど
その辺の保障とかっていうのもあるんですか?
スピーカー 2
あるってことですね。
ヨーロッパに目を移してみると
ヨーロッパは例えば北欧なんかは
就学義務がやっぱりないんですね。
デンマークとかそういった国々は
そもそも学校に行かなくても
社会にきちんと接続できるって仕組みを持っているので
つまり学校行かなくても高校行けるとか大学行けるとか
また社会に出れるとか
そういった仕組みをもともと持っているので
どうも日本とかカンコにおける不登校とは
違うわけじゃないですか。
つまり日本の子どもたちは登校状態になってしまうと
道に戻れないから苦しいんですよ。
受験できなくなるの?
不登校っていう概念がなぜできてるかというと
まず一つは学校を定めてしまって
学校に行かないと進学できませんよって
仕組みを作ったからですね。
戦前の法律はもっと楽だったみたいですよね。
日本も戦前は学校に行かなくても
今でいう高校受験
昔といったら就学受験を受験することができましたし
お金持ちのうちだったら多分学校行かせないで
家庭教室とかつけて受験をして
今の高校に進学して
その上を定代に入学するみたいなことが
全然できたわけですよ。戦前は。
でも戦後にできた学校教育法はけっこうガチガチにできてるんですね。
ですからこの法律によって学校に行けなくなったときに
子どもが苦しむってことが起こるじゃないですか。
つまり日本の不登校問題とか韓国の不登校問題というのは
登校状態になったときに第二の苦しみが来るってことですね。
第二の苦しみはこのルートに戻れないんじゃないかって
ものすごい不安になるんですよ。
この問題が登校問題を
強烈に深刻な問題に変えてるってことですね。
スピーカー 1
確かに子どもたち見ててもそうですね。
なぜか学校に行かないって選択をした後に
急激に心身の不調が起きるっていうのが起きていて
そういったところも社会的なプレッシャーとしてあるんですよね。
スピーカー 2
そういうことなんですよ。だから欧米の子どもたちに
じゃあそれがあるかったらないんですね。
だってそもそも行かなくてもいいっていう仕組みなんだから
日本の子どもたちとか日本の保護者の方々が
思っている強烈な二次的な不安はないわけですね。
スピーカー 1
二次的な不安はキーワードにありそうですね。
スピーカー 2
学校の先生たちも勘違いしてるんですけど
日本で教員をずっと続けてると
子どもはほっといたらきっと勉強できないから
スピーカー 2
教えてあげなきゃ伸びないでしょって勝手に思ってるんですね
だって子どもって
スピーカー 2
赤ちゃんで生まれたときを考えればよくわかるんですけど
赤ちゃんで生まれたときって好奇心の塊ですよね
たとえ障害があったとしてもすごく好奇心の塊で
その子なりにいろんなものに興味を持って
なんかやろうとするじゃないですか
スピーカー 2
だからすごい主体的な生き物なんですよ
でも日本の教育とか質疑を受けてると
5年ぐらい経っちゃうといつの間にか
子どもはですねその主体性を失われていくんです
あれをしろこれをしろって人に迷惑かけちゃいけないじゃん
それやっちゃダメよって
あれしちゃダメこれしちゃダメって言ってるうちに
子どもはだんだんこれやっていいって聞くようなんですね
でできることとか言われたことしかやらなくなって
リスクを追ってチャレンジすることをだんだん拒んでくるんですね
小学校6年生ぐらいになると
日本の子どもたちは世界で最もお利口さんになりますよね
きちんとしてますよね
先生の言うことをよく聞く子どもになりますよね
でも一番大事な主体性削られるんですよね
だから幼児教育こそが人生をつくる
とても重要なものだって言われていて
幼児教育の研究してるんですけど
日本の幼児教育の研究と
欧米の幼児教育の研究の根本的な違いは
生まれたときに持ってる主体性を失わせないで
教育することが非常に難しい
つまり手かければ手かけるほど主体性が失われていくので
どういう手のかけ方が主体性を削らないでいくのかって
この研究ですよねつまり環境をどう作っていくかって
非常に重要なポイントなんですよ
本人が望まないものをやっててもそれなりに能力はつくんだけど
一番根本的な自己決定をして物事をやっていくっていう
人間にとって最も重要なポイントが失われていくんですよ
学力ってペーパーみたいな学力は世界で中3で世界1位ですけど
でも日本の子どもたちの多くは主体性削られるので
主体性削られた子どもたちって自己決定を繰り返してないので
どんな特徴があるかっていうと
うまくいかないことがあると人のせいにするんですね
勉強がわかんないと先生の教え方が悪いって言うんですよ
いやはるか先生は教え方がうまいけど
ひとつ先生は教え方がだめだよねみたいなこと言っちゃうんですよ
スピーカー 1
お客さんが言ってますね
スピーカー 2
でお母さんってうちの先生全然だめって
だから塾行かしてってみたいこと言うんですね
学校の先生たちもより教え方がうまい先生になろうと思って
どうやって教育のサービスをいいサービスを与えられるかって
サービス競争するんですよ
でも教育の本質はこの子が自分で学び方を
いろんな環境の中で学び方を覚えながら
どうやったら克服できるかを伸ばしていくことが本当は教育なのに
つまり独り立ちさせるのが教育なのに
手をかけるのが教育というよりは
どうやって手を離していくのが教育なんですよね本当はね
だから親御母さんによく言うのは
何歳まで子育てしますって僕言うんですよ
12歳ぐらいで中学受験で学校説明会に来た親御さんに
今12歳ですよねお子さんね
何歳まで子育てしますかって聞くんですね
まさか18歳になって高校3年生になった時に
お母さんお父さんって
僕大学どこ受けたらいいかわからないから
どこ行ったらいいか教えてよって
そんな子どもになってほしくないっしょ
僕ここに決めたんだけど
報告してくれろって子どもになってほしいでしょって
皆さんが子育てって言ったら
12歳から18って考えたら
あと6年もできないんですよ
どうやって手離すかってことが子育てだから
これ考えてねって僕学校説明会で必ず言うんですね
日本の子どもたちがあれをしろこれをしろ
あれをするなこれをするなって言われてるから
わずか小学校の
もう低学年から中学年ぐらいになってくると
どんどんどんどん主体性削られてるので
ますますサービスを受けないと
教育ができなくなるんですね
だから子どもたちはうまくいかないことがあったら
必ず人のせいにすると
クラスがうまくいかないと担任外れだって言うんですね
うちの担任外れだよって学級崩壊状態だよって
学校の先生も崩壊状態になるのは
学校の先生の責任だと思ってるんですよ
確かに管理教育をすれば
管理していこうって教育
手をかける教育をしていくと
教員のその能力差が出るんですね
でも幼児の頃から子ども主体の教育をしていくと
学校の先生なんて本当は関係ないんですよ
例えば自分の子どもが
日本ってやたら宿題出すじゃないですか
これも日本独特ですけど
学校教育でやたら宿題出すんですよね
この宿題出すって文化があるから
日本のお母さんだと
なんとかちゃんって宿題やったの?って声かけるじゃないですか
良かれと思って子どもに声かけるんですよ
そうすると子どもがうるさいなって今やろうとしたのに
本当お母さんのその声ね
やる気伏せるんだよとかって言うわけですね
お母さんは良かれと思って声かけたんだけど
この声のかけ方が悪いって
そのサービスの仕方が悪いよって文句言うんですよ
つまり主体性を失った子どもっていうのは
サービスの与え方に不満言うようなんですね
もっといいサービスちょうだいよってなるんですよ
こんな子ども育てるわけじゃないですよね
教育の本質っていうのは
主体性を育てていくってことが一つだし
もう一個僕が大事にしてるのは当時支えですね
これは後天的に学ばせなきゃいけないんだけど
子どもがとらぶってるときに
子ども自身がこれを解決していく能力ですね
これも日本とヨーロッパと比べると
すごい決定的な違いがあるんですよ