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旨さと良さはなかなか両立しない、できないものかも
2026-10-05 24:50

旨さと良さはなかなか両立しない、できないものかも

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サマリー

写真家・畑野ひろしさんの著書『うまくてダメな写真と下手だけど良い写真』をきっかけに、技術的な「上手さ」と、表現としての「良さ」は別物だと語る。ピンボケした公園のベンチの写真を例に、技術的に未熟でも、撮影者の意図や感情が伝われば良い作品になり得ると考察する。文章や会話、ゲーム開発、仕事づくりにも話を広げ、ノウハウや技巧を身につけるだけでは、相手に価値や楽しさを届けられないと指摘する。三分割構図のような型は技量向上には役立つが、それ自体を目的にすると「良さ」にはつながらない。天才的な上手さを目指すより、少しずつ実践し、何を伝えたいのかを意識することが重要だと締めくくる。

『うまくてダメな写真と下手だけど良い写真』から考える
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。よろしくお願いします。
シゴクリラジオはSpotify、YouTubeでも聞くことができます。 お好きなプラットフォームで聞いてみてください。
今回のテーマは、シゴクリに役立つというか、初めて聞くとシゴクリなんだと思うところですが、
うまいとか、うまい、下手ですね。あと、いいか悪いか。パッとですね、うまさとよさというのは、似ているところもあるんですが、それは明確に違うんじゃないか。
もしくは分けられるんじゃないかという視点を提示してくれた本があります。というわけで、だいぶ前に買って、ザザザッと読んだ本を紹介して、紹介というか本内容というよりも、そこから気づいたことを1個引っ張り出してみたいと思います。
今回は、写真家の広瀬さんが書いた本で、もしかしたら本屋さんに行かれている人は見たことがあるかもしれません。緑の表紙で、タイトルがうまくてダメな写真と下手だけどいい写真という本です。ご興味あればリンクを貼っておくのでチェックしてみてください。
別に替えとかそういう話じゃないですけど。この本を読みまして、私が立ち読みして買ったんですけど、本屋さんで。なんか面白いこと言ってるなみたいな、そんな感じで。
改めてですね、面白かった部分は、うまいと良い、下手と悪いって言ったら良くないですけど、その関係性もしくはそれが多分この本のコンセプトになるんじゃないかなと思いました。
僕が写真撮るとかに興味があるかという意味では、別にそこまではないですね。純粋に写真家の人の考え方もしくは他の人の仕事の仕方っていうところで読んだというところです。
だから写真に興味がある人が買うとどうなるかはちょっとよくわかんないですね。撮ったり、より何かやりたい人が買うとどうかはまた読んでみるとわかんないですけどね。というところで、うまいと良いかの話を少し共有できればいいかなと思います。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回は畑野ひろしさんという方が書かれた本ですね。上手くてダメな写真と下手だけど良い写真という。イラストはちなみに吉竹さんという方が書かれています。よく見かけますよね。
本の内容はそのままなんですけど、僕自身は別にカメラとか写真というのを撮影してどうこうというのを長く買ったので、その細かい話が全体で8章ある中で最後の方が後半がちょっとあったりするので、そこらへんは結構飛ばしていったりします。
ローっていうデータの話とか。いや、わからんなみたいなものでそれは飛ばしています。今回一番ポイントだろうなと思うのが、良い写真って何ですか?上手い写真とか下手な写真って何ですか?
上手さと良さは別物
言葉が混乱するかもしれないんですが、言っていることは上手さですね。上手い写真、下手、要は上手いか下手かみたいなのってありませんか?それは料理とかでもいいですし、何でいいんだろうな。ゲームとかでもいいですよね。ゲームが上手い下手。会話が上手い下手とか、めちゃくちゃいろんなないですか?上手さ。
その下手さって言わなくて上手さって言いますけど、技術とかプロは上手い、勝ったりしますね。写真の上手さ。
もう一方で写真に対しての評価ですかね。良い写真というのがある。もしくは悪いと言うと良くないんですが、良くはない写真がある。
で、本書はですね、おそらくですが、おそらくというか言い切ってたか断言してるかわからないですけど、その畑さんという人からすると、上手い写真がいいよねって。上手い写真撮るなってオーダーは言わないんですけど、やらなくてもいいよねって。下手でいいって。
これはあれですよ。趣味の人なのか、プロなのに下手だったらダメとかは、ちょっとそこは置いといてください。僕もわかんないです。
だけど、下手でいいと。だけど、良くない写真じゃなくて、悪い写真ですね。じゃなくて良い写真がいいんじゃないか。つまり下手でいい写真がいいんじゃないかっていう主張なわけです。
で、これ何言ってるかっていうと、要は下手だったら写真が誰も見てくれないって思う気もしますよね。それもわかるんですよ。ゲーム、アプリなり、文章なり、その様々なものがあるので。
ピンボケした公園のベンチが伝えるもの
で、この話はいろいろ応用できるんですけど、じゃあ下手って何かって言ったら、写真撮られる方も多いという前提で、僕は撮らないですけど、例えば昔だったらピンボケってあるわけですよね。
要はピントが合ってない。ピントが合わないとどうなるかっていうと、対象者が何がいいんだろうな、例えば公園のベンチみたいなのがあったときに、公園のベンチに対してがブレるわけですよね。ぼやけるんですね。
で、そうすると撮れてないじゃんっていう風になるわけですよ。で、ぼけるのをぼかしたとかは知らないですけど、ここは一般的にですよ。ぼけてるから下手だねってやるわけですよ。
で、そこは例として捉えてください。ミスってるかもしれないですけどね、この話ね。で、一応行きましょう。ぼけてるんでピンボケしてるよねって写真下手だよねって。私は別にピンボケしてないですよみたいな人がいたときに、並べられたらピンボケしてるかピンボケしてないかって言ったらピンボケしてる人の方が下手な写真だと思われるわけです。
で、ぼけてない人の写真を見る。こっちは上手いなって。これ極端な話で、それだけじゃないと思いますよ。で、ですよ。だけど、ここがポイントなんですけど、良いのかどうかって話なんですよ。
写真のカメラというか撮影する技術はピンボケしてる人の方が低いし、ピンボケしてない人の方が高い。ということにしましょう、仮にね。そうしたときに、じゃあピンボケしてない人の写真が悪いのかと言ったらどうです?っていう話なんですよね。リスナーのあなたに問いかけたいし、この著者の畑田さんは多分問いかけてるんだなと思いました。
僕も問いかけられました。勝手にね。じゃあピンボケしてない綺麗な公園のベンチがあったときに、写真があったときに、これは良い写真なんですか?って。良い写真だね。ってなりますか?って。もちろんね、それで良い写真になることもありますよね。
だけど多分往々にしてというかよくあるということなんですけど、その要は下手な写真の方が良いこともあるわけです。ただそれはピンボケでボーンって出したらみんなが過程評価されるかって言ったら、それは流石に甘い気がします。
だけど写真って表現ではあると思いますから、情報としてね。学級写真みたいに情報として人の写真を撮るとかそういうことじゃないですよね。だから何伝えたかったのかっていうような写真の話を今してます。その公園のベンチが何で撮ったんですか?って話になるんですよ。
何でそれを撮ったんですか?って。理屈とかじゃなくて感情でもいいですけど、何か気になったからとか。わかります?自分が座りたかったから撮ったとか、何でもいいんですよ。
そういう撮りたいとか、好奇心とか、自分が何か表現したいとか、これは僕の解釈ですよ。っていうのが表せられているかが多分良いっていうところですよね。伝えられるかどうかわかんないですよ。
例えばですよ。極端な話ですけど、仕事ですとか色んなもので疲れてて、公園のベンチに座ることなんてない人がこの日だけは座ったみたい。っていう前提文脈があっての公園のベンチ。
ってなるとだいぶ違いません?どうです?ピンボケしてる方が、それこそこれは勝手に評価すればいいんですけど、ぼやけてるのかな?視界ぼやけてるのやばいですけど、それぐらいのことを表現したかったと。
っていう時にクリアに公園のベンチが撮れてる方が多分悪いと思うんですよ。もちろんそれ意図してるかどうかは置いといて、その撮影者であるカメラを使った人がどこまでそれを考えててどういうものを出したかったかってことなんじゃないかなって僕は捉えました。
文章・会話・仕事づくりにも通じる良さ
間違ってるかもしれないですよ、この捉え方。そうなると技術じゃないですよね。技術なんていらないよねっていうのは乱暴ですよね。勉強しなきゃいけないと思いますし、上手くなりたかったらね。でも上手くなっても良くはならないですよね。
っていう話だと思います。上手さと良さは別腹みたいな話です。この辺りって実際のあなたはどうお考えですかっていうところなんですよね。文章とか書いていって話って一緒なんですけど、文章の上手さってあると思うんですね。
文章の上手さって何?っていう人もいらっしゃると思うんですけど、例えばエッセイストみたいな人とか書き慣れてる人、小説家の人のエッセイじゃなくても小説でもいいんですけど、読むじゃないですか。
そうじゃないアマチュアの人とか素人の人、僕もそうですけど、やっぱり読みづらいんですよね。リズムがなかったりする。リズムを作れる人はその文章は読みやすいですよね。会話もそうですよね。ここでポトキが喋ってますけど、この話がね、話し方、癖、僕自身の何かが伝わりやすいかどうか正直わかんないんですが、
上手い人もいますよね。下手な人もいますよね。だけど、組み立て方とかよくはぐちゃぐちゃなんだけど、論理展開とかぐちゃぐちゃなんだけど、でもその人が言いたいことがわかるって大事じゃないですか。
そこがわからなかったらもう意味ないんじゃないかって思いません。だからリズムが文章でも会話でもいいんですけど、悪くてもいいんですよ。全員がそういう風にきれいに書けとか、読んでて楽しいなっていう風にしろなんていう風には僕は思ったことないです。だけど、それは技術の技巧というか上手さでカバーできると思うんですよ。
だけど、例えばなんかSSOの人が書いて、読んじゃったけど印象に残らないなみたいなのないですか。文章として確かに上手いんだけど印象に残らないなってないですか。僕もそう思われてるかもしれませんが。文章を書くあとポータルで喋る。印象に残らないってよくないなっていう話で、印象に残れば勝ちとかそういうわけじゃないんですけど、
その人に心を揺るがすようなものとか大きな話になってますけど、伝えたかったものが本当にそこで伝わって、そういうことかみたいなことをすごく大きなテーマじゃなくていいんですよ。雨の降ってくる音とかの濁りとか、音の傘に当たる音の大きさとか、もう観察の話になりますけど、違うんだみたいな話をされたときにハッとするみたいな。
それだって俳句とか短歌とかそういうのも近いと思うんですけど、何でもいいんですよ。写真でもいいし、絵でもいいし。
で、文章のリズムが悪いとか会話のリズムが良くないからダメっていうわけじゃなくて、その人が伝えたいことはこれだったんだなっていうのがあれば、それは良い会話というか良い文章だなと思うんですよ。何か伝わります?
で、これはショーグレーラジオなんで、その仕事を作るのの上手さって多分あると思ってるんですよ。こうすれば上手くいくよねとか、こういう風にしたらできたよねってありません?
個人開発とかでゲームを作ってみたいな人とか、アプリの人よりもゲームの人が面白いのか分かりませんが、YouTubeとか見てて、ゲーム自体が上手いとかその人がすごい優れた才能があるっていう人って、僕がどうこういうのも変なんですけど、そこまでじゃないと思うんですよ。
ものすごい才能があるというか力があるっていう人がやるっていうものでもないと思うんですよ。あっても技術とかそういうものって、さっき言ったように良さとして出せるかの方かなと思ったんですね。伝わりますかね、その話ね。
ゲーム開発をやってたとかでもいいですし、僕であればコミュニケーションとかマーケティングとか業界に対して詳しいとか、さまざまな開発に対するスキル、ゲームに関して知っているっていうのはプラスだと思います。
だけどそれがあるから、じゃあ良いゲームや良い作品というのを作れるかというと、多分別なんですよ、きっと。それだけです。むしろそこって逆の部分もあって、つまり下手というか上手くないから努力するしやろうとするみたいなのがあって、
それは時間がかかるんだけど、確実に上手くなるし、上手くならない部分ももちろんあるんだけど、それは良さにつながるって感じですよね。技巧で技量がレベルアップするんじゃなくて、作品としてその良さに添加される感じ、そしてそっちに伝わるっていう方向になるんじゃないかな。
下手馬みたいなのはありますけど、あえて下手に描いているかは知らないですよね。でも下手でもそれが伝わればいいわけじゃないですか。何で表現したり、何でそれをやろうとするか、何でその仕事を作るかもそうですけど、何でやるかって言ったら、AIではなく対象となる人に喜んでもらいたいとか、対象とする人に使ってもらいたいと。
その人たちが課題を解決したり、ゲームだったらエンタメですけど、クスッと笑ってもらえたらいいみたいなのがあるわけじゃないですか。だったらクスッと笑わせたらある種の価値じゃないですか。価値というか満たしたことになるじゃないですか、目的。
でもそれが気取ってではないですけど、すごいよねって言って、その人をクスッと笑わせるような行為とか努力をしていないのであれば、それは悪くないですか。悪いというか良くなくないですか。できないですよね。
最後にですね、上手くて良いっていうのはありえるのかって言ったら、この肌さんに戻しますが、あるのだろうけどほとんどないんじゃない。
ただ写真の勉強した学生が3000人いて1人いるかないかみたいな世界、要は天才肌みたいな人だけの世界じゃないってことを言ってるわけです。肌野さんは優れた写真家というかね、様々なことをやられてるんで、ご自身では中の中か中の上くらいって話なんで、普通とは言ってますが、それは謙虚さなのかな、わかりませんが。
そこは置いておきましょう。だけどその通りだなと思いました。天才になってものすごいことやるっていう風に思ったりしている方いらっしゃいません?例えば何でも。仕事作りも。それ多分そんなこと求めてないし、多分そんなことやれないんですよ。僕もそう思います。
仕事クリエイターって言ってるけど、バンバン仕事作ってバンバン売っていくとかもありですが、そんななかなか、そんなすぐにできるものじゃないですね。1個1個少しずつやるしかないっていうところがありますよね。
そういう時に、ものすごく上手くある必要性があるかって言ったら、多分ないなと思います。アイデア出しについても僕なりに実績積んできていますが、これを誰かと比較してどうこういうことは多分できないし、やる意味がないですね。
年間どれかやってるかとかは、その人の活動の履歴のベクトリーになるし、やってるかどうかわかるんだけど、それだけぐらいしかないですよね。良いものと上手いもの、違うよねっていう観点かなと思います。
ノウハウや構図を目的にしない
もしかしたら写真とかカメラで極めにやる方がいらっしゃったかもしれませんが、そういう人向けに行くと、いわゆる概念であったり、基本というよりもどういう風に撮ろうねっていう話なんで、割と応用のような気がします。
だけど技術とかこうすればいいみたいな、3分割構図についてかなり批判的に扱われてたんですけど、画面を右真ん中左、左真ん中右どっちでもいいですけど、3つに割るといいよみたいな、でもそれは著者の畑野さんからすればそんなのはないです。聞いたことないと。
言われてることは知ってるけど、それはないよ。対象中心の備えたらそうなってるだけ、もしくはそういう風に切り取れるだけってことで、いわゆるある種のビジネスで言ったらフレームワークみたいな、3C4P分析とかありますけど、それが悪いわけじゃないんだけど、逆になるんですよね。
3分割で取ればいいみたいになると話が違って、それがゴールになるんです。そのやり方にしてみると、事がゴールになるので、良さには繋がらないし、もしくはそれが上手いにも繋がらないかもしれないです。
そういうことを学ぼうとされていることは全否定するわけではないんですけど、難しいんですけど、具体的なタスクとかこういうことをやりましょうっていうのが、当然初心者の人にとってはわかりやすいってことはありますよね。
だけど、そういうのはどんどんやっていって、技量を上げるっていう方向性は否定しないです。だけど、それって結局何になるの?嫌な言い方するとただ上手いだけみたいな。上手いのは否定しないけど、それだけみたいな。難しいですよね。
伝えたい意図を少しずつ形にする
だから感情とかの問題になるでしょうね。感覚とか感動とかね。技量は理屈みたいな。良いかどうかは感覚の話。気がしました。多分間違ってる部分もあると思いますけど。
なんで今の話でお伝えしてきたかわかりませんが、理屈やロジックや部分の上手いところを盗んで、それこそノウハウですよ。
あなたが好きかわかりませんが、ノウハウって何?って思いますけど、そんなの得て学ぼうとしてもいいんだけど、それ得られないし、学んだところで良くはならないんじゃない?っていう話になります。
ある程度やった人がやるなら多分いいんですけど。ある程度やってる人って何?っていう話なんですけど、やろうとしているビジネスやアイディアに対して、こういうことが言えるから言えたし、そういうのを実践したんで、ある程度こういうことが言えましたよね。できましたよね。
もしくは成果を上げましたよねっていうのがあってやるならプラスになるんじゃないかと思いますけど、そうじゃなかったら手を出さない方がいいんじゃないかなっていうことすら思います。マニュアルとかノウハウみたいなやつをやってもただそれをやるだけみたいになってしまいます。
やるのは最初しょうがないんだけど、やって身につくかはまた別じゃないですか。そうなると何していったらいいんですかって話になると思いますけど、カメラとか写真は分からないですけど、やっていることが何に繋がっているんですかとか、何でカメラとか写真をやっているんですか。
もちろんそんなに難しく考えなくていいんですけど、楽しくやってますのでいいと思うんですけど、こういう意図で一緒だと思います。アプリ開発とか仕事とかと一緒で、何か表現したり何かやるときにこういう意図で撮ったんだ。公園のベンチの例えがいいか分かりませんけど、ボケてるので下手だねって言われて、そうじゃないんだなってときに、その人にそう説明して伝わるか分からないんだけど、
でも、ビンボケした公園のベンチを撮ってそれを出したときに、それが伝えるようにしたり伝えられるかが一つポイントですよね。ゲームとは結構一緒なんですよ。作ってこういう感じで楽しんでくれたらいいねって想像するし自分もやるんだけど、その通りにいくかは分からないじゃないですか。
そこで良さ悪さみたいなのがありますが、基本的にその良さっていうのはその意図とか表現したいものが伝わったらいいんじゃないかなってそんな話となります。全然読めとは言いませんが気になるなら本をチェックしてみるのはいいんじゃないでしょうか。というわけで今回はそんな形で終わりたいと思います。少しでも参考になれば幸いです。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
紹介ラジオ大橋でした。失礼致します。
24:50

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