1. シゴクリラジオ!
  2. 自分が良いと他人が良いは異な..
自分が良いと他人が良いは異なる前提でかつ、粘っていくこが大事ぽい
2026-08-17 23:51

自分が良いと他人が良いは異なる前提でかつ、粘っていくこが大事ぽい

spotify apple_podcasts

---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/618b94773db982af52639b7a

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

自分が良いと思ったものが他人に評価されるとは限らないという原則について解説。作り手側とユーザー側では視点が異なり、作り手がどれだけ努力しても、それがユーザーに響くとは限らない。このギャップを理解し、粘り強く改善を続けることの重要性を説いている。

作り手とユーザーの視点の違い
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事作りに関して話をしていく番組となっています。
番組はSpotify、YouTubeでも聞くことができます。お好きなプラットフォームで聞いてみてください。
お盆休みというか、週明けになりますが、一発目ですね。よろしくお願いします。
今回は何度も言っているようなテーマですが、自分がいいなと思ったものと、他人ですね。自分じゃない人ってことですね。自分以外の評価は違いますよね。
この原則というか、当たり前なんですが、作り手側、もしくはクリエイターだと作り手、ビジネス的に言えばサービスサービスですね。事業をする側、運営側とか、事業者側ですね。
と、いわゆるユーザーサイドですね。使う側、ゲームだったらゲームをした人、アプリだったらアプリを使った人、ビジネスだったらお客様、顧客、別に全部一緒なんですけどね。
その対立というか対比構造は変わらないわけですよね。どんなものでも。
で、それを忘れてしまうよね。忘れなきゃいいんですけど、忘れがちだよなあっていうところ。
さらにですね、追い込むかのように無慈悲なんですね。慈悲というのは、慈しむなんて言葉、合ってますか?
こちらがどんなことをしようが、これは上積みで合ってると思いますけど、開発者側、ビジネスサイドでは様々なことをして苦労しました。
ビジネスの観点だと伝わりづらい方もいらっしゃるかもしれませんけど、調べたとか、頑張って資料を作ったとか、お客さんのアンケートでもいいし、いろんな人に聞いたと。
鉛筆なめなめはないですね。やめましょう。時間をかけたとか。
関連するものとか似たようなサービスとかアプリでもいいですけどね。調べたという感じですよね。
例えばね。じゃあそれをやったから入っていって、あなたが作るサービスが評価されるとは限らないですよね。
これが不思議で、ここでも何度も言ってますが、趣向の盲点というふうに僕は言ってます。サービス側とユーザーの態度の視点、立場があります。
多分これは分かる方が多いと思うんですよ。分かる方が多い。もしかしたら分からない方もね。
誤解を恐れずというかね。恐れながら言えばね。いらっしゃるかもしれません。その人はちょっと向いていないですよね。分かんないという人はね。
さすがにそういう人はこの職業ラジオを聞いている方はあまりいないんじゃないかなと思うんですけど。
じゃあ違いますということを概念として理解していても忘れちゃうんですよね。その上に盲点だというふうに言ってます。
盲点というのは本当に左右、右か。右だけじゃないです。片目を閉じたら一点見えづらい部分があって、見えづらいというか見えないですね。
ようなもんじゃないかなというところから趣向の盲点と言っているんですね。
自分がユーザーである、お客さんであるという時に、例えば分かりやすいかどうか分かりませんが、スーパーに行ったりします。コンビニに行ったりします。
こういうものがあればいいのになという方っていらっしゃると思うんですよ。そういう方だけじゃないと思います。そういう方ばかりじゃないと思いますよ。
もしリスナーのあなたが思ったとして、じゃあコンビニに勤めました。もしくはコンビニのフランチャイズとか、
もしくはコンビニじゃなくてもいいんで、氷スーパーじゃなくてもいいですけどね。雑貨店とか何でもいいですよね。100円ショップでも何でもいいですよ。
そこで勤めたり、もしくは経営するという立場になったり、もしくはもういろんな立場がありますからね。ゲオンみたいなのもあるのかな。分かりませんけど。
そういう立場に変わっていました。すると、もうお客さんの視点を忘れちゃうんですよね。忘れちゃうんです。というよりも、言えなくなるって言ったらいいんですか。
なんか、切り替わらないというか。つまりですね、コンビニだったら、コンビニはあんまり良くないかもしれないですけど、スーパーであったり雑貨店であったりすると、
出すものが全てですと。お客さんがどう思うかは知っちゃこたないみたいな、ひどい言い方かもしれないですけど、そういうのあるんだと思うんですよ。
なんとなく分かります?
要は、状況や文脈が一緒だな。要はですね、自分が売り手側になると、買い手と売り手ってちょっと混乱しきやすいんですけど、あえて言えば売り手側ですよね。
売る側に立つと買い手の気持ちを忘れてしまうし、買い手に立つと売り手の気持ちなんて分からないんですよ。
それが今回の本質と言いますか、一番のポイントかなと思って話しています。
後半というかですね、付け足すことがあればまた話してみたいと思いますけど、今回はそういう話をしていこうというところでした。
ぜひですね、自分が作ったりする売る側だったら、買い手の立場、もしくは使う立場に立つと。逆でもいいですよね。
使っているとか買ったら売り手とか、作った側とか売った側の立場を考えると。
難しいですよね。どちらかというと上位互換とは言いませんが、抽象度が高いと言いますか、買う側で満足していたら別に売らなくていいじゃないですか。
これは結構究極の話で極端かもしれないですけど、提供するとか発信するとかっていうのもそういったジャンルになるかなと思いますので、そのあたりも少し話していければいいかなと思います。
ちょっと長くなりましたが後半、もし興味があれば引き続き聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリアジオ大橋です。よろしくお願いします。後半というか前半が長くなりましたけど、前半何を言ったかというとですね、
作ったものをですね、開発したもの、もしくは提供したもの、もしくは提供するもの、何でもいいですけどサービス、ビジネスでもいいですが、
そういう仕事的なものと、自分がやったぞ、いいぞって思ったものとそれに対して評価は別です。自分以外の人がどう評価するかは別です。
あえて乱暴に言えば、どれだけ1万時間、1兆時間とかわかんないですけど、そんなやらないですけど、ゲーム作りましたでもいいし、ツールアプリ作りましたでもいいしね、ビジネスについて考え抜きましたでもいいし、
趣向の盲点と立場による変化
考え抜いたっていうと、頭だけでやってるって思われるかもしれないので、ちゃんと行動して、本当に調べて、動いて、資料だけ作るだけじゃなくて、検証して、さまざまなのを見て、体験して、
しかも自分の顧客課題ですか、もっと簡単に言えば、お客さん困ってることですね。もうあるぞ、バッチリじゃん、みたいなことをやったとしても、それがサービスとして提供したり、ビジネスとして提供したり、仕事として提供したら、相手に受ける、受けるというより大盛り上がりみたいな意味をもしかしたらイメージされる方もいらっしゃるかもしれませんが、
ここではそんなに深い意味はなくて、刺さると言ってもいいけど、誰かに届くか、誰かが評価してくれるか、自分以外の誰かが評価してくれるか、いいね、これいいね、待ってたよってなるかっていうと、関係ないよねっていう話なんですよ。
それを無慈悲と言ったりしました、僕からすると。だからそれは慈悲してくれと、要はこんだけやったんだから、なんか言ってくれよっていう感じを受けるかもしれないんですけど、それはやっぱり甘えなんですね、厳しいかもしれないですけど甘えではあると。
とはいえですよ、ここのしおぐれラジオでも何度も言ってるように、何か挑戦したり何かやったりする人を否定したりとか、そんな意味ないよねってことは全然思ったことはなくて、何て言うんだろうな、さっき最後の方に申し上げた通りで、別に作る人が偉いとか、サービス提供者がすごいとかっていうことはないんですよ。
そんなそこまで要所するというか、上に上げることはない。だけど、企業とかね、しごくりもそうですけど、やる方って少ないですよね。少ないっていうのは体幹1割ぐらいって感じです。10人いて1人ぐらいの感覚です。
この世の中がですね、日本社会が10人いて9人なんかやるぞやるぞやるぞやるぞやるぞやるぞってなってたら、このしごくりラジオとかしごくりなんて言わない可能性があります。逆ですよね。やらない方がいいじゃんっていう、何もやらないよみたいな方に僕は舵を切ってる可能性があります。
なんとなくお分かりかもしれませんが、人と同じことをやるのってどうなの?みたいなのが僕の中にあるところです。人と同じというか、自分で試して考えてどうですかってやっていきたいですよねっていうのが前提としてあります。
これはもう前提であり土台であるから、それはいらないですとか、それは必要ですって言われたらもうそっと去るだけです。僕は。そんな感じですよね。だから無慈悲と言ったんでから、慈悲がないとかひどいなっていうのが1ミリもないとは思わないですよ。思わないわけじゃないんだけど、でも確かにそうだよなって。
僕がゲームでもいいしアプリでもいいしサービス、様々な個人開発してる人のノート見たりとかサービスとかも見ますけど、別に指定してこれとは言わないんですけど、これはいらないなとかっていうのは正直思うわけですよ。
いらないですねなんていうふうに言います?っていう感じなんですよ、話としては。だからいわゆるクレーマーとは違うんですけど、文句をつける人ってある種気長なんですよね。そこまで来ると。
イラッとする人もいると思うんですけど、でも何も反応がないなりの方が怖い。それはですね、やられたことがある、作ったことがあるってことですね。やられたっていうのは何かをやった経験がある人のことに限るって話です。やってない人にとってはこいつ何言ってんだっていう感じになるかなと思います。だけどやってみたらわかるという話です。
そこでですね、思うわけじゃないですか。話戻すと、僕が何かそういうサービスなりアプリ作ったり、アプリだけじゃないですよ、ビジネスでも新サービスとか見てるんですけど、これ誰向けなんだろうわからないなっていうのがあって、それをいいよねっていう人もいらっしゃると思うんですけど、僕がわからないなっていう立場を保つわけです。
もちろん僕がわからないなというサービスが上手くいくこともありますよ、当然。一方で僕がわからないなっていうのが、わからないままに上手くいかなくても悪いってこともありますよね。その確率がどうかはわからないですし、それを置いておきましょう。
だけど、その時に僕がわざわざわからないサービスに、これわからないですよねって言います?ってことなんですよ。僕がね。僕がないですよ。それを知っている人とか、何か関係性がある人だったら言うかもしれない。それぐらいじゃないですか。
言い方は悪いですけど、そんな暇じゃないみたいな。その時間をどういうふうに使うか。自分が不快とは言いませんが、快ではないようなことに対してあえて言うって。
暇っていうのはちょっと違うんですけどね。言い方が雑ですけど、やらないわけですよ。やらない行動をとる方が多いんじゃないかなと思ってます。聞いている方もそうだよなって思っていただける方が多いんじゃないかなと思ってます。違う方もいらっしゃるかもしれませんけど。
だから声が出てこないんです。声として上がってこないんですよ。その中で、すごいやってみて、もしくは体験していいねと思った人が言ってくれる。もしくは悪いねって、これはないわって思った人が言ってくれる。そんな感じです。
評価を得るための粘り強さ
だからレビューとかコメントとか、返信でもいいですけど、そういった評価が得られないんですね。だからまずそこの評価が得られる。これは手応えっていうことを、ここの四国ラジオでも何度も申し上げてるんですけど、手応えってなんだよねって話になったときに、一個を突っ込んだ話になるわけですね。
何かを出すまでの、まず一段階。何か頑張りましょうって言えないですけど、やります。やって泣きなんですね。誰にもいられなかったり、何も動かない。解析でデータ見てる。僕もそんな感じですよね。やってるんだけどなーぐらいの。それだけでは動かないですよね。
そこなんですよね。話を戻していくと、無慈悲とか言ってますけど、でもそんなもんなんですよ。自分だってそうやってやってるしね。誤解を招かないように言えば、ごめんなさい、誤解を招いてるかもしれないですけど、自分が何かしないから他の人もしないよねっていうのもあるし、自分がしないから、でも他の人は違うよね。
だから他の人はやるよねってこともあるから、絶対じゃないですよ。でも確率的にそんなに興味がなかったりすると、どっちかしかないわけです。すごい良かったら反応する。もしくはすごいダメだったら不満で言うと。どっちかですよね。
どちらかがないと、それは評価が悪いっていう評価を得るか、評価が良いっていう評価を得るかっていう評価評価言ってますけど、どちらの評価も評価としてあるっていうのが僕は大事だと思ってるんですよ。その上で良い評価を増やすようにしていった方がもちろんいいですよね。
あるわけですよね。僕もわかっててそのあたり。いやー、微妙じゃね?っていうそういう本。あるわけですよ。記事でもいいですよね。対象者が違うかなみたいな。一方でそれを対象者を指定して適切に述べている。もしくは対象者とは違うんだけど、魅力的というか学びがあるというか気づきがあればそれはそれでいい。
そんな良い記事ばっかり書けないわけで、良い記事というか良いアウトプットできるわけないわけですよね。そのあたりが難しいというか、ある種の醍醐味なんだろうなっていうふうに思ってます。
今回、着手としては、個室としてはもう述べた通りで、自分が良いなと思ったものが人が良いと言ってくれた限らない。むしろ自分が良いと思ったものは人が良いと思わない方が高いぐらいでいいんじゃないかなと思ってます。
だからすごく悲しいというよりも、すごく粘りが必要なんですよね。あれおかしいな、ずれてるなみたいな。自分が良いなと思ったんだけど、目の前の人は刺さってないんだなみたいな。
だからこのラジオで言えば、なんか結構一生懸命喋ったんだけど、なんか刺さってないなみたいな。伝わってないよねみたいなのがあるわけですよ。そんなのめちゃくちゃあるわけですよね。毎日起きてる。
でもそこで、いやだから伝わらないからっていうのは別に一発芸じゃないんですよ。ここがかなりポイントで、いやそれで伝わりませんよね。で終わるんじゃなくて伝わらなかった。じゃあどうしていくか。
だからそれがですね、もう改善しようがない。自分の力では無理だ。もうちょっと相手のことを考えて喋ってくださいって言われても、いや相手のこと考えてって。考えて喋っとるわよみたいな。そんな別にレーターが来たわけじゃないですよ。
では難しくないですか?ポッドキャストで言ってますけど、それがゲームであればアプリであればビジネス、四国理でもいいんですけど、自分はこういうことは問題だと思って考えたんだけど、全然そんなこと問題だと思ってない人いっぱいいるわけですよ。
NPOの例と試行錯誤の重要性
例えばこれは経験とか体験の話になるんですけど、例えば僕はですね社会人、そうですね新卒じゃないや、20代の頃にNPOとか結構興味あった社会課題みたいな。それって知らない人からすると何社会課題って言って。
なんかボランティア、NPOボランティアですか?NPO法は確か95年ですか?そうですよね。神戸の震災だと思いますけど、確かね。間違ったらすみませんね。95年ではなくてNPO法が成立された。
そこからボランティアがいろいろ、ボランティアだけじゃなくてNPO法人って概念が生まれた。だけど、いまだにちょっと怖いんですけど、NPOっていうのはもちろん正確には任意団体、ボランティア団体ではあるんですが、NPO法人は法人格があり、別に収益活動はしないんだけど、そこで人権費とか職員がいてですね。
だからいっぱいあるわけですよ。海外でNPO、NGOとかも一緒なんですけど、知らない方からすると、リスナーの方がご存じない方もいらっしゃるんで全然それがダメと思うんですけど、知らない場合、NPOとしていいことしてお金もらえるんだみたいなことを思うわけです。
いいことしてお金もらえるというよりも、ちゃんと収益として事業家を作らなきゃいけないんで、寄付助成金、事業っていうところでちゃんとやらなきゃいけませんけど、事業というか自分の団体としての事業を作らなきゃいけないんで、ビジネスとしてやらなきゃいけない部分もあるんで、それはまだ全然違うと思いますけど、そうなんだって思う方もまだいらっしゃると思うんですよ。
26だから31年経ってるけど、全然昔よりは知ってる方もいらっしゃると思うし、単純にボランティア、お金が出ないんじゃなくて優勝ボランティアっていう概念もありますし、そもそもその概念という考え方自体がないと、わけわかんないですよ。みんなタダでやってると思ってる。
タダが悪いわけじゃないんですけど、そうでもないよねみたいな。そういうことです。どういうことかわかんないですけど。
なんでNPOの話を伸びましたけど、やってみなきゃわからないこともあるし、最後に戻すと、耐えるというか、出しましたじゃなきです、一発芸じゃないけど、そこで調整してどういうことを修正したらいいのか、どういうことを考えていったらいいのかを、
制作者になれとは言いませんが、考えて試して考えて試してを繰り返していくしかないですよね。っていうことをずっと言ってます。
なんで僕もやりつつ、こういうことになりました、どうですか、そうなるよね、いやそうならないこともできるよねっていうのをどんどん修正していくしかないっていう話になります。
当たり前にやってる人は当たり前になった話なんですけど、その耐えるというよりも、何度も言ってますけど、一発でやってできなかった、はい終わりだと続かないですよね。
続かないというか、上手くなっていかないというか、それを前提として、さっきこのしょうぐいラジオもお話しましたけど、挑戦する試すということはもうそれだけでOK、ウェルカムでいいよねっていうのはあるわけです。
前提として土台としてある、その上でやりました、やった上で反応がない、評価がない、どうしよう、じゃあ自分でね、これ別に魔法もないしノウハウもないんですけど、
そのままあるわけないんですけど、自分でそこを踏まえて考えて試していくと。もちろんそれで誰かの知恵を借りたり、アドバイスを受けたり、もしくは自分で考えてやっていくってことが、
僕もそうですけど実力が足りないなら身につけていくしかないんですよね。身につけられてないものをやれって言われたら、またそれは問題かもしれないけど、少なくとも、
よくも悪くもできることしかやってなかったら成長がないし、全部できないことばっかりだったら不満になるし、これは具体と抽象ってことをずっと言ってますけど、具体度が足りない、抽象度が足りないみたいなところのバランスでしかないから、調節するしかないですよね。
そこが難しいところでもあるんですけど、逆にそこがハマったり、こういう感じでやってけばいいんだみたいなのが見えるとめちゃくちゃ楽しいですよね。
だからそのあたりがまだまだ伝えられてないですし、僕も分かっていることがまだまだ少ないような気がしますから、もっともっと学ぶ。
学ぶというのは別に付け根をかじりついて何かやっていくってことを、ほとんどやってないですからね。試してやっていくしかないかなと思いました。
挑戦と継続へのエール
ぜひお盆をあけて、こういうことをやりたいとか、こんなことを考えているみたいなことがあったら、ぜひやってみてください。
僕で何か言えることがあれば適当に言うかもしれませんが、言いますので。またレタートをお送りいただければ幸いです。
今回は以上となります。中国リラジオ大橋でした。ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。以上失礼いたします。
23:51

コメント

スクロール