00:02
私たちは普段、歳を取ると能力が落ちていくと当たり前のように思っています。
例えば、若い頃のように運動できないのは誰もが感じていることではないでしょうか。
そして、能力が落ちるのは運動に限ったことではなくて、脳の力、つまり認知能力についても同じであると考えられています。
歳を取ると学生の頃のようにテスト問題を解いていくことができないし、以前やった仕事でもより時間がかかったりするわけです。
自分自身の体験としてそう感じている人も多いでしょうし、家族や職場の人を見てなんとなくそう思っている人も多いと思います。
そういった衰えがある意味では、歳を取るのが怖いと感じる理由の一つであるのかもしれません。
この認知能力っていうのは、研究の中ではリテラーシー、読み書きの能力と数的能力、計算などを数字を扱う能力という形で測定されます。
そして、この2つの能力は個人の収入と強く相関していることが多くの調査で明らかになっています。
また、こうした能力の水準は国全体の生産性にも関係あることが報告されています。
日本ではすでに高齢化がかなり進んでいて、国民の平均年齢は年々上がり続けています。
そうなると、国として認知能力が下がっているっていうことになるわけで、それによって国の生産性が落ちていくんじゃないかと懸念されます。
つまり、これは個人の問題だけではなくて、社会全体に関わる大きな問題でもあるんです。
でも、年を取ると認知能力が下がるっていうのが本当に絶対的な事実なのか、考えてみる価値があります。
確かに年齢とともにスキルが低下するっていうデータはたくさんあります。
でも、その多くは同じ人を長期間追跡した研究ではなくて、ある時点でいろんな年齢の人を比較した調査から来ています。
03:03
例えば2020年に20代の人から60代の人までそれぞれ集めて、その時点での能力を比べてみるっていうやり方です。
多くの研究では30歳くらいが認知能力のピークであることを示していて、それ以降は能力が下がり続けるということになります。
このようなデータを見ると、年齢と能力の関係がはっきり示されたと思えるわけです。
でも比べているのは、同じ人が年を取った姿ではなくて、別の時代に生まれた人たちであるっていう問題があるんですね。
つまり若い人と年を取った人では育ってきた環境、例えば栄養状態とか社会のあり方も違うし、受けてきた教育の質も違います。
だから認知能力の違いが本当に年齢のせいなのか、それとも生まれた時代の違いによるものなのか判断ができないんです。
この問題を解決するためには、同じ人が年を重ねるごとにどう変化していくのかを観察する必要があります。
つまり同じ人を追跡調査したデータが必要になるわけです。
でもこれを十分な人数分取得するのはとても大変で、こういった調査はあまり行われてきませんでした。
でも最近ドイツで大規模な調査が行われて、そのデータの解析が行われました。
これにより年齢とともに能力は落ちていくっていう、私たちが当たり前と思っていることが改めて検証されたんです。
今日はこの研究について話していきます。
フォトサイエンティストへようこそ、サトシです。
今日紹介するのはスタンフォード大学のエリック・ハヌシェックらによる研究で、
2025年3月のサイエンス・アドバンシーズに発表されたものです。
06:03
この研究で使われたのはOECDが実施している国際調査、PIACと呼ばれるものです。
これは世界39カ国の16歳から65歳の人々を対象にして、
読み書きの能力と数的能力を計測するテストを行って、
さらにその人たちの経済状況や生活環境についても詳しく調べた大規模な調査です。
まず、この調査から得られたデータを基に、単純に年齢ごとのスキルをグラフにしてみると、
どの年代の人がどれだけの読み書き能力や数的能力を持っているかがわかります。
このグラフでは、だいたい30歳ぐらいの人が最も高いスコアを示しています。
つまり認知能力は30歳まで上昇して、それ以降30歳から65歳までは年齢が上がるにつれて一貫して低下していくように見えます。
でも先ほどお話ししたように、これは同じ人が年をとっていく様子を見ているわけではありません。
このPIACの調査なんですが、ドイツだけは追跡調査を行っていました。
最初の調査から3年半後に同じ人たち数千人にもう一度テストをしていたんです。
これによって、この3年半の間に同じ人の認知能力がどう変わったかを調べることができます。
次にこのデータを使ってどの年齢の人がどれくらい能力が変化したかを見ていきました。
まず20歳前後の人たちは3年半で読み書きの能力も数的能力も大きく向上していました。
30歳前後の人たちも20歳の人ほどではないんですが、3年半で認知能力は上昇していました。
つまり30歳でピークを迎えるっていう先ほどのグラフとは少し様相が違います。
40歳前後になると変化はほとんど見られませんでした。 ですからここで上昇が止まるっていうことになります。
そして50、60になると3年半での能力の変化がマイナス、能力の低下が見られました。
09:06
この年齢別の3年半での能力の変化量からそれを繋ぎ合わせることで、もし同じ人が年をとっていったらスキルがどう変化していくのかっていう予測のグラフを作ることができます。
そのグラフを見ると、読み書き能力も数的能力も40歳ぐらいでピークを迎える。 そしてその後も急には下がらず、緩やかなカーブで低下していくっていうパターンになりました。
この結果は先ほどのような世代間での比較ではなくて、個人の能力の変化を基に解析すると、認知能力のピークはこれまで考えられていたよりも後で、しかもそこからの能力の低下も穏やかであるっていう可能性を示しています。
さて、年齢による変化っていうのもあるんですが、実際には同じ年齢でも能力には個人差が大きいわけです。
そのような違いを生み出している要素の一つが、日常生活でどれだけその能力を使っているかであるという考えがあります。
例えば、読み書きの能力とか数的能力っていうのは、普段の生活や仕事の中で頻繁に使っている人と、ほとんど使っていない人がいるわけです。
この研究で用いた調査では、それぞれの参加者が仕事や家庭でどれだけ読み書きとか計算の能力を使っているかを聞き取りして記録していました。
この研究では、能力の使用頻度に応じて、参加者をよく使う上位半分と、使わない下位半分に分けました。
それで年齢ごとのスキルの変化を比較したところ、この2つのグループでは大きな違いが見られたんです。
スキルをあまり使っていない人は、30代で能力のピークを迎え、それ以降は低下していました。
一方でスキルをよく使っている人は、40代、50代になってもスキルがまだ向上し続けていました。
さらに60代でも低下することはなく、維持、もしくはまだ緩やかに上昇していたんです。
12:03
先ほど話したように、全員について見れば、認知能力は40歳ごろにピークを迎えています。
でもそれは、よく使う人と使わない人を平均してしまっているからで、スキルをよく使っている人だけを見れば、ピークを迎えることなく上昇し続けることがわかったんです。
また、この研究では性別や教育レベルの違い、さらに色種、ホワイトカラーとブルーカラーの違いによる効果も分析しています。
いくつか違いは見られたんですが、普段の生活の中でスキルを使っているかによって、スキルの維持や上昇が変わるっていうのはどの集団でも同じであるということがわかりました。
以上の結果から、年齢とともに能力が必ず衰えるっていう自然の法則があるわけではない、能力を使うことによって能力の低下は防げるっていう可能性が示されたわけです。
これは希望のある結果と言えるんですが、今回の研究には限界もあります。
まず、数千人という大規模な研究ではあるんですが、それでも特定の国で行った1回だけの研究です。
また、世代ごとに3年半での変化に違いがあるっていう可能性もあって、世代による違いの効果を完全には除けていない可能性もあります。
さらに重要な点として、実験をしているわけではなくて、自然に起こった結果を見ている観察研究だという点があります。
通常、観察研究では因果関係を示すのが難しいことが多いんですね。
つまり、能力を使ったから能力が保たれたのか、それとも能力が高い人だからその能力を使っているのか、はっきりとはわからないんです。
でもこの研究では、能力をどれぐらい使っていたかをまず調べて、その後の変化との関係を見ているっていうのが強みです。
その結果、単純にもともと能力が高いからたくさん使っているっていうだけでは、説明できないような強い関連性を示していると言えます。
15:21
最後に一つ、技術的な部分について話したいと思います。
これが平均への回帰っていう現象に対処するために補正をしているっていう点です。
例えば、ある学校で500人の学生が英語のテストを受けたとします。
そうすると、たまたまその日とても調子が良かったり、山が当たったりして満点を取る学生が少しはいるわけです。
で、1ヶ月後、次のテストを行ったときにその学生はどうなるでしょうか。
たまたま良い点を取ったのであれば、多くの場合、次は普通の点を取るわけです。
でもこれは、英語の能力が落ちたというよりも、1回目の100点がちょっとできすぎだったっていうことなんですね。
逆に、1回目に極端に悪い点だった学生は、次はマシな点を取ることがよくあります。
こういう現象を、統計の世界では平均への回帰と呼びます。
これは、極端な結果は次には平均に近づく傾向があるっていう、非常に一般的な統計的性質です。
今回の研究では、同じ人が2回認知能力テストを受けています。
たくさんの人をテストしているので、最初の点数がたまたま良すぎた、もしくはたまたま悪すぎた人がいるはずなんです。
このような人では、2回目のテストで大きくスコアが変化します。
ですから、解析に含まれる変化には、能力の変化だけではなくて、このようなどうしても起こる偶然による変化も含まれてしまうことになります。
この研究では、この部分の補正の計算を行っています。
大雑把に言うと、1回目のスコアが平均からどれだけずれていたかに応じて、変化の量を少し減らすっていう調整を行っています。
ですから、最初に非常に高得点だった人では、変化量を少なめに計上するっていうようなことをしているんです。
18:04
今回の論文の本題とはあまり関係ないんですが、実力とは関係なく、単純に偶然で結果が非常に良かったり悪かったりすることがあるわけです。
でも、多くの場合、偶然の影響っていうのを理解できなくて、一気一入して無駄に大騒ぎしてしまうわけなんです。
本当は偶然の影響を割引いて考えないといけないんですが、まさにそれを数学的に行う手法があって、こんなところで使われているということのようです。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
最後までお付き合いありがとうございました。