第39回「渋沢栄一」血洗島で過ごした青年期
・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB 日本資本主義の父と呼ばれる「渋沢栄一」 近代に入り約500社の会社設立や育成に携わった実業家。 彼は1840年、武蔵国の血洗島に長男として生まれる。 幼いころから父の仕事を手伝い、商売の才覚をみせるが、 父の期待とは裏腹に栄一は徐々に尊王攘夷思想へと傾いていく。 そんな彼の青年期のお話をしています。 ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第38回 夏目漱石「こころ」~明治の道徳~
夏目漱石の『こころ』 ストーリーは恋愛や人間関係の闇の部分を「私」と「先生」の視点から書いている。 明治時代の道徳的な価値観は終わりを迎えたことを、 現実にあった事件と照らし合わせて小説内でのストーリーに深みを与えている。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第37回「性売買の歴史」慰安婦から売春防止法
近代から現代までの性売買の歴史について。 近代に入り日本は軍の増強をはかり、それとともに性売買所も増えていく。 第二次世界大戦に入っていくなかで、日本は国家総力戦となり、 性売買所は慰安施設と姿を変えていく。 戦後は日本を占領する連合軍の為の性的慰安所「RAA」を設置。 廃止後は赤線・青線地帯と言われる売春街ができ、売春防止法により姿を消す。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第36回「性売買の歴史」遊女から娼妓
日本の教育では教わることのない性売買の歴史。 江戸時代には借金や生活苦により遊女、飯売女、隠売所など形を変えて存在した。 近代に入り外国との関わりの中で貸座敷制と変わり、そこで働く女性を娼妓と呼んだ。 その後も人の流入により性売買は拡大。 自由意志とは程遠い現実がそこにはあった。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第35回「杉原千畝」ユダヤ人の命を繋いだビザ
第2次世界大戦下のリトアニアで日本領事館副判事として赴任していた杉原は、 ナチスドイツの迫害から逃れてきたユダヤ人のために日本政府の命令を無視し、 大量のビザを発行した。 この時発行したビザのおかげで約6,000人ほどのユダヤ人が難を逃れたと言われている。 また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第34回「吉田松陰」安政の大獄による死
安政の大獄により最後に処刑された吉田松陰。 志半ばで果たせなかった想い。 その想いを受け継いだ同志たちにより、このあと討幕運動が大きくなる。 幕府を倒し新しい日本という姿を決して見ることができなかった松陰。 そんな彼の晩年について話しています。 また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第33回「松下村塾」やります
明治維新を代表する革命の志士たちを多く輩出した松下村塾。 1842年に叔父の玉木文之進がはじめ、 1856年から吉田松陰が中心として教えるようになる。 吉田松陰が教えたのはたった 2年5ヶ月ほど。 入塾には身分関係なく誰でも学ぶことができ、明け方まで議論が白熱することもあった。 いったいどんな教えの場だったのか... そんな、、、松下村塾をやってみました(笑) また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第32回「吉田松陰 "生誕~黒船密航"」幕末を駆け抜けた明治維新の革命者
1830年(文政13年)に杉家に生まれた吉田松陰。 明治維新の革命は彼から生まれたといわれるほど歴史に名を残す人物。 幼名は虎太郎。下級武士の家柄として決して贅沢な暮らしではなかったが、 幼い時から徹底的なスパルタ教育を受け育つ。 そんな彼が旅を通じて多くの知識、思想的影響を受け黒船密航(下田踏海事件)に至るまでの話をしています。 ぜひ聞いてくれたら嬉しいです。 また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
第31回「水爆の被害を受けた第五福竜丸事件」核による唯一の被爆国
1954年ビキニ環礁でアメリカが水爆の実験を行っていた。 当初の想定よりも爆発の威力が強く、安全圏にいたはずの日本の漁船「第五福竜丸」が被爆し、 船員23名全員が放射能を浴びた。(内1名は帰港後に肝炎で死亡) 死の灰に対する恐怖感や広島、長崎への原爆投下の記憶も真新しい日本では、反核運動が盛んになるなど大きな影響を与えた。 また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok
番外編「遊就館・昭和館」戦争の歴史を振り返る現地レポ
靖国神社内にある遊就館へ。 日本の戦争の歴史資料が多くあるこの資料館は、戦後アメリカの占領下の中、閉鎖。 1986年(昭和61年)遊就館は再開され改修を経て今に至る。 また、九段下にある昭和館では大東亜戦争中や戦後の人々の暮らし、当時の写真・映像などを見ることができる資料館。 また、リクエスト、感想は下記URLからお待ちしています。 ・問い合わせフォーム https://bit.ly/2YkUaRB ・Twitter https://twitter.com/@otonanok