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#22「1人で生きていきたい」が無理なワケ。私たちを縛る「3つの絆」そして「ライフタスク」【共同体感覚②】
2026-08-29 27:38

#22「1人で生きていきたい」が無理なワケ。私たちを縛る「3つの絆」そして「ライフタスク」【共同体感覚②】

Y A
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📝 今回のあらすじ・ハイライト

フォアグラ宣告 / 健康への道に潜むビネガードリンクの罠 / いつか来る「除菌シート」の恐怖に怯える / お悩み分類ツールに成り下がった『ライフタスク』の復権 / アドラーが突きつける逃げ場のない「3つの絆」 / 空からハンバーグは降ってこない / 山奥に引きこもっても脳内をハッキングしてくる他者 / 思考のOSに組み込まれた「社会のセメント」 / 人類存続の命のリレーへの強制エントリー / 「1人で生きていきたい」を論破する生物学的宿命 / デジタル空間で完結する現代社会と孤独のバグ / ギリギリの日常で泥臭くこなす共同体感覚の実践


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)

アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。


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00:05
アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして、科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。皆さんは、人と繋がりながら生きていくのって、めんどくさいと思いますか?
それともシンプルに楽しいなと思いますか?
もちろん、100対0でこっち、なんてことはないと思うんです。
でも、人と関わるのってぶっちゃけ大変。できれば一人で自由に生きていきたいなって感じる人も、きっと少なくないですよね。
今回も、アドラーの最重要キーワードであり、人と人とが共にいる感覚を意味する共同体感覚を深掘りするわけですが、
では、この人と人とが共にいるって、具体的にどういうニュアンスなのか?
私たちが他者と生きていくことを、100年前のアドラーが一体どのように物語ったのか?
ご自身の日常と重ねながら聞いてみてください。
皆さん、突然ですが、ワークライフバランス取れてますか?
これ、昔から言われてるテーマですけど、実際問題、めちゃくちゃ難しくないでしょうか?
私もそのバランスを取る難しさを絶賛痛感しておりまして、
家族との時間、仕事の時間、友人との時間、自分のための時間、これら全部をどうやってうまくやりくりしていこうかと、
日々さらまわしの大道芸人みたいに、あっちを回してこっちを回して、
あ、落ちた、なんて言いながらドタバタやっているわけです。
例えば、自分のための時間というところで言うと、
私、去年から健康診断を人間ドックに切り替えたんですよね。
精密検査をすると、自分の体の現実という名の残酷な真実が突きつけられるんです。
ここ数年漏れなくひっかかりがちなのがコレステロール値です。
お医者さんからはまだ全然様子見でいいよとは言われてるんですが、
なんか怖いじゃないですか。
だから私なりに食生活とか結構気をつけてはいるんですよ。
朝は健康になれ、健康になれと念を込めながら毎日納豆をかき混ぜてますし、
一番デカいところで言うと、あれだけ愛してやまなかったお酒の量もマジで減らしました。
あとは平日は1時間近く自転車通勤、仕事からそこそこ体は動かしているのに加えて、
有酸素運動なんかも週に何回かはゼーゼー言いながら欠かさずやっておりまして。
03:05
で、これだけやったんだから今年こそは数値下がっとるだろうと。
血液検査でもドヤ顔で腕をまくって、
さあシマント川の清流のごとき私の血を存分に抜きたまえ!
くらいのテンションで血を差し出して、
今年こそは絶対にいけると思ったわけですよ。
そしたら、また今年もコレステロールが引っかかりました。
さらにお医者さんがエコー画面を見ながら真顔で、
あ、脂肪感ですね。
膝から崩れ落ちそうになりました。
私は知らぬ間にフォアグラになってきた。
そんなに太ってるわけでもないんですよ。
でも心当たりがあるとしたら、
お酒を減らした代わりに良かれと思ってビネガードリンクみたいな意識高い系の飲み物を炭酸で割って飲むようになったんです。
でもあれ、砂糖が含まれているので、
お酒以上に肝臓に右ストレートをぶち込んでいるんじゃないかなとか、
せっかく血の涙を流して酒を減らしたっていうのに、
今度はこんなトラップまで待ち受けているのかと。
まあそんなこんなで、
健康って日常のちょっとした工夫ももちろん大事なんですけど、
それだけじゃなくって、
やっぱり運動の時間とかをもっと意識的にガッツリ時間を削り出してやっていかなきゃダメなんだなと痛感したわけです。
ただ一方で、じゃあその運動やリラックスのために避ける時間が今の私にたっぷり残っているかと言われると、
なかなかそういうわけでもないんです。
私の人生には他にも大事なことが山ほどある。
まずは家族です。
今のところ娘はパパパパって寄っては来てくれます。
でも世の先輩パパたちからは、
いいか、そんなボーナスタイムは今だけだぞ。
あと数年したら、
パパが歩いた後のフローリング除菌シートで拭いといて?
って真顔で言われるんだからな。
って呪いのように施されていますから。
こういう家族とのかけがえのない時間はやっぱり今のうちに1秒でも長く堪能しておきたい。
でも仕事は相変わらずハードですし、
それに加えてポッドキャストもある。
さらにこのくらいの年になると、
皆さん同じように感じているかもしれませんが、
昔の友達に連絡を取る機会がガクッと減っちゃうんですよね。
お互いに家族中心、仕事中心になっていくから、
知らず知らずのうちに友人関係の優先度が下がって、
あれだけ仲良かったのに知らぬ間に疎遠になりがちじゃないですか。
でもそれってすごくもったいないことだなぁと思うんです。
06:02
だからせめて身近な人たちが頑張って企画しているイベントにはできるだけ出てみようとか、
あとはこのラジオを始めたことを口実に、
数年交流が途絶えていた昔の友人に、
最近こんなことやってるんだよねって宣伝も兼ねつつ、
少しずつ近況を尋ねてみたりもしています。
とまぁこんな風に私は日々を綱渡りのようにギリギリ渡っているわけですが、
リスナーの皆さんはどうでしょうか。
アドラ心理学では、今言ったような私たちが日々取り組むべき人生の課題を、
ライフタスクと呼んでシステマチックに整理してくれています。
今の私のドタバタで言うと、
フォアグラの危機に直面して己の肝臓と向き合うのは、
自己、セルフのタスク。
いつか来る除菌シートの恐怖に怯えながら、
家族との時間を支手するのは愛のタスク。
白目を向きながらこなす激務はそのまま仕事のタスク。
突然ラジオのリンクを送りつけて、
若干惹かれてないがそわそわしている旧友との繋がり直しは後友のタスク。
といった風に整理できるわけです。
アドラー自身が最初に提唱したのは、
仕事、こういう愛のタスクの3つでした。
そして現代のアドラー心理学では、
そこにセルフとスピリチュアルがトッピングされて、
5つのライフタスクとしてまとめられています。
アドラー心理学を少し勉強したことがある方なら、
ああ、ライフタスクね。
悩みを整理する便利なフレームワークでしょ。
はいはい、知ってる知ってる。
と思われる方も多いと思うんです。
でも、あえて言わせてください。
ライフタスクは単なるお悩み分類ツールで終わらせるような、
そんな安い玉じゃないんです。
実はこれ、前回のキーワードだった
共同体感覚を理解する上でも絶対に欠かせない、
アドラー哲学の心臓部なんです。
だから今回は、お手軽なフレームワークとしてのライフタスクではなく、
アドラー哲学ど真ん中にある壮大な物語としてのライフタスクを、
皆さんと一緒に紐解いていきたいと思います。
前回はアドラー哲学のスタート地点として、
人間は生物としては本来弱い、
それへに生存戦略として強力の道を選んだ、という話をしました。
アドラーはその人間の弱さを起点にして、
私たちには決して逃れられない3つの絆があるんだと話を展開していくんです。
アドラーの主張、人生の意味の心理学を開いてみると、
すぐにこんな言葉が飛び込んできます。
全ての人は3つの主要な絆の中に生きている。
09:05
これを考慮しないわけにはいかない。
それが人の現実を構成する。
なぜなら、人が直面するすべての問題や問いはそこから生じるからである。
まあ要はですね、
自分らどう足掻いても逃れられへん、
3つの絆にガチガチに縛られて生きてんねんで、
それ無視して生きていけるわけないやんか。
知らんまにそんな欠帯なもんに縛られてるん。
正直ビビると思うのですが、
じゃあ私たちが縛られているその3つの絆とは一体何なのか。
まず絆その1としてアドラーが挙げるのが、
地球で生きていかなきゃいけないという縛りです。
何当たり前のこと言ってるの?ってスンって真顔になりますよね。
でもアドラー先生は至って真剣です。
宇宙の暗闇の中にポツンと浮かぶ惑星、地球。
アドラー先生は、
俺はこの地球の薄皮みたいなとこにしがみついて生きていかなきゃいけねえのに、
ここから宇宙に逃げ出せるやついる?
いねえよなあ!
東京マンジカイの総長みたいなテンションでバチバチに煽ってくる。
いやいやイーロンマスクが火星に行くとか言ってるじゃん。
と突っ込みたくなるかもしれませんが、
仮に火星に行けたとしても結局は同じです。
口を開けてボーっと待っていても空からハンバーグは降ってきません。
この星に生まれた以上、私たちは自然環境に働きかけて、
どうにかして食べ物や住む場所を自分たちで確保し続けなければならない。
つまりこの限られた資源の中で何とか工夫してサバイブしていくしかないよという、
絶対に逃げられない物理的なルールがある。
これが一つ目の切実な絆なんです。
というわけで続いての絆その2もなかなかのスケールですが、
二つ目は前回もお伝えした、
人間は弱さゆえ他者と生きていくしかないという他者との結びつきの話です。
人間は一人じゃマンモスを倒せないし、
長い子供時代は親に守ってもらわないと生き延びられない。
それゆえ生存戦略として他者と協力していかなければならないという、
アドラーの物語のスタート地点。
でももう一歩踏み込むと、
アドラーはこれを単なる群れなきゃ生きていけないという、
身体的な弱さの話だけで終わらせているわけじゃないんです。
12:00
例えば、
ああ、もう人間関係だるい。関わりたくない。
って山奥のログハウスに一人で引きこもって、
頭の中で孤独に悩んでいるとき、
アドラー先生はこう耳元でささやいてくることでしょう。
ほう、一人で生きる。
素晴らしい決意ですね。
ところであなたが今、
頭の中で悩むのに使っている言葉や論理って、
そもそも何のためにあるんでしたっけ。
他者と意思疎通するためのツールですよね。
誰とも関わりたくないと言いながら、
他者との通信ツールを頭の中でフル稼働させちゃってますよ。
アドラーは私たちが言葉を使って論理的に考えること自体が、
他者との共同生活を前提とした産物であって、
人と人と結びつける社会のセメント、
つまり接着剤なのだと言います。
つまりどれだけ物理的に一人になろうとも、
思考のOSにすでに他者が組み込まれている。
私たちは他者との結びつきから絶対に逃げられない。
やはや脳みそまでハッキングされているとは恐るべし。
これが私たちがガチガチに縛られている2つ目の絆、
他者との結びつきです。
そしてそして絆その3も漏れなく壮大。
それが、やがて将来へと命を繋げていく生き物であるという、
時間軸で言う過去から未来への繋がりです。
私たちは誰もがいつかは寿命を迎えます。
自分な不老不死のチート好きでも持っているのか?
持っていないだろ!
いつかは寿命でぽっくりや。
ほなら、人類滅ぼさぬためには、
次の世代に命のバトン、
繋いでいくしか道はないやんけ。
とアドラーは唾飛ばして熱弁してきます。
もちろん現代の多様な価値観の中で、
結婚や出産は完全に個人の自由です。
ただ、マクロな生物としての前提から見れば、
人類という種全体としては、
未来へ命を繋いでいかなければ絶滅してしまう。
この大きな命のリレーの中に、
私たちは最初から組み込まれているわけです。
まあ日常的に人類の種の存続のために生きなきゃ、
なんて考えながら生きている人、なかなかいないと思うんですが、
アドラーは私たちがこの人類の存続という、
大きな命のリレーの中に、
最初から強制エントリーさせられていることを、
三つ目の絆だと語ります。
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フォアグラとの肯定さに耳がキーンになりそうですが、
地球環境というハードモードな縛りプレイ、
脳みそまでハッキングしてくる他者との繋がり、
強制エントリーさせられた命のバトン、
改めて冒頭のアドラーの言葉に戻ると、
すべての人はこれら三つの絆の中に生きている。
人々が直面するすべての問題や問いはここから生じる。
これはさすがに否定できんでしょう。
人間の宿命というか、
アドラー哲学はこういう生物としての大前提から
ガツンと詰めてくるんですよね。
だとした時に、
この絶対に逃れられないガチガチに絡みついた絆の中で、
私たちは一体どうやって生きていけばいいのか、
という話になってくるわけです。
その答えこそが、
私たちが人生で取り組むべき三つのライフタスクなんです。
この三つの絆と三つのタスク、
見事なまでにパンパンパーンと対応しています。
まずは一つ目の絆、
地球という過酷な縛りプレイに対して発生するのが、
仕事のタスクです。
人間はこの厳しい自然条件の下で生き延びていかねばなりません。
でも私たちって自然界ではめちゃくちゃ弱い生き物です。
寒さをしのぐ分厚い毛皮もなければ身を守る鋭い牙もない。
だから生きていくためには服を作り、
頑丈な家を建て、
道具を生み出し、
食べ物を確保しなきゃいけない。
でもこれらをたった一人で文字通り完全な自給自足でやろうとしたらどうなるか。
服の繊維を編むところから病気になった時の薬の調合まで全部たった一人でこなすなんて、
リアルでマインクラフトのハードモードを初期装備ゼロから永遠にプレイするようなもの。
そんなの無理に決まっています。
だからこそこの地球で生き延びるためには他者との労働の分業が必要になってくる。
要するにみんなで分担してサバイバルしてるんだから、
あなたも何かしらの役割を担ってね、
ちゃんと協力プレイに参加してよ、という話ですね。
これが仕事のタスク。
次に二つ目の絆、
頭の中までハッキングしてくる他者との繋がりに対して発生するのが交友のタスクです。
これ、交友という名前がついているせいで、
週末はタワーマンでバーベキューしてます、ウェーイ!
18:03
みたいなパリピのリア充アピールと思われがちなんですが、
安心してください、
アドラー先生はそんなチャラいおじさんじゃありません。
もっと根源的な話なんです。
嫌われる勇気で、
人間の悩みは全て対人関係の悩みである、
という有名な言葉がありますよね。
これについて、アドラー自身の言葉としてはっきりありまして、
これ、アドラー心理学の五つの基礎理論の一つとして、
社会統合論とか対人関係論と呼ばれたりするくらいなんですが、
まさにその理論の大前提になっているのが、
この交友のタスクなんですね。
私たちはどう足掻いても他者という存在から逃げて一人で生きることはできない。
だとしたら、その他者とどう折り絵をつけて共に生きていくか。
この人間関係の基礎基本に向き合うのが交友のタスクなんです。
この基礎基本をしくじると、
仕事に行っても恋愛をしてもあらゆる場所で人間関係の摩擦が起きて、
全方位からボコボコにされることになります。
だからこそ、アドラー自身もこの交友のタスクを
仕事や愛のタスクの土台になる一番重要なタスクだと位置づけているくらいなんですね。
そして最後、三つ目の絆。
強制エントリーさせられた命のバトンに対して発生するのが愛のタスクです。
原著での定義をそのまま引くと、
身体的に引きつけられること、
交際、子供を産む決心において表される異性のパートナーへの最も親密な貢献であるとされています。
さらに、二人の幸福のための協力であると同時に、
人類の幸福のための協力でもある、
ってめちゃくちゃ壮大なことも言ってるんですよね。
でこれ、現代の感覚で聞くと、
えー、アドラー先生急に生々しいな、とか、
正月で久しぶりに会った親戚のおじさんに、
で、結婚はまだか、
って詰められてるみたいでだるい、
って感じるかもしれません。
でもここまで聞いてくださった皆さんならもうお分かりですよね。
私たちは個人の選択肢としてどう生きるかは別として、
人類という種全体として見れば、
誰かが命を繋がないと絶滅してしまう。
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この命を未来へと繋ぐという生物学的な宿命に対する応答、
それがそのまま愛のタスクへと繋がっていくわけです。
いかがでしょうか。
地球という環境の縛りがあるから仕事があり、
他者と生きる弱い生き物だから交友があり、
命を繋いでいかないといけないから愛がある。
3つの絆があるからこそ必然的に3つのライフタスクが発生する。
これを知るとライフタスクっていうのが単なるフレームワークなんかとは
ちょっと次元が違うぞと気づいていただけるんじゃないでしょうか。
そう、ライフタスクとはまさにアドラーが紡いだ
人間という生物の壮大な物語の核心部分であり、
アドラー哲学のど真ん中なんですよね。
そしてここで前回からの伏線が回収されます。
人と人とが共にあり、他者に関心を持っていく共同体感覚。
じゃあ人と人とが共にあるって具体的にどういうことなのか。
それはつまりライフタスクに他者と協力しながら取り組んでいくということなんだと。
言い換えるなら私たちは共同体感覚を発揮していくための実践の場こそがこのライフタスクなんです。
ただ縛りとか逃れられないと聞いて、ライフタスクを重たい義務として背負い込んじゃうとなんだか苦しくなってきませんか。
でもですね、アドラーの捉え方は相変わらずめちゃくちゃポジティブです。
人は誰かのために動こうとする時にこそ自然と自分の持っている能力がフルに引き出されて一番いい形に成長していける。
さらにはこの世界で長く残り続ける本当に価値あるものはすべて他者との協力の取り組み、共同体感覚から生まれているんだよとも教えてくれています。
逃れられないライフタスクだけれどもその中で共同体感覚を発揮していくことこそが人生を楽しく豊かに味わい尽くすための究極の攻略法だというのがアドラーからのメッセージなんです。
3つの絆とライフタスクという壮大なスケールの話をしてきましたが皆さんぶっちゃけどう思いましたか?
いやー思い出ってなりませんでしたか?
めちゃくちゃわかります。アドラーはかなりの理想主義者ですからね。
それに現代とアドラーが生きた100年前とでは社会のあり方が大きく変わっています。
今はネットとかコンビニもあってほぼ誰とも顔を合わせずに生活できますし、それこそデイトレードみたいにパソコン一台で稼ぐことだってできる。
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目に見えるコミュニティで摩耗しなくてももっとドライな関係性だけで生きていけちゃう時代なんですよね。
だから共同体とか人類なんて言われてもいまいちピンとこないし共感しづらいなって思うかもしれません。
でもまず言えるのは社会がどれだけ便利になっても人間の本能とか生物としての仕組みは変わっていないということ。
実際一人で孤独でいるとメンタルに不調をきたしたり健康リスクが高まるという明確なエビデンスはたくさんあります。
全てがデジタル空間で完結できそうな現代だからこそ、アドラー哲学を知ることで、生き物としての人間って本来どういう存在だったんだろうという私たちの原点、そしてこれからの私たちの幸せな生き方を考え直すきっかけになると思うんです。
それにどんなに一人で気楽に生きていきたいと思ったとしても、ライフタスクと完全に無縁でいられる人は多分いません。
炎天下に荷物を届けてくれた宅配の人に感謝すること、自分のことやりたいなぁと後ろ髪ひかれながらも家族のために時間を使うこと。
こういう何気ない日常のワンシーンがライフタスクであり、共同体感覚の実践の場であり、それがすなわち生きることそのものなんだと気づかされます。
今回の話が皆さんの生活の中にある自分自身のライフタスクに気づくちょっとしたきっかけになってくれたら嬉しいです。
さて次回ですが、この先アドラーの物語はもっと壮大でマニアックなところへと進んでいく予定です。
ただ次回はアドラー哲学にのっかり進もう、もう少しミクロで身近に感じられるテーマにフォーカスしてみたいと思います。
それは結局共同体感覚ってどんな感覚なの?という話。
ここでアドラーが持ち出してくるのが共感です。
共感こそが共同体感覚であると言ってもいいくらい、アドラーはこの共感というものを重要視しています。
ただこのアドラー流の共感って言葉にするのは簡単なんですけど、いざやろうと思うとマジで難しいんです。
でも私たちの日常の人間関係を少し良くするためのヒントになることを願って、引き続き全力で番組を作っていきます。
次回もぜひお聞きいただけると嬉しいです。
アドラー心理学ラジオでは皆さんからのお便りを募集しております。
27:01
概要欄のリンクからご感想やご質問などどしどし送ってください。
この番組が気に入っていただけましたら、フォローや高評価で応援していただけると励みになります。
アドラー心理学ラジオ第22回、最後までお聞きいただきありがとうございました。
お相手は熱くてゆるいでした。
27:38

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