1. 佐々木正悟の自由連想
  2. 「誤信念」とか間違ったことを..
「誤信念」とか間違ったことを言ってすみません。
2026-08-13 43:50

「誤信念」とか間違ったことを言ってすみません。

ベータ思考は排出したくなる
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サマリー

今回のエピソードでは、話し手が過去の発言の誤りを訂正し、精神分析の概念を用いて「誤信念」や「ベータ思考」について解説します。特に、現実と理想の乖離から生じる不快感(ベータ思考)を、アトピーや人間関係の例を挙げながら、それを排出する行為が時間や自己の連続性を破壊するメカニズムを説明します。また、精神分析における「対抗転移」の概念や、喪失体験における「創出」についても触れ、思考の進展と現実の乖離、そしてそれらを乗り越えるための「アルファ思考」や「ナラティブ」の重要性を説いています。

近況と番組の状況
おはようございます。 佐々木正悟の自由連想をお送りします。 8月13日、え、もう13日?
13日、木曜日、9時14分です。 いやーもう本当にここのところは立て続けにですね、
次から次へと大ニュースっぽいものが舞い込んできて、 どうなってんだって感じで、この番組もとびとびになりまく、まあ夏休みどうしてもとびとびになるとは言えですね。
ちょっとこうひどいな、思っております。 なんかネタが切れたとか辞めるとかは冒頭ないのに、
もう毎日のようになんかこう何かが起きているっていう感じなんですよね。 主に2つの実家絡みでもまあもうある意味1つの実家は消失しますね、やっぱりね。
年月というものを感じますが、うちの方の実家は幸か不幸か、人間だけは全然ピンピンしておりますんで、それらの人々が問題を引き起こしてくださるわけですが、
非常にこう、なんていうのか、落ち着く暇がないが、もしかして落ち着くという時はもう私の身に何かが起こるのかみたいなね。
落ち着いたっていうのは、なんかもう役割終わるってことなのかなと思ったりもしなくもないんですけど、でも落ち着きたいぜっていうのはものすごいあるぐらい全く落ち着かないですが、
まあここ1、2週間は、特にここ1週間はもういかなる意味でも落ち着きは感じる余裕はないと思いますね。
まあ落ち着くって何なんだろうねって感じもしますけどね。それが終わったら一応説著が出ますんで、また本が出ますんで落ち着きそうな気配は全くないですね。
はい、しょうがないね、それは。
はい、今日はですね、まあいろんな先日お話ししたものに対する修正をかけねばと思ったんですけど、それをいつ本当に話したのかみたいなのがここのところバタバタバタバタしているうちに、
もはや前に何日に何を話したのか、もともと全然これわかんないやつなんですが、一層よくわからなくなっておりますね。
とにかくこの3ヶ月チャレンジというですね、精神分析的、もうはっきりこういう、まあそれはけさ確信を持ったんですけど、精神分析的にビジネスコンサルをやるんだと。
精神分析を学ぶという、たぶん一生学ぶでしょう。学ぶ中でこう、人々のビジネスなり生活に役に立てるようなことを提供していくんだと。
あるいは整えていくんだと。精神分析的な知見を少なくとも絶対に考慮に入れてですね。
ながらお互いに学ぶ中でですね、私この学ぶだの成長するだのって言葉は全てあんまり好きじゃないんですよ。
相当こういうのに対する嫌悪感が強いんでしょうね、私はね。
そう、今日忘れないうちに申し上げたいんですけれども、松木邦博さんのオンラインセミナーを受けてきまして、言える内容についてはここで喋っていこうっていうのもあって、ネタだけは豊富にあるんですよ。
ただ、落ち着かない。落ち着いて特定の時間にこれを配信させてもらうという、そのタイミングが一個につかめる日々がやってきません。
当分来ないでしょう。だから、隙間時間を狙ってやっていくしかあるまいという風に思っております。
もうやっぱりね、開き直るって大事だなっていう、何をどう開き直ればいいのかよくわかんないんだけど、
できることはできるし、できることをやるんだっていうのは当たり前のことしか言ってないんですけどね。
でもできることをやるしかないんだということでやっていこうと思います。
過去の発言の訂正と精神分析の誤解
まず訂正というか、過去喋ったものの修正なんですけど、私はご信念というものを排出することによって、あるべき環境、時間を無駄にするっていう話をBEYONDの受けて、
いい気になって喋ってたんですけど、あれは基本的に何も新しいことが言えてないんですよ。ということ、つまり間違ってるわけですね。
この番組ね、聞いてて申し訳ないんですけど、結構しょっちゅう間違えます。だって私は通しろですし、しかも原文は読めない人間なんで、
あくまでも日本語を読む、これには他の理由もいろいろあるんですけど、とにかく精神分析は訳語の問題ってすごい難しいところがあるんですよ。
どの世界にもあるんですけど、私たまたま英文学にいたんで、またこういう余計な話するから時間がなくなる。英文学にいたんで、英文学における語訳の問題って当然悲惨なものがあるわけですよ。
悲惨と言えばいいのか、しょうもないと言えばいいのかわかりませんけど。同じように精神分析にもかなりあるんですよね。
必ずしも語訳とは言えなくても、まあその訳では誤解を招くよねということは多々あるわけですよ。そして思いっきり誤解していく。
だから外国の文章をまっしぐらに、これといったガイドもなしに読んでいくというのは非常に混乱の元なので、あの世界は。
この世界は。そこで私は松木すくに博をベースに藤山直樹さんと山崎孝明さんを読むっていうこの姿勢をずっと維持しているわけですね。
基本的にこの3人の読み方しか読んでないんですよ。最近は特に。
で、まあ時々ちょいちょい北山大相さんとか成田さんとか仲井さんとかを読むんだけど、でもそれらによって私がわーってなるのは一瞬になるんだけど、
あまり維持できないんだよね。やっぱり思想性が強い世界だなと思いますね。
で、話をいい加減戻しますけど、認知の歪みなどご信念などっていうこういうものをですね、やっぱりこういうのは本当に便利なんだけど結果論、結果なんですよね。
時間を、なんていうのかな、私は時間を無駄にしているというご信念で時間を無駄にしているという予言の自己実現みたいな話にすると、なんか結構うがったことが言えてるような気がしちゃうし、
えーと、なんかこう納得しちゃうんだけど、やっぱりもう一段思考を進めなければいけないわけですね、この件は。難しいとは思います。
これはですね、思考なんだけど、つまり現実に欲求不満が残っているということは、赤ちゃんが熱い、熱いということを知らずに熱いというっていうのは、要はちょうどいい温度ってあるわけですよね、赤ちゃんにも。
自分では知らないけどあるわけですよ。で、その時母親が消えるっていうのは、つまり世話をしている人の存在なんて知ったことじゃないってことになるためには、
えーと、言ってみれば無欲になる必要がある。でも無欲になるというのは赤ちゃんが悟りを開くとかじゃないから、欲望がないというのはつまり満たされているってことなんですよ。少しでもずれれば満たされてないわけじゃないですか。極端な話をすればってことですよ。
ここで赤ちゃんには無理なんだけど、いつか人間には思考というものが生まれて、
あ、私が望む温度と今外界の温度はそんなに静粛した思考に一気に行かないけど、でも要はそういうことに連なっていく思考の効果みたいなものが現れるわけですよ、そこに。
欲求不満の瞬間に現れるんですけどね。私はこれをちゃんと考えてなかったんですよね。
ベータ思考の発生メカニズム
この欲求不満になった瞬間に現れているのが、排出するべき現象の思考ってやつです。すなわちそれはβ思考とかって言ってる人もいたわけですよ。
β要素だと思うんだけど、β思考と今ちょっと混乱を避けるためにこの言葉にしておきます。
β思考を排出するんですよ、人は。で、β思考だと排出の対象以外の何物でもないので、排出にしかならないんです。
行動化も身体化も含むんですけど、要するにβ思考が発生すると、それはもう我々は体に出す、行動に出す、赤ちゃんは泣く。
つまり排出するわけです。β思考を外に出したくてしょうがない。赤ちゃんは泣きながらおしっこしたりするわけですよ。
それもβ思考を出したわけです。赤ちゃんの中で。この意識の中で何してるかってことを考えないといけないんですよ。
おしっこをするっていうのは具体的な行為なんだけど、その時の感覚ってあるじゃないですか、おしっこを出すって感覚。
あの感覚とβ思考を外に出したって感覚が一致するんですよ。だから空腹というβ思考、空腹ってのはないんだけど、
お腹が満たされていないという深いというβ思考をおしっこと一緒に出しちゃって、ああすっきりっていうことになるわけですよ。
これは自体をいろいろ破壊している面があるので、汚れるし満腹にはならないし、そのままいったら生きていけなくなるし、
良いことが起こってないっていうか、何ていうのかな、破壊的なことが起きているというか、つまりβ思考の排出というのは
何て言うんですかね、まあ、何だろう、破壊、破壊、何も壊れてないじゃんって言われるとそうなんですよね。
でも、何て言うのかな、だからこれを連結への攻撃ってビオンは時々名付けたわけですけど、つまり知るってことは意識の中で繋ぐってことですよね。
そのお腹が空いているっていうのは、お腹とがと空いているをくっつけるわけですけど、これを概念上でくっつけてもいるはずなんですけど、
そのくっつけていくっていうことをしないと、連結させていかないと、その思考が心の中に留まってくれるものにならないっていう言い方をするんですよね。
連結されないものはバラバラになって排除されるより他仕方がないと、そういう話になっているわけです。
わけですって言っても通ってる気がいまいちしないんだが、だから具体的な話を3つ入れます。
アトピーとベータ思考の関連性
全部自分絡みで、1つは自分の身後絡みになるんだけど、まず私のアトピーでいこう。アトピーというのは、
ベータ思考の産物なんですよ。私にとってはね、だからここも誤解を招くんだよね。アトピーはベータ思考じゃないんですよ。
これは私の中で起きた、アトピーだと診断された皮膚の上にベータ思考を排出させたからあんなことになった。
それをアトピーと世の中では呼ばれたってことなんだけど、あまりにこれを毎回毎回言ってると話が進まなすすぎるから、
私のアトピーはベータ思考の産物でしたとこういうしかないですね。
で、私はもちろん赤ちゃんではなかったから、おそらくそうは言っても3歳か4歳だと思うんですが、
母がやっぱり好きな真っ白いスベスベの肌っていう、良き概念とか言ってるんですけど、
要するにそういう肌が良い肌なんだみたいなそういう、これを誤信念じゃないんですよね。
私は別にそんなことを思ってなかったし、そういうイメージも思ってなかったんだけど、
母が強く思ってたわけですよ。でもそれは別に誤信念とかじゃないんですよね。認知の歪みとかではないんですよ。
そういう肌があったら、そういうのが健康な肌だよね。あるんですよ、そういうのは。
赤ちゃんがおっぱいでこういうもんだよねっていうのを、生まれて一度もまだおっぱいを吸ったことがなくても持ってるという考え方をするんですよね。
それを全概念とか言ったりするんだけど、まあ哲学に近い、これは。あるんですよ、そういうのは。
人間は、デビッドヒュームだっけ?タブララサで生まれてこないんで、完全に真っ白じゃないんで、
持ってる全知識みたいなものを持って生まれて、備えて生まれてくるんで、そういうものが一種に白くてスベスベの肌みたいな、
よく言ってたんですよ、母はね。で、私に、まあいいや。
で、こういう肌じゃないわけ、私は。なんかドス黒くて、所々になんかこう脂肪がワーッと出るという肌だった。
それは現実と私の良き概念の肌なんだけど、良き概念の肌がマッチしてないんですよね。
マッチしてないというのは全然いいんですよ。マッチすることは絶対ない。マッチするっていうのはおかしいんですよ。
なぜならは、良き概念は概念だ。だって真っ白なスベスベな肌がいいなぁみたいなのって、心の中にしかないじゃないですか。
なんかCMとかでやってるけど、具体的な肌と良き概念はどんなにどこまでそっくりでも一致は絶対しないじゃないですか。
ここがすっごく、なぜか伝わらない時があるんですけど、でもこれはごく常識的な話なんですよ。
世の中に例えば、あ、という概念は、なんて言えばいいのかな。
なんだろう、何がいいだろう。食欲ってものは世の中にないじゃないですか。
世の中に食欲とはこういうものです、なんて言って、食欲の花みたいな花とかは、食欲でもなんでもないじゃないですか。
そういう花があると聞いたことがあるんだけど、とにかく食欲でもなんでもないじゃないですか。
つまり、概念と現実は異なるんだから、マッチするはずないんですよね。
すべすべの真っ白い肌じゃないから残念だって思っちゃうんだけど、そんなことはいくらやっても無駄で、現実の肌そっくりの肌をイメージすることすらも相当困難じゃないですか。
とにかくズレはあるわけですね。ここでまずベータ思考が生まれるわけですよ。自動的にと言っていいぐらい生まれてしまう。
で、私はそれが耐えられなかったわけですよ。なぜなら母がそれに耐えられなかったから。
母の耐えられなさは相当異常で、あのアノンって知ってます?
あの昔すっごいうちにあったんですよ。なんか5瓶ぐらいアノンがあって、アノン塗りまくるわけですよ私の肌に。真っ白にしちゃうわけですよ。
まああの、アホなんで、うちの母は自分賢いと思ってるらしかったんだけど、かなりアホなんで、しゃあないんですよ別に。虐待とかじゃない。
あれでもう善意、善意なんだよね。善意100%ぐらいでやってるし、
まあなんていうのかな、ギャグみたいな話なんですよこれはね。ギャグでもいいと思うんだけど、ギャグにならなかったんですよ。残念ながら。
私、母のことを好きすぎて、真に受けすぎちゃってたから、母の白いすべすべの肌が、私の肌があったらいいなぁになっちゃってた。私の中でも。
こういうのは、そのベータ思考を非常に生み出しやすいんですよね。だって自分の肌のイメージじゃないものを、親から引っ張り込んじゃってるから、どうしたってこう、自分の肌とマッチする理由がますますなくなるじゃないですか。
私肌について、自分の肌がこうだったらいいとかああだったらいいって考えたこともなかったんだけど、母がそれを猛烈に押し込んできたから、だって4歳児とか5歳児に、5、6歳だよね、アノン全身に毎日塗りまくるとかって、
してないじゃないですか。やっぱり。絶対アノンなんですよ。理由はよくわかんないんだけど、まあでも、ああはなりに苦労したんでしょう、私の肌のことでね。
フルコート塗って、これは父もね、さらに悪いことに一枚噛んでるんですよ。当時フルコートって、今はまあ、なんか、とりあえずアノンとかフルコートを批判してるみたいな、そういうことは関係ないんですけどね。
とにかくあった。それを塗りまくると、人間は危険人になるとか、俺はわかんない。当時のなんかこう、
左翼系の、健康オタクみたいな人の新聞に書いてあることは、絶対父にとってそれは真実になっちゃうから、あれをなんて言うんだろう、まあ、微温的だなと思うんですけど、
うちの父もアホなんで、要するにそういうことを頭から信じて、しかも自分はすごい超インテリだぐらいに思ってるから、当然そういうものは一切使わなくなるわけですね。使えば治るのに。
使えば治るのに、薬を使わずに、なんかアノンとかを塗りまくるという変なことになっちゃうわけですよ。でも綺麗にならないわけですよ、さほどね。真っ白いすべすべの肌とかに男の子ならないんですよ。
で、母はしょうがないから、なんか石やすりみたいなのを買ってきて、僕の肌をガリガリ擦るわって言うんですよ。すべすべっぽくなるんだけど、代わりに赤切れが激しくなって、で、
ほら、こうやれば落ちるんだからとか言って落ちるんですよ。角質だから。ボロボロに。で、なんか血まみれになっていくわけですよ。でも母はね、なんかそこはいいんだみたいな。
さらにその上にアノンを塗って、なんかね、赤白でピンク色になっちゃうんですよ。血が混じってるから。ちょっと嫌な話ですかね。ギャグだと僕は思うんだけど、そういうことがあって、メーター要素になる。
だからその肌がちょっと悪化するっていう風に思ったり、見たり、蚊に刺されたりするたびに、僕の中にベータ思考が生まれてする。排出しなきゃって考えるわけですよ。
くすゆかいだから。その不快感は痒みという形で現れるんですけど、で、めっちゃかくわけです。だって排出してるから。思えばですね、私よく肌をナイフで切り取るという空想をしていたし、夢も見てたんですよね。
だからその肌をナイフで切っていくっていう、表面を切り落としていくみたいな感じ。そうするとツルツルになっていくっていうアホな空想をしてたわけですよ。これがベータ排出と呼ばれる行為なの。行為としての身体化も含むんですけど、要するに和訳的になってもわけわかんないわけ。考えてないじゃないですか。何にも。父も母も私も何も考えてないですよね。
そうやって肌が良くなるはずないだろうっていう、ごく当たり前の結論が導き出せてないですよね。これだけで話が十分時間いっぱいになったな。この後2つもやってると時間が増えるばかりなので、ちょっと以降の話は明日に。以降に回しましょう。
ベータ思考と時間の破壊
あとは彼女ができない問題っていうか、ひもて問題なんだよね。これは杉下さんって人と一度、杉下さんなんだっけ?違うような気がする。対談してみたいと思いますね。あとは父の、私のベータ要素そっくりのものを父は実は持っていて、つい最近の話なんですけどね。わかったのは。精神科にまで行ってみて、父の話聞いていて、つくづく俺と全く同じだなこいつはと思ったんですよね。この人、じいさんになるまで一生こうだったんだなとかわいそうにと思いましたね。
3つある。最低でももっとありますけど、具体的にいくらでも言及できることとしては3つですね。とにかくいずれも考えてはいるんですよ。思考だから。
現実の予期概念という風にビオンが言うもの。つまりこういうもんだよね現実ってっていうのと、現実って絶対一致はしないじゃないですか。こういうある種現実に対する思い。これを誤信念と先日言っちゃったんだけど、誤信念が実現するんではなくて、時間を無駄にする話、俺は時間を無駄にしているんだという誤信念が予言が自己実現するみたいになるんじゃなくて。
そうじゃなくて、ベータ思考は一致してないっていう。私の時間の使い方はこうであってはならんみたいな。とにかくどうであるとかわかんないんだけど、こうであっちゃダメだっていう。私の肌はこうであっちゃダメだっていうね。こういう風になるのもダメだみたいなそういうある種のミスマッチに対する耐えられなさなんですよ。
ミスマッチはあっちゃダメだってことなんです。でもミスマッチはあるから、ベータ思考が最初に発生した時に、ズレが発生した時に、ズレを認識した時にショックを受けて、これが要するにミクロな心的解消みたいな。ミクロなトラウマ。トラウマのない人ってだからいないとも言えるわけですよね。
どんなにミクロでも絶対一致しないんで、一致してないっていう風になった瞬間に、一致させる努力をするべきなんですよ。考えようによってはですけど。これはポッドキャストだから、べきって言っちゃいますけど、精神分析ではべきって考え方は取りませんが、とにかく一致させる努力を、努力ではどうにもならないんですけど、そうでもこのベータ思考は生まれるんですね。
ここで直ちに排出をするっていうことをすると、要するにビヨン流に言うと時間が流れなくなるわけです。その人の中で。時間が流れるというのは、思考が進むということとイコールなんですよ。
だから時間を無駄にするっていう言い方をビヨンはしてるんだけど、それは時間を無駄にするという間違った観念とか、時間を無駄にするという認知の歪みが実際に時間を無駄にしてしまうんだという予言の自己実現みたいな説明を僕はしちゃってたんだけど、先日ね、何日だったかわからないんですけど、それは正しくないです。
正しくなくて、そうじゃなくて、自分の時間の流れ方、使い方、その他、要するに現実ですよね。きれいになってないとか、部屋があたずいてないとか、そういう私がこうであるはずだと思っている現実と少しでもズレがある現実を知覚してしまった瞬間に、ズレがそこに生じる。
そしてベータ思考が生まれる。このベータ思考が耐えられなくなった時にベータ思考を排出し、ベータ思考を排出すると、要するに現実が破壊、私の肌みたいなものです。何かがおかしくなってしまう。
それを何とかするための手立てを取るという方向を考える。少なくとも何もしないということによって時間が経過していくんですけれども、それもできなくて何かをしてしまって動かしてしまう。しかもその動きは考えられなかった動きでただ動かしちゃうわけですよね。
ただどうしようもないから排出してただ動かしてしまう。私が肌かきまくるみたいな、あるいは肌ナイフで切り落とすみたいなことを考えたというか、そういう考えをもてあそんだようにですね、そういうことになってしまうわけですよ。これがつまり時間を破壊するという表現をとっているわけですね。
なぜならば、そこでは私の連続性というものが意味をなさなくなるわけですよ。私は肌をかき続けているという意味では連続しているのかもしれないけど、そういう感じはしないですよね。なぜならこれは良いことじゃないと思っているし、やめなきゃと思っているんで、肌はかき続けているんだけど、かくべくしてかいているんだけど、かゆいから、かきたいと思っていないわけですよ。
だから自分の中の全てがバラバラになっていて、全然連続していかないわけです。だから時間が流れていないわけです。まだ永遠に肌をかき続けているだけみたいになっちゃっているわけですよ。
この状態から少し前へ、少しでも前へ進むとき、だから少ししか前に進んでいないから、適切な思考、つまりアルファ思考なんですけど、生まれたからといって、形にすごく良いことが起きるわけでは決してなくて、肌はかゆいままだし、何ならアトピーなまんまなんだけど、そしてせいぜい我慢しなきゃぐらいに思っているだけなんだけど、
でも少なくとも描かないでいる間、そしてこの肌を排除しようとしてもダメだみたいに、ここまで行くと相当早いよね。そこまでは一気にはいかないんですけどね。
表現なんかできないんですよね。アルファ思考、言葉になってないから。それどころか、夢思考以前でナラティブにすらなってないんですよ。でも大きな違いがあるわけですよ。何ていうのかな。何なんだろうこれは。何なんだろうね。ここらへんで詰まっちゃうんですよね。
言葉にならない思考の断片だから。ベータ思考もアルファ思考もそういう意味ではよく似てるんですよ。ただベータ思考は恐ろしくおぞましいものなんですよ。私にとってそういうものでしたからね。汚い肌みたいなのは恐ろしくておぞましいもの。これ母の感じ方なんですけどね。きっとね。とにかく恐ろしくておぞましいものなんですよ。ホラーなんですよね。ほぼほぼホラーなんですよ。
名付け犬恐怖とかいろんな言い方するんですが、ベータ思考なんですよね。それは思考の産物なんです。自分の全概念と現実がマッチしていない。強烈に不満がある。この不満には耐えられない。耐えられない不満ってすなわち死の恐怖なんですよ。だから死の恐怖と言ってみたりもするわけです。肌が荒れてるのが死の恐怖っていうのは、わからない方には全くわからないことだと思うんですけど。
私にとっては肌が荒れるっていうのはまさに死の恐怖に限りなく近いものなんですよ。でもそれはそれでもアルファ化少ししてる気がするんですね。アルファ機能に変わっていくとつながっていくわけです。
例えば父はバカだけどアトピーにフルコートステロイドを使いまくるのは良くないというのは私を思ってのことだ。ここまでは全然いかないんですけどね。でもここにつながりってものができるわけですね。
全然バラバラなことをやってるわけじゃないっていう連携リンクって言い方をする。これを経営リンクって言うんですけどね。なんかそこにナラティブ的なものを見出せる。どうしても時間の歴史を見に行くって感じなんですよね。しかしそもそもせめてこう考えるってことですよ。母があんな石のたわしみたいなものを買ってこなければなと。
他人のせいにしてるような感じもしなくはないんですけれどもいいんですよ。別に多発だろうと多石だろうといいんです。思考がナラティブに近づかないよりは近づく方がマシなんです。ただただ多分ね多分ですよ。ここに間違いがあるかもしれない。でも僕の考えではだんだんそうなってきたんですよね。
とにかく排出はするから。何かは排出せずに、とてもじゃないけどやってられないし、排出はする。排出をするってことは常にベータ思考はあるんだから。思考がないよりはあった方がいいわけですよ。極論ですけど相当。でもやっぱりそうだと思うんだよね。PSだってPSより前があるわけだからPSがいけないわけじゃないんですよ。PSだって一つのポジションなんですよ。結構有用なポジションなんですよ。
それとよく似ている話だなと思います。ベータよりアルファの方がやっぱり先の可能性が感じられますが、アルファだったら十分なんてもんでは全然ないんですよ。いわゆるC水準の思考、夢思考の前ですもん。
だからそれはもう本当に石のたわしで擦るからさみたいな。でもこれは歴史があるじゃないですか。だから肌が悪くなったんだという。ここに繋がりを見るわけですね。私の肌を石で擦った。だから私の肌は今荒れているという。この繋がりがベータ思考よりずっと前へ行ってる。もうこれはナラティブありますけど、ナラティブ以前って無理じゃんね。
石だけ考えるとか、石だけをイメージするとか、歯が擦った瞬間のこと、断片的なイマジネーションとか、あるいは母がほらもうほろほろ出てくるんだなみたいな、そういう言葉とかに意味を見出すっていうようなニュアンスみたいなものがアルファエレメント、アルファ要素なんだと思うんですけど、そんなの説明しているとまた時間が無限にかかっていきますから。
だから我々はそれをナラティブに圧縮して扱うようにするわけですよ。ベータ思考はもう無限の広さなんですよ。アルファ要素だってもう無限じゃないけど溢れんばかりになっちゃうわけです。心の中のイメージばっかりになってしまうと。
そういう話は戸綾階堂もしてましたけどね。カウンセリングの中でひたすら話が拡散していく人がいると。だからあれは断片的なアルファ要素からなかなか先へ進まないわけですよ。断片的なアルファ要素の話を説明していれば時間無限に必要になりますよね。だから時間を無駄にするんですよ。
つまり破壊するというのは拡散させるってことで、時間というものは結局ナラティブなんですよ。少なくとも人間にとっては。この時にこうしてあの時にこうしてそれからこうなってっていう風に言えるってことはこうやって初めて時間の枠の中に収納しきれていくわけじゃないですか。
このポッドキャストがまさにそうですけどレクチャーとかセッションとかいったものは基本的にはこの水準で進めないと何かまとまった話にはなかなかならないわけですね。ひたすら拡散していってしまったら1時間なんていうものあっという間に使い切って時間を無駄にする。つまり時間に対して拡散的であるということ。肌をかきまくってるっていうのは私本当にそれすごい痛感したんだけど喉をかく曲あるんですよ。
うちの肘の内側をかく手首をかく右手首をかく左手首をかく左手首の後ろをかく左手首右手首の後ろ無限にかかるわけですよ。だから時間を無駄にする。つまりこれは誤信念が時間を破壊してるんではなくて、破壊しているんですよ。その人の存在と行動それ自体がベータ排出によって破壊し続けていくみたいな。
なんかが違うんだよね。拡散し続けていくっていうか、拡散すなわちアイデンティティになっていかないみたいな感じなんですよね。
破壊はなんかおかしい気がするんだけど非常にあの時私は肌に対して破壊的であったっていうのは確かな気もするんですよね。時間がなんかすごいかかってるっていうのはこれを反復して初めて考えるようになったことなんですよね。
思考の成熟と他者の力
だから考えるとっかかりやきっかけは結構あって、俺なんか四六時中から書いてるなみたいなのも一つの考えじゃないですか。これはアルファ思考だと思うんですけども、そうやってこう断片的になっているベータ要素をまとめ上げるときに思考ってものが生まれるんで、その時に必ず自分が歴史的時間的あの時も書いてたしこの時も書いてたし明日も書きそうだみたいな。
三つ目ないけど。こういう風に繋いでいくっていうことによって思考は成熟していく。心の中にだんだん収まるサイズになっていくし繋がっていくし凝縮されるし圧縮されるしさらにそれについて検討を加えるということが可能になる。そういう方向性なんですよね。
アルファファンクションが機能している方向性とむしろ拡散してしまう方向性とがあって、それを何とかして逆転させましょうと。このベクトルの方向みたいなものをぐるっと回すときに他者の力がそこに必ずかかってくるんですね。
これはなんでなんだろう。これもきっとビューンはどっかで説明してるんでしょうね。コンパスの針がぐるっとなるときに他者の力がかかるんですよ。コンパスって磁力によってぐるっとなってるじゃないですか。そういう他者の力みたいなものがいるんですよ。
自分一人だと拡散している方向の時には拡散し続けてしまう感じがする。体験的にそうなってたんですよね。そしてうちはうち丸ごとでそれやってましたから。
私の肌ってことについての話ですけどね。本当に頭が混乱してたから放っておけばいいのにねって感じなんだけど放っておくってことができなかったわけですよね。結局構いつけちゃうみたいな感じ。うちは非常に過保護過干渉の典型的な夢みたいなところがありましたから。
兄弟との関係とベータ排出
アホだし。このアホを必ず言いたくなるのは私の排出なんでしょうね。だからベータ思考がやっぱり来るわけですよ。もう少しマシな親だったらなぁみたいなのがあるわけですよ。現実の親とマッチしないわけですよ。
だからあるベータ思考が発生して加工はしますよ。ここで喋るからね。加工して一瞬で言葉に直すんだけどそれはベータ思考に限らず近いものを無理やり言葉の水準まで上げてパッと出してアホだしっていう意味ないじゃないですかこれほとんど。
特に何につながるっていうことでもないしうちの親がアホですみたいな意味ない別に。これをベータ排出って言うんだろうしベータ思考って言うんですよ。これずっとやってるということはずっとこれだけをやってるということはですね。
私の肉親の兄弟みたいになっていく。なんかこういろんなことはやってるんだけど本当にいろんなことあの人やってるんだけど何ら蓄積されていかないんですよね。それはもう周りの人はみんなわかってるから支援する人もこういうふうにはどうでしょうかみたいなこと言うんだけどあいつなんでああいうこと言うんだみたいなことを私に言ってつまり排出しちゃうわけですよねすぐにね。
いやまああなたの気持ちもわかるが向こうの向こうの気持ちを喋ったところで全く意味はないんですがそのわかるんですよそれはねうるさいあのうっとうしい何を言われてもうっとうしいのにましてあんなことはうっとうしいみたいな感じたんだけどそれはつまりそのマッチしないでもあの人にとってもうマッチする現実でほぼないからその拡散していくんですよね。
いろんなことが拡散していくこれは拡散例えば拡散の一例として今あの人は自分の部屋をようやく手に入れてその部屋の中で何を思ったかっていうかこういうことになるんだけどなんか大きなマットレスのベッドのマットレスを買ってきてそれを部屋に立てておいてるんですよ。
ちゃんとしたら狭い部屋だから立てると忍者のように移動するしかなくなっちゃうわけですね。でその支援のグループホームの支援の管理人がなんで立てるんですかって言うんだけどうるせえってことになるわけです。いや言わないですよ。結構その辺は気を使うんでいやいやこれはだからこうこうこうこうこうこうでって説明なんだけどまあ要するにアルファ思考の説明なんですよ。
説明になっては説明になってるんだけど私聞くとわかるんですよ。だからそれに対して私がその支援の人につまりこうこうこうなんです。だけどそれを言うとは?っていうことになるわけですよ。意味は通るようにできても納得はされないわけですよね結局。
いやだったらこうした方がっていうことになってまたうるせえってことになるわけですよ。これがベータ思考が生まれてでも礼儀があるからギリギリあるからアルファ自分の中の断片的思考を繋いで説明している。その説明はもう私の肉身にとってはめちゃくちゃ誠実な説明だと思ってるんだけど相手から聞いてる人からするとチンプンカンプンな説明になってるわけですよ。
まあそれは分かろうとしてないんですけどねある意味で分かろうとすれば分かるはずなんですよ。あいところで働いてるんだから特に。でも実際そこは期待できないんだけど。で私は長い付き合いであの私の兄弟のことだから分かるんでつまりこういうことなんですよ。まるで私がそれをかばってるみたいになるんだけどそう捉えるのも大きな間違いです。私のはただの説明なの。いわゆる解釈でしかないわけですよ。だけどは?っていうことになるわけですよ。
現実と概念の乖離とナラティブ
相手からするとそれは単なるベータ要素でしかないわけなんですよね。で結局こういうのって本当に大変な労力がここにはあるんだなっていう。この労力を我々現代の人は見向きもしなくなってるんですよ。本当にあのヘパリンつけてアトピー治しましょうよってそれは正しいんですよ。別に私にだって聞く。それが間違ってるわけじゃないんだけど。
そのと言えばいいんでしょうねこれはね物語があるんですよそれとはまた別に歴史性というかだからこの歴史性を持っていることによってそのなんて言うんですかねずれたところには思考を置くことができるんだっていうずれるんで現実と私の良き概念は良きですから良きと現実が一致することはないんですから。
そういう意味でずれますから最近あのちょっと話がずれるようでそれほど恐縮なんですけどジェイマス崎がタスクジードクラウド2で病を出すんだよみたいなこと言ってるんだけどあいつの言いたいことはよくわかるんですよ。病を出してみると一見見積もり14分私がここから歩いて自然に歩いて行くと駅まで14分ピッタリじゃん。良きと現実が一致したじゃん。一致してないんですよ。病で測るとね。一致は絶対じゃないんですよ。
いやそれはヘリクスだろって言われるかもしれないけど良きと現実が一致したらおかしいんですよ。原理的に言葉すなわち現実ですってことはありえないわけですから。駅って言葉はまさにあの駅を指しますけどでも駅って言葉と駅とは現実の駅と何にもめちゃくちゃ違うじゃないですか。駅って二文字書いてあんなちっちゃいけど現実の駅がそんなに小さかったらとても困るじゃないですか。
つまり概念はサイズが小さくて扱いやすい。でも現実に近づけば近づくほどサイズはどんどん拡散していって。だって駅を組まなく描写しようと思ったらもうそれだけで一生必要になるぐらいじゃないですか。東京駅とか不可能じゃないですか。やっぱり東京駅って三文字であれを表せるところが素晴らしいわけで。
それはKリンクなんですよね。アルファファンクションによってベータ思考、アルファ思考、アルファ思考から夢思考。アルファ思考から夢、夢から夢思考。夢思考をコンセプトっていう風にやったから東京駅って住むわけですよね。
そうじゃないとあれ全域になってしまう。それはもう表現できない。それはもうアルファ思考の羅列でしかない。それだって排出してないだけマシかもしれないけど、そんなのは我々にはそれでは一生原始人やってなきゃならないはずなんですよね。石器自体ずっとやってなきゃならないはずなんですよ。
その辺の話全体がここに含まれる気がするんですけれども、とにかく誤信念とか認知の歪みを現実に持ってって、現実を自己実現、予言の自己成就みたいな形に東映ドイツ化を理解しようとすると混乱しちゃうので、そういうことは一体もう排除してずれると。
我々が意識とか心で考えようとする現実と、つまり私たちの欲望みたいなものと現実で現れるものはずれてると。その間に埋めるべく思考が入るんだけど、その原初の思考がベータ思考なんだけど、こいつは不快という、おぞましいという、扱えない、行き詰まりである、発砲塞がりである。
二律背反である。ジレンマそのものであるみたいなもので。だから外に出すしかないっていう結論がここで出ちゃうと、我々はおそらくよくわからない、積み上がらない行動を取ったり、体の調子を悪くしたり、自罰的になったり、いろいろ起こるんだけど。
そこをもう一歩、つまり時間を破壊していくっていう。時間の中に収まりきらない思考を持ってしまうっていうのが適切ですかね。っていう感じはしました。
対抗転移と創出
今日は全然松木さんのセミナーの話ができなかったなと思ったんですよね。松木さんの話の中でいきなり話が飛んでますけど、いろいろとインパクトがあった、いいお話はあるんですけれども。
例えば言えることと言えないことが結構だから秘密の話もしてくださったんですよね。あの値段でよくそんなことまで話してくれるなと思ったんですけど、とにかく一つそうそう面白いなと思ったのは、逆転移というのは語訳だと。対抗転移というのが元々の意味なんだと。
どいたけおさんが対抗転移って書いてて、なんか古い言葉だなと思ったんだけど、そうじゃないっていう感じだったんですよね。あのいきなりこの話してますけど、要するに転移って全部無意識でやることがある。だからそうなんですよ。
ベータ思考が生まれるから、セッションでは絶対生まれますから、セッションとはこういうものだ、カンセリングとはこういうものだって、静止分析でもいいんですけど、そういうものじゃないんだっていうことにぶち当たる。どうしたって他者がいるからそこに。そうするとベータ思考が生まれるんだけど、それは無意識に排除していくわけですね。そうすると転移が生まれると。
無意識に排除された方は対抗的に転移を、だから訓練していれば転移は逆転移とかしないんですみたいな話には絶対ならなくて、訓練していてもしなくても転移って生まれていって、だから無意識に相手に対して、相手の参加者さん利用者さんに転移をぶつけていくんですよね。そういうことが起きてしまう。これを対抗転移というんだっていう。
それはトラウマじゃないんですかみたいな質問が飛んだときにちょっと和式さんがやや興奮されて、トラウマのない人なんていないんですよっていう。でご自身の非常にすごいトラウマ体験の話が、これはちょっとできないんだけど始まって、だからやっぱりそうだよなーって思ったんですよね。
そうなんだよねっていう。
創出って特に長く生きられてますからね。私よりもさらに20年以上長く生きられているわけで、創出ってするわけじゃないですか。私も最近だから創出というものを体験しているわけだけど、創出というものはすなわちないってことだから、あってほしいあるいはあるはずだ。今まであったからね。今まで親は生きていたみたいな話ですから。
いきなりないって言われてもわかんないわけですよ。あるような気がしちゃっている。もうあるような気がしちゃってる瞬間に、だからこれご信念じゃないじゃないですか。親は生きているんだっていう信念を持ってるわけじゃないんですよ別に。いやいやそうだよな。先日亡くなったんだよなっていうのはわかってるんだけど、でもいるような気がしてしまってる。これが良きですよね。
だけど現実にはいない。ズレますよね。そこでものすごく悲しくなるみたいなものが起きるとすると当然それは辛いので排除したくなる。完全に排除しちゃうと亡くなったってことがわからなくなってしまうので非常に問題なわけですけれども、でも例えば夢の中で会うみたいなそれは無意識水準、夢の思考の中ではまだわかってない部分があるっていう話ですよね。つまりズレてるって話であって、やっぱりそれはそこの夢の中で排出されている。
という話でもあるわけですよ。でも夢って自分の心の中だから、排出されてはいるんだが、自分に向かって排出しているという言い方もできなくはないわけで、夢になってるってことはそれはある意味夢思考までは進んでいるっていうわけで、少しずつ思考としておけるようになってきていると。
それは単なる記憶であり慣れなんじゃないかって言われるかもしれないけど、私その記憶とか慣れというもののベースになっているところに思考があるっていう話がビヨンはしたんだって思うわけですよね。
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