ケイシャのしゃべり場
始まりました。ケイシャのしゃべり場。この番組は、映像制作会社KOO-KIのメンバーが日々感じているおもろいを語り合い、発信するトーク番組です。
毎回、いろんなメンバーと共に緩く雑談していきます。私、KOO-KI山内です。KOO-KIヒージャーです。KOO-KI原山です。よろしくお願いします。
さあ、芸術の秋といえば、毎年恒例、この季節がやってまいりました。福岡市民の人にはお馴染みだと思いますけど、ザ・クリエイターズの季節ですね。
ケイシャでも4回目ですか?
4年目。2022年から1年飛ばしましたけど。
今年も僕がインタラクティブハブ福岡の取りまとめをさせてもらいつつ、このクリエイターズに一緒に制作関わらせてもらっているというので、情報解禁はしているかなと思うんですけども、今年も作っておりますよということで。
きっとリスナーの皆さんもそろそろそういう季節かなと思ってくれてたら嬉しいですけど。
どんな感じですか?今年は。
今年は、この後どんどん話していくと思うんですけど、去年よりもさらにスケールがでかくなりまして、僕らも本気でやらないとやばいぞと。
っていう中、そもそものこのIHFの繋がりを大事にしていこうというか、いろんな横の繋がりをもっと強化しようみたいないう面もあるので、そういう意味でちょっと新たな制作体制を考えてみるかとか、いろいろやって、今が9月ですけど。
今年もクリエイターズでIHFさんと一緒に企画提案できませんかっていう話が、いつぐらいかな、あれ多分4月ぐらいからずっと裏でやってて。
年度始めには声かけてもらってたからね。
そうですね。一緒に企画してっていうのをやって、だいぶ経ったんですけど。
早いね。
早いですね。
僕ら4月から半年近く経っちゃった。
そうですね。今制作真っ最中なんですけど、ヒリヒリしますね。間に合うのかできるのかみたいな。
県社でもね、割と毎年クリエイターズのことは取り上げさせてもらってますけど、今年はちょっと趣を変えまして。
そうですね。だから毎回IHFのゲストを紹介するみたいな。
我々が参加してるのがインタラクティブハブ福岡が中心だったりするので、毎年そのあたりの今年は何を作っているのか、作ってみてどうだったかみたいな感じの話を割とさせていただいてたんですが。
今年は、ある程度そのIHFのインタラクティブハブ福岡の中でのお互いの理解度がすごい増してる状態であったんで、そもそもこのIHFっていう組織とか、あとクリエイターズっていうみんなで一緒になって作ろうみたいな流れがどう生まれてきたんだろうかみたいな。
そういうのをあんまり知らないままやってるところもあったので、その辺をIHFのきっかけでもあろうアノラボの本晴さんに伺いに行ってみるかっていうのを今回この話ですけど、1話目としまして、出張収録で行ってきました。
アノラボさんにね。
アノラボさんに、本晴さんにお話を伺う。本晴さんと元空気の林田君と一緒にお話を伺いに行ってるという感じですね。
行ってないよね。
っていうのがちょっとこの後なんですけど、2話目はですね、今回IHFで一緒にやってくれてる学生さんにも一緒に今回の制作のお話をしたりだとか、あと3話目には福岡市さんと一緒にお話するということで。
決まりましたね。
決まりましたね。
ついにね。
まさかこんな日が来るとはね。
ということで、ちょっと今年もてんこ盛りの内容となってますので、ぜひ聞いていただければなというふうに思うんですけど。
大変ね、このIHFのコンテンツも作んなきゃいけないよね。
ホットキャストもね。
そうですね。
企画してもらってね。
でも広報もやっぱ力入れないと。
僕らもね、作ってお客さん来なかったらそれはそれで寂しいので。
私たちも日ごろ頑張ってる原山君の姿は見てるけど、見てるしコンテンツの内容も少しだけ聞いてはいるけど、学生さんの話とか福岡市さんから話聞くこととかも私は結構初めてなんで。
今までと違う切り取り方になるんじゃないって感じがしております。
楽しみいただければ。
じゃあ早速ちょっと場所はあのラボに変わるんですけども。
ジャンプするの?
音声でジャンプはきつい。
原山君がね、出張収録でしてくれてたんで。
早速第1話目も聞いてみましょう。
それではどうぞ。
はい、ということで今原山あのラボさんにお邪魔しております。
ということでちょっともうゲストの紹介も先にしてるかなと思うので、一旦ゲストの方に出てもらおうと思います。
まずこの方です。
こんにちは、あのラボ本原と申します。
よろしくお願いします。
もう一人、こっちの方にも来てもらってます。
元空気の林田です。
よろしくお願いします。
林田さんと僕、今インタラクティブハブ福岡というかクリエイターズでも一緒にやってるメンバーなんですけども。
一緒にですね、今回あのラボの本原さんをゲストにお呼びして。
そもそもIHFっていう名前で僕ら活動してるけど、あとクリエイターズもですね、毎年やってますけど。
どういう流れで今の僕らの活動のスタイルになってきたのかっていう、ちょっと昔の話あんまり知らないままやってるなっていうのもあって。
その辺を本原さんに聞ければなということで。
了解しました。
お願いしたいと思います。
さっくりちょっと本原さんのプロフィールだけ紹介しておくと。
本原さんは、主に九州沖縄地区に伝わる民族文化やその地ならではの人やことを取材し、そこにある気配の文化を出発点に発想を広げ物事化する。
既成の形にこたわることなく一言に向き合うディレクターですと。
経歴としては、佐世保市生まれ、福岡を拠点に音楽コンサートの制作を始め、各種イベントの企画制作、音楽ライター、バンドマネージャーなどを経て、
1994年にNHK九州メディス、現NHKエンタープライズ九州自社の設立に関わり、その後入社。
各種採辞、プロジェクト企画制作、舞台などの演出進行、番組の企画構成などを担当する。
2017年7月にあのラボに移籍し、現在に至るという形で。
すごいですね。
ご丁寧。
年ばっかり食ってる。
さっきちょっと話してましたけど、もう僕らが生まれた時には現場に。
佐世保生まれなんですね。
佐世保。
佐世保から、佐世保と佐賀だよね。
佐賀です。
長崎だね。
ごめんごめん間違えた。
これは失礼しました。
長崎から最初どこに行かれたんですか。
大学で大分。
アインシュタインが大好きだったから。
これが大学に入る2年前か何かに大分にエネルギー工学学ができた。
最終的に理系だったんですか。
完全に物理。
そうなんですか。
それは意外だった。
確かに文化系のことをやってるから文系のイメージはありましたけど。
そうなんですか。
大分行って、音楽やられてたんですか。
高校ぐらいから完全なギター小僧だった。
音楽やるために庁?
東京に1年半くらいいて、金全部使い果たして。
ロックだな。
博多に本当に流れ着いて、その日暮らしを半年くらいやってた。
もうちょっとやってたかもしれない。
さっきも話したよ。
どかた?
そうそう。本当にその日暮らし。
一戦もなかったから。
借金もできなかった。
そこからどうNHKに行くのかっていうのがすごい気になるところがあるんですけど。
長いよ。
長いですよね。今回はあんまりつけないから。
気になる人は博多さんに直接聞いてもらうしかないかもしれないけど。
なんとかなる仕事や。
いいですね。
自分は作ったりもする方を演出するディレクターでもあるけど、
どっちかっていうと場を作っていくことを楽しみにしてたりは。
だからコンセプト立てたりしたり、そもそもこれは何にどう繋がるとか。
そんなことばっかり考えてる気がしないでもないな。
それこそ今やってるクリエイターズの、僕らからすると前進だと思うんですけど、
遊べるデジタルアート展の立ち上げみたいな話も聞いてみたいなっていうふうに思ってて。
だから2001年にアジアデジタルアート大商店というのが、
福岡県と九州大学が主に中心になって始まったのね。
それは当時総務省がインターネットを普及させるっていう大きい国策の中で、
各地区でそういうデジタルアート系のコンテストとか学会が結構立ち上がったの。
多分10いくつだっけ。
その中の一つに九州大学も入ってて、福岡県もそこに同調して一緒にやろうという話になって、
2001年にそれが始まって、その頃から九州大学の方とお付き合いがあったから、
立ち上げの頃からこういう動きがあるという話は聞いてて、
実際仕事するのは、最初は予算がすごいあったんで売れ関係なかったんですけど、
途中からその辺のスポンサーがぐっと抜けた時に、大学の方から相談があって、
ちょっと現場というか取れてくれないみたいな話になって、
2003年くらいからかかって、実際。
展示の運営とか展示の設計とかをずっと一緒にやってて、
その頃はまだインタラクティブな作品ってほとんどなくて、
CG静止画とか、CGを動画で作るとか、その辺がメインだった。
CGもレイメイキーみたいな。
その中にたまにちょっとインタラクティブな作品がいくつかちょろちょろあるくらい。
部門としてはもうあったんだけど。
そういうことをやりつつ、2011年に10年目を迎えるから、
ADAの10周年に何か記念の何かをやるという話になって、
その頃にはちょこちょこインタラクティブな作品も面白いのがいっぱい出てきてたから、
アクロス福岡県の方にこういう企画でやると面白いんじゃないっていう話をずっとしてて、
そしたら夏休み企画でファミリー向けにアイデアが欲しいという話で、
じゃあこれをそのまま持っていったらいいんじゃないっていう話になって、
アスベルディジタルアート展に行って、
結局その好奇心がものづくりの原点だというのはずっと変わってないんだけど、
何かよくわからんけど面白いものに対して子供が好奇心とか持ち出すと、
それはどうやってできてるとか、何が面白いみたいな好奇心に
どんどん火をつけていくみたいなことをやろうということで、
2011年に始まったんです。
その頃には空気とか他の福岡の、
ここのアドラムもそうなんだけど会社を作る、まだ学生だったけどねアドラムは。
そういう連中が福岡に何人か出して、
じゃあ基本福岡の連中のネットワークとか、
もう会社関係ない、まだ全然こんな大きい会社にやってないからどこも、
何かやりたいものをやるつって作品集めだした。
というのがもう最初。
それがもうどんどんどんどん19年続いてたのが実際。
10年か。
遊べるデジタルアート展が10年近く。
10年近く続いてて、
そこで毎年恒例のように横の会社掛け根を越えた繋がりができてて、
そうこうしてる時に福岡市がやりたいという相談があって、
そこはまだ市は入ってなかったんですね。
若干入ってんだけど、メインでは県だった。
県とアクロス福岡がメインだった。
福岡市も毎年見に来てくれてて、やりたいって言って、
アクロスが1回コロナ禍とかもあってやめるみたいな話で1年休んだ。
クリエイターズで今度やりませんかみたいな話になって、
その時にインタラクティブハブ福岡という横の繋がりのネットワークで参加しましょうかっていうので、
そこでインタラクティブハブっていう名前だけつけて動き出した。
そうですよね。
多分その辺から僕も入ってる気がするんですけど、
名前だけ前にあったって話を聞いてながら。
コロナ前の遊べるデジタルアート展ってちょっと座組が違ったってことなんですかね。
実質は変わってないんだけど、福岡市がやることになった時に、
なんか企業職をまずなくした方が面白いかなっていうこともあって、
なんかでも法人で受ける必要があるから、
本当は法人格を取ろうというふうには思ってたんだけど、
結局なんかそこまで煮詰まらずに集まりももうなくなって、
名前だけがなんか残ってて。
集まりがなくなっちゃったのも大きいんですかね。
大きいね。だから遊べるデジタルアート展やってる時は、
毎年1回俺が年度明け今年もやりますおついでに各社全部回って、
お話をして、最近どうみたいな話とか、今年こんなことしようかみたいな話をしてやってて。
で、本番というか実施の時には工場会じゃないけど、飲み会をしてて。
やってましたね。
俺の時30人くらい来たからね。
確かにそれ聞くと本当場を作ることですよね。
なんか場を作ってる感じ。
そういう場があることを面白がってくる。
東京とかの知り合いが、すごい福岡ってやっぱいいよねっていうその大きさ。
東京だといっぱい人もいるし、一部そういうことを連中やってるみたいな。
福岡とかだとちょうどサイズ感がいる。
だいたいここに声掛ければ。
こういうことであればだいたい顔が見えてる。
なんかそのサイズ感をすごく羨ましがってくれて。
県とか市もそういう福岡の芯産業ということを向こうの方でPRしてくれて。
なんかそんな連動がずっとあって、って感じかな。
だから今みんな各会社の上の方に向ける連中がまだまだ全然若い頃。
若い頃になんか面白がって集まってるって感じ。
それで言うと僕らも同じようなことをやってるから、同じ歴史をやってるのかもしれないですけど。
だから本当に頼むし、いいと思う。
大事だよ。絶対大事だと思う。
やっぱこう会う人会う人、なんかみんないい人だなと思うし。
しかもめっちゃすごいじゃないですか。やってることが。
本当にこうわかんないですけど、今結構顔なじみのメンツでインタラクティブハブ福岡みたいな名前でやってますけど。
なんかこうどんどんどんどん福岡の中で広がっていければ結構強いクリエイティブ体制が生まれたりするのかなとか思ったりもするんですけど。
今後僕らのIHFをどうつなげていけばいいのかっていうのも若干悩みじゃって。
本人格をするというのも一つの手だけど、そこどこが似合うかっていうところがね。
大変だよなって僕らも思ってて。
やっぱだからインタラクティブハブっていうのはこの床のつながりを作りましょうっていう場所であって。
その中で多分それぞれみんなすごいものあるので、それぞれがしっかりアピールして仕事していくって形なのかなみたいな話をついこの間した感じですね。
遊べるデジタルワールド展に関して言うと基本予算がそんなに出せないっていうのもあるし、最初5つでよかったのが10個くらいになってくると予算がそんなに増えるわけでもないし、
でもみんなにそれなりに少しずつはやっぱり分けたいから、とはいっても通常の仕事にはできない覚で、
でもそれでも参加したいって言ってくれるのが毎年。
だから俺毎年年一に今年もやるよって言うときに、今年は無理かなって誰か言うかなって思ったけど誰も言わない。
今年もやるんだけどうち何しようかなって。
温かいですね。
シアターさんがやっても絶対同じものしか出せないけど考えますって一応言うねん。
だから今回クリエイターズはそういうお題が主の方からもあったりするから求められると思うんだけど、
遊べるデジタルワールド展の場合はそういう話は一切シャットアウトして、そういう話じゃないよこれはっていう。
基本的にみんな持ってるコンテンツを持って行ってますね。
だから無理しなくていいし、出せなかったら出せないでもいいように国としてはしてるし。
そんな中でインタラクティブ福岡というか若手で集まって作らせてもらえる場を持ってくれてたのが僕はすごいありがたいし嬉しくて、
ああいう機会がもっと欲しいなってすごい思ってるんですよね。
僕は割と毎年遊べるデジタルワールド展でコンテンツ作る時に、
モンブランさんのピタパッドより人気のものを作るぞっていう。
一応あれ人気じゃないですかめちゃくちゃ毎年。
だから悔しくて、僕はそれよりも人を遊べるコンテンツを作るぞっていう気概で作ってたんで。
まあでもあれはどっかまた復活すると思うよ。
やっぱりみんな言ってるし、この前同じように他の人も言ったから、やるでしょきっと。
やりたいです。
いい環境で次を作るのも僕らの役目なんだろうなと思ってて。
それこそ僕らの中でも遊べるデジタルアート展みたいに、僕らでそういう機会とか場所を作れるといいんだろうねみたいな話もしてて。
主催で一緒でやりだしても面白いかもしれない。
それこそ今福岡市さんといい関係ではあると思うんで、
いろいろちょっとお願いじゃないけど相談してみて、そういう機会を作れたらいいなっていう。
やってることは絶対面白いし、クオリティも多分上がってるし、
新しい人たちが新しいことをやりたがってるのが一番大事。
やっぱりみんな会社し始めて、お仕事としていっぱいいっぱいなってきてるから、
前みたいに遊んでる余裕がないというか。
そうですね。
そこもちょっと俺は気になってて、やらせた方がいいんじゃない?みたいな。
そこ大事だったでしょうね。
僕らもこういう機会がないとね、みんなでやろうみたいなスイッチが入らないから。
終われちゃうからね、今人気商売だから。
僕たちも若くないからね。
そこもあるんすよね。
まあまあ若い。
丸さんからしたら若いんですけど。
僕最初初めてクリエイターズ、遊べ!デジタルアート展とか参加したのが19の時かな。
確かそのくらいの時で。
そこからもう2026年だから7年、8年くらいやってるんで。
もうちょっと若い人がやってきてくれてもいいんじゃないかな。
今回だから給代の稽古の学生さんも何人か入れて一緒にやってるんですけど、
そういうことを新しい若い人たちを入れないといけないっていう僕らの感覚もあって。
僕らが一生懸命作りましたっていうよりも若い人のサポートに回りながら、
みんなでいいものを目指すっていうのが理想だよねっていう。
すごいじゃん。
それはね、林田さんからね。
電話があったもんね。
僕今給代で働いてるんで。
そうそうそうだよね。
だからそれもあって、ちょっと新しい数を増やしたいっていう、若い人を入れたいっていうのもあって、
ちょっと無理で予算を少し凝視してもらって、
ちょっと学生さんをバイトとして入ってもらって一緒に作ってもらってるんですけど。
やっぱり一緒にやってよかった。
よかったですね。
やっぱり僕たちも新鮮ですし、
これが学生たちにどういういい影響を与えれるかっていうのは分からないんですけど、
この経験をきっかけにいい方向に行ってくれたらいいなっていうのと、
これをとっかかりにまた新しい学生さんたちと関係築いていけたらなっていうのもあるんで。
なんかそれくらいのフィールドが福岡ちょうどいいところはあって。
ちょうどいいですね。
すぐそこに行ったら手の届く範囲にいるんで。
それがめんどくさい人も多分いるとは思うけど、
なんかそれって逆にしっかりしてないと、あいつ最近ちょっとって。
そうですね。
確かにね。
ちょっとあいつ近かったなみたいな話になったときに、
なんか福岡の狭い田舎らしいさは良きもあることもある。
上着に調子悪そうなやつには声かけられるぐらいの距離じゃありますしね。
でもやっぱりもう十何年、二十年ぐらい付き合ってると当然いろんな会社の起死済みもあるから、
そのときにちょっと声かけられるとか、
そういう環境ができてるといいことだと思うけどね。
でも本当にありがたいですね。
僕だってね、空気にずっといたけど、
あのラボさんも辞めた後すごい仲良くしてくれてるのは、
やっぱこのクリエイターズとか遊べデジタルアート展があったから、
その仲良くさせてもらえてるっていうのがすごい大きいと思うので。
あのラボに関して言うと、さっきの場作りじゃないけど、
勝手に俺が思ってるのは、あのラボという里があって、
そこに住んだやつ、俺みたいに住み着いたやつとか、
住んだことのあるやつはもちろんだけど、
この里をなんとなく楽しんで面白がってきた人が東京とかいろんなところに来てくれて、
でもここの里を愛してくれればいいなって思う。
そのためにこの里が魅力的であり続ける必要があるなっていうのは思ってる。
魅力的ですよ。ご飯食べれるし。
でもそういうこともあるよね。あると思う。
ご飯食べてもらえるんですか?
さっきご馳走してもらいましたけど。
なんかちょっと話しとくけど、地域の文化とか、
集落とか玄海集落みたいなところにずっと通ってると、やっぱり面白いんだよね。
面白くて、やっぱり帰ってくるのよ。
仕事がここにはないから、外に出てるやつでも必ずやっぱりなんかあれば帰ってくるし、
なんかそういう場であり続けたいなとは思ってるよね。この会社も。
そうですね。なんかこう、元気もらえる場じゃないですけど。
戻れる場所っていうか、なんか気にしてもらえれば。
大変だけどね。この会社もそうだけど。
大変だとは思うけど、そこは大事にしたいとこかなと思ってはいるね。
クリエイターズとかも一緒だけど。
そういえばクリエイターズをまたやりたいなとか、
それらがやってほしいなとか思ってくれるものを続けられるっていうのが一つかなと思う。
でもすごくいいと思いますし、現状でも確かにそういう場として何始めてるとかなってるような気がしますね。
結構あのラボさんって僕の中では割と気軽に来れる場所というか、そういうふうに思ってるんで。
たぶん今僕らが言うとIHFの集まりっていうのも別に今年は参加しない、今年参加するたぶんそれぞれあると思うんですけど。
それなくても他社間でもっと気軽に交流ができるとすごい嬉しいし楽しいなって思います。
今でも割とつながってるでしょ。
そうですね。でも若い人たちだけなんで、なんかそんなオフィスに気軽にみんなで行くとかそういうのはあんまなくて。
そういうのもちょっとやりたいですよね。
やった方がいいかもね。
あとはやっぱりそれぞれ会社の考えがやっぱりあって、会社に就職をした人たちがもう若い人じゃない。
そうするとどうしても会社の許可というか、そっちを気に捨てざるを得ない環境があるんだろうなとは思います。
確かに。遊んでるのの覚えみたいなこと言われたね。
言われたことはないけど、でもそういう視線を感じちゃうときとかもね。
確かにね。
長さとかも数年経ってるからいいけど、新入社員とか1,2年とかだったら確かに。
気使うよね。
気使うかもしれないですね。
同じことできない気がするですね。
なんか新しい出会いとか、そういうので新しいもの生まれていく気はするのでそこは大事にしたいですね。
大事にしてほしいなと思って。
なんかちょっとよもや話になりましたね。
そうだよね。
でもそういうさっきの里みたいな話もありましたけど、それぞれがIHFもそうですし、あのラボさんしっかり空気も多分いろんな会社も育ってますけど、
そういう雰囲気になってて、その里同士がつながれる状態がやっぱり福岡のクリエイティブとしてベストなんだろうなって感じはしましたね。
それを目指してこれからも頑張りますかということかな。
それこそ多分いろんな、僕らの若い世代だけじゃなくていろんな大人の人たちと一緒に何かなって新しい取り組みを作るのはいいんじゃないかと思いますね。
なのでその時はぜひお力をお借りしてできたらいいですね。
よろしくお願いします。
定年はないんですか?
定年なくなった。
なくなった。
人気商売だから相談されなくなったらここにいる価値もなくなる。
笑顔。
上瀬山にこう。
上瀬山に。
誰が背負ってくれるか分からんけど。
一服あたりが。
一服が。
お疲れ様でした。
上瀬山に。
しんどすぎるよ。
これからもよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ゲスト本原さんと林田さんでした。
ありがとうございました。
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