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「見える化/可視化」を懐疑 #16
2026-08-12 24:59

「見える化/可視化」を懐疑 #16

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サマリー

本エピソードでは、「見える化・可視化」という経営手法に疑問を投げかける。一見、効率化や成果向上に繋がるように見える可視化も、測れるものしか見えなくなり、本当に測りたい本質を見失う危険性を指摘。子供とのコミュニケーションやワインの味覚を例に、感覚や解像度を上げることの重要性を説き、最終的には対話を通じて共通認識を築くことの価値を強調している。AI時代においては、測れないものへの感度を高めることが、より重要になるのではないかと結論づけている。

「見える化・可視化」への疑問提起
はい、今日も経営懐疑を始めていきたいと思います。 ヒトシです。 カンタです。
この番組は、経営やビジネスや世の中、いろいろなことを疑っていこうという番組です。 お願いします。
テーマをカンタさんから出してもらってたやつにしましょう。 じゃあ今日のテーマは、見える化、あるいは可視化を懐疑すると。
いやー、何か会議しようがあるのか。 でも、カンタさん言いたそうなのは、見える化大事って言ってるけど、そうじゃなくないっていうことを言いたいのかな。
まあ、大体そういう話になりますよね。 パターンがね、パターン化されてきてしまう。
見える化とか嫌いそうだなと思って。
まあ、よく言いますよね、見える化が大事みたいなね。 うん、可視化しましょうっていう。 可視化しましょうみたいな。
何でそれを思ったのか、きっかけ忘れちゃったんですけど。 ただ例えば、経営管理の文脈で、
もともとその近代的な資本主義が勃興して、会社というものがどんどん大きくなっていく中で、きちんと測って改善をしていくということがとても重要であると。
で、実際にそれをうまくやっている会社が成功し、そうでない会社が淘汰されていったみたいな、そういうストーリーの中でもよく語られると。
で、それは数値で測り、それを改善するっていう文脈なんだけど、見える化って多分2、30年ぐらい前からも言われてた気がするんだけど、見える化という言葉で。
数値化するとか、それを数字で見えるようにするとか、グラフとかでビジュアライズしてわかりやすくするみたいなことを見える化って言ってるよねと。
だからメンバーの従業員の労働時間が何時間で、それに対してこんだけの生産性があるみたいなのを数字で出したら、なんか安心感があるみたいな。
そうそうそうそう、まさにまさに。
受けとしては、なんか受けがいい。
受けがいいし、実際に成果につながることもよくあるよねとは思うと。
例えば、何だろうな、なんか利益上がらないなみたいな状態って多分あると思うんですよ、ちゃんと係数管理してないと。
なんかめっちゃ忙しいのに全然利益出ないなみたいな。
で、なんか実際やっぱ中小企業経営者で、特にそのデジタル方面とかその、何だろう、会計とかにあんまり明るくない経営者の人がやっている会社とかでは、実際よく聞くし。
まあ、自分そうですね。
で、ちゃんとその数値を見える化して、ちゃんと見るようにして管理をすると、なんかちゃんと利益が出る構造になりましたみたいな成功事例もたくさん聞くし、実際自分もやってるから。
まあ、なんか大事だよねということに、絶対そんなことないだろうとは思ってないんですけど。
何かが阻害されると思ってるんですよね。
そう、なんかね、気に食わなさがあるっていう。
なんなんだろう。
可視化の功罪と測れないものへの違和感
で、なんか一つ、何だろうな、なんかちょっと話していく中でまた変わっていくかもしれないですけど、一つとっかかりとしての違和感っていうのが、測れるものしか見える化できないっていうのがあるなと思っていて。
これ、なんか全然違う話なんですけど、なんか育てしてて、なんか子供と話してるんだけど、ちょっと心ここにあがすみたいな時あるじゃないですか。
はい、ありますね。
別のこと考えてるとか、仕事のことちょっと考えてるみたいな。
はい。
ちょっとこう、スマホ見てるわけじゃないんだけど別のこと考えてる時、一瞬でバレるんですよね。
おー。
確かに。
いや、ちょっと次回その話したいんですけど。
はい、まあいいや。
で、なんかね、関心を寄せてるみたいなのって、なんか感じ取ってるなこいつみたいなのがあって。
で、なんかでも関心を寄せてるみたいなことっていうのが、科学的になんか別に何か物質が出ていることが立証されてるわけでもないじゃないですか。
はい。
でもなんか出てんじゃないかなって気はするんですよね。
うんうんうん。
で、例えば、なんだろう、絶対視野に入ってないけど後ろから見られてるみたいなのって、なんか結構気づく時ありません?なんか見られてるのって。
へー。
で、振り返るとなんか目が合うみたいな。
へー。
ない?
恋愛みたいな。
恋愛?
いや、最近そんなことがないけど。
うん。
なんか視線を感じるとか。
あったのかな?へー。
で、オフィスワークとかすると例えばなんか。
あー、あるんかもしんないですね。確かに。
そうか。
気配。
あ、そういうシチュエーションがまずほぼほぼないからね。
在宅でね、いる人ってあんまいないですもんね。
で、カフェとかじゃそんなにないじゃないですか。
確かに確かに。
本当に知らない人だと。
確かに。オフィスとかだとありですよ。
うん。で、なんかその関心が向けられてるみたいな気配みたいなの確かに感じることあって。
で、でもなんかそういうのって、なんか説明としては、例えばなんか声のトーンだったり、なんかその空気の動きだったみたいな、なんかいろんなこう物を体が敏感に感じ取って気配として処理してるみたいな言い方もできるんだけど。
はい。
で、もしかしたら、なんか気配みたいなものが実は物質として出ていて、それをまだ科学的にその計測できてないだけかもしれないじゃないですか。
はい。
わかる?
はい。かもしれない。
かもしれない。で、なんかそれってでも、計測できないものは存在しないものとして扱いがちだったりしませんっていう。
うんうんうん。
で、例えばなんだろうな、それこそこの間のモメンタムとかも売上げみたいな数値で出ないようなモメンタムって計測できないから、なんか感じてるのにないものとして扱うみたいなこと結構あるなと思っていて。
モチベーションクラウドとモメンタムの測定
確かに。なんかそれで言うとちょっと変わるかもですけど、なんかモチベーションクラウドってあるじゃないですか。
はいはいはい。
授業員のモチベーションを可視化しようみたいな。だからそのカンタさんで言う、今は可視化されてないけどそれを可視化しようみたいな動きに対してはどうなんですか。それもいやこぼれ落ちるだろっていう感じなのか。
いいね。
ちょっとね、具体的に会社名出されるとなかなかコメント言いづらくなるんですけど。
今のはモチベーションっていうのは切り離してください。今の例でわかりやすいんで。
なんかなんだろう、モチベーションだとダイレクトすぐ、じゃあ前回話したモメンタムだとした時に、モメンタムを何で測るかっていうことになるわけじゃないですか。
うん。
じゃあ売上ですかみたいな。問い合わせ数ですかみたいな。ビュー、インプレッションですかみたいな。フォロワーですかとか。で、なんかそこに選択が入るじゃないですか。
まあ確かに、既存の数値のどこを参照するかっていう。
今見えるものの中でモメンタムっぽいの、一番モメンタムっぽいのなんだろうみたいな思考に結局なっていて、モメンタムそのものを測るということには実はなってないと。
確かに。
で、じゃあそこのこれをモメンタムということにしようってなった時に、本当のモメンタムかどうかは結構みんなもうどうでもよくなって、その数字が上がってるかどうかでモメンタムがあるかないかということに判断し始めると。
うん。
いうことって往々にしたるなと思っていて。
はい。
それってでも、なんだろう、モメンタムというものを確かに感じていたとしたら、なんか感じていたものを見える化することによって感じれなくなってるみたいな側面結構あるんじゃないかという気がしてるっていう感じですね。
いやでもなんかもう毎回この話してる級とか、15回のうち半分このような話をしてるんじゃない?
いや、そうっすよね。
まあだから、よくないよねっていうことになるのか。
よくないかはわからないけど。
まあ経営上は大事なことはあるけど。
そういう側面あるよねっていう。
どう向き合っていったらいいんですかね。
どうなんだろう。
だからといって意味がないからやめましょうっていうのがさすがに極論すぎるなと自分でも思うんですよね。
実際経営者ってめちゃくちゃ数字見るし、KPIとか設定するしみたいな。
「志」を育むマーケットと「思いやり」の解像度
なんか僕最近考えが変わったことがあって、もうその見えないものを指標にしちゃうっていうことができないかなって思ったんですよ。
どういうこと?
僕が新卒に入ったパラドックスっていう会社が、志百舎戦略かな、なんか言ってて。
まあ普通に言ってることでもいいと思うんですけど。
志企業がその会社の独自の価値貢献、独自の世の中へのやちくだち方とか、志って呼ばれるものを大事にして企業の志とかその働く個人の志を育てていくことを良しとしようみたいな。
志マーケットってその志を育てることを良しとする。
それを良しとするっていうところをマーケットって呼んでて、志マーケットって呼んでるんですけど。
会社の経営者とその企業の取引では志、確かに会社の志大事だとかメンバーの志大事だって人がお金払って取引するんですけど。
会社の中の説明としては、それでブランディングって意味あるよねとか売り上げに変えてくるよねとかなるんですけど。
むしろ本当の目的は志に志ってもの良いよねみたいなふわっとしたものにお金払ってるみたいなのを作ってて。
なるほどね。
もうなんかそこ独自のマーケット作るってこういう感じなんだって思って。
ふわっとしたものをマーケットって呼んで成り立つ世界観作れるんだみたいなのがあって、そういうの良いんだなって思った。
似たような全然違う話なのかもしれないですけど、長男のクラスの去年の学級目標が思いやりだったんですよ。
僕は自分の子供時代を振り返ってもそういうのくだらねえなとか思っちゃうタイプだったんですけど、
保護者会で少人数クラスなのもあって、保護者がこの1年どうだったかみたいなのを最後コメントするコーナーみたいなのがあって。
したら多分ね、過半数の保護者の人が思いやりっていう学級テーマで思いやりについて子供が考えるようになって、家の中でもすごく行動が変わりましたみたいなことを言っていて、めちゃくちゃ効果あるじゃんって思って。
そうっすよね。思いやりがある状態とは何かを項目にしたりしなくていいんですよね。
それは確かに現実世界ってそう回ってないって思う。
そう。で、その時に、じゃあ学校のクラスで思いやりスコアみたいなものを数字で定義して、何だろう、可視化してんのか見える化してんのかっていうと、多分そうではなくて、
あ、今のってすごい思いやりがあってよかったね、嬉しかったよみたいなのを多分日々伝えてたという日々のフィードバックの積み重ねだと思うんですよね。
その結果、思いやりというものをみんなが別に可視化見える化しなくても感じるセンサーの解像度が上がったみたいなことのほうが結構ポイントなんじゃないかと思っていて、
例えばちょっと全然違う話で、ワインの味とかって最初全然わかんないじゃないですか。
美味しいとも思わないしみたいな。ビールでも何でもそうですけど。でもなんか、飲んで比べて、フィードバックだったらいろんな人と話していくうちにだんだん解像度が上がっていくみたいなことってあるじゃないですか。
そうするとワインの美味しさを見える化するより、ワインの美味しさを自分が感じる解像度を上げていくほうが効率いいなみたいなのあるじゃないですか。
そういうのに結構似てるんじゃないかなっていう気がするんですよね。
スケールとAI時代における可視化の限界
確かに。いや、それ大事っすね。だから、ゆーていパラドックスもちゃんとビジネスとしてやってるんで、共通言語扱ってるんですよね、ビジネス界の。
モチベーションスコア的な、メンバーの志がどのくらい育ってきたかなっていうのを数値化したりとか、そっちのビジネスの合わせたところでやるんですけど、
パラドックスの代表も、取引してる会社の代表も、あんまりそういうのは興味なくて実際。
いや、志育てるの大事だよねっていう、ざっくりしたものでアクシスするっていう。
あとはですね、志育てるなって感じれるかみたいなことですよね。
そう、感じれるかっていう訂正はめっちゃ大事だと思うんですよ。だから、そっちが本来の姿なんじゃないかっていうのは。
あと、見える化、可視化って、多分、スケールする上ではすごく便利なツールだと思うんですよね。
確かにそうっすね。
みんなで同じものを見て、同じものを増やしていくってことに集中するわけだから。
あと、投資が得やすいですよね。
そう、そう、説明しやすい。
けどなんかね、前もちょっと話した気がするけど、そのように客観的に測れるものって多分AIの方が効率化しやすいよね、みたいな感じはあって。
AIに任せておく以上に、あんまりやることなくなるんじゃないっていう気もするんですよね。
なるほど。
でも、さっきの思いやりがある状態とはっていうのを、みんなが感覚的に理解し、思いやりのある楽器を作るみたいなことっていうのは、多分AIにあんまりできないような気がしてて。
それぞれのプレイヤーが思いやりというものの解像度を上げるとか、思いやりが大事だというふうに思うみたいな、
なんかそういうのを積み重ねというか複合体じゃないですか、多分。
なんかその辺って、やっぱ見える化、可視化と抜群に相性悪いなと思うんですよね。
会社における目的共有と対話の重要性
そうですね。僕もなんか小学校見学か教室踏み入れた時に、明るく元気に楽しいくねみくみみたいな書いてて、
うわあ、これがいいと思った。そういう目標がいいやんっていうのを心から思った時があって。
なんか逆に分かりやすいなっていう。各々解釈分かれるけど、別にそれでいいんじゃないかなっていう。
なんか20代の時に聞いたら絶対、はいはいって思ってたなって思うけど、分かるっていう。
でもさっきのそれぞれ解釈違ってもいいに関しては、結構会社においては微妙だなと思ってて。
確かに、そうですね。確かに。
各々のウェルビーングにおいては各々定義すればいいんだけど、会社ってやっぱ目的を共有しているから、目的に対して、
なんかやっぱりある程度揃っている必要があるかなと思っていて。
ただその揃えるっていう時の手段が今まで見えるか可視化しかなかったっていう。
本当はあったんだけど、なんかそれがすごく前面に出てたみたいなことなのかなっていう気もするっていう。
確かにな。むずいっすよね。
ティーチャーティーチャーやってても、例えばたぶんはるかと僕で同じ言葉見ても定義若干違ったりするじゃないですか。
違うと思う。
だから、どこまで行っても難しいことなんだろうなっていうのは思う。
でもそれって、そのテーマについて話して、なんか違いが出るところまで深く対話して、
あ、そこ違って捉えるんだみたいなところとか、そこは確かに違いがあったね。
で、このティーチャーティーチャーとして揃えるんだっけ、違っていいんだっけみたいなことを、
例えば会話していくと、まあ一定度まで揃う可能性は結構あると思うんですよね。
まあ確かに、そうですね。
揃えた方が良ければ、例えばひとしさんの個人の考えとしては変わんないんだけど、
ティーチャーティーチャー、ひとしとしてはその考えで行くみたいなこと、普通にできるじゃないですか。
という意味では、なんか揃えるみたいなことも、なんか対話を通して意外と可能なんじゃないかなという気もしてる。
じゃあもうほとんどの会社の大事にすべきことは対話っていうことになります。
ほとんどの会社のバリューは対話をすること。
そこだけ切り取ったらめちゃくちゃチンプなこと言ってるけど。
そうですね。でも本当に大事だもんな、それが。
測りたいものと測れるものの乖離
なんか、測れるものと測りたいものっていうのが一致してるなら、見える化した方がいいと思うんですよ。
まあそうですよね、それはそうですね。売上伸ばしたい。
そうそうそうそう。
売上を100億いくためにまずは運営していくんだ、だったら絶対測った方がいいですよね。
売上測った方がいいし、売上を分解して、例えばエリア別なのか、営業所別なのか、商品カテゴリー別なのか、
売上は個数掛け単価なのって分解して個数増やすのか単価上げるのかとか、
そういうのって別に見えるもんだから、わざわざ売上は増やしたいけど見える化とか言ってないで、
ちょっとパッションで乗り切りましょうとかっていうのはさすがに愚かだと思うんですよね。
でもなんだろうな、さっきの思いやりみたいなこととか志みたいなことを、
測れない、測りたいものは志だっても、測れるものは志ではないわけじゃないですか。
でも測れるものの中で一番それっぽいもので測ろうとしちゃうと。
それが説明とか説得のために会社という枠組みの中では、
必要だからやるっていう割り切りがあれば全然いいと思うんですけど、
その割り切りがだんだん目的化して、その数字を上げることが目的になってしまい、
もともとの測りたかったものじゃなくて測れるものに最適化されるみたいなことってあるから、
測りたいものと測れるものが違うときに、無理に測ろうとしない方がいいんじゃないかというのが最近思ったことかもしれない。
たしかに。
ソーシャルインパクトとか無理やり測ろうとするの。
そうそうそう、まさにそういうやつ。
いやまさにでも、僕ら採択してもらったんですよ。
福岡市の。
去年ふるさと納税だったんですけど、
今年はふるさと納税の枠と、
ふるさと納税じゃなくてメンターさんについてもらって授業を8ヶ月ちゃんと形作っていくぞっていう、
そっちに今回は採択してもらって、
ソーシャルインパクトをちゃんと追っていこうと。
でも相当自由度高いし多分こういう話を聞いてくれるので、
実際やりたいことはこれで、
1個置く指標としてはこうなんじゃないかみたいなのを定義していくことになりそう。
それが測れる、やっぱり人同巻き込んで説得していくとかっていう上で、
測れるっていうことはやっぱり重要であることには変わりはないから、
実践として測れるもので一旦置くっていうのは別に否定されるもんじゃないと思うんですけど、
それと測りたいものが本当に一致してるのかとか、
乖離していってないかっていうのはやっぱりそれこそ乖離し続けなきゃいけない気がする。
対話による共通認識の構築と今後の展望
この結論になったの何かありませんでした?何だったっけ?
何だろう。
忘れたな。
話した人ばっかり全部忘れてるから。
だいたい同じ話してる気もするけど。
そうっすね。ぜひ分かる方いたら。
でも測りたいものと測れるものって別にイコールじゃないよね、
というのは見えるか可視化に、という文脈の中で一番あれなんじゃないかな。
そうっすね。その話はそうかも。
モメンタム、越境、多動。
KPIを変えるかな。
確かにKPI。
さすがにそういう話してそう。
さすがにそういう話、何話とか覚えてない。
覚えてないけど。
KPIというものに人が最適化してしまった結果、
本来の目的と違うとこ行っちゃうことあるよね、
みたいな話は確かにしたかもしれない。
ほぼ同じ。
ほぼ同じかもしれない。
ちょっとレイヤーが違うけど、
同じようなこと言った気がする。
いやでも、そのぐらい大事ってことですね。
じゃあ、そんな感じで見えるか。
ちょっとね、2人でテーマを出すとね、
なかなか同じような話をしてしまう傾向がある可能性が示唆されたので、
ぜひね、同じ話をしているということが見える化する前に、
ちょっとアジェンダをいろいろいただけるとありがたいですね。
でも僕、パラドックスの話とか、
ソーシャルスタートアップの話とか、
ほんと先週思ったこととかなんで。
確かに。
全然時事系も僕は改めて整理してるんで。
全然ありです。
結論一緒でもね、そこに至るストーリーとかその時の考えとかが違えば、
別に僕らとしては面白さと発見あるから、
まあいっかっていうのもありますね。
僕はなんでそういう抽象度、
定義を緩くした状態の定義で突っ走るって大事なんだっていうのを、
ほんとここ最近感じている。
それはわかる。
志マーケットって昔はなんかわかりづらいから、
どういうことなんだろうってなってたけど。
20代の時聞いてたら絶対ディスってた。
すいません。
いやそのぐらい。
しかも社内だともっと改造が高いんですよ。
言語化は共通でされてるわけじゃないけど、
いろんなコミュニケーションを通して志っていうものに対する輪郭があるんで、
そういう経営ってありなんだなっていうのを思っている。
なんかそういう方向に行かないといけないんじゃないかというのは、
特にAI触ってるとめっちゃ思ってきてますね最近ね。
そうですね。
番組の締めとリスナーへの呼びかけ
ということで、
ハッシュタグ経営会議経営は漢字会議は疑うの方の会議で、
コメントをぜひXなどお願いします。
お願いします。
さよなら。
さよなら。
24:59

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