1. 経営懐疑〜ビジネスの当たり前を疑う会議〜
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「ダイバーシティ」を懐疑 #008
2026-04-29 34:32

「ダイバーシティ」を懐疑 #008

りょうさん、懐疑しがいのあるアジェンダをありがとうございました!

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感想

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サマリー

今回の経営会議では、「ダイバーシティ」をテーマに、その必要性や在り方について多角的に議論しました。まず、ダイバーシティ推進の背景には、人権尊重という理念に基づく考え方と、経済合理性からくる必要性の二つがあることが指摘されました。特にビジネスにおいては、労働力確保や市場拡大といった経済合理性の観点からダイバーシティが語られがちですが、その目的と手段が逆転してしまうケースや、議論がかみ合わない現象についても触れられました。 番組では、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)はない方が良いのではないか」という極端な立場を取り、経済合理性の観点から議論を深めました。同質性の高い組織の方が、管理コストや認知負荷が低く、短期的な成果を出しやすいという側面があることが示されました。一方で、長期的な人材獲得の観点や、AIの進化によって同質性の高い人材の価値が相対的に低下し、多様な人材の重要性が増す可能性も示唆されました。 最終的に、ダイバーシティには普遍的な正解はなく、組織のコンテクストによって何に同一性を求め、何に多様性を許容するかが異なると結論づけられました。AI時代においては、人間が担当する領域は、管理コストは高いものの、ばらつきが大きい部分が組織の力になるとの仮説も提示されました。経営者は、必要な同一性を明確にし、それ以外の多様性を受け入れるコストを引き受けるという意思決定が重要であるとまとめられました。

アジェンダ紹介とダイバーシティ議論の導入
はい、今日も経営会議を始めていきたいと思います。
お願いします。
お願いします。
ヒトシです。
カンタです。
この番組は、ビジネスとか経営とか、その他いろいろなことを疑っていこうという番組です。
はい、よろしくお願いします。
はい、今日もアジェンダをいただいております。
お、すごい。
リスナーさんからです。
ありがとう。
いや、この番組、めいめいって告知させてもらったのと、
ティーチャーティーチャーで告知したことにより、
100人弱の方が聞いてくれてて、嬉しいです。
4だったのに。
はい、再生数4とかだって。
4か5とかだったんですけど、あの時は。
すごいすごい、ありがとうございます。
いや、いいですね。
この、こんな計画を会議とか、ワンオンを会議とかっていうこんなタイトルで、
あの、ボタンを押してくれてる人たちのことを、
めちゃくちゃ僕は尊敬じゃない、あの、信頼しておりますね。
そうですね。
何を話してもいい、素で話していいんじゃないかと思って。
確かに。
安心しております。
じゃあ、今日のアジェンダ、りょうさんという方からいただきました。
はい。
えっとですね、ダイバーシティ、多様性についてですね。
かなり。
難しいですね。
難しい。何を話せるんだろうって思うけども。
はい、一応文脈としては、
ビジネスにおいてリモートワークとか、フレックスタイム性導入したりとかって、
働き方とか選択肢を増やしていくの必要だよねっていう話がありつつ、
一方で、同質性の高い組織でガッと目標に向かって動こう、みたいな。
こっちの方が市場では強いんじゃないかっていう意見もあったりすると。
という、このバランスをどう考えていくといいんだろうねって話があるのかなと。
ざっくり、もっと長文でいただいたんですけど、ざっくり言うとそういう背景があるのかなと思いました。
なるほど。ありがとうございます。
ありがとうございます。
ダイバーシティ推進の二つの文脈:人権と経済合理性
なんかね、どの角度から話すのがいいのかなって思ってたんですけど、
はい。
やっぱ難しいのが、なんか2つの大きな観点が、
なんかどっちの観点もあるけど、結構コンフリクトしてるみたいなのがあるなと思っていて、
はい。
1つが人権っていう観点で、
それは全ての人は生まれながら人権を持っているとすると、
社会から、社会に包摂されるべきだし、されなければならないし、
何か生まれ持った何かで排除されるっていうことがおかしいよね、みたいな。
人権っていうところの概念から積み上げた多様である私たちは、
全てみんなインクルージョン、インクルーシブでなければならないみたいな考え方っていう、
なんかそういう、なんだろうな、ある種のイデオロギーから来ているものっていう話と、
あと経済合理性みたいな観点。
例えば日本って人口が減っていって、労働人口が減っていくから、
労働力、数の労働力みたいなものを確保しようとすると、
外国人だったりとか、ずっと前だと今でもそうですけど、
女性が労働市場に参与してもらわないと成り立たないみたいな、
経済合理性の文脈からもっといろんな人に入ってきてもらわないといけないから、
ダイバーシティ、多様性をインクルージョン、多様な人たちが参加しやすいようにしていきましょうみたいな、
2つの文脈がこの、特に会社におけるダイバーシティ&インクルージョン、
D&Iってやつってあるなと思っていて、
で、どっちも多様な人がそれぞれ自分の特性だったり個性だったり、
バックグラウンドみたいなものに寄らず活躍できるようにみたいな、
なんかアウトプットに近いところは結構似てるんだけど、
なんかベースの思想って結構真逆じゃないですか。
はいはい、真逆っていうのは?
人権からの積み上げのダイバーシティ&インクルージョンって、
そうでなければならないって話じゃないですか。
でも経済合理性間のダイバーシティ&インクルージョンって、その方がお得ってことですよね。
その方が合理的とか、その方が儲かるみたいな話じゃないですか。
だからその目的が合理性とか経済合理性の方にあって、
手段としてのダイバーシティ&インクルージョン。
で、人権ベースのものって目的がダイバーシティ&インクルージョンであって、
手段の方が経済活動だったり、経済活動での産業みたいな話だったりするじゃないですか。
経済合理性からのダイバーシティ懐疑論
なんか手段と目的が、どっちを軸に考えるかで逆になっちゃうから、
なんかあんまり議論かみ合わないなって思ってるって感じですかね。
人権で議論しようと、人権の方で議論したいけど、経済の人に話すときに、
それじゃかみ合わないよねって言って、逆の立場としても、そっちのロジックで話すみたいなことをやる人もいますもんね。
逆に経済の文脈で話しているときに、人権の文脈で話しちゃうと、
かみ合わないよね、単純に。
かみ合わないですよね。
どっちが正しいかさせる。
どっちを、何を目的に話すかがかみ合わなくなるっていう感じなんで。
そうですね、今回どの辺を、
でもまず、そもそもこういうかみ合わない現象起きるよねっていうのはあるよねと思いますね。
で、今回っていうか、この番組は経営会議だから、経営、ビジネスの文脈で一旦振り切ってもいいのかなと思ってるから、
ビジネス文脈でダイバーシティ、ダイバーシティ&インクルージョンって本当に重要なのか必要なのかっていう観点で会議するのはいいのかなと思ってるんですよね。
そうですね。
ただ、なんかこの議論自体が人権文脈では結構よくないことでもあると思うんですよ、同時に。
だって、その人権の文脈からすると目的だから、いいか悪いかとか会議の対象じゃなくて、それを前提として積み上げるもんでしょっていう考え方だったりするじゃないですか。
そうですね。
だからなんかこれを会議すること自体にちょっとこう、なんだろうな、その観点からすると正しくなさが前提になるなっていうところはちょっと僕らも自覚した上で、
かつ聞いてくださる方もね、そこはその前提で話を進めないとやっぱりさっきの噛み合わない現象になっちゃうなと思うんで、
一旦そこが前提として揃った方がいいなと思ってますね。
はい。じゃあ揃いましたと。
揃いましたと。なんで、じゃあいきなり疑ってみようってことなんで、ダイバーシティー&インクルージョンない方がいいんじゃないかっていうポジションに乗ってみましょうか。
経済に関してですよね。
そうそうそう、経済。
でも、だからその同一性の高い組織でもうガッと超ハードワーク、子育てしてる人がいないハードワークでもう短期間で成果出そうみたいな。
みんな24時間働ける人たちだけで行こうとか。
行こうって。でもそういう系してる人もまだいますもんね。
あと例えばリモートワークができない仕事って、しないというポリシーもあるし、できない仕事もあると思うんですけど、いずれにせよ近くに住んでるみたいな意味ではダイバーシティーを許容しない働き方ですよね。
住んでる場所という同一性を求めるわけだから。
あと超ちっちゃい単位で考えて、一人会社だと思ったときに全然成長させたいと思ったら、自分の働き方は多様性がない方向の。
多様性ってなんだ一人だって。
一人で多様性って成立するの?
いわゆるダイバーシティーインクルージョンの文脈で良くないとされる働き方。
されるようなことを選択することは全然あるなと思うんで、そういう意思決定になっちゃうこともあるよねって思いますね。
でも結局長い目で見たら続かないよねとも思うんで。
どうなんだろう?でも続いてる人もいるんじゃないですか?
そうっすね、続いてる人は。
なんかね、やっぱりこのダイバーシティーの議論になったときに、
ダイバーシティーの多様化、同一化みたいな二言語になってるのが結構罠じゃないかなと思ってて、
何が多様で良くて、何が同一でなければいけないのかっていうのをもうちょっとちゃんと考えたほうがいいような気がしてるんですよね。
なるほど。
で、例えば、なんだろう。
例えば、労働時間が本当にビジネスの成功においてクリティカルな要素であるとすると、
たくさん労働時間を避ける人が勝ちやすいわけじゃないですか。
そうすると、労働時間をたくさん避ける人でチームを組んだほうが勝てるよねと。
そのとき、労働時間をたくさん避ける人っていうのが、
男性であるっていうのは必然じゃないじゃないですか。
ただ、社会構造の中で、例えば家事、育児をしていると、
女性のほうがそこに参与しにくいっていう構造はあるよねみたいな。
それが日本人か外国人かっていうのも、
例えば労働時間っていうところだけ切り取ればあんま関係ないじゃないですか。
そうすると、ある種国籍の多様性みたいな、ナショナリティの多様性みたいなものは自然と生まれるじゃないですか。
その軸は労働時間だけだったら。
とか、なんだろうな。
例えば、お客さんが求めるのが、
例えばなんだろうな。
美容の領域で、お客さんが女性で、
やっぱ女性に対面してほしいっていうニーズがあるみたいな業界があったときに、
そこに、その経済合理性、そのお客さんからのニーズという経済合理性を無視して、
ダイバーシティーインクルージョンのために男性を入れるみたいな判断って、
経済的にまず成立しにくいですよね。
でも、そこに女性っていうところに同一性を持たせたとしても、
女性にもいろいろあるわけじゃないですか。
年齢もだし、価値観もだし、ナショナリティもだし、ワークブラウンドだったりとか、
いろんな軸で、そもそも人って多様じゃないですか。
何かを同一であるからといって、全てが同一であるわけじゃなくって、
何かの多様性は基本みんな許容してるというか、前提としてると思うんですよね。
はい。
何を揃えて何が違っていいのかっていうのをもうちょっとちゃんと考えたほうがいいな気がします。
確かに。何を揃えたらいいか。
例えばティーチャーティーチャーで考えたら、
教育とか社会的に価値を生むことにすごく価値を感じているみたいなところは揃ってないときつくないですか。
そうですね。
それが、教育的価値よりとりあえずお金を稼ぐのが大事だみたいなのが強くなりすぎ。
そういう人と一緒にティーチャーティーチャーやれるかっていうと、ちょっときつい。
そうですね。
そこは多様性は。
ないですよね。その観点で。
あれですよね。企業理念に共感しているみたいな、そういう話ですね。
みたいなことに結局なると思うんですけど。
同一性と多様性のバランス、そしてコスト
不登校の支援するよりも学習塾で英才教育するっていう方が儲かるんで、そっちやるべきじゃないですか、みたいなことをチームメンバーが提案されても、
まあそれうちじゃないよねってなるよね。
そうですね。
そういうのあってもいいんだけどうちじゃないよねってなるから、そういう価値観の人は悪く言うと排除されるわけですよね。
あー。
何を、ちょっと何を考えていきましょうかね。なんで、
同一性が必要なとこと、そうじゃないとこ。
あるよね。
何に同一性を求めたらいいかっていうのがあるよねっていう話。
で、その何に同一性を求めているのかっていうことを研ぎ澄ましていったときに、
その外側は何でもいいっていう考え方1個あると思うんですよね。
はい。
なんかそれっていろんな組み合わせがあると思うんですけど、
仮にティーチャーティーチャーは理念で共感していることだけ揃っていればいいとしたら、
それを住んでるとこも性別も年齢もナショナリティも、あとは全部バラバラでいいみたいな話にはなったりすると思うんですけど、
はい。
そこに日本語を話す子供が前提だと、ナショナリティは何でもいいけど日本語が話せる人みたいにちょっとこう絞られてくるじゃないですか。
はい。
で、なんかここからがすごい絶妙な議論だなって思うのが、なんかこう、
なんだろうな、そのやりやすさみたいなこととかで最適化していくとどんどん狭くなっていって、やっぱ同質性が高くなっていって、
その同質性の高さが、今その市場に働いている人、働けている人にどんどんこう寄っていく。
それが例えば、出勤できて、9時から6時まで同じ場所で安定して働くことができてみたいな、
そうすると子育てを担っている女性とかが働きにくいとか、男性でも子供が生まれると、
なんかその、パートナーに専業主婦になってもらわないと仕事が続けられないみたいなことが起きるとかっていう、
なんか、その方が合理的だから、同一でいいじゃん、もう突き詰めると結局今の構造の温存になるよねみたいなのはちょっと思うんで、難しいよねと思ってる。
たしかに。いや、今ちょっと1個分解できたのが、
その、同一性これでいくぞって意思で示すものと、そうじゃなくて、何かしらの条件によって、
自然と合理的に判断しなきゃいけなくなっちゃって、同質性高くなっちゃってることがある。
でもそこがたぶんグラデーションだよねっていう感じですよね。
そうですよね。なるほどな。
なんか、そう、ダイバーシティ&インクルージョンの議論で僕がなんか違和感をいつも感じてるのは、
なんか正解のD&Iがあるみたいな前提でみんな話してるじゃないですか。
例えば、そのナショナリティだったりとか、ジェンダーでの区別がないとか差がないとかみたいなことって、
まあでも、ジェネラリーそうなんだけど、それコンテクストによるよねと思う。
それは、その企業の中でこういう状態だったら多様性担保してる方に頑張ってるよねみたいなのが、
企業の条件ごとに違うみたいなイメージ。
違うと思うっていう。
それと例えばそのリモートワークは、僕は前このリモートワークを会議のときに、
ダイバーシティ&インクルージョンの観点でやってるみたいな話もした気がするんですけど、
それはその、出社するっていうことがそんなクリティカルじゃない変数で、
かつ、そういうところで地方に住んでた人たちまで包摂できたほうが経済合理性があるからっていう判断で、
そういう話をしてたんですよね。
でもなんか、これやっぱり出社して一緒の空間でやったほうが効率は良いわけで、
だから本当にたくさん働きたいですっていう人が来て、選びたい放題ですみたいな環境だったときに、
同じ選択をするかっていうと、
まあ、する気もするし、しない気もするなみたいな感じはあって。
コンテクストによるなみたいな感じですかね。
今なんか会議ポイントがちょっと見えたのが、
どうしても同質性が、多様性を担保する道と、同質性で活動する道があったときに、
合理的に考えたら同質性が高い方がいいよねみたいな方に流れやすいイメージが今あったんですよね。話で。
それはね、実際にあるよね。
そうなんですね。なんか逆に、多様性あるから、ビジネス的にですね。人権とか言っといて。
ビジネス的に多様性あるからめっちゃメリットあるみたいな場面って何なんだろうなっていう。
どうなんだろうな。あるのかな。
でも僕、やっぱ長期的に人材の獲得がしやすいとかなのかなとかは。
それはあると思う。
働き続けやすい。
単純にアクセス可能な労働市場が広がるわけじゃないですか。
マーケティング的に考えたときに、1万人しかアクセシブルなマーケットがないのか、1億人いるのかで全然獲得しやすさ違うよみたいな話で。
うちの会社、特にエンジニアチームが基本的に英語でやり取りしてるんですけど、
日本語話せなくてもOK、英語でコミュニケーションできたらOKとか、
基本チャットベースでやるから、自動翻訳だったりAI使えばいくらでも適用できるんですけど、
そういう環境で働けるっていうと、アクセシブルなマーケットがぐんと広くなるわけですよね。
そこの同質性を捨てるみたいなことによって、市場が広がるみたいなのは1個あるかもしれない。
個展のジェンダーギャップの主張も、ビジネスサイドに寄り添った側の主張としてそうですもんね。
女性の人材が参加できないのってやばいよって話なんで。
今ね、完全にビジネスサイドで言ってるから、人権起点からすると全然話は違うと思うけど、
ビジネス起点から今日話してるからそうって話ね。
なんですけど、ただでも多様性を包摂するってコストはコストなんですよね。
だって、なんていうのかな、みんなが同じ前提だと楽なことが、
違うからどうしようっていう調整コストが発生するじゃないですか。
それって多分学校教育とかも結構同じだと思うんですけど。
一斉一律のほうがコスト低いよねっていう。
一斉一律授業のほうがいいけど、一人一人に合理的配慮をするってなると、
普段人権の観点から来てるからコストが測ってやるべきだと僕は思いますけど、
でもまあ、コストはコストじゃないですか。一人一人に合わせて調整をしなきゃいけないっていうのは。
で、それってじゃあ経済合理性の観点にいくと、押し流されがちですよね。
たしかにね。
例えばその仕事のパフォーマンスに育児してるかどうかってあんまり関係ないんだけど、
育児に主体的にコミットしていて、なんかこう、
子供が急に熱出たら迎えに行って、いきなり午後いなくなるみたいな人がいるチームと、
そういう人が全くいないチームだと、
全くいないチームのほうが、誰がいつ働いてるかっていうことに関してあんまり考えなくていいじゃないですか。
あんまり考えなくていいってことは、その分自分の脳のリソースをそっちに向けなくていいから、
楽っちゃ楽ですよね。
みたいな意味で、
本当に仕事に本質的に関係なくても、多様であることそのものが認知負荷をかけてるみたいなのは、
あるはあるよねっていう。
AI時代における多様性の再考と組織の力
そうっすよね。
なんか、もう一回議ポイントぐらい見つけたいな。
その、
同質性が高いほうがコストが低いよねっていうのが今僕の、
ダイバーシティに対する会議視点での主張だったわけなんですけど、
自分で言っといたんですけど、そこをなんか崩したいですよね。
そうっすね。いやいやいや。
いやいやいやっていう。
そこの管理コストがAIで少なくなっていくのかな。
それは一つあると思う。
よりハードルが下がるっていう意味でね。
なんかそこの認知負荷とか、そこが限りなく減るんであれば、
人材獲得のメリットのほうが明らかに大きいよねっていうので、
多様性担保されてる。
それはハードルが下がるという意味ではそうだけど、
ゼロにはならないから、
同質性の高い人だけで十分な人数が揃えられるんだったら、
あえてその少ないコストでもそのコスト取りに行かないはあるんじゃないか。
そうなのか。
今、会議視点なんで、
基本同質性しかないほうがいいっていう極端なポジションを取ってますけど。
そうか。
人材獲得とのバランスっていうことに、
僕の中ではなっており。
一つの観点はそこに人権という思想をちゃんと持ち込むというか、
取り入れるっていう話は一個あると思っていて、
世の中のダイバーシティーインクルージョンの話って、
どちらかというとそっちの文脈で語られがちかなと思うので、
人権のほうってことですか。
人権のほう。
一つはそのアプローチはあると思うんですよね。
ただ、もっと経済合理性だけのアプローチでも、
もうちょっと多様なほうがいいっていうパターンあるんじゃないっていう直感はありますけどね。
生態系の多様性みたいなアナロジーでいくと、
多様なほうが生き残りやすそうみたいなのは直感的にありますよね。
それあるかもしれないですね。
本当どこに対しての多様性かっていうのかっていう話になる。
思ったのは僕がイメージしやすいのと、
例えばポッドキャストの編集の手法を多様ですと。
どんなツール使ってもいいです。
勝手にAI使ってやってもいいです。
多様性担保したほうが確かに死ににくいなとは思うんですよね。
じゃあもうこのツールでうちの会社やりますってなった時に、
そのツールだけシステムが廃止したりして一気に使えなくなるとか、
AI化遅、そのツール全然改善されないやみたいになった時の損失がすごいから、
その領域に関しては多様性担保しとこうみたいな。
生存戦略的にやるとかはあるなと思って。
でもそれは結局ポッドキャストの編集って
おなりわいにしてビジネスするぞってなってる状態の会社なんで、
難しいですね。
多様性どこが何なのかって。
最近今の話の文脈から飛んだ話するんですけど、
AIがもっともっと浸透してくると結構多様性重要になるんじゃないかという仮説を持っていて、
なぜかというと、僕今ずっと艦隊AIみたいなの作ってるんですね。
自分の経営会議もそうなんですけど、
ポッドキャストとかブログとか、
あとAIとのやりとりとかを全部記録したやつをデータベース化して、
僕の人格みたいなものを抽象化して合わせて、
それに基づいてレスポンスを最適化するとか、
僕が知ってることに基づいてちゃんと話してくれるみたいなのを
めちゃくちゃ自分用にカスタマイズしてやってるんですよ。
それはめちゃくちゃ使い勝手がいいんですけど、
逆に言うと、僕みたいなやつみたいなのは作れるわけですよ、AIで。
そうすると、同質性の高い人100人いても、
AI1個でいいじゃんってなると思うんですよね。
逆に淘汰される。
そう、淘汰される。
だってAIの方が疲れないし、不機嫌にならないし、
お金だけ払えば文句も言わないしっていう。
で、それを100個プロセス並列で回すことって、
お金さえ払えばとか電力さえ使えばできるんで、
僕が100人いるよりも、
僕のインストールしたAIを100台並列並べる方が
コストも安いし実現可能性も高いわけですよね。
そうすると、ある種の組織の中での同質性みたいなものって、
AIがそこの層って吸収できちゃうなっていうふうに思ってて。
そうすると人間が担当するとこって、
ばらついてるとこだけじゃないですか、と。
そのばらつきが大きいけど、
マネジメントコストは高いけど、
ある種のばらつきの大きさみたいなものとか、
ばらつきの方向性みたいなものが、
なんか組織の力になるみたいなふうに、
どんどん循環していくだろうなっていう感じもしてるから、
なんか、ばらついてるって言ったら、
ランダムにばらついてるんじゃない?
ある種の偏りはあるけど、
ばらついてるみたいな、
そのばらつきの組み合わせとか、
ばらつきの方向性みたいなものが、
結論:必要な同一性の選択と多様性の受容
割と組織のコアな力になるような気は最近してるんですよね。
なんかそういう意味で、
これからの時代に逆に必要になるみたいな、
逆にというか、
同質性の高さはAIで置き換えれちゃうみたいなことが、
起きそうだなと思ってるって感じです。
なるほどね。
いったんこの辺りにしときましょう。
この辺りにしときましょうか。
もうちょい。
うまく着地したのかわいいですけど、
いろんな角度から疑ったみたいな。
疑ってみた。
結論は特にないですけど。
そうですね。
結論は1個あるのはやっぱあれだよね。
汎用的な多様性みたいなものはなくて、
どんな組織でも、
何かの同一性の外側に多様性があって、
同一であるほどマネジメントコストとか認知負荷が下がるから、
同一である方に引力はある。
だから本当に必要な同一性、同質性だけ残して、
あとを削ぎ落としていくみたいな、
不要な同質性を削ぎ落としていくみたいなことは、
意識的に努力しないと多分、
多様性が包摂される組織には多分なんないなと思ったのと今日話してて。
ただじゃあなんで多様性を包摂しなきゃいけないのかっていうと、
経済合理性からするとやっぱり人材獲得みたいなところに、
酔っちゃうよねっていうのは、
ある種構造的にそうなんだなみたいなのを話して、
あんまり他に出てこなかったからそうなんだなって思うと、
そこだけで突き進むと、
人権的な観点での多様性の包摂からどんどん離れていくなとは、
ちょっと話してて今日思いましたね。
そうですね。
それ離れていくのは、
普通に目的と手段が入れ替わってるけど、
それが正しいっていう感じになるから。
正しい。
人権っていうところを目的に置いた時の理想状態からは遠ざかる。
けどそっちだけでいくと、
ビジネスっていうものを目的として置いた時の理想状態からも遠ざかり、
それは競争に負けるということなので、
組織が淘汰されるので、
結局大元の人権って目的も経済活動においては達成しにくくなるっていう、
結構どっちを軸に置いてもむずいから、
両方見とかなきゃいけないんだなとは思う感じですね。
なるほど。
ということで、一旦結論的なものは出ませんでしたが。
そういう番組なんでね。
もともとそういう番組なんで、いいと思うんですけど。
だいぶ意思を持って同一性、
ここは同一性必要だというか、
うちの組織だとここは北極性だろうみたいな選び方とかは大事ですね、改めて。
大事だと思う。
それ以外を多様でいい、そのコストを引き受けるみたいなのは、
経営する側のポリシーとしてしっかり持っておかないと流されちゃうから、
そういう意思をちゃんと持っておくっていうのは、
同一性に対してもそうだし、
同一性なくていい部分を多様でOKってするのも、
割と各区とか引き受けるって話なのかなって思いましたね。
そうですね。
あと、今のOSだと合理的に考えると、
同一性が高い方に行っちゃうなっていうのも、
なんかそこの認識がちょっと得られたんで良かったです。
確かに。
そっちの引力に引っ張られるよっていうことを、
メタ認知度だけでもだいぶ違う気がする。
そうです。
私は普通に子育てしながら働けた方が良くないって感じですしね。
自分が当事者だからね。
そのコストみんな負担してっていう気持ちはあります。
もう良くない?って思うけど。
思う。
ということで。
りょうさん、ありがとうございました。
ありがとうございました。
アジェンダ提供、めっちゃ良かったです。
こんな感じでお便りフォーム化、
Discordとか知ってる方は僕のDMとか、
かんたさんのDMXなどで送っていただけたら、
アジェンダとして取り扱わせていただこうと思います。
お願いします。
特に結論は出ないのでそこだけご了承いただきたいですね。
ティーチャーティーチャーと違うので、
お悩みを寄せられても回答はできるわけじゃないので。
あらゆる方向検討だけします。
では、さよなら。
さよなら。ありがとうございました。
ありがとうございます。
34:32

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