「越境」を懐疑 #014
2026-07-22 32:18

「越境」を懐疑 #014

タクトピア長井さんと考えた原体験の図と話はこちら(Spotify , Apple

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サマリー

このエピソードでは、「越境」という言葉がビジネスシーンで頻繁に使われる背景を探り、その意味合いを深く掘り下げています。AIの発展により専門職の定義が曖昧になる中で、越境がキャリア形成に重要視される風潮がありますが、その境界線は誰が決めたのか、なぜ越えることが良いとされるのか、といった疑問を投げかけます。単なる掛け算によるレアリティ向上だけでなく、他者への想像力を養うことや、自身の価値観を揺さぶるような体験としての越境の重要性が語られます。特に、越境体験は単発の海外旅行のようなものではなく、主体的にコミットし、対象を相対化できるレベルに達して初めて真価を発揮するという視点が提示されます。最終的には、越境体験は原体験の一部であり、外部との関わりから対話、内省を経て、新たな行動や自己への還元へと繋がるプロセス全体を指すのではないかという仮説が示され、単なる「越境しよう」という目的意識ではなく、結果として得られる深い体験の重要性が強調されています。

「越境」という言葉への疑問提起
始まりました。 経営懐疑を始めていきたいと思います。
この番組は、ビジネスや経営やその他、日常のいろいろなことを疑っていこうという番組です。
よろしくお願いします。 お願いします。 やっていきますか。
あれ、ヒトシです。 あ、ヒトシ。はい。
カンタです。 はい。 はい。
やっていきましょう。 今回はテーマがいろいろ出てて、
たくさんアジェンダをいただきまして、 はい。
まあ、いただいて、あの、僕とカンタさんが出してなかったんですが、 いただいてるんでしょうね。
あの、もっと、あれ、もうちょっといただけてもいいんですよ。 うん、そうですね。
もしこれを、一応ね、数字は見てるんですけど、 100人ぐらいの方が聞いてくれてるはずなんですよ。
なんでぜひね、アジェンダをお送りいただければ、 会議させてもらいます。
はい。よろしくお願いします。 お願いします。
今日は、カンタさんが出してくれた、越境ですね。
はい。越境を疑っていきたいなと、思うんですけど。
な、なんすか、越境、なぜ。
越境したほうがいい、みたいな話、よく聞きません?
あの、越境キャリアとか。 あ、そうそうそうそう。
まあ、越境体験とか、大事な。 そうそう。
っていう、なんか越境っていう単語、最近っていうか、 まあ、このビジネスの文脈でもよく聞くなと思っていて、
特にこのAIがすごく、なんていうのかな、 発展し始めてから、
例えばエンジニアの仕事とはとか、 デザイナーの仕事とはとか、
プロダクトマネージャーの仕事とは、みたいな、 なんか今までこう、ついていたラベルの、
なんか仕事の定義みたいなものだったりとか、 範囲みたいなものが、すごくこう、由来でいる中で、
なんか一つの専門性みたいなことに 閉じていくんじゃなくて、
越境していくことが大事だ、みたいな、 文脈での語られ方を、
やっぱ最近よく目にするなと思っていて、 ちょっと疑っていきたいなと。
でも大事そうですよね。 デースの領域をやるのは。
大事そうな気がするよね、今日。
越境の境界線と「なぜ良いのか」の探求
越境とは何かのとこですかね、まずは。 どこからいくんだろう。
で、なんか越境というときに、 これどちらかというと違和感があるというところがスタートになって、
越境というときに、何かの境界を超えるわけじゃないですか。
で、境界って誰が決めたんっていう話が 一番気になっていて。
なるほど。
で、越境するといい、とか越境したほうがいい、 みたいな人が越境っていうときに、
そこの境界線って誰がどう決めたもので、
で、なんか越えたほうがいいものと、
なんか越えても越えなくてもいいものが ありそうだなとは思っていて。
わー、すげー面白い。
で、越えたほうがいいっていうときにも、 何でいいのかみたいな話が、
結構、あんまりちゃんと定義されてないな感は ちょっと持っていて、
なんとなく雰囲気でいいねって言ってる感じがして、
ちゃんと考えてみたいなと思ったっていう感じですね。
僕一個今定義新しく見つけたんですけど。
お、早速。
はい、これたぶん境を越えるの、
境ね、境界線って自分が認知している範囲って 意味なんじゃないかという。
なるほど。
だから自分が認知している境界を越えて、 未知の体験ができたとか、
未知の、そう、なんか新しい出会いがあったとか、
そういうことを、自分にとっての認知の境 みたいなことを言うのが、
いいかもって今思いました。
なるほどね。
ちょっとなんか、一般的によく言われるやつから 入っていってみようかなと思ったんですけど、
はい。
例えば、なんだろう、
僕が近いところでエンジニアの越境みたいなときに、
なんかその、確かに認知って話あるなと思ったのが、
例えば、フロントエンドエンジニアですっていう人が、
フロントエンドじゃないところ、
例えばバックエンドとか、サーバー、インフラとか、
なんかそういうところの知識も、
とかそういうところの理解もあった方がいいよね、 みたいなことを越境っていうこともあるなと思うし、
ありそうですね、うんうん。
例えばデザイナーとか、プロジェクトマネージャーとか、
ちょっとジョブが違いそうなところみたいなことを 越境っていうときもあるし、
あとなんだろうな、もう全然ビジネスと関係ないところ、
うんうん。
なんだろう、筋トレとか。
はいはい、僕も今トライアスロンとか思って、
そういうのによって考えがこう、
なんか見えることがあるみたいな。
で、なんかその越境って言ってるときに、
みんなやっぱりなんか外に出るっていう意識が すごい強いなって思ったんですよね。
うんうんうん。
でもなんか外なら、
なんで外に出たほうがいいんだろうっていう。
うん。
中にいると何が問題なんですかね。
AI時代における越境の動機と掛け算キャリアの功罪
その、最近言われてる、
AI時代だからみたいな意味だと、
仕事なくなってくからこういう力つけないと やばいよって意味で、
力をつけるための越境みたいな。
ね、まあその文脈多い気がしますよね。
まあ中の食いぶち減るみたいな話が、
なんかやっぱり危機感としてベースにあって、
で、まあその自分のジョブというものの範囲を広げていかないと、
まあ、なんていうんですか、
パイがなくなるよみたいな話をしてるなと思うんですけど、
うん。
でも、それで言うとみんなそう思ってるじゃないですか。
はい。
越境した先もパイなくないですかみたいな。
まあ確かにそれは越境と呼ばないほうがいいのかな、普通に。
わかんない、うん。
いろんな領域のこと知れたらいいよねぐらいの話。
あ、そうそうそう。
例えば、その、
えっと、まあエンジニアがデザイナーのこうスキルを身につけるみたいな時に、
はい。
なんだろう、なんか、
2つあって、なんかデザインもできるエンジニアみたいな、
なんかすごくこの掛け算で自分のレアリティを上げていこうみたいな話と、
あとこうデザイナーの人と仕事をするときに、なんかデザイナーの気持ちがわかるとか、
あー、ありますね。
想像力みたいな意味で、なんか相手の立場みたいなものがよくわかるようになるから、
なんかその自分のエンジニアとしてのパフォーマンスだったりとか、
そのコラボレーションするときの自分のインターフェースとしての自分のパフォーマンスが上がるみたいな、
なんかその両方の文脈があるなと思っていて、
なんか前者の掛け算でのレアリティみたいな話。
はい。
まあ、なんかそうだなという思う側面と、そうなのかって思うのが結構両方あって、
はい。
で、なんか自分の場合は、最初データベースというか、
そのマーケティング用のデータ活用のためのデータベース基盤みたいなもののエンジニアからキャリアをスタートしていて、
うん。
で、そのあとデータ分析、その当時データサイエンスって言ってましたけど、みたいなものだったりとか、
あとそのウェブサービスのプロダクトマネージャーみたいなこととかをいろいろやっていて、
そういう意味ではなんか越境してきたみたいな。
で、その掛け算で自分ができることが増えてきたみたいなのは感覚としてはあると。
うん。
でも一方でなんか別にどれのスペシャリストでもない感はあるわけですよね。
はい。
なんか中途半端にかじった領域がいっぱいあるみたいな。
で、しかもそのなんか掛け算のレアリティみたいなことってレアであるっていうことは、
そんなになんかそれがドンピシャでハマる場面そんなないし。
うん。
どちらかというと、なんか何か例えばデータサイエンティストとかデータ分析をする人として自分が求められたときに、
その中でもそんなにこう火出ていないし、掛け算で持っている他のものが、
なんかそんなドンピシャで生きるみたいなことってあんまないなみたいな正直あると。
はいはいはい。
そうするとなんか結局掛け算のレアリティがそれなりニーズがあり、
マーケットがあり、高いプライスがつくみたいなところになんか狙っていかないと、
なんかあんまりその掛け算バリューみたいな出ないなみたいな思っていて。
確かに。
でもそれってもうなんか掛け算、それだけそのマーケットがあるってことは、
多分それも掛け算じゃなくてそういう市場なんですよね。
うんうん。なるほど。
まあ、よくあれ言いますよね、100人に1人の力をつけようみたいな。
そうそう。
3領域でやると1万?
うん。
100万?
ん?
あれ?100万か。
100万分の1みたいな。
100万人に1人だみたいな。
でもその100分の1がめっちゃニッチな、例えば春巻めっちゃ上手くつけますみたいな、
どうだったら意味あるのかみたいなのもあるし、
まあそれが結局100人に1人になれないとき、
まじで誰が本当に普通の人よりもできないみたいな越境した先に、
そんな自分の力にならないものがあっても意味ないとか。
越境してよかった経験があるかっていう。
でもそう、一方でそうやって自分のキャリアを考えたときに越境的な、
それは落としてよかったと思うこともそれはあって、
どちらかというと別のことに集中してたら過去の体験が生きるみたいなことってあるんですよね、逆に。
はいはいはい。
狙って掛け算でここで輝こうみたいなことってあんまりないけど、
例えばデータ分析をしてたときに、データエンジニアをしてたときのスキルが、
実は生きて他の分析をする人と違う、なんだろうな、
違う何だろうな、ケイパビリティって言ったほうがいいのかな。
違う能力、スキルセットとして自分の価値を出す、
貢献する領域みたいなのがちょっとずれることによってユニークであるみたいな、
それが役に立つ場面みたいなの確かにあったんですよね。
でもそうやってそういうキャリアを狙ってあったというよりは、
今やること集中してやってるときにたまたまこれ過去のやつ生きるじゃんみたいな、
コネクティングドッツ的な、たまたま繋がるみたいな感覚の方が強くて、
それって狙っておきないなとか、狙ってると我田飲水というか、
自分のこの過去のやつを生かすためにプロジェクトをそう持っていこうとか、
それが大事だということにしようみたいな、無理やり繋げる人いるんですよね、たまにね。
うーん、なるほど。
だからなんか、
まあ、だからあんまり。
そう、掛け算バリューみたいなものは狙っておきない。
コネクティングドッツでしかないっていう。
狙っておきなくて、なんか結局目の前のことにずっと集中してたら、たまたま生きることがある時があるみたいな。
はいはいはい。
それは、なんか、たぶん専門を極めていっても、あんまりそのなんか、
たまたまそれがすごく生きてはまる時があるみたいなこと、
関わんないんだろうなみたいなのはちょっと思ってる。
価値観の変容と「目的設計されない」越境体験
なるほど。
僕、越境で言うと、強烈な価値観を揺るがすような体験みたいな意味は大事と思ってますね。
なんか、それが僕が最初言ってた。
境目が自分の認知してるところで、
たまたま乗り気じゃないけど誘われたからこのイベント行ったら、
この人に出会って、この発言でめっちゃひらめいたとか、
わかんないですけど、なんかそういうそっち側の自分の価値観変容みたいな方はすごい大事そうだなと思ってます。
視点を得るみたいなことですね。
自分の視座、視野が自分が立ってる場所によって変わるから、
それを別のところから立つみたいに、別のところに立ってみるみたいなことが起きるってことですよね。
例えば、エンジニアがデザインの勉強すると、デザイナーの視点でどう見えるのかが見えるようになってきて、
なんかこういうふうに見えるんだみたいなことが、例えばエンジニアのキャリアとして生きるみたいなことですよね。
そうですね。
とか、ちょっとデザイン興味出てきたから勉強会行ってみようって言って、
出会った人たちのコミュニティに感化されてなんか変わるとか。
なんかそれは越境体験が起きるときは、目的を細かく設計できてないっていうことは大事なんですよね。
ここでいう越境って、なんか今の越境すごい海外旅行っぽいなって思ったんですよね。
はいはいはい。
どのぐらい越えた先に滞在することとかを越境って言ってるんだろう。
滞在か。
滞在か。
で、なんかそれって海外旅行で見える景色と、住んで見える景色と、永住して見える景色って違うじゃないですか。
はいはいはい。
でもなんか越境っていうときにはあんまりそこを区別せずに、なんか海外旅行行ってきたみたいなぐらいの体験も越境って言ってるような気はしていて、
それはそれでいいのかもしれないんですけど、
うんうん。
なんかどういう射程で言ってるかのほうがちょっと気になってる。
僕はなんか図が今頭に貼って、越境体験はあくまで単発の体験でいいと思って。
海外旅行館でオッケーと。
とかでもいい、ちょっとキャリア別の興味持って行ってみるとかでよくて、そっから内省して、なんか自分で意味を見つけてアクションするみたいなのはまた別のことかなと思ってました。
なるほどね。なるほどね。
あともう一個。
でもそっちセットじゃないとあんまり意味はないですけど。
もう一個その自分が経営者という立場になって思うのは、そこに境目ないよみたいな気持ちもあるんですよね。
なるほど。
いやなんか会社というかそのプロジェクトが目的とゴールを共有していて、それを達成するためのポジショニングの問題じゃないですか。
うんうんうんうん。
で、例えばここのポジションが上手だからここにいるみたいな話だけど、隣のポジション空いててボールが自分のとこ抜けちゃいそうなんだったら守りに行くじゃないですか。
とかチャンスがあったらセミに行けばいいじゃないですかみたいな。
でもなんか俺ここのポジションなんでそこにドフリーのボールあって誰も守備いなくても冒頭見守ってますとかっていうのはそもそもどうなんみたいな。
うんうんうん。
だからそこの境界があると思っていること自体が、なんかしざを上げるとそもそもそこに境界線ないけどみたいな風に見えるっていうのもあるなっていう。
確かに。確かに。何屋さんなんですかっていうのに説明しづらくなっていくのがいい傾向というかその目的がどんどん上段のこう、
目的にコミットできる時ってそうじゃないですか。
そう、そう思う。
あなた何者なんですかって言われた時に、エンジニアをやる時もあるし番組作る時もあるしとかだったら答えれないけど目的達成のために必要なことを全部やってる。
そうそう。
そういう状態を作る方がいいのか。
わかんない、その方がいいかわかんないですけど自分はなんかそうしてきたなっていう時に、越境というものがいいという文脈でよく語られるのに結構違和感があるみたいな。
なるほど。なるほど。キャリアの越境はいいのか、いいのか、いい、何を。
何をいいと言ってるんだろうみたいなね。
でも一つはやっぱり他者に対する想像力みたいなものは。
はいはいはいはい。
それはあった方がいいし。
そうですね、やってみるとわかる。
それはその自分の立ち位置を変えてみないとなかなか想像力だけで理解するのって難しい。
当事者にならないとわからないことってたくさんあるから、少しでも自分の今いるとこと違うものの当事者性が持てた方がいいとは思うんだけど、
でもそれって全ての触手を経験することはできないから、結局どこかでやっぱ想像力で保管していくしかないなとも思うから、
いろんな視点が持てた方がいいけど、全部の視点が持てない中で、越境というのが本当にその手段なのかって言われると、
確かに。
ちょっとよくわかんないなっていう。
だからビジネス的に自分の力をつけていこうにとっては意味はないかもだけど、想像力をつけたり、
っていうのがさっき言ってた、かんたさんが言ってた話で、僕が言ってたのが自分の価値観をちょっと変える。
そっかそっか、それもあるよね、確かに。
なんかその2つの方だと意味ありそう。
相対化とコミットメントの重要性
確かに。価値観が揺さぶられてどういうことなんだろう。
なんかないっすか、それとかに。もうないっすか、あとかんたさんぐらいに。
なんかやっぱり、なんだろうな、変容していく自分はやっぱりいて。
で、なんかそれの、なんだろうな、きっかけの体験みたいなものはあるはあるんですけど、
なんかそれと越境があんまり結びついてないというか。
なるほど。
なんか自分のストーリーを語るときに出てくるワードいっぱいあるじゃないですか。
僕だと何なんだろう、だから、ポッドキャストを先輩起業してるからそれ手伝い始めてとか。
なんかそこに出てくるコネクティング、今意味付けするコネクティングするドットたちは結構、
そのときは意味がわかんないけど、一挙したものたちではあるんですよ。
なるほどね。
コーフボールとかもそうで、実はマイナースポーツでトップ取るのが面白いと思ってた、
その感覚でやってたら実はそれがポッドキャストも一緒だったとか。
なんかその、今意味は一見ないと思うけど、
なるほどね。
あの、飛んだことをやることが、なんか、後々ドットになっていくみたいな。
そういう意味で今PTA会長やってるのは、だいぶ越境してる可能性ありますよね。
そうかもしれないですね。
それはなんか、多分かんたさん振り返ったときに語るものになる。
今でもめちゃくちゃ面白くて、
で、そこって、一つは、さっきの想像力と似てるけどちょっと違うのは、
やっぱり相対化できるっていうのはありますよね。
今その、自分が今やってるビジネスみたいなものが、
PTAっていう、なんか全然違うメカニズムで動く集まり集団だったりとか、
なんか全然その違う、仕事でいうと全然みんな違うことをやっているし、
その価値観も、やっぱこうビジネスご利用の人たちは全然違う価値観を持った人たちの中に、
こう自分が、なんだろうな、それは海外旅行というよりは、
まあ少なくとも、なんだろう、長期滞在するみたいな、
住むみたいな、就労ビザがちゃんとあるみたいな、観光ビザじゃなくて、
みたいな状態で自分をコミットしていることで、確かにそれぞれを相対化できるというか。
こっちはこう、ビジネスにおいてこれが大事っていう大前提になってるけど、
PTAの文脈では結構むしろ嫌われる考え方だなとか、
例えば効率よく会議を終わらせるとかってビジネスだと当たり前すぎるけど、
PTAとか地域とかの文脈ではむしろそれで失われるもの結構あるんだなとか、
逆にそういう視点というか、相対化した自分の中での考えを持って、
またビジネスのほうを見てみると、
ビジネスもみんな効率効率って信じてるふりしてるけど、実はそうでもないんじゃないとか、
持ち帰って気づくものもあるし、みたいなことは確かにあるかもしれない。
面白いですね。だから自分のやってることを相対化できるという意味。
それは良いですよね。キャリアで言うと別の職種だし、人生レベルだと海外かもしれんし、とか。
そうね。でもなんか自分がやっぱり越境という言葉に違和感が、今そういう体験を持ってしてもあるのが、
それぞれにちゃんと集中してコミットしてる感があるから、自分の中で。
なんか越境というと軸足がどっちかにある感じがするし、フラットな感じしないですよね。
やっぱ海外旅行感がすごいあるというか。
確かになー。それで言うと確かに僕も、今さっきストーリーとか言ってたけど、軸足を置いたことばっか出てきたんで。
そうそうそうそう。
コーフボールでも数年は軸足を置いてめっちゃやったことが出てきたから、なんかそれはあるかもしれない。
ちょっとお客さん気分で行くだけじゃなくて。
そうそうそう。お客さん気分じゃなくて、ちゃんとこう主体者、当事者として何かをそこで引き受け、その責任を引き受け、その責任を果たすだったりとか、
自分で果たした目標みたいなものをしっかりと集中して達成しようとするみたいな、
なんか結果越境という体験になったけど、越境しようという目的では決してなかったみたいなところも結構あるなと思っていて。
確かに。
なんか結果ついてくるもの感はすごいあるなっていう。
はいはいはい。
まあでもそうっすね。そう言われたらそう。
ちょっと行っただけで価値観変わるとかもな、まあ確かに少ないっすもんね、そんな。
なんかそれってほんとに変わらない。
まあ結局そこで、そこで出会った出会いからコミットするものが見つかって、ってことですもんね。
行ってみないと出会いもないし、コミットも発生しないから。
まず海外旅行は別に全然いいと思うんですけど。
なるほど、そこを越境体験というのか。
それってなんか、例えばよくあるなって思うのが、
日本のカルチャーがすごい合わないなみたいな時に、海外旅行に行って、
その海外のその自分がいいなと思ってるところに触れて、
あ、やっぱ日本って終わってるわ、みたいに思うみたいなのって、
それ越境体験かって言われると、なんか自分のバイアスの強化にしかなってないなって感じはしてて。
で、なんか実は相対化してるように見えて、
なんか自分が絶対意識しているものが承認されているみたいな。
相対化できるようになったかはかなりいい軸なんじゃないですか。
うん、だと思う、今すぐ話しててね。
確かに、確かに。
相対化ってやっぱ価値が。
例えば、例えば僕がコーフボールに行ってみました。
で、あ、バスケの方がおもろいやんとかっていう、
そっちの価値観にどっぷり浸らず相対化できてないときはまだ越境体験ではない。
な気がしますね、確かにね。
コーフボールにどっぷり浸って、あ、やっぱマイナスポーツこんなおもろいんだとか、
とはいえやっぱお金の周りがあんまお金が入ってこない領域だから、
こんなきついんだなとか、
なんかそういうことがわかって越境なのか。
なんかいい側面も悪い側面も、
なんか自分の主体的な感覚として、
なんかすごく身体感覚として、
なるほどってなってる状態で、
で、なんかどっちがいい悪いとかっていう価値判断を伴わず、
その比較できるというか。
なるほど。
おもろ、だから僕は今、
ビジネスゴリゴリ系と、
ソーシャルスタートアップ的なのをちょっと今、
完全に今越境してますね、そこは。
マイナースポーツと。
マイナースポーツと。
マイナースポーツでも最近もう、
ちょっと福岡帰ってきて離れちゃったんで。
離れちゃったと言ってたら、
昨日モルクの大会で。
そうなんだよ。
スポーツと言うのかっていうのがあるんですけど、
ちょいちょいやりつつ。
いや、面白い。
これはかなり理解深まりましたね。
越境体験。
でも相対化できるところまで、
やっぱコミットして、
集中してコミットするみたいな、
とこまで含めて、
越境体験の定義と原体験への接続
越境体験と言った方が、
なんか、
本来越境体験で得られるものっていうのに対して、
なんか、なんだなんだ、
正しそうだなっていう感覚と。
確かに。
でもなんかやっぱ越境しようって、
その目的ができないってことだと思うんですよね。
その時点でコミットしてないやんって感じじゃないですか。
お客さんの気分だなと思って。
やっぱ、
結果として起きることだけど、
そのきっかけとして、
全然知らない土地に行ってみるとか、
全然知らないことをチャレンジしてみるは、
やっぱ必要だよなって。
前段階か。
前段階だよね。
やっぱ旅行は。
確かに。
でももう今のが頭に入っておけば、
越境するの大事だと言いつつ、
自分はこの活動を相対化できているかって思うなら、
越境しているかどうかの判断ができそうな気がします。
コミットしているか、
集中しているかみたいな。
するかとかっていう判断基準があるんで。
確かに。
これは越境体験になってるぞっていうのは、
分かりそう。
確かに。
確かに。
まだお客様だと。
まだ海外旅行だと。
そう。
まだ海外旅行になっちゃってんなーとかね。
よしコミットもっとしようとかになる。
面白い。
これ神回数。
僕的には。
自画自賛。
いやーなんかかなり、
かなり深まりましたね。
深まった気がしますね。
はい。
面白い。
なんか最近、
疑うというよりなんかほんと、
ちゃんと深まってる。
疑うことを通して。
でもなんかね、
越境体験っていいよねみたいなところで、
なんかストーリーとして、
人の話聞くと確かにと思いがちだから、
一回立ち止まって本当にっていうのは、
入り口としていいんじゃないですかね。
ここまで越境体験を基準持ててる人って、
少ないんじゃないですか。
なんか話してる感じで、
あんまりそこまで、
越境とは何かについて深まってる人、
いると思うんですけど、
あんまり出会ってないかもしれないですね。
初めて行けた気がする。
だから相対化できてる状態がすごい良くて、
そのためにはコミット必要だったり、
なんだ、
でもコミットが必要ってことか、
ある程度の期間も。
ちょっともう終わりかけのところなんですけど、
相対化するだけじゃ結構不十分だなと思っていて、
そのコミットして相対化できた上で、
なんか自分がその上で何にコミットするのかが結構大事だなと思ってて。
なるほど。
次の意思決定が促されるみたいな。
そう。
だからこれをやろうとかっていう。
だからこういうスタンスでいようとか。
例えばその、
会社とPTAで全然違うメカニズムで動いてるなっていうことが、
こう俯瞰して、
ああなるほどってなった時に、
じゃあ自分は会社でどう振る舞うのかとか、
自分はそのPTAとか地域コミュニティーの中でどう振る舞うのかみたいな。
なんかそこに自分のコミットメントまでってやっぱりつなげないと、
なんか相対化して終わりって、
なんかちょっとこう、
俯瞰してわかった気になって、
なんかこう、
結局また今度は傍観者になるというか。
うん。
どちらにも立たないアウトサイダーになって、
どっちにもコミットしてない状態になりがちだなと思うんで。
はいはい。
常に何か、
どっちでもいいし両方でもいいけど、
コミットしてるみたいなのは結構大事だなと思ってるっていうのは、
ちょっと補足かなと。
確かに。
原体験の図と越境体験の再定義
ちょっと一個だけ図を紹介したいんですけど、
その永井さんっていうタクトピアの永井さんとやった番組の最終話で、
その原体験の図をなんか作ったんですよ。
これはあれかな、
概要欄とかから飛べるように。
概要欄に飛べるようにしときます。
これなんですけど、
かんたさんに見せれる。
これは、
原体験っていうものの解像度を上げた図だったんですね。
最初に越境体験があって、
外部と印象的な関わりがあった後に、
人との対話を通すのと、
自分との対話を通して、
新しい行動、
意味を持った行動、
次のアクションを促し、
社会とか自分に還元していくっていう。
これ全体が原体験であるよねっていう。
原体験が大事だってよく言うけど、
その正体なんだみたいな話を結構考えた時に出たやつで。
これが今回、
越境体験がここだけってよりは、
これ全体が越境体験みたいなのを
言ってるかもなと思う。
ここは入り口なだけの。
海外旅行から始まり、
そこから対話と内省から、
自分のアクションっていうところまで、
結びつけるところまで含めて越境なんじゃないかっていうのが、
今日の仮説ですね。
越境体験の深化と今後のアジェンダ
この対話と自己理解のとこで、
さらにコミットが必要っていう感じですね。
もっと。
そうだと思う。
結局、海外旅行で、
すごいなんかやっぱり異国の文化って面白いなとかって、
対話と自己理解で、
なんかちょっとそれって浅いなっていうか、
表層的だよねと思う。
うわーこれ、
ということで、アジェンダをお待ちしております。
はい。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
急に終わったね。
確かに。
こんな感じで終わりました。
32:18

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