その、最近言われてる、
AI時代だからみたいな意味だと、
仕事なくなってくからこういう力つけないと やばいよって意味で、
力をつけるための越境みたいな。
ね、まあその文脈多い気がしますよね。
まあ中の食いぶち減るみたいな話が、
なんかやっぱり危機感としてベースにあって、
で、まあその自分のジョブというものの範囲を広げていかないと、
まあ、なんていうんですか、
パイがなくなるよみたいな話をしてるなと思うんですけど、
うん。
でも、それで言うとみんなそう思ってるじゃないですか。
はい。
越境した先もパイなくないですかみたいな。
まあ確かにそれは越境と呼ばないほうがいいのかな、普通に。
わかんない、うん。
いろんな領域のこと知れたらいいよねぐらいの話。
あ、そうそうそう。
例えば、その、
えっと、まあエンジニアがデザイナーのこうスキルを身につけるみたいな時に、
はい。
なんだろう、なんか、
2つあって、なんかデザインもできるエンジニアみたいな、
なんかすごくこの掛け算で自分のレアリティを上げていこうみたいな話と、
あとこうデザイナーの人と仕事をするときに、なんかデザイナーの気持ちがわかるとか、
あー、ありますね。
想像力みたいな意味で、なんか相手の立場みたいなものがよくわかるようになるから、
なんかその自分のエンジニアとしてのパフォーマンスだったりとか、
そのコラボレーションするときの自分のインターフェースとしての自分のパフォーマンスが上がるみたいな、
なんかその両方の文脈があるなと思っていて、
なんか前者の掛け算でのレアリティみたいな話。
はい。
まあ、なんかそうだなという思う側面と、そうなのかって思うのが結構両方あって、
はい。
で、なんか自分の場合は、最初データベースというか、
そのマーケティング用のデータ活用のためのデータベース基盤みたいなもののエンジニアからキャリアをスタートしていて、
うん。
で、そのあとデータ分析、その当時データサイエンスって言ってましたけど、みたいなものだったりとか、
あとそのウェブサービスのプロダクトマネージャーみたいなこととかをいろいろやっていて、
そういう意味ではなんか越境してきたみたいな。
で、その掛け算で自分ができることが増えてきたみたいなのは感覚としてはあると。
うん。
でも一方でなんか別にどれのスペシャリストでもない感はあるわけですよね。
はい。
なんか中途半端にかじった領域がいっぱいあるみたいな。
で、しかもそのなんか掛け算のレアリティみたいなことってレアであるっていうことは、
そんなになんかそれがドンピシャでハマる場面そんなないし。
うん。
どちらかというと、なんか何か例えばデータサイエンティストとかデータ分析をする人として自分が求められたときに、
その中でもそんなにこう火出ていないし、掛け算で持っている他のものが、
なんかそんなドンピシャで生きるみたいなことってあんまないなみたいな正直あると。
はいはいはい。
そうするとなんか結局掛け算のレアリティがそれなりニーズがあり、
マーケットがあり、高いプライスがつくみたいなところになんか狙っていかないと、
なんかあんまりその掛け算バリューみたいな出ないなみたいな思っていて。
確かに。
でもそれってもうなんか掛け算、それだけそのマーケットがあるってことは、
多分それも掛け算じゃなくてそういう市場なんですよね。
うんうん。なるほど。
まあ、よくあれ言いますよね、100人に1人の力をつけようみたいな。
そうそう。
3領域でやると1万?
うん。
100万?
ん?
あれ?100万か。
100万分の1みたいな。
100万人に1人だみたいな。
でもその100分の1がめっちゃニッチな、例えば春巻めっちゃ上手くつけますみたいな、
どうだったら意味あるのかみたいなのもあるし、
まあそれが結局100人に1人になれないとき、
まじで誰が本当に普通の人よりもできないみたいな越境した先に、
そんな自分の力にならないものがあっても意味ないとか。
越境してよかった経験があるかっていう。
でもそう、一方でそうやって自分のキャリアを考えたときに越境的な、
それは落としてよかったと思うこともそれはあって、
どちらかというと別のことに集中してたら過去の体験が生きるみたいなことってあるんですよね、逆に。
はいはいはい。
狙って掛け算でここで輝こうみたいなことってあんまりないけど、
例えばデータ分析をしてたときに、データエンジニアをしてたときのスキルが、
実は生きて他の分析をする人と違う、なんだろうな、
違う何だろうな、ケイパビリティって言ったほうがいいのかな。
違う能力、スキルセットとして自分の価値を出す、
貢献する領域みたいなのがちょっとずれることによってユニークであるみたいな、
それが役に立つ場面みたいなの確かにあったんですよね。
でもそうやってそういうキャリアを狙ってあったというよりは、
今やること集中してやってるときにたまたまこれ過去のやつ生きるじゃんみたいな、
コネクティングドッツ的な、たまたま繋がるみたいな感覚の方が強くて、
それって狙っておきないなとか、狙ってると我田飲水というか、
自分のこの過去のやつを生かすためにプロジェクトをそう持っていこうとか、
それが大事だということにしようみたいな、無理やり繋げる人いるんですよね、たまにね。
うーん、なるほど。
だからなんか、
まあ、だからあんまり。
そう、掛け算バリューみたいなものは狙っておきない。
コネクティングドッツでしかないっていう。
狙っておきなくて、なんか結局目の前のことにずっと集中してたら、たまたま生きることがある時があるみたいな。
はいはいはい。
それは、なんか、たぶん専門を極めていっても、あんまりそのなんか、
たまたまそれがすごく生きてはまる時があるみたいなこと、
関わんないんだろうなみたいなのはちょっと思ってる。
なるほど。
僕、越境で言うと、強烈な価値観を揺るがすような体験みたいな意味は大事と思ってますね。
なんか、それが僕が最初言ってた。
境目が自分の認知してるところで、
たまたま乗り気じゃないけど誘われたからこのイベント行ったら、
この人に出会って、この発言でめっちゃひらめいたとか、
わかんないですけど、なんかそういうそっち側の自分の価値観変容みたいな方はすごい大事そうだなと思ってます。
視点を得るみたいなことですね。
自分の視座、視野が自分が立ってる場所によって変わるから、
それを別のところから立つみたいに、別のところに立ってみるみたいなことが起きるってことですよね。
例えば、エンジニアがデザインの勉強すると、デザイナーの視点でどう見えるのかが見えるようになってきて、
なんかこういうふうに見えるんだみたいなことが、例えばエンジニアのキャリアとして生きるみたいなことですよね。
そうですね。
とか、ちょっとデザイン興味出てきたから勉強会行ってみようって言って、
出会った人たちのコミュニティに感化されてなんか変わるとか。
なんかそれは越境体験が起きるときは、目的を細かく設計できてないっていうことは大事なんですよね。
ここでいう越境って、なんか今の越境すごい海外旅行っぽいなって思ったんですよね。
はいはいはい。
どのぐらい越えた先に滞在することとかを越境って言ってるんだろう。
滞在か。
滞在か。
で、なんかそれって海外旅行で見える景色と、住んで見える景色と、永住して見える景色って違うじゃないですか。
はいはいはい。
でもなんか越境っていうときにはあんまりそこを区別せずに、なんか海外旅行行ってきたみたいなぐらいの体験も越境って言ってるような気はしていて、
それはそれでいいのかもしれないんですけど、
うんうん。
なんかどういう射程で言ってるかのほうがちょっと気になってる。
僕はなんか図が今頭に貼って、越境体験はあくまで単発の体験でいいと思って。
海外旅行館でオッケーと。
とかでもいい、ちょっとキャリア別の興味持って行ってみるとかでよくて、そっから内省して、なんか自分で意味を見つけてアクションするみたいなのはまた別のことかなと思ってました。
なるほどね。なるほどね。
あともう一個。
でもそっちセットじゃないとあんまり意味はないですけど。
もう一個その自分が経営者という立場になって思うのは、そこに境目ないよみたいな気持ちもあるんですよね。
なるほど。
いやなんか会社というかそのプロジェクトが目的とゴールを共有していて、それを達成するためのポジショニングの問題じゃないですか。
うんうんうんうん。
で、例えばここのポジションが上手だからここにいるみたいな話だけど、隣のポジション空いててボールが自分のとこ抜けちゃいそうなんだったら守りに行くじゃないですか。
とかチャンスがあったらセミに行けばいいじゃないですかみたいな。
でもなんか俺ここのポジションなんでそこにドフリーのボールあって誰も守備いなくても冒頭見守ってますとかっていうのはそもそもどうなんみたいな。
うんうんうん。
だからそこの境界があると思っていること自体が、なんかしざを上げるとそもそもそこに境界線ないけどみたいな風に見えるっていうのもあるなっていう。
確かに。確かに。何屋さんなんですかっていうのに説明しづらくなっていくのがいい傾向というかその目的がどんどん上段のこう、
目的にコミットできる時ってそうじゃないですか。
そう、そう思う。
あなた何者なんですかって言われた時に、エンジニアをやる時もあるし番組作る時もあるしとかだったら答えれないけど目的達成のために必要なことを全部やってる。
そうそう。
そういう状態を作る方がいいのか。
わかんない、その方がいいかわかんないですけど自分はなんかそうしてきたなっていう時に、越境というものがいいという文脈でよく語られるのに結構違和感があるみたいな。
なるほど。なるほど。キャリアの越境はいいのか、いいのか、いい、何を。
何をいいと言ってるんだろうみたいなね。
でも一つはやっぱり他者に対する想像力みたいなものは。
はいはいはいはい。
それはあった方がいいし。
そうですね、やってみるとわかる。
それはその自分の立ち位置を変えてみないとなかなか想像力だけで理解するのって難しい。
当事者にならないとわからないことってたくさんあるから、少しでも自分の今いるとこと違うものの当事者性が持てた方がいいとは思うんだけど、
でもそれって全ての触手を経験することはできないから、結局どこかでやっぱ想像力で保管していくしかないなとも思うから、
いろんな視点が持てた方がいいけど、全部の視点が持てない中で、越境というのが本当にその手段なのかって言われると、
確かに。
ちょっとよくわかんないなっていう。
だからビジネス的に自分の力をつけていこうにとっては意味はないかもだけど、想像力をつけたり、
っていうのがさっき言ってた、かんたさんが言ってた話で、僕が言ってたのが自分の価値観をちょっと変える。
そっかそっか、それもあるよね、確かに。
なんかその2つの方だと意味ありそう。
確かに。価値観が揺さぶられてどういうことなんだろう。
なんかないっすか、それとかに。もうないっすか、あとかんたさんぐらいに。
なんかやっぱり、なんだろうな、変容していく自分はやっぱりいて。
で、なんかそれの、なんだろうな、きっかけの体験みたいなものはあるはあるんですけど、
なんかそれと越境があんまり結びついてないというか。
なるほど。
なんか自分のストーリーを語るときに出てくるワードいっぱいあるじゃないですか。
僕だと何なんだろう、だから、ポッドキャストを先輩起業してるからそれ手伝い始めてとか。
なんかそこに出てくるコネクティング、今意味付けするコネクティングするドットたちは結構、
そのときは意味がわかんないけど、一挙したものたちではあるんですよ。
なるほどね。
コーフボールとかもそうで、実はマイナースポーツでトップ取るのが面白いと思ってた、
その感覚でやってたら実はそれがポッドキャストも一緒だったとか。
なんかその、今意味は一見ないと思うけど、
なるほどね。
あの、飛んだことをやることが、なんか、後々ドットになっていくみたいな。
そういう意味で今PTA会長やってるのは、だいぶ越境してる可能性ありますよね。
そうかもしれないですね。
それはなんか、多分かんたさん振り返ったときに語るものになる。
今でもめちゃくちゃ面白くて、
で、そこって、一つは、さっきの想像力と似てるけどちょっと違うのは、
やっぱり相対化できるっていうのはありますよね。
今その、自分が今やってるビジネスみたいなものが、
PTAっていう、なんか全然違うメカニズムで動く集まり集団だったりとか、
なんか全然その違う、仕事でいうと全然みんな違うことをやっているし、
その価値観も、やっぱこうビジネスご利用の人たちは全然違う価値観を持った人たちの中に、
こう自分が、なんだろうな、それは海外旅行というよりは、
まあ少なくとも、なんだろう、長期滞在するみたいな、
住むみたいな、就労ビザがちゃんとあるみたいな、観光ビザじゃなくて、
みたいな状態で自分をコミットしていることで、確かにそれぞれを相対化できるというか。
こっちはこう、ビジネスにおいてこれが大事っていう大前提になってるけど、
PTAの文脈では結構むしろ嫌われる考え方だなとか、
例えば効率よく会議を終わらせるとかってビジネスだと当たり前すぎるけど、
PTAとか地域とかの文脈ではむしろそれで失われるもの結構あるんだなとか、
逆にそういう視点というか、相対化した自分の中での考えを持って、
またビジネスのほうを見てみると、
ビジネスもみんな効率効率って信じてるふりしてるけど、実はそうでもないんじゃないとか、
持ち帰って気づくものもあるし、みたいなことは確かにあるかもしれない。
面白いですね。だから自分のやってることを相対化できるという意味。
それは良いですよね。キャリアで言うと別の職種だし、人生レベルだと海外かもしれんし、とか。
そうね。でもなんか自分がやっぱり越境という言葉に違和感が、今そういう体験を持ってしてもあるのが、
それぞれにちゃんと集中してコミットしてる感があるから、自分の中で。
なんか越境というと軸足がどっちかにある感じがするし、フラットな感じしないですよね。
やっぱ海外旅行感がすごいあるというか。
確かになー。それで言うと確かに僕も、今さっきストーリーとか言ってたけど、軸足を置いたことばっか出てきたんで。
そうそうそうそう。
コーフボールでも数年は軸足を置いてめっちゃやったことが出てきたから、なんかそれはあるかもしれない。
ちょっとお客さん気分で行くだけじゃなくて。
そうそうそう。お客さん気分じゃなくて、ちゃんとこう主体者、当事者として何かをそこで引き受け、その責任を引き受け、その責任を果たすだったりとか、
自分で果たした目標みたいなものをしっかりと集中して達成しようとするみたいな、
なんか結果越境という体験になったけど、越境しようという目的では決してなかったみたいなところも結構あるなと思っていて。
確かに。
なんか結果ついてくるもの感はすごいあるなっていう。
はいはいはい。
まあでもそうっすね。そう言われたらそう。
ちょっと行っただけで価値観変わるとかもな、まあ確かに少ないっすもんね、そんな。
なんかそれってほんとに変わらない。
まあ結局そこで、そこで出会った出会いからコミットするものが見つかって、ってことですもんね。
行ってみないと出会いもないし、コミットも発生しないから。
まず海外旅行は別に全然いいと思うんですけど。
なるほど、そこを越境体験というのか。
それってなんか、例えばよくあるなって思うのが、
日本のカルチャーがすごい合わないなみたいな時に、海外旅行に行って、
その海外のその自分がいいなと思ってるところに触れて、
あ、やっぱ日本って終わってるわ、みたいに思うみたいなのって、
それ越境体験かって言われると、なんか自分のバイアスの強化にしかなってないなって感じはしてて。
で、なんか実は相対化してるように見えて、
なんか自分が絶対意識しているものが承認されているみたいな。
相対化できるようになったかはかなりいい軸なんじゃないですか。
うん、だと思う、今すぐ話しててね。
確かに、確かに。
相対化ってやっぱ価値が。
例えば、例えば僕がコーフボールに行ってみました。
で、あ、バスケの方がおもろいやんとかっていう、
そっちの価値観にどっぷり浸らず相対化できてないときはまだ越境体験ではない。
な気がしますね、確かにね。
コーフボールにどっぷり浸って、あ、やっぱマイナスポーツこんなおもろいんだとか、
とはいえやっぱお金の周りがあんまお金が入ってこない領域だから、
こんなきついんだなとか、
なんかそういうことがわかって越境なのか。
なんかいい側面も悪い側面も、
なんか自分の主体的な感覚として、
なんかすごく身体感覚として、
なるほどってなってる状態で、
で、なんかどっちがいい悪いとかっていう価値判断を伴わず、
その比較できるというか。
なるほど。
おもろ、だから僕は今、
ビジネスゴリゴリ系と、
ソーシャルスタートアップ的なのをちょっと今、
完全に今越境してますね、そこは。
マイナースポーツと。
マイナースポーツと。
マイナースポーツでも最近もう、
ちょっと福岡帰ってきて離れちゃったんで。
離れちゃったと言ってたら、
昨日モルクの大会で。
そうなんだよ。
スポーツと言うのかっていうのがあるんですけど、
ちょいちょいやりつつ。
いや、面白い。
これはかなり理解深まりましたね。
越境体験。
でも相対化できるところまで、
やっぱコミットして、
集中してコミットするみたいな、
とこまで含めて、