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#28 対人支援者自身のキャリア観(ゲスト回)その1
2026-10-01 17:58

#28 対人支援者自身のキャリア観(ゲスト回)その1

10月のテーマ「対人支援者自身のキャリア観」について、ゲストを迎えて自己理解を深めてキャリアを描く視点から対話します。


(ゲストプロフィール)

https://jikorikai.com/coach/nishio-ryoko/


(ゲスト番組紹介)

『おりょうの盛大なひとりごと』


(番組詳細)

このPodcastは、「個性のウラオモテを認めて味わう人を増やす」ために、自己理解コーチの経験や国家資格を活かしてキャリア支援を行う配信者が、自身やクライアントの「自己理解」を深めて「キャリア」を描くための考え方についてお話しする番組です。

※25年12月までは『自己理解を深める心理学ラジオ』(Apple Podcast Ranking 社会科学カテゴリ TOP5)として放送


(配信者紹介)

兵庫県出身、京都府在住。一児の父。国家資格キャリアコンサルタント、ひふみコーチ株式会社認定 プロフェッショナルコーチ。大学卒業後に大手ビール会社へ入社、現在は外食コンサルティングやセミナー講師業務に従事する傍ら、複業として2022年より対人支援を開始、通算200名以上のクライアントを支援。株式会社ジコリカイとのライセンス契約締結を機に、自己理解を深めてキャリアを描き直すための対話型サービス「キャリア・リデザイン・ダイアローグ(CRD)」 をローンチ。サービス詳細はこちら

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サマリー

自己理解コーチの西尾良子さんを迎え、保育とコーチングに共通する対人支援について対話する。子どもへの問いかけや感情の読み解きはコーチング的だが、大人には社会規範に縛られて感情へアクセスしにくい面もあると語られる。西尾さんは、保育園を移るか現場に残るか迷った末、環境を変えて逃げるのではなく、今いる場所で子どもを取り巻く大人や組織に関わる道を選んだ。クライアントと伴走するコーチとしての在り方が、自分自身の選択にも影響していることや、スキルよりも「コーチである」という姿勢が重要だと話している。

保育とコーチングに共通する対人支援
ようこそ、自己理解を深めてキャリアを描くラジオへ。 このポッドキャストは、個性の裏表を認めて味わう人を増やすために、
自己理解コーチの経験や国家資格を生かしてキャリア支援を行う配信者が、 自身やクライアントの自己理解を深めてキャリアを描くための考え方についてお話をする番組です。
10月のテーマは、対人支援者自身のキャリア観ということで、 同じ対人支援を行っているゲストを迎えて、
自己理解を深めてキャリアを描く視点から対話していきたいと思います。 では早速ゲスト紹介したいと思います。
私と同じライセンス契約で自己理解コーチをされている西尾コーチになります。 西尾さん今日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。お邪魔します。
ようこそお越しくださいました。 西尾さんはですね、お寮の盛大な独り言というユニークな名前のポッドキャストを配信されていて、
私は番組を聞かせていただいていたり、 個人的にすごく声のトーンだったりお話の仕方が素敵だなぁと思って、
今回お声掛けをさせていただきました。 素敵なタコ紹介をありがとうございます。
改めまして西尾良子と申します。 仕事としては自己理解コーチ、先ほど紹介いただいたように金岡さんと同じようにやっていて、
今ライセンス契約でコーチングをやっています。 あとは保育士として働いていて、愛知県で公立保育園で保育士をしています。
保育士がメインで今動いているんですけど、 また改めてコーチングっていうものを個人的なコーチングつながりで学びながら、
基礎をもう1回自分の中に入れながら保育で子どもに対する対人支援、 コーチングで大人というかいろんな人に対する対人支援を今後深めていきたいなっていうところでやらせてもらっています。
はいありがとうございます。 今日のテーマが対人支援者自身のキャリア化っていうことなんですけど、
年齢層の広い方、お子様から大人まで対人支援をやられているというそんな感じですね。 私自分自身に子どもがいて今5歳なんですけども、
子どもが生まれるにあたって読んだ本の中で少し印象に残っている本が、子どもの心のコーチングっていう本があって、
子どもとコーチングが私の中では紐づかなかったので、すごく新鮮なタイトルだなぁと思った記憶があるんですけど、
お子さんに対しても保育の現場でもコーチングっていうのは使えそうな感じがしてますか?
そうですね、なんか子どもに対してコーチングっていうのはあるとは思いますし、できるかなと思うんですけど、
私がこのコーチングっていうもの自体に興味を持ったきっかけとしては、まさに保育でやっていることがコーチングに近いなと思ったので、
そのカウンセリングとかコーチングとか、人の心扱う分野っていろいろあると思うんですけど、
その中でも保育者と子どもの関係性の中で行われる会話って割とコーチング的要素は自然と多く含まれているなと思います。
確かに。
一番近いなと思うのは、子どもっていう存在は子どもと大人で分けられるんですけど、
同じ人間として同じようにいろんな感情を持っていろんな思いを心の中に巡らせてるんですよね。
ただそれを表現する引き出しが大人より少ないだけで、
喜怒哀楽を表現する言葉とか、本当はこれがしたかったけどこれが難しくてできなかったとかをうまく表現できなくて足が止まったり、
逆に攻撃的になったりとか閉じこもっちゃったり、いろんな表現を子どもたちはしてくれるんですけど、
そこにノックするような関わりが保育者多いなと思って、
よくある場面だと思うんですけど、友達叩いたとか、物取り合ったってなった時に、
本当はどうしたかったの?っていう問いかけをすると思うんですよね。
これは多分時代の流れもあると思うんですけど、ここはじゃんけんでしょうとか、
後から取ろうとしたらお前が悪いみたいな教育も多分かつてはあったんだと思います。
だけど今の子ども、人を育てるっていう現場では、
本当はどうしたかったの?そういう時は貸してって言うといいんだよとか、
相手はどう思ってたと思う?っていう問いかけをしたり、
その子の気持ちを出すことのリードとか、一緒に読み解いていく、
思わぬ感情が跳ね返ってきたりもするので、そういうこと考えてたんだねっていう話をしていく、
そのプロセスがまさにコーチングだなって。
ちょっとカワイイ問いになってるかわかんないですけど。
いやいや、そうだなって思いましたね。
大人の方がもしかしたら難しいのかもしれないですけど、感情にアクセスするって。
子どもは言葉を持ってなくて適切な表現も難しいかもしれないけど、
でも感情とは常につながってるような気がしてて、息子とか見てても。
だから、元になってる感情を尋ねたり、どうしたかったの?っていう意思のところを尋ねたりして、
もしかしたら社会的に間違った出方をしてた時は、こうしてあげた方がいいかもねっていう、
ちょっとアドバイスをあげるという、そんな感じ。
そうですね。社会的に間違っているって。
確かにと思って、そこをリードしてあげるのは先に社会を生きている先人としての責任だなとは思うので、
リードするっていうのは大人に対するコーチングよりはちょっと強めの要素かなとは思います。
大人は逆にその社会規範みたいなものにとらわれて、
感情にアクセスできなくなってる人も多いなぁなんていうことも思うので。
そうですね。
ここは比較するとすごく面白いんだなって初めて気づきました。
興味深いですね。
そっちでも一本取れそうですか。
保育園に残るか環境を変えるか
私がすごく西尾さんのポッドキャストを聞いて気になったというか、
お話ししてみたいなというテーマがありますので、それをお話しできたらなと思っています。
ありがとうございます。
配信時点で最新回になるかはわからないんですけども、
9月の20日時点では最新回「ホリオンの盛大な独り言」を概要欄に貼っておきますが、
そこの最新回として配信されている回で、
自身のキャリアにもやまよされているっていうことをセキュララにお話しされていたり、
もっと前の回で人を支援するということは自分のためでもあるみたいなお話をされていて、
僕自身も5年くらい対人支援をパラレルワークの一環、一部本業の中でもやってるんですけども、
やっぱり人に関わることで自分のキャリア感に何か跳ね返ってきてるな、影響を受けてるなって感じることがあって、
それが何かがまだ原稿ができていない状態なので、
せっかくなのでこのテーマについて一緒にお話しできたらなと思います。
ちなみに頭出し的に西尾さんが最新回でお話しされていた、
自身のキャリアに対するもやもやみたいなものってこの番組で話せる範囲でいいんですけども、
どんなことがあるんですか?
そうですね。最新回からまた気持ちが変化して、
今は割と仕事っていう面だけで見れば割とスッキリはしてきたんですけど、
あの時もやもやしていたのは、自分がやりたいこと、やってみたいことをより実現可能そうな環境に自分の身を移すのか、
それともまた違う視点でこの場に残り続けるのかっていうところをちょっと迷ってたんですよね。
そこで一番もやもやが生まれていたのが最新回の時でした。
もう少し言える範囲で具体的に言っていただくと、どんなことに対してその2択で迷ってたんですかね?
あの時は保育園で迷っていて、子どもたちと接している中で、今保育士7年目に入ってるんですけど、
だんだん自分の中の保育館、子ども館、自分にとっての保育が何なのか、
広く言えば日本にとって未来にとっての保育って何なのかっていうところの答えが自分なりに一旦出たタイミングだったんですよね。
それが言語化できてすごく嬉しかったんですけど、同時に今私パートの働き方をしていて、
子どもたちの直接的な担任にはなれない立場になってるんですけど、
もう1回環境をガラッと変えて、もう一度子どもの担任になれるような、
かつ自分のこういう保育をしていきたい、保育はこういうものだって、
自分の中に固まったものと似た理念を持ってる保育園を偶然見つけたので、
そういう自分の考えと合っている環境に身を移して、保育士としてもう1回子どもと向き合うっていうものをしてみるか、
正直今の保育現場で難しい出来事とか、なんかこのままいっても苦しいだけだぞっていうちょっとトラブルが起きたりして、
ここの子どもではなく大人側とか、環境とか、組織の中の思考の渦巻き方みたいなところに、
子どものためというより、コーチとして対人支援を学ぶものとして関わるのかっていうところの2つの道で悩んでました。
おー、なるほど。
今ある環境に向き合う選択
その7年保育を続けられてきた結果として、現時点での答えが出たという、AなのかBなのか答えが出たということでしたが、
どちらにすることにされたんですか?
今の現場に身を置いて、自分が学んできたものを使って、
子ども直接よりは子どもを取り巻く環境、そこの大人側に対人支援なのか、
保育士としての立場を使った上での対人支援で関わっていきたいなと思ってます。
どういうプロセスでそこに至ったのか、もう少し聞かせてもらってもいいですか?
さっきのもう1個の保育園に移るのかどうかって悩んでいた時に、ないものをずっと探してるなって、
自分の思考の癖と姿勢に気づかされて、本当にふと気づいたんですけど、
環境を変えるっていうのが私にとってはすごく簡単なことで、
思ってから見ると環境を変えてすごいねって言われたりもするんですけど、
環境を変えればどこでも初心者になれて学びますみたいな、
1年目ですみたいな感じでいけるのがなんだかんだ楽だし、
自分のことにガムシャラになってればいいんですけど、
確かにあっちの世界、もう1個の自分の考えたいそうな保育園に移動するのもありかもしれないけれど、
今実際ここで向き合える子どもがいて、向き合える保育士がいて、
なんとかなってほしいっていう思いも問題点もある。
そこにあるなら、そこに向き合うっていうことをしてみてもいいんじゃないかって思ったんですよね。
今あるものに目を向ける、未来を向くことによって逃げるじゃないですけど、
じゃなくて今あるものにどう向き合うかを1回やってみようかなって思いました。
なんかね、さらっと話されてますけど、
この今までの生きてきた思考パターン、環境を変えるのが得意だったり、
起こって分かれると逃げるっていう行動を多分やられてきた。
そこをぐっと立ち止まれたのって何なんですかね?
やってみたいのと怖い気持ちがあったことですかね。
嫌だじゃなくて、できるかわからない怖いっていう気持ちと、
同じぐらいできたら最高なのにっていう思いがあったので、
それを差し置いて、もし環境を変えて、何十年うまくいけば生きていって、
後から振り返った時に、やってみたかったのにやらなかったことの1個で思い出すなと思ったので、
ちょっとここ踏ん張ってみるかっていう感じです。
そこでなぜ踏ん張れたのかみたいなことを考えた時に、
支援者自身に返ってくるコーチング
今回のテーマである対人支援の支援者として、
正論的にですけども、僕も一支援者としてクライアントの方がやらない理由とかを探したり述べたりしだした時には、
やりたい気持ちの方に目を向けてもらうことをやったりするなと思うんですけど、
その辺は西尾さんの人を支援することが自分のためでもあるみたいなところでもあるのかしらって、
少し仮説が立ったんですが、そんな感じはあったりしますかね?
今感じました。
誘導尋問になってないですか?
全然誘導じゃないです。
ちょっと過去を思い返した時に、コーチングっていうものが私はやっぱりまだわからなくて、
いろんな型とかやり方はあると思うんですけど、
それをうまく使いこなせてるわけでもないし、
自分のやってる対話はコーチングなのかとかはわからないんですけど、
でもコーチであるっていう、コーチングをする人ではなくて、
コーチっていう人である意識するっていう視点を人からもらった時に、
これまでコーチングで出会ったクライアントさんが、
りょうこさんに背中を押されてこれをしましたとか、
これはうまくいったけど、これはうまくいかなかったみたいな、
本当にその調整を見た時にシンプルにダサいなと思って、
自分が人に言ってるのに自分がやってないのはダサいし、
やっぱり一緒に伴奏者ってリーダーじゃないというか、
隣に二人三脚みたいな感じで走るっていう感覚が初めて今、
そういうことかって腹打ちしたんですけど、
私も頑張るよっていうか、仲間であり若干ライバルみたいな、
こんなとこ見せてられないみたいな、
対人支援って本当に向き合うからこそ自分にそういう影響を与えてくれてる。
毎日LINEをしてなくても、
あの人との時間に嘘つきたくないなっていうのは、
自分の選択に影響を与えてるなって気づきました。
スキルより「コーチである」姿勢
今のお話の中でコーチであるっていう言葉って、
僕もコーチングを5年前、6年前くらいから、
プロフェッショナルコーチの資格を取得したスクールの中で、
教えてもらったことがそういえばあるなって思い出したんですけど、
コーチングって結構スキルみたいなところに、
どのように質問するのかとか、どういう風なまで行くのかとか、
どういう風な受け答えをするのかみたいなことに
フォーカスが当たり価値なんですけども、
結局でもその質問をしているのがどんな人なのかとか、
どんなマインドスタンスでいるのかみたいなことの方が大事だよっていうところを指摘して、
コーチであるというビーングを自分が持てていることが何よりも大事。
そのドゥイングとかスキル面じゃなくてっていうことをすごく伺って、
ドゥイングとかスキル面ってその相手に対して、
会話の中で小手先で使おうと思ったら使える。
本心がどうあれ、使えるじゃないですか。
だけどビーングは直接的に相手に出るもんじゃないからこそ、
嘘、偽りが効かないっていうか、
上手いこと相手にだけ使って、自分には使わないみたいなことはできないよなと聞いてて思っていて、
西尾さんがそのコーチであるイコール、
やろうとしている人を前向きに伴奏したり応援する人である、
みたいな風にビーングの方で思えてるから、
自分に対しても勝手に適応されるというか、適応せざるを得ない、
そういうことが起こったのかしらっていう風に思いましたね。
そうですね、なんかこうドゥイングスキルに目が向きがちですよね。
でもさっきは西尾さんはビーングの話をしていたなと、
コーチであるみたいなことをおっしゃられてたんで、
自分にも矢印が向くことにもなったのかなって。
ちょっと今までやってこなかったチャレンジングな
A案、B案のB案の方に行こうとされてるわけですもんね。
そうですね。
ひとつ今日のテーマの、大臣支援をすると自分の在り方が変わることで、
少しキャリア感も今までの選択とは違う選択をされていきそうみたいなことが
分かって嬉しいなって思いました。
17:58

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