ようこそ、自己理解を深める心理学ラジオへ。このポッドキャストは、個性の裏表を認めて味わう人を増やすために、株式会社自己理解で自己理解コーチとして活動する配信者が、自身やクライアントの自己理解を深めるべく探求し始めた心理学をテーマにお話をする番組です。
テーマに興味のある方や、同じく大臣支援をされている方、自己理解を深めたいと感じている方の参考になれば幸いです。なお、この番組は株式会社自己理解が運営する番組ではございません。
はい、今日も聞いていただいてありがとうございます。今日は月末配信ということで、ゲストをお迎えして心理学に関する雑談をお送りしたいと思います。今回のゲストは株式会社自己理解でコーチをされている越智智樹コーチです。越智さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。皆さんこんにちは。自己理解コーチをしております越智智樹と申します。いよいよ金岡さんのラジオに出ることになりまして、ちょっとドキドキしておりますが、私は自己理解コーチをしてもう大方3年半とか4年になるのかな。結構古株の方なんですけれども、最初はキャリアのですね営業をしてました。人材派遣の営業をしてまして、それからちょっと変わってるんですけれども、高校の教員をその後しまして、
その後コーチになったというそんな人間でございます。はい、ありがとうございます。改めてね、その越智さんの自己紹介聞いてて、教員をね挟まれているっていうところが、ご自身でもおっしゃってましたけど、変わっているというところですが、きっかけがあったんですかね。
そうですね。単なる教員じゃなくて、民間行った後教員やってるっていうのがまたすごい珍しがられるんですけども。はいはい、そうですね。もともとですね、学生時代から教員というのはやってみたい職業の一つだったんです。なんですけど、ちょっとストレートにいきなりこう世間のことを知らずに教団立つのは危険だなと思って、まずは広く、そして20代のうちにもうビシバシ鍛えてくれる会社はどこかという視点で探して、1社目はドマミンガキーを選びました。
なるほど、なるほど。で、そのうち、まあその企業でやっていく面白さもあったんですけども、まあ人生一回きりの中で、もともとこうやりたかった教師という仕事もやってみたいなという思いが再燃しましてですね。うんうん。で、30という年の区切りにエイヤで挑戦しまして、そこから7年ぐらい勤めましたね。
なるほど、30だったんですね。そうですね。いや僕もコーチングに入ったのがちょうど30ぐらいだったので、なんか不審明な感じありますよね。30ってなんかね、ちょっと特別感ありますよね。ねえ、そうですよね。コーチになられたのも何か理由があったんですか?
コーチはですね、もともとコーチになりたくて教員を辞めたというわけでは実はなくて、別の仕事をするというか、まああの中町で起業する予定だったんですけども、それがちょっと白紙にいろいろ事情がありまして、なりましてですね。派手さでどうしましょうという中で、かつて自分がいろんな社会人になりたての頃とか、いろんなお世話になった方々にいっぱい会いに行きましてですね。
その中の一人がコーチという職業をやっていらっしゃる方で、知らないわけですよ、そんなものが職業として成り立つことを。
で、もう1、2時間でしたからね、カフェで話を聞く中で、もうなんか体の中がこう熱くなっていって、ついに出会ってしまったと、という感覚で、もうあの速攻スクールに申し込みに行ったっていう、それがなんかきっかけでしたね。
いや、面白いきっかけですね。
運命の出会いですね、本当に。
ああ、そうですか。それで今は株式会社自己理解の中でも、コーチ兼SVというね、僕もそのオチさんチームで、週に1回とか2週に1回ぐらい、自己検査のミーティングをやってますけども、周り回ってコーチたちを、まあ指導するじゃないですけど、ティーチングの要素も含めてやられてるっていうのは面白いですね。
そうですね。
ありがとうございます。そんな教師からコーチになられて活躍されて、オチさんですけども、今日はどんなテーマで心理学の雑談していきましょうかね。
なんか、今コーチとして、自己理解コーチもそうなんですけど、私企業の中でも、管理職とかマネージャー中心にコーチとして関わらせてもらってまして、いろいろなことが起こる中で、結局コーチってクライアントと言われるその相手方のやる気に火をつけるかどうかが最終的には一番大きいんじゃないかって思う節が最近ありましてですね。
やる気に火をつける。
そう。
すごく平たいんですけど、やる気について今日ね、かなほさんと一緒に話ができたらなーなんて思いました。
いやー、やる気ですね。やる気と聞いてなんか思い浮かぶのがですね、私今5歳の息子がいるんですけど、息子がですね、地域に習いに行ってるんですよ。
そこの教室の名前がやる気スイッチっていう名前でですね。
ナイスネーミングですね。
いやー、やっぱりやる気にスイッチを入れるのって楽しいことだよなと思いながら、
彼は本当にそこの先生が大好きで、先生に会うとすごいやる気のスイッチが入るんですよね。
すごいですね。
ということはもしかしたらいいコーチなのかなとか思いながら、今のテーマを聞いてました。
すごいそよ持たれてる方かもしれませんね。
そうかもですね。じゃあそんなところでコーチングとやる気みたいなそんなお話をしていきましょうか。
そうですね。なんかそんな界隈の話していきましょうか。
でもね、なんかさっきの花岡さんの息子さんの話を聞きながら、ちょっと学校時代を思い出したんですけど、自分が学生だった時もそうだし、勤めてた時もそうなんですけど、先生が好きで数学が好きになるは結構ある。
ありますよね。
もしくは先生が嫌いで数学が嫌いになるある。
ありそうありそう。
ですけど、数学が好きで先生が好きになるってあんまない気がしてて。
確かにそれはないですね。
やる気っていうものにすごく働きかけるのは、人とか人との関わり。
どんな人がどう関わってくれるかっていうところが、結構大きい要素なのかなーっていう話聞きながらね、ちょっと思いましたね。
本当にそうですね。
大地さんがさっきテーマに出していただいた時に、なんでこのテーマを出されたのかの現体験みたいなところに伺ってもいいですか。
そうですよね。
なんかすっごい生々しい話なんですけど、企業の中でコーチングするのって、受ける方々が自分で受けたいって言って、お金を払いながら受けるっていうよりも、経営側がコーチをつけるってことにまあいいと思い、
経営側がお金を払いながら受けるケースっていうのが結構多いんですね。
つまり本人が受けたいという状態じゃなく、コーチングを受けるっていう構造があるんですよ。
確かに企業はそうですね。
ここ結構難しさがあるなーってやりながら思ってまして、
いくらコーチ側がすごくいい質問を用意したり、すごくいい聞き方をしたり、コーチングのテクニックなるものを図めていっても、相手側の中がイエスじゃなければ、やっぱり機能しないんですよね。
もちろんどんなクライアントであろうと、機能させるっていう技を持ってる方も世の中にいるのかもしれないですけど、全然やっぱりそこの難しさはまだまだあるなと思ってました、僕自身は。
もっと遡ると、まだコーチとして駆け出しの頃に、企業のマネージャーになりたてで、なかなかメンバーとうまく関係性作れてないマネージャーをやらせてもらったことあったんですよ。
その方はめちゃくちゃ困ってて、自分自身が。
やる気がつまりある状態で、まだスキルとしては僕自身はそんなに多分高くないし、経験値も詰めてなかったんですけど、結果はねめちゃくちゃ出たんですよ。
もうその方は営業のマネージャーで、自分はトップ営業でずっとやってきてるから、なんでメンバーが自分と同じ動きができないんだっていうところにどうしても陥っちゃってて、メンバーの自分の見たいところしか見れてなかった。
なので言葉も尖るし、関係も良くないっていう状況が続いてたのを、一緒にこう関係をどうやって作っていくかって話をしながら、結果的にその方は3ヶ月ぐらいでメンバーの方ともすっごいいい会話ができるようになって、業績ももう本当に地獄から天国にぐらい変わったんですよ。
それはあれですよね、オチさんの言葉借りると困っていた。だから変わりたいと思っていたからってことなんですね。
そうなんです、お腹が減っていた状態だったんですよね。
なるほど、なるほど。
僕のスキルが多分、当時のスキルと今のスキルだったら今の方が必ず高いはずなんですけど、なんだけど結果は当時のその方の方が出てるんですよ。
あー、なるほどなるほど。変化量みたいなことですか?
変化量、はい。もちろんその方の力、能力や経験みたいなところもあるんでしょうけど、一番違うのはやっぱりその空腹感なんだろうなと。
なるほど。今のお話を聞いて、僕の経験と紐づくのは、それこそオチさんもやってらっしゃる自己理解コーチの無料カウンセリングっていう仕事があるじゃないですか。
はいはいはい。
これって何時間かお話を聞いて、会話の中で自己理解がやっぱり必要だって思っていただけた度合いと比率ってリンクしてくる気がするんですよ。
そうですよね。
気づいていない、顕在化してない課題、潜在的な課題を言葉にして表に出すことで、やっぱりやった方がいいスイッチを押してもらうみたいな、そういうことなのかなって思っていたので。
あー、それあるでしょうね。
オチさんのさっきのケースは、もともとスイッチが押されてた状態のクライアントだったってことですけど、多くの場合はね、そのオチさんが最初におっしゃったその企業のコーチングの場合は、まだ顕在化してない状態の人が多いっていうことなのかなと思ったんですけど、どうですかね。
そうですね。割合っていうのは、その時々によって違うんでしょうけども、金岡さんおっしゃる通り、それをどれだけ必要だと、あるいはこれをやることに意味があると思ってもらえる状態をまずどれだけ作れるかっていうのが、コーチの腕の見せどころ。
やはり逆に言うと、それができちゃえば、簡単に言うともう甲子園行きたくてしょうがなければ、練習を終わって素振りするじゃないですか。
間違いないですね。
その状態をどうやって作れるのかってところが、なんかすごくね、ここ最近僕のホットトピックですね。
なるほどですね。まさにその甲子園という目標があると、内発的に自分で素振りがしたくなるし、した方がいいって誰にも言われなくても自分から思うわけですよね。
そうですね。
それが自分の中で思えるイコール内発的動機がちゃんと作れてると、自走するというか、逆に外発的動機やれと言われたことだと、やれと言われなくなったらやめてしまうということなんでしょうかね。
そうですね。
確かにそのコーチング問わず人間の機能としてなんか普遍的な感じですよね。
そうですね。なんかやる気スイッチというものが仮にあるとして、これを本当に上手に見つけて押すのがうまいマネージャーやリーダーはいい結果を導くだろうし、
たしかに。
はたまたもっと言うと、自分で自分のやる気スイッチを押せる人っていうのが僕は最強だと思うんですよね。
いやーそれ間違いないですね。
まあそのさっきのリーダーとかマネージャーは自分で自分の押せるから、人のも多分押せる。
なんかそれコーチも一緒ですよね。
おっしゃる通り。
まあやる気スイッチは内発的動機っていうふうに置き換えると、内発的動機で動いている人じゃなければ、人の内発的動機を喚起することってなかなか難しいんじゃないか。
できないですよね。
みんな一緒かもしれないですね。教師もマネージャーも人と関わる上でそういうことなのかもしれませんね。
ということは自分がどう内発的動機をオンにしてきたのかみたいなことが言語化できていると、
全く同じロジックで人のは押せないかもしれないですけど、なんかその人だったらどうかなって考えられるのかもしれませんね。
そうですね。
オチさんはちなみに何に押されるんですか、やる気スイッチは。
なんだろうな、いろいろあると思うんですけどね。
まず自分の状態を整えておくっていうのはめちゃくちゃ重視してまして、
わかる。
すっごい、この前インフルエンザだったんですけどね。
40度ぐらいの熱あると、どんなに高い目標があっても、
いやもうアイスクリームさえ欲しくなかったんですよ。
なるほど。
そう、だから一気に全部が失われるような状況になりますよね。
なんかスイッチ押しても全く通電しないみたいな。
そう、今のはすごくわかりやすい例えですけど、
常日頃からやっぱりある程度コンディションを整えていくっていうのはなんか最低条件として、
うん。
オチさんがおっしゃってた予定調和じゃないということと、
さっきの突き詰めた上でのストレートな本音みたいなことですね。
そうですね。
なんかオチさん自身がそれで火がついた経験とかってあるんですか?
うん。
二重奈なんかは結構マネージャー、自分の上司、
割とストレートな会社だったんで、
全然土足でどんどん自分の領域に入ってくるような人たちばかりだったんで。
へー。
ありましたよね、そういうふうに火をつけてくれる。
求める以上に。
うんうんうん。
あと大学時代の部活動も、
監督のいない自分たちだけでやってるチームだったんですけど、
結構あの先輩も後輩もガシガシ言うような環境だったんで。
へー、何やってたんですか?
ソフトボールをやってました。
お、ソフトボールへー。
後輩とかからはもう向こうも熱くなってたりするんで、
何やってんなーみたいなこと言われてることもありますね。
まあある意味ストレートに、
本当は先輩にあんまり予定調和だと言わないようなことを言う後輩みたいな。
ある時はやっぱこう、張ってさせられるとか、
緩みが引き締まるみたいなことは、
うんうんうん。
それだけが正解じゃないけどあった気がしますよね。
うん、いいっすねー。
今の伺ってて、その土台もなんかあるんじゃないかなと思ってて、
はいはいはい。
ストレートな本音を受け取れる相手と、そうじゃない相手がいると思うんですよ。
そうですねー。
その20代の時の上司だったりソフト部の後輩って、
なんかこう何らかの関係性が土台にあって、
その予定調和じゃなかったりストレートな本音だったりがあるような気がするんですけど、
どんな関係性がキーというか土台にあったんですかね。
うーん。
まあなんかね、月並みな言葉で言うと信頼関係がもちろんあったんでしょうけど、
うん。
お互いにすごくいいところとすごくダサいところを共有している。
えー。
はい。
なるほど。
なんかすごくいいところだけだと、なんかその言葉って結構ね、
あの今で言うとパワハラとか、
うん。
プレッシャーになりますけど、
僕も相手方のすごくダサいところも知ってる。
うんうんうん。
だからこそ、なんかその言葉が受け取れるっていうのはあったかもしれませんね。
あーなるほどねー。
人間味があるっていうか、こう教科書に言われてるわけじゃないみたいな。
そう。
僕そこが結構やっぱりね、AIとの差別化にもなると思ってるんですよ。
そうですよねー、そうですよねー。
ダサいところって例えば20代の上司でも大学のソフト部でもどっちでもいいんですけど、
例えばどういうところだったんですか。
うーん。
上司なんかはね、結構カットしやすい一面もあったんで、
はいはいはいはい。
上の上司に立てついて、なんか言いすぎたみたいなことを見せる場面もあったし、
ま、あとプライベートでの失敗はむちゃくちゃある方だったんで、
こういうのは全然普通にこんなことあってなーとかって教えてくれたり。
へー。
うん、それすごい信頼できる一つかもしれないですねー。
なんでそういう弱いところを見ると人って信頼できるんですかねー。
ねー。
なんかそれを見たオチさんと見てないオチさんってなんかどう変化があったんですか。
それをっていうのはその弱い部分をっていうことを。
そうですね、例えばプライベートな失敗の話を聞かせてもらったり、
上に立てついてるところを見て、
あ、この人もダメだとかあるんだとか思ったとして、
何かそれを思った前と後で変わったんですかね。
変わるでしょうねー。
ちょっとうまくそこを言って言語化しにくいところですけど、
なんかでもそういうのってありますよねー。
一気に距離が縮まるというか、近々感が湧く、
可愛げを感じるとか、
安心するとか。
なんか僕も同じようなことあるなーと思って、
はいはいはい。
フルタイムの仕事ビール業でお酒の仕事やってるんですけど、
やっぱ酒の場ってね、ほんとにこう、
それこそお行儀の悪さが出る。
どんな人でも多少出ると思うんですよ。
はいはい。
無調じゃないかもしれないんですけど、
自分をいじるネタとかをその酒の席とかで、
得意先と自分たちの会社が渾身を深めるために上司がやったりするんですけど、
なんか分かりやすく仲良くなってたりするし、
自分を題材にしたネタをするとね。
なんだろうな、でも隣で見てる僕も、
なんかこう好きになるというか、
全然別の話に飛んじゃうんですけど、
お笑い論みたいなのをなんかで見た中で、
あんま良くないんだけど、
お笑いの本質はなんか弱いものとか、
憎いものとかを見て笑うっていうことなんだ、
みたいなことを書いてあるたような気がして、
なんかそれは笑っちゃダメと道徳では人は思ってるし、
そういうふうに教育をされてきたんだけども、
本当はそれがおもろいみたいな。
人の失敗をその悪意があるわけじゃなくて、
本当になんか真面目にやって失敗してるからこそ面白いみたいなことってあるじゃないですか。
それは本当に道徳と神一重なんですけど、
それが結構笑いの本質なんじゃないかって、
確かダウンタウンの松本さんかな、
が水曜日のダウンタウンの裏話みたいなことって言ってた気がしてて、
なるほど。
あの番組ってすごいリスナーの方も知ってる方はご存知だと思うんですけど、
すごい攻めた番組なんですよね。
現代珍しいですよね。
そうそうそう。
と、なんかこうすごいなんかめちゃくちゃ恥ずかしい失敗を、
なんか武勇伝みたいに語る上司がおもろいっていうのは、
なんかそういうところもあるのかなーって思ったんですよ。
いやー面白い。
なんかチャプリンが、
よりで見ると悲劇なんだけど、
引きで見ると悲劇だっていう、
なんかそのようなことを言ってたらしくて。
それって一生懸命やって、
うまくいかない結果があってっていう中で、
ポイントは一生懸命やってるっていうところなのかなと。
だから引いた時に滑稽に見える。
手抜いてとか、なんかちょっと違う、そうじゃないんだけど、
良くない状況に陥っちゃったものって笑えないじゃないですか。
本人が一生懸命やった結果、
なんかそういう滑稽な姿になってるものって、
なんかちょっと相苦しいというか。
そこはなんか笑いとそうじゃないもののなんか、
違いなのかなーって今ちょっと聞きながら、
水色の段々と当たれながら考えましたね。
まさにさっきお話ししてくださった、
落ちたの上司が上司の上司にカットなっちゃって、
みたいなのもめちゃくちゃ本気だからカットなるわけですよね。
そうなんですよね。
だけどその状況を冷静な第三者のおじさんが見たりすると、
いや何やってんねんみたいなことになるわけですよね。
その一生懸命立てついてる姿がね。
いやそうですよね。
クラスでやっぱ先生が怒るべきところで、
グーッと怒ってくれるからあれ面白いってなるんですよね。
分かった、なるほど。
一生懸命になれるとか本気でやれるっていうところに、
その人の、その人らしさを見るんじゃないですかね。
そうやって関わってくれるっていう人に対して、
心を許したり、心が動いて、
やる気っていうものになったり、
なんかするみたいなのもなんかちょっと話しながら繋がっていく感覚ありましたね。
ほんとそうですね。
人前なのにカットしちゃうっていうことは、
本当に抑えたくても抑えきれない、
その人らしさのなんかもうゴンゲみたいな感じじゃないですか。
それをでもやっちゃうっていうところまで見ちゃうと、
普段は見せない本当のところを見せてくれたとか、
見ることができたっていう安心感じゃないですけどね。
はいはいはい。
そこが好きにさせるっていうか、
信頼できるなって思わせる一つなんでしょうね。
だって映画にしてもドラマにしても、
主人公がずっと平々凡々普通にいいことばかりで終わると、
絶対面白くないですもんね。
ですね。気象転結的にもね。
そう、うまくいってちょっと調子に乗ったりして、
奈落の底に落ちて、
一人で部屋でポツリとカップラーメン食べるみたいな、
なんかそれがこう愛しさを生むじゃないですか。
そうですねそうですね。
だからもう派生の派生ですけど、
僕が自分のビジョンとして掲げてる言葉にも、
なんかそのような感じのことが入っていてですね。
はい。
番組紹介でも言ったんですけど、
個性の裏表を認めて味わうっていう言葉を入れていて、
これ裏があるから表があるし、
表があったら裏もあるよねっていうことを言っていてですね。
なんかその方が味わい深いなって、
人もそうですけど、僕ビールの仕事を10年以上やってるので、
飲み物とか飲食についてもそうなんだなって思うんですよ。
なるほど。
裏がないものって、
それこそオチさんのヘイヘイボンボンって言葉を借りると、
そういう味、なんか平たい味というか、
あーはいはいはい。
全然こうグッとこないんですよね。
確かに。
うーん、なんかそういうとこは食べ物にも人にもあるなって思っていて。
人癖というか人引っかかりというかね。
そうなんですそうなんです。