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2025-08-31 38:47

#32 教育心理のプロに訊く子の発達と親の在り方(ゲスト:松原コーチ)

月末配信回では、ゲストをお迎えして心理学雑談をお送りします。今回のゲストは、株式会社ジコリカイの松原想吾(まつばら・そうご)コーチです。


(ゲスト紹介)

早稲田大学教育学部卒、教育心理学を専攻。大手通信インフラ企業に入社後、代理店営業に従事。2年連続で過去最高を更新する営業成績を残し社内表彰を受賞。事務系就業者では珍しい技術系関連会社の経営企画部へ異動。前例のない異例のキャリアを辿り会社経営に携わる。経営に携わりながら自己理解コーチとして1年半活動したのち、会社員を卒業する決意を固めてコーチとして独立。日本の教育界を変えたいと思い日々研鑽を続けている。コーチ紹介ページはこちら


(配信者紹介)

兵庫県出身、京都府在住。一児の父。ひふみコーチ株式会社認定 プロフェッショナルコーチ。大学卒業後に大手ビール会社へ入社、現在はクラフトビールを始めとした酒類全般の営業に加え、2023年より自己理解コーチとして活動開始。プロコーチとしては通算100名以上のクライアントに対して、累計500時間以上の有料セッションを提供。複業家の友人との共同Podcast『パラレルワーカーの本音』も配信中。ストレングスファインダー®の1位は最上志向。自己理解コーチとしての自己紹介やnote・Instagram等のSNSについてはこちら


(番組詳細)

このPodcastは、「個性のウラオモテを認めて味わう人を増やす」ために、株式会社ジコリカイで“自己理解コーチ”として活動する配信者が、自身やクライアントの「自己理解」を深めるべく探究し始めた「心理学」をテーマにお話しする番組です。テーマに興味のある方や同じく対人支援をされている方、自己理解を深めたいと感じている方の参考になれば嬉しいです。毎月ひと桁目に1がつく日の朝に配信、月末はゲストをお迎えして心理学に関する雑談をお送りしています。「自己理解プログラム」に興味をお持ちの方はこちら


※株式会社ジコリカイが運営する番組ではございません


サマリー

このエピソードでは、教育心理学と発達心理学の関係や松原コーチの自己理解の旅について話される中で、親の役割や子どもへの影響が深く語られます。特に、愛情と親の在り方が子どもの成長にどのように関わるかという重要なテーマが取り上げられています。松原コーチが愛着理論や母性の役割をもとに、子供の発達と親の関わり方について語り、特に親が持つ意図や子供の主体性を尊重することの重要性が強調されます。育児へのアプローチについての貴重な視点が提供されます。また、子供との関係性や親自身の心の在り方について松原コーチが教育心理の視点から解説し、親と子供の関係を改善するためには自己理解や過去のわだかまりを清算することが重要であることが強調されます。教育心理の専門家が子どもの発達における親の在り方を探求し、感情の重要性や新たな関係構築の可能性について議論されます。

自己理解と心理学の旅
ようこそ、自己理解を深める心理学ラジオへ。このポッドキャストは、個性の裏表を認めて味わう人を増やすために、株式会社自己理解で自己理解コーチとして活動する配信者が、自身やクライアントの自己理解を深めるべく探求し始めた心理学をテーマにお話をする番組です。
テーマに興味のある方や、同じく対人支援をされている方、自己理解を深めたいと感じている方の参考になれば幸いです。なお、この番組は株式会社自己理解が運営する番組ではございませんので、あらかじめご了承ください。
はい、今日は月末配信ということで、ゲストをお迎えして心理学雑談をお送りしていきたいと思います。今回のゲストは株式会社自己理解で自己理解コーチをされています松原聡吾コーチです。松原さんよろしくお願いします。
松原と申します。よろしくお願いします。
はい、じゃあ松原さんお聞きの皆さんに向けて自己紹介よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。改めまして松原聡吾と申します。大学はですね心理学をずっとやってまして、主に教育心理学と社会心理学を専門にやってました。
卒業してからはその心理学を活かして仕事をしたってわけではなくて、一旦大手企業に入りました。そこで最初は代理店営業やら何やらやってまして、それなりにいい結果を出すことができたということがありまして、
その後ですね、社内で異動になりまして、私は事務系で総合職、文系の総合職で入ったんですけど、社内のですね理系の子会社の方に異動になりまして、そこの経営企画部というところに異動になりました。
自分の心系の会社だったので、理系の会社の方が力を持っているので、俗に言うA店というか、出世の道をたどったんですけど、僕自身ここで働きたいのかと、なんでこんなとこで働いているんだと、やりたいことじゃないのに出世していくことに何の意味があるんだってことをちょっと悩み始めまして、人生迷子になったというか。
そこですごく悩んで、自分が本当にやりたいことってなんだろうって、なんか僕がせいを受けたのって、こういうなんか出世争いとか、自分でやりたくないことで命を燃やすために生まれてきたんだろうかってことをすごく考えたときに、やりたいことをやっぱり見つけて、自分の個性を生かして死のうと思ったんです。
その時に自己理解に出会いまして、自分のやりたいことを見つけた結果、僕はキャリアにやっぱり携わっていきたい、キャリア教育ってところに携わっていきたいってなったんで、その道を行こうということで独立を決意して今に至ると。
今は心理学を活かしたコーチングとかしながら、自己理解コーチもしていますし、独自のコーチングサービスも展開していると。そんな状況でございます。
教育心理学と発達心理学の違い
はい、ありがとうございます。なんかいろいろお聞きしたいことがあって、なんであれなんですか?心理学を専攻というか学ぼうと思ったんですか?
大学で何やっていいかわかんないっていうのが、高校2年生ぐらいの時の進路選択の時の悩みだったんですけど。
僕サッカーやってて、ポジションごとに人の生きる個性が違うみたいなのは、そういうところがサッカーの面白いところだなとか思ってたんですけど。
なるほど、なるほど。
それで、まず人の個性にすごい興味があったっていうのが一つ。あとは、世の中がすごい勢いで変わっていくぞってめちゃめちゃ脅されていまして。
世界が対等してきて、AIが対等してきてもなくならないスキルなんだろうって考えた時に、人間に関わることって絶対なくならんなと思いまして。
人の個性も好きだし、人の心って人が生きているうちは絶対なくならんなと思って。
もう心理学ばっちりじゃんってなりましたんで、心理学一択でしたね、その時から。
なるほど、人の個性好きそうっていう気持ちの部分と、ちょっとダサン的ななくならないだろうみたいな、そういう両面でってことですね。
そうですね、はい。
ありがとうございます。その中でも教育心理学と社会心理学でしたっけ?
そうですね、教育心理学の専攻の研究室は社会心理学もやったって感じですね。
なんかその2つ選ばれた理由とかもあるんですか?
社会心理学は人の個性とかもそうだし、その社会の中で人ってどういう影響を受けてどういう心理状態になったりとか、
どういう影響を受けて心理が動かされるみたいなところにすごく面白みを感じたっていうのがあるのが1つ。
なるんだ。
で、教育心理学は僕の祖父がちょっと教育関係者だったのもあって、シンプルに教育ってものに興味があった。
だいたいこんな決め方をしちゃいましたね、当時は。
ああ、なるほど。人が動くというよりも動かされるっていうところね。
意識的に動くというよりも無意識的に動いてしまうみたいなことを研究されていたっていうことなんですかね。
そうです、そうです。本当に無意識にどう動いちゃうんだろうみたいなところですね。
面白そうですね。
どうですか、学んでみて心理学って松原さんにとってどんなものなんですか?
本当に奥が深いなと思ってて、一般的な書籍とかで言われるような、こういう時に人間絶対こうしちゃうんですよみたいな、そういう軽いもんじゃなくて、
人間ってどういう本能に駆動されているのかみたいなところを、統計やら何やらありとあらゆる手段を使って探りに行くみたいな、
意外と泥臭く奥深い、でも楽しい、永遠に解けない謎にチャレンジするような、そういうものだと捉えています。
私も似たような感覚を持ってて、このポッドキャストを続けて聞いていただいている方は、参考書籍として、
図解心理学用語大全という書籍を元に配信していることをご存知だと思うんですけど、最初に心理学の誕生みたいなテーマから始まって、
もともと心理学って哲学がベースになっていて、哲学って何を考えるかというと、答えのないことに何らかの答えを出そうと歴史上みんなが考え続けてきた結果みたいな、
そんなことだと思うんですけど、心理学も似たようなニュアンスがありますよね。
人の心という掴みどころないことに挑戦しているような学問ですよね。
そうですね。やっぱり目に見えないものを科学するっていうのはやっぱりそういうことですよね。
数字だけではなかなか測れないものが多いですよね。
今日はね、そんな心理学はある意味学ばれているので、この心理学ラジオとしては大先輩の松村さんにいろいろちょっと聞いていけたらなと。
大人多いですが、よろしくお願いします。
学ばれたのは教育心理学っていうもんだと思うんですけど、この3個書籍では発達心理学みたいなことがこの子どもの発達、教育と近い分野なのかなと感じたんですが、
松村さんの中でこの2つの教育心理学と発達心理学の違いみたいなのってどのように捉えられているんですか。
これはもう大学の時に僕は叩き込まれたんですけど、やっぱり似てるんですよね。教育心理学と発達心理学って。
教育心理学ってどちらかというと、学習させたりとか教育をした上でどういう心理状態になっていくんだろうとか。
学習と教育がやっぱりテーマなんですよね。ある意味人為的というか、人の力を加えた時にどういう心理が働くっていうのが教育心理学のテーマですと。
発達心理学はどちらかというと、その学習とか教育っていうよりかは、人として生きて生まれて育って死にゆくまでなんですね。
発達の中で、成長の中でどういう心理状態になっていくってところを見ていくんですよ。ある意味自然発生的な心理学なんですよね。
なるほど、めちゃくちゃ分かりやすいですね。
松村さんどっちかというと、自然な過程というよりも人が人為的に関わって学習教育していくところの心理の動きを勉強されていたってところですか。
そうですね、主にそっちをやってました。
私も子供がいて、どういうふうに子に関わればいいのかみたいなところって、親はみんな一度は考えるテーマじゃないかなと思っていて、その辺も範疇なんですかね。
そうですね、やっぱり僕のところも半年ぐらい前に子供が生まれたんですけど、やっぱり小さいうちはどちらかというと発達心理学がメインテーマなんですけど、でもやっぱりその時から親の教育って始まってるんですよ。
やっぱりそういうところではある意味密接なんですよね。教育心理学と発達心理学って割と。
そうですよね、そうですよね。何でしょう、発達心理学の中に、イコール子が生まれてから死ぬまでの中に人為的な教育も関わってくるっていうことですもんね。
そうですね、そうですね、まさに。
親の在り方と子どもの影響
ここからは2人の親としてもお話ししていけたらと思うんですが。
まだ半年過ぎという、1歳未満というところでね、お子さん小さいと思うんですけど、心理学ある意味活かしてどういうことを松原さんは親として考えられていらっしゃるんですか。
はい、子供ってめちゃめちゃ親の影響を受けるんですよ。
子供からしたら親が社会だし、親が世界だし、親を通して全てを見ると言っても過言ではないぐらい、親が全てだと思うので。
親の在り方が本当に全てだなーって僕は思うんですよね。
それって言葉で何を伝えるかじゃなくて、親のスタンスがどうあるかが本当に大事だなと思っています。
これは諸説あるんですけど、子供が風邪ひいたり、熱だしたり、なんか体調崩したりするのは、ほぼ愛情不足だって言われるぐらい。
子供にとって親って絶対に欠かしたくないし、不足させたくない存在なんですよね。
そうなんですか。
なのでも、ありったけの愛を注ぐっていうのは絶対ありたいし、その上でいい子に育ってほしいみたいな親のエゴもあるんで、ただそれはコントロールしちゃ意味ないんで、そこのバランスを気をつけながらやっているって感じですね。
あー面白い観点が出てきましたね。なるほど。体調不良は愛情不足っていう一つの見方と、あとはコントロールはしないみたいなそこのところなんか気になりましたけど、もうちょっと具体的に言うとどういうことなんですか。
そうですね、前者で言うと、子供って物理的要因でね、気温の変化とか、汗ばんだ服を自分で着替えられずになんかすごい風邪ひいちゃうみたいな物理的要因ももちろんあるんですけど、
親にかまってもらえてるかってめちゃめちゃ重要なんですよ。泣いてるのに放置されちゃうとか、一緒にいるんだけど親が携帯いじってるとか、自分に愛情が向いてないということにめちゃめちゃ敏感なんですよね。
それはもう生存本能的にも、自分を守ってくれる人に振り向いてもらえてない時間って命の危険なので。
そうですね、自分じゃ何もできない存在ですもんね。
そうなんです。そういう本能的なところでもやっぱり親が自分への関心が低いとかっていうことに対してすごく過剰に反応するって言われています。
そっか、なんかけびょうもそうですけどね、体調が悪くなったといえば注意を向けてもらえる、愛情がもらえるっていう風に学習していくみたいなこともあるんでしょうね。
あります。
だいたい7歳ぐらいまでに愛着みたいなところってある意味型ができちゃうので、そこまでに私はあまりかまってもらえない子だって思い込んじゃうと、その先の人生もやっぱり愛情とかを過激に求めちゃったりとか、
愛着と親の役割
なんかちょっと問題行動を起こして気を引こうとか、なんかあえて反発してみようみたいなちょっとねやんちゃな子になったりとかするのは、やっぱりそういう愛着のところが足りてなかったりする子が多いという統計は出てますね。
ありがとうございます。この放送でもね、愛着障害の本も紹介しながら、愛着理論とか母性剥奪みたいなことをご紹介した記憶がありますけど、
そんなにそういう本来得られるべき愛着、愛情が形成されてないと、いろんな問題が出てくるっていうことですよね。
それをやっぱり子供が小さい時からSOSを出したり、かまってっていう合図を言葉じゃないせいを何かしらの態度で出しているはずって思った方がいいですね、親としては。
これちょっと僕の個人的な興味でもあるんですけど、このサインとか反応に僕結構気づきづらいタイプというか、割と見過ごしてたり後回しにしちゃってる感覚が、無視はしてないですよ。
もちろん対応はするんだけども、妻の対応の速さってやっぱりすごいなとか、母親だなって思う瞬間がやっぱりあるんですよ。
そこの男女差とか、逆に父親はこういうところみたいなのって何かあったりするんですか?
ありますあります。これやっぱり男女で明確に違いますね。やっぱり母親の方が子供を守らなきゃいけないっていう本能的なところが強く刻まれているので、
よくある話で言うと、男性って例えばソファーで子供抱っこしながら一緒に寝ちゃうみたいなこともあったりするんですけど、力抜けて子供落としそうになってもあんま気づかないんですよ。でも女性ってほぼそれないんですよ。
ですよね。敏感なんですよね。それはやっぱりその本能的なところもそうだし、生物科学的なところでも母親が子供の異変に気づいて、やっぱりその授乳してあげるとか、優しく包んであげるみたいなところは母親にしかできない仕事なので、そもそもの脳の構造が違うので、そういう子供の気づきやすさは女性の方がはるかにありますと。
だからそれができないからって言って自分を卑下することはあまりしなくていいかなとは思います。
一方で松原さん自身も男性だと思うんですけど、お父さんとしてこうしてあげられる愛情、愛着形成みたいなのってどういうことなんでしょうか?
そうですね。父親としてっていうのは、やっぱりちゃんと声をかけてあげるっていうのはすごく大事。特に男性は話しかけても反応が返ってこないと飽きちゃったりつまらなくなったりしちゃうんですけど、特に赤ちゃんがね、喋れないうちとかはそうなんですけど、それでもめげずにちゃんと話しかける。目を見て話すってことをちゃんとコミュニケーションとしてやってあげれば充分です。
目を見て話しかけてあげる。いや、反応がないと飽きちゃうってまさに、今はもううちの息子4歳代なんで、普通に言葉のコミュニケーションできるんですけど、確かにできないときにあんまりできてなかったかもなーなんて今思いましたね。
しょうがないんですよ。男性はね、結構そういうの求めちゃう。やっぱりなんかレスポンス欲しくなっちゃうんで。
子供に求めても仕方ないんだけども、筋の通ったやりとりみたいなのをどうしても欲しいますよね。
そうですね、やっぱりそれは男性能的にやっぱりそうなっちゃいますよね。
ねー。でも対子供に対しては、コミュニケーションのやりとりというよりも一方的でもいいから、話しかけてあげるっていうことが大事なんだ。
そうですね。やっぱりその自分に構ってもらえてるってやっぱ思えることが大事なんで、子供自身が。
一方的でもこの人は自分に好意を向けてくれる人だってやっぱそう思わせたら勝ちっていうか、勝ちというわけじゃないですけど、やっぱそこは大事かなとは思いますね。
具体的にありがとうございます。あとね、後半のいい子に育ってほしいという親の思いはありつつ、コントロールはしてはいけないっていう、この辺はどうですか?
そうですね。やっぱり親としていろいろやらせてあげたいってなっちゃうんですよね。やっぱりどうしても。
はい。うちなんてもう習い事を3つぐらい缶詰みたいな感じですごい言ってますけどね。
それが子供がやりたいって言ってることだったら全然いいんですけど、やっぱり女の子だったらピアノやらせたいとか、男だったらなんかかっこいいスポーツやらせたいとか、あとはなんか頭良くなってほしいから英才教育をとかいうのは子供の主体性ある意味奪っちゃうって言われますと。
あーなるほどね。ですね。すごいなんか線引きむずいなと思うのが、主体性をまだ持ってない、知らない領域については割と入り口を提供してあげるのって親の役割だなと思いつつ、続けるかどうかみたいなところは子供の反応とか興味を見ながら、みたいな風にうちのスタンスとしてやってるんですけど。
松原さんのお家はどういう感じでやろうと考えられてるんですか?
そうですね。あの、金岡さんのスタンスはかなりいいと思います。っていうのは、きっかけは与えてあげていいんですよ。
ただそれを親がコントロールしようとするとどういうことになっていくかというと、続けさせようとしちゃうんですよ。やっぱり。本当によくあるのが、女の子で一番あるんですけど、ピアノやらせる。
ピアノもつまんない、やめたいって言った時に、いやでもなんかこんなに上手なのにもったいないよ、もうちょっとやってみない?って言って子供の意に反して続けさせる。これ、親が悪いと思ってないんですよ。むしろいいことをしてると思ってるんですけど、子供の意に反して続けさせてしまうっていうのがかなり良くないんですよ。
なんで良くないですか?
子供のこうしたいっていう欲求を真っ向から否定してるんです。子供はいつか気づくんですよ、これ。
お母さんがこう言ったから私こうしたけど、でもなんかあれってお母さんのエゴじゃない?みたいなことがなってくると、どうなるかというと、人を信じづらくなるんですよ。
この人は私のことをいいように言ってくるけど、自分の思いが入ってるんじゃない?裏があるんじゃない?って疑いぶらたくなっちゃうんですよね。
そうなると大きな影響はないかもしれないですけど、人との関わりの中で親密になりたくないとか、はじめましての人はめっちゃ警戒するとか、好天的な人見知りみたいな感じになっちゃうんですよ。
親が全てだから、その親が自分のエゴに基づいて自分をコントロールしていたんだということに気づいてしまうと、他の人もそうしてくるんじゃないかって思ってしまうってことですね。
これ難しいですね。親が本気でね、例えばうち男の子なんで、今水泳に通わせてるんですけど、例えば運動能力をね、男の子だからと思って高めてあげたいと思ってサッカーとかね、体操とかちょっとしんどくて嫌だってなったぐらいで、やめたらつく体力もつかないからって言って頑張って続けさせようみたいに、
まだなってないんですけど、なる可能性もあるなぁなんてすごく思っていて、関わり方としては本人がどうしたら続けたくなるのかっていう観点で関わるのはありなんですか?
子供の主体性の尊重
グレーな感じがします。
それはグレーなんだ。
やっぱりその続けさせようって意図が入ってるとちょっとプロ寄りかなって感じがしますね。
続けさせるように説得するようなコミュニケーションをとっちゃうじゃないですか。
親のそのエゴがあると。
これがちょっとグレー。
それは何なんだろう、体力がない子に別に育ってもいいやって思うってことなのかな、親としての世界っていうのは。
そうなんですよ。
もうあなたは何、別に体力がなくたって愛すべき存在なんだよってところが親のスタンスとしてめちゃめちゃ大事だと僕は思っていて。
なるほどなるほど。
結構そういうふうに思っちゃってる時って体力がないとダメ。
勉強ができないと必ず痛い目見るダメっていうバツのレッテルを貼っちゃうんですよね。
それね、それなんでバツを貼っちゃうかというと自分が後悔してるからだと思うんですよ。
例えば、僕結構子供の頃に体調を崩しやすくて小児漸卒とか肺炎とかあって、体力があったらなぁみたいなことをやっぱり親からも言われたと思うし、
実際に体力がついてきたらその症状が軽くなってなくなってみたいな経験をしているから、自分みたいになってほしくないなっていう思いがやっぱりあるんですよね。
これどうやってクリアしていけばいいんですかね。
本当にでも金岡さんのおっしゃってくださることは本当に真っ当というか、やっぱりみんなそういう何て言うんだろう葛藤を持ってますし、
さっきから例に出しているピアノを続けさせる親とかもやっぱり自分ができてなかったってケースが多いんですよ。
何がやっぱり一番子供の幸せになるかっていうのはやっぱり自問自答した方がいいかなっていうのはあって、
体力つけることが目的なんだったら、週末子供と一緒にランニングしてあげることの方が子供はよっぽど嬉しいはずです。
そうか。やり方を押しつけないってことなのかもしれないですね。
なるほど。
自分ができていないことを押しつけちゃうときって、それも子供いつか気づくんですよ。
お父さん自分ができないことを自分にやらせようとしている。
コントロールしようとしているってやっぱりそこでも思っちゃうんですよね。
無意識ですよ、もちろん。
なんかコンプレックスを自分にぶつけられてるっていうのはすごくわかるんですよ。
わかるわかる。
それは今は親が悪いみたいな言い方してますけど、親になった僕たちも僕らの親からやっぱりそういうのを無意識に与えられていて、
僕らの親たちもそれは愛情だと思って僕らに渡している。
そうそう、まさに。良かれと思っての連鎖ですよね。
そうなんですよ。
でもそういうのが僕らのどっかに心に影を落としちゃうというか、
ちょっとずれた話をするんですけど、
例えば車用意する子とかはだいたいコントロールされているのに反発したくなっている子ですね。
えー、むっちゃ車用意してた。
なんかあるんじゃないですか?
むっちゃあります。
むちゃくちゃコントロール強めだったと大学ぐらいで気づいて、すごい反発して親に手紙書いてみたいな経験もあるんで、
やっぱりコントロール強め、それは良かれと思ってのコントロールが強めだった。
あの典型的な家庭だったなと思いますね。
ですよね。
僕もね、車用意ひどかったんで、やっぱり親の英語、
特に父親があんまり勉強得意じゃなかったんで、僕にはいっぱい勉強しろって言ってましたし、
でも子供はやっぱり疑えないんで最初は。
親が全てだと思ってそれをやるんですけど、
何か違う、何かコントロールされてるぞって感覚が心に根付いてくると車用意が出てくるって言われたりもしてます。
これは多分どこの本にも書いてないと思いますね。
どこで知ったんですか、それ。
あの無意識の勉強してる時にちょっと知りました、それは。
えー、すごいですね。
なんかこう、やり方を押し付けずに子供が楽しいと思えるやり方もあるよっていうことを松原さんさっき教えてくださってて、
まあ体力つけるだったら一緒に遊んであげるとか、
親の在り方と子供との関係
それもまた体力つけるために遊んであげてんだぞが少しでも背景にあると、
それはそれでまたなんか遊んでることにも意図を感じてしまうってそういうことになりうるんですかね。
そうですね。
これはその意識が強いとやっぱり伝わるってのはありますね。
あなたといるだけでお父さんも幸せなんですっていうこのスタンスをいかに自分の中につり込ませられるかが結構鍵な気がします。
あー、なるほどな。
いやー、それもやっぱりこう奥さんと比べちゃうなっていう自分がいて、
妻はすごくいい母親だなって僕から見てても思うんですよ。
子供に言葉でもうあなたが生まれてくれてよかったとか、
一緒にいるだけで幸せみたいなことを日々言ってるんですよね。
自分は同じようなことちょっと恥ずかしさもあってなかなか言えないなとかできないなって、
それを聞きながら思うんですけど、
なんかでもそういうスタンスを当然自分もそう思ってるので、
なんかそれをもって接するっていうことだけでもいいんですかね。
うん、いいですいいです。それだけでももう、
なんかそこに気づいて変えていくだけでも今までとは多分ガラッと変わりますし、
どうしても難しい場合は本人が自分の親との関係性にまだわだかまりを残している可能性があるんで、
いやーそうなんですよね。
こっちを精算した方がいいかもしれないですね。
わかるー。やっぱりそこをやっていくと人との関係性ってやっぱり変わっていくんですかね。
しばしに変わります。
えー、なんか松原さんの考えるそこの変化、どういう変化があるのかみたいなちょっと聞いてみたいんですけど。
そうですね、あの僕も、だからその車嫌いも激しかったですし、親とのわだかまりもありましたと。
うんうん。
これを精算しないと、親と僕の関係がまんま僕と子供の関係になるんですね、割と。
うんうん。
それ嫌だなってめちゃめちゃ思って、親との関係をちゃんと精算したいと思ったんですよ、そもそも。
すげー。
これもでも心理学の中でフロイトの理論をベースに作ったNLPとかなんかそういうのがあるんですけど、
自分のその無意識を作った記憶に対して許しを与えるんですね。
そういう記憶を植え付けた親に対してまず許しを与える。
もう大丈夫、お母さん許せたってなったら、
もうお母さんの立場になって、あなたはこういう愛情を込めて言ってくれたんだね。
僕にとってはそれは鎖に感じてました。重みに感じてました。
うん。
ごめんねっていう気持ちが、気持ちを膨らませていくんですよ。
まあそういうテクニックがあるんですけど、そういうことをして、最後何をするかというと、それを親に伝えに行くっていう。
ああ、ですよね。
僕は忘れもしないんですけど、夏の中華屋に母親を呼び出して、2人でランチして、
もうギリギリまで、手紙書いたんですよ、手紙書いて持って行って、
ギリギリまで本当に言い出せずに、
もうこのまま解散会ぐらいの時間になった時に、
意を決してですね、ちょっと今日読んだのは理由があって、聞いて欲しいことがあるって言って、
書いた手紙を読みながら、あの時はごめんねと。
僕が愛情を受け取りきれてなかった。
まあ、お母さんなりに僕のことを愛してくれたのに、なんか僕はそれを重りだと思って、
なんだこいつみたいなタイプとって本当にごめんなさいみたいなことを、
感情の消化とわだかまりの清算
もう涙ボロボロ流しながら読んだんですよ。
僕が受け取れてなかったからごめんねっていうところに行けたのがすげえなと思って、
それってどうやったらいけるんですか?
これはかなり深い話なんですけど、
やっぱりその自分のわざかまりを自分の中で消化しきりなきゃいけないんですね。
感情って消耗品なんですよ。
この概念も多分初見だと思うんでちゃんと説明するんですけど、
感情って味わえば味わうほど消えていきます。
分かりやすく言うと、あのめちゃめちゃ楽しいディズニーランド、
めっちゃ楽しいってなっても、
多分次の日終わるぐらいにはもう余韻ってなくなってると思うんですよ。
あー確かに確かに。
それもうなんか楽しい気持ちを味わい尽くしちゃうからなくなっていく。
時間の話じゃないんですね。
そうなんです。味わい尽くすから。
そうなんだ。
そういう論があって、
嫌な記憶ほど人間ってやっぱり蓋をしがちなんですよね。
味わわずに置きたいですよね。
そうです。嫌じゃないというかやっぱり。
嫌です。
だから記憶に蓋をして消耗せずになかったことにしようとするんですよ。
なるほど。
それが無意識の中に残っちゃうんですよね。
それが発散しきっちゃえば楽なんですよね。
うんうんうん。
すごい例えばなんか、
気持ちの切り替えが上手い女の子とかってなんか嫌なことあったら、
あいつバカ野郎みたいなことをなんかカラオケで叫んですごいスッキリするみたいなのあるじゃないですか。
あー。
なんか2パターンにそうですよね。
切り替え上手いんだって言ってなかったことにするタイプと、
本当になんか発散してるタイプと。
でも後者の方は味わってるけど、前者は味わってないってことですよね。
そうですね。
あーなるほどね。
だから何を言いたかったかというと、
僕らが過去に受けた嫌な記憶って、
閉まったまま握って成長しちゃうんですよね。
これを生産しようぜって話なんですよ。
要するにその親との関係でね。
その親との間で生まれちゃった嫌な記憶ってのを生産すると、
残るのは親の愛情だけになるんです。
なるほど。
これ僕が受け取った解釈ですけど、
松原さんが僕が愛情を受け取れておらずごめんねっていう、
ものすごく謙虚なスタンスに慣れてるのは、
一旦その前段で悔しい気持ちとか、
親に対するもやもやした気持ちとかを味わい尽くした結果、
反発の根がな感情みたいなことが消化され、
親子の連鎖と変化
謙虚な気持ちに左右収納って、
そういう言葉につながったっていうことなんですか?
そうです。
なるほど。
イメージで言うと、
コップの中にネガティブな感情がいっぱいあるんで、
それをポイポイポイって捨ててって、
開けたからのコップに親からもらった愛情を流し込んであげる。
その作業をするってことですね。
こんなにちゃんと踏み落ちたのは初めてですわ。
本当ですか?よかったです。
生産しなきゃいけないっていうことは何回も聞いてきたし、
実際にそれにチャレンジして、
ある意味そういうことを伝えようとして、
すごいでも嫌な気持ちを味わいながら、
やっぱりこう伝えたこともあるんですよ。
でもなんでそれが必要なのかみたいなことをちゃんと分かってなかった。
そうするといいからぐらいしか思ってなかったんですけど。
でもやっぱりそれをする前と後では、
圧倒的に親に対する気持ちとか見方が変わっていて、
それはでもなんで起こっているのか分からなかったんですけど、
そういうことだったんですね。
じゃあそうすると人の感情っていうのは、
味わってないと貯蔵されているっていうことなんですか?
そう思って間違いないですね。
そうなんですね。消えないんですね。
そうですね。
感情の大きさによってもやっぱり刻まれ具合って違いますし。
例えば私たちの夫婦で言うと、
私よりは妻の方がやっぱり感情的というか、
大きく感じ取るタイプなんですけど、
そういう人は何か味わうのもむっちゃ大変じゃないですか。
消耗して。
そうですね。
でもそれをやっぱり減らないと、
未消化感が残っちゃうということなんですかね。
そうですね。
感じやすいって時点である程度でも、
その器自体はできている気がします。
ネガをしっかり離して手放して愛を入れるみたいなことを無意識でもやって、
人がやっぱり感情の偏差が強まっているはずなんで。
そうなんだ。
どんどん感じなくなっちゃうんですよ。
そういう蓋をし続けていくと。
ああ、そっか。
感じると辛いから嫌だ、嫌だ、嫌だってどんどん拒絶が膨らんでいくんで。
ああ、なるほど、なるほど。
だから今感じられてるってことは、拒絶をせずに味わえてるってことですよね。
ですですです。はい。
いや、そういう意味で僕どっちかというと、
拒絶を特にちっちゃい頃はしてた感情って分かんなかったんですよね。
僕も拒絶してました。
ですよね。
いや、そのコントロールされ続けたら何か違和感がやっぱり出ていて、
でもそういうのに対処の仕方分かんないから蓋をしますよね。
そうですね。
松村さんが何かそこに気づいたというか、変わっていったのはちなみにどのタイミングだったんですか。
大人になって心理学を学んでからみたいな。
そうですね。大人になってからですね。
それこそ独立を決める頃らへんのことでしたね。
割と近いタイミングってことですか。
そうですね。ちょうど1年前ぐらいですね。親を呼んでボロ泣きしたのは。
そうなんですね。
ある意味心理学を学ばれて、自己理解でプログラムを受けた方は過去に向き合うと思うんですけど、
そういったことを経ても、なかなかそこに向き合うってことはやられてこなかったってことなんですね。
そうですね。やっぱり見たくなかったんでしょうね。
大事にしたいことはちゃんと持ってるけど、
自分を引っ掛けているというか、引っ張っている足枷というか、
囚われみたいなものをあんまり見て見ぬふりをしてきたというか。
いいとこだけを見ようとしてたというか、ありますね。正直。
なるほど。ちょっと猫育ての話に戻ると、
やっぱりそこを生産、解消していくことがいい応援になっていくっていうスタートラインなんですかね。
そうですね。自分がどうして欲しかったかっていうことにも気づけるし、
どうされたら嫌だったかってことにもちゃんと向き合えるので、
そこに向き合わない限りは、同じことをやっぱりしちゃいがちなんで。
やっぱり親を肯定したくなっちゃうんですよ。そんなことはいつも。
親のことを肯定したくなっちゃうんですよ。子供ってどうしても無意識では。
確かにな。
いくらあんなクソ親とか思ってても、心のどこかで肯定したくなっちゃってて、
だから気づいて変えないと連鎖しちゃうんです。
親のことが悪くないと思うということは、自分が子にやっていることも悪くないということと同義ですかね。
親の感情と子どもの発達
同義なんですよ。になっちゃうと無意識にね。
なんかドメスティックバイオレンとかが連鎖しちゃいがちって統計的に言われてますけど、
男らしく力で語る親がいいんだなってなんか無意識で感じちゃうんですよ。
倫理観的には、顕在的にはダメなんですけど。
なんか親を肯定しちゃう行動に走っていくっていうのがありがち。
そこから抜けるキーはやっぱり感情なんですかね。
その時に嫌だと思ったっていう自分の感情をちゃんと扱うっていうことが理屈から抜ける方法なんですかね。
あとは愛をちゃんと受け取るってことですね。
どうですか。改めて聞いている方に伝えたいというか何かあります?
伝えたいことはあって、
これを聞いて自分の子育てがダメだったとかそういうことを思う必要は一切なくて、
これからどうするかが一番大事だと思うんで。
今までね、なんかやばいって思った方は
あなたのこと愛してるよって別に子供が大きくても全然関係ないです。
子供が成人してたって、子供がもうおじさんだったっておばさんだったって関係ないです。
今からでも全然関係性は変わるので、
ぜひ自分に罪悪感とかを持たないでほしいなっていうのがあるのと、
これを今子育て中とか、子育てこれからですって人が聞いた時にはラッキーだと思って、
これを聞けたっていうのもいい意味で引き寄せだと思うんで、
自分のラッキーに酔いしれてほしいなと思います。
そうですね。
松原さん今日は私が一番刺さって、当事者として刺さってましたけど、
いいお話ありがとうございました。
ありがとうございます。聞いていただいてなんかすごい熱伝しちゃいました。
ありがとうございます。
情報機器の皆さんも今日特に長尺かと思いますけど、お付き合いいただいてありがとうございます。
また次回の放送でお会いしましょう。さよなら。
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